雪が深々と降る幻想郷、見渡すと至っていつもの光景であり、平和なようだ。
今日も平凡な一日になるだろうと思いながら、霊夢は雪かきをしていた。
先日、香霖堂で見つけた「赤いスコップ」の使い方にも大分慣れ、どうしてもっと早くこれの存在に気付かなかったんだろうと悔しい思いをしていた。
「はぁ、やっと終わったわね。部屋に戻ってお茶にしましょ」
腰を軽く叩きながら、霊夢は居間に戻った。
襖を開けると、炬燵から顔だけ出してくつろいでいる萃香が居た。
「おぉ、おかえり霊夢」
「ちょっと、居たなら手伝ってよね」
萃香は我関せずな表情でこちらを見ている、霊夢はため息を吐きながら台所へ向かった。
これもいつもの光景、気づけば必ず誰かが炬燵の中に居る。誰もがくつろぎ我がもの顔をしているのには時々呆れるが、それはそれで暇をしないのでまんざらでもないと思っている。
つかの間の休息、毎日お茶を飲んで時々雪かきをしたり掃除をしているのが巫女の一日ではない。最近は目立った異変が無いのは実に喜ばしいが、霊夢は予感していた。
また、騒がしいのが来る…と。
予感は的中した、テーブルの上の煎餅に手を付けようとした時に襖が豪快に開いた。
「来てやったぜ、霊夢」
「やっぱり…」
ため息混じりに霊夢が呟く、魔理沙はケラケラ笑いながら炬燵の中に入った。
「はぁ、やっぱり炬燵は和むぜ。霊夢、私にもお茶をくれよ」
お茶を差し出すと、魔理沙は一口飲んでため息を吐いた。
「なぁ…霊夢」
いつにもない真剣な表情に、一瞬霊夢は驚く。
「バレンタインって、必ずチョコレートを渡さないといけないのか?」
「…はぁ?」
「何かと思ったら、そんな事」
「そんな事とは失礼だな、これでも私は真剣だぜ?」
「必ずって訳じゃないわよ、義理は友達とかにプレゼントするものだし」
「あの…その、本命ってやつはチョコを渡して告白する決まりになってるのか?」
どぎまぎしている魔理沙の顔が、次第に赤くなっていく。霊夢はすぐに察知した。
「そうねぇ、それが本命であると言えば告白したも同然よねぇ」
「なんだ?魔理沙、好きな人居るのか?」
萃香が首を突っ込む、その顔はまさに興味津々の様子だ。慌てる魔理沙を見て霊夢も笑う。
「い、いやっ…その、あれだ…そういう決まりなのかを知りたかっただけだぜ」
「決まりね」
冷静な霊夢の一言に、魔理沙の表情は固まった。
「そうなのか…」
しばし考え込む魔理沙に、二人は躍る気持ちを抑えられないでいた。
「誰よ、好きな人って」
「言えるかよ!…ていうか、そういう事ならちょっと手伝ってくれ。チョコレートってどうやって作るんだ?」
「おお!手作りか!?心がこもってるなぁ」
萃香が茶々を入れる、魔理沙はさらに慌てている。
「人里でチョコレート売ってる所なんて見た事ないぞ?そうなったら、作るしかないんじゃないのか?」
「そうねぇ…そもそもバレンタインのイベントなんて外の世界の話だし。いつの間にか幻想郷にもそういう風習が広まったみたいだけど…」
「香霖堂に行けば売ってるんじゃないか?」
香霖堂にチョコレートなんて売っているのだろうか?霊夢の脳裏に疑問が浮かぶ。
「なぁ、作り方教えてくれよ」
「私の分も材料を買ってくれるならいいわよ」
魔理沙はしばし考える素振りを見せた。
「仕方ない…ここは腹を括るか」
そして3人は、香霖堂へ向かった。
「いらっしゃい、今日は随分賑やかな3人が来たね」
魔法の森の入口にひっそりと佇む香霖堂、用途が判らない物を置いている不思議な店。
店主の霖之助は、いつもの様にストーブの前で背もたれの無い小さな木製の椅子に腰掛け本を読んでいた。
「なぁ、チョコレートは売ってるか?」
「あぁ、あるよ」
「あるの?なんでチョコレートなんて置いてるのよ」
まさかと思ったが、棚に陳列しているそれを見ると、確かに板状のチョコレート(業務用)が並んでいる。
「明日はバレンタインだろう?こういうイベントというのは幻想郷の住人は騒ぐからね、意外と売れるんだ」
果たして、それをどうやって入手しているのか。何より、霖之助に商売をする気があるのが不思議でならない。霊夢の脳内に疑問が湧き出る。
「外の世界は実に面白い、こうして多種多様に商品を揃えて自分で満足のいく出来になるように飾りまで用意しているんだからね」
飾りというのは、「ナッツ類やラッピング用の包装紙、カラフルなリボン」の事である。
様々なチョコレート菓子を作る為のレシピ本まで置いてある。まさにこの一角だけ外の世界さながら、霖之助が何を思ったのか知らないが他の商品は無造作に置かれているのと対照的に、この棚だけは見栄え良く陳列されている。
魔理沙はレシピ本を手に取るとまじまじと読み始めた。
「君がチョコレートを作るとは、女の子らしい所もあるんだね」
「私だって、一応女だぜ」
魔理沙はレシピ本と記載されている材料を手に取っていた。霊夢がレシピ本を見ると、魔理沙が作ろうとしていた物はガトーショコラだった。
「魔理沙、これを作るには膨大なお金がかかるわよ。それに難しそうだわ、あんたは料理下手なんだからもっと簡単なやつにした方がいいわよ」
「そうなのか?これを読んでもイマイチ判らないんだよな」
「これをそのままあげてもいいんじゃないか?」
萃香が業務用と書かれた板チョコレートを手に笑っている。
「さすがに、それは色気も素気も無いでしょう。ここに型があるからこれにチョコレートを溶かして流し込んで固めれば、それらしくなるんじゃない?」
「なんだ、霊夢随分詳しいな」
魔理沙が目を丸くしている。霊夢は適当に型を手に取ると魔理沙に渡した。
「それくらい知ってるわよ。ほら、決まったなら早く買ってきなさい」
「私もあまり裕福じゃないんだけどなぁ…魔理沙様特別価格にしてくれよ、こーりん」
「それは無理だな」
霖之助は冷静に言い切った。
「それじゃ始めるわよ。魔理沙、ボウルにチョコレートを細かく割って入れて頂戴」
「手で割るのか?マスタースパークでやった方が早いんじゃ」
「そんな事したら割れる所か跡形も無くなっちゃうでしょ!ちゃんと手で割るの」
かくしてチョコレート作りは始まった。騒々しくなるのは想像に容易い、日が暮れるのではないかと内心不安に思いながらも、霊夢は魔理沙に指示を与える。
「そしたら、別のボウルにお湯を張って湯せんにかけるのよ」
「おおー!チョコレートが溶けていくぞ」
萃香が身を乗り出して喜ぶ、木べらでかき混ぜる内にみるみるチョコレートは液状になった。
「お好みで、さっき買ったナッツとか入れればいいんだけど…あんた達はどうするの?」
「このキノコなんてどうだ?」
魔理沙が帽子の中から見た事も無いキノコを取り出した。
「チョコレートにキノコ入れるなんてありえないでしょう、やめなさい」
「なぁ、お酒入れてもいいか?」
一方の萃香は瓢箪を手に鼻を膨らませている。
「洋酒なら判るけど…それ日本酒でしょ?やめておいた方がいいわよ」
否定された二人は顔を見合わせ残念そうにしている、霊夢は無視して3人分にチョコレートを分けた。
結局3人は砕いたナッツを分け合い入れる事にした、各自チョコレートにナッツを混ぜ手早く型に流し込んだ。
「それにしても、何で3人ともハート形なんだよ」
「これしか無かったんだから仕方ないじゃない。魔理沙は本命にあげるんでしょ?」
「う…それを言うな」
3人とも型にチョコレートを注ぎ終えた所で、霊夢は重大な欠点に気づいた。
冷蔵庫が無いのである。
「これ、どうやって冷やそう…」
結局、雪でボウルを囲みそのまましばらく放置する事にした。
固まるまで思ったよりも時間はかからず、適当に包装して3人の手作りチョコレートは完成した。
「バレンタインデーは明日よ、溶けない様に気をつけて保管する事ね」
「おう、ありがとう霊夢。助かったぜ」
魔理沙は初めて作ったチョコレートを大事に抱えて出て行った。
居間に戻ると、萃香が炬燵の中でさっき作ったばかりのチョコレートに齧りついていた。
「全く。まぁいいわ、チョコレートは山登りする人も体力温存の為に欠かさず持っていくって言うし。私もおなか空いてたから、食べようっと」
「うまいな、霊夢」
「うん、やけに甘いけどね」
翌日。
魔理沙はチョコレートを手に家を出た。しかし、家の前で立ち止まり躊躇っている。
「やっぱり…渡すって事は告白するしかないんだよな…何て言えばいいんだ」
胸が張り裂けそうな位、激しく鼓動は高鳴る。
ましてやハートの形だ、義理だからな!と言ってごまかしても疑われるに違いない。後で色々追求されても困る、ここは全力でぶつかるしかないのか…しかし、もし次の日から顔を合わせてくれなくなったらどうしよう。魔理沙の脳内で色々な疑問、不安が渦巻く。
「いや、ここでもたもたしてたらあの新聞屋に撮られるかもしれない。よし…」
意を決して箒に跨る、出発したのは玄関を出てから数十分経ってからの事だった。
幻想郷は今日も雪が降る、きっと住人達が思い思いにチョコレートを渡しているのかと考えると、今まで自分がそういう風習を何となく知っていながら勇気を出せずに居た、昨日までの事を思い出す。
何だか感慨深い。これまでは良い友達だった、けれど自分の中に生まれた感情が友情以上のものだと気付いた途端に、「恋心」というものと上手に付き合えない自分に気づいた。
自分はこんなに不器用だったのか…でも、もしこの想いを伝えられるなら今日という日しかチャンスは無いだろうと、ずっと考えていた。
いつも通りに他愛の無い会話をしたり、一緒に箒に乗って幻想郷の空を飛んでいる何気ない日常が、もし想いが通じる事によってさらに充実するのなら…でももし失敗したら?
その時のシチュエーションはもう考えている。いつも通りに接して、向こうが素っ気無い振りをするようなら諦めるしかない。その時は、笑ってごまかして無かった事にして貰えばいい。
想像すると何だか切なくなった。どうかこの想いが通じるように、信仰心の無い魔理沙はこういう時だけ神様に願ってみた。
「色々考えてる内に、もう着いてしまったぜ…あいつ居るかな」
家の前で、ドアをノックするのに再び躊躇う。どんな顔をして渡せばいいのか、そしてどのタイミングで告白すればいいのか…そこまで考えていなかった。
魔理沙が雪の中でもじもじしていると、突然ドアが開いた。
「何か気配がすると思ったら、やっぱりあんただったのね」
「よ、よぉ…アリス」
その時の表情を決める余裕など、魔理沙にはすでに無かった。
「丁度お茶にしようと思っていた所よ、寒いからあんたも入りなさい」
「い、いつも悪いな」
アリスの家の中からは、なんだか甘い良い香りがする。魔理沙はいつもの様にテーブルに着くが何だか全身がむず痒い感じがして落ち着かない。
上海がもう一つのティーカップを持ってきた、紅茶を注ぐアリスの顔を直視出来ない。
「どうしたのよ、黙っちゃって」
アリスがこちらを見て怪訝そうな顔をしている。魔理沙はごまかそうとしたが苦笑しか出来ない。持ってきたチョコレートは背中と背もたれの間に隠している。
二人は黙って紅茶を飲んでいた、しばしの時が流れる。魔理沙は何度かアリスの様子を伺う。
気付いたら、じっとアリスを見つめていた。何を考えているか判らないその表情、ブロンドの艶のある髪、白い肌…やっぱり、自分はアリスに恋をしているんだと、魔理沙は改めて感じた。
「それで、今日はどうしたの?」
アリスの言葉で我に返る、魔理沙の心は再び急激な緊張に包まれた。
「あ…いや、その」
「…やっぱりおかしいわね、何か企んでるでしょう。何か持っていこうと思ったって、家には人形と本しか無いわよ」
顔が熱くなる。それを見たアリスは立ち上がり魔理沙に近づいた。
「顔赤いわよ、熱でもあるんじゃないの?」
アリスの少し冷たい手の平が額に当たる、頭が真っ白になりさっきまで何度も繰り返していたシチュエーションも飛んでいってしまった。
今度はアリスが自分を見つめている、心配なのか何度も額に手を当てては熱が無いか確かめている。
このままでは魂まで飛んでしまいそうだ、そう思った魔理沙は背もたれに隠していたチョコレートを手に取った。
「ア、アリス!これ…私が作ったんだ!も、貰ってくれないか!」
意を決してチョコレートを差し出す、反応が怖くて思わず視線を逸らした。
すると、アリスは上海に目で指示を出すとチョコレートを受け取った。
「魔理沙が自分で作るなんて珍しいわね…ありがとう、これはチョコレート?」
「あ、ああ…キノコは入ってないぜ!」
「入ってたら嫌よ」
そう言いながらアリスはリボンを解き始めた。
中に入っているチョコレートを見てアリスは一瞬黙り込む、魔理沙は息を飲んだ。
「魔理沙…これ」
「あ、あのっ…それはだな、その形しか無かったんだ!でもな、私は…」
「少し溶けてるわよ」
見ると、チョコレートは辛うじて原型を留めている程度だ。ハートと言えば、何となく判る様な気がする。
「あ…」
「それで、今何て言おうとしたの?」
「えっ!あの…私はだな、あの…」
言葉がうまく口から出ない、喉につっかえているのは声ではなく自分の心臓ではないかと疑いたくなる程、緊張で苦しい。
しかし、アリスは真剣な眼差しでこちらを見ている。今言わないと、タイミングを逃してしまう。
「それは!ほっ…本命ってやつなんだ!」
魔理沙の声は外に聞こえるのではないかという位大きかった。言った途端に緊張の糸は解け、魔理沙は深いため息を吐いた。
「…ふふっ」
アリスが笑っている理由が判らない、魔理沙は呆然とした。
「あんたって、意外と純情なのね」
そう言いながら、アリスは小さな袋を上海から受け取った。
「私からも、バレンタインのプレゼントよ。チョコレートクッキーを焼いたの」
「あ、ありがとう」
紅茶はすっかり冷めてしまっていた、それでも構わず魔理沙は飲みほす。
落ち着きを取り戻したのを見て、アリスは再び笑った。
それを見て、魔理沙にも自然と笑みが零れた。
「なぁ、これは本命なのか?」
「内緒よ」
「内緒って、せっかく私は勇気を出して言ったのに!」
「…言わなくても、見れば判るでしょう?」
袋の中には、一口大のハート型のクッキーが沢山入っていた。
砂糖を吐くかと思った!
作品読んで心が温まりました
畜生、このままじゃ糖死しちまうじゃないかどうしてくれる。
チョコにやたら詳しい霊夢もなんか女の子らしくてかわいい
あーもーブラックコーヒー
でも緩和しないぞ
最近入ってきたということは霊夢も知らなかったはず
そして作り方を教わったと言うことは霊夢も誰かにあげた経験があるということ
ほんわかした良いマリアリでした。
凄い良いマリアリをありがとう!
純情魔理沙かわいいよ魔理沙。
そして芋焼酎ショコラのことを思い出してあげてくださいw
余裕たっぷりなアリスと、初心で真っ直ぐな魔理沙が可愛らしかったです。
面白かったです。