※この作品は"私が私であるために"と連動作品になっています。
出来れば"私が私であるために"からお読みください。
0.序
失速、続いて頭部に衝撃を受けた私はその場に倒れ込んだ。
箒を杖代わりにして立ち上がり、ぷるぷると首を振りながら目の前を見て思わず呟く。
「やば……」
そこには霊夢が倒れていた。
もちろん、衝撃を受ける前の視界には霊夢が映っていたのだから、霊夢以外が倒れているはずもないのだが。
このままここに居たら、霊夢が目を覚ましたとき何を言われるのかは想像がつく。
ならば選択は1つ、ここは1度その場を離れ、後日何食わぬ顔で現れて白を切るのが一番だろう。
答えが決まった瞬間、霊夢には悪いと思いつつ、私は箒にまたがり神社から飛び立った。
しかし何故だろう、と空を飛びながら私は思う。
こんなことは今まで1度もなかった、突然箒が言うことをきかなくなり失速するなんて。
いや、おそらく箒に問題はなく、問題があるのは私自身だったんだ。
そもそも箒は好きで使っているだけで、箒がなくても空は飛べるのだから。
とそのとき、ぐらりと視界が歪み、そのまま私の目に映っていた世界は暗転した。
1.見知った天井
目を覚ますと、そこには見覚えのある天井が広がっていた。
だが、そこがどこかを思い出すことはできなかった。
「魔理沙、目が覚めた?」
聞きなれた声が横から聞こえてきたので、声のしたほうに顔をむけるが、そこには私が知らない1人の少女がいるだけだった。
肩まで伸ばしたブロンドの髪と、人を惹きこむような青くて澄んだ目をしている少女は、笑顔を向けながら私を見つめてくる。
知らない……。
知らないのに、知っているような気がする。
混乱。
今の私の心の中を表すのなら、それが1番合うだろう。
だから、次に私が紡ぎだす言葉はごく自然なものだったとおもう。
「誰なんだ……」
「何言ってるの魔理沙、私はアリスよ、アリス・マーガトロイドよ」
私の言葉に、アリスと名乗った少女の顔から笑顔が消えた。
代わりに、冗談でしょ?とでもいわんばかりの不安そうな表情を見せる。
「魔理沙……」
「なあ、その魔理沙っていうのは一体誰のことなんだ?」
「?!」
不安そうな表情の中に怒りの表情が芽生える。
「何言ってんの! あなたは霧雨魔理沙、この魔法の森に住んでいる魔法使いでしょ!!」
「魔法使いってお前、そんなもの居るわけ……」
私はそこまで言って、言葉を詰まらせた。
何なんだこの感覚は、私は今アリスが言った言葉を受け入れていた。
始めはその存在を否定しようと思っていたのに、それは一瞬のことで、すぐその存在を受け入れていた。
「もう少し詳しく教えてくれないか」
「……」
「おい、お前」
「……お前とか言わないでよ」
アリスの表情から不安と怒りは消え、そこには悲しみの表情だけが残っていた。
「……」
「……」
言葉はなくなり、どちらともなく黙りこむと部屋の中は静寂に包み込まれる。
だが、その静寂はアリスが口を開くことですぐにやぶられた。
「説明はするわ、でも時間を頂戴」
「分かったよ、んーと……」
私がアリスのことをどう呼ぼうか迷っていると、
「『アリス』、魔理沙は私のことをそう呼んでいたわ」
何を考えているのか分かったのか、アリスはすぐにそう言ってきた。
「ああ、待つよアリス」
その言葉を聞いて、幾分か安心した表情を浮べながら、アリスは部屋を出て行った。
2.静止した時の中で
どれくらい時間がたっただろうか、私はベッドの上で寝転がりアリスが帰るのを待っていた。
始めは何か思い出さないかと色々考えていたが、さすがに情報が少なすぎることもあり進展はまったくなかった。
今分かっているのは、私が魔法使いでこの森に住んでいること、そしてアリスも魔法使いだということ。
少ない、あまりにも情報が少ない。
そう思った私は、記憶以外に別段問題なかったこともあり、この家を物色して情報を得ようとした。
しかし、他人の家を物色するのはどうかと思い、その考えを押しとどめる。
押しとどめたのだが、何故か物色したいという欲望はその後も残っており、体はうずうずと落ち着きをなくしだす。
ベッドの上で周りを見渡したり、足を組み替えたりしていたが、体のうずきの限界は直ぐに訪れた。
だめだ、我慢できない。
そう思いベッドから立ち上がったそのとき、
「ただいま魔理沙」
突然の声。
私は驚き、すぐさまベッドへと戻り、声の主が部屋に来るのを待った。
「あれ、魔理沙寝ちゃったの?」
私は自分のしようとしたことが後ろめたく、ほいほいと顔を上げることができなかった。
「魔理沙……」
アリスがそう呟くと同時に、ギシリとベッドのスプリングが軋む。
予想外の出来事に私の胸の鼓動は跳ね上がる。
私とアリスは一体どういう関係なんだ!
自問自答するがその答えがでることはなかった。
さらりと前髪がアリスの手ですくわれる。
その手はそのまま私の頬に触れ、
「あいたたたた!!」
つねられた。
「起きてるでしょ!」
これまた予想外の攻撃に、私はがばりとベッドから起き上がる。
「何す……」
「あっ……」
起き上がった私の目の前にあったのは、アリスの顔。
いやそれは問題じゃない。
近い、近すぎる。
なのに、私は硬直したまま動けなかった。
それはアリスも同じなのか、アリスもまったく動かなかった。
ただ分かったのは、アリスの頬が若干薄紅色に染まっていたことだろうか。
「ごめんなさい」
先に動いたのはアリスで、ベッドから離れたアリスは、近くにあった椅子を引き寄せると、椅子に座わり言葉を続けた。
「それじゃ、説明しましょうか、この幻想郷のことを」
「幻想郷……」
どこか懐かしいその名に浸る暇もなく、アリスは説明を始めた。
3.幻想郷
「だいたいそんなところね」
アリスの説明が終わった後、私は思わず頭を抱えた。
それもそのはずだ、普通に考えたらありえるはずのないこと。
説明を聞こうが納得するわけがない。
なのに、何でだ!
アリスの説明を私は受け入れていた。
そういうものなんだと、理解してしまっていた。
だが、話を聞いただけでは、記憶は戻らなかったようだ。
説明を受け入れ、理解しているのに、記憶が戻らないなんて。
私はがっくりとうな垂れる。
「これからどうしよう……」
ふと、弱気なことを呟いてしまう。
「何いってんの! そんなの魔理沙らしくないわ!」
「だ、だってさ!」
「魔理沙なら、記憶がなくなっていようが、自分のしたいようにするはずよ」
「そ、そうなのか」
「ええ、記憶がなくなる前のあなたならそうしたはず」
アリスの言葉が嬉しかった。
確かに落ちこんでいるよりは、何か行動を起こした方がいいかもしれない。
「ありがとうアリス!」
私はアリスにお礼をいうと、とりあえず自分の家に帰ることにして、すぐさまアリスの家を出た。
が、出た後にすぐ足が止まる。
「そそっかしいのは変わってないようね」
「ははは、私の家どこだっけ」
と乾いた笑い声をだした後、アリスの声がするほうに振り返りそう聞いた。
「こっちよ」
アリスはそれだけ言うと、先に進みだす。
「おいおい、置いてくなよ」
そんなことを言いながら、足早でアリスの横に並ぶ。
「私の家ここから近いのか?」
「ええ、そんなに遠くはないわね」
「そうか、それはよかった」
「ん?」
アリスは私の言葉に不思議な顔する。
初めに比べて落ち着いてきたとはいえ、まだまだ心の整理はついていなかったのだ。
だから、アリスを頼っているなんて、言えるはずもなかった。
4.記憶の扉
「なんだ、この汚い家」
「あなたの家よ」
まさか自分の家の中をみて、驚くことになるとは思わなかった。
外見はまだいいにしろ、家のなかはとんでもないことになっていた。
散らかった本、本、本。
手に取って本を見てみるが、何を書いているのかさっぱりわから……
ないと思っていたのに、理解できた。
今手に取っている本は、パチュリーが書記した魔法書。
パチュリー?
あれ、なんで……。
パチュリーのことはアリスに聞いていたが、話を聞いただけでパチュリーのことを思い出すはずもなかったのだ。
なのに、この本を手に取ったとき、パチュリーの姿が私の脳裏に蘇った。
「なあ、アリス」
「どうしたの魔理沙?」
「パチュリーのこと思い出したかも」
「え?!」
「ちょっと、パチュリーの前に私を思い出しなさいよ!」
「いや、そんなこと言われても……」
思い出したとは言っても、パチュリーの姿形をふと思い出しただけで、どんな奴かまでは思い出せていなかった。
「な、何がきっかけになったのかしら」
などと口に手を当ててぶつぶつ言っている。
「これかな」
だからは、私は手に持っている魔法書をアリスに見せた。
「まさか……」
「な、なんだよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
そういうや否や、アリスは床に転がっている本をいきなり漁りだした。
こう、本人には悪いんだが、四つんばいで本を漁るアリスのお尻はエロかった。
ちょっと触っちゃおうかなぁ、とか思ったが、触ろうとした寸前に、アリスが立ち上がる。
「こ、これ、これ持ってみて!」
そしてすごい勢いで何かの本を渡そうとするので、その本を受け取った。
「……」
「ど、どう?」
「これは、アリスの魔法書だな」
「え、そ、それだけ?」
「ああ、それだけだ」
「はぁ~、記憶の糸口になると思ったんだけどなぁ」
がっくりとうな垂れるアリスを見て、少し罪悪感が生まれる。
実を言うと魔法書を持ったとき、アリスのことは断片的ではあるがかなり思い出していたのだ。
そう、今みたいに、アリスは私が記憶をなくす前からこんな奴だった。
そして、私はそんなアリスを好きだったんだ。
多分アリスも。
だが、今それは言うべきではない。
何故そう思ったのかは自分でも分からなかったが、そう思ったから、だから今は言わないことにした。
「よし、とにかくこんな汚い家には住みたくない、掃除しよう」
「それがいいわね」
「アリス、手伝ってくれるんだろ?」
「え、なんで私が……」
「なあ、頼むよ~」
「うっ、分かったわよ」
私がちょっと手を合わせてウィンクしただけで、アリスはあっさり落ちた。
よしよし、アリスの扱い方を少し思い出してきたぞ。
などとそんなことは思っていたが、実際アリスのことを思い出して、かなり安心感を覚えていたのも事実だった。
5.魔法使い
アリスが手伝ってくれたこともあり、掃除はすぐ終わった。
別段ゴミがあるとかじゃなく、本が散らかったりしていただけだったので、本を片付けたら、かなり綺麗になったのだ。
掃除が終わると、アリスは、
「何かあったら私の家に来なさいよ。時間とか気にしなくていいから」
それだけ言って、自分の家へと帰っていった。
アリスが帰った後、一人になって寂しさを感じたが、アリスの帰り際の言葉もあって安心していたこともあり、片付けられた魔法書を手に取り色々と読んでみた。
中には自身で書いた魔法書もあったが、自分で書いてるものは何故かすぐ思い出せたので、アリスとパチュリーの魔法書を読むことにした。
本を読んでいてふと思う。
あれ?
魔法のことを思い出したはいいけど、使えるのか?
一度気になりだすと、本を読むことに集中できなくなり、結局試すことにした。
外に出て魔法書に書いてあったことを思い出す。
意識を集中し……魔力を体全体に流す……。
そのとき、ふわりと自分の体が浮いたのが分かった。
どうやらやり方も体が覚えていたようだ。
何度か試しているうちに、かなり自由に飛べるようになった。
よし、ならば次は、と私はある言葉を叫ぶ。
アリスに教えてもらったこと。
そうこの幻想郷で主流になっているという弾幕勝負。
「恋符、ノンディレクショナルレーザー!!」
既に日が落ち暗くなっていた夜の空に、5本のレーザーと星がキラリキラリと舞った。
6.一人の夜
飛べることとスペルカードが使用できたことに満足した私は、家に戻り一息ついていた。
ランタンの光をたよりに、魔法書を読み漁る。
結局人物に関しては、アリスとパチュリーのことしか思い出せなかったが、魔法の知識はどんどんと思い出していった。
いや思い出すというよりは、また知識として身に着けていただけで、思い出すというのとは違っていたかもしれない。
どれくらい魔法書を読んでいただろうか、さすがに眠気を感じランタンの灯を消し、ベッドの中にもぐりこむ。
……。
……。
静かだった。
時折私が動いて、布団の衣擦れの音がするくらいだ。
魔法書を読んでいたときには気づかなかったが、改めて一人になった寂しさを感じる。
寝よう寝ようと思っても、一度感じた寂しさはなかなか拭えなかった。
限界だった。
なぜこうも不安になるのか。
私は布団から起き上がり家の外にでると、すぐにアリスの家へと走りだす。
昼間に近いということを聞いておいてよかった。
もし、アリスの家が遠いものなら、私は寂しさで押しつぶされていただろう。
数分走ったところで、アリスの家が見えてきたので、さらにスピードを上げてドアまでかけよると、アリスの名前を呼んだ。
「アリス!! アリス!!」
不安だった。
何時でも来いとは言っていたが、本当にこんな時間にきてよかったのだろうか。
そんなことも考えたが、ドアはすぐに開けられた。
「魔、魔理沙どうしたのよ?!」
私のいきなりの来訪に、アリスは驚いた顔つきで見ながらそう聞いてきた。
「あ、いや」
言葉に詰まる。
「とにかく落ち着きなさい」
「あ、あぁそうだな」
アリスが出てきてくれたことと、掛けてくれた言葉で、私はすぐに落ち着きを取り戻した。
「……」
だが、言葉がでない。
「何があったの?」
「……」
「力になれることなら、すぐ力になるけど」
「……」
ただ寂しかっただけなんて、言えなかった。
「……」
「……」
私が何も言わないことで、アリスも何も言えなくなったのか、おろおろ焦りだす。
だめだ、このまま何も言わないままだとアリスに迷惑をかけてしまう。
私は意を決して言葉を放った。
「さ、寂しい」
「え?
「寂しかったからアリスの家に来た」
「へ?」
私の言葉にアリスは理解できない、というような表情をしながら、え、とか、へ、とかしか言葉を返さない。
「だ、だから寂しいからアリス一緒に寝てくれよ!!」
「は、な、何言ってるのよ魔理沙!!」
「いや、だから一緒に寝てくれって」
「い、一緒に寝るだなんてそんな!!」
こ、こいつ盛大に勘違いしてやがる。
「ちょっと落ち着けよ!」
いつの間にか、立場が逆転していた。
「はっ?! そ、そうねごめんなさい」
「私はただ、一緒に寝たいって言っただけなんだ。その……一人が嫌なんだよ」
切実な願い。
「そうだったのね。それくらいならお安い御用よ。むしろ歓迎するわ」
「ああ、お願いするぜ」
落ち着きを取り戻したアリスは、私の真剣な表情を見て、何を伝えたかったのかをすぐに理解してくれた。
だが、最後の一言は余計だったとおもう。
私はアリスに促されながら家に入ると、そのまま寝室へ向かった。
7.そして二人の夜
「アリス」
「何?」
「狭い」
「しょうがないでしょ一人用のベッドなんだから……」
「じゃあ、落ちないようにもっとくっついた方がいいな」
そういいながら、狭いベッドの中をもぞもぞと動き、アリスとくっつくほど近づく。
「暖かいな」
「そりゃそうでしょ」
アリスは平静を装っていたが、心音の速さがあがっていたのはくっついたことで丸分かりだった。
そっと目を閉じて、その心音を聞く。
一人じゃない。
それが嬉しかった。
隣に誰かいてくれるだけで、いやとなりに居たのがアリスだったから、安心を手に入れることができた。
私はその居心地のよさにいつの間にか眠りに誘われていた。
8.思い出すべき記憶
朝起きると、アリスはまだ気持ちよさそうに眠っていた。
私はアリスを起こさないようにベッドから起きると、布団を掛けなおし外に出る。
既に日は昇っている時間のはずだが、さすがに森の中というだけあり、木々の間から光が刺しているくらいで、そんなに明るくない。
かといって、暗いわけでもなく、時折木々の少ない場所から大量に太陽の光が差し込んでいた。
私はその光が差し込んでいる場所まで移動して、空を見上げる。
そして飛んだ。
既に昨日の時点で、飛ぶという好意は歩くという行為に近いほど、自然なものとなっていた。
空を飛びながら、周りを見回す。
アリスは幻想郷のことを説明するとき、必要ではない部分、ここが綺麗だとか、一緒に行ったことがあるとか、そんなことも言っていたが、本当に綺麗な所だった。
まさに幻想という名が相応しいかもしれない。
「魔理沙どこー?」
そのとき、下の方からアリスの声が聞こえてきたので、
「おーいアリス、ここだよ」
と声を掛けると、すぐにアリスが私のところまで来た。
「ちょっと魔理沙、外にでるなら声かけてよね」
「ああ、悪い悪い」
「って、何で飛んでるの?!」
「いや、飛べたから」
私がそういうと、アリスは少し呆れたような顔する。
「昨日私が帰ってから何があったのよ」
なんかよく分からないが、昨日あったことを説明した。
魔法書を読んだことや、飛べるようになったこと、スペカも使えるようになったこともだ。
「なるほど、魔法に関しては問題ないようね」
「ああ、そうみたいだ」
「それなら、やっぱり後は記憶だけか……」
私の記憶に対するアリスの考えは、一日付き合ってもらっただけで分かった。
だからこそ、確認したかった。
「なあアリス、私は記憶を絶対取り戻した方がいいのか?」
「え、魔理沙は記憶取り戻したくないの?」
「いや実はな、もう記憶は無理に取り戻さなくてもいいと思ってるんだ」
「なんで……」
私の言葉に、アリスは少し悲しそうな顔をする。
「アリスは、記憶がなくなる前の私じゃないといけないのか?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「だろ、なら無理に「でも!」」
私の言葉をアリスが遮る。
どうしてアリスは、そこまで私の記憶に拘るんだろう。
何を思い出さなければいけないんだ。
考えてみるが、そんなことで記憶が戻るわけもなかった。
「ごめん魔理沙、でも私は……」
「分かったよ。私はどっちでもいいと思ってただけで、誰かに記憶が戻ることを望まれるなら、戻るように頑張るさ」
「魔理沙……」
「だから、そんな顔するなって」
私はそう言いながら、そっとアリスを抱き寄せた。
8.竹林
「おかしいなぁ、この辺だとおもったんだけど」
などと独り言を言いながら、竹林の中をうろうろするアリスを私はじっと後ろから見ていた。
あの後記憶を取り戻すためにどうすればいいのか話し合った結果、永遠亭にいくことになったのだ。
話によると、その永遠亭とやらには腕のいい医者が住んでいるらしい。
多分、昨日聞いた話にも出てきた永琳てやつだろう。
「おーい、アリス分かりそうか?」
「んー、ごめん、迷った」
「そうかそうか、ってちょっとまて」
ナチュラルに迷ったとか言われて、一瞬言葉を理解するのを脳が拒否した。
「大丈夫大丈夫」
「迷ってるのに大丈夫なのかよ」
「ええ、私は永遠亭を見つけようとしてるんじゃないしね」
「どういうことなんだ?」
「大丈夫、きっと会えるわ」
そんなことを言いながら、またうろうろしだすアリス。
会える?
アリスは誰かに会おうとしているのか。
とそのとき、私の耳に話し声が聞こえてきた。
「アリス」
「どうしたの魔理沙?」
「いや、あっちのほうから話声が聞こえるんだけど」
「え、うそ」
私の話を聞いた後、アリスは目を閉じ、話し声がするほうに耳を向ける。
「……」
「……」
『え…、お願…』
『…あ、わか…た…』
「ほんと、聞こえる!」
「な、聞こえただろ」
「魔理沙いくわよ!」
アリスはそういうと、私の腕を掴んで声のする方へ走り出した。
9.ステージの裏で
「うわほんとに来たよ」
私とアリスが声のしていたほうに行くと、大きなリボンをしているもんぺ姿の女の子が居た。
アリスに説明してもらったときの名前を引っ張り出す。
この女の子の格好、竹林に住んでるっていう妹紅かな。
しかしちょっと待て、ほんとに来たってどういうことだ。
それに、話し声がしていたのに、この場に居るのは女の子一人だけだった。
「こんにちわ妹紅」
「ああ、こんにちわアリス」
「……」
アリスと女の子が話をしているが、私はその女の子が誰か分からず、挨拶をする機を逃してしまった。
「こんにちわ、魔理沙、私の名前は妹紅だ、よろしく」
わざわざ名前を紹介してくるなんて、私が記憶喪失だということを知っているのか?
いや、明らかに知っているだろう。
普通顔見知りの相手に名前なんて紹介しない。
「さてアリス、永遠亭まで案内するよ」
「ええ、お願いするわ」
「まあ、私は輝夜に会いたくないから、案内だけになるけどね」
それになんだ、このスムーズな流れ。
まるで誰かに操られているかのように、話がとんとん拍子に進む。
確かに妹紅が永遠亭までの案内役をしているとはいえ、案内以外で尋ねてくる人だっているはずだ。
何か裏で動いている奴がいる。
それだけは分かった。
だが、どうせ考えたところでそいつが誰だかなんて分かるはずもない。
結局深く考えることもなく、私は妹紅に付いていくしかなかった。
10.賢者は誰がため
「ここが永遠亭だ」
「ありがとう妹紅」
「気にするな、それじゃ私はこれで」
案内が済んだ妹紅は、私とアリスが見送るなか竹林へと消えていった。
妹紅を見送った後、私が永遠亭の引き戸を開けると
「ようこそ永遠亭へ」
銀髪の長髪をした女性に出迎えられた。
その銀髪の輝きは、周りの空気までも輝かせており、その美しさに思わず見とれてしまう。
「こんにちわ永琳」
「こんにちわ、アリス。準備はもう出来てるわよ」
「ええ、お願いするわ」
「さあ、魔理沙こちらへ」
そう言って、永琳は長い廊下を奥へ向かって歩き出す。
話がとんとん拍子過ぎて落ち着かないが、私は永琳の後について歩いた。
そして永琳が歩きながら、突然こんなことを言ってきた。
「話は八雲紫から聞いてる。私でよければ力になるわ」
「え?」
この人なに言ってんだ。
紫?
紫って、あの幻想郷を管理してるとかいう、妖怪八雲紫のことか?
アリスには、紫から助けられたとは聞いていたが、なんで紫が私のために動いていたりするんだ。
「もしかして、八雲紫のことを言ったの不味かったかしら?」
「いや、そんなことはないぜ」
「そう、それならいいんだけど」
「ただ、なんでその紫って奴が私のために動いてるのか気になっただけだ」
何故、八雲紫は私のために動く?
確かに、相手が記憶をなくしていることを既に知っているほうが、説明の手間も省けるし、こっちとしては楽だが……。
いくら考えても、答えが出ることはなかった。
本当は私のために動いてるのではなく、霊夢のために動いていたのだが、このときの私にそれを知る術はなかった。
「さあ、どうぞ」
診察室の前まで来た後、永琳が扉を開き中へ入るように促してきたので、私は中へと進んだが、アリスは診察室の前で残った。
11.記憶と魔法と月の頭脳
「結論から言わせてもらうと、私の力で記憶を取り戻すことはできないわ」
診察室に通された後、私が椅子に座ったのを確認すると、永琳はそう言い放った。
「ああ、分かってるさ」
私は永琳の言葉に別段驚かなかった。
実を言うと、簡単に記憶を取り戻せるなら、魔法を使ってでも取り戻せばいいと考え、その方法がないか魔法書で調べていたのだ。
とは言っても、紅魔館の図書館で調べたのではなく、自分の家にある魔法書だけだった。
しかし、それだけでも記憶、というか脳に関する魔法のことはかなりの種類書記されており、数もかなりあった。
だが、ほとんどは相手の精神をおかしくするだとか、記憶を無くすだとか、攻撃的なものしかなく、記憶を戻す魔法は2つほどしか書記されていなかったのだ。
しかも、その2つの魔法はかなり高度な魔法で、使った後に記憶が戻る保障もなく、どんな副作用がでるかも分からないものだった。
よく考えれば分かることだが、脳というのはそれほど複雑なのだ。
精神をおかしくするのだって、脳神経に魔力を送り刺激を与えることで、精神状態を本人の思っていないようにすることだし、記憶を無くすのだって、脳神経を壊してしまえばいいだけ。
壊すのは簡単だ。
だが、それを直すのはそんな容易いものじゃない。
ただ、私の記憶喪失は他者の魔法攻撃によって壊されたのではないのだから、記憶を取り戻す方法は魔法以外にあるはずなのだ。
だから、ここへ来た。
記憶自体を戻せるとは思っていなかったし、ただ記憶を戻すきっかけや魔法以外の方法を知ることができればいいと思っていたから。
「あんまり驚かないわね」
「はは、これくらいじゃ驚かないぜ」
「それなら遠慮なく続けれるわね」
そう言った永琳の顔は真剣そのものだった。
12.失ったものの大きさ
「さて、まずは記憶に関しての医学的観点だけど……」
永琳が記憶に関して話を始める。
「脳というのは……」
「記憶は、大脳皮質の側頭葉……、そして海馬が……」
「ごめん、難しすぎて分からない」
あまりにも専門用語が多すぎて、何がなんだか分からなくなってきた。
「もうちょっと簡単に言ってくれないか?」
「しょうがないわね、じゃあ簡単に言うわよ」
「ああ、お願いするぜ」
「記憶を直接戻す方法はない。だけど記憶を無くした人の周りの環境による刺激等で、間接的に記憶が戻る可能性はある。魔理沙が今まで関わった場所、紅魔館や白玉楼、妖怪の山に行ってみるのもいいかもしれないわ」
確かに分かりやすかった。
分かりやすかったが、それは一つの未来を示唆することになった。
「記憶は戻らないかもしれない、てことか」
「そうね、でも魔理沙ショックを受けているところ悪いんだけど、私はそれ以外にも気にしていることがあるのよ」
そう言った永琳の真剣な表情はまったく崩れていなかった。
いや、むしろもっと深刻な顔になったかもしれない。
「いいぜ、もう多少のことじゃ驚かない」
「……記憶喪失による、精神的ダメージよ」
「精神的……ダメージ?」
精神的ダメージとか、言われてもまったくピンとこない。
「記憶を失ったことによる感情の変化や、特に喪失感ね」
「喪失感……」
「そう、自分すら分からない恐怖、そして、誰のことも分からなくなって自分は一人になったんだと思う寂しさ」
永琳の言った言葉には、思い当たる節がありすぎた。
昨日の夜に襲われたあの喪失感。
一人による恐怖と、寂しさ。
「ダメージがないにこしたことはなかったんだけど、その様子じゃ思い当たる節があるようね」
「……」
何も言えなかった。
もし、アリスに出会ってなければ一体どうなっていたんだ。
「それじゃ、薬を処方するから、それを持っていきなさい」
「薬で治るのか!!」
永琳の予想外の言葉に思わず食いついていた。
「残念だけど、処方する薬はそういう精神状態になっとき、一時的に症状を抑えるだけで完治はしないのよ」
「そ、そんな」
一筋の希望、しかしそんな希望は脆くも一瞬で崩れ去る。
「そんなに落ち込まなくていいじゃない」
「は? そんなこと言われて落ち込まないやつなんていないだろ!」
「ちょっと落ち着きなさいよ」
「落ち着けだと?! そんなこと言われて落ち着けるわけないじゃないか!!」
混乱していた。
椅子から立ち上がり、呼吸を荒げながら永琳に攻め寄る。
「どうしたのよ、魔理沙!」
そのとき、大声が外まで響いていたのか、診察室にアリスが入ってきたが、私はそのことに全く気づかなかった。
「ちょっと魔理沙、魔理沙ってば」
「永琳、なんとかならいのかよ!!」
「魔理沙、魔理沙ってば!!」
心音が響く。
私以外の心音だ。
昨日の夜私に安心を与えてくれた、あの音。
その音が響いてきたとき、私は自分が取り乱していることに気づき、少しずつ落ち着きを取り戻す。
「魔理沙……、魔理沙……」
私の背中で、アリスが泣いていた。
「どうやら、落ち着いたようね」
「ごめん……」
「とにかく、薬は処方するけど、あまり多様はしないように」
「ああ、わかった」
「それと、薬では治らないとは言ったけど、記憶が戻ったときにその症状が改善することもあるのよ。話は最後まで聞きなさいよね」
「迷惑かけちゃったな。本当にごめん」
私はそれだけ言うと、診察室から出ようとする。
そのとき、
「魔理沙、あなたはもっとアリスに感謝するべきよ」
永琳はそれだけ言ってきた。
その後、処方された薬を受け取り、泣いているアリスを落ち着かせながら、帰路についた。
13.変化
永遠亭で永琳に見てもらってから数日が過ぎていた。
永琳に言われたように、私は紅魔館や、白玉楼、妖怪の山にまで足を運んだが、結局記憶を完全に取り戻すまでには至らなかった。
ただ、紅魔館にはよく行っていたのか、断片的に記憶を取り戻すこともあったので、よくアリスと一緒に紅魔館へ赴くようになった。
その紅魔館の主だが、なかなか面白い奴で顔を出すと、たまに紅茶をご馳走してくれたりする。
そういうときは必ずパチュリーや咲夜、フラン、美鈴までもが一緒にお茶をするのだが、あるとき門番とかしないでいいのか?と聞いたら、
『門番なんて、あってないようなもんだし』
『お、お嬢様ぁ!』
などと面白い漫才を繰り広げてくれた。
もし記憶が戻らなくても、私は紅魔館の連中とは上手くやっていけるんじゃないのかなと思う。
ただ、もう一つの記憶による精神的ダメージは回復することなく、私は毎夜喪失感に襲われ、アリスの家に行っていた。
だが、その喪失感は一人になり何もしていないときだけ感じるもので、魔法書を読んでいるときなどに襲われることはなかったのだが。
「なあアリス」
「ん? どうしたの」
魔法書を読んでいたアリスが、私の声に反応しこちらへ振り向く。
「紅魔館いこうぜ」
「今もう夜なんだけど……」
「いやいや、たまにはこういう時間にいくのも楽しいだろ」
「しょうがないわね」
アリスが読んでいた魔法書を閉じると、準備を始める。
準備といっても、外していたヘッドドレスをつけ、ケープを羽織るだけだったので、すぐ準備は終わっていた。
「行きましょうか」
私はというと、すでに準備は出来ていたので、アリスが準備できたのを確認したら、すぐに紅魔館へと向かった。
14.譲れないモノ達
紅魔館へついてすぐ、私とアリスは何時もと違う雰囲気に気づいた。
それもそのはず門番の美鈴は見当たらないし、紅魔館のステンドグラスごしに写る妖精メイド達はバタバタと慌てていたのだから。
「何があったんだ?」
「さあ、分からないわ」
そんなことを話しながら、正面入り口から中に入ったとき、中の様子を見て私はその場で凍りついた。
アリスも同様のようで、まったく動けないでいるようだった。
中で繰り広げられていた光景。
それは、何故かぼろぼろになったレミリアと、それに付き添う咲夜と美鈴、どうしていいのか分からないのか、右往左往するだけの妖精メイドの姿だった。
声も出せず、ただその場を見ていることだけしか出来ないでいると、レミリアと目が合った。
「あら、魔理沙こんばんわ」
「ああ、こんばんわ。って、レミリア大丈夫なのか!」
「ええ、見かけほどじゃないわ。周りが大げさに騒いでるだけよ」
そういったレミリアの表情はしっかりしていたし、嘘は言っていないようだった。
「でも、今日はもう魔理沙に付き合う余裕はないみたい。主不在の館だけどゆっくりしていきなさい」
それだけ言うと、レミリアは一人で自室へと向かっていくようだった。
咲夜と美鈴もそれに続くが、
「大丈夫だっていってるでしょ」
などと軽口を聞いてた。
どうやらほんとうに大丈夫のようだったが。
「ゆっくりしていけっていわれてもなぁ……」
「そうよね……」
私とアリスはお互いそう呟きながら目を合わせる。
結局、ゆっくりしていけと言われたが、そういう雰囲気でもなかったしすぐに引き返すことになった。
後で聞いた話によると、どうやらレミリアは紫とスペルカード戦をしたとのことだった。
スペルカード戦であそこまでぼろぼろになるのは珍しいそうだが、まれにそういうこともあるのだという。
お互いよほど譲れないものがあったのだろうか。
私にはその真意を解き明かすことはできなかった。
15.捨虫の魔法
月日は流れ、未だ精神的ダメージは治っていなかったが、生活にもそれなりに慣れてきていた。
むしろそっちに関しては、深刻になっているかもしれない。
自分の家にいることはほとんどなくなり、アリスの家で居る時間の方が長くなっていたのだから。
しかし、今日は珍しく自分の家で魔法書を読み漁っていた。
数少ない魔法書などすぐ読み終えるだろとおもっていたが、意外や意外。
魔法書を読み終えることなどなかった。
それもそのはず、紅魔館へ行く機会が増えたことで、図書館にも足を運ぶようになり、ここの魔法書持って帰ろう、という考えに至るまでそんなに時間はかからなかったからだ。
それに、
『もってかないで~』
何故かは分からないけど、パチュリーのあの言葉を聞くと、逆に持って行きたくなるのだ。
そんな私を見て、
『あんた全然変わってないわ』
と言われたときは、記憶を失う前の私もこんなことやってたのかと思ったが、それをすんなり受け入れている自分が可笑しくも思えた。
私は読み終えた魔法書を棚に戻し、次の魔法書を手に取る。
そのとき、魔法書の間からメモ用紙のようなものが落ちてきた。
そのメモ用紙を拾って、書かれた文字を見たとき、私はその文字に釘付けになった。
そこには、私の文字で、こう書かれていたのだ。
『私は、捨虫の魔法は使わない』
16.思い出すべき記憶2
私はメモ用紙をもったまま立ちすくんでいた。
蘇る記憶。
『魔理沙、捨虫の魔法使わないの?』
『魔理沙、捨虫の魔法使っちゃいなさいよ』
二人の魔法使いに一度づつ言われた言葉。
そして、その二人に対する私の答えは、
『悪いが、私は捨虫の魔法は使わない』
メモ用紙に書かれていた通りの言葉だった。
だが思い出したのは、やりとりした部分だけだ。
何故、私がその答えに至ったかを思い出していなかった。
混乱。
記憶がぐるぐると脳内を駆け巡る。
捨虫の魔法については、記憶を失った後も、魔法書を見て早い段階で思い出していたのだ。
そして数ヶ月ではあるが、記憶を無くしたまま生活をしていた私が出した答えは、
『捨虫の魔法を使う』
だった。
だからこその混乱。
どうして!
なんで!!
記憶を失う前の私は一体、何故使わない答えを選んだ!!!
私はぐるぐる駆け巡る記憶に押しつぶされ、その場にうずくまるしかなかった。
17.アリスの答え
あれからずっとうずくまっていたが、ぐるぐると駆け巡っていた記憶が落ち着きを取りもどすと、今度は押さえつけられていた喪失感が、今か今かと出てこうようとしていた。
私はその喪失感に襲われる前に、アリスの家へと向かった。
そうだ、捨虫の魔法のこともアリスに聞こう。
今の私が昔の私と違うなら、アリスに決めてもらえばいい。
本気でそんなことを考えていた。
それほど混乱していたのだ。
「ア、アリス!!」
「ちょっと、そんなに息切らしてどうしたのよ」
アリスの家についた私は、走ったからなのか、まともに喋ることができそうになかったので、手に持っていたメモ用紙をアリスに突きつけた。
「……」
メモ帳を見て、言葉を無くすアリス。
そしてそのメモ用紙を受け取り、テーブルのところまで移動して、椅子に座るとこう言った。
「とにかく座って落ち着きなさい。話はそれからよ」
私はアリスに促されるまま椅子に座り、少し落ち着いてから、捨虫の魔法について話し出した。
話を聞いた後、アリスは答える。
「魔理沙、悪いけど私にその答えを出すことは出来ないわ。たしかに私は、魔理沙に捨虫の魔法は使って欲しいと思ってる。でもどんな状況であれば、それは自分で決めるべきよ」
アリスの答えはもっともだった。
さらにアリスは続ける。
「でも私は、記憶を失った後だとしても、捨虫の魔法を使うっていう答えをだしてくれたのは嬉しかった。もしかしたら、魔理沙は、捨虫の魔法を使わない可能性と、使う可能性、両方の可能性があったのかもしれないわね」
「そうなのかな」
「ええそうよ。だからこそ私は魔理沙に記憶が戻って欲しいと思った。今の考えがどうあれ、記憶を失う前の考えと合わせてから考えて欲しかったから」
私はアリスのその答えを聞いて、何故記憶に拘ったのかを理解した。
多分アリスは私が捨虫の魔法を使わないと決めていたのに、記憶がなくなったことで、また捨虫の魔法でどういう答えをだすか分からなくなり、もし使う方を選んだときに、記憶を忘れる前の考えと、今の考えの両方を考え、本当にそれでいいのか決めてほしかったのだ。
なにより、私も記憶がなくなる前の考えを知りたくなった。
だから私は、このとき決意した。
自分のため、そしてアリスのために、記憶を戻す努力はできるだけすると。
18.紅霧異変再び
捨虫の魔法の話をした翌日。
私とアリスは、紅魔館へと向かっていた。
しかし、移動途中にその異変に気づく。
空が、どんどん紅く染まりだしていたのだ。
「おいおい、なんなんだこれ」
「……紅霧異変」
私の問いに、アリスはそう呟く。
「これが、紅霧異変なのか?」
「ええ、そうよ」
「なるほど、確かに異変っぽいな」
「ちょっと魔理沙、なんでそんなに楽しそうなのよ」
「え、そうか?」
自分では、楽しそうにしてるつもりはないんだけどな。
「で、どうするの?」
「どうするって?」
「異変解決するのか?ってこと」
アリスはそんなこと聞いてくるが、私の答えは既に決まっていた。
「いんや、解決しない」
「はぁ、なんかそんな気はしてたわ」
「ああ、前回のときは相手のことも知らなかったっぽいし、単純に解決に向かったみたいだからな。今の私はレミリアのことを知っているし少しは分かってるつもりだ。あいつが何も考えなしに異変を起こすはずがない、だから、今回はレミリアの側につく!!」
私のその言葉を聞いたアリスは、なんだか魔理沙らしいわね、という表情をしながら、こう言ってきた。
「じゃあ、行きましょうか!」
19.門番紅美鈴
「魔理沙さん! アリスさん!」
門番まで来たとき、私とアリスを見た美鈴は何時もの柔らかい表情ではなく、
真剣な顔つきで名前を呼ぶと、さらにこう続けてきた。
「やりますか……」
美鈴はすでに戦闘態勢だった。
だから私は言ってやった。
「嫌、やらない」
「へ?」
「今回はレミリアの側につこうとおもってる」
「は?」
しかし、予想外の言葉だったのか、私の言葉を美鈴は理解していないようだった。
真剣だった表情も若干崩れている。
そして、美鈴は助けを求めるかのようにアリスのほうへ視線を向けていた。
そんな美鈴に、アリスはジェスチャーで『そうみたいよ』などと返しているようだった。
「まあ、そういうわけだから」
「そ、それは助かりますが、どうするんです?」
「とりあえずレミリアのところへ行く。どうするかはそれからかな」
「分かりました。それでは私はこのまま門を守っていますので、どうかお嬢様をお願いします」
「ああ、まかせときな」
私はそれだけ言うと、門を通りレミリアの場所へ急いだ。
20.霊夢
美鈴がまだやられていないってことは、まだ異変を解決しに来ている奴がいないってことだ。
紅魔館内もそんなにざわついてはいないようだし。
そんなことを思っていたとき、私はとんでもないものを見てしまった。
「おいおい」
と、思わずそんな声がもれる。
それもそのはず、異変を起こした本人がテラスで優雅に紅茶など飲んでいるところを見れば、誰でもそうなるだろう。
「レミリア!!」
「あら、魔理沙こんにちわ」
「ああ、こんにちわ。じゃねぇ!!」
「そんなに息荒くしないで落ち着きなさいよ」
「わ、わかったよ」
あまりにも落ち着いたレミリアを見て、私はなんだか自分だけが必死になっているのが馬鹿らしくなった。
「で、なんで異変なんて起こしたんだ?」
だから少し落ち着いてきたとき、いきなり核心をついてみる。
「霊夢が来るのを待っている」
「霊夢?」
レミリアの口から"霊夢"という名前が出たが、私には誰か分からなかった。
「ええ、魔理沙、あなたが記憶をなくしたほぼ同時期に、霊夢も記憶を失っているのよ」
「は? 何言ってんだ?」
突然そんなこと言われても、何がなんだか分からない。
「その様子だと八雲紫が手を回していたみたいね。でも、説明したいところだけど、どうやらそんな暇はなくなったみたい」
そう言ってレミリアが指を指すと、その方向に影がいくつか見えた。
「うへぇ~」
私はその影を見て、正直逃げようかと思った。
その影とは、八雲紫、八雲藍、西行寺幽々子、魂魄妖夢だった。
21.決戦紅魔館
「どうやら美鈴もやられたみたいね」
「おいおい、そんなこといってる場合なのか」
「魔理沙、正直言うとあなたがこちらについてくれてよかったわ。こんな戦いにフランを出すわけにもいかないし、パチュリーにも無理させたくなかったからね」
そう言ったレミリアの頬からは一筋の汗が流れていた。
冷や汗?
なんか敗色濃厚な戦いな気がしてきたが、ここまできたら引き下がるわけにもいかない。
「私は八雲紫とやる、残りは適当にやっちゃってちょうだい」
「て、適当って、どうするんだよ」
私がそうやって戸惑っている間に、レミリアは既に空へと舞い上がっていた。
それによく見ると、奥の方では既に、咲夜と妖夢が弾幕戦を始めていた。
ということは、残っているのは八雲藍と西行寺幽々子。
「よし私が八「私が八雲藍とやるわ」」
私の言葉を遮って、アリスが八雲藍の所へと向かっていく。
「ちょ、ちょっと待てー!!」
ありったけの声で叫んだが、弾幕戦が始まっている中声は聞こえるはずもなかった。
「あらあら、魔理沙が私の相手なのね」
そんなことをしているうちに、私の前に幽々子が現れ、扇子で口元を隠しながらそう言ってきた。
レミリアどうよう、私の頬にも冷や汗が流れる。
そう、私はこの白玉楼のお嬢様が苦手だった。
いつもぽやぽやして捕らえどころのない所とか、何を考えているか分からない所がだ。
いや、嫌いってわけじゃないんだけどね。
「しょうがない、やるしかないか」
「よろしく~」
スペル戦前だというのに、この余裕の表情、怖すぎる。
「私はスペルカード3枚提示する!」
「ん~、それじゃ私も3枚でいこうかしら」
「勝負!!」
相手のカード数が提示された後、私はそれだけいうと、空へ舞い上がり、宣言した。
「光符、アースライトレイ!!」
22.終結
私がスペルを宣言した後、幽々子の足元から赤色と青色のレーザーが数本天に向かって伸びる。
そこへさらに3Way星弾と固定星弾を幽々子に向かって発射した。
レーザーの射出間隔は定期的に変更し、そのたびに星弾幕を幽々子に向かって発射する。
自分で言うのもなんだが、このスペルの完成度にはかなり自信があった。
だが、幽々子は器用にレーザーから逃れ、星弾幕をギリギリのところで避けていた。
そのうち時間切れとなり、一つ目のスペル時間が終了する。
避けられたのは仕方がない。
私は気を取り直し、二つ目のスペルを宣言した。
「弾幕はパワーだぜ!! 恋符、マスタースパーク!!!」
宣言の直後、私の持っているミニ八卦炉からは、超極太のレーザーが一定方向に発射された。
幽々子は、それを大きく避ける。
どうやらマスタースパークの超極太レーザーの方をより警戒しているようだ。
だが、それは間違っているぜ。
マスタースパークの真骨頂は、超極太レーザーではなく360度カバーする固定の星弾のほうだ。
その星弾に翻弄されているところに、次弾の超極太レーザー。
案の上星弾に気を取られていた幽々子を、超極太レーザーで追い詰めた。
さすがに、そのスペースで星弾を避けれるはずはない。
そう思っていたのに、
「ど、どこで避けてるんだぜ?!」
あまりの予想外さに驚きの声を上げてしまった。
はっきりいって、あんなスペースで避けている幽々子を褒めるべきだろう。
結局妙な避け方をしていたわりに、のらりくらりとマスタースパークを乗り切られてしまった。
残るスペルカードは1枚。
私は残った一枚のスペルを宣言した。
「魔砲、ファイナルスパーク!!」
一撃目の超極太レーザーを発射したあと、自分の周りに赤色と青色の星弾を配置させた。
そして、超極太レーザーを幽々子の方へ向けて、回転させるが 幽々子はそれを軽く避けていた。
だが、私は焦らなかった。
ファイナルスパークの一撃目は星弾を用意する時点なので、まだ避けやすいのだ。
勝負は二撃目から!!
超極太レーザーの一撃目が終わる寸前に配置した星弾を発射し、それと同時に、二撃目の超極太レーザーを発射する。
私はこのとき勝利を確信していた。
なぜなら、幽々子の位置取りは一撃目を避けたときに既に決まっていたからだ。
あの位置取りでは超極太レーザーは避けれない。
そして二撃目の超極太レーザーが、ついに幽々子を追い詰めた。
勝った!!
そう思った瞬間、
「亡郷、亡我郷 -宿罪-」
幽々子の声が聞こえてきた。
それと同時に、幽々子の周りから赤いレーザーが5本発射され、私の発射した超極太レーザーが少しずつ相殺されていく。
そして、残った星弾すらも、鱗弾で相殺されていった。
23.終わりよければ
結果だけ見れば、私は幽々子に負けた。
まあ普通に考えたら、私は最後のスペルカードまで使っていたし、幽々子はまだまだ余力を残していたのだから、当たり前といえば当たり前だが。
私以外の弾幕戦も既に終わっており、咲夜は妖夢に勝ち、アリスは藍に負けたようだった。
咲夜は、辛勝とまでは行かずともかなり苦戦していたようだし、アリスは負けはしたがかなりいいところまでいっていたようだ。
残ったレミリアと紫の戦いはというと、私がスペル戦を終わらせたときには既に二人の姿はなく、紅霧も晴れていた。
「なあ、私達が戦った意味ってあったのか?」
弾幕戦を終えた後、私がふとそう呟くと、
「ん~、もしかしてあんまり意味なかった~?」
と幽々子がふわふわした口調でそういってきた。
「意味はありましたよ」
しかしそこで咲夜が声を上げる。
「確かに私達の弾幕戦自体には意味はなかったかもしれません。でもお嬢様と八雲紫が一対一で戦える状況が作れたなら、十分意味はあったんですよ」
なるほど、確かに言われてみると咲夜の言っていることは的をいていた。
もし、相手が八雲紫が一人で来ていたら、私が相手していたかもしれないし、その逆もしかりだ。
とにかく戦いが終わり、紅霧が晴れたということは、異変は終了したのだ。
挨拶もそこそこに、私とアリスは帰路についた。
24.八雲紫
弾幕戦を終えた後、アリスの家に戻り休んでいると、突然八雲紫が現れた。
弾幕戦をしてからまだあまり時間も経っていなかったし、八雲紫の顔を見た瞬間ちょっとうんざりした。
「今、お前の顔見たくないんだけど」
「あらら、つれないわね。じゃあさっさと帰るから、用件だけ言うわね」
「はいはい」
どうせ碌なことじゃないだろうとか思っていたが、紫の口はからは予想外の名前が口にされた。
「魔理沙、霊夢があなたと会いたがっているけど、どうする?」
興味はあったが、特別会いたいと思わなかった。
だがふと思い返してみる。
レミリアが霊夢に会うためだけに紅霧異変を起こしていた。
そのことを思い出し、俄然"霊夢"に興味が沸いてきた。
「会ってみたいな」
だから私がその言葉を口にするのは、極自然なことだったと思う。
「そう、それなら何時にする」
どうやら八雲紫は、こちらの意向を優先してくれるみたいだ。
ならばと、私は
「二人きりで会いたい」
と条件をつけた。
25.あなたがあなたでいるために
霊夢と会う約束をした数日後、私は霊夢にあった。
いきなり殴られるわ、散々な態度をとられたが、霊夢に会ってよかったとおもう。
記憶がなくなる前にどんな付き合いをしていたのかはしらないが、そんなもの関係なしに霊夢とは長く付き合っていけると思ったのだ。
記憶に関して少し話したとき、霊夢は考え込むことがあった。
もしかしたら、記憶に関してはまだ何か迷っているところがあったのかもしれない。
だがそれは霊夢自身で解決するしかない。
まあ、自身で解決するという点では私も同じなのだが、私は既に結論を出していたから、記憶に関してはもうそんなに考えることはないだろう。
捨虫の魔法のことをアリスに話したあの夜、私の進むべき道は見えたんだから。
そして私は目を閉じると、あの夜アリスが言った言葉を思い出し、口にした。
「私は魔理沙を信じてる」
「だから魔理沙も、自分の信じる道を進んだらいい」
「あなたがあなたでいるために、か」
出来れば"私が私であるために"からお読みください。
0.序
失速、続いて頭部に衝撃を受けた私はその場に倒れ込んだ。
箒を杖代わりにして立ち上がり、ぷるぷると首を振りながら目の前を見て思わず呟く。
「やば……」
そこには霊夢が倒れていた。
もちろん、衝撃を受ける前の視界には霊夢が映っていたのだから、霊夢以外が倒れているはずもないのだが。
このままここに居たら、霊夢が目を覚ましたとき何を言われるのかは想像がつく。
ならば選択は1つ、ここは1度その場を離れ、後日何食わぬ顔で現れて白を切るのが一番だろう。
答えが決まった瞬間、霊夢には悪いと思いつつ、私は箒にまたがり神社から飛び立った。
しかし何故だろう、と空を飛びながら私は思う。
こんなことは今まで1度もなかった、突然箒が言うことをきかなくなり失速するなんて。
いや、おそらく箒に問題はなく、問題があるのは私自身だったんだ。
そもそも箒は好きで使っているだけで、箒がなくても空は飛べるのだから。
とそのとき、ぐらりと視界が歪み、そのまま私の目に映っていた世界は暗転した。
1.見知った天井
目を覚ますと、そこには見覚えのある天井が広がっていた。
だが、そこがどこかを思い出すことはできなかった。
「魔理沙、目が覚めた?」
聞きなれた声が横から聞こえてきたので、声のしたほうに顔をむけるが、そこには私が知らない1人の少女がいるだけだった。
肩まで伸ばしたブロンドの髪と、人を惹きこむような青くて澄んだ目をしている少女は、笑顔を向けながら私を見つめてくる。
知らない……。
知らないのに、知っているような気がする。
混乱。
今の私の心の中を表すのなら、それが1番合うだろう。
だから、次に私が紡ぎだす言葉はごく自然なものだったとおもう。
「誰なんだ……」
「何言ってるの魔理沙、私はアリスよ、アリス・マーガトロイドよ」
私の言葉に、アリスと名乗った少女の顔から笑顔が消えた。
代わりに、冗談でしょ?とでもいわんばかりの不安そうな表情を見せる。
「魔理沙……」
「なあ、その魔理沙っていうのは一体誰のことなんだ?」
「?!」
不安そうな表情の中に怒りの表情が芽生える。
「何言ってんの! あなたは霧雨魔理沙、この魔法の森に住んでいる魔法使いでしょ!!」
「魔法使いってお前、そんなもの居るわけ……」
私はそこまで言って、言葉を詰まらせた。
何なんだこの感覚は、私は今アリスが言った言葉を受け入れていた。
始めはその存在を否定しようと思っていたのに、それは一瞬のことで、すぐその存在を受け入れていた。
「もう少し詳しく教えてくれないか」
「……」
「おい、お前」
「……お前とか言わないでよ」
アリスの表情から不安と怒りは消え、そこには悲しみの表情だけが残っていた。
「……」
「……」
言葉はなくなり、どちらともなく黙りこむと部屋の中は静寂に包み込まれる。
だが、その静寂はアリスが口を開くことですぐにやぶられた。
「説明はするわ、でも時間を頂戴」
「分かったよ、んーと……」
私がアリスのことをどう呼ぼうか迷っていると、
「『アリス』、魔理沙は私のことをそう呼んでいたわ」
何を考えているのか分かったのか、アリスはすぐにそう言ってきた。
「ああ、待つよアリス」
その言葉を聞いて、幾分か安心した表情を浮べながら、アリスは部屋を出て行った。
2.静止した時の中で
どれくらい時間がたっただろうか、私はベッドの上で寝転がりアリスが帰るのを待っていた。
始めは何か思い出さないかと色々考えていたが、さすがに情報が少なすぎることもあり進展はまったくなかった。
今分かっているのは、私が魔法使いでこの森に住んでいること、そしてアリスも魔法使いだということ。
少ない、あまりにも情報が少ない。
そう思った私は、記憶以外に別段問題なかったこともあり、この家を物色して情報を得ようとした。
しかし、他人の家を物色するのはどうかと思い、その考えを押しとどめる。
押しとどめたのだが、何故か物色したいという欲望はその後も残っており、体はうずうずと落ち着きをなくしだす。
ベッドの上で周りを見渡したり、足を組み替えたりしていたが、体のうずきの限界は直ぐに訪れた。
だめだ、我慢できない。
そう思いベッドから立ち上がったそのとき、
「ただいま魔理沙」
突然の声。
私は驚き、すぐさまベッドへと戻り、声の主が部屋に来るのを待った。
「あれ、魔理沙寝ちゃったの?」
私は自分のしようとしたことが後ろめたく、ほいほいと顔を上げることができなかった。
「魔理沙……」
アリスがそう呟くと同時に、ギシリとベッドのスプリングが軋む。
予想外の出来事に私の胸の鼓動は跳ね上がる。
私とアリスは一体どういう関係なんだ!
自問自答するがその答えがでることはなかった。
さらりと前髪がアリスの手ですくわれる。
その手はそのまま私の頬に触れ、
「あいたたたた!!」
つねられた。
「起きてるでしょ!」
これまた予想外の攻撃に、私はがばりとベッドから起き上がる。
「何す……」
「あっ……」
起き上がった私の目の前にあったのは、アリスの顔。
いやそれは問題じゃない。
近い、近すぎる。
なのに、私は硬直したまま動けなかった。
それはアリスも同じなのか、アリスもまったく動かなかった。
ただ分かったのは、アリスの頬が若干薄紅色に染まっていたことだろうか。
「ごめんなさい」
先に動いたのはアリスで、ベッドから離れたアリスは、近くにあった椅子を引き寄せると、椅子に座わり言葉を続けた。
「それじゃ、説明しましょうか、この幻想郷のことを」
「幻想郷……」
どこか懐かしいその名に浸る暇もなく、アリスは説明を始めた。
3.幻想郷
「だいたいそんなところね」
アリスの説明が終わった後、私は思わず頭を抱えた。
それもそのはずだ、普通に考えたらありえるはずのないこと。
説明を聞こうが納得するわけがない。
なのに、何でだ!
アリスの説明を私は受け入れていた。
そういうものなんだと、理解してしまっていた。
だが、話を聞いただけでは、記憶は戻らなかったようだ。
説明を受け入れ、理解しているのに、記憶が戻らないなんて。
私はがっくりとうな垂れる。
「これからどうしよう……」
ふと、弱気なことを呟いてしまう。
「何いってんの! そんなの魔理沙らしくないわ!」
「だ、だってさ!」
「魔理沙なら、記憶がなくなっていようが、自分のしたいようにするはずよ」
「そ、そうなのか」
「ええ、記憶がなくなる前のあなたならそうしたはず」
アリスの言葉が嬉しかった。
確かに落ちこんでいるよりは、何か行動を起こした方がいいかもしれない。
「ありがとうアリス!」
私はアリスにお礼をいうと、とりあえず自分の家に帰ることにして、すぐさまアリスの家を出た。
が、出た後にすぐ足が止まる。
「そそっかしいのは変わってないようね」
「ははは、私の家どこだっけ」
と乾いた笑い声をだした後、アリスの声がするほうに振り返りそう聞いた。
「こっちよ」
アリスはそれだけ言うと、先に進みだす。
「おいおい、置いてくなよ」
そんなことを言いながら、足早でアリスの横に並ぶ。
「私の家ここから近いのか?」
「ええ、そんなに遠くはないわね」
「そうか、それはよかった」
「ん?」
アリスは私の言葉に不思議な顔する。
初めに比べて落ち着いてきたとはいえ、まだまだ心の整理はついていなかったのだ。
だから、アリスを頼っているなんて、言えるはずもなかった。
4.記憶の扉
「なんだ、この汚い家」
「あなたの家よ」
まさか自分の家の中をみて、驚くことになるとは思わなかった。
外見はまだいいにしろ、家のなかはとんでもないことになっていた。
散らかった本、本、本。
手に取って本を見てみるが、何を書いているのかさっぱりわから……
ないと思っていたのに、理解できた。
今手に取っている本は、パチュリーが書記した魔法書。
パチュリー?
あれ、なんで……。
パチュリーのことはアリスに聞いていたが、話を聞いただけでパチュリーのことを思い出すはずもなかったのだ。
なのに、この本を手に取ったとき、パチュリーの姿が私の脳裏に蘇った。
「なあ、アリス」
「どうしたの魔理沙?」
「パチュリーのこと思い出したかも」
「え?!」
「ちょっと、パチュリーの前に私を思い出しなさいよ!」
「いや、そんなこと言われても……」
思い出したとは言っても、パチュリーの姿形をふと思い出しただけで、どんな奴かまでは思い出せていなかった。
「な、何がきっかけになったのかしら」
などと口に手を当ててぶつぶつ言っている。
「これかな」
だからは、私は手に持っている魔法書をアリスに見せた。
「まさか……」
「な、なんだよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
そういうや否や、アリスは床に転がっている本をいきなり漁りだした。
こう、本人には悪いんだが、四つんばいで本を漁るアリスのお尻はエロかった。
ちょっと触っちゃおうかなぁ、とか思ったが、触ろうとした寸前に、アリスが立ち上がる。
「こ、これ、これ持ってみて!」
そしてすごい勢いで何かの本を渡そうとするので、その本を受け取った。
「……」
「ど、どう?」
「これは、アリスの魔法書だな」
「え、そ、それだけ?」
「ああ、それだけだ」
「はぁ~、記憶の糸口になると思ったんだけどなぁ」
がっくりとうな垂れるアリスを見て、少し罪悪感が生まれる。
実を言うと魔法書を持ったとき、アリスのことは断片的ではあるがかなり思い出していたのだ。
そう、今みたいに、アリスは私が記憶をなくす前からこんな奴だった。
そして、私はそんなアリスを好きだったんだ。
多分アリスも。
だが、今それは言うべきではない。
何故そう思ったのかは自分でも分からなかったが、そう思ったから、だから今は言わないことにした。
「よし、とにかくこんな汚い家には住みたくない、掃除しよう」
「それがいいわね」
「アリス、手伝ってくれるんだろ?」
「え、なんで私が……」
「なあ、頼むよ~」
「うっ、分かったわよ」
私がちょっと手を合わせてウィンクしただけで、アリスはあっさり落ちた。
よしよし、アリスの扱い方を少し思い出してきたぞ。
などとそんなことは思っていたが、実際アリスのことを思い出して、かなり安心感を覚えていたのも事実だった。
5.魔法使い
アリスが手伝ってくれたこともあり、掃除はすぐ終わった。
別段ゴミがあるとかじゃなく、本が散らかったりしていただけだったので、本を片付けたら、かなり綺麗になったのだ。
掃除が終わると、アリスは、
「何かあったら私の家に来なさいよ。時間とか気にしなくていいから」
それだけ言って、自分の家へと帰っていった。
アリスが帰った後、一人になって寂しさを感じたが、アリスの帰り際の言葉もあって安心していたこともあり、片付けられた魔法書を手に取り色々と読んでみた。
中には自身で書いた魔法書もあったが、自分で書いてるものは何故かすぐ思い出せたので、アリスとパチュリーの魔法書を読むことにした。
本を読んでいてふと思う。
あれ?
魔法のことを思い出したはいいけど、使えるのか?
一度気になりだすと、本を読むことに集中できなくなり、結局試すことにした。
外に出て魔法書に書いてあったことを思い出す。
意識を集中し……魔力を体全体に流す……。
そのとき、ふわりと自分の体が浮いたのが分かった。
どうやらやり方も体が覚えていたようだ。
何度か試しているうちに、かなり自由に飛べるようになった。
よし、ならば次は、と私はある言葉を叫ぶ。
アリスに教えてもらったこと。
そうこの幻想郷で主流になっているという弾幕勝負。
「恋符、ノンディレクショナルレーザー!!」
既に日が落ち暗くなっていた夜の空に、5本のレーザーと星がキラリキラリと舞った。
6.一人の夜
飛べることとスペルカードが使用できたことに満足した私は、家に戻り一息ついていた。
ランタンの光をたよりに、魔法書を読み漁る。
結局人物に関しては、アリスとパチュリーのことしか思い出せなかったが、魔法の知識はどんどんと思い出していった。
いや思い出すというよりは、また知識として身に着けていただけで、思い出すというのとは違っていたかもしれない。
どれくらい魔法書を読んでいただろうか、さすがに眠気を感じランタンの灯を消し、ベッドの中にもぐりこむ。
……。
……。
静かだった。
時折私が動いて、布団の衣擦れの音がするくらいだ。
魔法書を読んでいたときには気づかなかったが、改めて一人になった寂しさを感じる。
寝よう寝ようと思っても、一度感じた寂しさはなかなか拭えなかった。
限界だった。
なぜこうも不安になるのか。
私は布団から起き上がり家の外にでると、すぐにアリスの家へと走りだす。
昼間に近いということを聞いておいてよかった。
もし、アリスの家が遠いものなら、私は寂しさで押しつぶされていただろう。
数分走ったところで、アリスの家が見えてきたので、さらにスピードを上げてドアまでかけよると、アリスの名前を呼んだ。
「アリス!! アリス!!」
不安だった。
何時でも来いとは言っていたが、本当にこんな時間にきてよかったのだろうか。
そんなことも考えたが、ドアはすぐに開けられた。
「魔、魔理沙どうしたのよ?!」
私のいきなりの来訪に、アリスは驚いた顔つきで見ながらそう聞いてきた。
「あ、いや」
言葉に詰まる。
「とにかく落ち着きなさい」
「あ、あぁそうだな」
アリスが出てきてくれたことと、掛けてくれた言葉で、私はすぐに落ち着きを取り戻した。
「……」
だが、言葉がでない。
「何があったの?」
「……」
「力になれることなら、すぐ力になるけど」
「……」
ただ寂しかっただけなんて、言えなかった。
「……」
「……」
私が何も言わないことで、アリスも何も言えなくなったのか、おろおろ焦りだす。
だめだ、このまま何も言わないままだとアリスに迷惑をかけてしまう。
私は意を決して言葉を放った。
「さ、寂しい」
「え?
「寂しかったからアリスの家に来た」
「へ?」
私の言葉にアリスは理解できない、というような表情をしながら、え、とか、へ、とかしか言葉を返さない。
「だ、だから寂しいからアリス一緒に寝てくれよ!!」
「は、な、何言ってるのよ魔理沙!!」
「いや、だから一緒に寝てくれって」
「い、一緒に寝るだなんてそんな!!」
こ、こいつ盛大に勘違いしてやがる。
「ちょっと落ち着けよ!」
いつの間にか、立場が逆転していた。
「はっ?! そ、そうねごめんなさい」
「私はただ、一緒に寝たいって言っただけなんだ。その……一人が嫌なんだよ」
切実な願い。
「そうだったのね。それくらいならお安い御用よ。むしろ歓迎するわ」
「ああ、お願いするぜ」
落ち着きを取り戻したアリスは、私の真剣な表情を見て、何を伝えたかったのかをすぐに理解してくれた。
だが、最後の一言は余計だったとおもう。
私はアリスに促されながら家に入ると、そのまま寝室へ向かった。
7.そして二人の夜
「アリス」
「何?」
「狭い」
「しょうがないでしょ一人用のベッドなんだから……」
「じゃあ、落ちないようにもっとくっついた方がいいな」
そういいながら、狭いベッドの中をもぞもぞと動き、アリスとくっつくほど近づく。
「暖かいな」
「そりゃそうでしょ」
アリスは平静を装っていたが、心音の速さがあがっていたのはくっついたことで丸分かりだった。
そっと目を閉じて、その心音を聞く。
一人じゃない。
それが嬉しかった。
隣に誰かいてくれるだけで、いやとなりに居たのがアリスだったから、安心を手に入れることができた。
私はその居心地のよさにいつの間にか眠りに誘われていた。
8.思い出すべき記憶
朝起きると、アリスはまだ気持ちよさそうに眠っていた。
私はアリスを起こさないようにベッドから起きると、布団を掛けなおし外に出る。
既に日は昇っている時間のはずだが、さすがに森の中というだけあり、木々の間から光が刺しているくらいで、そんなに明るくない。
かといって、暗いわけでもなく、時折木々の少ない場所から大量に太陽の光が差し込んでいた。
私はその光が差し込んでいる場所まで移動して、空を見上げる。
そして飛んだ。
既に昨日の時点で、飛ぶという好意は歩くという行為に近いほど、自然なものとなっていた。
空を飛びながら、周りを見回す。
アリスは幻想郷のことを説明するとき、必要ではない部分、ここが綺麗だとか、一緒に行ったことがあるとか、そんなことも言っていたが、本当に綺麗な所だった。
まさに幻想という名が相応しいかもしれない。
「魔理沙どこー?」
そのとき、下の方からアリスの声が聞こえてきたので、
「おーいアリス、ここだよ」
と声を掛けると、すぐにアリスが私のところまで来た。
「ちょっと魔理沙、外にでるなら声かけてよね」
「ああ、悪い悪い」
「って、何で飛んでるの?!」
「いや、飛べたから」
私がそういうと、アリスは少し呆れたような顔する。
「昨日私が帰ってから何があったのよ」
なんかよく分からないが、昨日あったことを説明した。
魔法書を読んだことや、飛べるようになったこと、スペカも使えるようになったこともだ。
「なるほど、魔法に関しては問題ないようね」
「ああ、そうみたいだ」
「それなら、やっぱり後は記憶だけか……」
私の記憶に対するアリスの考えは、一日付き合ってもらっただけで分かった。
だからこそ、確認したかった。
「なあアリス、私は記憶を絶対取り戻した方がいいのか?」
「え、魔理沙は記憶取り戻したくないの?」
「いや実はな、もう記憶は無理に取り戻さなくてもいいと思ってるんだ」
「なんで……」
私の言葉に、アリスは少し悲しそうな顔をする。
「アリスは、記憶がなくなる前の私じゃないといけないのか?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「だろ、なら無理に「でも!」」
私の言葉をアリスが遮る。
どうしてアリスは、そこまで私の記憶に拘るんだろう。
何を思い出さなければいけないんだ。
考えてみるが、そんなことで記憶が戻るわけもなかった。
「ごめん魔理沙、でも私は……」
「分かったよ。私はどっちでもいいと思ってただけで、誰かに記憶が戻ることを望まれるなら、戻るように頑張るさ」
「魔理沙……」
「だから、そんな顔するなって」
私はそう言いながら、そっとアリスを抱き寄せた。
8.竹林
「おかしいなぁ、この辺だとおもったんだけど」
などと独り言を言いながら、竹林の中をうろうろするアリスを私はじっと後ろから見ていた。
あの後記憶を取り戻すためにどうすればいいのか話し合った結果、永遠亭にいくことになったのだ。
話によると、その永遠亭とやらには腕のいい医者が住んでいるらしい。
多分、昨日聞いた話にも出てきた永琳てやつだろう。
「おーい、アリス分かりそうか?」
「んー、ごめん、迷った」
「そうかそうか、ってちょっとまて」
ナチュラルに迷ったとか言われて、一瞬言葉を理解するのを脳が拒否した。
「大丈夫大丈夫」
「迷ってるのに大丈夫なのかよ」
「ええ、私は永遠亭を見つけようとしてるんじゃないしね」
「どういうことなんだ?」
「大丈夫、きっと会えるわ」
そんなことを言いながら、またうろうろしだすアリス。
会える?
アリスは誰かに会おうとしているのか。
とそのとき、私の耳に話し声が聞こえてきた。
「アリス」
「どうしたの魔理沙?」
「いや、あっちのほうから話声が聞こえるんだけど」
「え、うそ」
私の話を聞いた後、アリスは目を閉じ、話し声がするほうに耳を向ける。
「……」
「……」
『え…、お願…』
『…あ、わか…た…』
「ほんと、聞こえる!」
「な、聞こえただろ」
「魔理沙いくわよ!」
アリスはそういうと、私の腕を掴んで声のする方へ走り出した。
9.ステージの裏で
「うわほんとに来たよ」
私とアリスが声のしていたほうに行くと、大きなリボンをしているもんぺ姿の女の子が居た。
アリスに説明してもらったときの名前を引っ張り出す。
この女の子の格好、竹林に住んでるっていう妹紅かな。
しかしちょっと待て、ほんとに来たってどういうことだ。
それに、話し声がしていたのに、この場に居るのは女の子一人だけだった。
「こんにちわ妹紅」
「ああ、こんにちわアリス」
「……」
アリスと女の子が話をしているが、私はその女の子が誰か分からず、挨拶をする機を逃してしまった。
「こんにちわ、魔理沙、私の名前は妹紅だ、よろしく」
わざわざ名前を紹介してくるなんて、私が記憶喪失だということを知っているのか?
いや、明らかに知っているだろう。
普通顔見知りの相手に名前なんて紹介しない。
「さてアリス、永遠亭まで案内するよ」
「ええ、お願いするわ」
「まあ、私は輝夜に会いたくないから、案内だけになるけどね」
それになんだ、このスムーズな流れ。
まるで誰かに操られているかのように、話がとんとん拍子に進む。
確かに妹紅が永遠亭までの案内役をしているとはいえ、案内以外で尋ねてくる人だっているはずだ。
何か裏で動いている奴がいる。
それだけは分かった。
だが、どうせ考えたところでそいつが誰だかなんて分かるはずもない。
結局深く考えることもなく、私は妹紅に付いていくしかなかった。
10.賢者は誰がため
「ここが永遠亭だ」
「ありがとう妹紅」
「気にするな、それじゃ私はこれで」
案内が済んだ妹紅は、私とアリスが見送るなか竹林へと消えていった。
妹紅を見送った後、私が永遠亭の引き戸を開けると
「ようこそ永遠亭へ」
銀髪の長髪をした女性に出迎えられた。
その銀髪の輝きは、周りの空気までも輝かせており、その美しさに思わず見とれてしまう。
「こんにちわ永琳」
「こんにちわ、アリス。準備はもう出来てるわよ」
「ええ、お願いするわ」
「さあ、魔理沙こちらへ」
そう言って、永琳は長い廊下を奥へ向かって歩き出す。
話がとんとん拍子過ぎて落ち着かないが、私は永琳の後について歩いた。
そして永琳が歩きながら、突然こんなことを言ってきた。
「話は八雲紫から聞いてる。私でよければ力になるわ」
「え?」
この人なに言ってんだ。
紫?
紫って、あの幻想郷を管理してるとかいう、妖怪八雲紫のことか?
アリスには、紫から助けられたとは聞いていたが、なんで紫が私のために動いていたりするんだ。
「もしかして、八雲紫のことを言ったの不味かったかしら?」
「いや、そんなことはないぜ」
「そう、それならいいんだけど」
「ただ、なんでその紫って奴が私のために動いてるのか気になっただけだ」
何故、八雲紫は私のために動く?
確かに、相手が記憶をなくしていることを既に知っているほうが、説明の手間も省けるし、こっちとしては楽だが……。
いくら考えても、答えが出ることはなかった。
本当は私のために動いてるのではなく、霊夢のために動いていたのだが、このときの私にそれを知る術はなかった。
「さあ、どうぞ」
診察室の前まで来た後、永琳が扉を開き中へ入るように促してきたので、私は中へと進んだが、アリスは診察室の前で残った。
11.記憶と魔法と月の頭脳
「結論から言わせてもらうと、私の力で記憶を取り戻すことはできないわ」
診察室に通された後、私が椅子に座ったのを確認すると、永琳はそう言い放った。
「ああ、分かってるさ」
私は永琳の言葉に別段驚かなかった。
実を言うと、簡単に記憶を取り戻せるなら、魔法を使ってでも取り戻せばいいと考え、その方法がないか魔法書で調べていたのだ。
とは言っても、紅魔館の図書館で調べたのではなく、自分の家にある魔法書だけだった。
しかし、それだけでも記憶、というか脳に関する魔法のことはかなりの種類書記されており、数もかなりあった。
だが、ほとんどは相手の精神をおかしくするだとか、記憶を無くすだとか、攻撃的なものしかなく、記憶を戻す魔法は2つほどしか書記されていなかったのだ。
しかも、その2つの魔法はかなり高度な魔法で、使った後に記憶が戻る保障もなく、どんな副作用がでるかも分からないものだった。
よく考えれば分かることだが、脳というのはそれほど複雑なのだ。
精神をおかしくするのだって、脳神経に魔力を送り刺激を与えることで、精神状態を本人の思っていないようにすることだし、記憶を無くすのだって、脳神経を壊してしまえばいいだけ。
壊すのは簡単だ。
だが、それを直すのはそんな容易いものじゃない。
ただ、私の記憶喪失は他者の魔法攻撃によって壊されたのではないのだから、記憶を取り戻す方法は魔法以外にあるはずなのだ。
だから、ここへ来た。
記憶自体を戻せるとは思っていなかったし、ただ記憶を戻すきっかけや魔法以外の方法を知ることができればいいと思っていたから。
「あんまり驚かないわね」
「はは、これくらいじゃ驚かないぜ」
「それなら遠慮なく続けれるわね」
そう言った永琳の顔は真剣そのものだった。
12.失ったものの大きさ
「さて、まずは記憶に関しての医学的観点だけど……」
永琳が記憶に関して話を始める。
「脳というのは……」
「記憶は、大脳皮質の側頭葉……、そして海馬が……」
「ごめん、難しすぎて分からない」
あまりにも専門用語が多すぎて、何がなんだか分からなくなってきた。
「もうちょっと簡単に言ってくれないか?」
「しょうがないわね、じゃあ簡単に言うわよ」
「ああ、お願いするぜ」
「記憶を直接戻す方法はない。だけど記憶を無くした人の周りの環境による刺激等で、間接的に記憶が戻る可能性はある。魔理沙が今まで関わった場所、紅魔館や白玉楼、妖怪の山に行ってみるのもいいかもしれないわ」
確かに分かりやすかった。
分かりやすかったが、それは一つの未来を示唆することになった。
「記憶は戻らないかもしれない、てことか」
「そうね、でも魔理沙ショックを受けているところ悪いんだけど、私はそれ以外にも気にしていることがあるのよ」
そう言った永琳の真剣な表情はまったく崩れていなかった。
いや、むしろもっと深刻な顔になったかもしれない。
「いいぜ、もう多少のことじゃ驚かない」
「……記憶喪失による、精神的ダメージよ」
「精神的……ダメージ?」
精神的ダメージとか、言われてもまったくピンとこない。
「記憶を失ったことによる感情の変化や、特に喪失感ね」
「喪失感……」
「そう、自分すら分からない恐怖、そして、誰のことも分からなくなって自分は一人になったんだと思う寂しさ」
永琳の言った言葉には、思い当たる節がありすぎた。
昨日の夜に襲われたあの喪失感。
一人による恐怖と、寂しさ。
「ダメージがないにこしたことはなかったんだけど、その様子じゃ思い当たる節があるようね」
「……」
何も言えなかった。
もし、アリスに出会ってなければ一体どうなっていたんだ。
「それじゃ、薬を処方するから、それを持っていきなさい」
「薬で治るのか!!」
永琳の予想外の言葉に思わず食いついていた。
「残念だけど、処方する薬はそういう精神状態になっとき、一時的に症状を抑えるだけで完治はしないのよ」
「そ、そんな」
一筋の希望、しかしそんな希望は脆くも一瞬で崩れ去る。
「そんなに落ち込まなくていいじゃない」
「は? そんなこと言われて落ち込まないやつなんていないだろ!」
「ちょっと落ち着きなさいよ」
「落ち着けだと?! そんなこと言われて落ち着けるわけないじゃないか!!」
混乱していた。
椅子から立ち上がり、呼吸を荒げながら永琳に攻め寄る。
「どうしたのよ、魔理沙!」
そのとき、大声が外まで響いていたのか、診察室にアリスが入ってきたが、私はそのことに全く気づかなかった。
「ちょっと魔理沙、魔理沙ってば」
「永琳、なんとかならいのかよ!!」
「魔理沙、魔理沙ってば!!」
心音が響く。
私以外の心音だ。
昨日の夜私に安心を与えてくれた、あの音。
その音が響いてきたとき、私は自分が取り乱していることに気づき、少しずつ落ち着きを取り戻す。
「魔理沙……、魔理沙……」
私の背中で、アリスが泣いていた。
「どうやら、落ち着いたようね」
「ごめん……」
「とにかく、薬は処方するけど、あまり多様はしないように」
「ああ、わかった」
「それと、薬では治らないとは言ったけど、記憶が戻ったときにその症状が改善することもあるのよ。話は最後まで聞きなさいよね」
「迷惑かけちゃったな。本当にごめん」
私はそれだけ言うと、診察室から出ようとする。
そのとき、
「魔理沙、あなたはもっとアリスに感謝するべきよ」
永琳はそれだけ言ってきた。
その後、処方された薬を受け取り、泣いているアリスを落ち着かせながら、帰路についた。
13.変化
永遠亭で永琳に見てもらってから数日が過ぎていた。
永琳に言われたように、私は紅魔館や、白玉楼、妖怪の山にまで足を運んだが、結局記憶を完全に取り戻すまでには至らなかった。
ただ、紅魔館にはよく行っていたのか、断片的に記憶を取り戻すこともあったので、よくアリスと一緒に紅魔館へ赴くようになった。
その紅魔館の主だが、なかなか面白い奴で顔を出すと、たまに紅茶をご馳走してくれたりする。
そういうときは必ずパチュリーや咲夜、フラン、美鈴までもが一緒にお茶をするのだが、あるとき門番とかしないでいいのか?と聞いたら、
『門番なんて、あってないようなもんだし』
『お、お嬢様ぁ!』
などと面白い漫才を繰り広げてくれた。
もし記憶が戻らなくても、私は紅魔館の連中とは上手くやっていけるんじゃないのかなと思う。
ただ、もう一つの記憶による精神的ダメージは回復することなく、私は毎夜喪失感に襲われ、アリスの家に行っていた。
だが、その喪失感は一人になり何もしていないときだけ感じるもので、魔法書を読んでいるときなどに襲われることはなかったのだが。
「なあアリス」
「ん? どうしたの」
魔法書を読んでいたアリスが、私の声に反応しこちらへ振り向く。
「紅魔館いこうぜ」
「今もう夜なんだけど……」
「いやいや、たまにはこういう時間にいくのも楽しいだろ」
「しょうがないわね」
アリスが読んでいた魔法書を閉じると、準備を始める。
準備といっても、外していたヘッドドレスをつけ、ケープを羽織るだけだったので、すぐ準備は終わっていた。
「行きましょうか」
私はというと、すでに準備は出来ていたので、アリスが準備できたのを確認したら、すぐに紅魔館へと向かった。
14.譲れないモノ達
紅魔館へついてすぐ、私とアリスは何時もと違う雰囲気に気づいた。
それもそのはず門番の美鈴は見当たらないし、紅魔館のステンドグラスごしに写る妖精メイド達はバタバタと慌てていたのだから。
「何があったんだ?」
「さあ、分からないわ」
そんなことを話しながら、正面入り口から中に入ったとき、中の様子を見て私はその場で凍りついた。
アリスも同様のようで、まったく動けないでいるようだった。
中で繰り広げられていた光景。
それは、何故かぼろぼろになったレミリアと、それに付き添う咲夜と美鈴、どうしていいのか分からないのか、右往左往するだけの妖精メイドの姿だった。
声も出せず、ただその場を見ていることだけしか出来ないでいると、レミリアと目が合った。
「あら、魔理沙こんばんわ」
「ああ、こんばんわ。って、レミリア大丈夫なのか!」
「ええ、見かけほどじゃないわ。周りが大げさに騒いでるだけよ」
そういったレミリアの表情はしっかりしていたし、嘘は言っていないようだった。
「でも、今日はもう魔理沙に付き合う余裕はないみたい。主不在の館だけどゆっくりしていきなさい」
それだけ言うと、レミリアは一人で自室へと向かっていくようだった。
咲夜と美鈴もそれに続くが、
「大丈夫だっていってるでしょ」
などと軽口を聞いてた。
どうやらほんとうに大丈夫のようだったが。
「ゆっくりしていけっていわれてもなぁ……」
「そうよね……」
私とアリスはお互いそう呟きながら目を合わせる。
結局、ゆっくりしていけと言われたが、そういう雰囲気でもなかったしすぐに引き返すことになった。
後で聞いた話によると、どうやらレミリアは紫とスペルカード戦をしたとのことだった。
スペルカード戦であそこまでぼろぼろになるのは珍しいそうだが、まれにそういうこともあるのだという。
お互いよほど譲れないものがあったのだろうか。
私にはその真意を解き明かすことはできなかった。
15.捨虫の魔法
月日は流れ、未だ精神的ダメージは治っていなかったが、生活にもそれなりに慣れてきていた。
むしろそっちに関しては、深刻になっているかもしれない。
自分の家にいることはほとんどなくなり、アリスの家で居る時間の方が長くなっていたのだから。
しかし、今日は珍しく自分の家で魔法書を読み漁っていた。
数少ない魔法書などすぐ読み終えるだろとおもっていたが、意外や意外。
魔法書を読み終えることなどなかった。
それもそのはず、紅魔館へ行く機会が増えたことで、図書館にも足を運ぶようになり、ここの魔法書持って帰ろう、という考えに至るまでそんなに時間はかからなかったからだ。
それに、
『もってかないで~』
何故かは分からないけど、パチュリーのあの言葉を聞くと、逆に持って行きたくなるのだ。
そんな私を見て、
『あんた全然変わってないわ』
と言われたときは、記憶を失う前の私もこんなことやってたのかと思ったが、それをすんなり受け入れている自分が可笑しくも思えた。
私は読み終えた魔法書を棚に戻し、次の魔法書を手に取る。
そのとき、魔法書の間からメモ用紙のようなものが落ちてきた。
そのメモ用紙を拾って、書かれた文字を見たとき、私はその文字に釘付けになった。
そこには、私の文字で、こう書かれていたのだ。
『私は、捨虫の魔法は使わない』
16.思い出すべき記憶2
私はメモ用紙をもったまま立ちすくんでいた。
蘇る記憶。
『魔理沙、捨虫の魔法使わないの?』
『魔理沙、捨虫の魔法使っちゃいなさいよ』
二人の魔法使いに一度づつ言われた言葉。
そして、その二人に対する私の答えは、
『悪いが、私は捨虫の魔法は使わない』
メモ用紙に書かれていた通りの言葉だった。
だが思い出したのは、やりとりした部分だけだ。
何故、私がその答えに至ったかを思い出していなかった。
混乱。
記憶がぐるぐると脳内を駆け巡る。
捨虫の魔法については、記憶を失った後も、魔法書を見て早い段階で思い出していたのだ。
そして数ヶ月ではあるが、記憶を無くしたまま生活をしていた私が出した答えは、
『捨虫の魔法を使う』
だった。
だからこその混乱。
どうして!
なんで!!
記憶を失う前の私は一体、何故使わない答えを選んだ!!!
私はぐるぐる駆け巡る記憶に押しつぶされ、その場にうずくまるしかなかった。
17.アリスの答え
あれからずっとうずくまっていたが、ぐるぐると駆け巡っていた記憶が落ち着きを取りもどすと、今度は押さえつけられていた喪失感が、今か今かと出てこうようとしていた。
私はその喪失感に襲われる前に、アリスの家へと向かった。
そうだ、捨虫の魔法のこともアリスに聞こう。
今の私が昔の私と違うなら、アリスに決めてもらえばいい。
本気でそんなことを考えていた。
それほど混乱していたのだ。
「ア、アリス!!」
「ちょっと、そんなに息切らしてどうしたのよ」
アリスの家についた私は、走ったからなのか、まともに喋ることができそうになかったので、手に持っていたメモ用紙をアリスに突きつけた。
「……」
メモ帳を見て、言葉を無くすアリス。
そしてそのメモ用紙を受け取り、テーブルのところまで移動して、椅子に座るとこう言った。
「とにかく座って落ち着きなさい。話はそれからよ」
私はアリスに促されるまま椅子に座り、少し落ち着いてから、捨虫の魔法について話し出した。
話を聞いた後、アリスは答える。
「魔理沙、悪いけど私にその答えを出すことは出来ないわ。たしかに私は、魔理沙に捨虫の魔法は使って欲しいと思ってる。でもどんな状況であれば、それは自分で決めるべきよ」
アリスの答えはもっともだった。
さらにアリスは続ける。
「でも私は、記憶を失った後だとしても、捨虫の魔法を使うっていう答えをだしてくれたのは嬉しかった。もしかしたら、魔理沙は、捨虫の魔法を使わない可能性と、使う可能性、両方の可能性があったのかもしれないわね」
「そうなのかな」
「ええそうよ。だからこそ私は魔理沙に記憶が戻って欲しいと思った。今の考えがどうあれ、記憶を失う前の考えと合わせてから考えて欲しかったから」
私はアリスのその答えを聞いて、何故記憶に拘ったのかを理解した。
多分アリスは私が捨虫の魔法を使わないと決めていたのに、記憶がなくなったことで、また捨虫の魔法でどういう答えをだすか分からなくなり、もし使う方を選んだときに、記憶を忘れる前の考えと、今の考えの両方を考え、本当にそれでいいのか決めてほしかったのだ。
なにより、私も記憶がなくなる前の考えを知りたくなった。
だから私は、このとき決意した。
自分のため、そしてアリスのために、記憶を戻す努力はできるだけすると。
18.紅霧異変再び
捨虫の魔法の話をした翌日。
私とアリスは、紅魔館へと向かっていた。
しかし、移動途中にその異変に気づく。
空が、どんどん紅く染まりだしていたのだ。
「おいおい、なんなんだこれ」
「……紅霧異変」
私の問いに、アリスはそう呟く。
「これが、紅霧異変なのか?」
「ええ、そうよ」
「なるほど、確かに異変っぽいな」
「ちょっと魔理沙、なんでそんなに楽しそうなのよ」
「え、そうか?」
自分では、楽しそうにしてるつもりはないんだけどな。
「で、どうするの?」
「どうするって?」
「異変解決するのか?ってこと」
アリスはそんなこと聞いてくるが、私の答えは既に決まっていた。
「いんや、解決しない」
「はぁ、なんかそんな気はしてたわ」
「ああ、前回のときは相手のことも知らなかったっぽいし、単純に解決に向かったみたいだからな。今の私はレミリアのことを知っているし少しは分かってるつもりだ。あいつが何も考えなしに異変を起こすはずがない、だから、今回はレミリアの側につく!!」
私のその言葉を聞いたアリスは、なんだか魔理沙らしいわね、という表情をしながら、こう言ってきた。
「じゃあ、行きましょうか!」
19.門番紅美鈴
「魔理沙さん! アリスさん!」
門番まで来たとき、私とアリスを見た美鈴は何時もの柔らかい表情ではなく、
真剣な顔つきで名前を呼ぶと、さらにこう続けてきた。
「やりますか……」
美鈴はすでに戦闘態勢だった。
だから私は言ってやった。
「嫌、やらない」
「へ?」
「今回はレミリアの側につこうとおもってる」
「は?」
しかし、予想外の言葉だったのか、私の言葉を美鈴は理解していないようだった。
真剣だった表情も若干崩れている。
そして、美鈴は助けを求めるかのようにアリスのほうへ視線を向けていた。
そんな美鈴に、アリスはジェスチャーで『そうみたいよ』などと返しているようだった。
「まあ、そういうわけだから」
「そ、それは助かりますが、どうするんです?」
「とりあえずレミリアのところへ行く。どうするかはそれからかな」
「分かりました。それでは私はこのまま門を守っていますので、どうかお嬢様をお願いします」
「ああ、まかせときな」
私はそれだけ言うと、門を通りレミリアの場所へ急いだ。
20.霊夢
美鈴がまだやられていないってことは、まだ異変を解決しに来ている奴がいないってことだ。
紅魔館内もそんなにざわついてはいないようだし。
そんなことを思っていたとき、私はとんでもないものを見てしまった。
「おいおい」
と、思わずそんな声がもれる。
それもそのはず、異変を起こした本人がテラスで優雅に紅茶など飲んでいるところを見れば、誰でもそうなるだろう。
「レミリア!!」
「あら、魔理沙こんにちわ」
「ああ、こんにちわ。じゃねぇ!!」
「そんなに息荒くしないで落ち着きなさいよ」
「わ、わかったよ」
あまりにも落ち着いたレミリアを見て、私はなんだか自分だけが必死になっているのが馬鹿らしくなった。
「で、なんで異変なんて起こしたんだ?」
だから少し落ち着いてきたとき、いきなり核心をついてみる。
「霊夢が来るのを待っている」
「霊夢?」
レミリアの口から"霊夢"という名前が出たが、私には誰か分からなかった。
「ええ、魔理沙、あなたが記憶をなくしたほぼ同時期に、霊夢も記憶を失っているのよ」
「は? 何言ってんだ?」
突然そんなこと言われても、何がなんだか分からない。
「その様子だと八雲紫が手を回していたみたいね。でも、説明したいところだけど、どうやらそんな暇はなくなったみたい」
そう言ってレミリアが指を指すと、その方向に影がいくつか見えた。
「うへぇ~」
私はその影を見て、正直逃げようかと思った。
その影とは、八雲紫、八雲藍、西行寺幽々子、魂魄妖夢だった。
21.決戦紅魔館
「どうやら美鈴もやられたみたいね」
「おいおい、そんなこといってる場合なのか」
「魔理沙、正直言うとあなたがこちらについてくれてよかったわ。こんな戦いにフランを出すわけにもいかないし、パチュリーにも無理させたくなかったからね」
そう言ったレミリアの頬からは一筋の汗が流れていた。
冷や汗?
なんか敗色濃厚な戦いな気がしてきたが、ここまできたら引き下がるわけにもいかない。
「私は八雲紫とやる、残りは適当にやっちゃってちょうだい」
「て、適当って、どうするんだよ」
私がそうやって戸惑っている間に、レミリアは既に空へと舞い上がっていた。
それによく見ると、奥の方では既に、咲夜と妖夢が弾幕戦を始めていた。
ということは、残っているのは八雲藍と西行寺幽々子。
「よし私が八「私が八雲藍とやるわ」」
私の言葉を遮って、アリスが八雲藍の所へと向かっていく。
「ちょ、ちょっと待てー!!」
ありったけの声で叫んだが、弾幕戦が始まっている中声は聞こえるはずもなかった。
「あらあら、魔理沙が私の相手なのね」
そんなことをしているうちに、私の前に幽々子が現れ、扇子で口元を隠しながらそう言ってきた。
レミリアどうよう、私の頬にも冷や汗が流れる。
そう、私はこの白玉楼のお嬢様が苦手だった。
いつもぽやぽやして捕らえどころのない所とか、何を考えているか分からない所がだ。
いや、嫌いってわけじゃないんだけどね。
「しょうがない、やるしかないか」
「よろしく~」
スペル戦前だというのに、この余裕の表情、怖すぎる。
「私はスペルカード3枚提示する!」
「ん~、それじゃ私も3枚でいこうかしら」
「勝負!!」
相手のカード数が提示された後、私はそれだけいうと、空へ舞い上がり、宣言した。
「光符、アースライトレイ!!」
22.終結
私がスペルを宣言した後、幽々子の足元から赤色と青色のレーザーが数本天に向かって伸びる。
そこへさらに3Way星弾と固定星弾を幽々子に向かって発射した。
レーザーの射出間隔は定期的に変更し、そのたびに星弾幕を幽々子に向かって発射する。
自分で言うのもなんだが、このスペルの完成度にはかなり自信があった。
だが、幽々子は器用にレーザーから逃れ、星弾幕をギリギリのところで避けていた。
そのうち時間切れとなり、一つ目のスペル時間が終了する。
避けられたのは仕方がない。
私は気を取り直し、二つ目のスペルを宣言した。
「弾幕はパワーだぜ!! 恋符、マスタースパーク!!!」
宣言の直後、私の持っているミニ八卦炉からは、超極太のレーザーが一定方向に発射された。
幽々子は、それを大きく避ける。
どうやらマスタースパークの超極太レーザーの方をより警戒しているようだ。
だが、それは間違っているぜ。
マスタースパークの真骨頂は、超極太レーザーではなく360度カバーする固定の星弾のほうだ。
その星弾に翻弄されているところに、次弾の超極太レーザー。
案の上星弾に気を取られていた幽々子を、超極太レーザーで追い詰めた。
さすがに、そのスペースで星弾を避けれるはずはない。
そう思っていたのに、
「ど、どこで避けてるんだぜ?!」
あまりの予想外さに驚きの声を上げてしまった。
はっきりいって、あんなスペースで避けている幽々子を褒めるべきだろう。
結局妙な避け方をしていたわりに、のらりくらりとマスタースパークを乗り切られてしまった。
残るスペルカードは1枚。
私は残った一枚のスペルを宣言した。
「魔砲、ファイナルスパーク!!」
一撃目の超極太レーザーを発射したあと、自分の周りに赤色と青色の星弾を配置させた。
そして、超極太レーザーを幽々子の方へ向けて、回転させるが 幽々子はそれを軽く避けていた。
だが、私は焦らなかった。
ファイナルスパークの一撃目は星弾を用意する時点なので、まだ避けやすいのだ。
勝負は二撃目から!!
超極太レーザーの一撃目が終わる寸前に配置した星弾を発射し、それと同時に、二撃目の超極太レーザーを発射する。
私はこのとき勝利を確信していた。
なぜなら、幽々子の位置取りは一撃目を避けたときに既に決まっていたからだ。
あの位置取りでは超極太レーザーは避けれない。
そして二撃目の超極太レーザーが、ついに幽々子を追い詰めた。
勝った!!
そう思った瞬間、
「亡郷、亡我郷 -宿罪-」
幽々子の声が聞こえてきた。
それと同時に、幽々子の周りから赤いレーザーが5本発射され、私の発射した超極太レーザーが少しずつ相殺されていく。
そして、残った星弾すらも、鱗弾で相殺されていった。
23.終わりよければ
結果だけ見れば、私は幽々子に負けた。
まあ普通に考えたら、私は最後のスペルカードまで使っていたし、幽々子はまだまだ余力を残していたのだから、当たり前といえば当たり前だが。
私以外の弾幕戦も既に終わっており、咲夜は妖夢に勝ち、アリスは藍に負けたようだった。
咲夜は、辛勝とまでは行かずともかなり苦戦していたようだし、アリスは負けはしたがかなりいいところまでいっていたようだ。
残ったレミリアと紫の戦いはというと、私がスペル戦を終わらせたときには既に二人の姿はなく、紅霧も晴れていた。
「なあ、私達が戦った意味ってあったのか?」
弾幕戦を終えた後、私がふとそう呟くと、
「ん~、もしかしてあんまり意味なかった~?」
と幽々子がふわふわした口調でそういってきた。
「意味はありましたよ」
しかしそこで咲夜が声を上げる。
「確かに私達の弾幕戦自体には意味はなかったかもしれません。でもお嬢様と八雲紫が一対一で戦える状況が作れたなら、十分意味はあったんですよ」
なるほど、確かに言われてみると咲夜の言っていることは的をいていた。
もし、相手が八雲紫が一人で来ていたら、私が相手していたかもしれないし、その逆もしかりだ。
とにかく戦いが終わり、紅霧が晴れたということは、異変は終了したのだ。
挨拶もそこそこに、私とアリスは帰路についた。
24.八雲紫
弾幕戦を終えた後、アリスの家に戻り休んでいると、突然八雲紫が現れた。
弾幕戦をしてからまだあまり時間も経っていなかったし、八雲紫の顔を見た瞬間ちょっとうんざりした。
「今、お前の顔見たくないんだけど」
「あらら、つれないわね。じゃあさっさと帰るから、用件だけ言うわね」
「はいはい」
どうせ碌なことじゃないだろうとか思っていたが、紫の口はからは予想外の名前が口にされた。
「魔理沙、霊夢があなたと会いたがっているけど、どうする?」
興味はあったが、特別会いたいと思わなかった。
だがふと思い返してみる。
レミリアが霊夢に会うためだけに紅霧異変を起こしていた。
そのことを思い出し、俄然"霊夢"に興味が沸いてきた。
「会ってみたいな」
だから私がその言葉を口にするのは、極自然なことだったと思う。
「そう、それなら何時にする」
どうやら八雲紫は、こちらの意向を優先してくれるみたいだ。
ならばと、私は
「二人きりで会いたい」
と条件をつけた。
25.あなたがあなたでいるために
霊夢と会う約束をした数日後、私は霊夢にあった。
いきなり殴られるわ、散々な態度をとられたが、霊夢に会ってよかったとおもう。
記憶がなくなる前にどんな付き合いをしていたのかはしらないが、そんなもの関係なしに霊夢とは長く付き合っていけると思ったのだ。
記憶に関して少し話したとき、霊夢は考え込むことがあった。
もしかしたら、記憶に関してはまだ何か迷っているところがあったのかもしれない。
だがそれは霊夢自身で解決するしかない。
まあ、自身で解決するという点では私も同じなのだが、私は既に結論を出していたから、記憶に関してはもうそんなに考えることはないだろう。
捨虫の魔法のことをアリスに話したあの夜、私の進むべき道は見えたんだから。
そして私は目を閉じると、あの夜アリスが言った言葉を思い出し、口にした。
「私は魔理沙を信じてる」
「だから魔理沙も、自分の信じる道を進んだらいい」
「あなたがあなたでいるために、か」
内容はとても気に入ったのでぜひとも続編を!
だけど…これからが気になる!ってところで切られた感じ。
できるなら霊夢と魔理沙の二人が答えを出すところまで見てみたいです
是非完結させて頂きたい
が、それよりも記憶を失う前と失った後で「捨虫の魔法」を使うか使わないかの意見が違う、というところに「おぉ」となりました。
ここの葛藤をもっと深く読んでみたいですね。