―――彼岸、是非曲直庁。
新年から一月も過ぎ、彼の世の方でも事務処理が落ち付いてきた頃。
幻想郷、三途の川渡し死神―――小野塚小町は朝から、此処(是非曲直庁)に居た。
理由は簡単。なんて事は無い、事務仕事だ。
彼女の仕事は主として魂の舟渡しだが、それでいて、『お役人』なわけで……
「はぁ、面倒臭い」
……書類仕事も出来なくてはいけないのだ。
現在為しているのは、前年の舟渡し金の集計。及び、舟並びオールの副利の見積もり。そして『上』への定時報告書作りである。
現在、直属の上司―――四季映姫・ヤマザナドゥの幻想郷支部、第五オフィスで筆を走らせていた。
因みに、何時もの船頭着ではなく正装の死神黒装束。髪もツーテールではなく、下ろしたミドルヘアだ。
「先輩、お疲れ様です」
「お、気が聞くね。ヒナゲシ」
同じく幻想郷支部の後輩で、主に映姫の事務補佐を務めている死神事務官―――楚江(そうこう)雛罌粟が茶を持ってきた。
小町は手を休めず会話を続ける。
「ボス(四季様)は?」
「泰山様の下に。あ、休んじゃダメですよ。私が怒られますから」
「ん、そ。あ、そういやまた川(三途)の基礎(ベース)幅変動したんだっけ?」
「え? あ、そういえば」
そう聞くと小町は舌打ちし、算盤と定規、コンパス、分度規を取り出した。
「ベースは……前年と比較して男は0,1、女は0,06延びた、か……
中岩の位置がずれて……ったく」
グチグチ言いながらも素早く手を動かしている。
(普段もアレだけ真面目にやれば、怒られないのに)
ヒナゲシは内心、苦笑した。
彼女(小町)は仕事はできるのだ。ただ、しない。
事務仕事の腕も庁で屈指のレベル。映姫にこっそり教えられた情報によると、秘書検定も特級。天人狩りもエースクラスとのこと。
(とんだ狸……狐かしら?)
「まったくです」
……
「や、ヤーマ様! 何時の間にお帰りに?!」
「只、今。ああ、疲れた……」
どうしてこう、化け物みたいな方は気配が読めないのだろう。
下(幻想郷)のUSCみたいにダダ漏れでもいいのに。
ヒナゲシは頬を掻きつつ、映姫の御茶を入れに給湯室へ向かった。
一方、映姫は小町の仕事を眺めていた。
まあ、なんというか……ギャップだな。いや、此処まで行くと別人、か?
「ああ、四季様。お帰り」
「只今。熱心ですね」
「んー、別に。始めちゃった惰性ですよ」
映姫の顔を一目も見ず、小町は赤ペンを走らせていた。
余談だが、この第五オフィスには男性が少ない。
トップが映姫ということもあって、殆どが女性で構成されている。
幾許かいる男と言えば、小町以外の舟渡し。ボイラー室のジジイや事務員の長老くらいだ。
主要幹部は皆、女性。
話を戻す。
「……よし、一段落。ヒナゲシ、この調整書、八雲宛てに郵便お願い」
「はーい。あ、四季様。お茶入りました」
「ん、ありがと」
三途の川幅変動案をヒナゲシに渡し、小町は椅子に背を任せ背伸びをした。
そして懐から煙管を取り出し―――
「チェスト」
「きゃん!」
―――映姫に叩かれた。
「何すんですか……」
「貴女こそ何してんの? 喫うなら、外で」
「はいはい。ったく、最近は肩身が狭いねぇ」
常世では全面禁煙が主流となってきているらしい。
だからと言って、態々彼の世までそれを真似る必要も無かろうに……
小町は、給湯室でコーヒーを入れ、庁舎の外で紫煙を吹かした。
「お?」
チラホラ、雪が降りてきた。
「彼の世の雪か……『オツ』なもんだわ」
色の無い空を見る。
知らず知らずのうちに、一句、詠んでいた。
窓の外からそれを見ていた映姫は、莫迦ね、と苦笑した。
* * * * * * *
翌日。
小町は映姫の付き添いで、旧地獄へ足を運んでいた。
実はこの日、二人はオフなのだが、映姫が公事を兼ねた私用があると言う事で御供を命じられたのだ。
休日手当が出なかったら、即行逃げ出していた。
「四季様。服装は正装ですか?」
「いえ、私服で結構。私も『私服』ですから」
「え?!!」
「……え? 何か?」
「い、いや……何でも」
小町は息を呑んだ。
映姫の『私服』は問題が、あり過ぎるからだ……
そして、当日。
二人は旧都の関所にいた。
「そろそろ、迎えが来ますね」
「……四季様」
「何?」
「……いいです」
「ん?」
今に、わかる。
小町は溜息をついた。
因みに小町は黒白ツートンカラーの着流し、そして何時ものツーテールだ。
暫時、一匹の妖怪が関所に現れた。
「こんにちは。映姫」
「こんにちは。さとり」
覚―――古明地さとり。
映姫とは結構長い付き合いらしく、慣れた様子で挨拶を交わしていた。
「都長は?」
「旧都庁で待ってますよ。勇儀(副都長)さんも」
「わかりました。では行きましょう」
旧都庁。旧・都庁ではなく、旧都・庁。
旧都を管轄する役所である。
旧都の中央に位置し、全体を見渡せるほどの大きな屋敷となっている。高さだけなら地霊殿より大きい。
因みに、中央に位置すると言う事は、当然街道を歩かねばいけないわけで……
―――……ざわざわ……ざわざわ。
……小町達の姿も公然に見られるわけだ。
「なんだか、周囲から視線を感じますね」
「……ふふふ。何故でしょうね」
さとりが微笑する。
ああ、畜生。わかってやがるくせに。
小町は再び溜息をついた。
映姫は『私服』のセンスが……良すぎる。
しかし、本人はそれをまったく、わかってない。彼岸では影でファッションリーダーとまで称される程だ。
二つの意味でのカリスマ。これ如何に。
私用でも立場があると言う事で、Yシャツ(カラーライン)にヤマ(閻魔)専用のジャケット。
ここまではいい。
しかし、しかしだ……
(その肩と下! なんとかしてくれ!)
シルバーの肩当て。付けない時は、肩パッドを入れる。
何故? 何で?
幻想郷の七不思議の一つ。『映姫様の肩誇張』。
(しかも流行る理由が分からない。あたい、間違ってんのかなぁ……)
さあ?
もとい、話を戻す。
次に『下』だが……これまた、短い。
普段、風紀云々五月蠅いくせに、当の本人は際どい位のミニスカを穿いている。
どのくらいかというと、どこぞの鴉天狗クラスの短さだ。
加え、レギンス。
それ幻想入りしてないだろと突っ込みたいのだが、何分、彼岸だけでいえば幻想郷のモノでは無いので、何処からか入手しているのだろう。
実は意外と古いタイプの小町にとっては殿方に素足を見せるなんて、沸騰寸前に恥ずかしい行為である為、映姫の私服はショッキングなものであった。
(パンツじゃないから恥ずかしくないもん、ってか! おい!)
しかし、際どいな……
大衆の目も映姫の下に集まってばかりだ。
「時に映姫」
「はい?」
さとりが映姫に聞いた。
「それ」
スカートの下の見慣れない股引(ももひき)の様な物を指差す。
「ああ、レギンスですか?」
「……下着?」
「ふふ。違います。外の、まあタイツに近いモノです。最近では男性も穿くとか」
「ふーん。何処で手に入れるの?」
「彼岸の行き付けの御店。欲しい?」
「け、結構です。私には似合わないと思うから」
小町は誓った。今度、その店見つけ出して締め上げてやる、と。
続けてさとりが問う。
「でも、恥ずかしくないの? それ?」
良い事聞いてくれたと小町は内心ガッツポーズ。
「なんで?」
「……そう。ならいいです」
……ああ、この人はそういう人だった。
兎角、イヤらしい目をして鼻の下を伸ばしている野郎共から、映姫を隠しながら進む小町であった。
その後、映姫を旧都庁に送ってから暇を貰い、地底にしか売ってない煙草の葉を買ったり、酒や団子を買って漁った。
「おっす! オジちゃん。久しぶり」
「おろ? 死神の姉ちゃんじゃねえか。仕事かい?」
「半々よ。何時もの葉っぱと……あと適当に茶菓子詰め合わせて」
「あいよ」
小町は地底の妖怪が好きだった。
ウマが合うのかもしれない。地底の妖怪達も小町に対して好意を持っている。
映姫が上のさとりなら、小町は上の勇儀といったところだろうか。
「お待たせ。サービスしといたよ」
「へへ。おっちゃん大好きだ」
「はっ! 嬉しいこと言ってくれるじゃんよ」
同室の連中への御土産も忘れない辺り、小町らしいと言えるだろう。
「……四季様。早く終わんないかな」
とか言いつつ、街道をブラブラ散歩する小町であった。
* * * * * * *
コレまた別の日。
この日は何も無い、至って平凡な日だった。
小町はといえば勿論、昼寝に勤しんでいた。
「こら」
「……へい」
相当暇なのか、映姫が叱りに来た。当たり前だ。魂を運んでいないのだから。
「仕事は?」
「何処に、霊魂が見えます?」
「む」
いない。
この仕事、いなければいないに越したことはない。病院や薬師と同じだ。
「平和な証拠でさぁ」
「……」
「このワーカーホリック」
「悪かったですね」
閻魔にこんな口を利くのも、死神多しといえど彼女だけだろう。
小町は近くの木に背を預け水筒を開けた。
映姫も小町の隣に体育座りをし、ポケットから飴を取り出し、嘗めた。
「四季様。閻魔職楽しいですか?」
「愚問」
小町は苦笑した。
「小町。死神楽しいですか?」
「愚問」
映姫も苦笑した。
ふと、思い出したように映姫が呟いた。
「そういえば、この前。貴女、詩(うた)詠んでましたね」
「……はて。何時の事か」
「また。惚けて」
「マジですよ。自分が『詠んだ』詩なんて、逐一、把握してませんよ」
気の赴くままにね、と小町は水筒を映姫に渡した。
映姫は受け取り、一口……
「ぶはっ! あ、熱燗?!」
「あはは。だーまされた!」
「こ、小町っ!!」
杓で叩けばいいモノの、それも忘れ、映姫はポカポカ小町の腕を叩いた。
小町は笑いながら謝った。
プクゥと頬を膨らませ、上目遣いで睨まれても怖くはないのだが、可哀相(可愛い)なので素直に謝った。
ああ、平和だ。
「……四季様。先日の地底での会合、何を?」
打って変って、真面目な口調になる。
実際、小町は話し合いに参加していなかった為、内容までは知らない。
「どうして?」
「いや、興味本位」
サラリと、ふざけた事を言うものだ。
「……色々、と」
「色々、ねぇ」
で? と映姫の目を見る。
映姫は少々考え込み、『独り言』を話し始めた。
「旧都の遊郭の取り締まりの件。命蓮寺の妖怪達の処遇……地底を抜け出した件でね」
「ふーん。『風の噂』が聞こえた」
ワザとらしく応える小町。
「しかし、まだ『噂』は聞こえそうだなぁ」
「……ったく、狸が。
地底の『反乱軍』が勢力を伸ばしているらしい。『彼女』もそろそろ地上侵攻を考えているのかもしれませんね」
「ほう……」
小町は自分と似た髪の色の河童を思い出した。
懐かしい奴。呑んで、歌って、騒いだもんだ。
何処か遠い目をしている小町を傍目に、今度は映姫が呟いた。
「私も、何か『風の噂』が聞きたいですね」
「……ははは。こりゃまたなんで?」
「貴女と同じかも」
小町の目を見る。
彼女が何処から入手しているかは問わないが、天狗並の情報屋である事を映姫は把握していた。
無論、白ではないが……灰色くらいなので目を瞑っている。
やれやれと水筒を一啜りし、小町は『酔い言』を話し出した。
「あくまで噂。信憑性はないけど……
『反乱軍』に手を貸している連中がいるみたいだなぁ」
「……ん」
「人間の里や妖怪の山の天狗共が消えて欲しい連中は『一枚岩』じゃない。
ただ今回の件は、幻想郷だけの問題じゃない。裏には……」
そこで一旦、小町は区切り、周囲を見回した。
そして顔を映姫の耳元へ近づけ、告げる。
「四季様。アンタじゃ勝てない方が裏にいる。
力じゃない。立場でだ。
あの方に勝てるのは、幻想郷でいうと……『九尾』か『紅龍』、『宵闇』だけ。
まあ、『魔界神』やらを抜いてですが」
「……ほう。で? 教えるの? 教えないの?」
「無茶をしないと約束されるなら」
と言っても、無駄なのは分かっている。自分でもトンだ道化だと、小町は自らを嘲笑した。
映姫は頷く。
「はぁ……ホントに無茶しないで下さいよ。
……あの、新参のネズミを調べてみて下さい。それが答えです」
「毘沙門天様?」
「だけじゃない、ということです……
さ、そろそろお昼休憩ですよ! 飯でも喰いましょうか」
スタっと立ち上がる小町。
映姫の手を引き、中有の道の店へ向けて走り出した。
まったく、この切り替えは呆れるものだ。
「今日は四季様奢って下さいねー」
「な! どうして」
どっしりとカウンターに腰掛け、それ一番に注文。
「おっちゃん! 中有焼きと冷(酒)!」
「お! 小町、定時だな。あいよ!」
映姫が答える前に注文。
溜息しか出ない。
「もう……店主さん。饂飩と焙じ茶を。揚げ(油揚げ)あれば乗せて下さい」
「おや、閻魔様。これは珍しい。サービスしねーとな!」
まったく。贔屓商売はいけないと、前にも注意したのに。
「かったいなぁ、四季様。
そんなんだから周りから『えいきっき』とか『肩パット長』なんて渾名、付けられるんですよ」
「なんですと! だ・れ・が、そんな渾名付けたんですか!!」
「あ……やべ……」
その後、ちゅるちゅる饂飩を啜る映姫に怒られ、きゃんきゃん言いながら小町は中有焼きを頬張るのだった。
余談だが、何故かその日、この店は繁盛したとかしないとか。
(こうやって見れば、可愛い上司なんだけどな……あ痛っ)
ああ、平和。
* * * * * * *
中立者。
誰よりも当て嵌まるのは、彼女、閻魔だろう。
しかし、彼女もまた、自分の意志を持つ少女である事には変わり無い。
だが、公私混同が許される立場ではないのだ。
だからこそ、死神は思う。
せめて、日常だけは、人一倍、少女であって欲しいと。
どうも幻想郷の少女達は背伸びしたがりだ。
子供であれとは言わない。
けれども、せめて仕事の虫にはなって欲しくはない。時に、我儘の言える、大人であって欲しいと……
「そういえば小町」
「んぐ、はい?」
「貴女、あの時なんて詠んだの?」
「んー……内緒!」
「もー」
恥ずかしくて、言えませんね。
―――花の色は うつりぬまじと いたづらに
貴女の身世にふる ゆくるせし間に―――
だなんてね。
新年から一月も過ぎ、彼の世の方でも事務処理が落ち付いてきた頃。
幻想郷、三途の川渡し死神―――小野塚小町は朝から、此処(是非曲直庁)に居た。
理由は簡単。なんて事は無い、事務仕事だ。
彼女の仕事は主として魂の舟渡しだが、それでいて、『お役人』なわけで……
「はぁ、面倒臭い」
……書類仕事も出来なくてはいけないのだ。
現在為しているのは、前年の舟渡し金の集計。及び、舟並びオールの副利の見積もり。そして『上』への定時報告書作りである。
現在、直属の上司―――四季映姫・ヤマザナドゥの幻想郷支部、第五オフィスで筆を走らせていた。
因みに、何時もの船頭着ではなく正装の死神黒装束。髪もツーテールではなく、下ろしたミドルヘアだ。
「先輩、お疲れ様です」
「お、気が聞くね。ヒナゲシ」
同じく幻想郷支部の後輩で、主に映姫の事務補佐を務めている死神事務官―――楚江(そうこう)雛罌粟が茶を持ってきた。
小町は手を休めず会話を続ける。
「ボス(四季様)は?」
「泰山様の下に。あ、休んじゃダメですよ。私が怒られますから」
「ん、そ。あ、そういやまた川(三途)の基礎(ベース)幅変動したんだっけ?」
「え? あ、そういえば」
そう聞くと小町は舌打ちし、算盤と定規、コンパス、分度規を取り出した。
「ベースは……前年と比較して男は0,1、女は0,06延びた、か……
中岩の位置がずれて……ったく」
グチグチ言いながらも素早く手を動かしている。
(普段もアレだけ真面目にやれば、怒られないのに)
ヒナゲシは内心、苦笑した。
彼女(小町)は仕事はできるのだ。ただ、しない。
事務仕事の腕も庁で屈指のレベル。映姫にこっそり教えられた情報によると、秘書検定も特級。天人狩りもエースクラスとのこと。
(とんだ狸……狐かしら?)
「まったくです」
……
「や、ヤーマ様! 何時の間にお帰りに?!」
「只、今。ああ、疲れた……」
どうしてこう、化け物みたいな方は気配が読めないのだろう。
下(幻想郷)のUSCみたいにダダ漏れでもいいのに。
ヒナゲシは頬を掻きつつ、映姫の御茶を入れに給湯室へ向かった。
一方、映姫は小町の仕事を眺めていた。
まあ、なんというか……ギャップだな。いや、此処まで行くと別人、か?
「ああ、四季様。お帰り」
「只今。熱心ですね」
「んー、別に。始めちゃった惰性ですよ」
映姫の顔を一目も見ず、小町は赤ペンを走らせていた。
余談だが、この第五オフィスには男性が少ない。
トップが映姫ということもあって、殆どが女性で構成されている。
幾許かいる男と言えば、小町以外の舟渡し。ボイラー室のジジイや事務員の長老くらいだ。
主要幹部は皆、女性。
話を戻す。
「……よし、一段落。ヒナゲシ、この調整書、八雲宛てに郵便お願い」
「はーい。あ、四季様。お茶入りました」
「ん、ありがと」
三途の川幅変動案をヒナゲシに渡し、小町は椅子に背を任せ背伸びをした。
そして懐から煙管を取り出し―――
「チェスト」
「きゃん!」
―――映姫に叩かれた。
「何すんですか……」
「貴女こそ何してんの? 喫うなら、外で」
「はいはい。ったく、最近は肩身が狭いねぇ」
常世では全面禁煙が主流となってきているらしい。
だからと言って、態々彼の世までそれを真似る必要も無かろうに……
小町は、給湯室でコーヒーを入れ、庁舎の外で紫煙を吹かした。
「お?」
チラホラ、雪が降りてきた。
「彼の世の雪か……『オツ』なもんだわ」
色の無い空を見る。
知らず知らずのうちに、一句、詠んでいた。
窓の外からそれを見ていた映姫は、莫迦ね、と苦笑した。
* * * * * * *
翌日。
小町は映姫の付き添いで、旧地獄へ足を運んでいた。
実はこの日、二人はオフなのだが、映姫が公事を兼ねた私用があると言う事で御供を命じられたのだ。
休日手当が出なかったら、即行逃げ出していた。
「四季様。服装は正装ですか?」
「いえ、私服で結構。私も『私服』ですから」
「え?!!」
「……え? 何か?」
「い、いや……何でも」
小町は息を呑んだ。
映姫の『私服』は問題が、あり過ぎるからだ……
そして、当日。
二人は旧都の関所にいた。
「そろそろ、迎えが来ますね」
「……四季様」
「何?」
「……いいです」
「ん?」
今に、わかる。
小町は溜息をついた。
因みに小町は黒白ツートンカラーの着流し、そして何時ものツーテールだ。
暫時、一匹の妖怪が関所に現れた。
「こんにちは。映姫」
「こんにちは。さとり」
覚―――古明地さとり。
映姫とは結構長い付き合いらしく、慣れた様子で挨拶を交わしていた。
「都長は?」
「旧都庁で待ってますよ。勇儀(副都長)さんも」
「わかりました。では行きましょう」
旧都庁。旧・都庁ではなく、旧都・庁。
旧都を管轄する役所である。
旧都の中央に位置し、全体を見渡せるほどの大きな屋敷となっている。高さだけなら地霊殿より大きい。
因みに、中央に位置すると言う事は、当然街道を歩かねばいけないわけで……
―――……ざわざわ……ざわざわ。
……小町達の姿も公然に見られるわけだ。
「なんだか、周囲から視線を感じますね」
「……ふふふ。何故でしょうね」
さとりが微笑する。
ああ、畜生。わかってやがるくせに。
小町は再び溜息をついた。
映姫は『私服』のセンスが……良すぎる。
しかし、本人はそれをまったく、わかってない。彼岸では影でファッションリーダーとまで称される程だ。
二つの意味でのカリスマ。これ如何に。
私用でも立場があると言う事で、Yシャツ(カラーライン)にヤマ(閻魔)専用のジャケット。
ここまではいい。
しかし、しかしだ……
(その肩と下! なんとかしてくれ!)
シルバーの肩当て。付けない時は、肩パッドを入れる。
何故? 何で?
幻想郷の七不思議の一つ。『映姫様の肩誇張』。
(しかも流行る理由が分からない。あたい、間違ってんのかなぁ……)
さあ?
もとい、話を戻す。
次に『下』だが……これまた、短い。
普段、風紀云々五月蠅いくせに、当の本人は際どい位のミニスカを穿いている。
どのくらいかというと、どこぞの鴉天狗クラスの短さだ。
加え、レギンス。
それ幻想入りしてないだろと突っ込みたいのだが、何分、彼岸だけでいえば幻想郷のモノでは無いので、何処からか入手しているのだろう。
実は意外と古いタイプの小町にとっては殿方に素足を見せるなんて、沸騰寸前に恥ずかしい行為である為、映姫の私服はショッキングなものであった。
(パンツじゃないから恥ずかしくないもん、ってか! おい!)
しかし、際どいな……
大衆の目も映姫の下に集まってばかりだ。
「時に映姫」
「はい?」
さとりが映姫に聞いた。
「それ」
スカートの下の見慣れない股引(ももひき)の様な物を指差す。
「ああ、レギンスですか?」
「……下着?」
「ふふ。違います。外の、まあタイツに近いモノです。最近では男性も穿くとか」
「ふーん。何処で手に入れるの?」
「彼岸の行き付けの御店。欲しい?」
「け、結構です。私には似合わないと思うから」
小町は誓った。今度、その店見つけ出して締め上げてやる、と。
続けてさとりが問う。
「でも、恥ずかしくないの? それ?」
良い事聞いてくれたと小町は内心ガッツポーズ。
「なんで?」
「……そう。ならいいです」
……ああ、この人はそういう人だった。
兎角、イヤらしい目をして鼻の下を伸ばしている野郎共から、映姫を隠しながら進む小町であった。
その後、映姫を旧都庁に送ってから暇を貰い、地底にしか売ってない煙草の葉を買ったり、酒や団子を買って漁った。
「おっす! オジちゃん。久しぶり」
「おろ? 死神の姉ちゃんじゃねえか。仕事かい?」
「半々よ。何時もの葉っぱと……あと適当に茶菓子詰め合わせて」
「あいよ」
小町は地底の妖怪が好きだった。
ウマが合うのかもしれない。地底の妖怪達も小町に対して好意を持っている。
映姫が上のさとりなら、小町は上の勇儀といったところだろうか。
「お待たせ。サービスしといたよ」
「へへ。おっちゃん大好きだ」
「はっ! 嬉しいこと言ってくれるじゃんよ」
同室の連中への御土産も忘れない辺り、小町らしいと言えるだろう。
「……四季様。早く終わんないかな」
とか言いつつ、街道をブラブラ散歩する小町であった。
* * * * * * *
コレまた別の日。
この日は何も無い、至って平凡な日だった。
小町はといえば勿論、昼寝に勤しんでいた。
「こら」
「……へい」
相当暇なのか、映姫が叱りに来た。当たり前だ。魂を運んでいないのだから。
「仕事は?」
「何処に、霊魂が見えます?」
「む」
いない。
この仕事、いなければいないに越したことはない。病院や薬師と同じだ。
「平和な証拠でさぁ」
「……」
「このワーカーホリック」
「悪かったですね」
閻魔にこんな口を利くのも、死神多しといえど彼女だけだろう。
小町は近くの木に背を預け水筒を開けた。
映姫も小町の隣に体育座りをし、ポケットから飴を取り出し、嘗めた。
「四季様。閻魔職楽しいですか?」
「愚問」
小町は苦笑した。
「小町。死神楽しいですか?」
「愚問」
映姫も苦笑した。
ふと、思い出したように映姫が呟いた。
「そういえば、この前。貴女、詩(うた)詠んでましたね」
「……はて。何時の事か」
「また。惚けて」
「マジですよ。自分が『詠んだ』詩なんて、逐一、把握してませんよ」
気の赴くままにね、と小町は水筒を映姫に渡した。
映姫は受け取り、一口……
「ぶはっ! あ、熱燗?!」
「あはは。だーまされた!」
「こ、小町っ!!」
杓で叩けばいいモノの、それも忘れ、映姫はポカポカ小町の腕を叩いた。
小町は笑いながら謝った。
プクゥと頬を膨らませ、上目遣いで睨まれても怖くはないのだが、可哀相(可愛い)なので素直に謝った。
ああ、平和だ。
「……四季様。先日の地底での会合、何を?」
打って変って、真面目な口調になる。
実際、小町は話し合いに参加していなかった為、内容までは知らない。
「どうして?」
「いや、興味本位」
サラリと、ふざけた事を言うものだ。
「……色々、と」
「色々、ねぇ」
で? と映姫の目を見る。
映姫は少々考え込み、『独り言』を話し始めた。
「旧都の遊郭の取り締まりの件。命蓮寺の妖怪達の処遇……地底を抜け出した件でね」
「ふーん。『風の噂』が聞こえた」
ワザとらしく応える小町。
「しかし、まだ『噂』は聞こえそうだなぁ」
「……ったく、狸が。
地底の『反乱軍』が勢力を伸ばしているらしい。『彼女』もそろそろ地上侵攻を考えているのかもしれませんね」
「ほう……」
小町は自分と似た髪の色の河童を思い出した。
懐かしい奴。呑んで、歌って、騒いだもんだ。
何処か遠い目をしている小町を傍目に、今度は映姫が呟いた。
「私も、何か『風の噂』が聞きたいですね」
「……ははは。こりゃまたなんで?」
「貴女と同じかも」
小町の目を見る。
彼女が何処から入手しているかは問わないが、天狗並の情報屋である事を映姫は把握していた。
無論、白ではないが……灰色くらいなので目を瞑っている。
やれやれと水筒を一啜りし、小町は『酔い言』を話し出した。
「あくまで噂。信憑性はないけど……
『反乱軍』に手を貸している連中がいるみたいだなぁ」
「……ん」
「人間の里や妖怪の山の天狗共が消えて欲しい連中は『一枚岩』じゃない。
ただ今回の件は、幻想郷だけの問題じゃない。裏には……」
そこで一旦、小町は区切り、周囲を見回した。
そして顔を映姫の耳元へ近づけ、告げる。
「四季様。アンタじゃ勝てない方が裏にいる。
力じゃない。立場でだ。
あの方に勝てるのは、幻想郷でいうと……『九尾』か『紅龍』、『宵闇』だけ。
まあ、『魔界神』やらを抜いてですが」
「……ほう。で? 教えるの? 教えないの?」
「無茶をしないと約束されるなら」
と言っても、無駄なのは分かっている。自分でもトンだ道化だと、小町は自らを嘲笑した。
映姫は頷く。
「はぁ……ホントに無茶しないで下さいよ。
……あの、新参のネズミを調べてみて下さい。それが答えです」
「毘沙門天様?」
「だけじゃない、ということです……
さ、そろそろお昼休憩ですよ! 飯でも喰いましょうか」
スタっと立ち上がる小町。
映姫の手を引き、中有の道の店へ向けて走り出した。
まったく、この切り替えは呆れるものだ。
「今日は四季様奢って下さいねー」
「な! どうして」
どっしりとカウンターに腰掛け、それ一番に注文。
「おっちゃん! 中有焼きと冷(酒)!」
「お! 小町、定時だな。あいよ!」
映姫が答える前に注文。
溜息しか出ない。
「もう……店主さん。饂飩と焙じ茶を。揚げ(油揚げ)あれば乗せて下さい」
「おや、閻魔様。これは珍しい。サービスしねーとな!」
まったく。贔屓商売はいけないと、前にも注意したのに。
「かったいなぁ、四季様。
そんなんだから周りから『えいきっき』とか『肩パット長』なんて渾名、付けられるんですよ」
「なんですと! だ・れ・が、そんな渾名付けたんですか!!」
「あ……やべ……」
その後、ちゅるちゅる饂飩を啜る映姫に怒られ、きゃんきゃん言いながら小町は中有焼きを頬張るのだった。
余談だが、何故かその日、この店は繁盛したとかしないとか。
(こうやって見れば、可愛い上司なんだけどな……あ痛っ)
ああ、平和。
* * * * * * *
中立者。
誰よりも当て嵌まるのは、彼女、閻魔だろう。
しかし、彼女もまた、自分の意志を持つ少女である事には変わり無い。
だが、公私混同が許される立場ではないのだ。
だからこそ、死神は思う。
せめて、日常だけは、人一倍、少女であって欲しいと。
どうも幻想郷の少女達は背伸びしたがりだ。
子供であれとは言わない。
けれども、せめて仕事の虫にはなって欲しくはない。時に、我儘の言える、大人であって欲しいと……
「そういえば小町」
「んぐ、はい?」
「貴女、あの時なんて詠んだの?」
「んー……内緒!」
「もー」
恥ずかしくて、言えませんね。
―――花の色は うつりぬまじと いたづらに
貴女の身世にふる ゆくるせし間に―――
だなんてね。
いろいろと楽しみにしてます。マンキョウ様の作品好きです!
でもじっくり焦らず書いて下さいな、待ってますぜ。
しかしこの小町は映季姫を守る騎士(ナイト)だなぁ…。または武器が鎌の、姫直属の近衛兵…ってイメージがあります。
えーこまの感じもいいですねー。
まぁシリーズのほうは焦らずにしっかり練ってください、楽しみにしてます。
・・・ところで映姫さまの私服姿の画像はまだですか?
シリーズも気になるけど個人的には魔界事情も気になる
・9、18番様> ええ、みとりんです。近いうちに出てきますよ! 大国主編の後くらいかな。
あと、コメント頂けるだけで多謝です! 点数は後付けですよ。なんちって。
・11番様> 非常に申し訳ない。あちらは滞ってしまってるのです……
小町はナイト……いいですね! かっけぇ! 因みに『映季姫』で『えいきっき』ですねwww!
・15番様> 続編じゃー!!
・19番様> 誰か漫画か動画作ってくれないかなぁ……なんて酷い妄想してる、今日この頃です。
レギンスえいきっき……ハァハァ……
・20番様> 増やしちまったZE☆ 魔界事情ですか?
少しお話すると、魔界での主役は……ルイズです。知ってるかな? 知ってて欲しいな。魔界姉妹で一番好きなんですよ。
追伸。
前回の点数はビックリでしたw自分は千点いけば良い方な作者なので……
あ、でも素直に嬉しかったっすよ! ホント、ありがとうございます! これからも頑張ります!
何故か俺マンキョウさんの描くルーミア好きなんですよ
ルーミアの立場を書いた作品を楽しみに待ってます!!!!
とりあえず今回は……えーき可愛いよえーき
それにしても映姫様ったら、大・胆(不敵)ww