Coolier - 新生・東方創想話

ハンセイ人形

2010/02/07 03:27:18
最終更新
サイズ
33.68KB
ページ数
1
閲覧数
1425
評価数
7/43
POINT
2300
Rate
10.57

分類タグ

「ねぇ霖乃助さん。これは何なの?」
 ある日の昼時。博麗霊夢は珍しく神社ではなく別の場所にいた。
 その場所とは香霖堂と呼ばれる雑多に物が置かれた古道具店。霊夢はその中で暇をつぶすように品をとっては店主である森近霖乃助にその用途を聞いて回っている。
「それは『延長コード』というものだよ。電気を運ぶものらしいね」
「電気を運ぶ? よく分からないけど凄そうね。ぱっと見るとただの太い紐だけど」
 つまみ、つつき、振り回し、引っ張りながら霊夢は延長コードとやらの耐久性に舌を巻く。
 もっと長い延長コードとやらがあればいい武器になる。中々の耐久性に電気を運ぶという特製も持っているのならば暴れる妖怪たちを捕まえて縛る時に重宝しそうだ。
「これいいわね。使い方がよく分からないからいらないけど」
「じゃあ振り回すのをやめてくれないかい? 他にも商品はあるんだから」
 それもそうか、と手元で遊んでいた延長コードを元の場所に戻しながら霊夢は店内の散策を再開する。
「今日は何かお探しかい?」
「特に何も探してないわ。何かあれば買うかもしれないけど」
 珍しげに眺めてくる霖之助に適当に答える霊夢。
 今日霊夢が香霖堂に足を運んだのも先日の妖怪退治でまとまった金が手に入ったことと、暇だからである。
 基本的に必要な物さえあればいいというスタンスの霊夢だが、だからといって嗜好品は一切不必要というわけでもない。お茶や茶菓子、酒は霊夢にとって至高の嗜好品であり一切ケチる気はない。元々使わない金はただのゴミという考え方も持っており、自分が必要だと思うものはどんなに高くても買うのが霊夢の主義である。
 しかし問題は、霊夢が欲しがるものが幻想郷に少ないという点。
 大多数の女性が一喜一憂しながら買っていく衣料の類には興味がないし、最近流行している化粧品も特に欲しいとは思わない。書籍は読みたいものが見つからないし、人里で人気の演劇も特に見たいとも。
 その流れで毎回金が入ると酒か茶菓子か食費に消えていくのだが、今回は今までより多めにもらえた分結構余ってしまった。節季払いを済ませてもまだ余る報酬を使いきろうと、散財するために適当にぶらついているのが今の霊夢である。
「うーん。何かいいものはないかしら」
 目の前に広がる商品の群れを手で掻き分けながら霊夢は自分が欲しがるだろう品を探す。
 あまりに不明確な購入行動からか、店主である霖乃助は一度ため息をつくと自分の拾ってきた道具の鑑定に戻ってしまっている。
「これもいらない。これは何かわからない。これも違う。んー、煙管か……」
 ゴソゴソと目に見える範囲から見えない範囲へと商品を掘り進めていた霊夢の目に映ったのは二種類の煙管。片方は羅于の部分が竹で、もう一方は金属製。俗に言う羅于煙管と延べ煙管である。
「羅于の方は竹の分掃除が面倒だし、延べは一気に来るからキツイのよねぇ」
 二本の煙管を適当に指の間で回しながら霊夢は考える。自分で掃除をすることを考えるならばヤニの取りやすい延べ煙管だが、自分にあった煙管はどちらかというと羅于煙管。しかし羅于煙管の場合は間の管の部分が竹であるから掃除が面倒。そうすると羅于屋の世話にならないといけないので更なる出費は明らか。
「……考えれば考えるほど買う気が失せるわね。もっと簡単に決めた方がいいのかしら」
 はぁ、とため息をつきつつもう購入意欲のなくなってしまった煙管を二本まとめて適当なところにしまう。
さて、自分の眼鏡にかなうような品があるのだろうか、と捜索を再開した霊夢の目に飛び込んできたのは、一体の人形。
「んー?」
 何の変哲もない、木彫りの人形である。装飾品である服や髪飾りは勿論、髪の毛も目もなく、間接部分が剥き出しの、一種作りかけではないかとも思わせる無骨な人形。
「霖乃助さん、これって何なのかしら?」
 ある意味人形としての役割を果たしていない物体を持ち霖乃助の前まで持っていく霊夢。
 どれどれ、と下にずり下がっていた眼鏡を指で定位置に戻しながら霖乃助は少女の手の中で沈黙している人形に目を向ける。
「あぁ、それは外から来た道具だよ。自分を見つめなおすために使うらしいね」
「自分を見つめなおす? なんて名前の道具なの?」
 見つめなおそうにもまず人間としての体をなしていない人形を見ながら霊夢は首を傾げる。
「名前は多分ないんじゃないかな。分かったのは『自分を見つめなおす』とか『自分探し』とかいう用途だけだったからね」
「ふーん。……えいっ」
 ぶすっ、と人形の両目の部分に目潰しを行う霊夢。それを見てため息をつくのは購入前の商品で遊ばれている店の店主。
「霊夢。そういうのは買ってからにしてくれないかい? もしかしたら他に欲しがる人がいるかもしれないだろう?」
「あら失礼」
 言葉では謝っている霊夢だが、未だに人形の目の部分に人差し指と中指を入れたまま。
「それで? その人形は買うのかい?」
 興味深そうに人形に目潰しをする巫女、という異様な光景。
 それでも売上につながるならと商売っ気を出しながら聞く霖乃助に霊夢は一言。
「いらないわ。自分探しなんて鏡見てればできるもの」
「……そうかい」
 その後霊夢は品物を見るだけ見て回り、結局何も買わずに香霖堂を後にする。
 霊夢は無駄遣いできなかったし、霖乃助は商品が売れなかったという、ある種互いに損をした状態でその場は流れることになった。
 返すわ、と霖乃助の手元に返された無骨な木彫り人形は、その光景を瞳のない目でじっと見ていた。



 香霖堂どころか人里の商店を回ってみても欲しいものが見つからなかったことに軽く凹みながら霊夢は神社へと戻る。出るときに持っていた金の総量は減っておらずそのまま。
 いっそ賽銭箱になげこんで次に箱を覗いたときの幸せの嵩増しでもしてやろうか、などとあまり意味のないことを考えながら玄関を通り居間へ。
 午前中に綺麗に掃除された机の上に財布を放り投げ一言。
「無趣味もこういうときにはアレよね」
「おーい、霊夢。いるかー」
 と、縁側から普段あまり聞こえない人物の声が聞こえてきた。
 客が来るとは珍しい、と思いながら声のするほうへと足を向けると、そこにいたのは満面の笑みを浮かべ一升瓶を持った上白沢慧音。
 普段あまり神社にやってこない上に、特に必要そうにも思えない、本当の意味で珍しい客である。
「あら慧音。どうかした? 妖怪退治の依頼……ってわけでもなさそうだけど」
「あぁ。お礼がしたくてね。霊夢のおかげであの子も更にやる気をだしてくれたからな」
 ほれ、と笑いながら一升瓶を差し出す慧音に小首を傾げながら、とりあえず霊夢は一升瓶を受け取る。霊夢は基本的も貰えるものは貰う主義だ。
 銘柄に見覚えはないが、礼という位なのだからそこそこ美味しい酒なのだろう。
 肝心のお礼を貰う覚えも、霊夢には一切ないのだが。
「ありがたく貰っておくわ。それで、私なにかやったかしら?」
 ここ数日、霊夢は先ほどの衝動買いをするための散策以外は人里に足を向けていなかったし、妖怪退治の件についても依頼から報酬を払うまで相手側がわざわざ神社まで出向いてくれていた。あの子、お礼、とやら以前に人里に行った覚えすらないのだ。
「なんだ、覚えてないのか? あの言葉には私も感心させられたんだが」
 口に手々を当て嬉しそうに笑う慧音。
「ほら、あの時のあれだよ。あの子の前で『新たな商売をやってみたいというお前の覚悟は分かった。厳しい道になるだろうが頑張れ。お前が進んだそこが道になる』って私がいっただろう?」
「う、うん」
 全く記憶にないがいったらしい。いっていたらしい。
「そこでお前が『あら慧音、それじゃダメよ。その子が進んでもそこはただの通った跡でしかないわ。その通った跡を見て、これは何だろう、これは面白そうだ、と他人が続いてやっと道の一歩手前。そこからいくつもの問題や工程を経て道になるのよ。ただ通るだけじゃだめ。他人を引っ張り、魅了するように進んで、そしてそこを多くの人が通ってこそ道になるのよ』といったんだ」
 ご丁寧に霊夢がいったという部分の声真似をし、人差し指を左右に振りながら慧音は続ける。
「お前からああいう言葉が出たのは意外ではあったが、とてもいい言葉だった。あの子も自分はまだまだ考えが甘かった、と更に気合を入れて頑張ろうとしているよ。うむ、人が通ってこその道、自己満足で進んでいてはできないものだ」
 ははは、と笑いながら霊夢の肩をばしばしと叩く慧音。
 そんな慧音に対し、霊夢が思うことはただ一つ。
(全く覚えがないわ……。でも喜んでいるみたいだし、そういうことしておこう。酒も貰えるし)
 そんなことがあったか、と眉間に皺を寄せながら思い出そうとするが、欠片もでてこない。
 しかし喜びに水を差すのも悪いので霊夢は適当に頷いておくことにした。
「喜んで貰えて幸いだわ」
「あぁ、またこういう機会があったら何かいい言葉でも贈ってやってくれ。私はどうもそういうのが苦手なんでな」
 そういうと慧音は「それでは、そろそろ人里に戻るよ。ありがとう」と言い帰っていった。
 霊夢の手の中には特に覚えもないお礼で貰った一升瓶。
 茶色の容器の中でちゃぷちゃぷと揺れる液体を眺めながら霊夢は一人呟く。
「よく分からないけど、ラッキーってヤツなのかしらね」



 日も落ちかけ綺麗な夕日が見える時刻。
 霊夢は縁側でのんびりと地平線に消える太陽を肴にお茶を楽しんでいる。
 徐々に下がる気温に引き摺られる体温。そこに少し熱めのお茶を流し込むのが最近の霊夢のお気に入り。
「あー、あったまるわぁ」
 これぞ至福といわず何という、と言外に語りながら湯飲みを口に運び一口。
 手元にある茶菓子にあまり手は伸びない。お茶だけで美味しいと思えているのだから茶菓子の出番はまだ少し先である。
「夕日も綺麗でいい感……ん?」
 オレンジ色の太陽。それを目を細めながら見ていると、何か黒い点が夕日の真ん中に出現した。
 それはだんだんと大きく、そして黒い点以外の情報が分かるようになる。
 見えるのは青色。黒点として見えた瞬間からそこまで見えるようになるまでさほど時間がかからなかったことからかなりの速さで移動していることが分かる。
 何故かこっちに。
「……ぃむー! れいむれいむれいむれいむれいむれいむれいむれいむ!」
 叫んでいるだろう言葉が聞こえる頃には、こちらに向かっているのが湖辺りで遊んでいる氷の妖精ということも分かり、また珍しい客がきたもんだと崩していた姿勢を直していると、
「れいむー! あたいって可愛い? ねぇ、あたいって可愛い?」
 勢いを殺すことなくそのままの速度で飛び込んできたチルノに吹き飛ばされた。
「ちょ、何、なに、って、熱っ! 冷たっ! ちょ、チルノ、そこじゃなくてこっちに回りなさい!」
 吹き飛ばされた衝撃で手に持ったお茶は霊夢の膝にかかり、その元凶は腹の辺りで頭を押し付けている。上は冷凍、下は熱湯状態である。
 とりあえず膝の辺りにチルノを移動させて冷やそうとする霊夢だが、何故かチルノは頑なに抵抗し両手でしっかりと霊夢を拘束してくる。
 腹が冷えるのも勘弁して欲しいがとりあえず膝を冷やさないと拙い、ということで霊夢はチルノのよくわからない行動には目をつぶり、膝をチルノにぴったりとくっつけることで冷却に努めつつ、激高。
「ちょっとチルノ! 一体何なのよこれは!」
 下手な答えが返ってこようものなら容赦はしない。すぐさま弾幕を撃てる状態に体を持っていきながら霊夢が尋ねると、
「ねぇ霊夢。あたいって、あたいってさ、可愛い……?」
 変な答えが返ってきた。まるで意味の分からない返答である。
 一瞬ふざけているのかとスペルカードの一枚でもぶち込んでやろうとする霊夢だが、チルノの顔は真剣そのもの。というより若干憔悴している。
「はぁ? いきなり何なのよ?」
 妖精は訳が分からないことをよくする。それは霊夢も十分知っている。
 しかし、意味の分からないことを聞かれては困るしかない。
「いいから答えて! ねぇ、あたいって可愛い?」
 よく分からないが、目の前の妖精は自分が可愛いかどうか答えて貰いたいらしい。
 意味がわからないが、その二択なら今の霊夢には完璧に答えることが可能である。
「これっぽっちも可愛くないわよ! お茶の時間を邪魔するだけじゃなく怪我までさせかけといて何なのよ!」
 いうと同時にチルノの頭を右手で鷲摑みしギリギリと締め付ける。
 妖精は再生するんだし、一度このまま捻り潰してやろうか、などと怒りに身を任せて次なる行動に移ろうとした霊夢の耳にチルノの声が入る。
「本当? 本当にそう思う? 可愛くない?」
「まったく、可愛く、ない!」
 まだいうか、と更に力を入れたその時
「ありがとう! ありがとう、霊夢!」
 何故か感謝の言葉をいわれた。
 頭をギリギリと締め付けているのに。可愛くないといったのに。
「……はぁ?」
 あまりのことに霊夢は手に入れていた力を緩めてしまい、それを感じ取ったチルノは腕をすり抜け抱きつく場所を腹から胸へと移行する。
「~~~~」
 霊夢にとっては堪ったものでない。折角慣れてきた冷気を別の場所に当てられ、気温の追い討ちと熱源であったお茶の喪失が否応無しの体温の低下を助長する。
 やめて、離して、と何とか逃げようとゴロゴロと転がる霊夢に、まるで母猿にしがみ付く子猿のようにしっかりとつかまるチルノの顔に広がるのは喜色満面の笑顔。
「霊夢だけ! あたいを可愛くないっていったのは霊夢だけだよ! 大ちゃんだってあたいのこと可愛いっていうんだ。『可愛いって言葉は、自分より弱い者にしか使わない』んだよね? 皆あたいのこと可愛いって、笑いながら弱いっていうんだ! 霊夢だけだよ、可愛くないっていってくれたのは!」
 チルノは嬉しそうに霊夢に向かってそう言葉を投げかけるが、肝心の霊夢はなんとか身を離そうと床をゴロゴロと転がりまわっているせいでチルノの言葉を聞いている余裕がない。
 そんな霊夢にしっかりとくっつきながら、チルノは「霊夢だけ!」「霊夢は特別!」といい続ける。
 その光景は、霊夢が堪らず夢想天生をぶっ放し、チルノが何処かに吹き飛ばされるまで続いた。



 下がりきった体温をお茶で補給しながら霊夢は考える。
「さっきのチルノは何だったのかしら」
 あの氷の妖精の姿を思い浮かべるだけで体が冷たくなる気がしてお茶をもう一杯。
 どこにそんな力があったのかと疑問に思うくらいがっちりと掴まれた結果、霊夢の腹と胸の辺りは凍傷の一歩手前である。
「妖精のやることはよく分からないわ……」
 もしかしたら自分がなにかをやったのかもしれないが、これまた覚えがない。
 更には妖精のやったこと。一体どういう思考回路をしているのか分からないのがあの種族の特徴で、それ故に行動理由が推察しにくい。というかぶっちゃけできないしやろうとも思わない。
 もう過ぎたこととしてゆっくり夜を過ごそう、そう考えながら炬燵で暖を取りながらまったりとした空気を味わっていると、
「霊夢―! 遊びに来たわよー! さぁ何する? キャッキャする? ウフフする? それともねっちょり?」
 障子が破けかねない勢いで襖が横に動き、笑顔の吸血鬼が現れた。雰囲気台無しである。
「……帰れ」
「あら、そんなこといっちゃって、本当は私を待ちわびていたんでしょう? いいのよ、正直にいうことを許すわ」
 まるで子供がするようにない胸を張るのは紅魔館の主にして吸血鬼のレミリア・スカーレット。いつぞやの異変以来、なぜかこうやって霊夢の家に突撃してくるようになった困った妖怪だ。
 本人は遊びに来たといって憚らないが、それが週四日以上で大概が夜という、霊夢の生活をこれっぽっちも考えてない超行動である。勘弁してもらいたい。
「正直、帰れ」
 じと目で睨みながらあるべき場所に帰ることを勧めるが、レミリアは一向に引かない。
「霊夢って本当に恥ずかしがり屋ね。いいわ、貴方の本心はしっかりと伝わっているから」
「ここにいる時点で全然伝わってないわね」
 言葉が交わせるのに意思疎通ができないってどういうことなのかしら、と頭に手をやる霊夢。
「まぁいいわ。それじゃ、飲むわよ」
 ワイングラスを口元にくいっとやるポーズをしながらレミリアはいう。背中の羽はパタパタと動き回っていてゴキゲンである。
 いきなりの飲みの誘いに呆れながらも、霊夢はまぁいいかと乗ることにする。今日は一升の酒も手に入ったことだし丁度いいといえば丁度いい。
「なにがいいのよ。……仕方ない、付き合ってあげるわ。それで? 今日は何があるの?」
 霊夢の返事にうんうんと頷きながら、レミリアは指をパチリと鳴らす。
 その音と共に現れるのはレミリアの従者である十六夜咲夜。いつもは凛とした雰囲気を醸し出し、銀に光る髪の毛が美しい瀟洒な従者であるのだが、
「お待たせしましたお嬢様。とりあえずあるだけのお酒をお持ちいたしました」
 風呂敷に大量の酒瓶を突っ込み、それでも足りないと両手両脇に瓶を持つその姿は、途轍もなくシュール。
 どれだけの量を飲む気なのか、というよりあの量を持ってよく移動できたな、などと驚きつつもボーっと咲夜を見る霊夢。しかしよく見ると足が微妙に諤々と震えている。
「従者って大変ねぇ。重いんだったらその辺に置けばいいわ」
 落とされて居間が酒臭くなっては堪らない。酒は好きだが飲むのが好きなのであって、酒まみれになりたいわけではない。
 霊夢が今の隅を指差しながら荷物を降ろすことを勧めると、咲夜は「あら、そう?」などといいながらもそそくさと風呂敷を下ろし手荷物酒瓶を降ろす作業に入る。一体何キロの酒を運んできたのか、風呂敷を下ろした瞬間に床から不穏な音が聞こえた気がしたが、とりあえず無視しておく。
「それで? この量の酒は何なのよ?」
 酒屋でも始められそうなくらいの酒瓶たちをみながら、至極真っ当な疑問を霊夢は従者コンビに投げかける。
「ん? 明日の分も持ってきたのよ。明日は宴会をするっていってたんでしょう?」
「いつもお酒はそっち持ちだったから、今回はこっちで用意してみたのよ」
 と主も従者も自分の知らない予定を見越して動いたとの返答。
「……そんなこといったかしら」
 これについても霊夢は記憶がない。もしかしてこの歳で早くも呆けてきたのだろうか。
 頭を抱え、炬燵に顎を乗せながらうんうんと唸ってみても全く思い出せない。
「ま、いっか」
 酒が飲めるのならばそれでいい。特に不利益になるようなこともないだろうし。
 そう思い直し、ついでに新たに湧いた疑問を霊夢はレミリアに向かっていってみる。
「それで、明日宴会するのはいいんだけど、なんで今日も飲むのよ?」
 そんな疑問に対して、レミリアは人差し指を霊夢にビシッと指しながら一言。
「前夜祭ってやつよ!」
 さいですか、と霊夢は言葉を零した。

 横ですーすーと寝息を立てるのは夜行性であるはずのレミリア。
「なんでこいつが一番に潰れるのよ……」
「そりゃまぁ、四種類もちゃんぽんしたらそうなるんじゃないかしら?」
 数時間前に始まった三人での飲みだったが、テンション高めなレミリアはいきなり「レミリア、行きます!」の言葉と共に一気飲みを始め、更には種類も考えずに飲んだものだから早々にダウンしたのだ。咲夜曰く、楽しく飲めるようにアルコールで酔えるようにしてきた結果らしい。
「酒を飲んだこともない子供じゃあるまいし」
「まぁそれだけ楽しみにしてたのよ。お嬢様は基本的に夜型だから相手が、ね」
 とりあえず幸せそうに眠っているレミリアを二人で客間に運び、布団に押し込んで一息。
 居間の隅にみえる酒たちは「俺らを飲みきったら大したもんっすよ」といわんばかりの、ある種の威圧感すら感じさせている。
「そういや、明日の宴会って誰が来るのよ?」
「私は知らないわよ。霊にゃんが『適当に会えるやつは誘っとくわ』っていったんじゃない」
 ぐびぐびと二人して酒を楽しみながら炬燵で暖を取る。
「そんなこといったかしら……。まぁいいわ、それより気になることがあるんだけど」
 空いたグラスに酒を注ぎながら霊夢は咲夜を見る。その頬はほんのり赤くなってきてはいるが、目はまだ酔ってはいない。
「さっき、『霊にゃん』とかいったけど、もしかしてそれって私のことかしら?」
 何か変な単語が聞こえたんだけど、と対面で暖を取りつつ酒を飲む咲夜を見る。
 対する咲夜も多少顔を赤くはしているが、まだまだ酔っているという状態ではない。
「そうよ? 貴方がいったんでしょう? 『あだ名でお互いを呼び合ったらもっと親近感が湧くんじゃないか』って」
「……それ、本当に私がいったの?」
 今日は覚えのないことのオンパレードだ、と霊夢は思う。というか、それ以前に霊夢はそういう類のことをいわない。
本当に自分がいったのだろうか。いつ、どこで、そんな言葉をいったのか。いつかの宴会で酔ったときにそんなことをいったのかもしれないが、記憶にない。
「何? 忘れたの? 『手始めに私は貴方のことを咲にゃんとでも呼ぶから。貴方も好きに呼んでくれて構わない』って」
「えぇ~……」
 自分の口からそんな言葉が出たのには驚きだ。霊夢は全身を掻き毟りたい衝動に駆られる。
 そんな霊夢の様子を知ってか知らずか、赤みがかった頬に手を当てながら咲夜は続ける。
「私って同年代の人間とあまり仲良くなれなかったから、そういうのに結構憧れがあったのよね。ちょっと恥ずかしいんだけど」
 にこにこと笑みを浮かべながら話す咲夜。
 そんな嬉しそうな姿を見せられると、それを本当に自分がいったのか追求しようにもできない。
 何がどうなっているのかさっぱり過ぎて、もう今日は酒に逃げることしよう。霊夢はそう思考放棄する。
「霊にゃんグラスが空いてるわよ」
 自棄酒に近い飲み方でぐいぐいと飲んでいると、咲夜が瓶の口を向けてくれる。
「あら。ありがとう咲夜」
 そういいながらグラスを差し出すと、咲夜はひょいっと瓶を放してしまう。
 どういうことだ、と目を向けると、そこには笑顔の咲夜。
「違うでしょう、霊にゃん。咲夜じゃなくて?」
「……え、いうの?」
「勿論」
 霊夢は未だかつてない状況に身を固める。自分はそういうキャラじゃないのが自分でよく分かってる分、なんというか恥ずかしくて堪らない。なんという羞恥プレイ。
「いわなきゃ駄目なのかしら?」
「貴方が提案したことでしょう? ほ、ら」
 顔が熱いのは酒のせいで、こういうことをいうのは酒のせいだ。そう自分に言い聞かせる。実際に素面の場合ならこの流れに行く前に「何いってんの?」とばっさり切っているだろうが、酒の入った頭と目の前の嬉しそうな笑顔からはそれができそうもない。
 はぁ、と一度自分のためにため息をついて、霊夢は一言。
「ありがと…………、さ、咲にゃん」
「はい、どうぞ」

 その後、咲夜によってあだ名での会話が行われようとしたが、
「おーい、霊夢。アリスに聞いてきたぜ。今日宴会するんだろ、私もまぜろ」
 と気の早い霧雨魔理沙が乱入することでなんとかその空気を流すことができた。
 咲夜は若干悲しそうな顔をしていたが、とりあえず霊夢は魔理沙に向かいよくやったと親指をビッと立てる。特に意味も分かってないだろう魔理沙はそれでも同じように親指を立てる。ならば自分もと咲夜も指を立て、奇妙な空間が一度出来上がり、
「ま、飲みましょ」
 という霊夢の声で普段通りの飲みに戻った。



 太陽が今日も一日頑張ろうと語る朝。博霊神社には三つの骸がそこにあった。
 結局客間で寝続けたレミリア。一番遅くやってきたのに早々に飲み潰れた魔理沙。最後まであだ名で呼ばせようと粘った咲夜。
 以上の三人は朝日が昇れども起きることはできず、三人揃って客間の布団の中だ。
 それに付き合った霊夢はというと、適度に抑えながら飲んだことと朝早く起きる習慣によってか、すんなりと起きだし普段と変わらぬ生活を送っている。
「こいつら、夜にも飲むんでしょうねぇ……」
 川の字になって眠る少女たちに一瞥して襖を閉める。
 朝になれば目覚めるかと思って様子を見に来たが、あれでは無理だろう。復帰できても昼は過ぎそうである。
 どうしてこうなった、と軽くため息をつきながら霊夢は習慣である境内の掃除に取り掛かる。
 鳥居のそばに集まっている落ち葉を箒で集め、参道に転がる小石を丁寧に撤去。燈篭を綺麗に磨き、賽銭箱は何処か壊れていないかを確かめる。
 ゆっくりと丁寧に掃除をし、全部終わる頃には太陽もそこそこに高い位置にやってくる。
「やっぱりまだ起きてこないわよねぇ」
 客間のあるだろう場所に目を向け、霊夢は額を押さえる。これが二日酔いでの痛みならどれだけ気が楽であろうか。
「おはよう、霊夢。遊びに来たわよ」
 これからどうするべきか、とりあえず叩き起こすか、などと考えていた霊夢に声がかけられる。
 その方向にいたのは優雅に傘を差しながらにこやかに笑う四季のフラワーマスター、風見幽香。
 昨日もそうだが今日も珍しい客がくるものだ、と呆れる霊夢。
「あら幽香じゃない。どうしたの? 弾幕ごっこなら受け付けてないわよ」
 朝っぱらから相手するにはきつい妖怪に、霊夢は手を上げて降参のポーズを見せる。
 そんな姿の霊夢を見て幽香はくすくすと笑い、いつのまに取り出したのか、鉢植えを見せながらこういった。
「そんなことどうでもいいわ。ほら、綺麗な花が咲いたから貴方にも見せようと思って」
 幽香の言葉に、霊夢はある意味ぞっとした。
 目の前の、自称最強の、フラワーマスターの、風見幽香が今何を言ったのか、霊夢には理解できない。
 幽香はいった。弾幕勝負などどうでもいいと。
 おかしな話である。普段なら霊夢や魔理沙を見かければ必ず勝負を挑んでくるほどの妖怪が、わざわざ神社までやってきて、やることが花を見せることだという。ある意味異常な状況。
 ここにきて、やっと霊夢は考える。自分の知らない間に何かが起こっている。異変が起こっているかもしれないと。
「……わざわざ花を見せにここまでくるなんて貴方も暇ね」
 また面倒事がやってきた、とこれからの方針を頭の中で考える霊夢に、幽香は不思議そうに小首を傾げながらいう。
「貴方が昨日いったんじゃない。『その花が咲いたら、是非とも見せてもらいたいものね』って」
 どうあっても聞き逃せない内容に、霊夢は考えを一時停止せざるをえない。
 昨日に、自分が、幽香とあったらしい。昨日に。
 これはもう覚えがないなんてものじゃない。確実にいえることだ。
 霊夢は、風見幽香に会っていない。
 それなのに幽香は霊夢に会ったという。これはおかしな話である。
 そしてふと思い出す。昨日の覚えがない諸々も、その自分の知らない霊夢が関係しているのかもしれないと。
 霊夢は顎に手を当て考える。
 昨日の慧音のお礼や、何故か纏わりついてきたチルノ。あだ名で呼び合おうといってきた咲夜。そして目の前の幽香。
 自分が覚えていないのではなくて、自分の知らないところで自分が動き回っているとしたら。
 自分が過去にいったことを覚えていないのではなく、別の自分が今現在新たな約束をしているとしたら。
 もし、自分とそっくりな別人がいて、そいつが適当に飛び回っているとしたら。
「……ねぇ幽香。私って、その花を見せて欲しいっていった後、なんていったかしら?」
「その後? そうねぇ、『ちょっと他のヤツのところにも行ってみる』だったかしら」
 その言葉と同時に霊夢は空を飛ぶ。
 自分とは別の、博麗霊夢がいることが確定した。これ以上自分の姿で変なことをされては堪らない。
 すぐさま見つけ出してとっちめてやる、と心に決め、霊夢は空を駆ける。
「あら?」
 その姿に呆気に取られたのは風見幽香。折角花を見せに来たと思ったら見せたい相手がすぐさまどこかに飛んでいてしまった。
 どんどん小さくなる霊夢を見ながら、幽香は頬を膨らませながら一言。
「もう、折角見せてあげようと思ったのに」
 そんな幽香の声に反応したのか、白く小さな花はゆらりとその身を動かした。



 なんでこんなことにさっさと気がつかなかったのか、と霊夢は昨日の自分に怒りと呆れが半々の感情を向ける。
 いくらなんでもあんなに見覚えがないことの連続なのだからもう少し不審に思うべきだった。実害どころか利益があったので気づくのが遅れた結果がこれである。
「霊夢さんのおかげでおばけがちょっと怖くなくなりました!」
「アンタのおかげで面白いものをダウジングできたよ!」
「いやぁ、あの方法はいいねぇ。おかげでちょっと仕事をサボっても……」
「昨日はどうもありがとう。新しい味に挑戦するから新作は期待しててね」
「色々すまなかったね、霊夢。どうも式の立場からはあぁいうのは言い難くてね。埋め合わせはいずれ」
「レミリア様と咲夜さんがお世話になったんですよね……どうもすみません」
「まだ新しいのはできてないわよ。あんたの言うような人形は造ったことがないもの。面白いけどね」
「あ、霊夢さん。朝から神奈子様たちが御機嫌なんですよ。どうもありがとうございます」
 行くところで何故か感謝の言葉や嬉しげな笑みで迎えられるという不思議状態。このままいけば「身長が伸びました!」とでも言われそうなほど。
 どうやら自分の偽者は色々なところに飛び回っては相手のして欲しいことをやっているように思える。霊夢にはそれがどういう意味があるのかまったく理解できない。
 しかし、それを放っておくことも出来ない。
「私のキャラじゃないわ」
 あんな風に笑顔で囲まれるような生活を、霊夢は望んではいない。
 できれば一人でゆっくりお茶を飲んで過ごしたい。それが偽れざる霊夢の本心。
 偽者が何を考えているのか分からないが、即刻やめさせなければ堪ったものではない。
「とりあえず、さっさと偽者の場所を突き止めないと」
 そういいながら霊夢が降り立ったのは妖怪の山。
 生い茂る木々が自分を威圧するように感じる不思議な山であるが、今の霊夢にはそんなことに構っている暇がない。
 さっさと目的の人物を探し、更には偽者を叩き伏せなければならないのだ。主に自分のために。
「あれ、霊夢さん。どうかしましたか?」
 と、どうやって探し出すべきか、その辺の天狗をとっ捕まえて呼んでこさせようかと考えていた霊夢に、お目当ての人物から声がかかる。
 ガサガサと草を掻き分けながら霊夢の前に現れるのは山の見回りをしている白狼天狗の犬走椛。白い耳をピコピコ、尻尾をふりふりしながらそばまでやってくる。
 探す手間が省けてラッキーだ、と霊夢は心の中で呟きながら、目の前の天狗に自分の用件を伝える。
「仕事中悪いんだけど、貴方の千里先まで見通す程度の能力で探して欲しいものがあるの」
 霊夢自身でもいったことだが、恐らく椛は哨戒天狗として今仕事中。そうでなければこう上手く出会えるわけもないだろうし。
 そんな中で面倒ごとを頼むのは申し訳ないが、こちらもある意味切羽詰った状態で、他に有効そうな手も思いつかないのだから仕方がない。
 頼みを聞いてもらうために弾幕勝負の一回でも覚悟しながら返答を待つ霊夢に、
「お任せください! 不肖この椛、霊夢さんのためなら大将棋中でも駆けつける所存です!」
 と椛はビシッと敬礼をし、更には目をキラキラ、尻尾をブンブンとさせながら言葉を返してきた。
 予想外の返答にここ数日痛みっぱなしの頭を押さえ、霊夢は思った。
(出会ってやがる……遅すぎたんだ!)



 お目当ての存在がどこにいるのか分かってから、霊夢は自分の出せる最速のスピードで空を駆ける。そろそろ天頂に昇るだろう太陽が眩しいが、そんなことを気にしていられない。
 自分の偽者をテンション高めの椛に探してもらい、現在そいつがいる場所は何の嫌がらせか博麗神社と判明。その際、椛が「あれ? 霊夢さんが二人も! どういうことなんですか?」とついてこようとしたが、「自分の仕事を放り出すヤツは嫌いよ」という言葉で黙らせておいた。
 余計なものがついてこなくてほっとする反面、更に目をキラキラとさせていた椛に若干の不安を覚えながらも、霊夢は元凶の元へとひた翔ける。
 目に映る景色が凄まじい速さで自分の後ろへと移動する。これほどまでに必死に移動したのはいつぶりか。
 それもこれも全部偽者のせいだ、と心の中で霊夢が半殺しを決定し、更にその方法まで至った頃、霊夢の目の前に広がるのは馴染みの神社である博麗神社。
 さて、全殺しを始めよう、とターゲットを探す霊夢の目に飛び込んでくるのは
「あら、お帰りなさい霊夢」
 自分そっくりの偽者が、箒で境内を掃除しながら自分に向けて挨拶をしてくる姿だった。
「……」
「そんなに息を切らせてどうしたのよ。とりあえずお茶でも入れましょうか?」
 偽者の霊夢は逃げるでもなく、慌てるでもなく、至って普通に話しかけてくる。
 それが霊夢の怒りに拍車をかけるが、それ故に最初に何を言うべきか分からない。
「珍しいわねー、貴方って全力出すのが嫌いなタイプなのにあんな一生懸命に飛んで……何かあったの? 異変?」
 距離をとるどころか自分で近づき、心配そうにこちらを覗き込む偽者の霊夢。
 その一挙一動に注意を向けながら、霊夢はとりあえず一言。
「あんた、何なのよ」
 目の前のそっくり偽者は何なのか、霊夢は問う。
 服装から髪型、顔の形や声、自分ではよくわからない体のラインまでそっくりだろう目の前の偽者は一体何者なのか。
 出会ってから「何故皆は偽者を自分だと思ったのか」という疑問が氷解する。自分でもそっくりだと思うほどに偽者は霊夢に似ているのだ。
 真剣そのものの表情で睨みつける霊夢に、偽者の霊夢は呆れながら言葉を返す。
「何って、レイムよ。博麗レイム。博麗霊夢の反対の存在」
「反対……?」
 偽者の、レイムの言葉に眉を顰める霊夢。どういうことなのかよくわからない。
「何よ、その反対の私って」
 嘘を言ったら承知しない、という目でレイムを見ながら、霊夢は続きを促す。
「反対は反対よ。貴方の性格の反対。『自分は常に一人』なんて考えてる貴方の反対の存在よ」
 肩を竦めながら、レイムは促されるままに喋り続ける。
「貴方って、誰に対しても平等な癖に誰も自分のそばに寄せ付けないでしょう? そんな貴方の反対である私は、誰から特別に見られるように、それがプラスでもマイナスでも構わずに、常に周りが人で溢れるように行動したの。いいかしら?」
「なんでアンタがそんなことする必要があるのよ」
 霊夢は至極全うな疑問をレイムに向かって投げかける。
 しかし、その疑問に対してもレイムは何を言ってるのかという顔をするのみ。
 吐く気がないなら吐かせるまでよ、と霊符を準備する霊夢に
「貴方、全く覚えてないのね」
 とレイムはため息をつきながら手を上げて降参のポーズ。
「昨日の昼ごろ、貴方は何をしていたのかしら?」
 レイムの質問に霊夢は出した霊符をしっかりと握り締めながら考える。
 昨日の昼ごろといえば、自分はどこにいただろうか。衝動買いというものをしてみようと色々なところを回った気がする。
「……香霖堂に、人里の商店を回ったわ」
「そう。で、香霖堂で何を見つけたかしら?」
 レイムのこういう時は察しが悪いのね、という声を聞きながら霊夢は考える。
 香霖堂で見つけたものといえば、延長コードとやらだが、それが何か関係あるのだろうか。もしかしたら次に見つけた煙管か、しかしあの煙管はただの煙管で特に変な効果も無さそうで、
「あ」
「やっと思い出した? それよ、それが私」
 そういえば、と霊夢は思い出す。
 自分は手に取ったではないか、あの変な人形を。無骨でなんの装飾もされていない木彫りの人形を。
「まさかあんた……」
「そうよ。あの人形が私。っていうかね、こっちがまさかなんだけど。何で何も知らないのにきっちりと私を動かすことができるのよ」
 レイムが続ける。自分の起動条件は至って簡単。両目の部分に指を入れることだと。
 それを聞いて霊夢の顔が引きつる。昨日の昼に、自分は人形の目潰しをした記憶が確かに、ある。
 つまり、
「貴方は怒ってるのは分かるけど、仕方がないじゃない。私はそういう道具なんだから。自分で起動させといて理不尽だわ」
 ということである。
「なによそれぇ」
 自分を見つめなおす、自分探しの人形は使用者の反対の性格の自分を作り出す。それを霊夢は全く意図せず起動させ放置。後に動き出した人形が自分の役目を果たすために動き回った、それが今回の事件。
「……霖乃助さんは何もいわなかったの?」
「私がレイムになったときは、鑑定に疲れたのかお昼寝してたわよ。とりあえず上に何かかけておいたけど、風邪を引いていないといいわね」
 間が悪い話である。もし霖乃助が起きていれば、霊夢もここまで動き舞わなくても良かっただろう。
「しかし、アレね」
「そうね、アレよ」
「「自業自得」」
 はぁとため息をついてへたり込む霊夢にレイムは苦笑するしかない。
 座り込んでいじける霊夢の頭をレイムは優しく撫でる。
 そんな時間が少しばかり続いたあと、霊夢はレイムに声をかける。
「それで、あんたはどうするのよ?」
 これからどうするのか、という霊夢の問いに、
「どうもこうも。私の使用時間は一日って決まってるから、もうすぐあの姿に戻るわ」
 とレイムは簡潔に答える。
 そう、消えるのね、と声に出した後、霊夢は立ち上がってレイムに目を合わせる。
「あんたに言っておかないといけないことがあるわ」
「あら、何かしら?」
 不思議そうに首を傾げるレイムに、霊夢は簡潔に、一言。
「私、あんたみたいなのは大嫌いだわ」
 ふん、と息も荒く言い切った霊夢に対し、レイムは微笑みながら言葉を返す。
「そうね。私も貴方みたいなのは大好きだわ」



 夜。小さな異変、いや規模で言えば事件にもならなかったソレは終了し、霊夢は博麗神社にて宴会の真っ最中である。
 しかしどうにも、あのレイムの所為か周りの妖怪たちの視線が一部生暖かいのが気持ち悪い。
 それはまだいい方で、
「霊夢、私って可愛くないよね? ね?」
「霊夢さん、おつまみを持ってきました」
 と先ほどから氷の妖精と白狼天狗に絡まれ世話を焼かれるのが辛い。
「あー、なんなのよもぅ」
 チルノにレイムにどんなことをいわれたかそれとなく聞いてみても「可愛いってかんじょーは格下にしか湧かないかんじょーだっていってたよ!」と分かるんだか分からないんだかよく分からない話をされたらしい。霊夢としては、分からないんだったら分からないまま忘れて自分の周りを飛び回るのをやめて欲しい。実際寒くてかなわない。
 椛にいたっては「あの言葉は私の胸にいつまでも刻まれることになるでしょう」とかいって内容を話そうとしない。文が「ちょっと霊夢さん、椛取らないでくださいよ!」と叫んでいたが、椛が「元々諜報である文さんは部署が違う上に上司でもなんでもないので気にしないでください」とばっさり切ってすて、今は隅でしくしくと泣いている。
「はぁ、こういうの苦手なんだけど」
 チルノをその辺の適当なやつにパスし、世話を焼こうとする椛には「鮪が食いたい」といって霊夢はそそくさと逃げる。
 宴会も嫌いではないが、今日はいろいろあって一人で飲みたい気分である。
 とりあえず一人分の酒とつまみを確保しながら輪から外れ、一人月を見ながら酒を飲む。
「お~? 霊夢、こんなところでなにやってんだ?」
 しかし一人での月見酒は一口で終了。
 視線を向けるとそこには夕方過ぎに復活した白黒の魔法使いが、顔を真っ赤にしながら立っていた。
「……飲み過ぎるんじゃないわよ」
「だいじょーぶ。マリサさんは全然酔っていません!」
 うひひひひ、と笑いながら魔理沙が霊夢のそばへとやってくる。酒臭い息を吐きながら。
「倒れても知らないからね」
「そこは霊夢様になんとかしてもらうさぁ~」
 何がおかしいのか笑う魔理沙を見ながら、霊夢は一つ質問を投げかける。
「ねぇ魔理沙。貴方、昨日に私のところに来る前に私に会った?」
「あぁ~?」
 どうだったかなぁ、と眉間に指を当てうんうんと唸る魔理沙。
 それをボーっと見ながら待っていると、暫くして魔理沙は手をポンとならしながら答えを返す。
「会ってない。うん、会ってないぜ~?」
 その答えに、霊夢はやっぱりかと小さく呟く。
 全くもって、賢しい人形だったと霊夢は思う。
 本当にあぁいうのは嫌いだ、そう考える霊夢の口元は何故か笑みの形。
「そういや霊夢よぉ~。私にも何かあだ名つけてくれよ~」
 魔理沙がもたれかかる様にして肩を組んでくる。
 酒をこぼしそうになるし、暑苦しいことこの上ない。
「それ、誰から聞いたのよ」
「さぁくやぁ~」
「で、他に誰か知ってるの?」
「いーや。人間の間だけの秘密にしようってさ~。で、私にはどんなのつけるんだ~?」
 とりあえず、あの恥ずかしいあだ名が皆に広がっていないことに霊夢は胸をなでおろす。
 人間の間の秘密、といっている以上、魔理沙もそうそう触れ回ることもあるまい。
「おーい。でさ、どんなのつけてくれるんだよ~。なぁ、れいむ~」
「あーもう、うるさいね! アンタなんて白黒で十分よ!」
「そりゃないぜれいむ~」
 べたべたと触れてくる魔理沙の手を払う霊夢の頭の中に、何故かレイムが笑っている姿が浮かんだ。
 初めての方は初めまして。他のも見たよ、という方はありがとうございます。
 十三回目の投稿になります。音無です。

 序破急の萌えに挑戦しようとして即効で無理だと悟り、ならばと起承転結で書こうとしたら出来上がってみれば萌えではない何かが出来ていました。
 さて、この話はどういうジャンルになるのか……。今の今まで気にしませんでしたが、投稿する段階でタグに困っています。現在、タグ募集中。
 まぁそういうのは置いといて、レイムは誰に会って誰に会ってないないのか、そういう部分も考えながら読んでいただければ幸いです。人によってはレイムが出会う人も変わってくるのではないかと。

 それでは本文、あとがき共に長文失礼致しました。
 
音無
http://secsec.client.jp/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1640簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
うん、面白かったです。
でももしも霊夢がレイムみたいだったら、
こんなに人妖には好かれなかったんだろうな、と思った。
10.90名前が無い程度の能力削除
オチが上手い。

しかし、ほんのちょっとだけ咲夜が不憫だった…
12.100名前が無い程度の能力削除
霊にゃん・咲にゃんの件に全てを持ってかれてしまった
20.100名前が無い程度の能力削除
椛www
なるほど、そういうのもあるのか
28.100名前が無い程度の能力削除
いいね!
31.100名前が無い程度の能力削除
椛には一体何をw
32.80名前が無い程度の能力削除
咲にゃん!霊にゃん!
こんな顔をしたのは生まれて初めてだよ…