Coolier - 新生・東方創想話

二人だけのヒロシゲ36号

2020/11/08 12:29:08
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酉京都発卯東京行き卯酉新幹線ヒロシゲ36号は地上の全てを黙殺し、ただ東へと向かった。
途中黙殺されるべき駅すら存在しない「特急列車」や「新幹線」を越えた卯酉新幹線。
レトロな名称「特別急行列車」に相応しい卯酉新幹線ヒロシゲ36号。

蓮子は酉京都駅にいつもの如く遅刻した。
最早指定席の時間ギリギリに乗るということはしない。
卯東京行へ向う際には蓮子が到着してから指定券を購入することになっている。
少々遅らせた指定の時間になるまで昼間から酒を飲むのが慣例だ。
しかし今回は徹底的に泥酔していた。足元すらおぼつかない。
旧約酒を大量に「一人で」飲んだのだろうか?
彼女は私以外と酒を酌み交わす所は見ていない。
他に酒を飲むような友達は…。
親友に対してそんな事を思うのは止めよう。

ヒロシゲ号の座席はクロスシート。転換式でも無い四人掛けのクロスシート。
いや。クロスシートですら無い木製のボックス席。そこに快適性や人間工学などというものは全く求められていない。
今どき観光列車でしか見られないような座席である。
窓に映るカレイドスクリーンと相成っての演出であることは間違いない。
見知らぬ人と対面するのは非常に気不味い。
しかしたった53分である。通勤時間と思えば座っていられるだけ何て事のない時間である。
詳しくないが、もしかしたら転換クロスシート仕様、しかも一人掛けの。個室が備えられた上級の車両も有るのかもしれない。

かつて東海道には食堂車を二輌も載せた西へ向かう優等列車を駅長・助役が挙手の敬礼で迎え・見送った米原という駅も有った。
ともかく現在でも東海道線は様々な人が乗る路線である。
短い時間とは言え様々なグレード仕様が有るのかもしれない。無い方がおかしい。


かくて蓮子は私に抱えられながら泥酔状態で指定で定刻のヒロシゲ号に乗車した。
最初はいつもの如くヘラヘラした状態で遅刻を謝り、いつもの如く日常的な取り留めのない話を非日常の中で続けた。
私自身カレイドスクリーンに映る「作られた幻想」に興味は無く黙殺した。
目の前の蓮子と若干の非日常のみに気を留めた。
思えば指定席を取ったとは言え、この車輌には私達二人しか乗車していない。
閑散期とは言え良い偶然だ。
蓮子の他愛の無い話し、それこそ博物的な量の話に耳を傾けつつ車輌を見渡すと天井には扇風機。
間接照明と隠れた場所に冷房が有るのにワザワザ安っぽいレトロ感を出している。
何もかも最新にして偽物のツマラナイ演出。
この中で蓮子のマシンガントークのみが私の心を潤した。


卯東京まで半分を切った25分ほど経た頃か。
マシンガントークを続けていた蓮子が前触れもなく突然泣き出した。
「実家に帰りたく無いの。」
「嫌で、嫌で。それで昨日から飲み続けて。一人で。メリーを誘いたかっけど情けない所見せたくなくて…。」
「そもそも今から実家に『行く』ので有って帰る場所じゃないの」
「私あの家と親が嫌いなの。」
「大学入って東京を離れて様々な人の家に行く度。良いものと同時に嫌なもの見せつけられて…。」
「そもそも京都に来たのも『東京の家』に居るのが心の底から嫌だったし…。」
「結果的にメリーと会うことが出来たけど。出来たけど…。偶然…。」
「でも最初からそこそこの目標が有った訳でもないし。 偶然。 全てが偶然。 私が物理を専攻したのも偶然出来たから。その面白さに目覚めたのも入学してから。 全てが偶然。」


「私達親友だよね?」
「でもその嫌な山の『偶然』の山の中にメリー。あなたが居て。それで偶然の中の最大の必然だったと思ったけど。」
「以前同期から『蓮子ちゃん。独り善がりの気味の悪い趣味に、何も知らない日本に興味があるだけの留学生巻き込んで罪悪感無いの?』って言われたの。」
「そして『気持ち悪い目』ですら誰からも認められなくて、バカにされ、嘲笑され。認めてくれたのはメリーだけ。」
「でもそう言われて反論できなくて。」
「『あのレズいつも同じ色した似たような服着てるよ』とまで言われて。」
「きもち悪い事言ってごめんなさい。親友だから言わせて。思うの私達『男と女』だったらどれほど良かったのかって。」
「私達親友だよね?」

「私が詰め襟の服や長袖のワイシャツにネクタイ着てる理由って分かる? 自傷行為を繰り返して、自殺未遂を行った首元の傷跡を隠すためなの…。」
「家と学校で色々有って…、自傷行為が止まらなくなって…。でも何度もやり直そうと思って…、だけどこれじゃ見た目で誰からも目を逸らされてしまう。」
「今でもメリーにも見せられない。ゴメンナサイ。『親友』って言っておきながらゴメン。でもここで言っておくしか無いの。」

「東京を見せたいけども実家は正直行きたくない。日本を見に来たあなたに日本の一般的な家庭を見せられなくてゴメンナサイ。」
「いつもの黒帽子。自分でも浮いてるファッションだと思ってるけど、結局この程度しの僅かなお洒落しか出来ない。」
「私って変わり者。自分でもよくわかってる。」
「ツマラナイ夢の話なんかもしてゴメンナサイ。それでもしないと話題を作れないの。もしかしたら自分さえもをごまかしてるだけかもしれない。」

「そして自分の最も嫌な部分。自分が頭いい女の娘だと思っていることろ。自分が他の人よりも少しアタマが良いということは客観的に分かってるけど。」
「だけどそれが何処か表に出している所。自分が相手をどこかで見下してるのが自分でも分かるの。こんなの嫌だ…。私が居る大学が客観的に良い大学で有ることは入るまで意識してなかった。だからこそ…。」
「本当に知らなかったの、私の頭のことは入学後しばらく経つまで自分自身でさえ。」

「今まで私をバカにしてきた社会に復讐…。」
「私『見返す』って言葉大嫌い。だって『見返す』価値すら無い程に私を汚して壊してきた社会や家に対してどういう対応を取るの?人間として扱う?『見返す』ことすらしたくない。」
「『見返す』っておかしくない? だって私は私で何も変わってないのに私に対する周りの評価が変われば勝手に『見返す』のよ」

「だから…。徹底的に関わりたくない。」

「私の居場所は京都だけ。そして心を開けるのは唯一メリーだけ。最早どちらかを失うことなんて出来ない…。この呪いは永遠に続くでしょう。」
「メリーも京都も失うことは出来ない。」
「京都が故郷ならメリーは私の全て。私以上の存在。」
「例え全てが消えてもメリーだけは消さない。」

「そして私がメリーが言うように『気持ち悪い目』を持ってる事も分かってる。そしてメリーの事を親友と思ってるの。でも『気持ち悪い』と思うときも有る。でも親友だから何度も言わせて。」
「『親友』と言ってるけど、何も私のことを話して無くて。そしてメリーのことも分からなくてゴメンナサイ。これでもマダマダ話してないことは有るの。自分が耐えられない。」


卯酉新幹線は卯東京へ近づいたのか減速を始めた。
蓮子は今でも咽び泣いている。
卯酉新幹線が卯東京駅に滑り込み始めた頃には顔を上げ、目は赤いママながらいつもの笑顔を取り戻した。
蓮子の本音をもっと聞きたいと思った。

いつか半袖とノーネクタイのブラウスを着る様になる頃になれば無意識下での距離も縮まるだろう。
彼女に少し女の娘らしい服も助言しよう。

蓮子はまるで迷子のように立ちすくみ怯える子供の様だった。
「今日は『卯東京の温泉を留学生に見せ行く』と言って外泊しましょう。」
「お墓参りも『夜の不思議なお墓を見せたい』と言って。『実家』から逃げ出しましょう。」と言った。
再び蓮子は声を上げて咽び泣き出した。

回送の時間となったヒロシゲ号からの下車を車掌から促され、乗車したときと同じ様に蓮子の肩を抱えて降りた。
傍からの視線は痛かったが。酔い潰れた女子大生を親友が介抱されてるだけにしか見えないであろう。
カレードスクリーンと照明が消され回送される漆黒のヒロシゲ号の風が二人の体を撫でた。
冷房が利いているホームの風が涼しく舞い上がる。


列車と下車客が消え、客も列車も無く、仕事以外の出来事を無意識に黙殺している駅員だけの静かな「二人だけの」地下ホームの中。


そして私は蓮子の頭を抱えながら「このまま秘封倶楽部を続けましょう」とだけ言った。
これは私の本音、そして恐らく二人の切なる願い。

地上につながる長い、長い、エスカレーターからは真夏の暑く湿った風が降りて静かに二人を包んだ。

いつか東京行きのヒロシゲ号が夢の軌道となる様に願った。
元の、いつもの二人で卯東京駅から外へ駆け出そう。


私達は寄り添いながら地上へ流れていった。
汗ばみ始めた手を握りながら。
肩を寄せ合いながら。
エスカレーターの駆動音以外は何も聞こえない。
喫茶店や公園や神社や鉄道内などの公の場ながら二人きりの世界を作ってしまうのは秘封らしいと思います。
あおくろ
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コメント



0.160簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
秘封味を摂取できました
5.100南条削除
面白かったです
いろいろため込んでる蓮子が弱々しくてよかったです
地獄は頭の中にあるのだと思いました
6.100名前が無い程度の能力削除
アリですね
7.100名前が無い程度の能力削除
キモすぎて逆にアリ
8.50名前が無い程度の能力削除
所々カタカナ使ってるのメンヘラポイント高くて面白かったです
10.100名前が無い程度の能力削除
秘封に親が不在である理由のひとつ
11.100名前が無い程度の能力削除
蓮子はメンヘラ