紅魔郷SS『ターニング・ポイント』
ブラド=ツェペシュ。
かつてワラキア公国を治めていた主である。
オスマン帝国軍を幾度となく撃退した英雄であり……殺戮者であった。
己が指揮する公国軍の戦力を大きく上回る帝国軍に対し、彼はこんな策を取った事がある。
捕虜を将兵の区別無く、悉く串刺しにして鏖殺し、攻め上ってきた敵軍に見せつけたのである。その数、二万超。丘一帯を埋め尽くす、同朋達の無残な姿を目の当たりにしたのだ。無論、敵軍の士気は霧散し、多様の恐怖を抱いて撤退していった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こうして公国軍はただの一兵も損じることなく、勝敗を決したのである。
戦わずして勝つ。ブラド公は兵法の常道を見事にやってのけたのであった。
然れども、虐殺されたのは敵国の者だけではない。たとえ自国の民であろうとも、反逆者には貴賎かまわず全く同じ虐殺をやってのけた。
自らに背く者には微塵の区別なく穿死を与え、その紅血を啜った英雄と云えよう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
しかし――。
(どう考えても、お嬢様がかの御方の末裔とは思えないなぁ……)
紅魔館のメイド、十六夜咲夜はそう思いつつ、豪奢なソファに座る我が主人の為に熱い紅茶を入れた。そのお嬢様が注がれた紅茶を一口すする。
「やっぱり日光が無いというのは素晴らしいわね。紅茶もよけい美味しく感じるのだわ」
・・・
そう言いながら、ブラド公の末裔を自称する少女は、笑顔で再び紅茶をすすった。幸福そうな笑みを浮かべながら、優雅にティータイムを過ごしている。愛らしくも高貴さを感じさせるその少女の名は、レミリア・スカーレット。紅魔館の主である。
その姿は可憐な少女そのものだが、これまで五百年の歳月を経て生き続けている。正しく人外の者だ。
レミリアが味わっていた紅茶をテーブルに置きつつ、呟いた。
「これでもっと使徒が増えれば言うことは無いのに。例えばお髭のトランプ使いに、メガネっ娘な魔弾の射手に」
「お嬢様。またパチュリーに妙な漫画でも読まされたんですか」
レミリアの言葉を遮るように咲夜が言う。パチュリーには後できつく言っておかねば。というより、あの娘は漫画も蔵書に入れているのか。それにしてもお嬢様は色んな影響を受け易すぎる。もしかして脳の方もこのお姿と同レベルではないのか。まったく五百年も時を過ごしていながら……。
考えが徐々に不遜な方向に向かいつつも、咲夜は手際よく空になったティーカップに紅茶を注いでいく。
――その時。
「さ~く~や~さぁ~ん! 大変です~!」
紅魔館の門番、紅美鈴がレミリアの部屋へ入り込んできた。ボロボロになったその姿は、主従がゆったりくつろいでいた空気を一変させた。
「博麗霊夢が館に侵入しちゃいましたよぅ!」
美鈴が涙ながらにそう訴える。
「……まぁ門番の役目を果たせなかったのは確かみたいね、美鈴」
溜息混じりにそう言い返す。霊夢の巫女としての霊力が凄まじいのか、目の前に居る中華な妖怪が門番として不適格なのか……。おそらく、いや確実に両者とも正しいのだろう。少なくとも、この異変の原因となる場所を突き止められたのだ。その霊力は瞠目に値する。
霊夢が進んでいく先にはパチュリーが控えている。だが、あの娘が撃ち倒されてしまうのは間違いない。喘息の所為で、パチュリーの魔法詠唱には限度がある。あの娘の魔法力はそれ程生かされないまま戦闘は終わるだろう。
「あ~あ、私も欲しいなぁ。父祖さまのみたいなワラキア公国軍」
まだそんな事を言ってるレミリア。大体そんな大層なものを持たれても、すぐ飽きて丸ごと捨ててしまわれるだろう。一瞬そう思いつつ、咲夜は告げた。
・・・・・・・・・
「お嬢様、お客様のお出迎えをして参りますね。ついでに館のお掃除も」
転瞬。
踵を返して部屋を飛び出し、館の入り口に向かって突き進む。出迎えるべき相手には途上で出会うだろう。
(ご主人様の笑顔が、私の喜び……!)
お嬢様の為に。そう思うと自然に戦意が湧いてくる。人々の中では生きられなくなった咲夜を救ってくれたのが、己が主人レミリアだった。報恩には絶好の機会である。
(お客様にはお嬢様に出会うことなくお帰りいただく……!)
咲夜は疾走を続けながら、心の中でそう呟く。彼女には、魔術のような短剣投擲術と、魔法と云っていい時間停止能力がある。加えて従者としての多大な自負。勝機は十分にあろう。
「……!」
咲夜の足が止まる。
博麗神社に住む巫女の姿が見えたのだ。
従者が招かざねる客に対して、戦闘を開始する合図の様に、一言文句を告げる。
「もう、お掃除が進まないじゃない」
こうして激闘は始まり、完全で瀟洒な従者は……。
――かませ犬の様に紅白娘に敗れ去った。しかも三度。
数刻後。
レミリアは「人間って使えないわね」だの「ダメイド」だの、槍のような言葉を次々浴びせ、従者の自負を無惨に刺し穿いた。ブラド=ツェペシュ(串刺し公)の様な残虐さで、である。
咲夜が、自負と覇気を完全に取り戻すには数年を要した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――その後。
完全で瀟洒な従者に戻った咲夜は、己を激写せんとする風神少女と会い見えたのであった。
~東方文花帖に続く~
ブラド=ツェペシュ。
かつてワラキア公国を治めていた主である。
オスマン帝国軍を幾度となく撃退した英雄であり……殺戮者であった。
己が指揮する公国軍の戦力を大きく上回る帝国軍に対し、彼はこんな策を取った事がある。
捕虜を将兵の区別無く、悉く串刺しにして鏖殺し、攻め上ってきた敵軍に見せつけたのである。その数、二万超。丘一帯を埋め尽くす、同朋達の無残な姿を目の当たりにしたのだ。無論、敵軍の士気は霧散し、多様の恐怖を抱いて撤退していった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こうして公国軍はただの一兵も損じることなく、勝敗を決したのである。
戦わずして勝つ。ブラド公は兵法の常道を見事にやってのけたのであった。
然れども、虐殺されたのは敵国の者だけではない。たとえ自国の民であろうとも、反逆者には貴賎かまわず全く同じ虐殺をやってのけた。
自らに背く者には微塵の区別なく穿死を与え、その紅血を啜った英雄と云えよう。
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しかし――。
(どう考えても、お嬢様がかの御方の末裔とは思えないなぁ……)
紅魔館のメイド、十六夜咲夜はそう思いつつ、豪奢なソファに座る我が主人の為に熱い紅茶を入れた。そのお嬢様が注がれた紅茶を一口すする。
「やっぱり日光が無いというのは素晴らしいわね。紅茶もよけい美味しく感じるのだわ」
・・・
そう言いながら、ブラド公の末裔を自称する少女は、笑顔で再び紅茶をすすった。幸福そうな笑みを浮かべながら、優雅にティータイムを過ごしている。愛らしくも高貴さを感じさせるその少女の名は、レミリア・スカーレット。紅魔館の主である。
その姿は可憐な少女そのものだが、これまで五百年の歳月を経て生き続けている。正しく人外の者だ。
レミリアが味わっていた紅茶をテーブルに置きつつ、呟いた。
「これでもっと使徒が増えれば言うことは無いのに。例えばお髭のトランプ使いに、メガネっ娘な魔弾の射手に」
「お嬢様。またパチュリーに妙な漫画でも読まされたんですか」
レミリアの言葉を遮るように咲夜が言う。パチュリーには後できつく言っておかねば。というより、あの娘は漫画も蔵書に入れているのか。それにしてもお嬢様は色んな影響を受け易すぎる。もしかして脳の方もこのお姿と同レベルではないのか。まったく五百年も時を過ごしていながら……。
考えが徐々に不遜な方向に向かいつつも、咲夜は手際よく空になったティーカップに紅茶を注いでいく。
――その時。
「さ~く~や~さぁ~ん! 大変です~!」
紅魔館の門番、紅美鈴がレミリアの部屋へ入り込んできた。ボロボロになったその姿は、主従がゆったりくつろいでいた空気を一変させた。
「博麗霊夢が館に侵入しちゃいましたよぅ!」
美鈴が涙ながらにそう訴える。
「……まぁ門番の役目を果たせなかったのは確かみたいね、美鈴」
溜息混じりにそう言い返す。霊夢の巫女としての霊力が凄まじいのか、目の前に居る中華な妖怪が門番として不適格なのか……。おそらく、いや確実に両者とも正しいのだろう。少なくとも、この異変の原因となる場所を突き止められたのだ。その霊力は瞠目に値する。
霊夢が進んでいく先にはパチュリーが控えている。だが、あの娘が撃ち倒されてしまうのは間違いない。喘息の所為で、パチュリーの魔法詠唱には限度がある。あの娘の魔法力はそれ程生かされないまま戦闘は終わるだろう。
「あ~あ、私も欲しいなぁ。父祖さまのみたいなワラキア公国軍」
まだそんな事を言ってるレミリア。大体そんな大層なものを持たれても、すぐ飽きて丸ごと捨ててしまわれるだろう。一瞬そう思いつつ、咲夜は告げた。
・・・・・・・・・
「お嬢様、お客様のお出迎えをして参りますね。ついでに館のお掃除も」
転瞬。
踵を返して部屋を飛び出し、館の入り口に向かって突き進む。出迎えるべき相手には途上で出会うだろう。
(ご主人様の笑顔が、私の喜び……!)
お嬢様の為に。そう思うと自然に戦意が湧いてくる。人々の中では生きられなくなった咲夜を救ってくれたのが、己が主人レミリアだった。報恩には絶好の機会である。
(お客様にはお嬢様に出会うことなくお帰りいただく……!)
咲夜は疾走を続けながら、心の中でそう呟く。彼女には、魔術のような短剣投擲術と、魔法と云っていい時間停止能力がある。加えて従者としての多大な自負。勝機は十分にあろう。
「……!」
咲夜の足が止まる。
博麗神社に住む巫女の姿が見えたのだ。
従者が招かざねる客に対して、戦闘を開始する合図の様に、一言文句を告げる。
「もう、お掃除が進まないじゃない」
こうして激闘は始まり、完全で瀟洒な従者は……。
――かませ犬の様に紅白娘に敗れ去った。しかも三度。
数刻後。
レミリアは「人間って使えないわね」だの「ダメイド」だの、槍のような言葉を次々浴びせ、従者の自負を無惨に刺し穿いた。ブラド=ツェペシュ(串刺し公)の様な残虐さで、である。
咲夜が、自負と覇気を完全に取り戻すには数年を要した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――その後。
完全で瀟洒な従者に戻った咲夜は、己を激写せんとする風神少女と会い見えたのであった。
~東方文花帖に続く~
駄目っぽくなった理由を説明するというには、ちょっと理由にひねりとかインパクトとかが不足している気がしました。
『完全で瀟洒』な従者があっさりへたれるヘタレっぷりが愉快だったので、どうせならレミリアの一言一言に刺し貫かれている咲夜のリアクションも見てみたかったような
もっと物語に絡ませて欲しいと思いました。
どうせならブラド=ツェペシュでレミリアを引っ張るか、
咲夜のへたれっぷりの描写を書ききるか、で貫いたらよかったかな、と。
なんだか文句ばっかりですが、あもうさんの文章の感じは好きです。
次は長めの話を読んでみたいです。