「鬼は外」
「痛い」
咲夜がいきなり私に豆をぶつけてきた。
「何をするの、咲夜……」
「今日は節分ですから、豆まきをしようかと。鬼は外」
「痛い」
またぶつけられた。
従者からの容赦の無い仕打ちに私は泣きそうになる。
「……ねぇ、咲夜」
「はい」
「あなた、私が豆が苦手だって知ってたわよね?」
「ええ。ですからお嬢様にぶつけても大丈夫なように、豆の表面をチョコでコーティングしてあります。ゆえにぶつけられても痛くはないかと」
「……そうね。確かに、あの炒った豆に触れたときに感じる、火傷のような強い痛みは無いわ」
「それはよかったです。夕べ徹夜して、一粒一粒丁寧にコーティングした甲斐があったというものです。鬼は外」
「痛い」
目の下にクマができているのはその為か。
相変わらず瀟洒な従者である。
「……でもね、咲夜」
「はい」
「火傷のような痛みは無くても、そうやってぶつけられると、普通に物理的に痛いんだけど」
「…………」
咲夜の手が止まった。
ようやく分かってくれたか。
「鬼は外」
「痛い」
またぶつけられた。
どういうことなの……。
「咲夜、私が痛いと言っているのに何故やるの」
「ええ、ですから若干のインターバルを取りました。鬼は外」
「痛い」
若干どころか、今二秒くらいしかなかったけど。
つかそろそろ私怒っていい?
「……ねぇ、咲夜。いくら寛大な私でも、我慢の限界というものがあってね」
「はい。鬼は外」
「痛い。いやね、だからね」
「はい。鬼は外」
「痛い。お願いだから一旦やめて」
「はい」
ぴたりと手を止める咲夜。
やめてと言ったら普通にやめるのか。
だったら最初に言えばよかった。
「……咲夜」
「はい」
「……いい機会だから教えておいてやるけど、お前はもう少し主人に対する忠誠心をだね……」
「お嬢様」
「何よ」
「早く豆を食べましょう」
「はい?」
「豆をまいた後は、自分の年の数だけ食べないといけないのです」
「……いやでも、私の場合、食べるのは流石に」
「大丈夫です。そう仰られると思って、これを御用意しました」
次の瞬間、咲夜の腕に抱えられていたのは巨大な布袋。
それは赤子大ほどの大きさがあり、見るからに重量感がある。
「……何それ」
「どうぞ」
そう言って、私に袋を差し出す咲夜。
袋の口を縛っていた紐を解き、中を覗くと、何やら黒く小さな粒が大量に詰め込まれていた。
「……何これ」
「麦チョコです」
麦チョコ。
大麦のポン菓子にチョコレートをまぶしたもので、老若男女人妖問わず広く親しまれているお菓子。
「……これを、食えと」
「はい」
笑顔で頷く咲夜。
「……いや、まあ、確かに、これなら私が食べても問題は無いけど……でも、元々の豆から離れすぎてないか。別にチョコの意味も無いし」
「チョコの意味はあります」
「? どういうこと?」
「私はちゃんと、こちらの豆を食べますので」
咲夜は、先ほどまで私にぶつけていたチョコ豆が入った袋を持ち上げて示す。
「……お前がそれを食べることと、私が麦チョコを食べることに何の関係が」
「お揃いです」
「……お揃い?」
「はい。咲夜は、お嬢様とお揃いがいいのです」
「……チョコ同士でお揃いって言いたいのか」
「はい」
「……咲夜」
「はい」
「……お前、馬鹿だろ」
「かもしれません」
笑顔を微塵も崩すことなく、さらりと言う咲夜。
私は大きく溜め息を吐き、仕方なしに巨大な麦チョコ袋に手を突っ込む。
適当に鷲づかみにして、一気に口に放り込む。
ムシャムシャ。
ムシャムシャ。
ごくん。
……まあ、味は悪くない。
すると、なぜだか咲夜が眉をひそめた。
「ああ、いけませんわお嬢様」
「? 何だよ。これを食べろと言ったのはお前だろう」
「ええ。ですが、あくまで年の数だけ食べないといけません。なので、ちゃんと数えながらでないと」
「……お前、私の年がいくつか知ってて言っているのか」
「ええ。ですからこの通り、大量に御用意しました」
「…………」
私は手元の巨大な麦チョコ袋を見つめながら、改めて思った。
ああ、やっぱりこいつは馬鹿だと。
私のそんな内心など知る由の無い咲夜は、実に嬉しそうに、一粒一粒チョコ豆を食べ始めた。
ああ、いいよねあんたは。
せいぜい二十粒くらい食べればいいんだからね。
一方、私は諦観の境地で、再び麦チョコのかたまりを口の中へと放り込む。
もう既に飽きつつある。
「……ところで、咲夜」
「はい」
「……麦チョコを用意してあるのなら、最初からこっちで豆まきをすればよかったんじゃないか」
「ええ。それも考えましたが、やはり威力の点で豆には劣ると思いましたので」
「…………」
平然と言いながら、ムシャムシャとチョコ豆を頬張る咲夜。
なんか色々とツッコまないといけないような気もしたが、幸せそうにチョコ豆食ってる咲夜を見ていたらなんかもうどうでもよくなった。
ていうかお前、明らかに年の数より多く食ってないか。
「…………」
「…………」
暫し無言のまま、それぞれ麦チョコとチョコ豆を食べ続ける私と咲夜。
ああ、私は一体あと何粒食べればいいんだろう。
小食の身にはかなり辛いものがある。
でももうやめるとか言ったらまた咲夜に豆をぶつけられそうな気がしたので、私は黙々と麦チョコを頬張り続けた。
正直、もう当分チョコは食べたくないな。
そんなことを思っていると、咲夜が此方の考えを見透かしたかのように微笑んだ。
「お嬢様」
「何よ」
「もうすぐバレンタインデーですね」
「…………」
「咲夜は今から楽しみですわ」
「…………」
鬼は外。
福は内。
うちの従者は自重しろ。
了
そうだ、これは咲夜の愛なんだ!!
よしよし、1に続いて私も一緒に食べてあげよう、さぁ貸しなさい。
ていうツッコミは置いといて、しゃがみガードが似合いそうなおぜうさまだな。
私も少し手伝ってあげよう。さぁ貸しなさい。
GJ
なんとも味わい深い話ですね。
咲夜が可愛かったです。
流石天然で瀟洒なメイドwww
読了後に作者を見る。
や は り 貴 方 か
いいぞもっとやれ
お揃いにしたがった咲夜さん可愛すぎる。
紅魔主従は最高ですよね!
僕にもください。
いいなぁ、これww
「痛い」がツボったwwカワイイw
仮に名を伏せて投稿しても、100%氏を言い当てる自信が、俺にはある
お嬢様頑張れ。
シュールな咲夜さんも素敵。
まりまりささんのレミ咲はいつもかわいすぎます。
それとうちの豆まきではピーナッツと小粒のチョコを撒くので、
お嬢様にすごくやさしいと思うんだ!咲夜と一緒に食べにこない?w