「みかん♪ みかん♪ こたつでみかん♪」
「…………」
それはそれは嬉しそうな笑顔で、みかんの皮をいそいそと剥く霊夢。
「みかん♪ みかん♪ 早苗とみかん♪」
「…………」
それはもうはち切れんばかりの笑顔で、みかんをはむはむと頬張る霊夢。
早苗はそんな霊夢を見ながら、目の前の現実をどう解釈すべきか頭を悩ませていた。
「……早苗、食べないの?」
すると、霊夢がきょとんした眼差しを向けてきた。
早苗は慌てて言葉を返す。
「あ、いや、ええ、食べますよ? 食べますとも」
そう言いながら、目の前のみかんを手に取り、急いで剥き始める。
あ、これまだちょっと固くて剥きにくい。
早苗がちまちまと皮を剥いでいると、霊夢がまた嬉しそうに言ってきた。
「冬にこたつで食べるみかん! これって最高よね! ね!」
「そ、そうですね」
もう今日何度目になるのか分からない、このやりとり。
早苗は苦笑を浮かべつつ、みかんの皮取り作業を続けた。
霊夢は霊夢で、既に八個目のみかんの皮をむきむきしていた。
「みかん♪ みかん♪ こたつでみかん♪」
「…………」
相変わらずの能天気な歌を口ずさみながら。
「みかん♪ みかん♪ 早苗とみかん♪」
「…………」
それにしても、なんでこんなに嬉しそうなのか。
というか、いつもとキャラが違いすぎてないか?
先ほどから、早苗の脳裏にはずっとその疑問があった。
―――博麗霊夢というと、もっとこう、クールで、冷静沈着で、何事にも動じなくて……。
そう。
それが、早苗の中での霊夢のイメージだった。
早苗は、霊夢と知り合ってまだ日が浅い。
去年の秋に、この神社の占有権を巡って一発ドンパチかましてから、せいぜい三、四ヶ月といった頃合だ。
それでも、こうして互いの神社を訪ね合い、交流を重ねていくうちに、少しずつ、霊夢の人となりが掴めてきた気はしていたのだが。
(……まだまだ、私が知らない一面を持ってたんだな……)
早くも十個目のみかんを口に放り込む霊夢を見ながら、早苗はしみじみとそんなことを思った。
―――小一時間後。
「……ぐぅ」
実に十七個ものみかんを平らげた霊夢は、すっかり満腹になったようで、こたつに入ったまま、ちゃぶ台に突っ伏して寝入っている。
「…………」
早苗はそんな霊夢を見ながら、妙にあたたかい気持ちに包まれていた。
今までも、決して親しくないわけではなかったが、それでも、どこかつっけんどんな霊夢の態度に、距離を感じてしまうこともあった。
でも、今日の霊夢の素直な態度、反応を見ていると、そんなものはただの杞憂であったと分かった。
多分霊夢は、自分の素の感情を表に出すのが苦手なだけ。
そう考えれば、今までのクールに見えた態度すらも、無性にかわいらしく思えてくる。
「……まさか、みかんがその突破口になるとは思わなかったけど」
早苗は苦笑する。
里の人から貰ったはいいが、自分と二柱の神様達だけではとても食べきれそうにないほどの大量のみかん。
それならばと、こうして霊夢のところへお裾分けに来たのだが。
―――それがまさか、こんな結果を生もうとは。
「……別に、それだけじゃないわよ?」
「えっ」
突然の背後からの声。
早苗が反射的に振り返ると、空間の割れ目から一人の女が顔を覗かせていた。
境界を操る妖怪、紫である。
「……いるならいるって言って下さいよ。……相変わらず唐突なんだから」
「あら、それは失礼」
紫が突然出現するのは毎度のことだが、早苗は未だにそれに慣れていなかった。
そのあたりは、まだこの地に来て間もない故、致し方ないことだろう。
「……でも、どういうことです? それだけじゃないって」
「ん? 言葉どおりの意味よ」
「言葉どおり?」
「ええ」
疑問符を浮かべる早苗に、紫は笑顔で答える。
「別にみかんってだけで、霊夢はあんなに嬉しがってたわけじゃないってこと」
「……ふーん? じゃあ、他に何があるんです?」
「ふふっ」
紫は扇子で口元を覆いながら、楽しげに笑う。
相変わらず勿体ぶった言い方をするなあと、早苗は少しげんなりする。
そんな早苗の様子を感じ取ったのか、紫は諭すような口調で続けた。
「……同じくらいの歳の子と、こたつで一緒にみかんを食べたり、他愛もない話をしたり」
「……?」
いきなり何を言い出したのかと、首を傾げる早苗。
「……外の世界にいたあなたにとっては、それらは何でもないこと、当たり前の日常のひとつだったでしょう」
「…………」
「……でも、この子にとってはそうじゃなかった」
言いながら、紫は優しい眼差しでちゃぶ台に突っ伏している霊夢を見やる。
「幼い頃から、“博麗の巫女”としての任にあたり、妖怪退治に精を出す日々……。同世代の友人なんて……そうね、魔理沙くらいしかいなかった」
「…………」
「もちろん、魔理沙はこの子にとって掛け替えのない友人、否、親友だわ。……でも、魔理沙は魔理沙で、知ってのとおり、常人より二歩も三歩も斜め上を歩きたがるような変人だからねえ」
本人は“普通の魔法使い”、だなんてうそぶいてるけどね、と付け足して紫はくすくすと笑う。
「……要するに、この子には、“普通”の友人がいなかった。何でもないことを何でもないことのように一緒に楽しめる、“普通”の友人が」
「…………」
「……あなたに、出会うまではね」
「えっ」
そこで再び、紫が早苗の方を向いた。
不意を突かれ、早苗は幾分戸惑う。
「……あなたは、良くも悪くも“普通”の女の子。風祝っていう肩書きは特殊だけど、そんなのは巫女である霊夢にとっては関係がない。むしろ、自分に似た立ち位置ってことで、親近感を持っていると思うわ」
「…………」
「そして“博麗の巫女”だって―――、一人の、“普通”の女の子。ただ、周りにいる奴らが、ちょっと“普通”じゃないだけでね。……私や、魔理沙も含めて」
「…………」
「だからきっと、嬉しかったのよ。“普通”のあなたが、“普通”に一緒に居てくれることが」
「…………」
紫の言葉に、早苗はううん? と首を捻る。
そんな早苗を見て、紫はまたくすくすと笑みを零す。
「今は、分からなくてもいいのよ。とりあえず、私から言えることは、ひとつだけ」
「……なんでしょうか」
「これからも……この子の友達でいてあげてね」
そう言い残し、紫は空間の割れ目へと身を隠してしまった。
境界は閉じられ、そこにはもう何もなかった。
「……“普通”、ねぇ……」
紫が去った方向をぼんやりと見ながら、早苗は一人呟く。
「まあ、そんなのは、正直よく分かりませんけど」
そう言って、そっと霊夢のほうへと手を伸ばす。
その綺麗な黒髪を優しく梳きながら、言葉を続ける。
「……私はとっくに、あなたの友達のつもりでしたよ? ……ね? 霊夢さん?」
かき上げられた髪の隙間から覗いた霊夢の耳たぶは、いつしか真っ赤に染まっていた。
了
「ほら、剥けたわよ早苗♪」とか言いながら食べさせてあげる霊夢想像したら悶えた。
あなたの作品にはマリアリな世界とレイマリな世界の二通りあるような。
それとも別の世界か……。どちらにしても良い作品だったと思いますGJ
でもやっぱりつんでれいむが好きですw
この蜜柑、砂糖の味しかしないぞ?