久しぶりの雨の日、妹紅は人里にいた。しとしと降る雨と淀んだ空の下、人里を真っ二つに分断するかのように引かれた大通りのさらにど真ん中を、湿気で重くなった長い髪を揺らしながら早足で歩いていく。左右は大通りらしく商店が多く、雨とは言え賑やかである。そして皆、妹紅から視線を反らす。それは変わったナリをしているためか、はたまたその美しい少女が驚くほど険しい顔をしているためか。
当の妹紅はそんなことどうでもよかった。元々が周囲の視線をあまり気にしない性質であるし、今はそれどころではない。彼女の目的はこの先の菓子屋である。慧音が好きな菓子があるのだ。行きに見つけた梅の花と共に持っていってやるのである。きっと喜んでくれるに違いないと思う。本当は二人で来たかったのだが、慧音は病に掛かった身、無理させることはできない。
「……」
嫌な気分を心から追い出す様にため息を漏らし、妹紅は行きつけののれんをくぐった。
***
慧音と会わずもう半月近くになる。会えるのは雨の日だけと二人で決めたため、晴れが続いていたこの頃は一度も会うことが出来なかった。
最後に会ったときのとても苦しそうな慧音の顔を妹紅は思い出す。永遠亭の一室で、慧音は赤くなった腫れぼったい目をこちらに向けて笑っていた。妹紅がなぜ会えないのかと聞くと、こんな私を見せたくないのだと言われた。そう言われれば、引くしかない。
永琳の話によると、これは治らない病気――つまり不治の病であるらしい。どうにかならないのかと聞いても、どうにもならないとしか言われなかった。
それでも医者かとは言えなかった。妹紅も千年を生きてきているのである。なにをどうしようが治らぬものは治らないし、理不尽は理不尽のままなのだ。専門的なことは全く分からなかったが、理解できるところで言うとこの病気は特殊で、ある程度時間がたてば症状は落ち着くが、また必ず再発する性質の悪い物であるらしい。さらには、陰陽道でいうところの陽の病なため晴れた日ほど症状ひどくなりやすい。ゆえに、二人で会う日は症状が比較的安定する雨の日を選んでいるのだ。
「ただし、他人にうつる類の病ではないから寺子屋は続けてもいいわよ」
そう言われた時の慧音の嬉しそうな顔だけが、唯一の救いであった。
***
丁寧に包装された菓子を片手に、既に妹紅は慧音の家の近くまで来ていた。平坦な道の一角に見慣れた家が見える。質素なつくりだし、それなりの年季が入っているのが外からでも分かる。しかし、頑丈そうであと百年は持つだろう。もし壊れてしまったら、家が新築されるまで自分の家に呼んでやとうと思っているが、口に出したことはない。そもそも彼女は、それまで生きていられるだろうか。長生きとはいえ半分は人間だ。いつ何があるかわからない。
そこまで考えたとき、丁度家に着いた。傘を玄関に立てかける。そして引き戸を二度叩いた。
奥から鼻詰まりのくぐもった声が聞こえる。症状がひどいのだろう。続いて二度のくしゃみの音。それからやっと「どうぞ」の声がした。
「やあ慧音。調子は――」
――はっくしっ!
戸を開けた途端、恐るべき勢いの鼻しぶきが妹紅を襲った。鼻水まみれになる。いつものことである。いつもこうである。
「ずまん。もごお」
「いや、気にしないで。元気でなによりだ」
美人女性教師の体液がかかった頬を拭きながら玄関に入れてもらう。
「ああ、今日は雨だし――はっくしっ――……すまん、妹紅」
「きにしないで」
ぐずぐずちーん。
可愛らしく鼻をかみ、ゴミ箱に入れる。しかしすでにゴミ箱には山のようなちり紙が積もっていて新たに何かを入れる余地などありはしない。相当鼻をかんでいる証拠だ。鼻下を赤くした慧音を見ると今度は目をこすっていた。
「慧音! 目ぇこすっちゃ駄目って永琳に言われたろ」
「うう……すまん、妹紅。……目薬とってくれないか? そこのタンスの」
「ああ」
指差された方のタンスの小さな引きだしのひとつを開けると、下着が入っていた。
「っ! こっちか」
隣を開けると大人の下着が入っていた。
「タンスの上に乗ってないか?」
「……これか」
受け取った目薬をさしている慧音を見て妹紅は思う。
不治の病ということは、一生これである。たいへんである。だが、仕方ない。なにをどうしようが治らぬものは治らないし、理不尽は理不尽のままなのだ。死ぬわけではないし。
それにしても、
(面倒な病気だな、花粉症って)
――はっくしっ!
おわり
そして美人女性教師の体液。ありがとうございますありがとうございます。
ごちそうさま
大人な下着…ゴクリ
大人の下着…ゴクリ
お…大人の下着…ゴクッ
大人の下着についてもっと詳しく…
くしゃみする慧音を想像したらとてもかわいらしくて…!
けーね先生元気出してね。
しかし、花粉症かぁ……。
サクッと読めてサクッと笑える良きSSでした。
これで処女作とか……期待しちゃいますよ?
バッチリ引っ掛かってシリアス方面に考えてしまった私は素直なのか馬鹿なのか…
永琳先生の薬でも治らないなんて…
自分は三回注射して薬を処方してもらえば、その季節は乗り切れます
副作用で眠くなりますけど
けーね先生がんばれ
ほっこりしました