人里から離れ、妖怪が多く住まう魔法の森。そこに香霖堂という一つの店がある。
その店には店主の趣味により、外から来た道具が多く陳列している。
正確にはそれら全てが売り物になるわけではなく、店主が気に入ったものは非売品となり、重宝される。
言い換えれば、店主が気に入らなかった商品が売り物として扱われるわけである。
正午を過ぎた頃、古道具屋店主の森近霖之助は自慢の店で読書をしていた。
ここしばらくは大きな異変も起こっておらず、霖之助は平和な時間を堪能しているのである。
最も、たとえ異変の真っ最中であってもやることはあまり変わらないのだが。
そんな平和な時間を壊すかのように、自慢の店のドアが大きな音と共に開け放たれた。
「香霖!! あれ入荷したか!?」
「魔理沙、ドアは静かに」
店に入るなりドタドタと霖之助に駆け寄る白黒魔法使い、霧雨魔理沙。
乗ってきたであろう箒を勘定台に掛け、椅子に座る銀髪の青年に再び問いかける。
「なぁ香霖! 早く早く!!」
飛び乗る金髪の少女に肩を掴まれガシガシと揺らされながら、霖之助は嫌そうな顔を前面に押し出す。
「もしかしてまだ取りに行ってないのか?」
「落ち着け魔理沙、酔いそうだ……ほら、そこにあるだろう?」
眼鏡が飛ぶんじゃないかというほど強く揺らされながら、霖之助は店の隅を指差す。
魔理沙が指の先を追うとそこには本棚があった。
見つけると、すぐに肩を離し本棚へ文字通り飛んで行った。
「おー! あるならあるって最初にちゃんと言ってくれだぜ!」
「君が話さなかったし離さなかったからだろう」
嬉々とした表情で物色を開始する魔理沙。
クラクラとする頭を軽く抱えながら、霖之助も本棚へと向かう。
「しかし余程気に入ったようだね」
「まぁな。もう続きが気になって夜も眠れないぜ。それに今日無縁塚に取りに行くって約束したのは香霖だろ?」
今彼女が物色している本は、以前霖之助が無映塚に供養(という名の道具漁り)に向かった際に大量に落ちていた。
霖之助自身の趣味が読書というのもあり、外の世界の事が分かればとその全てを持ち帰ったのだ。
だがその内容は外の世界から来た物語。いわゆる小説であった。
何年か前、霊夢がどこかの妖怪から服を破られた腹いせに本を奪い取ってきたことがあった。
奪い取ってきた本は『こんぴゅーた』についての内容であり、今でも霖之助の非売品コレクションの一つになっている。
しかし、霖之助にとって小説は外の世界について知る上ではあまり役にたたないらしく、たまたま店にいた暇な魔理沙に読ませて見たのだ。
するとそれが見事にはまり、今では毎日チェックに来るほどになってしまった。
ちなみに、彼が所有する式神『こんぴゅーた』は未だ彼を主と認めておらず、動く気配もない。
「これで代金も払ってくれたらいいんだけどね」
「おいおい、図書館はみんなの場所だぜ?」
「外の看板を見てくるといい」
「ま、固い事はいいんだぜ。私と香霖の仲じゃないか!」
親父さんめ、娘可愛さに甘く育てたな。と思う霖之助。
だが、ニッコリと向日葵のように満面の笑みを浮かべる魔理沙を前にして仕方ないと諦めるあたり、霖之助も甘いのである。
「ふぅ。まぁいいか。しかし、魔理沙。その本だが」
「死んだら返すぜ」
「そうじゃない、というか持って帰るな。そこの本、内容に既視感を覚えないかい?」
「そうか? そりゃこんだけあれば似た内容があってもしょうがないだろ」
両手両足ではおよそ数え切れない量の本が詰まった本棚をぽんぽんと叩く魔理沙。
力を入れて叩いたら倒れそうで危険なほどだ。
そのなかから霖之助は数冊を取り出した。
「そういうことでもないんだ。
例えば、この物語は主人公が空を飛んで悪を倒す話だ。
そしてこの物語の登場人物は体から火を出せる。他にも、体を引き裂かれても死ななかったりと様々だ」
「でもこんなの幻想郷にはごまんといるぜ?」
「そこなんだ。いいかい魔理沙、君は外の世界に暮らす者がこれらのような能力を持ってると思うかい?
これは僕の調べた推測でしかないが、恐らく彼らは何の能力も持っていないだろう。
というのもだ、彼らの世界からくる道具はどれも素晴らしい物ばかりだ。恐らく日常生活のほぼ全ての面で使われているのだろう。
本来道具とは自分一人では出来ない事を行使するために使うものだ。それらが数多く存在する。
つまりだ、少なくとも今現在彼らは、あまりたいした能力は持っていないと推測できる」
「ふーん、で?」
「ようするに、これらの物語は恐らくこの幻想郷に住んでいる者によって書かれた可能性が非常に高い」
本を片手にまいったかと言わんばかりの霖之助。
それを魔理沙は慣れた様にぼけーっと眺めていた。
「また始まったぜ」
「思ったことをそのまま口に出したな」
「ま、香霖のそれは嫌いじゃないけどな。じゃこの本は幻想郷で売られてるってのか?」
「いや、それはないだろう。現にこれらに使われてる紙は今まで見たことも無い。十中八九外の世界のものだろう」
「あー? じゃ一体何が言いたいんだぜ?」
「君はもう少し自分で考える努力をするといい。
君が今まで出会った妖怪の中でこの幻想郷について非常に高い知識を持ち、尚且つ外の世界と関わりを持つことができる人物が一人いるはずだ」
ぽくぽくぽく……ちーん。
と考える間もなく魔理沙の頭に一人の妖怪が浮かぶ。
「……紫か」
「その通りだ。さすがにヒントを出しすぎたかな?」
八雲紫……恐らく幻想郷最古参の一人であり、境界を操る程度の能力を持つ。
また幻想郷を隔離した「博麗大結界」の提案と創造にも関わっており、いわば幻想郷の管理者と言っても過言ではない。
霖之助としては自分の心が見透かされているようであまり関わり合いたくない人物でもある。
「まぁ、香霖の言いたいことは分かった。
でも紫は結界張って幻想郷と外の世界を離してんだろ? なんでその張本人が幻想郷を教えるような内容を外の世界に書いてんだよ?」
「ふむ、そこに気づくとはなかなか鋭くなったね。感心だ」
「もったいぶらないで教えてくれだぜ」
子供扱いする霖之助に目を細め、魔理沙はその答えを待った。
先程まで物色していた本の事などとうに忘れているだろう。
「これも僕の推測でしかないが、八雲紫が自ら幻想郷を知らしめる理由。それは恐らくだがこの幻想郷がいづれ消滅するからだ」
「……は?」
霖之助が突然突拍子もないことを言うのはいつもの事だが、これほどまでに突き抜けた話は今まで魔理沙は聞いたこともなかった。
それ故の返事である。
ポカンとする魔理沙は目に入っていないのだろう。霖之助の語りはだんだんと盛り上がっていく。一人で。
「きっと紫は気づいたんだろう。何年、何世紀先かわからないが、幻想郷が消滅する日が来ると。
それは彼女の能力を持ってしても止められないようなものかもしれない。
だが彼女は誰よりも幻想郷を愛している。そんな彼女がなんの対策もせず幻想郷が消えていくのを見ているはずがない。
彼女はせめて幻想郷に住む者だけでも逃してやろうと考えるわけだ。向かう先は当然、外の世界。
しかし、先ほど言った通り外の世界に住む者は僕らの様な能力は持っていない。
いわば彼らは純粋、僕らは不純物だ。純粋と不純物が混ざり合えば当然混沌に変わる。
そうなってしまっては僕らにとっても彼らにとってもいい結果などあり得ない。
そこで、彼女は今の幻想郷を少しでも外の世界に浸透させようとある作戦を思いつく。
幻想郷の住民をモチーフにした物語を書き、それを外の世界に普及させることで少しでも隔たりを無くそうとしているわけだ」
「あの紫が? わざわざこんなたくさんの本を? 名前とタイトルも変えてか?」
「全てがそうとは言えないが可能性は高い。
彼女は冬になると冬眠するだろう? あれについては様々な憶測が飛んでるが、これらの事を考えれば彼女は冬の間に物語を作っていると推測できる」
語り終え、全てを出し切った霖之助はその余韻を楽しんでいる。
普段は饒舌と言うわけでもないのに、自分の話したいことだけはスラスラと口から出てくる。
森近霖之助とはそういう男なのだ。
「へぇー、あの紫がねぇ……ん? ちょっと待て、じゃあ香霖はこの文章も紫が書いたって言うのか!?」
ペラペラとページを捲っていた魔理沙だったが、あるページを霖之助に見せる。
霖之助が指された部分を読むと、そこには男が転んだ拍子に女性を押し倒してしまうという内容だった。
「もしこれも紫が書いたって言うならっ、っぶは!」
腹を抱えて魔理沙は笑い転げた。それこそ100年の恋も冷めるほどに。
だがその言葉を聞いて霖之助は何かを考えていた。
「確かにこのような、まるで妄想のようなありもしない表現をあの紫がするとは到底思えない。
そもそもこんなことは偶然でだって起こり得ないだろう。もはや男の方が狙っていたとしか考えられない。
だが、書かれている以上何か意味があるはずだ。こんな文章でも、何か意味が……」
「ふふ、一体どんな意味なんでしょうね?」
霖之助と魔理沙の2人しかいない店内から3人目の声が聞こえた。
驚いた2人が本から目を離して後ろに振り向くと、噂の妖怪賢者、八雲紫が隙間から上半身を出していた。
「げぇ! 紫! いつからいたんだ!?」
「そうねぇ、あなた達の夫婦漫才が始まったころからかしら?」
「おいおい、漫才は余計だぜ?」
「夫婦が余計なんだよ。いや、漫才も余計か。
ところで今の話を聞いていたなら教えてくれ。僕の考えは合っているかい?」
隙間から降り立ち、いつものように扇子で口元を隠す紫に詰め寄る霖之助。
しかし彼自身期待などしていなかった。どうせいつものように……
「それは、教えられませんわ」
「やっぱりか。君は秘密ばかりだね」
「秘密事は少女の特権ですもの。あら魔理沙、何か?」
「べっつにぃ~」
予想通り、彼女は答えてくれなかった。霖之助が外の世界について尋ねるといつも彼女ははぐらかすのだ。
そこも彼が苦手としている要因の一つかもしれない。
紫は相も変わらず笑っている。口元を隠していても目もとで笑っているのが分かる。
最も、彼女の場合いつも微笑を浮かべているのだが。
「まぁいい、それより今日はどういったご用件で?」
「灯油の代金を徴収しにまいりましたわ」
「そうか、今日だったか。なんだか今日は約束の重なる日だな。たしかこの前香水が良いと言っていたね。ちょっと待っててくれ」
そう言い、店の奥へと向かっていく霖之助。
魔理沙はムカつくやら関わり合いたくないやらで隅っこで先程の本を読み始めた。
残された紫は、その怪しげな微笑を浮かべながら店主の帰りを待っていた。
しばらくすると、奥から小瓶を大事そうに抱えながら霖之助が戻ってきた。
「ちゃんと保管しておいたよ。ほら――」
紫の下へ歩いていたその時、霖之助の足は何かに当たった。
それを霖之助が気づいたときにはすでに彼の体と小瓶は宙に浮いていた。
当然小瓶は落ちたら割れてしまう。なんとしてでもキャッチしなければと霖之助はとっさに手を伸ばし、そして……
「うわっ!!」
「きゃっ!!」
ドシン、と店に大きな音が響いた。
霖之助が伸ばした自身の手を見てみると、見事小瓶が収められていた。
これで紫に代金も払える。一件落着、今日も平和に過ごせそうだ。
その時の霖之助はそう思っていた。
紫の声がするまでは。
「霖之助さん」
「ん?」
倒れながら周りを見渡すが紫の姿が見あたらない。
ここで気づく。今の声は自身の下から聞こえたと。
恐る恐る首を下におろすと、そこには誰もが恐れる妖怪賢者の姿が。
音に気づいて駆けつけた魔理沙にはこう見えただろう。『森近霖之助が自身の店で八雲紫を押し倒している』と。
「いや、その、これは……」
すぐに立ち上がり、なんとか自身の弁明をしようとするが自慢の口は思うように動かない。
彼の鼻元には未だ紫の妖艶な匂いが残っているからだ。
口が動かない代わりに彼の頬はどんどん赤く染まってしていく。
紫はと言えば依然変わらぬ微笑を浮かべており、その心情が全く分からなかった。
「まぁ、偶然と必然が常に表裏一体ということはわかったでしょう」
そう言うと、彼女は隙間の中へ帰って行った。
もしかしなくても怒らせてしまったかもしれないな。
そう思いながら霖之助は転んだあたりを見渡して、気づく。
自分は、一体何に躓いたのだろうか。
この足もとに何もない店内で。
いつもの考察に入ろうとしたが、そういうわけにはいかなかった。
背後に、確かな殺気を感じたから。
再び恐る恐る振り返ると、そこには顔を真っ赤にさせプルプルと震える魔理沙の姿が。
対照的に霖之助の顔色はどんどん青くなっていく。
こほん。と咳払い一つ挟み、霖之助と魔理沙は同時に言った。
「いいかい魔理沙、 『事実は小説よりも奇なり』という言葉があってだね」
「いいか香霖、こういう話の結末ってのは相場が決まっててだな」
この後、魔理沙が何をし、霖之助がどうなったか。云わば話のオチは諸兄らの想像にお任せしたい。
無責任かもしれないが、だがそれはとても安易なことだろう。
なにせ『オヤクソク』なのだから。
霖之助さんの猫じゃらしでじゃれる猫魔理沙も見てみたいかも!
すべてある一人の少女による投稿であるという噂が(スキマ
可愛いな。
お約束なオチ、そして紫と魔理沙にかわいさに100点。
面白かったです。
顔を真っ赤にして悶えるんですね、分かります
「おいおい、漫才は余計だぜ?」
「夫婦が余計なんだよ。」
この時点で、100点余裕でした。
一番のツボ
ご馳走様。
の「最も」は「尤も」ですよ。
>ぬえ(意味不明)
2人の関係にニヤニヤギャハギャハ笑っていたらここで撃沈しました。
これは、ずるい。
もちろん内容もGJ!
全部ひっくるめて最高じゃないですか。
紫がそんな小説をねぇ。
へぇ…と思った。面白かった