まず、ちゃぶ台が一つある。
木目の綺麗な丸いちゃぶ台であり、外の世界では、近ごろ見なくなった高度成長期スメルの漂う古典的なちゃぶ台だ。
つまり、どんどん幻想郷に流入しているちゃぶ台であり、ありきたりな家具である。
そのちゃぶ台が鎮座しているのは守矢の神社の本殿であり、つまりはこの神社の真の祭神〝洩矢諏訪子〟の住居であった。
「じゃまするぞ」
そこに八坂神奈子がやってくる。
諏訪子は、ベストプレイスに侵入してきた腐れ縁の神を見止めて、あからさまに眉をしかめて見せた。
「わざわざ自分の縄張りからここに来るなんて、暇だね。神奈子も」
「まあ、早苗が優秀だからな」
「肯定したよ。このカミは」
ちゃぶ台の下でゴロゴロしながら、諏訪子が文句を垂れる。
その様子を見ていると〝お前が言うな〟と誰しもが言いたくなるだろう。
しかし、神奈子は嫌味を言う諏訪子の態度など気にした風でもなく、本殿の隅に積んであった座布団を敷き、ちゃぶ台の前に着く。
「なにしにきたん?」
「いや、特に用事があるわけじゃないんだ」
「あっそ」
「お茶ぐらい入れてくれないのか?」
「自分でやって、私は今忙しい」
諏訪子は手を伸ばし、ちゃぶ台の上にあった雑誌を取って読み始めた。
雑誌は近年廃刊となった婦人雑誌、国津神はそれを読みながら「ムムム、これが最新の流行モードか」とこれ見よがしに呟く。
どこからどう見ても忙しそうに見えないが、神奈子は素直に「そうか」と頷きお茶を入れに立った。
「あ、お茶淹れるなら私の分もちょうだい」
「ああ、わかった」
神奈子は手際よくお茶を淹れ、良い香りの緑茶が二つ、ちゃぶ台の上に置かれる。
二柱の神は、それを手に取るとズズっと啜った。
「うめぇ」
「うん。まあまあだな」
なんとなくまったり。
婦人雑誌はどこかに放って、諏訪子はしみじみとお茶を啜り、神奈子はそんな諏訪子をチラチラ見る。
「で、用はなんぞな」
ずばりと諏訪子が尋ねた。
神奈子は慌てて視線を反らす。
「もっかい聞くけど、用はなんぞ」
しかし、反らした視線の先に国津神は移動している。
瞬間移動でもしているのか、地面を潜ったのか。逃れられないと覚悟した天津神は、大きくため息を漏らした。
「……早苗の事で諏訪子に相談したいんだが」
「ふむふむ」
深刻そうな神奈子に対し、諏訪子は気楽そうだ。
最も、この神が深刻になる事など早々あるものではない。
「最近は、早苗に色々とさせているだろう?」
「まあ、勉強させてるね」
「それで、山から下りる事も多いじゃないか」
「んだね。問題ないと思うけど」
「うむ。それは問題はない。私が、真に問題としたいのはここから先だ」
「ふむ」
「お前が知っているか微妙な話なんだが、人間の里から離れた場所に外の世界の道具を売る店があるらしい」
「あー、有名だ」
「そこの店主が男なんだ」
「まあ人類の半分は男だからね。珍しい事じゃない」
「そうだな。しかし、この場合問題じゃないか?」
神奈子は、眉間にしわを寄せながら諏訪子に顔を近づける。
「なにが?」
それとは対照的に、諏訪子はお茶をウマウマと飲みながら聞き返す。
そんな気楽そうな諏訪子を見て、神奈子は焦りの様なものを浮かべた。
「私達の可愛い早苗が、男の居る店に通っているんだぞ!」
「おおっ」
神奈子の怒声を受け、外では雷がゴロゴロと鳴り始める。この調子では雷雨でも降るだろう。
さすがは名のある風雨神である。その怒りは、天の怒りと同義だ。
「まー、落ちつけよー。あ、キャラメル食べる?」
「ふざけるな! お前はいつもそうだ! 私がこんなに早苗の事を心配しているのに、お前はそんなにノホホンとして、あ、あまつさえキャラメルなどと!」
「いらないの?」
「いや、貰う」
諏訪子がポケットから出したのは、もちろん一粒で三百メートル走れるあのキャラメル。神奈子はそれを貰って、包みを取ると口に放り込んだ。
ほわん、と神奈子の表情が柔らかいものに変わる。
「落ち着いたかー」
「ああ、済まなかったな。どうも早苗の事になると頭に血が上って」
「ならば良し。んで、どうなんだ?」
「どうも早苗は、その〝香霖堂〟にちょくちょく入り浸っているらしい。私は心配だよ、保護者である私が言うのもなんだが、早苗は器量良しだ。たぶん、親の欲目を取り払っても、世界の至宝と呼んでも差し支えないぐらい可愛い。一つ間違えれば、早苗の可愛さの所為で世界大戦が起きてしまうかもしれないほどのキュートさだ。いや、恐らく早苗の鼻が三センチ低ければ歴史が大きく変わっていたに違いない。あと少し幻想郷に来るのが遅ければ、芸能界にスカウトされて、今頃は世界のトップアイドルになり、文化の無い宇宙人との戦いで重要な役割を果たし、宇宙へと羽ばたいていただろう。そんな早苗が男と会っているんだぞ? 間違いが起こってからでは遅いんだ! いや、間違いなぞ絶対に私は起こさせない! 早苗に下心を持った男が居たとしたら、スケベニンゲンと書かれたプラカードを首にかけ、オンバシラに吊るしてやる! 早苗に手を出す事の恐ろしさを教育してやる! 二度と喋ったり笑ったりできなく」
「キャラメル食べる?」
「ああ、頂こう」
まるで先任軍曹の様な〝戦闘用のツラ〟をしていた神奈子は、諏訪子からキャラメルを貰い、食べる。
すると、憤怒の表情を浮かべていた荒魂は、ぽかぽかほんわかした和魂に戻った。
「落ち着いたか?」
「うむ、続けよう」
神奈子は、再び説明を続けた。
怒ってはキャラメルで宥められての繰り返しなので、地の文で解説をすると、どうやら神奈子は香霖堂に入り浸っている早苗が心配のようだ。
そのようなわけで、できるだけスマートな形で、早苗に香霖堂通いをやめさせるにはどうしたらいいのかを、神奈子は諏訪子に相談しに来たのである。
「そんなの簡単じゃん」
諏訪子は事も無げに言った。
「ど、どうするんだ?」
神奈子は、あまりに諏訪子が簡単に解決策を出して来たので、戸惑いながらも国津神に尋ねる。
「香霖堂を地上から消せばいい」
「おお」
「納得するな」
膝を叩いた神奈子の頭に、諏訪子のピコピコハンマーが振り下ろされる。
ピコ、という良い音がした。
「良い方法だと思うんだが」
「良くない良くない。そんな事をすると祟り神か邪神って認定されて、未来永劫封印されるよ」
「早苗の為に私は一つの炸薬になりたい」
「なんなくて良いから、だいたいそんな事になったら早苗も悲しむよ」
「う、ううむ」
洩矢諏訪子は伝家の宝刀を抜く。〝早苗が悲しむ〟は二人にとって、水戸黄門の印籠だ。
一つ石積み早苗の為、二つ石積み早苗の為。それを思えば、早苗が悲しむ近視眼的愚行など、二人が行えるはずもないのだ。
諏訪子の一言によって〝香霖堂消滅計画〟は永久凍結と相成った。
「なら、どうすればいいんだ」
「いや、早苗に聞けば良いじゃん。香霖堂に何しに行ってるのー、って」
「それで〝凄いエッチな事してます〟と早苗が言ったら、私はどう対処すればいいんだ?」
「そん時は〝ぐへへへ、じゃあ実際にどんな事をシてるのか、私に教えて貰おうか〟って、返せばいいんじゃない?」
「破廉恥だ!」
「おまえがな」
どうにも話は平行線を辿る。
厳密に言えば、平行線になっているのかどうかも危ういが、ともあれこのままでは話にならない。そう考えた諏訪子はポッキー(まるまる一箱)を神奈子に差し出した。
「……いいのか?」
「うん」
神奈子が目を見開く。
幻想郷でブルジョワの菓子として知られるポッキーは、滅多に食べられぬ菓子である。
神奈子が普段食べているお菓子と言えば、小さなヨーグルトにうまい棒、よっちゃんイカやさくら大根、きなこもちにチロルチョコや5円チョコと言った所だろう。
そんな貧弱なおやつライフを送っている神奈子にポッキーは刺激が強すぎたようだ。天津神は、恐る恐るポッキーを取り出すと、一心不乱にカリカリとリスのように食べる。
「それで、ポッキーを食べながらでいいから、私の話を聞いてくれるか?」
諏訪子の問いに神奈子は、ポッキーを食べながら頷く。
「アレだ。神奈子が早苗を心配する気持ちは分かるんだ。けどさ、神奈子はもっと早苗を信じてみたらどうだろう? 早苗はさ、いま凄い早さで成長しているよ。男子三日もあれば刮目してみよってことわざがあるけど、早苗は今そんな感じだ。この幻想郷で色んな事を経験して、体験して、大人になっていく。何百年も成長の無い私には眩しいくらいさ……だからさ、今は信じてあげようよ、早苗の事を」
神奈子がポッキーを食べていて喋れない内に、諏訪子は自分の主張を言い切った。
信じて見守る。
それが現状の諏訪子のスタンスだ。
ちょっかいぐらいは掛けるけど、過保護にはしない。
なぜならば、洩矢諏訪子は東風谷早苗を信じてるから。
早苗であれば、どんな困難も踏破する事が出来ると信仰しているから。
だから、見守るのだ。
「……なるほど」
ポッキーを食べながら聞いていた神奈子も、深く頷いた。
それを見て、諏訪子は良いこと言ったと、してやったりな表情を浮かべる。
「確かに早苗も大人になったのは間違いないな」
「だろ?」
「うむ。明らかに胸もよく出ているし、尻の肉付きも良くなってきた」
「あー、でもやっぱり私は、腰のくびれ。これだと思うね。子供の寸胴体型から、腰にくびれが出てくるとザ・大人って感じがするよ」
「ふむ。やはり自分にないものは羨ましいか?」
そう言うと神奈子は諏訪子の腹をつまむ。
「うひゃあ」
突然、腰を触られたので諏訪子は大声を上げた。
「やったな!」
「ああん」
突然、攻められたのに腹を立てた諏訪子が、神奈子の背後に回り込もんで胸を揉みしだこうとする。しかし、神奈子は慌てて四つん這いになって逃れようとした。
「あー、もう逃げるな!」
「や、やめろ!」
四つん這いの神奈子に、その腰を掴んで引き寄せようとする諏訪子、そして、そんな二人を呆然と見守る早苗。
「えっ」
「えっ?」
神奈子が早苗を見つけ素っ頓狂な声を出し、その声に気が付いて諏訪子も視線を上げた。
呆然と二人の神を見て固まる早苗がそこにいる。
神奈子と諏訪子は自分達の姿を、客観的に見てみた。
四つん這いとなった八坂神奈子の腰を掴んで、自分の腰に引き寄せている。それは、どう見ても天津神を後背位で犯す国津神にしか見えない。
「……ごゆっくり」
うやうやしく一礼すると、早苗は本殿から出ようとする。それを二柱の神は慌てて止めるのだった。
「なるほど、誤解だったのですね」
「そうそう、誤解」
「単にじゃれていた。それだけだ」
早苗は「いいんですよ。お二人もそういうお年頃ですし、色々と興味はあるでしょう」と、えっちな本を見つけた理解ある母親の様な態度を取っていたのだが、二人の必死な説得で、事故である事を受け入れてくれた。
なんとなく〝私は大人ですから、そういう事にしておきます〟という、嫌な方向で理解してくれている可能性も捨てきれないが、二柱の神は、あえてその可能性を無視する事にする。
「いやー、なんか神奈子が生意気だからさ」
「それは諏訪子の方だろう」
「お二人とも、本当に仲がよろしいですね」
だから、適当に場を暖めると諏訪子は神奈子にアイコンタクトを送った。
(それじゃ、早苗から〝香霖堂〟についての話を聞いてみたら?)
(ああ、分かった)
(当たり前だけど、さっき話していたエロイ質問は禁止だぞ)
(分かっている)
(間違っても、セとかSの付く単語とか言うなよ)
(当たり前だ。私を誰だと思っている)
(理解しているから不安なのだが)
(信用がないな。しかし、それは置いておいて腹が減ってきた)
(そういや、晩御飯なんだろうね)
(河童がイワナを献上してきたから、それじゃないか)
(うーん。そろそろ獣肉食べたい)
(しし肉とかか?)
(いや、信州牛とか)
(あー、食いたいな)
二人のお腹が〝くう〟と鳴った
「ふふ、そろそろご飯にしますね」
神奈子と諏訪子が腹を鳴らしたのを見て、早苗が食事の支度をしようと席を立とうとする。
「ああ、ちょっと待ってくれないかな。神奈子が聞きたい事があるんだって」
「はい? なんでしょう」
早苗が座りなおした。
同じく神奈子も座り直す。
一方、諏訪子は、二人が姿勢をただしたのを見てごろんと横になった。
「早苗に一つ聞きたい事があるんだが、最近よく行く店があるらしいじゃないか」
「香霖堂の事ですか?」
「うむ。その香霖堂の店主だが……聞いた話だと、男であるらしいじゃないか」
「ええ、霖之助さんは男ですよ?」
「名前で呼んでるのか!」
神奈子は、大声を上げると立ちあがった。
早苗も少しびっくりしたのか、目を見開いて神奈子を見上げている。
「な、な、名前で呼ぶのは特別な事なんだぞ! 特別な関係だ、いけない、早苗が男を名前で呼ぶなどとは……この世の終わりだ!」
「神奈子! キャラメルだ!」
「うまうま」
あっさりと神奈子は落ち着いた。
幸せそうな神奈子の顔を見て、諏訪子は深いため息をつく。
「で、早苗はどうして霖之助というのを名前で呼ぶようになったんだ?」
しばらくは使い物にならない神奈子に代り、諏訪子が早苗に聞いた。
「はあ、霊夢さんがそう呼んでいたのでなんとなく。魔理沙さんは香霖と呼んでいましたが、そちらは呼び捨てっぽいので……森近さんだとなんだか他人行儀過ぎますし」
「つまり、特別な感情は持っていないという事かい?」
「はい、ぜんぜん」
「なら、どうして香霖堂に通っているのか聞いてもいいか?」
ここでようやく復活した神奈子が割り込む。
「やはり外の道具は懐かしく、それに便利ですから。あと、あの店は霊夢さんや魔理沙さんが居る事も多いですし」
「それだけか?」
「はい」
そこまで聞いて、神奈子は胸を撫で下ろした。
香霖堂に関する疑惑も、ここまで念入りに確認すれば問題はないだろう。
「それじゃあ、早苗はヤってないんだな?」
そう言って八坂神奈子は笑顔を浮かべると、人差し指と中指の間に親指を挟んで握りこぶしを作って早苗に見せる。
それはとてもとても良い笑顔であった。
確かに、諏訪子はエロい事を聞くなとは言ったし、セとかSが付く単語を口にするなとも言ったが、エロいジェスチャアはするなとは言っていない。
しかし、これは無い。
諏訪子は、思わず顔を覆い、チラリと早苗の方を盗み見る。
早苗は、笑顔だった。
その後、早苗は一週間の間、神奈子と口を利かなかったという
了
大笑いはなかったけど、始終にやけながら、くすくす笑っていましたから。
しかし残念ながらエロジェスチャアの意味は分かってしまった。
分かってしまったからこそ、突っ込みたい。
「神奈子、そのジェスチャーはやっちゃだめwww」
そして最後に、このそそわに綺麗な人がいること願っています。
天津神の可愛らしさにめろめろですね。
諏訪子のピコピコハンマーが振り下ろされる。 「ピコ、という良い音がした。」
「もふっ、という音がした。」に勝手に脳内変換したら笑いが止まらなくなってきた。
駄菓子屋なんて何年間行ってないだろう。ちょっと今日帰りによってくるわ。
「ヤってないんだな?」という言葉と早苗の笑顔も面白かったです。
国津神=土着神のこと
土着神を滅ぼしたのが天津神だ
それにしても早苗さんのほうが年上のように思えるのは何故だろうか
キャラメル買ってプレゼントしたいくらい可愛い!!
モデルでしかない。故に国津神かどうかは分からない。
いいオチだ。超笑ったw
気に入った、ウチに来て好きなだけ私を嬲ってくれていいぞ。
>>「うまうま」
ここで爆笑しましたw 何この神様、超可愛いw
スサノオというか、三貴子は天津神だったような。
まあその子孫の大国主は国津神だけど…っとコメレス失礼。
二柱のモデルやらの話は余所でやろうぜ
建見名方「親父殿。コイツに何言ったって無駄だ」
八坂刀売乙女(神奈子)「主婦の嗜みです」
的な会話が想像されましたwww
つ【キャラメル】
軽妙さに終始ほころびっぱなしでした。
だがそんなダメな神奈子もいい。
このすわかなの関係は、俺の理想に近いなあ。