0
「私も、お前も、死んだら鈴蘭に生まれ変わるんだよ」
私の祖父は、そんな言葉をかけて事切れました。
六つだった私は、その言葉を深く斟酌せずに頷きました。何よりも、祖父の死で頭が一杯だったのです。
彼は瞳をゆっくりと閉じ、それから、私の傍らで祖父の手を握っていた祖母が、うな垂れすすり泣きました。
父が、痩せこけた彼の頬に手を添え、母は嗚咽を漏らし、裾を口許にあてがっては、目を真っ赤に染めます。
家族の反応を見るに、祖父は死んだのでしょうが、私はそれを受け入れることが出来ませんでした。
ですが、大きなる哀憫の念は、否が応にも、私に祖父の死という現実を突きつけてきます。
嘘だ、嘘だ。悲しみから逃げるために、ひっきりなしに反芻していたその言葉が、やがて祖父は死んだ、祖父は死んだという言葉に変わり、彼が息を引き取ってから二分半後、一番遅れて、私は体裁気にせずわんわんと泣き出しました。
目から鼻から、水という水が垂れ、それらは混じり合い頬を伝い、やがて祖父を包む布団へと落ちました。
純白の布団に、滴が落ちれば、灰色の斑が浮かびます。涙の源泉はいつまでも潰えることは無く、目頭の傘下で滾々と湧き続けているのでした。
1
死んだら鈴蘭になる。
祖父が死ぬ間際にかけた言葉を、私が深く考えるようになったのは、十五の時でした。
祖母が、七十という天寿を全うし、息を引き取った際のことです。彼女の死に、九年前の祖父の死を幻視し、不意にその言葉が頭をもたげたのです。
その言葉は、私の記憶の海に漂い続けながらも、まるで塵芥の如く、無いものと同義でした。何しろ、指折り数える程度の歳でしかなかった私は、祖父が最期に投げた言の葉の真意を思考できるほどの頭脳を、持ち合わせていなかったのですから。
そうして光陰が流れるうちに、その言葉は、いつしか他の記憶に覆い隠されていたのでした。
しかし、十五となれば、そろそろ複雑な思考も出来る年頃。寺子屋では、そこそこな優等生として名の知られている私ですから、今こそ真剣に、その言葉の意味を理解する必要がある、と思いました。
決起して、私は祖父の眠る墓へと向かいました。荘厳たる墓石の下には、祖父の遺骨と共に、祖母のそれも埋められています。
お爺さん、お婆さん。二人は今、一体どこで鈴蘭となり、その白き花弁を揺らしているのでしょうか――? 物言わぬ墓標の前で、私は暫時、ろうたしい鈴蘭の姿となった二人の姿に、思いを馳せていました。
2
「無名の丘という場所があるのは、知っているね」
長い沈黙のあと、父は重い口を開きました。祖父の言葉の真意について、私が詰問したのです。
父もまた、祖父からその言葉を頂いた一人でした。
聞けば、私達の家系は皆、その言葉を知っているようでした。
意思があるかのように、特定の人間にのみ伝播しているそれに、私は血縁の果てしない螺旋を感じ、その壮大さに身震いしましたが、萎縮することなく、静かに頷きました。
「そこは嘗て、貧乏な親達が、養うことの出来ない赤子を捨て置く場所だったんだ。名前も付けることなく捨てていく――だから、無名の丘と呼ばれている。僕の、祖父の祖先もまた、そうして子を捨てた親の一人だったそうだ。祖先は罪悪感に苛まれ、次第にこんなことを考えるようになったんだ。『私が殺した赤子は、成仏しきれず、あの丘に居座ったまま苦しんでいる。さすれば、私は死した後鈴蘭となりて、その子と永遠の苦しみを分かち合おう』――と」
「なぜ、鈴蘭になる必要があるのですか?」
「あの丘では、春になると無数の鈴蘭で埋め尽くされるからね。妖怪鈴蘭といって、普通の鈴蘭と比べて非常に毒が強い。その原因について、赤子達の怨念じゃないかと人々は言っている。だからなんだろう、祖先が、そう考えたのは」
話を進めていくにつれ、私は父の言わんとしていることを、何となく理解したような気になっていました。
「これは――」と、父が口火を切るより先に、私が言葉を紡ぎました。何でもかんでも、父の口から言わせるのが嫌だったのです。それは所謂、独立心から来る親への反抗でした。
少しだけ思案して、私は意を決し、父の双眸を捉えました。
「――宿業、なのですか」
私の言葉に、父は頷きました。つまり、私達の血族は、赤子を捨てた罪滅ぼしの為に、丘の鈴蘭となり、その苦しみを背負っていかなければならない。
それは決して逃れることの出来ない運命なのだと、そう祖父は言っていたのでした。
前世の功徳、悪行は来世にそっくりそのまま反映される、と言います。
その類なのだろうか、と私は思い、同様に、その逃れる術も無い、理不尽な運命を、末恐ろしく感じました。
何故、身に覚えも無いような苦しみを、背負っていかなくてはならないのでしょうか?
そして、目の前の、私と恐らく同じ運命を辿るであろう父は、その運命を理不尽だと、思わないのだろうか――私は、彼に訊ねてみました。
「嫌とは思わないのですか。そうして、理不尽に苦しみを押し付けられて」
「確かに、理不尽だとは思うが――嫌だとは思わないかな。よく考えてみろ、私達家族は皆死んだら無名の丘で鈴蘭となる。つまり、無名の丘で、一族は一つとなっているんだ。例え肉体が朽ちても、私達は永劫、固い絆で結ばれた血縁として共に在り続けることが出来る。そう思えば、苦しみも背負っていけるような、そんな気がするんだ」
やや耽美に語る父から、私は再び、大いなる血縁の果てしない螺旋を感じました。それが、私を呑み込まんと大きな口を開けるのです。
それは闇夜のように黒々としていて先行きが見えなく、不安な気持ちに駆られました。
父の心境が理解できず、嫌悪感を露わにする私に、父は物悲しい表情を見せます。もう嫌だ、ここにいたら気がふれてしまう、螺旋の意思に取り込まれてしまう――そう察知した私は、立ち上がって大声で、眼下の父に息を巻きました。
「そんな運命を勝手に背負わされるなんて、真っ平御免だ! 絶対に信じるものか!」
私はそのまま、自分の部屋へ行き、布団を被り誰からの言葉にも返事をしませんでした。
思うに、怖かったのでしょう。いつか苦しみを背負わなければならないと言う宿命を突きつけられて。
同時に、私よりも先に、苦しみを負うであろう父が、一切の抵抗を見せずに、その運命を受け容れようとしているのが、見るに堪えなかったのかもしれません。
その頃の私は、運命など、自分の強い意思があれば変えることが出来る、と思っていました。しかし、その天命は、枷となって私の両手を束縛し、私からの抵抗という抵抗を、ことごとく払い除けます。
疲労困憊し、憔悴しきった私は、それから深い悲しみに落ち込みました。
3
二十八で結婚した私は、歳と同じ時間だけ過ごしてきた家と離れることを切望しました。
あの運命は、最早私にとって嫌悪の対象であり、それを妻に、これから産まれてくる子供にも押し付けたくなかったのです。
そうして、妻方の家に住を構えてから十二年。四十歳となった私は、十歳と七歳の兄妹に恵まれ、穏やかで幸せな家庭を築き上げていました。
二人ともやんちゃ盛りで、膝小僧の擦り傷が絶えず、日々衣服を泥にして帰ってきます。
そんな二人の姿を見ては、叱ってやるのですが、元気があるのに越したことはありません。帰結するところ笑って、二人の帰りを出迎えてあげるのでした。
今や、私は、奇妙な運命に頭を悩ませることは無くなっていました。二人の子供が、最愛の妻が、そんなことを忘れさせてくれていました。
安穏に時は流れ、全ての歯車はきちんとかみ合い、これからもそのまま不変でいるのだろう――しかし所詮それは、淡い希望でしかなかったのです。
「何をしているの」
畳の上に横になっている私の背中を、妻の舌鋒が突き刺します。言葉からでも、彼女が非常に怒っているのが分かりました。
何故怒っているのか、それは予想が付きます。彼女は、私が父の見舞いに行くのを、峻拒していることに対して怒っているのでしょう。
父も今や、亡くなった祖父とほぼ同じ年齢。寝たきりの日々を送っており、最近衰弱が激しくなっているということは、近所の人から聞いていました。
「お父さん、死ぬかもしれないのよ。なのに、そうやって腰を上げないでいるつもりなの?」
「関係ないさ」
「関係ないって、貴方のお父さんでしょう!? 関係ないはずが無いじゃない!」
妻が怒るのも、当然のことです。私が父の元へ行きたくないのは、行ったら行ったで父が再び、あの運命のことを引き合いに出すだろうと思ったからです。
私にとってそれは、触りたくもない腫れ物です。しかし、そんな私の思いなど打ち明けたことも無いので、妻が知る由もありません。
多分、妻は、私を親不孝者だと幻滅しているに違いありません。それでもいいと思いました。全ては家族を護るため。心痛に耐え、私はそう言い聞かせます。
「もういいわ。貴方が行かないなら、私が――」
「駄目だ、行ってはいけない」
妻が溜息を吐き、踵を返す音がしたので、私は起き上がり、彼女の腕を掴みました。
行ってしまったら最後、妻も運命の奔流に呑まれてしまう。呑まれてしまうのは、私だけで十分だ――そう出かかった口を、私は噤みました。
そんなことを唐突にいっても、彼女が信じ、行くことを観念してくれるなんて無理な話です。
妻は、私をきっと睨みました。目と鼻の先に彼女がいるのですが、ムードも何もありません。
怒気が、劫火のような憤怒が、私の顔を焼き尽くします。彼女の漆黒の瞳に映る自分の表情が、やや引きつっているのが分かりました。
「貴方は変わってしまった。もう貴方は、私の知ってる貴方なんかじゃない!」
彼女はそう言うと、掴まれているのとは別の手で、私を平手打ちに処し、私が手を放した隙に家を出て行きました。
彼女の凄絶な剣幕が気になったのでしょうか、物陰に隠れて、子供達が心配そうに、私の方を見ていました。
大丈夫だよ、と私が笑みを向けると、二人も柔く微笑んで、部屋へと引き返していきました。
独りきりになった空間に、時計の秒針を刻む音が、粘着質に聞こえてきます。
ある程度は予測していました。
父の死は、私を再び一族の運命軌道上に乗せるその事物は、きっと私達夫婦の仲を切り裂く引き金となるでしょう、と。
これが本来の自分なんだよ、と今や去った妻に口を尖らせても、何も打ち明けなかった自分に非があるのは目に見えています。
急に、今まで自分の居場所としてきた場所が、他人様の家のような心持ちになりました。それは、私と妻とを繋ぎとめていたものが、断線してしまったことを示唆していました。
さすれば、私はここを去らなくてはならない。去ることが運命だったのです。
一族の苦しみを背負っていくという運命から、どう足掻いても逃れさせてはくれないのです。
私は已む無く、十二年間過ごしてきた家庭に別れを告げ、その幕切れのあっけなさに寂寥を覚えながら、実家へと戻ってきました。ちょうどその頃、父は息を引き取っていました。
今日からここに住むことにする、そっちにはもう行かない。私は妻にそう言いましたが、妻からは何の返事も無く、他人行儀に一瞥して私の前から姿を消したのでした。
4
ある日、私は無名の丘を遠目にしていました。
春も盛り、一面には鈴蘭の花が咲いています。
白い壷状をした花弁が、風の吹くたびに揺らめきます。耳を澄ませば、そこから清らかな音色が聞こえてくるようでした。
私はそんな鈴蘭達に、父や母、祖父母の姿を探しながら、間もなく自分も、と思いました。
すっかりしわがれた、自分の掌を見ます。まだまだ元気だ、と周囲の人からは言われますが、私もとうに六十を過ぎています。何となく、自分の死期がすぐそこまで近付いているのに感づいていました。
ここに、数多の苦しみがあるのか。
そう思えど、無名の丘は、嘗て赤子が捨てられていたとは思えないほど、美しい場所でした。鈴蘭が、その事実を塗りたくっているかのようです。或いは本当に、鈴蘭がその苦しみを一身に受けているのかもしれません。
そうして、自分の末路となるだろうそれらの姿を眺めながらも、私は未だ一抹の恐怖に駆られていました。
老いというのは不思議なもので、あらゆるものを許容してしまいます。
以前、鈴蘭になるという運命を頑なに拒み続けていましたが、今となってはそれをよしとする自分がいます。
家族と共に在るのならば、それでもと、思考の角を丸くしている自分がいます。
いつしか私も、一族の宿業に呑み込まれたような気がしました。しかし、それでも恐怖は根底から拭いきれません。
自分を容赦なく翻弄する運命の潮流が、冷たく私の心を打ち付けるのです。冷たいと感じる機微、それは言わば、私の中に唯一残った、若き日の私の自我でした。
そんな中で、私は鈴蘭の花の中に佇む、一人の少女の姿を見ました。
私は目を凝らし、彼女に焦点を合わせます。こんなところに、少女がいるとは、私は考えもしませんでした。
強力な毒を持つ妖怪鈴蘭の只中にいて、大丈夫なのかと不安に思いました。ですが、彼女はそんなことなど汲むきらいもなく、楽しそうに一人、軽やかに踊っています。
どうして、ここにいるのでしょうか。そんな疑問が私の頭をもたげます。
近付いて、話をしてみたいところですが、鈴蘭の渦中に入ってしまったら毒にやられ、命の安全は保証できません。
今更命を惜しいと思ったって、と思いますが、私は丘に入ることを憚っていました。
そうしていると、風が私の思いを、彼女に運んでくれたのでしょうか。少女はこちらに気付くと、小走りしてこちらに近付いてくるではありませんか。
たどたどしい歩き方が稚く、思わず私は笑窪を浮かべます。傍まで来てくれた少女に、私は身を屈め同じ目線でもって彼女を見ました。少し、膝が軋みました。
「貴方、人間ね」
「そうだけど」
少女は、明らかな嫌悪感を見せました。それから、「死んじゃえ」と毒づきます。
可愛らしい外見とは裏腹に、無骨な言葉を投げる娘だなと、私は怒鳴らず微笑みました。
単純な死など、それを間近にした私にとっては怖れる必要も無いものだったのです。
「直に死ぬさ。そんなことより、君はここで何をしているんだい?」
「人間に言うことなんか無いわ。早く私から、スーさんの前から姿を消して」
「スーさん? スーさんというのは、一体?」
「……スーさんはスーさんよ。ここで、いっぱい咲いてる」
諦念を見せつつ、不承不承に少女は答えます。鈴蘭だからスーさん。なるほどと私は手を叩きました。
先程から私に冷たくしている彼女ですが、何だかんだ言いながらも邪険にせず、返事をしてくれています。素直じゃないなと、私はそっぽを向く彼女を見ながら思いました。
「……貴方はどうしてここに来たの?」
視線は逸らしたままに、初めて少女の方から口を開いてくれました。
何となく――運命云々の話を少女にするのは何だか気が引けるところがあったので、多少言葉を濁して私は答えました。
「ふーん」と、素っ気無い返事が来ます。その語勢には、先程までの刺々しさが、薄れているような気がしました。
「人間の癖に、随分と大人しいのね」
私には、何故彼女がそうやって、人間をあたかも他の種族のように扱うのかが良く分かりませんでした。
もしかすると、彼女は妖怪なのかもしれません。気にはなりましたが、私は敢えてその疑念を口に出そうとはしませんでした。
彼女の私に対する態度を見るに、少女が人間を嫌っているのは明白でしたし、それを言及しかねないその問いは、彼女の傷口に塩を塗ってしまうことになるだろうと思ったからです。
少女の言葉は、一方通行の独り言にだけ留めておいて、私は改めて、最前と同じ質問を投げ掛けました。
「そう、私は君に一切の危害を加えたりしない。だから、君が一体何をしているのか、教えてはくれないだろうか?」
少女は私に背を向けると、その場でくるくると回りました。金色の髪が、臙脂と黒のドレスが、風に乗ってふわりと浮き立ちます。
「スーさんと遊んでいるの」
その表情は、実に幸せそうでした。それは他でもなく、彼女の背後に咲く鈴蘭に向けられたものでした。
咄嗟に私は、ああ、彼女は独りなんだな、と思いました。推測するに、少女はここに入り浸っては、日々鈴蘭と戯れているのでしょう。そうでなければ、あんな心底からの限りない幸福を感じさせる笑みを、湛えてくれるはずがありません。
それは実に排他的な生活でした。独りで大丈夫なのか。そう思いましたが、彼女にしてみれば愚問でしょう。
だって、彼女はこの鈴蘭達だけで、十二分に事足りるのですから。
それから、彼女はまるで私など始めからいなかったかのように、何事もなく丘の中心へと戻っていきました。
私は、そんな彼女の背中を呼び止めることなく見送って、踵を返しました。
家路へ向かう私の心境は、甚く清澄でした。それはもう、ここに来る前まで覚えていた恐怖すらも、浄化してしまうほどのものでした。
私には、一つの決意が生まれたのです。それは、一族の宿業でも何物でもない、唯一つ、彼女の為に私は鈴蘭になろう、というものでした。
独りぼっちの彼女が、寂しくないようにと、あの笑顔を失わせてはいけないような、そんな気になったのです。
私は今漸く、運命の激流を漕いでいけるだけのオールを手に入れたのです。鈴蘭になるという運命を、心底から受け入れることが出来たのです。願わくは、鈴蘭となって、彼女の幸福を満たしてやりたい――私は燦々と照る太陽に、そう祈りました。
5
私は鈴蘭と申します。名前などありません。数多咲く鈴蘭に一々名前を付けていては日が暮れるし、至極めんどうくさいでしょう?
別に私自身、名前が欲しいなどと微塵も願ったことのない身であります。
ただ、強いて言うならば、私は、もといここの鈴蘭は『スーさん』と呼ばれています。
鈴蘭だから、スーさん。特にひねりはありませんが、それが逆に純然であり、私達は非常に気に入っています。
毒を含有し、意図せずともそれを撒き散らしてしまう、傍から見れば迷惑極まりない私達ですが、幸せなことに、そんな私達でもそうやって愛称を付け、可愛がってくれるお方がいるのです。
「コンパロ、コンパロ、毒よ集まれー」
――そのお方が、今、両手を広げて私達の毒を集めている妖怪、メディスン・メランコリーであります。
彼女は、元々はここ、無名の丘に捨てられた人形。それが私達の毒を浴びて妖怪となったのです。
ですから、メディスンは私達と生まれてから共に在り続けている、とても強固な絆で結ばれた者であるのです。
彼女はいつも、私達に無垢な笑みを見せてくださる。私達の毒に、はしゃぎ回ってくださる。
メディスンの幸福に、携わっていると思えば、私もまた幸福感に満ちていきました。
しかし、真に自分勝手な話なのですが、私には一つ、腹中に抱える我侭がありました。それは、自分という存在を、メディスンに認識して欲しい、というものでした。
無理だということは分かっています。無数に鈴蘭がある中で、その一点だけを見るのは容易ではない。
それに、私は鈴蘭の中でも、とりわけ小さい方に分類されます。しかも、周りの鈴蘭はすらりと茎の長い、結構な長身ときたものです。
必死に目を凝らさない限りは、私のことを識別するのは難しいでしょう。にも関わらず、私のその思いは激情となって、ずっと私の中に渦巻いているのです。
自分でも異常だと思えるほどのそれに、私は前世を垣間見ました。この感情は多分、前世からの強い契りによって生まれたのでしょう。
鈴蘭である前、他の生き物だった私は、メディスンと邂逅していたのかもしれません。
さすれば、その前世の思いを、存在は違えど、輪廻転生の軸において同じ軌道上にある私の思いを、無下に捨てるわけにはいきません。
私は口も無ければ自由に動かす手足も無い。そこで、思いを風に乗せ、今日も静謐なままに叫ぶのです。
無量千万の星屑の中、たった一つの私を貴方が見つけてくれるのならば、どんなに幸せなことでしょう――そうして貴方にメッセージを送るのが、こうして私が鈴蘭であり続ける、唯一無二の存在理由なのです。
特に無名の丘の解釈のところ。
結局「私」は最終的には自分の意志で鈴蘭になったわけですが、
やっぱりなんか悲しい。
メディスンが毒を操れるということ、それは一重にスーさんとの絆による力だったのですね。