Coolier - 新生・東方創想話

彩ノ雨(いろどりのあめ)

2005/03/04 19:04:55
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色が見える。

青。

「うん、今日は晴れてる♪」

珍しい、いや、初めての事ではなかろうか。
少女が外に出ようとする度、毎度襲ってきた豪雨が
この日に限り、影も形も無かった。

周囲に誰もいない事を確認しつつ、少女は外へと飛び出す。
手に持つ日傘が少々邪魔臭いと感じつつ、屋敷を囲む塀の上に着地し……


びしょ濡れになった。

「ああもう、何で今になって降るの!?」
見上げれば、先刻まで青の色一色だった空は、
泣き出しそうな程濁った灰色へと変化していた。いや、実際泣いている。
それも、一年に一回あるかどうかの大泣き。

どうやら魔女は居眠りでもしていたのか、今になって慌てて特大の雨を降らせてくれたらしい。

「外に出てから降らせないでよ、もう!」

少女が外に出ようとする度、必ず降り出す豪雨。
それもこう何度も何度も繰り返されるうちに、慣れた。

「今日こそは、と思ったんだけどなぁ」

一度外で巫女や魔法使いを見ようと思ったのだが、仕方が無い。


「帰ろ…って、あれ?」

それは、ただの気まぐれだった。
――少女がふと視線を下げてみた、塀の外側。

ちょこん、と。
小さな小さな黒猫が蹲っていた。


「にー…」

こちらに気付いたのか、黒猫は顔を上げた。

何故だろう。
気付いた時、私は黒猫を抱えていた。




そんな少女の行動を、門番が見ていた。







     『彩ノ雨』
     





部屋に戻ったびしょ濡れの少女が先ず行ったのは、着替えではなく。


腕に抱えた子猫の介抱だった。

濡れて肌にまとわり付く服がうっとうしかったが、そうも言っていられない。
子猫の体を拭き取った布を見てみると、紅い染みができている。

「やっぱり、怪我をしているのね」

よく見ると、尾が2つある黒猫の仔。普通の猫でない事に今気付いたが、
寒いのか、痛いのか。……両方であろう。
その身を小刻みに震わせ、力ない声をあげた。


「みぃ」

「待ってて、今、手当てしてあげるから」


――何故、私はこの仔猫を助ける気になったのか。

  気まぐれか。
  
――そうかも知れない。
  
  遊ぶ(こわす)という事に飽きてしまったのか。

――そうかも知れない。


  それとも、遊ぶ(こわす)事以外に、意味を見付けたのか。


        ●

あの日、1人の魔法使いによって、私の人生は変わった。
姉にしか興味を示さず、只、屋敷に閉じこもっていた、長き長き日々。
たまに与えられる玩具(おもちゃ)も、力に任せて壊してばかりだった。


――そんな私と遊んでも、壊れる事の無い人間(まほうつかい)……。


それから何かが、私の中で変わった。
あの魔法使いと何度か会ううちに、今まで思いもしなかった事を
教えられた。



「壊しちまうなんて、勿体無いぜ?」


        ●

――その夜、少女は仔猫を抱え、自室を出た。
一所懸命介抱したにも関わらず、仔猫の容態は一向に良くならなかった。

当然だ。

今まで破壊しか知らなかった少女が。
弱りきった生命を救う事は、難し過ぎたのだ。


覚悟を決め、1階の廊下へと足を踏み出す。
警備隊員の詰所と、侍女達の寝室の近く。

この猫が捨てられてしまう、という心配もあったが、
このまま死なせてしまうよりは万倍マシだと思った。


――侍女長に助けを請う。――

成程、あの完全で瀟洒な侍女長であれば、この仔の命を救う事も
できるかも知れない。


腕の中の仔猫が震える。

――大丈夫。何とかしてあげるから。

どうやら、手当てをしている内に情が移ってしまったようだ。
よしよし、と頭を撫で、侍女長の寝室のドアを叩こうとした、
その時。



「――妹様?」

「!!」

予想もしていなかった人物に声を掛けられた。

簡素な靴、スリットの入った緑色のドレスに、綺麗な紅く長い髪、
星型の飾りのついた帽子を被った、見目麗しい端整な顔立ちの、
この屋敷の門番を務めるその女性の名は――

「――中国」

「……(泣)」

何故か、がくり、と肩を落とす女性。だが、もう慣れてます、といった面持ちで
顔を上げると、少女の腕の中の仔猫へと視線を向けた。

「――その猫は?」
「………」

拾ったの、と言おうとしたが、何か余計な事を言われそうな気がして、
言葉が出てこなか……
「怪我してますね。良かったら手当てしましょうか?」
……った。

「今、なんて」

「へっ? い、いぇ! 私、怪我の手当てとかは(自分で)慣れてますから、
結構得意なんですよ? いえ、まあ、無理にとは……」

――なんで
「…何で、この猫を手当てして欲しがっていると、思うの?」
――私は
「これから食べようとしているのかも知れないじゃない」

――こんな時に、素直じゃない……


「――妹様、嘘はいけませんよ」
「…っ!何を!?」



「そんな大事そうに抱えているのに、
 食べようとしているわけ無いじゃないですか。」



…なんて事は無かった。

「……」

ぽたり。
「いっ、妹様!?」

ぽたぽた。

「あっ、あぁぁああ!? 泣かないで下さい! ごめんなさい
 すみませんもうしません!!! ひィ! お嬢様に殺されるっ!?」



当然、自室の前でそんなに騒がれては、かの侍女長が気付かないはずが
無いのだが……。

「(後でお仕置き確定ね…)まぁ、今回は私の出る幕では無さそうね…。
 美鈴、たまには良い所を見せて御覧なさい。…さもなくば」
 
灯りを消した暗い室内、キラリと輝く眼光一つ。



        ●

――結果から言えば、仔猫の容態は快復した。

女性の手際は、さすがと言えるほど手慣れたものだった。

人によっては、そこから普段彼女がどれほど苦労しているのか
読み取れるのかも知れないが、残念ながらそれを理解できる者は
この場にいなかった。

少なくとも、少女は猫の様子を見るので精一杯だった。
頑張れ中国。


少女も、お湯を運んできたり、薬を用意したりと、仔猫の為に手を尽くした。
そして手当ても終わり、疲れ果てた二人はその後、仲良くベッドへ突っ伏した。




「――ん……朝…?」

窓の無い地下室に、朝の日光が入る事など無いのだが、
そんな些細な事を彼女は気にしていなかった。

「……にゃんこは?」

慌てて仔猫の姿を探す少女。
その肝心の仔猫は。


「あああごめんなさいすみませんもうしません
 お仕置きはご勘弁をー!」

などと寝言を言う女性の上で。

「…らん…さま……」

などと、寝言を呟きながら。
安らかな顔で丸くなって眠っていた。


「……良かった。」

少女は、二度目の涙を流した。



        ●

女性の話によると、この猫は普通の猫では無いらしい。

そんなの私でもわかるよ、と言うと、その門番の女性は
くしゃくしゃ、と私の頭を撫でた。

――む、私、子供じゃないのに!――


「気」の流れとやらから判断するに、この仔は誰かの「式神」だとか。
おそらく、他の妖怪との戦いで傷付いたらしい。

それはつまり、この仔の飼い主さんは、ちゃんといるという事で……。


「そんな複雑な顔をなさらないで下さい。
 ここはとりあえず喜んでおくべきですよ」

「……そうかな」
「そうですよ」


にこりと、とても綺麗な笑みを浮かべる女性。

――あれ?

先刻、頭を撫でられた時と同じ違和感。
この人、こんなに私に優しかったっけ……。


何もこの人に限らない。

かの完全で瀟洒な侍女長も。七曜を司る魔女も。
その彼女を補佐する小悪魔も。

そして、最愛のお姉様も。


あの魔法使いが現れたあの日から。
徐々に、変化していった様な気がする。




……いや。


……変わったのは、私?


        ふと、魔法使いの笑みが脳裏に浮かんだ。


この事をあの魔法使いに相談したら、こう言うのだろうか。




       「そんなの、普通だぜ?」




想像したら、何故か嬉しくなった。
自然と微笑み、目からこぼれ落ちたのは、
三度目の………








        ●

――それから何日かが過ぎた。

式神の仔猫の一転したやんちゃっぷりには驚かされたが、
私も一緒に遊んであげた。

――もちろん、加減をして、だ。

こんな事、以前の私に有り得たのだろうか。


などと考えていると、遠くから門番の女性が私を呼ぶ声が
聞こえた。


そう、今日は元気になったあの仔のお見送り。

「待って美鈴!!今行くから!」

女性の感涙の声を聞きつつ、私は日傘を手に持った。



        ●



「――わあ」



館の外に出て感じたのは、一面に広がる春の息吹。
常に雨の降る景色ばかり見ていた私に、
その光景は幻想的なまでに輝いて見えた。
今日という日は、雨は降らずにいてくれるらしい。



「ほら、あの方です。」

門番に指し示されて見た先には、
大きな尻尾を何本も生やした、獣人の女性。

――暖かそうな尻尾……。


いや、暖かそうなのは尻尾だけじゃなくて……。

この数日間、嬉々として御主人様の話をする、
あの仔猫の顔を思い浮かべる。


「――なるほど、ね」

おそらく、あの御主人様だという女性の持つ力は、
相当なものであろう。

しかし、威圧感、などというものを、少なくとも
今この瞬間、感じる事は無かった。
そう、まるで暖かく包み込むような……



黒の仔猫が、御主人様の許(もと)へ駆け寄る。

「私も、ああなれるかなあ……」

一瞬、傍に立つ侍女長の顔が引きつったように見えたのは、
おそらく気のせいだろう。


そうこうしているうちに、仔猫は御主人様の許にたどり着いた。
振り返った仔猫と、御主人様がこちらに笑顔を向けるのは同時。


「うちの橙が、お世話になりました」

「ありがとう、お姉ちゃん!!また遊ぼうね!」

「良かったですねぇ…ううぅ(感涙)」

「うん!!元気でね!」



四つの笑顔が、同時に咲いた。








――予想外れの雨がもたらしたものは……



       幻想郷の一つの冬の…雪解け。――


                      『彩ノ雨』・了
初めまして。

普段は絵や漫画しか描いていないのですが、色々な方の
SSを見ているうちに、うわぁ書きてぇ!と触発されてしまって……。
もともとは自作フラッシュの原作用に短編のSSを、などと考えながら
書き始めたのですが、途中からどんどん熱中し始まってしまい、
当初の目的など忘れ去り、どんどん長くなっていってしまいました。

なにやらみょんなキャラの組み合わせなのは……単なる趣味です。(汗

遠慮無い感想をお寄せ頂けると嬉しいです。
いつきアキラ
http://www.etwas-katze.com/
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コメント



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36.50FUSI削除
橙とフランのお話は初めて見ました。変わっていくフランドールの様子がいい感じ。暖かいお話なので読後感が良。好きですこの話。
43.50上泉 涼削除
 こういう、やさしくて暖かなお話は私も好きです。
 そのきっかけは魔理沙であっても、フランの心の変化は、自身の行動によって導かれたもの。幼いがゆえの、真っ直ぐなフランが良かったです。
 しかし、中国も粋な事してくれますね(笑)。
104.70名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナ-
108.70アナスイ削除
個人的な好みですが()とかはあまり使わないほうがいいと思います