「さむっ・・・」
毎年毎年・・・何十何百と繰り返してきた今年の冬も後半に差し掛かっていたある日のこと、先日の猛吹雪で店の屋根に積もった雪を除去するために僕は久しぶりに外に出た。
「・・・だから冬は嫌いなんだ」
思わずそんな愚痴がこぼれてしまうのも仕方ない。外から見た香霖堂の屋根に目算50cmくらいの量の雪が所狭しと積もっていたのだ。
「はぁ~・・・ハシゴ持って来るか」
だが今更になってやめるわけにはいかない。この季節、雪かきは定期的に行わなければその重さで店ごと潰れてしまうからだ。店ごと潰されて死ぬのと数時間の重労働・・・どちらを選ぶかと聞かれれば迷うことはない。
「うわっ・・・」
屋根に降り立った僕が目にしたのは屋根一面・・・余すところなく積もった雪・雪・雪。
やはり遠くから見るのとその場にいるのとでは全然感覚が違う。
「これは1日潰れるかもな・・・」
---1時間後。香霖堂の屋根の上に男の死体が転がっていた。
「・・・無理だ」
半分は妖怪の血を引いていながら長い間全く運動をしていなかった為にすぐ体力が限界を迎えた・・・というより運動能力の限界だった。まだ屋根のほんの一部しか終わっていないのに気がついたら雪の上に倒れこんでいた。
「無理だ・・・ああ、無理だ」
今日が晴天だったのは幸運だろう。真冬なのに少し厚着しただけで身体が温かい。
去年の自分はよくこんな作業を出来たなと思う・・・のは毎年のことである。
「はぁ・・・やるか」
手に持っていたスコップを支えにして立ち上がる。雪が屋根に積もった場合、左右のバランスを保ちながら雪を落とさなければならない。一方をやりすぎるともう一方に重心が傾いてしまい、余計屋根が潰れやすくなるからだ。初めて雪かきを行った者は大抵この罠に陥り、屋根半分が陥没するという悲惨な事態を味わう。現に僕もその一人だ。
「お・・おおっと・・!」
屋根の上を歩いていると突然、雪の山に足が沈んだ。思わず屋根から転げ落ちそうになるが、長年の相棒スコップのおかげでなんとか持ちこたえた。
「ほんと・・・君がいなかったら今まで何回死んでたんだろうな」
決して返事を返すことのない相棒に言葉をかける。端から見ればただの変人だろう。
「・・・ま、最近はこんな辺鄙な場所に来る奴も少ないけどな」
---さらに一時間後。
だいぶ身体が本調子に戻ってきた。2時間ほど動いても息があまり乱れることもない。
「うん・・・この調子なら半日で終わるかもな・・・っと。」
思わず調子に乗ってペースを上げてしまう。
「・・・あっ」
どこからか『調子乗った結果がこれだよ!』という声でも聴こえてきそうな程あっけなく足を踏み外し、そのまま屋根の上を転がり・・・落ちた。
バンッ!と大きな音を立てて地面に衝突する。
---頭に酷い激痛が走ったと同時に・・・そのまま視界が黒く染まった。
「・・・い!・・丈夫・・・か・・!!」
黒い世界で途切れ途切れに声が聴こえてきた
ゆっくりと目を開けると赤と白の人影がぼやけて映る。その姿を見て一人の少女を思い出した。
「(・・・霊夢・・か?)」
やがて視界が鮮明となり、来るはずのない少女の幻が消え、自分に声を掛けていた人物の姿がハッキリと映る。
「・・・妹紅か」
「ああ、っておい!まだ寝てないとダメだって!!」
ゆっくりと上体を起こすと、そこには珍しくあたふたした藤原妹紅の顔が映った。どうやら自分が死ぬのは気にしないようだが、他人が死ぬのには相当敏感らしい。
「大丈夫だから・・・そんな心配そうな顔しなくていい・・・」
言いながら涙目の妹紅の頭を軽く撫でる。実際、頭から軽く出血しているが怪我自体はほぼ皆無だというのが自分で分かる。というのも香霖堂の高さ自体が3mもなく、加えて先程落としたばかりの雪がクッションになったために軽い脳震盪で済んだからだ。
「・・・ホントに大丈夫か?」
頭を撫でられ、細目で僕を見つめる妹紅の目がやけに可愛く見えた。
「ああ、頭の場合は出血している方が安全だからな」
パンパンと服に付いた雪を払い、ゆっくりと起き上がる。
「痛っ・・・!」
いくら無傷だといっても地面と激突した際の衝撃が全くないわけではない。両足で身体を支えると同時に足首に鈍い痛みが奔った。妹紅に心配を掛けまいと、なるべく声は消したつもりだったが思わず反射的に出てしまった。我ながら情けない・・・。案の定、その様子を見た妹紅が何も言わずに僕の腕を取って自らの肩に回す。・・・ホントに情けない。
「・・・助かる。」
そのまま妹紅の肩を借りて店内へと戻った。
---カウンターのさらに奥・・・唯一空間にゆとりのある居間に辿り着くと、すぐさまその場に倒れこんだ。
「お、おい!やっぱり輝夜のところに行った方がいいんじゃ・・!?」
横向きで寝ていた身体を仰向けに直すと、そこにはしゃがみ込んで僕の顔をジッと見つめる妹紅の姿があった。ホントに他人に関しては心配性のようだ。
「・・・大丈夫、別にどこも悪くないよ。雪かきの作業の疲れが一気にきたんだろうさ」
妹紅に心配をかけまいという理由もあったが、これは事実だった。やってるときは気付かなかったが・・・やはり運動不足の状態から一気に身体を動かすのはやめておけばよかった。
「今日は助かったよ。僕は仮眠した後に、また雪かきをしないといけないから・・・悪いが帰ってもらえないか?」
こういう発言は別の意味で捉えられることもあるので言葉の前に説明を入れておかなければならない。簡単にまとめると、別に妹紅を邪険しているわけではない。
「むっ・・・んん~・・・」
その意図がちゃんと伝わったのか伝わってないのか、妹紅が難しい顔をして呻る。それから少し考えたあと・・・
「・・・そうだな。じゃあ私は帰るけど、ちゃんと休まなきゃ駄目だからね!」
結局分からなかった。ただ、やはり身体の心配だけはしてくれるらしい。
チラチラとこちらを見ながら居間を出て行く妹紅。その度に無理して笑顔作らないといけないので大変だった。
---店の扉が開く音が聞えた。
妹紅が出ていったのを確認すると、先程まで穏やかだった睡魔が急激に酷くなってきた。
「気が・・・緩んだ・・・かな・・・」
先程の夜中に停電したかのような気絶ではなく、ゆっくりと劇の幕が閉められるように視界が狭くなっていく。
「はぁ~・・・起きたら・・また・・・雪か・・」
ボソボソと呟いていた独り言すら言い切る前に・・・僕の意識は消えた。
「・・・ぁ、ようやくお目覚めか?」
---次に目を開けたとき、そこには帰ったはずの妹紅と・・・
「2時間動いて2時間寝るって燃費悪いわねぇ~」
永遠亭の医者である八意永琳がいた。
「・・・僕はどこも悪くないんだが」
永琳がココに居るということはまず間違いなく妹紅が呼んだのだろう。彼女は誰に対してもこんな感じなのだろうか・・・まさか僕だけということもなかろう。
「そうね、確かに頭部からの出血以外は特に外傷もなかったわ」
「よし、これでいいだろう妹紅。僕は雪かき再開するからな」
幻想郷一の医者に軽症と判断されたのだ。流石に心配性の妹紅も文句は言えないはず・・・
「あっ・・・屋根の上の雪なら私が全部焼却しておいたぞ」
それ以前の問題だった。
「安心していいよ、炎の扱いぐらい熟知してるから。多分、焦げ跡も残ってないと思う」
言いながら自分の右手の中指だけを伸ばし、その上にマッチと同じくらいの大きさの火が現れる。
「・・・一応、確認だけさせてくれ。」
その場で立ち上がり、1回だけ大きく背を逸らす。またもや妹紅が肩を貸そうと僕のすぐ側までやってきたが、流石にこれ以上男としてのプライドを失うわけにはいかないので妹紅に『大丈夫だから』というジェスチャーを手で送る。今度こそ一人で歩き、店のドアノブに手を掛けた。
「・・・は?」
---店の扉を開けた瞬間、目の前に全長3mはあろうかという雪だるまがあった。
「あら?」
---そしてその横には何故かやりきった顔をした蓬莱山輝夜の姿があった。
「何故ここにいる・・・。というか店の前でこんなデカい雪だるま作らないでくれ。もし倒れてきたら店ごと倒壊するじゃないか・・・」
色々と言いたいことはあったが、とりあえず要点だけをまとめて言う。余計なことを口に出してしまうと、やたら回りくどい言葉を使ってくるからだ。
「なんでココにいるって聞かれたら・・・暇だから永琳に付いてきたと答えるしかないわね。雪だるまに関しては心配しなくていいわよ。・・・どうせ今から壊すから」
僕の問いに簡潔に答えると再び自分で作った雪だるまの顔を見つめる。その目は慈愛に満ちていた。よほど気に入っているのだろう。ソレを「壊せ」と言うには流石に気が引ける。
・・・・壊すから?
輝夜が自分の右手を雪だるまの胴体に当て、優しく撫でる。
「---この瞬間が」
僕が次に瞬きをしたとき
「最高なのよね」
----『雪だるま』がただの『雪の山』になった。
何が起こったのかサッパリわからず、《雪だるまだった》ものを注視すると・・・
「名前がない ただのゆきのようだ」
どうやら今まで僕が見てた雪だるまは幻覚だったらしい。全く・・・たかだか2時間動いただけでどれだけ疲れてるんだか・・・。
「はぁ~、スッキリした!!」
いつの間にか居なくなっていた輝夜の頭が目の前にある雪の山から出てきた。どうやら輝夜姫は光る竹以外からも出てこれるようだ。
そのまま雪の中に埋まっていた全身を、先に出てきた手の力を使いゆっくりと雪の中から引きずり出す。
「う~ん・・・やっぱり爆発させた方がよかったかしら・・・」
どうやらさっきの雪だるまは幻覚ではなかったようだ。目算5mは積もった雪の頂上で輝夜が一人呟く。きっとアレなのだろう・・・芸術は爆発だとか、とにかく個人的な趣向なんだ。
「ねぇ、貴方もう外に出て大丈夫なの?というかなんで出てきたの?」
呆然としていた僕を上から見下す形で話しかけてくる輝夜。
そういえば・・・。輝夜の言葉で何故自分が店の外に出てきたのか思い出した。
「ああ、見ての通りもう何の問題もない。屋根の上がどうなってるか確認しにきただけだよ」
「屋根?ああ、さっき妹紅がなんかやってたわね・・・見てなかったけど。別に何もないけどねぇ・・」
香霖堂より高い位置にいる輝夜が屋根の上を眺める。
「・・・貴方も来てみたら?」
雪の上から輝夜が手招きしてくる。無茶言いやがって・・・。
「僕は君達と違って空は飛べないんだ。固まってもない雪を5mも登れるわけがないだろう」
「・・・仕方ないわねぇ」
何故か輝夜が不満そうな溜息をつくと、ゆっくりとこちらに降りてくる。
そして僕より少し高い位置で止まると、右腕を軽く差し出してきた。
「ほら、掴まりなさい」
どうやら自分が雪の上まで連れて行ってやるというジェスチャーのようだ。
「いや・・・悪いが雪の上まで行かなくても少し離れれば分か「早くなさい」るん・・だけ・・どぉ!!」
業を煮やしたらしい輝夜が無理矢理僕の腕を引っ張りあげ再び浮上する。あまりにも唐突だったので思わず変な声が出てしまった。
そのまま先程まで輝夜が立っていた場所・・・5m以上積もった雪の頂上・・・のさらに上まで連れていかれた。下から見上げたときは大したこともないと思っていたが、上から見下ろすとこうも高く感じるものなのか・・・皆よく何十メートルも上空であんなにくるくると動き回れるものだ。
「ここからならよく見えるでしょう?」
輝夜が悪戯っぽい笑みを浮かべながら少し下にいる僕に向かって話かけてくる。間違いなく確信犯だ、コイツ・・・。
「ああ、分かったから早く降ろしてくれ。いい加減、その・・・怖い」
輝夜の笑みがさらに酷くなった。それに比例するように二人の高度が上がる。
「そんなこと言われたら・・・雲の上まで連れていってあげるしかないじゃないの」
「うおっ・・・!!」
駄目だ・・・そういえばこんな性格だった。初めて僕が怖いなんて言ったもんだから完全にテンションが変な方向に盛り上がっ・・・は?
---下を向くと綿菓子が飛んでいた。・・・・・・・・・雲だ。
「ねぇ、香霖堂」
「な、なんだ・・・」
今日何度目か分からない唖然としている僕に急に声を掛けてきた。
「NoRopeBungyって言葉知ってる?」
・・・上を見上げると、とても恍惚そうな表情の輝夜の顔があった。
「ノーロープ・・・?・・おい・・・まさ、か・・・洒落にならない・・って・・・」
「そう?・・・じゃ、いってらっしゃい」
輝夜が掴んでいた手を一本ずつゆっくりと離していく。そのたびにズルズルと輝夜に触れている部分が減っていき・・・
「あっ・・・」
---落ちた。
輝夜の手の温もりが消えた瞬間、途轍もなく巨大な風圧があらゆる角度から襲ってきた。
叫ばないのか?叫べるはずがない。ホントなら今すぐこの場でキャラを壊してでも絶叫して少しでも恐怖を紛らわせたい・・・が、雲を突き抜けた辺りから風のせいか気圧のせいか・・・全く息ができないのだ。無論、声など出せるはずもない
「・・・あら?案外叫ばないわねぇ~。貴方のクールなキャラクターが崩壊するかと思ったのに・・」
のだが何故か横からほのぼのとした声が聴こえた。
そちらの方を向くと、これから僕を殺す犯人が視界に入った。思わず「輝夜アアアアァァ!!」と叫びたくなったが、やはり声は出ない。
---段々、と地面が近くなってくる。僕の命も残り10、20秒だろう。
どこからか紙でも飛んでこないだろうか・・・そうすれば自分の血で遺言でも書けるというのに・・・。
----地上に映る草や石の形がハッキリとしてきた。残り2,3秒くらいだろうか。駄目だ、遺言も書けない。
「・・・終わった」
諦めて目を閉じる。長生きしてきたから別にこの世によほどの未練はないが・・・まさか姫様の遊びで殺されることになるとは・・・・。しかも何故垂直落下で死ななければなら・・・ない?
心の中の独り言だということを差し引いても、既に5秒は経過している。それなのに地上に激突した衝撃も痛みも感じない。なんだ・・・痛みを感じるまもなく死んだのか。・・・さて、天国はどんなところだろう。
---目を開けると、僕を殺した悪魔の顔が僕と同じ体勢でこちらを見ていた。その悪魔が微笑む。
「・・・どう?楽しかった?」
身体が逆さまになった状態で下を見ると、地面との接触が残り1mの地点で止まっていた。
次に上を見る。同じく逆さまになり、僕と同じ体勢をしながら僕の右足の脛の部分を利き手で掴んでいた。
「・・・ああ・・・最高だよ・・・走馬灯とか、初めて経験できたしな・・・」
身の危険が去り・・・ようやく正常な思考回路に戻ってきた。
「そう、それは良かったわ」
当の確信犯は申し訳なさそうな顔一つしない。流石お姫様、図太い。
「何がいいのかサッパリ分からんがな」
・・・さっきから思っていたが、この身体のどこにこんな筋力が備わっているのだろうか。ずっと僕を片手で支えているのに重そうな顔一つしない。しかし僕もいつまでも逆さというわけにもいかない・・・そのままの意味で頭に血が上ってきた。
「あ~・・・もういい加減降ろしてくれn「輝夜コラアァァァ!!」
何の前触れも無く誰かの叫び声が聞えた。
空中に逆さまの方向で振り向いて確認することはできないが、まぁこんな大声で叫ぶのなんて妹紅だろう。実際、先にその声の人物を見た輝夜はとても鬱陶しそうな顔をしていた。
「輝夜!お前病み上がりの奴になんてことしてんだ!!」
「ただの遊びでしょうが・・・うるさい焼き鳥ね」
言いながら、片手で持っていた僕を高く振りかざし
「プリンセスを助けたかったら王子自ら来なさい・・よっ!」
そのまま後ろに放り投げられた。
「うおぉぉ!」
先程の5m以上ある雪の塊を山なりに飛び越える。そして山なりに飛び越えるということは地面に落下する、という意味でもある。
「(あいつ・・・!どうする!どうする!?)」
本日二度目の臨死体験を味わう。今度は屋根から落下したときとは状況が全く違うので、直撃すれば無事では済まない。そして本日二度目の走馬灯・・・にはならなかった。
「---よっと。」
地面と衝突する寸前・・・気がつくと・・・店に居たはずの永琳にお姫様抱っこの形で受け止められていた。
「案外軽いわね」
とても高さ5mから降ってきた大の男を受け止めた女性の台詞とは思えない。いつから幻想郷は女が(言葉通りの意味で)男をホイホイ投げられる時代になったのだろうか・・・やはり常識に囚われてはいけないのだろうか。
「・・・・まるで、僕がココに落ちてくることが分かってたみたいにスタンバイしてたな」
「輝夜とは付き合いが長いからね・・・お互い何を考えてるかなんて手に取るように分かるのよ」
それはそうだろうな、と納得する。別にそんなことは僕にとってはさして気になることではない。問題なのは”どうして僕が永琳にお姫様抱っこされたまま”なのかということだけだ。
「さ、妹紅に見つからないように店まで戻るわよ」
今僕達の状況は雪の塊を挟んで 『妹紅・輝夜』【雪】『僕・永琳』 といった形でくっきり分かれている。確かに今の位置は妹紅からは見えないが・・・
「店は向こう側だぞ?回り道したって見つかると思うが・・・」
念のため永琳にしか聴こえない程度の大きさの声で言う。ちなみにお姫様抱っこされたままだ。
「安心なさい。今は姫様しか視界に入ってないみたいだし・・・あっちも上手く引きつけてくれるだろうしね。むしろ此処に留まってる方が危険よ?」
僕に釣られたかのように永琳も小さい声だ。・・・ところで僕はいつまでお姫様抱っこされたままなのだろうか。
「林に隠れて行くのがベストでしょうから・・・右から回って行きましょう。本気出せば5秒くらいだろう・・し!」
言い終わると同時に右に向かって1秒ダッシュし、林に突っ込む永琳。
---バシュ。
その瞬間・・・先程まで隠れていた小さな雪の山が跡形もなく消し飛んだ。
「・・・え?」
「危機一髪ね。・・・じゃ、バレないようにゆっくり店まで戻りますか」
大人の男をお姫様抱っこした女性がこそこそと林の中を歩く・・・うん、シュールだ。
抱っこされた状態のままの僕は何も出来ないので、自然と林のすぐ外の景色に目が行く。そこには輝夜と妹紅が早速弾幕ごっこを開始している姿が映った。
「なぁ・・・今更ながら一つ疑問なんだが・・・」
「なに?」
ゆっくりと移動しながら(?)自分を抱えている永琳に訊ねる。
「別に隠れる必要なくないか?」
そう・・・どうせ二人で弾幕ごっこをやるだけなら別に隠れなくても堂々と正面から店に入ればいい。というか「もっと遠くでやれ!」ぐらい言ってやっても文句はないはずだ。なのに何故こそこそと動いているのだろうか・・・そして何故そんな簡単な事に今更気付いたんだろうか。
「もしこんな状況になったら妹紅に見つからないようにしろっていう命令を事前に受けてるのよ。実際、姫はこっちに気付いてるわよ。手でも振ってみたら?」
「・・・何するつもりだ?」
「さぁ?ま、あと2,30分もしたら全部分かるから焦らなくても大丈夫よ」
やけに含みのある口調で言う永琳。非常に怪しい・・・などと思っている内にいつの間にか香霖堂の裏口に着いた。
「さ、あとは自分で歩きなさいな」
ここに来てようやく降ろしてくれた永琳。何考えてるのか分からないがこういう部分では隠れてきて正解だったかもしれない。
「ふぅ・・・」
ゆっくりとカウンターの椅子に腰掛ける。永琳もいつの間にか商品の椅子に座っていた。
わずか2時間程度しか離れていないというのに随分と懐かしく感じてしまうのは気のせいだろうか。外からは弾幕と弾幕がぶつかり合い爆ぜる音が聞こえてきた。
「本でも読むか・・・」
店が消し飛ぶ恐怖を心の隅に残したまま、カウンターの上に置きっ放しにしてあった本を手に取った。
---十数分後
一向に音が止む気配がない。こんなに店の近くでやっているのに一発も店が被弾しないのは二人の弾幕の扱いが上手いのか奇跡なのか・・・そんなことを思っていると不意に近くで本を読んでいた永琳が話しかけてきた。
「・・・どうしたの?やけに嬉しそうじゃない」
やけに不思議そうな顔で訊ねてくる永琳。まぁ、普通自分の家の近くで弾幕ごっこなんかされたらヒヤヒヤするのが普通だろうしな。
「いや・・うん・・・まぁ、そうかもな・・・。なんだか懐かしくてな・・・」
「懐かしい?」
「霊夢と魔理沙が人里に移住する前はさ・・・二人が喧嘩するたびに外に出て弾幕ごっこやってたんだよ。最終的にお互いボロボロになって・・・その度に僕が服直して・・・だからかな?懐かしくて仕方ないんだ」
霊夢は引退して人里に・・・魔理沙は結婚して人里に・・・最近は二人とも年に数回しか来なくなってしまった。
「意外ね。貴方は一人でいるのが好きそうなのに」
「確かに独りでいるのは好きだが・・・如何せん寂しいからな・・・」
思わず呟いてしまった心の内・・・予想通りというかなんというか、永琳がキョトンとした目でこっちを見ていた。
---バン!
静寂の店に何の前触れもなく乱暴に扉が開かれた。
「あ~・・・疲れたぁー」
全く姫様らしく口調で入ってきたのは輝夜だった。その後ろに妹紅の姿はない。負けて帰ってしまったのだろうか?
「香霖堂、ちょっとそこのカウンターの下に隠れてなさい」
一回だけ扉の外を確認した輝夜が僕の目を見ながら言う。
「は?いや、なん「いいから早く。」
いつの間にかすぐ近くに居た輝夜が有無を言わさず僕の頭をカウンターの下に押し込んだ。
そしてそれと同時に随分慌てたような足音が店の中に入ってきた。
「---ど、どどど、どうしよう!!!」
「(妹紅・・・?)」
姿は見えないが・・・声から相当焦っているのが分かる。妹紅らしいといえばそうかもしれないが、一体どうしたというのだろう。
「霖之助殺したかも!!どうする!?どうすればいい!!助けてえーりん!!」
思わずカウンターに頭をぶつけそうになった。・・・僕を殺した?どういうことなの?
「あーあ・・・いつかやるかと思ってたけど、まさかホントに人殺しちゃうなんてねぇ~・・・どうやって責任に取るつもり?」
進行形でその人物の頭を抑えてるくせに何故か二人揃って殺されたことになった。
「え?ど、どうって・・・どうしよう・・・どうしよう・・・」
いよいよ妹紅の声が震えてきた。と、ここでようやく気付く。
何故さっき妹紅に見つからないように店に入ってきた理由が・・・。まさかこんなくだらないことのために10m歩くだけで済むのを何分も掛けたのか。
「---もうその辺でやめておけ。」
僕の頭を抑えていた輝夜の手をどけ立ち上がり、今度は逆に自分の手を輝夜の頭に乗せる。
輝夜から視線を外し妹紅を見ると見事に今にも溢れんばかりに涙が目に溜まっていた。
「悪かったな妹紅。まさかお姫様がこんな事を考えていたとは思わなかったんだ」
僕に悪気はないし、そもそも僕は何一つしていないが、事実として僕が原因で妹紅も泣かせてしまっている。こればっかりは認めなければならない。
「うう・・・よかったぁ・・・」
ここにきてようやく輝夜が仕掛けた簡易ドッキリだと気付いた妹紅。服の袖で涙を拭う姿が普段の姿とギャップがあり、非常に可愛らしかった・・・
「輝夜表出ろコラアアアアァァァ!!」
のは一瞬だけだった。
「上等よ、今度こそ再起不能にしてあげる!」
短いやり取りをした二人が揃って店を出て行く。
---そして再び店の中と外に響く爆音。
「騒がしいわね」
「騒がしいな・・・」
思わず笑みがこぼれた。
「ほんとに・・・騒がしいな・・・」
完
毎年毎年・・・何十何百と繰り返してきた今年の冬も後半に差し掛かっていたある日のこと、先日の猛吹雪で店の屋根に積もった雪を除去するために僕は久しぶりに外に出た。
「・・・だから冬は嫌いなんだ」
思わずそんな愚痴がこぼれてしまうのも仕方ない。外から見た香霖堂の屋根に目算50cmくらいの量の雪が所狭しと積もっていたのだ。
「はぁ~・・・ハシゴ持って来るか」
だが今更になってやめるわけにはいかない。この季節、雪かきは定期的に行わなければその重さで店ごと潰れてしまうからだ。店ごと潰されて死ぬのと数時間の重労働・・・どちらを選ぶかと聞かれれば迷うことはない。
「うわっ・・・」
屋根に降り立った僕が目にしたのは屋根一面・・・余すところなく積もった雪・雪・雪。
やはり遠くから見るのとその場にいるのとでは全然感覚が違う。
「これは1日潰れるかもな・・・」
---1時間後。香霖堂の屋根の上に男の死体が転がっていた。
「・・・無理だ」
半分は妖怪の血を引いていながら長い間全く運動をしていなかった為にすぐ体力が限界を迎えた・・・というより運動能力の限界だった。まだ屋根のほんの一部しか終わっていないのに気がついたら雪の上に倒れこんでいた。
「無理だ・・・ああ、無理だ」
今日が晴天だったのは幸運だろう。真冬なのに少し厚着しただけで身体が温かい。
去年の自分はよくこんな作業を出来たなと思う・・・のは毎年のことである。
「はぁ・・・やるか」
手に持っていたスコップを支えにして立ち上がる。雪が屋根に積もった場合、左右のバランスを保ちながら雪を落とさなければならない。一方をやりすぎるともう一方に重心が傾いてしまい、余計屋根が潰れやすくなるからだ。初めて雪かきを行った者は大抵この罠に陥り、屋根半分が陥没するという悲惨な事態を味わう。現に僕もその一人だ。
「お・・おおっと・・!」
屋根の上を歩いていると突然、雪の山に足が沈んだ。思わず屋根から転げ落ちそうになるが、長年の相棒スコップのおかげでなんとか持ちこたえた。
「ほんと・・・君がいなかったら今まで何回死んでたんだろうな」
決して返事を返すことのない相棒に言葉をかける。端から見ればただの変人だろう。
「・・・ま、最近はこんな辺鄙な場所に来る奴も少ないけどな」
---さらに一時間後。
だいぶ身体が本調子に戻ってきた。2時間ほど動いても息があまり乱れることもない。
「うん・・・この調子なら半日で終わるかもな・・・っと。」
思わず調子に乗ってペースを上げてしまう。
「・・・あっ」
どこからか『調子乗った結果がこれだよ!』という声でも聴こえてきそうな程あっけなく足を踏み外し、そのまま屋根の上を転がり・・・落ちた。
バンッ!と大きな音を立てて地面に衝突する。
---頭に酷い激痛が走ったと同時に・・・そのまま視界が黒く染まった。
「・・・い!・・丈夫・・・か・・!!」
黒い世界で途切れ途切れに声が聴こえてきた
ゆっくりと目を開けると赤と白の人影がぼやけて映る。その姿を見て一人の少女を思い出した。
「(・・・霊夢・・か?)」
やがて視界が鮮明となり、来るはずのない少女の幻が消え、自分に声を掛けていた人物の姿がハッキリと映る。
「・・・妹紅か」
「ああ、っておい!まだ寝てないとダメだって!!」
ゆっくりと上体を起こすと、そこには珍しくあたふたした藤原妹紅の顔が映った。どうやら自分が死ぬのは気にしないようだが、他人が死ぬのには相当敏感らしい。
「大丈夫だから・・・そんな心配そうな顔しなくていい・・・」
言いながら涙目の妹紅の頭を軽く撫でる。実際、頭から軽く出血しているが怪我自体はほぼ皆無だというのが自分で分かる。というのも香霖堂の高さ自体が3mもなく、加えて先程落としたばかりの雪がクッションになったために軽い脳震盪で済んだからだ。
「・・・ホントに大丈夫か?」
頭を撫でられ、細目で僕を見つめる妹紅の目がやけに可愛く見えた。
「ああ、頭の場合は出血している方が安全だからな」
パンパンと服に付いた雪を払い、ゆっくりと起き上がる。
「痛っ・・・!」
いくら無傷だといっても地面と激突した際の衝撃が全くないわけではない。両足で身体を支えると同時に足首に鈍い痛みが奔った。妹紅に心配を掛けまいと、なるべく声は消したつもりだったが思わず反射的に出てしまった。我ながら情けない・・・。案の定、その様子を見た妹紅が何も言わずに僕の腕を取って自らの肩に回す。・・・ホントに情けない。
「・・・助かる。」
そのまま妹紅の肩を借りて店内へと戻った。
---カウンターのさらに奥・・・唯一空間にゆとりのある居間に辿り着くと、すぐさまその場に倒れこんだ。
「お、おい!やっぱり輝夜のところに行った方がいいんじゃ・・!?」
横向きで寝ていた身体を仰向けに直すと、そこにはしゃがみ込んで僕の顔をジッと見つめる妹紅の姿があった。ホントに他人に関しては心配性のようだ。
「・・・大丈夫、別にどこも悪くないよ。雪かきの作業の疲れが一気にきたんだろうさ」
妹紅に心配をかけまいという理由もあったが、これは事実だった。やってるときは気付かなかったが・・・やはり運動不足の状態から一気に身体を動かすのはやめておけばよかった。
「今日は助かったよ。僕は仮眠した後に、また雪かきをしないといけないから・・・悪いが帰ってもらえないか?」
こういう発言は別の意味で捉えられることもあるので言葉の前に説明を入れておかなければならない。簡単にまとめると、別に妹紅を邪険しているわけではない。
「むっ・・・んん~・・・」
その意図がちゃんと伝わったのか伝わってないのか、妹紅が難しい顔をして呻る。それから少し考えたあと・・・
「・・・そうだな。じゃあ私は帰るけど、ちゃんと休まなきゃ駄目だからね!」
結局分からなかった。ただ、やはり身体の心配だけはしてくれるらしい。
チラチラとこちらを見ながら居間を出て行く妹紅。その度に無理して笑顔作らないといけないので大変だった。
---店の扉が開く音が聞えた。
妹紅が出ていったのを確認すると、先程まで穏やかだった睡魔が急激に酷くなってきた。
「気が・・・緩んだ・・・かな・・・」
先程の夜中に停電したかのような気絶ではなく、ゆっくりと劇の幕が閉められるように視界が狭くなっていく。
「はぁ~・・・起きたら・・また・・・雪か・・」
ボソボソと呟いていた独り言すら言い切る前に・・・僕の意識は消えた。
「・・・ぁ、ようやくお目覚めか?」
---次に目を開けたとき、そこには帰ったはずの妹紅と・・・
「2時間動いて2時間寝るって燃費悪いわねぇ~」
永遠亭の医者である八意永琳がいた。
「・・・僕はどこも悪くないんだが」
永琳がココに居るということはまず間違いなく妹紅が呼んだのだろう。彼女は誰に対してもこんな感じなのだろうか・・・まさか僕だけということもなかろう。
「そうね、確かに頭部からの出血以外は特に外傷もなかったわ」
「よし、これでいいだろう妹紅。僕は雪かき再開するからな」
幻想郷一の医者に軽症と判断されたのだ。流石に心配性の妹紅も文句は言えないはず・・・
「あっ・・・屋根の上の雪なら私が全部焼却しておいたぞ」
それ以前の問題だった。
「安心していいよ、炎の扱いぐらい熟知してるから。多分、焦げ跡も残ってないと思う」
言いながら自分の右手の中指だけを伸ばし、その上にマッチと同じくらいの大きさの火が現れる。
「・・・一応、確認だけさせてくれ。」
その場で立ち上がり、1回だけ大きく背を逸らす。またもや妹紅が肩を貸そうと僕のすぐ側までやってきたが、流石にこれ以上男としてのプライドを失うわけにはいかないので妹紅に『大丈夫だから』というジェスチャーを手で送る。今度こそ一人で歩き、店のドアノブに手を掛けた。
「・・・は?」
---店の扉を開けた瞬間、目の前に全長3mはあろうかという雪だるまがあった。
「あら?」
---そしてその横には何故かやりきった顔をした蓬莱山輝夜の姿があった。
「何故ここにいる・・・。というか店の前でこんなデカい雪だるま作らないでくれ。もし倒れてきたら店ごと倒壊するじゃないか・・・」
色々と言いたいことはあったが、とりあえず要点だけをまとめて言う。余計なことを口に出してしまうと、やたら回りくどい言葉を使ってくるからだ。
「なんでココにいるって聞かれたら・・・暇だから永琳に付いてきたと答えるしかないわね。雪だるまに関しては心配しなくていいわよ。・・・どうせ今から壊すから」
僕の問いに簡潔に答えると再び自分で作った雪だるまの顔を見つめる。その目は慈愛に満ちていた。よほど気に入っているのだろう。ソレを「壊せ」と言うには流石に気が引ける。
・・・・壊すから?
輝夜が自分の右手を雪だるまの胴体に当て、優しく撫でる。
「---この瞬間が」
僕が次に瞬きをしたとき
「最高なのよね」
----『雪だるま』がただの『雪の山』になった。
何が起こったのかサッパリわからず、《雪だるまだった》ものを注視すると・・・
「名前がない ただのゆきのようだ」
どうやら今まで僕が見てた雪だるまは幻覚だったらしい。全く・・・たかだか2時間動いただけでどれだけ疲れてるんだか・・・。
「はぁ~、スッキリした!!」
いつの間にか居なくなっていた輝夜の頭が目の前にある雪の山から出てきた。どうやら輝夜姫は光る竹以外からも出てこれるようだ。
そのまま雪の中に埋まっていた全身を、先に出てきた手の力を使いゆっくりと雪の中から引きずり出す。
「う~ん・・・やっぱり爆発させた方がよかったかしら・・・」
どうやらさっきの雪だるまは幻覚ではなかったようだ。目算5mは積もった雪の頂上で輝夜が一人呟く。きっとアレなのだろう・・・芸術は爆発だとか、とにかく個人的な趣向なんだ。
「ねぇ、貴方もう外に出て大丈夫なの?というかなんで出てきたの?」
呆然としていた僕を上から見下す形で話しかけてくる輝夜。
そういえば・・・。輝夜の言葉で何故自分が店の外に出てきたのか思い出した。
「ああ、見ての通りもう何の問題もない。屋根の上がどうなってるか確認しにきただけだよ」
「屋根?ああ、さっき妹紅がなんかやってたわね・・・見てなかったけど。別に何もないけどねぇ・・」
香霖堂より高い位置にいる輝夜が屋根の上を眺める。
「・・・貴方も来てみたら?」
雪の上から輝夜が手招きしてくる。無茶言いやがって・・・。
「僕は君達と違って空は飛べないんだ。固まってもない雪を5mも登れるわけがないだろう」
「・・・仕方ないわねぇ」
何故か輝夜が不満そうな溜息をつくと、ゆっくりとこちらに降りてくる。
そして僕より少し高い位置で止まると、右腕を軽く差し出してきた。
「ほら、掴まりなさい」
どうやら自分が雪の上まで連れて行ってやるというジェスチャーのようだ。
「いや・・・悪いが雪の上まで行かなくても少し離れれば分か「早くなさい」るん・・だけ・・どぉ!!」
業を煮やしたらしい輝夜が無理矢理僕の腕を引っ張りあげ再び浮上する。あまりにも唐突だったので思わず変な声が出てしまった。
そのまま先程まで輝夜が立っていた場所・・・5m以上積もった雪の頂上・・・のさらに上まで連れていかれた。下から見上げたときは大したこともないと思っていたが、上から見下ろすとこうも高く感じるものなのか・・・皆よく何十メートルも上空であんなにくるくると動き回れるものだ。
「ここからならよく見えるでしょう?」
輝夜が悪戯っぽい笑みを浮かべながら少し下にいる僕に向かって話かけてくる。間違いなく確信犯だ、コイツ・・・。
「ああ、分かったから早く降ろしてくれ。いい加減、その・・・怖い」
輝夜の笑みがさらに酷くなった。それに比例するように二人の高度が上がる。
「そんなこと言われたら・・・雲の上まで連れていってあげるしかないじゃないの」
「うおっ・・・!!」
駄目だ・・・そういえばこんな性格だった。初めて僕が怖いなんて言ったもんだから完全にテンションが変な方向に盛り上がっ・・・は?
---下を向くと綿菓子が飛んでいた。・・・・・・・・・雲だ。
「ねぇ、香霖堂」
「な、なんだ・・・」
今日何度目か分からない唖然としている僕に急に声を掛けてきた。
「NoRopeBungyって言葉知ってる?」
・・・上を見上げると、とても恍惚そうな表情の輝夜の顔があった。
「ノーロープ・・・?・・おい・・・まさ、か・・・洒落にならない・・って・・・」
「そう?・・・じゃ、いってらっしゃい」
輝夜が掴んでいた手を一本ずつゆっくりと離していく。そのたびにズルズルと輝夜に触れている部分が減っていき・・・
「あっ・・・」
---落ちた。
輝夜の手の温もりが消えた瞬間、途轍もなく巨大な風圧があらゆる角度から襲ってきた。
叫ばないのか?叫べるはずがない。ホントなら今すぐこの場でキャラを壊してでも絶叫して少しでも恐怖を紛らわせたい・・・が、雲を突き抜けた辺りから風のせいか気圧のせいか・・・全く息ができないのだ。無論、声など出せるはずもない
「・・・あら?案外叫ばないわねぇ~。貴方のクールなキャラクターが崩壊するかと思ったのに・・」
のだが何故か横からほのぼのとした声が聴こえた。
そちらの方を向くと、これから僕を殺す犯人が視界に入った。思わず「輝夜アアアアァァ!!」と叫びたくなったが、やはり声は出ない。
---段々、と地面が近くなってくる。僕の命も残り10、20秒だろう。
どこからか紙でも飛んでこないだろうか・・・そうすれば自分の血で遺言でも書けるというのに・・・。
----地上に映る草や石の形がハッキリとしてきた。残り2,3秒くらいだろうか。駄目だ、遺言も書けない。
「・・・終わった」
諦めて目を閉じる。長生きしてきたから別にこの世によほどの未練はないが・・・まさか姫様の遊びで殺されることになるとは・・・・。しかも何故垂直落下で死ななければなら・・・ない?
心の中の独り言だということを差し引いても、既に5秒は経過している。それなのに地上に激突した衝撃も痛みも感じない。なんだ・・・痛みを感じるまもなく死んだのか。・・・さて、天国はどんなところだろう。
---目を開けると、僕を殺した悪魔の顔が僕と同じ体勢でこちらを見ていた。その悪魔が微笑む。
「・・・どう?楽しかった?」
身体が逆さまになった状態で下を見ると、地面との接触が残り1mの地点で止まっていた。
次に上を見る。同じく逆さまになり、僕と同じ体勢をしながら僕の右足の脛の部分を利き手で掴んでいた。
「・・・ああ・・・最高だよ・・・走馬灯とか、初めて経験できたしな・・・」
身の危険が去り・・・ようやく正常な思考回路に戻ってきた。
「そう、それは良かったわ」
当の確信犯は申し訳なさそうな顔一つしない。流石お姫様、図太い。
「何がいいのかサッパリ分からんがな」
・・・さっきから思っていたが、この身体のどこにこんな筋力が備わっているのだろうか。ずっと僕を片手で支えているのに重そうな顔一つしない。しかし僕もいつまでも逆さというわけにもいかない・・・そのままの意味で頭に血が上ってきた。
「あ~・・・もういい加減降ろしてくれn「輝夜コラアァァァ!!」
何の前触れも無く誰かの叫び声が聞えた。
空中に逆さまの方向で振り向いて確認することはできないが、まぁこんな大声で叫ぶのなんて妹紅だろう。実際、先にその声の人物を見た輝夜はとても鬱陶しそうな顔をしていた。
「輝夜!お前病み上がりの奴になんてことしてんだ!!」
「ただの遊びでしょうが・・・うるさい焼き鳥ね」
言いながら、片手で持っていた僕を高く振りかざし
「プリンセスを助けたかったら王子自ら来なさい・・よっ!」
そのまま後ろに放り投げられた。
「うおぉぉ!」
先程の5m以上ある雪の塊を山なりに飛び越える。そして山なりに飛び越えるということは地面に落下する、という意味でもある。
「(あいつ・・・!どうする!どうする!?)」
本日二度目の臨死体験を味わう。今度は屋根から落下したときとは状況が全く違うので、直撃すれば無事では済まない。そして本日二度目の走馬灯・・・にはならなかった。
「---よっと。」
地面と衝突する寸前・・・気がつくと・・・店に居たはずの永琳にお姫様抱っこの形で受け止められていた。
「案外軽いわね」
とても高さ5mから降ってきた大の男を受け止めた女性の台詞とは思えない。いつから幻想郷は女が(言葉通りの意味で)男をホイホイ投げられる時代になったのだろうか・・・やはり常識に囚われてはいけないのだろうか。
「・・・・まるで、僕がココに落ちてくることが分かってたみたいにスタンバイしてたな」
「輝夜とは付き合いが長いからね・・・お互い何を考えてるかなんて手に取るように分かるのよ」
それはそうだろうな、と納得する。別にそんなことは僕にとってはさして気になることではない。問題なのは”どうして僕が永琳にお姫様抱っこされたまま”なのかということだけだ。
「さ、妹紅に見つからないように店まで戻るわよ」
今僕達の状況は雪の塊を挟んで 『妹紅・輝夜』【雪】『僕・永琳』 といった形でくっきり分かれている。確かに今の位置は妹紅からは見えないが・・・
「店は向こう側だぞ?回り道したって見つかると思うが・・・」
念のため永琳にしか聴こえない程度の大きさの声で言う。ちなみにお姫様抱っこされたままだ。
「安心なさい。今は姫様しか視界に入ってないみたいだし・・・あっちも上手く引きつけてくれるだろうしね。むしろ此処に留まってる方が危険よ?」
僕に釣られたかのように永琳も小さい声だ。・・・ところで僕はいつまでお姫様抱っこされたままなのだろうか。
「林に隠れて行くのがベストでしょうから・・・右から回って行きましょう。本気出せば5秒くらいだろう・・し!」
言い終わると同時に右に向かって1秒ダッシュし、林に突っ込む永琳。
---バシュ。
その瞬間・・・先程まで隠れていた小さな雪の山が跡形もなく消し飛んだ。
「・・・え?」
「危機一髪ね。・・・じゃ、バレないようにゆっくり店まで戻りますか」
大人の男をお姫様抱っこした女性がこそこそと林の中を歩く・・・うん、シュールだ。
抱っこされた状態のままの僕は何も出来ないので、自然と林のすぐ外の景色に目が行く。そこには輝夜と妹紅が早速弾幕ごっこを開始している姿が映った。
「なぁ・・・今更ながら一つ疑問なんだが・・・」
「なに?」
ゆっくりと移動しながら(?)自分を抱えている永琳に訊ねる。
「別に隠れる必要なくないか?」
そう・・・どうせ二人で弾幕ごっこをやるだけなら別に隠れなくても堂々と正面から店に入ればいい。というか「もっと遠くでやれ!」ぐらい言ってやっても文句はないはずだ。なのに何故こそこそと動いているのだろうか・・・そして何故そんな簡単な事に今更気付いたんだろうか。
「もしこんな状況になったら妹紅に見つからないようにしろっていう命令を事前に受けてるのよ。実際、姫はこっちに気付いてるわよ。手でも振ってみたら?」
「・・・何するつもりだ?」
「さぁ?ま、あと2,30分もしたら全部分かるから焦らなくても大丈夫よ」
やけに含みのある口調で言う永琳。非常に怪しい・・・などと思っている内にいつの間にか香霖堂の裏口に着いた。
「さ、あとは自分で歩きなさいな」
ここに来てようやく降ろしてくれた永琳。何考えてるのか分からないがこういう部分では隠れてきて正解だったかもしれない。
「ふぅ・・・」
ゆっくりとカウンターの椅子に腰掛ける。永琳もいつの間にか商品の椅子に座っていた。
わずか2時間程度しか離れていないというのに随分と懐かしく感じてしまうのは気のせいだろうか。外からは弾幕と弾幕がぶつかり合い爆ぜる音が聞こえてきた。
「本でも読むか・・・」
店が消し飛ぶ恐怖を心の隅に残したまま、カウンターの上に置きっ放しにしてあった本を手に取った。
---十数分後
一向に音が止む気配がない。こんなに店の近くでやっているのに一発も店が被弾しないのは二人の弾幕の扱いが上手いのか奇跡なのか・・・そんなことを思っていると不意に近くで本を読んでいた永琳が話しかけてきた。
「・・・どうしたの?やけに嬉しそうじゃない」
やけに不思議そうな顔で訊ねてくる永琳。まぁ、普通自分の家の近くで弾幕ごっこなんかされたらヒヤヒヤするのが普通だろうしな。
「いや・・うん・・・まぁ、そうかもな・・・。なんだか懐かしくてな・・・」
「懐かしい?」
「霊夢と魔理沙が人里に移住する前はさ・・・二人が喧嘩するたびに外に出て弾幕ごっこやってたんだよ。最終的にお互いボロボロになって・・・その度に僕が服直して・・・だからかな?懐かしくて仕方ないんだ」
霊夢は引退して人里に・・・魔理沙は結婚して人里に・・・最近は二人とも年に数回しか来なくなってしまった。
「意外ね。貴方は一人でいるのが好きそうなのに」
「確かに独りでいるのは好きだが・・・如何せん寂しいからな・・・」
思わず呟いてしまった心の内・・・予想通りというかなんというか、永琳がキョトンとした目でこっちを見ていた。
---バン!
静寂の店に何の前触れもなく乱暴に扉が開かれた。
「あ~・・・疲れたぁー」
全く姫様らしく口調で入ってきたのは輝夜だった。その後ろに妹紅の姿はない。負けて帰ってしまったのだろうか?
「香霖堂、ちょっとそこのカウンターの下に隠れてなさい」
一回だけ扉の外を確認した輝夜が僕の目を見ながら言う。
「は?いや、なん「いいから早く。」
いつの間にかすぐ近くに居た輝夜が有無を言わさず僕の頭をカウンターの下に押し込んだ。
そしてそれと同時に随分慌てたような足音が店の中に入ってきた。
「---ど、どどど、どうしよう!!!」
「(妹紅・・・?)」
姿は見えないが・・・声から相当焦っているのが分かる。妹紅らしいといえばそうかもしれないが、一体どうしたというのだろう。
「霖之助殺したかも!!どうする!?どうすればいい!!助けてえーりん!!」
思わずカウンターに頭をぶつけそうになった。・・・僕を殺した?どういうことなの?
「あーあ・・・いつかやるかと思ってたけど、まさかホントに人殺しちゃうなんてねぇ~・・・どうやって責任に取るつもり?」
進行形でその人物の頭を抑えてるくせに何故か二人揃って殺されたことになった。
「え?ど、どうって・・・どうしよう・・・どうしよう・・・」
いよいよ妹紅の声が震えてきた。と、ここでようやく気付く。
何故さっき妹紅に見つからないように店に入ってきた理由が・・・。まさかこんなくだらないことのために10m歩くだけで済むのを何分も掛けたのか。
「---もうその辺でやめておけ。」
僕の頭を抑えていた輝夜の手をどけ立ち上がり、今度は逆に自分の手を輝夜の頭に乗せる。
輝夜から視線を外し妹紅を見ると見事に今にも溢れんばかりに涙が目に溜まっていた。
「悪かったな妹紅。まさかお姫様がこんな事を考えていたとは思わなかったんだ」
僕に悪気はないし、そもそも僕は何一つしていないが、事実として僕が原因で妹紅も泣かせてしまっている。こればっかりは認めなければならない。
「うう・・・よかったぁ・・・」
ここにきてようやく輝夜が仕掛けた簡易ドッキリだと気付いた妹紅。服の袖で涙を拭う姿が普段の姿とギャップがあり、非常に可愛らしかった・・・
「輝夜表出ろコラアアアアァァァ!!」
のは一瞬だけだった。
「上等よ、今度こそ再起不能にしてあげる!」
短いやり取りをした二人が揃って店を出て行く。
---そして再び店の中と外に響く爆音。
「騒がしいわね」
「騒がしいな・・・」
思わず笑みがこぼれた。
「ほんとに・・・騒がしいな・・・」
完
妹紅が可愛いなww
暖かくて、騒がしくて目が覚めた