夜も更け夜分と呼んで差し支えない時間にも関わらず、最近の僕は月の明るい夜にはよく店を開けたまま起きている事が日課となっていた。
月明かりで本を読むのも風情があって嫌いでは無いし、何より待ち人ができたためだ。
今夜もまた月が煌々と照らす晩、この森深くの建物に近付く影があった。
「こんばんわっ、霖之助さん!」
手をぱたぱたと振りながら駆け寄ってくる赤い長髪の女性を目視し、僕は読んでいた本をぱたりと閉じて挨拶を返した。
「やぁ。待っていたよ、美鈴」
紅魔館の門番たる彼女がこうして定期的にやってくるようになったのは、半年ほど前におつかいとして遣わされて来たのが初めてだった。
曰く『真夜中に館にやって来るような命知らずは私が直々に相手してあげるわ』と主のレミリアが最近血気盛んなようで、特に満月の夜付近は暇を出されることが多くなったらしい。
故に暇を持て余すようになった美鈴はこうして夜中に僕の店にやってくることが多くなったのだ。
僕の迷惑も考えてか夜でも明るい方の日を選んで会いに来てくれるあたり、彼女は幻想郷の妖怪とは思えないほど気遣いのできる女性だ。
それだけならいつもの僕なら鬱陶しがっている所だが、彼女は紅魔館のメイドよろしく気に入ったものにはきちんと代価を払ってくれるし、何よりもうひとつの点において僕は彼女をとてもありがたく思っていた。
「それで、今日はどんなお話を聞かせていただけるんですかっ?霖之助さん」
腰の後ろに手を組んで状態を屈めて上目遣いで目をキラキラさせてくる美鈴の姿は、見慣れているとはいえ僕に限ってはひどく魅力的に映る。
見ての通り、彼女は僕の薀蓄めいた講釈を嫌がらない。それどころか率先して聞き出そうとすらしてくるのだ。
彼女は門番という仕事上他者と話す事もあまりなく、その少ない量の殆どが咲夜を中心とした紅魔館の面子に集約されている。
なので彼女にとってはどんな難解な話でも理解を示してくれる、僕にとってはまさに適材といえた。
『日ごとお昼寝してるのだって退屈でたまらないだけで気配は常に探ってるんですよ?』
本人談であるので信用度は眉唾ではあるが、こうした好奇心を知っている身としては事実なのではないかと擁護の声を上げてあげたい。
「そうだな……ああ、そうだ」
僕は店から一つ中ぶりぐらいの鉄の箱を取り出し、美鈴に見せた。
「今日は僕の講釈ではなく、君の考えを少し聞いてみたいと考えてるんだ」
「わたしの、ですか?」
「ああ。この箱は『電子レンジ』というらしく、『物を焼かずに温めることが出来る』ものらしい」
「へぇー……でも、肝心の原理はお分かりにならないんですか?やっぱり」
「そのやっぱりさ、恥ずかしながらね。それで、君にならわかるんじゃないかと思ってね」
「この箱には、時間と熱量の指定ができるようで、さらに物を中に入れることで熱することができるようだ。ならば、君の『氣』のようなものを物体に流し込んで温めているのではないかと思ってね」
「氣ですか。そうですね……霖之助さん」
美鈴は何故か少しそわそわした様子で、恥ずかしげに句を継いだ。
「わたしと、手を握っていただけますか?」
「手、かい?それは今の話に関係があるのかい?」
「ええ。なので」
関係があるのであれば拒否する理由も無い。ならばと僕は右手を美鈴へと差し出した。
「ではっ」
美鈴は僕の手を包み込むように両手を添えると、空気を飲み込み咀嚼するかのような深い呼吸を数回繰り返した。
「かはぁ……破ッッ!!」
瞬間、僕の体が繋いだ手を通して何かが迸るように感じ、非力な僕に力が漲る様に感じた。
と同時に体に火照る様な熱さを感じることができた。
「これは……」
「氣を用いた肉体の活性化ですね。霖之助さんの体にわたしの氣を少々上乗せさせて刺激させていただきました」
「なるほど……確かに体が温かくなった気がする」
「恐らくですけれど……電子レンジというものもこれを応用したものなんじゃないかと思います」
「氣を、かい?」
肯定を示す縦の首肯をし、美鈴は自分の考えを説明し始めた。
「氣というものは天地におけるあらゆる万物に流れるもので、物質から流れる氣そのものに関しては、同じ種族であっても必ずどこかしらに差異が生じるものです」
「というと、人間1と人間2では違う氣が生じていると?」
「ええ。『人間』という大きな枠組みでは同じものでも、各人としての氣では必ず個性が生じ同一のものはありません。
霊力や魔力、妖力といったものも必ず各自の個性が生じているでしょう?」
「確かにね」
少なくともそれらの力が物に干渉することは何らかの変化をもたらし、多くの場合破壊という事象として現れる。
「それでは、君の持つものは妖気ではないのかい?」
「確かにわたしのも妖気ですが、わたしの場合は他の氣を『感じる』ことによって練った気を同化させているんです。
それを俗に『虹色』と称するのですが」
「つまり先程のは僕の氣と君の氣を同化させていたというわけか。けどそれは相当難しいんじゃないのかい?」
「そうですね。勝手を知っている霖之助さんだから出来たことで、初見の相手では早々できることではないでしょう」
「それではあの電子レンジは君の能力を上回っていることにならないかい?」
「なので、おそらくはこういうことだと思います。霖之助さん、何か食べ物はありませんか?」
「食べ物は……ないな。お茶ならあるが……もう冷めてしまっているね、丁度」
「そういえば食事いらないんですものね、霖之助さんも」
ふふっと茶目っ気を残したあどけない笑いに不意に心が揺らされる。本当にこの娘は。
「では……はぁぁぁぁぁ…………!」
美鈴が僕の時と同様に湯飲みに氣を込めると、しばし待つなり湯飲みの中の水が沸騰し始めていた。
「……すごい」
「お褒めにあずかり光栄です。つまり、こういうことだと思うんです」
「もう少し詳しく頼む」
「すなわち、温めるモノというのは概して2つの種類に大別されると思います。そこを刺激するんです」
「2つ……というと」
「水と、鉄です」
なるほど、と僕は得心した。
「では、外の人々はこの電子レンジに氣を込められる程度の能力を所持しているということなんだろうか?」
「さすがにそれは考えにくいですね。わたしレベルでようやくここまでが手一杯ですもの」
「ならば、氣を増幅するようなマジックアイテムがあるのだろうか」
「ミニ八卦炉みたいなものだってこっちにもあるんですから、そういう可能性も十分ありますね」
「なるほど……げに恐ろしきところだな、外の世界というものは」
とりあえずの結論を得ようとしたその時、猛烈な疲労が僕の体を急に襲ってきた。
「な……体が、急に……?」
「あ~、やっぱりきちゃいましたか」
「やっぱりって、それは」
「わたしはさっきので氣の増幅を引き出す手伝いにちょっと気を込めただけで、元々は霖之助さんの氣が大半ですから出し切ると当然くたくたになりますよ」
「そんな大事なこと、なんで先に言わないんだ……」
「論より証拠と思いまして。それに……」
「霖之助さんの手、一度握り締めてみたかったんですっ」
やっぱり僕の周りの人物はどこかおかしな人妖しかいないんじゃないか、と考えを改める必要がありそうだった。
月明かりで本を読むのも風情があって嫌いでは無いし、何より待ち人ができたためだ。
今夜もまた月が煌々と照らす晩、この森深くの建物に近付く影があった。
「こんばんわっ、霖之助さん!」
手をぱたぱたと振りながら駆け寄ってくる赤い長髪の女性を目視し、僕は読んでいた本をぱたりと閉じて挨拶を返した。
「やぁ。待っていたよ、美鈴」
紅魔館の門番たる彼女がこうして定期的にやってくるようになったのは、半年ほど前におつかいとして遣わされて来たのが初めてだった。
曰く『真夜中に館にやって来るような命知らずは私が直々に相手してあげるわ』と主のレミリアが最近血気盛んなようで、特に満月の夜付近は暇を出されることが多くなったらしい。
故に暇を持て余すようになった美鈴はこうして夜中に僕の店にやってくることが多くなったのだ。
僕の迷惑も考えてか夜でも明るい方の日を選んで会いに来てくれるあたり、彼女は幻想郷の妖怪とは思えないほど気遣いのできる女性だ。
それだけならいつもの僕なら鬱陶しがっている所だが、彼女は紅魔館のメイドよろしく気に入ったものにはきちんと代価を払ってくれるし、何よりもうひとつの点において僕は彼女をとてもありがたく思っていた。
「それで、今日はどんなお話を聞かせていただけるんですかっ?霖之助さん」
腰の後ろに手を組んで状態を屈めて上目遣いで目をキラキラさせてくる美鈴の姿は、見慣れているとはいえ僕に限ってはひどく魅力的に映る。
見ての通り、彼女は僕の薀蓄めいた講釈を嫌がらない。それどころか率先して聞き出そうとすらしてくるのだ。
彼女は門番という仕事上他者と話す事もあまりなく、その少ない量の殆どが咲夜を中心とした紅魔館の面子に集約されている。
なので彼女にとってはどんな難解な話でも理解を示してくれる、僕にとってはまさに適材といえた。
『日ごとお昼寝してるのだって退屈でたまらないだけで気配は常に探ってるんですよ?』
本人談であるので信用度は眉唾ではあるが、こうした好奇心を知っている身としては事実なのではないかと擁護の声を上げてあげたい。
「そうだな……ああ、そうだ」
僕は店から一つ中ぶりぐらいの鉄の箱を取り出し、美鈴に見せた。
「今日は僕の講釈ではなく、君の考えを少し聞いてみたいと考えてるんだ」
「わたしの、ですか?」
「ああ。この箱は『電子レンジ』というらしく、『物を焼かずに温めることが出来る』ものらしい」
「へぇー……でも、肝心の原理はお分かりにならないんですか?やっぱり」
「そのやっぱりさ、恥ずかしながらね。それで、君にならわかるんじゃないかと思ってね」
「この箱には、時間と熱量の指定ができるようで、さらに物を中に入れることで熱することができるようだ。ならば、君の『氣』のようなものを物体に流し込んで温めているのではないかと思ってね」
「氣ですか。そうですね……霖之助さん」
美鈴は何故か少しそわそわした様子で、恥ずかしげに句を継いだ。
「わたしと、手を握っていただけますか?」
「手、かい?それは今の話に関係があるのかい?」
「ええ。なので」
関係があるのであれば拒否する理由も無い。ならばと僕は右手を美鈴へと差し出した。
「ではっ」
美鈴は僕の手を包み込むように両手を添えると、空気を飲み込み咀嚼するかのような深い呼吸を数回繰り返した。
「かはぁ……破ッッ!!」
瞬間、僕の体が繋いだ手を通して何かが迸るように感じ、非力な僕に力が漲る様に感じた。
と同時に体に火照る様な熱さを感じることができた。
「これは……」
「氣を用いた肉体の活性化ですね。霖之助さんの体にわたしの氣を少々上乗せさせて刺激させていただきました」
「なるほど……確かに体が温かくなった気がする」
「恐らくですけれど……電子レンジというものもこれを応用したものなんじゃないかと思います」
「氣を、かい?」
肯定を示す縦の首肯をし、美鈴は自分の考えを説明し始めた。
「氣というものは天地におけるあらゆる万物に流れるもので、物質から流れる氣そのものに関しては、同じ種族であっても必ずどこかしらに差異が生じるものです」
「というと、人間1と人間2では違う氣が生じていると?」
「ええ。『人間』という大きな枠組みでは同じものでも、各人としての氣では必ず個性が生じ同一のものはありません。
霊力や魔力、妖力といったものも必ず各自の個性が生じているでしょう?」
「確かにね」
少なくともそれらの力が物に干渉することは何らかの変化をもたらし、多くの場合破壊という事象として現れる。
「それでは、君の持つものは妖気ではないのかい?」
「確かにわたしのも妖気ですが、わたしの場合は他の氣を『感じる』ことによって練った気を同化させているんです。
それを俗に『虹色』と称するのですが」
「つまり先程のは僕の氣と君の氣を同化させていたというわけか。けどそれは相当難しいんじゃないのかい?」
「そうですね。勝手を知っている霖之助さんだから出来たことで、初見の相手では早々できることではないでしょう」
「それではあの電子レンジは君の能力を上回っていることにならないかい?」
「なので、おそらくはこういうことだと思います。霖之助さん、何か食べ物はありませんか?」
「食べ物は……ないな。お茶ならあるが……もう冷めてしまっているね、丁度」
「そういえば食事いらないんですものね、霖之助さんも」
ふふっと茶目っ気を残したあどけない笑いに不意に心が揺らされる。本当にこの娘は。
「では……はぁぁぁぁぁ…………!」
美鈴が僕の時と同様に湯飲みに氣を込めると、しばし待つなり湯飲みの中の水が沸騰し始めていた。
「……すごい」
「お褒めにあずかり光栄です。つまり、こういうことだと思うんです」
「もう少し詳しく頼む」
「すなわち、温めるモノというのは概して2つの種類に大別されると思います。そこを刺激するんです」
「2つ……というと」
「水と、鉄です」
なるほど、と僕は得心した。
「では、外の人々はこの電子レンジに氣を込められる程度の能力を所持しているということなんだろうか?」
「さすがにそれは考えにくいですね。わたしレベルでようやくここまでが手一杯ですもの」
「ならば、氣を増幅するようなマジックアイテムがあるのだろうか」
「ミニ八卦炉みたいなものだってこっちにもあるんですから、そういう可能性も十分ありますね」
「なるほど……げに恐ろしきところだな、外の世界というものは」
とりあえずの結論を得ようとしたその時、猛烈な疲労が僕の体を急に襲ってきた。
「な……体が、急に……?」
「あ~、やっぱりきちゃいましたか」
「やっぱりって、それは」
「わたしはさっきので氣の増幅を引き出す手伝いにちょっと気を込めただけで、元々は霖之助さんの氣が大半ですから出し切ると当然くたくたになりますよ」
「そんな大事なこと、なんで先に言わないんだ……」
「論より証拠と思いまして。それに……」
「霖之助さんの手、一度握り締めてみたかったんですっ」
やっぱり僕の周りの人物はどこかおかしな人妖しかいないんじゃないか、と考えを改める必要がありそうだった。
どっちかっつーとレンジは優曇華の領域だとは思うけどね!
天然でも計算でも純粋に見えるのがこわい
なるほどこの二人は相性良さそう。