「と、言うわけで、第一回カップリンググランプリを開始します!!」
「いや、どう言うわけだいアリス」
旧暦では晩春、春も終わりに近い今日この頃。穏やかな陽気に照らされ僕こと森近霖之助は久々に無縁塚に仕入れ...もとい、供養に出かけようとしていた。
なのに、何だろうこの状況は。
「ルールを説明します」
「いや、僕にどうしてこんな状況になったかを説明してくれ。三行で」
「ルールは簡単です。幻想郷数少ない男性キャラかつ朴念仁店主と出場者のカップリングの良し悪しを評定し順位をつけます。私の独断で」
「アリス、それは誰が得するんだい?」
どう考えても誰かの利益になるとは思えない催しだと僕は思った。そもそも僕なんかと並べて評価される女性陣としての心境や如何に、といったところだ。
アリスは横目で僕をキッと睨むと、マイクと呼ばれる声を拡大する道具(香霖堂製)から口を離しやや強い口調で耳打ちをしてきた。
「ちょっと霖之助さんの声もマイクが拾ってるって忘れたの?余計なことは考えないで司会兼主役っていう自覚を持ちなさいよ」
「いきなり連れて来たうえにその言いぐさは無いだろう。僕は司会も主役も引き受けた覚えはないよ」
「うるさいわね。いいじゃない、長らくご贔屓にしてあげてるのは誰だかわかってる?」
「だからといって僕の時間は非売品だよ。香霖堂は生き物の取り扱いは行っておりませんよ、お客様」
皮肉たっぷりの笑顔でそう返した僕に、アリスは少し視線を下げて躊躇うように言った。
「だって、隙間妖怪が......」
「え?紫がなんだって?」
アリスがあっちだと指差した方向につられて目を向けると、件の隙間妖怪、八雲紫が空中に開かれた不自然な裂け目に腰掛けふりふりと趣味の悪げな飾りのついた扇で自らを仰ぎつつにいやらしいとしか形容しようのない、にやついた笑顔をこちらに向けていた。
というか目が合った。気持ち悪いな相変わらず。
「グランプリを開くことを聞いて、司会を引き受けてくれって言われたの。悪いようにはしないからって」
「まぁ紫がそう言うなら何か利益があるのだろうけど......なんで君なんだい、アリス?」
紫主催なら紫本人が司会を担当すればいいではないかと思う。発案者でもあり大会の方向性も考えてあるだろうしこれ以上の適役はいないはずだ。
確かに出会ったころからよく内容のつかめない行動はとっていた。そもそもアリスと紫とがそのように個人的に頼みごとをしたりされたりといった仲であるほど親密かと問われると、少々首を斜めに傾けてしまうような部分がある。
短いため息をハァと吐き出し、アリスは絞り出すようにつぶやいた。
「知らないわ......本当は私だって...」
「え?なんだって?」
最後のほうは声が小さすぎて聞き取れなかった。普段は割とハキハキと話すほうなのに、こんなに歯切れが悪いのは珍しい。
なんでもない、とアリスはそういってマイクを持ち直すと、もういつものどこか気品のある凛とした顔に戻っていた。
しかしなぜだろうか。どこか表面だけ繕っているようだとそう思えた。
日ごろから人形のように整った顔ではあった。だがそれは美しいだとか可愛いだとかを示す言葉の意味であり真の意味で、というわけではない。
今の暫時、見やったアリスの横顔は象られた能面がその上から笑顔を張り付けただけのように見えたのだ。どこがどう、だとは言えない。しかし、どこかこう、冷たさを携えていた。
そんな顔は見たくない、アリスにはいつもの笑顔でいて欲しい。
心のどこかでふと浮かんだ己が感情に自身の事ながら驚いた。自分がこんな風に誰かに笑顔でいて欲しいなどと思ったことはあっただろうか。まだ僕が霧雨道具店に方向に出ていた時、親に叱られて泣きじゃくる魔理沙に対して向けたその感情と同じだった。
しかし、感覚的にはどこか違う。例えるなら桜。魔理沙に向けたソレはマッチの火のように一時的で、ついたり消えたり自在だ。
どこか違う、今この心情は。春訪れが近づくにつれ徐に萌芽し、気づかぬ内に満開に咲き誇る。
......何を考えているのか、僕は。そんな事あるわけないじゃないか。里の娘子の色恋じゃあるまいし。
大勢の人間やら妖怪やらの視線を壇上で二人だけで一点に集めるという、普段は味わえない緊張感の中という特殊環境下において生まれた蜃気楼のような一時的な現象だろう。吊り橋理論と同じだ。
緊張により高鳴る鼓動を甘ったるい感情と見誤るなど云百年生きてきて恥ずかしいものじゃないか。
「ううん、何でもないわ。じゃあ改めて開始するわね」
「あ、ああ。そうだね」
夢想に耽る僕を現実に引き戻したのもまた、アリスの言葉だった。はっとして横にいるアリスの顔を盗み見ると、笑顔で声高らかに諸注意等を読み上げている。
僕だけだろうか?やはりアリスはどこかいつもと違うと思う。
二つわからない事がある。アリスがどうして悲しそうなのか、そして僕の彼女へのこの感覚の答え。
この大会が終わりまでには答えがでるだろうか、いや後者は僕自身がこの大会の開催云々に関わらず解き明かしたいと何処か思っている。
わからないことは考えない主義だが、今回ばかりはどうしてか答えを知りたいと思った。
「それでは、エントリーNo.1霧雨魔理沙さんです。どうぞ!!」
こうして第一回カップリンググランプリは幕を開けた。
*
「初めてお会いした時はいきなり雪かきを命じられまして......それはそれは困惑したものです」
「正直苦手だとさえ思っていたのですが、幽々子様にお使いを言い渡されてお店に行くたびに店主さんが人のことを本当はよく見ていて考えてくれていることがわかっていったんです」
「い、今では店主さんのことがだ、だ、だだっだ、大好きです!!!!」
「はい、エントリーNo.6魂魄妖夢さんでしたー」
パチパチと会場からまばらな拍手が聞こえる。というか拍手しているのはさっきから見ていて内輪の者だけに思える。
魔理沙のときなんか司会の僕とアリスしかしてなかったんじゃないだろうか。
というかなんだこの大会は。そんな事どうでもいいから商品を買ってくれ。茶を勝手に飲むな。物盗んでいくな。窓割るな。勝手に居住スペースに入るな。
特に変わった様子もなく大会は進行していく。アリスにも変わった様子はなく、やはり見間違いだったのかと思えてくるほどだ。
「それではエントリーNo.7射命丸文さんの入場です」
コールと同時に客席から突風が吹き目を眩ます。そして目を開けると舞台には射命丸文その人が微笑を携え既にマイクを片手に立っている。
どうでもいいが選手は普通、控室にいるのではないだろうか。
「私が店主さんと出会ったのはもう十数年前のことでして、その時私は全く売れない新聞執筆者だったんですよ」
「えー...今も大して売れてないのでは?」
場を盛り上げるためにアリスが突っ込みを入れる。場内からは笑いが起き中々良い雰囲気だ。発表しやすい環境造りというのも司会としての重要な仕事の一端であると思う。
というか僕は何もしていないんだがいる意味はあるのだろうか。
「うるさいですよアリスさん。そしてですね困っていたところに偶然香霖堂に行き当たりまして、そこで店主さんと出会ったんですよ。当時香霖堂も創業したばかりでお客さんがいなかったらしいです」
今も大して売れていないんですけどね、という文の言葉でまたも会場に笑いが起きる。
全く余計なお世話である。
「そしてお互い売れていなかった私たちはある契約を交わしたんです。店主さんは我が文々。新聞を購読する、私は新聞で香霖堂を定期的に宣伝する。まぁ、私の新聞は売れてないですから新聞に載せた広告に効果は全く期待できなかったんですけどね」
ああ、確かにそんな話もあったなと思いだした。当時はそんな不利であったとは全く考えていなかったわけであるが。
「にも関わらず、店主さんはその条件を快諾してくださいました。正直驚いたものです、ですがイエスと答えたその時の店主さんの微笑みがどうも頭から離れなくて......インタビューと称して店主さんの事を色々と聞き出したものです。そうして過ごした云十年、私は店主さんの事を言葉を重ねるたび好きになっていきました」
一息。気のこもった声で確かに言葉を紡ぐ。
「店主さん、好きです。心から慕っています。取材の成果により店主さんの事なら何でも知っています。紅茶よりコーヒーが好きだとか、熱いものが苦手だとか、すごい刀持ってるとか!!交友期間も最長の私たちに、最早他者のつけ入る隙はありません!!」
いや魔理沙が一番長いんじゃないかな、なんて的外れなことを考えつつふとアリスを見やった。
(アリス......?)
細めた目から雫が垂れるのを、確かに僕は見た。それは本当に僅かなものであり客席からは視認できない事であろう。しかし見間違いではない。隠そうとしても隠しきれない悲哀を携えた音のない深海のような瞳が確かな証左だった。
*
四半刻ほど休憩時間を取りますというアナウンスが流れるとともに会場は少々の騒々しさが沸き起こる。大方、誰の発表がどうとかそんな話だろう。
だが、当事者ながらそんなことは眼中になかった。
「......私と初めて会った時の事、覚えてる?」
「あ、ああ、覚えているよ」
アリスの事を考えていたら、本人が話しかけて来たので少々面食らった。
「まだ香霖堂を始めたばかりの頃だったわよね」
まだ買わない常連たちさえもいなくて、閑古鳥さえも鳴かないようなあの時の香霖堂。そこにアリスは人形を見せて欲しいと立ち寄った。
「霖之助さんったら上海人形に一目惚れだったものね」
ふふっ、とアリスが微笑む。つられて僕も笑った。
「技術屋として、ね。それほどに君の人形の出来は素晴らしかったんだよ」
「そんなこと言って......上海を弄り回し始めた時には張り倒してやろうかと思ったわ」
「ははは、そんな事もあったね。もう十何年も前の事だから忘れてしまったよ」
そう笑った僕につられて、今度はアリスが笑った。
やはりアリスの自然な笑みは美しいと思った。
アリスはふと、何処か儚げな顔つきになって視線を外した。その触れると壊れてしまいそうな横顔を眺めつつ、僕は僕自身の感情に答えを見いだせた気がした。
「そうね、もうそんなに時間がたったのよね。文もそんな事言ってたわね」
「ああ、そうだね」
「文、言ってたわ。霖之助さんの事なんでも知ってるって。実際に私は知らない事も言っていたわ」
刀がどうとかね、と肩をすぼめる。
「でもね、私も知ってるの。夏は素麺ばかり食べてるとか、読書に熱中しすぎて素麺すらたべないとか......知らないこともたくさんあるの、だけどこれまでに知ったことも沢山あるわ」
アリスは視線を僕に戻して、顔を覗き込むような姿勢で少し恥じらうように頬を染めて言う。
「知ったことは忘れたくないし、もっと霖之助さんの事を知りたいと思う。確かに全てを事細かに覚えていくってことはできなし、全てを知るって事はできないけど......それでもあなたとの事は記憶に留めたいの」
十数年、毎日彼女に......アリスにあっていたわけでもないけど、僕の中でアリスの存在は段々と大きくなっていった。
美しい容姿に限らず、気が利くところやテンポのいい会話、心地のいい声だってそうだ。
長い時を過ごした。それは、妖の寿命をもつ僕や彼女にとっては刹那に過ぎないが、心変わりには十二分に有り余る時間だ。
「アリス、君は和食より洋食が好きだ。そして箸を使うのが苦手だが、緑茶なんかは案外にも好きだ」
「え?霖之助さん?」
「だが知らないことは沢山ある。だからこれからも君の事を知っていければいいと思うんだ」
「霖之助さん......」
遠回しな問いかけには、遠回しな答えを。
自惚れでないならば、アリスはきっと僕の事を......
遅咲きの桜はようやく芽吹いてきたようだ。
「いや、どう言うわけだいアリス」
旧暦では晩春、春も終わりに近い今日この頃。穏やかな陽気に照らされ僕こと森近霖之助は久々に無縁塚に仕入れ...もとい、供養に出かけようとしていた。
なのに、何だろうこの状況は。
「ルールを説明します」
「いや、僕にどうしてこんな状況になったかを説明してくれ。三行で」
「ルールは簡単です。幻想郷数少ない男性キャラかつ朴念仁店主と出場者のカップリングの良し悪しを評定し順位をつけます。私の独断で」
「アリス、それは誰が得するんだい?」
どう考えても誰かの利益になるとは思えない催しだと僕は思った。そもそも僕なんかと並べて評価される女性陣としての心境や如何に、といったところだ。
アリスは横目で僕をキッと睨むと、マイクと呼ばれる声を拡大する道具(香霖堂製)から口を離しやや強い口調で耳打ちをしてきた。
「ちょっと霖之助さんの声もマイクが拾ってるって忘れたの?余計なことは考えないで司会兼主役っていう自覚を持ちなさいよ」
「いきなり連れて来たうえにその言いぐさは無いだろう。僕は司会も主役も引き受けた覚えはないよ」
「うるさいわね。いいじゃない、長らくご贔屓にしてあげてるのは誰だかわかってる?」
「だからといって僕の時間は非売品だよ。香霖堂は生き物の取り扱いは行っておりませんよ、お客様」
皮肉たっぷりの笑顔でそう返した僕に、アリスは少し視線を下げて躊躇うように言った。
「だって、隙間妖怪が......」
「え?紫がなんだって?」
アリスがあっちだと指差した方向につられて目を向けると、件の隙間妖怪、八雲紫が空中に開かれた不自然な裂け目に腰掛けふりふりと趣味の悪げな飾りのついた扇で自らを仰ぎつつにいやらしいとしか形容しようのない、にやついた笑顔をこちらに向けていた。
というか目が合った。気持ち悪いな相変わらず。
「グランプリを開くことを聞いて、司会を引き受けてくれって言われたの。悪いようにはしないからって」
「まぁ紫がそう言うなら何か利益があるのだろうけど......なんで君なんだい、アリス?」
紫主催なら紫本人が司会を担当すればいいではないかと思う。発案者でもあり大会の方向性も考えてあるだろうしこれ以上の適役はいないはずだ。
確かに出会ったころからよく内容のつかめない行動はとっていた。そもそもアリスと紫とがそのように個人的に頼みごとをしたりされたりといった仲であるほど親密かと問われると、少々首を斜めに傾けてしまうような部分がある。
短いため息をハァと吐き出し、アリスは絞り出すようにつぶやいた。
「知らないわ......本当は私だって...」
「え?なんだって?」
最後のほうは声が小さすぎて聞き取れなかった。普段は割とハキハキと話すほうなのに、こんなに歯切れが悪いのは珍しい。
なんでもない、とアリスはそういってマイクを持ち直すと、もういつものどこか気品のある凛とした顔に戻っていた。
しかしなぜだろうか。どこか表面だけ繕っているようだとそう思えた。
日ごろから人形のように整った顔ではあった。だがそれは美しいだとか可愛いだとかを示す言葉の意味であり真の意味で、というわけではない。
今の暫時、見やったアリスの横顔は象られた能面がその上から笑顔を張り付けただけのように見えたのだ。どこがどう、だとは言えない。しかし、どこかこう、冷たさを携えていた。
そんな顔は見たくない、アリスにはいつもの笑顔でいて欲しい。
心のどこかでふと浮かんだ己が感情に自身の事ながら驚いた。自分がこんな風に誰かに笑顔でいて欲しいなどと思ったことはあっただろうか。まだ僕が霧雨道具店に方向に出ていた時、親に叱られて泣きじゃくる魔理沙に対して向けたその感情と同じだった。
しかし、感覚的にはどこか違う。例えるなら桜。魔理沙に向けたソレはマッチの火のように一時的で、ついたり消えたり自在だ。
どこか違う、今この心情は。春訪れが近づくにつれ徐に萌芽し、気づかぬ内に満開に咲き誇る。
......何を考えているのか、僕は。そんな事あるわけないじゃないか。里の娘子の色恋じゃあるまいし。
大勢の人間やら妖怪やらの視線を壇上で二人だけで一点に集めるという、普段は味わえない緊張感の中という特殊環境下において生まれた蜃気楼のような一時的な現象だろう。吊り橋理論と同じだ。
緊張により高鳴る鼓動を甘ったるい感情と見誤るなど云百年生きてきて恥ずかしいものじゃないか。
「ううん、何でもないわ。じゃあ改めて開始するわね」
「あ、ああ。そうだね」
夢想に耽る僕を現実に引き戻したのもまた、アリスの言葉だった。はっとして横にいるアリスの顔を盗み見ると、笑顔で声高らかに諸注意等を読み上げている。
僕だけだろうか?やはりアリスはどこかいつもと違うと思う。
二つわからない事がある。アリスがどうして悲しそうなのか、そして僕の彼女へのこの感覚の答え。
この大会が終わりまでには答えがでるだろうか、いや後者は僕自身がこの大会の開催云々に関わらず解き明かしたいと何処か思っている。
わからないことは考えない主義だが、今回ばかりはどうしてか答えを知りたいと思った。
「それでは、エントリーNo.1霧雨魔理沙さんです。どうぞ!!」
こうして第一回カップリンググランプリは幕を開けた。
*
「初めてお会いした時はいきなり雪かきを命じられまして......それはそれは困惑したものです」
「正直苦手だとさえ思っていたのですが、幽々子様にお使いを言い渡されてお店に行くたびに店主さんが人のことを本当はよく見ていて考えてくれていることがわかっていったんです」
「い、今では店主さんのことがだ、だ、だだっだ、大好きです!!!!」
「はい、エントリーNo.6魂魄妖夢さんでしたー」
パチパチと会場からまばらな拍手が聞こえる。というか拍手しているのはさっきから見ていて内輪の者だけに思える。
魔理沙のときなんか司会の僕とアリスしかしてなかったんじゃないだろうか。
というかなんだこの大会は。そんな事どうでもいいから商品を買ってくれ。茶を勝手に飲むな。物盗んでいくな。窓割るな。勝手に居住スペースに入るな。
特に変わった様子もなく大会は進行していく。アリスにも変わった様子はなく、やはり見間違いだったのかと思えてくるほどだ。
「それではエントリーNo.7射命丸文さんの入場です」
コールと同時に客席から突風が吹き目を眩ます。そして目を開けると舞台には射命丸文その人が微笑を携え既にマイクを片手に立っている。
どうでもいいが選手は普通、控室にいるのではないだろうか。
「私が店主さんと出会ったのはもう十数年前のことでして、その時私は全く売れない新聞執筆者だったんですよ」
「えー...今も大して売れてないのでは?」
場を盛り上げるためにアリスが突っ込みを入れる。場内からは笑いが起き中々良い雰囲気だ。発表しやすい環境造りというのも司会としての重要な仕事の一端であると思う。
というか僕は何もしていないんだがいる意味はあるのだろうか。
「うるさいですよアリスさん。そしてですね困っていたところに偶然香霖堂に行き当たりまして、そこで店主さんと出会ったんですよ。当時香霖堂も創業したばかりでお客さんがいなかったらしいです」
今も大して売れていないんですけどね、という文の言葉でまたも会場に笑いが起きる。
全く余計なお世話である。
「そしてお互い売れていなかった私たちはある契約を交わしたんです。店主さんは我が文々。新聞を購読する、私は新聞で香霖堂を定期的に宣伝する。まぁ、私の新聞は売れてないですから新聞に載せた広告に効果は全く期待できなかったんですけどね」
ああ、確かにそんな話もあったなと思いだした。当時はそんな不利であったとは全く考えていなかったわけであるが。
「にも関わらず、店主さんはその条件を快諾してくださいました。正直驚いたものです、ですがイエスと答えたその時の店主さんの微笑みがどうも頭から離れなくて......インタビューと称して店主さんの事を色々と聞き出したものです。そうして過ごした云十年、私は店主さんの事を言葉を重ねるたび好きになっていきました」
一息。気のこもった声で確かに言葉を紡ぐ。
「店主さん、好きです。心から慕っています。取材の成果により店主さんの事なら何でも知っています。紅茶よりコーヒーが好きだとか、熱いものが苦手だとか、すごい刀持ってるとか!!交友期間も最長の私たちに、最早他者のつけ入る隙はありません!!」
いや魔理沙が一番長いんじゃないかな、なんて的外れなことを考えつつふとアリスを見やった。
(アリス......?)
細めた目から雫が垂れるのを、確かに僕は見た。それは本当に僅かなものであり客席からは視認できない事であろう。しかし見間違いではない。隠そうとしても隠しきれない悲哀を携えた音のない深海のような瞳が確かな証左だった。
*
四半刻ほど休憩時間を取りますというアナウンスが流れるとともに会場は少々の騒々しさが沸き起こる。大方、誰の発表がどうとかそんな話だろう。
だが、当事者ながらそんなことは眼中になかった。
「......私と初めて会った時の事、覚えてる?」
「あ、ああ、覚えているよ」
アリスの事を考えていたら、本人が話しかけて来たので少々面食らった。
「まだ香霖堂を始めたばかりの頃だったわよね」
まだ買わない常連たちさえもいなくて、閑古鳥さえも鳴かないようなあの時の香霖堂。そこにアリスは人形を見せて欲しいと立ち寄った。
「霖之助さんったら上海人形に一目惚れだったものね」
ふふっ、とアリスが微笑む。つられて僕も笑った。
「技術屋として、ね。それほどに君の人形の出来は素晴らしかったんだよ」
「そんなこと言って......上海を弄り回し始めた時には張り倒してやろうかと思ったわ」
「ははは、そんな事もあったね。もう十何年も前の事だから忘れてしまったよ」
そう笑った僕につられて、今度はアリスが笑った。
やはりアリスの自然な笑みは美しいと思った。
アリスはふと、何処か儚げな顔つきになって視線を外した。その触れると壊れてしまいそうな横顔を眺めつつ、僕は僕自身の感情に答えを見いだせた気がした。
「そうね、もうそんなに時間がたったのよね。文もそんな事言ってたわね」
「ああ、そうだね」
「文、言ってたわ。霖之助さんの事なんでも知ってるって。実際に私は知らない事も言っていたわ」
刀がどうとかね、と肩をすぼめる。
「でもね、私も知ってるの。夏は素麺ばかり食べてるとか、読書に熱中しすぎて素麺すらたべないとか......知らないこともたくさんあるの、だけどこれまでに知ったことも沢山あるわ」
アリスは視線を僕に戻して、顔を覗き込むような姿勢で少し恥じらうように頬を染めて言う。
「知ったことは忘れたくないし、もっと霖之助さんの事を知りたいと思う。確かに全てを事細かに覚えていくってことはできなし、全てを知るって事はできないけど......それでもあなたとの事は記憶に留めたいの」
十数年、毎日彼女に......アリスにあっていたわけでもないけど、僕の中でアリスの存在は段々と大きくなっていった。
美しい容姿に限らず、気が利くところやテンポのいい会話、心地のいい声だってそうだ。
長い時を過ごした。それは、妖の寿命をもつ僕や彼女にとっては刹那に過ぎないが、心変わりには十二分に有り余る時間だ。
「アリス、君は和食より洋食が好きだ。そして箸を使うのが苦手だが、緑茶なんかは案外にも好きだ」
「え?霖之助さん?」
「だが知らないことは沢山ある。だからこれからも君の事を知っていければいいと思うんだ」
「霖之助さん......」
遠回しな問いかけには、遠回しな答えを。
自惚れでないならば、アリスはきっと僕の事を......
遅咲きの桜はようやく芽吹いてきたようだ。
これで面白いと思ってそんな後書きになったんなら筆を折ったほうがいいですよ。邪魔なんで。
ほんと、お話になりませんね
間を空けすぎかなぁ
それで読みにくいと思う
ちとビみょーですもうチョイ工夫を
つか何もかもが適当だわ