拝啓。そちらの皆さんへ。
そちらはようやく寒さの中、少しずつ春の気配が感じられ始めた頃でしょうか。こちらとは気候が違うので、もしかしたらまだ寒かったりするのですかね。
お体に気をつけて、と私が言うのも変かな。
こちらは皆元気で、私早苗も、元気にこちらでの生活を楽しんでいます。
こちらに移り住んで早幾月。私も次第にこちらでの生活に慣れ、友達も出来ました。
その友達のほとんどが人間じゃない、というとそちらの皆さんは驚くかもしれませんけど、こちらでは普通みたいです。私も最初は戸惑いましたけど、今はそんなことを気にしなくなりました。
にとりさん、という方が、最近はよく遊びに来てくれます。
現代で暮らしていた私に「不便でしょ」と色々配慮してくれます。例えば神社に電気を引いてくれようとしたり、そちらみたいな機械を紹介してくれます。
たまに、どう使ったらいいのか分からない道具を詳しく説明してくれたりして、ちょっと困ったりしますけど、優しい友達です。
あ、そういえば、結局今の神社には電気を引かないことにしたんですよ。驚きますかね?
でもこちらの人はほとんど電気なんて使ってないので、私もそうすることにしたんです。神奈子様は「不便じゃないの」と気にしてくださいますけど、私はそんなに気にしていません。
明かりをつけるのに火を持って歩いて回ったり、服をたらいで洗ったり。そちらでは考えられないようなことを、みなさんしているんです。なんでそんなことをみんな普通にしているんだろう、と思いましたけど、私も今ではそうするのが普通になりました。
スイッチ一つで境内の明かりを点けられるのは手間要らずでした。
けど一本一本灯籠に火を灯して、鳥居から神社を見た時の、火の穏やかな明かりにぼんやり照らされた境内は、凄く綺麗で。今では私の楽しみの一つになっています。
洗濯も、寒い日はたまに洗濯機の便利さが身に染みたりもしますけど、それでも自分の手で洗った服にさっと手を通すと、なんだか一日頑張ろうという気になるんです。自分で洗ったかだけで気分が変わるなんて、なんだか不思議ですよね。
でもぱりっと乾いた服に着替えると、なんだか楽しくて笑っちゃうんです。
掃除とか、炊事とか、こちらでは大変なこともありますけど、その分同居してる神奈子様と諏訪子様に感謝されることも多くなって、私は嬉しかったです。そんな風で料理も頑張ってみたりして。たまにお二人も手伝ってくれる時は、腕によりをかけてしまいます。
時代をいくつも遡ったような生活ですけど、電気のない生活というのも楽しいです。にとりさんには、ちょっと申し訳ないですけど。
友達と言えば、最近は椛さんという天狗の方がたまに訪ねてくるようになりました。
にとりさんの友達だそうです。私たちの住んでいる、妖怪の山、という所を守る大事な仕事をしている人です。
椛さんはたまに休みの時に私のところに来ては参拝してくださって、私に将棋を教えてくれます。そちらで少しだけやったことのある将棋じゃなくて大将棋っていう難しい将棋で、中々上手くならない私に、でも椛さんは熱心に教えてくれます。なんでも「にとりくらいしか相手にならないから」だそうで。
時間はかかると思いますけど、頑張ってそのうち椛さんにも勝てるように、にとりさんに秘訣を教えてもらおうと思っています。
神奈子様と諏訪子様は、こちらに来て信仰心が集まったおかげか、いつもどこかに行ったり元気そのものです。
諏訪子様は、あまり神社や人里以外に行かない私に代わる様に、そこら中飛び回っているみたいです。
この間は幽香さんという方が「約束だから」と色とりどりの花を一杯、私に渡して帰っていきました。諏訪子様のお部屋にそれを飾っているとちょうど諏訪子様が来たので尋ねてみると「花畑に妖怪がいたから、ちょっと戦ってみた」とのことです。
戦ってみた、というと物騒ですけど、こちらにはスペルカードルールというものがあって、半ば遊びのような戦いをするのがルールになっているんです。諏訪子様くらいになると怪我なんてしないそうです。私は……まだまだかな。
「今度は湖の近くの屋敷にでも行ってみようかな」なんて言っていたので、色々言いながらこちらの生活を一番楽しんでいるのは諏訪子様かも知れません。
神奈子様は相変わらず神社で参拝客のお相手を手伝ってくれていたりしますけど、よく夜中に出かけるようになりました。方々で催されている宴会に参加されているみたいです。
この間は天狗の偉い人たちと宴会をしていたようでした。ふらふらになって帰ってきた神奈子様を見かねて私は肩をお貸ししたのですが、私に抱きつきつつ「うわばみを酒で潰すなんて無理よ~」と楽しげにおっしゃっていました。
翌朝空を飛んでいた天狗の方々がふらふらしていたのは、多分神奈子様のせいじゃないかな、と思って私は思わず苦笑してしまいました。
私も、時折宴会に参加させてもらったりしています。お酒は苦手であんまり飲めないんですけど、みんなが薦めてくるので頑張ったり飲んだりして、失敗したりしています。ふらり抜け出したとき、霊夢さんという巫女友達の方がお茶とかをくれたりして、恥ずかしい思いもたくさんしました。でも、色んな人や、妖怪や、妖精が、一緒にお酒片手に楽しんでいる姿はすごくうらやましくて、そのうちお酒も飲めるようになって混ざっていけたらなぁ、なんて。
こちらに来て、今までの生活は本当に便利だったんだなぁと思います。
でも、なぜかその分こちらでの生活が楽しくて仕方が無いのです。
そちらで言う田舎暮らし、というのとは何か違うんです。一日が、凄く大切な日のように大事に、思うようになったんです。そちらで学校に通っていた時とは内容は違うけど、同じように忙しいことには変わりありません。
でも、感じ方が変わったんでしょうか。前は忙しいって言って暗い顔をしていたんですけど、今は忙しいと言いながら楽しんでいる私がいます。
ただ、こちらに来て幾月過ぎ、暮らして思うのは、そちらでもきっと同じことなんだということです。私は鈍感だから、こちらに来るまで気付きませんでしたけど――
そこまで書いて、すたすたと私の部屋に近づいてくる足音が耳に入った。さっとふすまが開いて、神奈子様の疲れた表情が目に入る。
「早苗ー、交代してよ。今日はやたら参拝客多くてさ。疲れた」
「ちょっと待っててくださいね。これ書き終わったらすぐ行きますから」
「また手紙かい? 幻想郷からじゃ向こうには届かないんだよ?」
神奈子様は柱に寄りかかりながらそう言う。私は向こうから持ってきたシャープペンシルをくるくると回して、笑って答えた。
「手紙というより、日記です。芯がなくなるまで、書いてみようと思って」
「まだ、向こうへの未練がある?」
少し憂いのある目で私を見る神奈子様に、私はふるふると首を振って返した。
「むしろ、未練がないから書いているんだと思います。向こうにいたことをふと忘れそうになるから、忘れないようにするために」
「そう、それならいいけど」
なるべく早く来てね、と神奈子様は言うと、私が頷くのを笑ってみてからふすまを閉めた。
早めに書き上げて手伝いに行かないと、と私はシャープペンシルを握る。
――こちらに来るまで気付きませんでしたけど、色んな物に助けられて生きてきたんだなと思います。神奈子様、諏訪子様、にとりさん、椛さん、霊夢さん……名前を挙げたらきりがないくらいの人たちの助けで、私は今生活しています。
私はあんなに便利な生活をしていたのに、そんな生活を助けてくれている物や人のことを忘れていたような気がします。機械だって、誰かが作ったからそこにあって。食べ物だって、誰かが作っているからそこにあって。
私はこちらに来て、目の前でそういう人を見て初めて気付きましたけど。物に囲まれていたら忘れてしまうようなことですけど、その物を誰かが作ってくれていた、そのことに今更感謝しています。感謝の念に結界は関係ない、そう信じて。
皆さんは、きっと気付いてくれると信じています。
そちらの皆さんへ。
まだしばらく寒い日が続いていくかと思いますが、温かくして、風邪など召されないように、気をつけてくださいね。
それでは、お元気で。
東風谷 早苗
そちらはようやく寒さの中、少しずつ春の気配が感じられ始めた頃でしょうか。こちらとは気候が違うので、もしかしたらまだ寒かったりするのですかね。
お体に気をつけて、と私が言うのも変かな。
こちらは皆元気で、私早苗も、元気にこちらでの生活を楽しんでいます。
こちらに移り住んで早幾月。私も次第にこちらでの生活に慣れ、友達も出来ました。
その友達のほとんどが人間じゃない、というとそちらの皆さんは驚くかもしれませんけど、こちらでは普通みたいです。私も最初は戸惑いましたけど、今はそんなことを気にしなくなりました。
にとりさん、という方が、最近はよく遊びに来てくれます。
現代で暮らしていた私に「不便でしょ」と色々配慮してくれます。例えば神社に電気を引いてくれようとしたり、そちらみたいな機械を紹介してくれます。
たまに、どう使ったらいいのか分からない道具を詳しく説明してくれたりして、ちょっと困ったりしますけど、優しい友達です。
あ、そういえば、結局今の神社には電気を引かないことにしたんですよ。驚きますかね?
でもこちらの人はほとんど電気なんて使ってないので、私もそうすることにしたんです。神奈子様は「不便じゃないの」と気にしてくださいますけど、私はそんなに気にしていません。
明かりをつけるのに火を持って歩いて回ったり、服をたらいで洗ったり。そちらでは考えられないようなことを、みなさんしているんです。なんでそんなことをみんな普通にしているんだろう、と思いましたけど、私も今ではそうするのが普通になりました。
スイッチ一つで境内の明かりを点けられるのは手間要らずでした。
けど一本一本灯籠に火を灯して、鳥居から神社を見た時の、火の穏やかな明かりにぼんやり照らされた境内は、凄く綺麗で。今では私の楽しみの一つになっています。
洗濯も、寒い日はたまに洗濯機の便利さが身に染みたりもしますけど、それでも自分の手で洗った服にさっと手を通すと、なんだか一日頑張ろうという気になるんです。自分で洗ったかだけで気分が変わるなんて、なんだか不思議ですよね。
でもぱりっと乾いた服に着替えると、なんだか楽しくて笑っちゃうんです。
掃除とか、炊事とか、こちらでは大変なこともありますけど、その分同居してる神奈子様と諏訪子様に感謝されることも多くなって、私は嬉しかったです。そんな風で料理も頑張ってみたりして。たまにお二人も手伝ってくれる時は、腕によりをかけてしまいます。
時代をいくつも遡ったような生活ですけど、電気のない生活というのも楽しいです。にとりさんには、ちょっと申し訳ないですけど。
友達と言えば、最近は椛さんという天狗の方がたまに訪ねてくるようになりました。
にとりさんの友達だそうです。私たちの住んでいる、妖怪の山、という所を守る大事な仕事をしている人です。
椛さんはたまに休みの時に私のところに来ては参拝してくださって、私に将棋を教えてくれます。そちらで少しだけやったことのある将棋じゃなくて大将棋っていう難しい将棋で、中々上手くならない私に、でも椛さんは熱心に教えてくれます。なんでも「にとりくらいしか相手にならないから」だそうで。
時間はかかると思いますけど、頑張ってそのうち椛さんにも勝てるように、にとりさんに秘訣を教えてもらおうと思っています。
神奈子様と諏訪子様は、こちらに来て信仰心が集まったおかげか、いつもどこかに行ったり元気そのものです。
諏訪子様は、あまり神社や人里以外に行かない私に代わる様に、そこら中飛び回っているみたいです。
この間は幽香さんという方が「約束だから」と色とりどりの花を一杯、私に渡して帰っていきました。諏訪子様のお部屋にそれを飾っているとちょうど諏訪子様が来たので尋ねてみると「花畑に妖怪がいたから、ちょっと戦ってみた」とのことです。
戦ってみた、というと物騒ですけど、こちらにはスペルカードルールというものがあって、半ば遊びのような戦いをするのがルールになっているんです。諏訪子様くらいになると怪我なんてしないそうです。私は……まだまだかな。
「今度は湖の近くの屋敷にでも行ってみようかな」なんて言っていたので、色々言いながらこちらの生活を一番楽しんでいるのは諏訪子様かも知れません。
神奈子様は相変わらず神社で参拝客のお相手を手伝ってくれていたりしますけど、よく夜中に出かけるようになりました。方々で催されている宴会に参加されているみたいです。
この間は天狗の偉い人たちと宴会をしていたようでした。ふらふらになって帰ってきた神奈子様を見かねて私は肩をお貸ししたのですが、私に抱きつきつつ「うわばみを酒で潰すなんて無理よ~」と楽しげにおっしゃっていました。
翌朝空を飛んでいた天狗の方々がふらふらしていたのは、多分神奈子様のせいじゃないかな、と思って私は思わず苦笑してしまいました。
私も、時折宴会に参加させてもらったりしています。お酒は苦手であんまり飲めないんですけど、みんなが薦めてくるので頑張ったり飲んだりして、失敗したりしています。ふらり抜け出したとき、霊夢さんという巫女友達の方がお茶とかをくれたりして、恥ずかしい思いもたくさんしました。でも、色んな人や、妖怪や、妖精が、一緒にお酒片手に楽しんでいる姿はすごくうらやましくて、そのうちお酒も飲めるようになって混ざっていけたらなぁ、なんて。
こちらに来て、今までの生活は本当に便利だったんだなぁと思います。
でも、なぜかその分こちらでの生活が楽しくて仕方が無いのです。
そちらで言う田舎暮らし、というのとは何か違うんです。一日が、凄く大切な日のように大事に、思うようになったんです。そちらで学校に通っていた時とは内容は違うけど、同じように忙しいことには変わりありません。
でも、感じ方が変わったんでしょうか。前は忙しいって言って暗い顔をしていたんですけど、今は忙しいと言いながら楽しんでいる私がいます。
ただ、こちらに来て幾月過ぎ、暮らして思うのは、そちらでもきっと同じことなんだということです。私は鈍感だから、こちらに来るまで気付きませんでしたけど――
そこまで書いて、すたすたと私の部屋に近づいてくる足音が耳に入った。さっとふすまが開いて、神奈子様の疲れた表情が目に入る。
「早苗ー、交代してよ。今日はやたら参拝客多くてさ。疲れた」
「ちょっと待っててくださいね。これ書き終わったらすぐ行きますから」
「また手紙かい? 幻想郷からじゃ向こうには届かないんだよ?」
神奈子様は柱に寄りかかりながらそう言う。私は向こうから持ってきたシャープペンシルをくるくると回して、笑って答えた。
「手紙というより、日記です。芯がなくなるまで、書いてみようと思って」
「まだ、向こうへの未練がある?」
少し憂いのある目で私を見る神奈子様に、私はふるふると首を振って返した。
「むしろ、未練がないから書いているんだと思います。向こうにいたことをふと忘れそうになるから、忘れないようにするために」
「そう、それならいいけど」
なるべく早く来てね、と神奈子様は言うと、私が頷くのを笑ってみてからふすまを閉めた。
早めに書き上げて手伝いに行かないと、と私はシャープペンシルを握る。
――こちらに来るまで気付きませんでしたけど、色んな物に助けられて生きてきたんだなと思います。神奈子様、諏訪子様、にとりさん、椛さん、霊夢さん……名前を挙げたらきりがないくらいの人たちの助けで、私は今生活しています。
私はあんなに便利な生活をしていたのに、そんな生活を助けてくれている物や人のことを忘れていたような気がします。機械だって、誰かが作ったからそこにあって。食べ物だって、誰かが作っているからそこにあって。
私はこちらに来て、目の前でそういう人を見て初めて気付きましたけど。物に囲まれていたら忘れてしまうようなことですけど、その物を誰かが作ってくれていた、そのことに今更感謝しています。感謝の念に結界は関係ない、そう信じて。
皆さんは、きっと気付いてくれると信じています。
そちらの皆さんへ。
まだしばらく寒い日が続いていくかと思いますが、温かくして、風邪など召されないように、気をつけてくださいね。
それでは、お元気で。
東風谷 早苗
綺麗な早苗さん、いいね。
気の利いた感想が浮かばないのが口惜しいですが、とにかくぐっと来ました
毎日を大切に生きるってのは大事だな……
明日から頑張るって言って酒飲んで寝てちゃいかんよな……反省。
言葉に出来ない美しさがある。
最後の芯ではどんな手紙を書くんでしょうね。
早苗の優しさがにじみ出た文章だったと思います。 早苗さんの事が好きになってしまいそうですよ。
最近ははっちゃけた早苗さんばかりでしたので良い清涼剤になりました。
それに、早苗さんは「そちら」に届かないと言っていますけど、よく考えたら今この場の読者にはちゃんと届いているんですよね。うん。
いいお話でした。