如月。
世界を覆う雪も融け始め、春に向けて花が目覚めだす季節。
冬の間咲き誇った逞しい花と、気の早い春の花とが入れ替わる時期。
そんな頃の、幻想郷で唯一枯れない花と寝ぼすけさんとのお話。
「やっほ」
身支度をしている時にスキマからの不意の来訪。
唐突なのはいつもの事だけれど、雪の残る時期に起きているという事実には驚かされた。
相手をしてもいいのだけれど、予定があるから適当に追い払ってしまうとしよう。
「今年は随分早起きね。花見にはまだ早いわよ」
「梅でお花見するのも、風情があっていいんじゃない?」
「花を慈しむ心があるなら、どんな花でも風情が出るわよ。
宴会がしたいなら博麗のとこにでも行きなさいな」
上着を羽織り、日傘を差して外へ出る。
悠長に紫の相手をしていたら日が暮れてしまう。
お喋りは日が暮れてからすればいい。明るいうちに廻っておきたい所があるのだ。
「相変わらず冷たいのねえ。どこかにお出掛け?」
「これから散歩に行くのよ。あなたにはいつでも会えるけど、冬の花は今見ないと萎れちゃうもの。
花の盛りは乙女の命よりも短いのよ」
雪や風、急激な気温の変化であっという間に散ってしまう事もある。
今日咲いた花が明日も見られるとは限らない。
だからこそわざわざ寒い中出掛ける必要があるのだ。
「それならご一緒させてもらってもよろしいかしら。幻想郷の様子を確認しておきたいし」
「好きにするといいわ」
冬独特の透明感のある張り詰めた空気を吸ってから、空へと浮き上がる。
雪道を歩くのは風情があるけど、泥道を歩くのは御免蒙りたいものね。
「・・・」
「~♪」
「ねえ、紫」
「なあに、幽香?」
「抱きついていいなんて言った覚えはないんだけど」
「同感ね。私も抱きついていいなんて言われた覚えはないわ」
「なら離れなさいよ」
「いやよー」
適当に家から離れた所で、いきなり後ろから抱きつかれた。
それからずっと背中にくっついている。離れろと何度言っても聞かないし。
口で言って駄目なら、と力尽くで引き剥がそうとしたら泣かれるし。
子供じゃあるまいし、どんだけ迷惑なのよこいつは・・。
「だって寒いんだもの。くっついてた方がいいでしょ?それに、起きたばかりで体も上手く動かないし」
「寝てればいいじゃない。無理して起きてる必要も無いでしょ」
「愛しい愛しい幽香ちゃんに早く会いたかったんだもの、そりゃあ早起きくらいするわよ」
頬ずりしてきたので反対側のほっぺを思いっきり抓ってやる。
紫の言葉はどこまで本気だか分かりはしないから最初から相手にしない。
どうせからかわれてるだけだもの。
「冬眠しなければいつでも会えるわよ」
「幽香も一緒に冬眠すればいいじゃない。マヨヒガに招待するわよ?」
「遠慮するわ。冬に咲く花が見られなくなるのは寂しいし、何より紫みたくぐうたらじゃないもの」
「幻想郷で唯一枯れない花さんは年中咲き誇っているのねえ」
離れてくれる気配は一向に無い。寝起きで頭がボケてるのか。
眠さを押して会いに来てくれたのなら嬉しいけど、もうちょっと場所を考えて欲しいわね。
・・・。
「紫」
「なあに?」
「胸を押し付けるのやめなさい」
「幽香ちゃんとどっちが大きい?」
「向日葵の肥料にするわよ」
「ごめんなさい」
「そういえば、うちの黒猫が何度か遊びに行ってるらしいわね」
「肝試し代わりに来るのは止めさせてもらえない?」
「怖がられるほうが悪いのよ。子供が好きなら、もっと優しくしてあげればいいじゃない」
「花を大事にしない奴は嫌いよ」
「花好きな子供を探しておいてあげましょうか」
「・・・」
「ふふ、楽しみにしてるといいわ」
ー夕刻ー
冷えてきたので家に戻り、紅茶を飲んで温まる。
今は暖炉の前で二人肩を寄せて座っている。
相変わらず紫は離れてくれないし、何で今日に限ってべたべた甘えてくるのか。
怖い夢を見た子供じゃあるまいし。
まさか、マヨイガを追い出されたわけじゃないわよね。
抱き枕にはいいかもしれないけど、毎日相手をするのは流石に疲れるわ。
「椿、姫椿、待雪草、雪割草、雪中花、極楽鳥花、蛇の目エリカ、福寿草。
よくこんなに花の咲く場所を見つけるものねえ」
「花の声と香りを辿れば、そんなに難しい事じゃないわ」
「本当に花が好きなのね」
楽しそうに笑いながら、膝に頭を乗せてくる。
子供みたい。
髪を撫でながら考える。
一人眠っているとやっぱり人恋しくなるんだろうか。
冬眠している間に異変が起こったり人が死んでもおかしくはないんだし。
冬の間中起きてれば…。
やっぱり冬眠してくれてた方がいいわね。うん。
「何考えてるの?」
「夜にはもう一箇所見に行くから。付いてくるわよね?」
「えー、寒いのは嫌よぉ」
「後で暖めてあげるから、今日一日付き合いなさい」
「どこにでも付いてくわ!」
紫は猫と狸どっちだろうと、喉を撫でながら考えてみる。
・・・。
にゃーん。
ー夜ー
独特の鋭さを持つ夜の空気。
吸い込まれてしまいそうな漆黒の空と輝く星とのコントラスト。
月明かりの下、花見をしに夜空を飛ぶ二人の妖怪。
「私のとっておきの場所よ」
遮るものの無い山の頂、銀色の光を降らす下弦の月。
雪の残る土の上に鮮やかな牡丹の紅。
それを囲むように咲き誇る薄紅の梅の花。
息すら凍り、一切の音が死んだ静謐の空間。
人を寄せ付けぬ美しさに、息をする事さえ忘れてしまいそうになる。
長き年月を生きてきた大妖怪ですら、しばし言葉を失ってしまう。
「素敵ね。来た甲斐があったわ」
「今が一番美しい時なのよ。早起きしてよかったわね」
「寒い中出てきてよかったわ。私以外も招待したの?」
「花より団子な連中に見せても仕方ないじゃない。手入れが大変だから、荒らされたくないのよ」
「二人だけの秘密ね。大事にしてるのが分かるわ。
四季折々の風情を雪月花と言うらしいけど、それが一度に楽しめるなんてね」
「綺麗に咲き誇るのはほんの一時だけどね。花が萎れてしまうまで、ここで楽しむ事にしてるのよ」
「招待してくれて嬉しいわ。
それじゃあ、儚き冬の華を二人だけで愉しみましょうか」
「お酒が欲しい所よね。この景色に相応しい、とびきり上等な奴が」
「とっておきの美味しいお酒があるわ。ふふ、皆には内緒よ」
「「乾杯」」
「来年もこうして花見が出来たらいいわね」
「見ごろになったら起こしに来てね」
「冬眠しなきゃいいのよ」
「それは無理な相談よねぇ」
「お酒も尽きたし、そろそろ帰りましょうか」
「そうね。今日は泊めてくれるんでしょう?」
「うちにベッドは一つしかないわよ」
「じゃあ、一緒に寝ましょうか」
「まあいいけど」
暫しの沈黙。
紫の方を見ても不思議そうに顔を傾げるだけ。
面白がってるようにも見える。
「どうしたのかしら?」
「いや、寒いしスキマで送って欲しいんだけど」
「だーめ。折角なんだし、手を繋いで帰りましょ」
「何でそうなるのよ」
「いいからいいから。ほら、風邪を引く前に帰りましょ。ね?」
手をとり指を絡ませ、少女のように笑いかけてくる。
まったくこいつは・・。
抱きつかれるより恥ずかしいじゃないの。
「あら幽香、顔が赤いわよぉ?」
分かってるくせにわざと聞いてくるのが憎らしい。
「お酒が回ったのよ。ほら、帰るわよ」
「はーい」
全く、調子を狂わされるったらありゃしない。
ー翌日ー
「ねえ、紫。そろそろ起きたいんだけど」
「昨日あなたに付き合ってあげたんだから、今日一日私の言いなりになりなさい」
「寝てるだけじゃないの。それより花の世話をしてきたいんだけど」
「だめよー。柔らかい抱き枕が無くなっちゃったら寂しいもの」
「抱きつくために私のとこ来たの?」
「半分正解」
頬を抓ってやる。私は抱き枕じゃないっての。
「いたいー。
じゃあ訂正するわ。
幽香が好きだから、傍にいて欲しいのよ」
目を見てそう言われたので、思わず笑顔になってしまう。
普段から胡散臭くて言うこと為すこと信用できないけど。
これは多分、信じてもだいじょうぶ。
「最初からそう言えばいいのよ」
おでこを合わせ、紫を抱きしめる。
春にはまだ早いけど、この温かさは眠りに誘うには十分すぎる。
「もう少しだけ寝るわね。変な事したら承知しないから」
「それはしてもいいってことよね」
「ばーか」
確かに、このぬくもりは抱き枕にちょうどいい。
甘い!!!甘すぎる!!!!!でも最高!!!!!
ゆうかりんをデレさせられるのはゆかりんしかいないと信じてました。
二次ではあまり仲良く表現されない二人ですが、幻想郷を愛し幻想を愛するゆかりんにとって、四季の花の体現であり、外の世界で失われた幻想(妖怪)らしい幻想のゆうかりんは、実はどストライクだと思うんですよ。
そして花の妖怪たるゆうかりんはやっぱり「愛で、注がれる愛」には敏感で弱いと。
ご馳走さまでした。
どっちかというとゆかりんよりゆうかりんのほうが大きいですかね。
態度の話ですよ
そうですね、どっちかっていうと、ゆかりのほうが大きいと思います。
幻想郷に対する愛の大きさの話ですよ。
くそ、趣味にストライクだ
え?持ってる傘の話ですよ?
ゆかりんのほうが大きいかな…あぁ、いや靴のサイズね。
あぁ、器量ですよ