しんしんしんしん。静かに雪は降り積もる。博麗神社も例外ではなくうっすら白く染まっていた。空気はひどく澄んでいて、気温の低さを物語っている。
普段から閑散としているこの神社によもやこんな日に参拝客など来るはずがなかった。参拝客なら、であるが。
全てが白い景色に黒い点がぽつりと浮かぶ。その点は真っ直ぐ博麗神社に向かっていた。神社の裏に向けて高度を下げると霧雨魔理沙は薄く積もった雪に足を降ろした。さくっっと心地よい音が響く。
魔理沙は裏口の戸に手をかけ、勢いよく開けながら中に声をかけた。
「よう霊夢、いるか?」
「……当たり前でしょ。寒いから早く閉めて」
こたつに温まりながら博麗霊夢は答えた。魔理沙が慌てて戸を閉める。
「悪ぃ悪ぃ。お邪魔するぜ」
言いながらこたつに身をすべりこませる。瞬時に体が温まり魔理沙は息を吐きながら全身の力を抜いた。
「毎度ながらいいもんだな。こいつは」
「お茶なら自分で淹れてよ。私はここから動きたくない」
「まあそう言うなよ……ん?なんだこりゃ」
魔理沙がこたつの上に置かれた箱に気付き手を伸ばす。神社に似つかない西洋風の箱で明らかに浮いた存在である。疑問を投げかける前に霊夢が説明し始めた。
「朝起きたら置いてあった。中身は知らない」
「置いてあったってお前……誰から~とかどうして~とかもう少しあるだろ」
「知らんもんは知らん。それに大体誰の仕業かは予想がつくでしょ」
「あー……まぁ、な」
魔理沙が箱を振って中身を確かめる。送り主が送り主であるだけに、警戒せざるを得ない。
「開けていいか?」
「どうぞご勝手に」
霊夢はすでに箱自体に興味がないようだった。それを尻目に魔理沙は包装紙をはがし始める。いざ箱を開けると魔理沙の大方の予想に反して、甘い匂いが部屋に立ち込めた。
匂いに気付き思わず霊夢が顔を上げる。二人して箱を覗きこむとそこには黒い小さな塊が並んでいた。
「……チョコだな」
「……チョコね」
幻想郷においてこういった西洋の菓子の類は希少品の内に入る。たまに香霖堂に置いてあったり紅魔館で振舞われたりはするが、普段は中々お目にかかれない代物だ。
おそらくは外からのものであろうその贈り物に二人は素直に喜べないでいた。
「罠……媚薬入りってとこか?」
「よしてよ……あり得るけどさ」
「あり得るな。大いにあり得る」
二人とも遠巻きに覗くだけでチョコに触ろうともしない。触った途端に何が起こるか分かったものじゃないからだ。
「どうするよ」
「どうするも何も……」
「捨てるつもりなら貰ってってもいいか?」
「食べるの?随分勇気があるのね」
「んなわけあるか。ただの暇つぶしだよ、暇つぶし」
魔理沙が箱ごと持っていこうとすると、はらりと紙が滑り落ちた。どうやら蓋の内側にはさまっていたようだ。
「手紙……?」
見ると、何やら文字のようなものが並んでいるが幻想郷の言葉ではなく西洋の言語で綴られていた。
「何が書いて……ああいいや、どうせくだらないことでしょ」
「まぁ待て。確かこの意味は……ぶっ」
読み進めていた魔理沙が突然堰を切ったかのように吹き出した。
「だはははははははははははは!!こりゃ傑作だ!!」
「お楽しみのところ悪いんだけど爆笑するなら自分の家でしてくれるかしら」
「はぁはぁ……いやすまんすまん……ええとこの文の意味はだな」
「いいって」
拒否する霊夢の言葉を無視して魔理沙は手紙を差し出す。
そこに書かれていたのは──『I love you』の一言のみ。
「あ、あなたをあい、愛してますってことだ!!ぎゃははははははははは!!」
「……」
爆笑する魔理沙とは対照的に霊夢は露骨に顔をしかめ、まるで親の仇でも見るように手紙を見詰めていた。今にも手紙を縦に引き裂きそうな雰囲気である。
「いやー笑った笑った。で、どうすんだよ」
「……何が」
「返事だよ返事」
「キモイの一言に尽きるわ」
「それには同感だ。しかしまぁ破いたりしないほうがいいと思うぞ、それ」
「なんでよ」
「あいつのことだ。その反応も見越して何か仕掛けてるかもしれん」
霊夢の脳内にあの胡散臭い笑みが思い浮かぶ。
「……それもそうね。札でも貼っておくか」
「そうしたほうがいい。じゃ、こいつは貰ってくぜ」
箱を持ち上げ魔理沙はこたつから体を這い出した。
「あら、暇つぶしは終わり?」
「馬鹿言え。これからだこれから」
じゃあな、と手をひらひらさせ魔理沙は神社を後にした。
残された霊夢はその後ろ姿を見送り、再びこたつに潜りこみ惰眠を再開した。手紙はひとまずおいといて今日という日を消費してしまおうと。
雪は未だ降り注いでいた。
────────
「よう、アリス。アイラビューだ」
「帰って」
普段はじめじめして薄暗い魔法の森も、雪に覆われてはそうもいかない。木々も土も何やらよく分からない茸も今は雪の下だ。
森の奥に進んだ先にある洋風の家の周りはきちんと雪がはねられていて整然とした様子が見て取れる。屋根の雪もきれいに取り払われていた。
その玄関先で二人の魔法使いは何とも陳腐な会話を繰り返していた。
「んだよ、親しい人間の愛の告白をそう邪険に受け取るもんじゃあねえぜ」
「訪ねるや否やいきなり玄関先でへらへらしながら出てきた愛の告白をどう真剣に受け止めろと?」
「そこは相手の人格を推して量るべきだろ」
「推して量った結果お帰り願おうということよ」
なおも魔理沙は茶化そうとするがアリスの方は慣れた様子でそれを流す。何だかんだで彼女らはこのやりとりを楽しんでいるようだった。
しばらく茶番を続け、魔理沙の帽子にうっすらと雪が積もった頃。
「そろそろ冗談じゃなく寒い。とりあえず中に入れてくれ」
「はいはい」
家の中は明るく暖炉の薪がぱちぱちと燃えていた。整理整頓が行き届いており清潔な印象を与える。
しかし棚という棚に並べられた大量の人形が不気味な雰囲気を醸し出しており、普段から来ている人間でなければそのままUターンしてしまうだろう。
二人は部屋の真ん中に置かれたテーブルの周りのイスにに腰をおろした。
「で?」
「愛の告白ついでにプレゼントを持ってきたぜ」
「あり得ないことを2乗するとそれはそれはあり得ないことになるのよ。知ってた?」
「初耳だ。とどのつまり今夜は雪が降ると、そういうことだな」
「外見りゃ分かるでしょ」
「世の中に確実なことなんて一つもないぜ。例えばこれが本当にプレゼントで、中身は甘い菓子だったりな」
魔理沙が箱を開け中身を見せるとアリスは少しだけ目を見開いた。
「……今夜は雪が降るどころかどこぞの雪妖が大奮発するわね。それか地獄から太陽が昇ってきて幻想郷は真夏に突入するわ」
「そりゃ愉快だ。ま、あの手紙ほど愉快じゃあないが」
「手紙?」
「こっちの話だ」
不審な顔をしながらもアリスはチョコに手を伸ばす。
「食べるのか?」
「そのつもりだったけど今の言葉を聞いて食べる気が失せました」
手を引っ込めるアリス。
「そう言うなよ。目の前には得体の知れないチョコがいくつか。美味いかもしれんしまずいかもしれん。媚薬が入ってる可能性もあるし毒が入ってる可能性もある。言わばシュレディンガーのチョコだ。観測しない手がどこにある?」
「そんなもの毒ガスの詰まった箱にでも詰めときゃいいのよ」
アリスがおもむろに手を上げパチンと指を鳴らすと、並んだ人形の内の一体がすうっと浮かび上がりこちらまで飛んできた。
さらに上げた手の人差し指をくくっと曲げると人形はチョコを一つ取り上げ奥の部屋へと持ち去った。
「何をするつもりだ?」
「猫の観察」
奥の部屋では何やら魔法が発動した光や物音が絶えず響いていた。アリスの指も忙しなく動き続けている。
「おいおい、人のプレゼントを解析にかけるなんて無粋にも程があらぁ」
「観測しろって言ったのはあなたでしょ」
「実体験に勝るデータは無い」
「都会派の魔女は精度の高い器具を使うから自らを実験体に使うなんてことしないの」
「実験体じゃあない。実体験だ」
「似たようなもんでしょ」
しばらく会話を続けていると人形が奥の部屋から戻ってきた。手にはびっしりと結果が書かれた紙が握られている。
「中身は何かしらっと。どれどれ……砂糖,カカオマス,乳糖,植物油脂,ココアバター,全粉乳,ココアパウダー,クリームパウダー……何これ?」
「チョコだろ」
「あんだけ前フリしといてこれ?」
「だから言ったろ。プレゼントだって」
「どうにも釈然としないけど……ま、いただくとしますか。どうせだから一緒に食べる?」
「元からそのつもりだ。おかげで安全だということが分かった」
「……そういやあなたこのチョコどこで手に入れたの?」
「さぁな。重要なのはこいつが甘くて、美味くて、私好みの味だってことだ」
「あ、いつの間に」
──魔女達のお茶会は和やかに甘やかに進んでいく。
「さて、あっちの告白はどうなったかね?」
雪は止んだようだ。
────────
辺りはすっかり闇に包まれ太陽の光を反射した月の光をさらに雪原が反射し世界は深い蒼に沈んでいた。冬の夜空は晴れ渡り星がやたらくっきりと浮かんでいる。
神社からはぼんやりと光が漏れ家主がまだ起きていることが分かる。周りに人の気配はなく、朝方魔理沙がつけた足跡も新雪に埋もれて見えなくなっていた。
「さむっ」
依然としてこたつに包まっている霊夢だが、いい加減就寝しなければならない時間に迫りつつある。いっそこのまま寝てしまおうかと横になると頭の裏に何か柔らかいものが当たった。
「こんばんは」
「冬眠中じゃなかったの?」
「今日は特別」
いわゆる膝枕の状態から霊夢が頭を上の方へ向けると正座しながら顔を覗き込む紫が見えた。相変わらず何を考えてるのか分からない笑みを浮かべている。
「手紙、読んでくれた?」
「捨てた」
「嘘吐き」
紫が指で空をなぞると一本の線が出来上がった。そこに手を入れたかと思うと次の瞬間には手紙が手に収まっていた。
「ほうらね」
「後でお札でも貼るつもりだったのよ」
「あら?何を封印するつもりなのかしら」
「あんたの真意」
体を起こし霊夢は紫の方をきっと見詰めた。
「ふふっ。真意だなんて大げさな。ただの愛の告白じゃない」
「あいにく私西洋の言葉は読めないの」
「それは私の口から直接聞きたいってこと?」
「日本語で書けってことよ」
なおも霊夢はこの大妖怪に対する警戒を解かない。勘こそ働いていないが何か裏があるに違いないと、そう確信していた。
「裏も企みも無いわよ。あなたにプレゼントをしたかっただけ」
「どう信じろと」
「ただの手紙にただのチョコ。これにどんな裏があるのかしら?」
「読んでないし食べてもいないから判断のしようがないわ」
「あなたって本当に無粋ねぇ」
「そりゃどうも」
段々霊夢に苛立ちが募ってきた。毎回紫との会話は要領を得ず話が全く前に進まないのでよっぽどのことがない限り関わりたくない相手である。
いつまで経ってもこちらに目的や主題を話さず何かを見透かしたような目線で話しかけてくる。この手の輩を得意とする者はほとんどいない。霊夢もまたその例に漏れず、この会話をさっさと終わらせるためにはどうしたらいいかと考え始めていた。
「で、結局なんなの?」
「チョコの感想を聞こうと思ったのだけれど、食べてないのなら仕方ないわ」
そう言うと唐突に紫は顔を近づけてきた。最早鼻と鼻がくっつきそうなほどの距離である。
「何よ」
「代わりのプレゼント」
「え──」
言うや否や紫はその唇を霊夢のそれと浅く重ね、すぐさま離した。
「──!」
「甘かった?」
「……気持ち悪いわ」
「それは残念」
そうは言いながらも少しも残念そうな様子を見せず紫は立ち上がった。
「それじゃ、また後ほど。来月を楽しみにして待ってるわ」
「はぁ?」
何のこと、と霊夢が問う前に紫はその姿を消していた。深くため息をつき霊夢は床につくことにする。気になることは多々あれど、相手が相手なのでそれを思案しても仕方が無いことも分かっていた。
まだ唇にはほんのりと柔らかい感触が残っている。それを確かめると霊夢は苦々しい顔を浮かべそのまま眠りに入った。
ある如月の日の出来事である。
普段から閑散としているこの神社によもやこんな日に参拝客など来るはずがなかった。参拝客なら、であるが。
全てが白い景色に黒い点がぽつりと浮かぶ。その点は真っ直ぐ博麗神社に向かっていた。神社の裏に向けて高度を下げると霧雨魔理沙は薄く積もった雪に足を降ろした。さくっっと心地よい音が響く。
魔理沙は裏口の戸に手をかけ、勢いよく開けながら中に声をかけた。
「よう霊夢、いるか?」
「……当たり前でしょ。寒いから早く閉めて」
こたつに温まりながら博麗霊夢は答えた。魔理沙が慌てて戸を閉める。
「悪ぃ悪ぃ。お邪魔するぜ」
言いながらこたつに身をすべりこませる。瞬時に体が温まり魔理沙は息を吐きながら全身の力を抜いた。
「毎度ながらいいもんだな。こいつは」
「お茶なら自分で淹れてよ。私はここから動きたくない」
「まあそう言うなよ……ん?なんだこりゃ」
魔理沙がこたつの上に置かれた箱に気付き手を伸ばす。神社に似つかない西洋風の箱で明らかに浮いた存在である。疑問を投げかける前に霊夢が説明し始めた。
「朝起きたら置いてあった。中身は知らない」
「置いてあったってお前……誰から~とかどうして~とかもう少しあるだろ」
「知らんもんは知らん。それに大体誰の仕業かは予想がつくでしょ」
「あー……まぁ、な」
魔理沙が箱を振って中身を確かめる。送り主が送り主であるだけに、警戒せざるを得ない。
「開けていいか?」
「どうぞご勝手に」
霊夢はすでに箱自体に興味がないようだった。それを尻目に魔理沙は包装紙をはがし始める。いざ箱を開けると魔理沙の大方の予想に反して、甘い匂いが部屋に立ち込めた。
匂いに気付き思わず霊夢が顔を上げる。二人して箱を覗きこむとそこには黒い小さな塊が並んでいた。
「……チョコだな」
「……チョコね」
幻想郷においてこういった西洋の菓子の類は希少品の内に入る。たまに香霖堂に置いてあったり紅魔館で振舞われたりはするが、普段は中々お目にかかれない代物だ。
おそらくは外からのものであろうその贈り物に二人は素直に喜べないでいた。
「罠……媚薬入りってとこか?」
「よしてよ……あり得るけどさ」
「あり得るな。大いにあり得る」
二人とも遠巻きに覗くだけでチョコに触ろうともしない。触った途端に何が起こるか分かったものじゃないからだ。
「どうするよ」
「どうするも何も……」
「捨てるつもりなら貰ってってもいいか?」
「食べるの?随分勇気があるのね」
「んなわけあるか。ただの暇つぶしだよ、暇つぶし」
魔理沙が箱ごと持っていこうとすると、はらりと紙が滑り落ちた。どうやら蓋の内側にはさまっていたようだ。
「手紙……?」
見ると、何やら文字のようなものが並んでいるが幻想郷の言葉ではなく西洋の言語で綴られていた。
「何が書いて……ああいいや、どうせくだらないことでしょ」
「まぁ待て。確かこの意味は……ぶっ」
読み進めていた魔理沙が突然堰を切ったかのように吹き出した。
「だはははははははははははは!!こりゃ傑作だ!!」
「お楽しみのところ悪いんだけど爆笑するなら自分の家でしてくれるかしら」
「はぁはぁ……いやすまんすまん……ええとこの文の意味はだな」
「いいって」
拒否する霊夢の言葉を無視して魔理沙は手紙を差し出す。
そこに書かれていたのは──『I love you』の一言のみ。
「あ、あなたをあい、愛してますってことだ!!ぎゃははははははははは!!」
「……」
爆笑する魔理沙とは対照的に霊夢は露骨に顔をしかめ、まるで親の仇でも見るように手紙を見詰めていた。今にも手紙を縦に引き裂きそうな雰囲気である。
「いやー笑った笑った。で、どうすんだよ」
「……何が」
「返事だよ返事」
「キモイの一言に尽きるわ」
「それには同感だ。しかしまぁ破いたりしないほうがいいと思うぞ、それ」
「なんでよ」
「あいつのことだ。その反応も見越して何か仕掛けてるかもしれん」
霊夢の脳内にあの胡散臭い笑みが思い浮かぶ。
「……それもそうね。札でも貼っておくか」
「そうしたほうがいい。じゃ、こいつは貰ってくぜ」
箱を持ち上げ魔理沙はこたつから体を這い出した。
「あら、暇つぶしは終わり?」
「馬鹿言え。これからだこれから」
じゃあな、と手をひらひらさせ魔理沙は神社を後にした。
残された霊夢はその後ろ姿を見送り、再びこたつに潜りこみ惰眠を再開した。手紙はひとまずおいといて今日という日を消費してしまおうと。
雪は未だ降り注いでいた。
────────
「よう、アリス。アイラビューだ」
「帰って」
普段はじめじめして薄暗い魔法の森も、雪に覆われてはそうもいかない。木々も土も何やらよく分からない茸も今は雪の下だ。
森の奥に進んだ先にある洋風の家の周りはきちんと雪がはねられていて整然とした様子が見て取れる。屋根の雪もきれいに取り払われていた。
その玄関先で二人の魔法使いは何とも陳腐な会話を繰り返していた。
「んだよ、親しい人間の愛の告白をそう邪険に受け取るもんじゃあねえぜ」
「訪ねるや否やいきなり玄関先でへらへらしながら出てきた愛の告白をどう真剣に受け止めろと?」
「そこは相手の人格を推して量るべきだろ」
「推して量った結果お帰り願おうということよ」
なおも魔理沙は茶化そうとするがアリスの方は慣れた様子でそれを流す。何だかんだで彼女らはこのやりとりを楽しんでいるようだった。
しばらく茶番を続け、魔理沙の帽子にうっすらと雪が積もった頃。
「そろそろ冗談じゃなく寒い。とりあえず中に入れてくれ」
「はいはい」
家の中は明るく暖炉の薪がぱちぱちと燃えていた。整理整頓が行き届いており清潔な印象を与える。
しかし棚という棚に並べられた大量の人形が不気味な雰囲気を醸し出しており、普段から来ている人間でなければそのままUターンしてしまうだろう。
二人は部屋の真ん中に置かれたテーブルの周りのイスにに腰をおろした。
「で?」
「愛の告白ついでにプレゼントを持ってきたぜ」
「あり得ないことを2乗するとそれはそれはあり得ないことになるのよ。知ってた?」
「初耳だ。とどのつまり今夜は雪が降ると、そういうことだな」
「外見りゃ分かるでしょ」
「世の中に確実なことなんて一つもないぜ。例えばこれが本当にプレゼントで、中身は甘い菓子だったりな」
魔理沙が箱を開け中身を見せるとアリスは少しだけ目を見開いた。
「……今夜は雪が降るどころかどこぞの雪妖が大奮発するわね。それか地獄から太陽が昇ってきて幻想郷は真夏に突入するわ」
「そりゃ愉快だ。ま、あの手紙ほど愉快じゃあないが」
「手紙?」
「こっちの話だ」
不審な顔をしながらもアリスはチョコに手を伸ばす。
「食べるのか?」
「そのつもりだったけど今の言葉を聞いて食べる気が失せました」
手を引っ込めるアリス。
「そう言うなよ。目の前には得体の知れないチョコがいくつか。美味いかもしれんしまずいかもしれん。媚薬が入ってる可能性もあるし毒が入ってる可能性もある。言わばシュレディンガーのチョコだ。観測しない手がどこにある?」
「そんなもの毒ガスの詰まった箱にでも詰めときゃいいのよ」
アリスがおもむろに手を上げパチンと指を鳴らすと、並んだ人形の内の一体がすうっと浮かび上がりこちらまで飛んできた。
さらに上げた手の人差し指をくくっと曲げると人形はチョコを一つ取り上げ奥の部屋へと持ち去った。
「何をするつもりだ?」
「猫の観察」
奥の部屋では何やら魔法が発動した光や物音が絶えず響いていた。アリスの指も忙しなく動き続けている。
「おいおい、人のプレゼントを解析にかけるなんて無粋にも程があらぁ」
「観測しろって言ったのはあなたでしょ」
「実体験に勝るデータは無い」
「都会派の魔女は精度の高い器具を使うから自らを実験体に使うなんてことしないの」
「実験体じゃあない。実体験だ」
「似たようなもんでしょ」
しばらく会話を続けていると人形が奥の部屋から戻ってきた。手にはびっしりと結果が書かれた紙が握られている。
「中身は何かしらっと。どれどれ……砂糖,カカオマス,乳糖,植物油脂,ココアバター,全粉乳,ココアパウダー,クリームパウダー……何これ?」
「チョコだろ」
「あんだけ前フリしといてこれ?」
「だから言ったろ。プレゼントだって」
「どうにも釈然としないけど……ま、いただくとしますか。どうせだから一緒に食べる?」
「元からそのつもりだ。おかげで安全だということが分かった」
「……そういやあなたこのチョコどこで手に入れたの?」
「さぁな。重要なのはこいつが甘くて、美味くて、私好みの味だってことだ」
「あ、いつの間に」
──魔女達のお茶会は和やかに甘やかに進んでいく。
「さて、あっちの告白はどうなったかね?」
雪は止んだようだ。
────────
辺りはすっかり闇に包まれ太陽の光を反射した月の光をさらに雪原が反射し世界は深い蒼に沈んでいた。冬の夜空は晴れ渡り星がやたらくっきりと浮かんでいる。
神社からはぼんやりと光が漏れ家主がまだ起きていることが分かる。周りに人の気配はなく、朝方魔理沙がつけた足跡も新雪に埋もれて見えなくなっていた。
「さむっ」
依然としてこたつに包まっている霊夢だが、いい加減就寝しなければならない時間に迫りつつある。いっそこのまま寝てしまおうかと横になると頭の裏に何か柔らかいものが当たった。
「こんばんは」
「冬眠中じゃなかったの?」
「今日は特別」
いわゆる膝枕の状態から霊夢が頭を上の方へ向けると正座しながら顔を覗き込む紫が見えた。相変わらず何を考えてるのか分からない笑みを浮かべている。
「手紙、読んでくれた?」
「捨てた」
「嘘吐き」
紫が指で空をなぞると一本の線が出来上がった。そこに手を入れたかと思うと次の瞬間には手紙が手に収まっていた。
「ほうらね」
「後でお札でも貼るつもりだったのよ」
「あら?何を封印するつもりなのかしら」
「あんたの真意」
体を起こし霊夢は紫の方をきっと見詰めた。
「ふふっ。真意だなんて大げさな。ただの愛の告白じゃない」
「あいにく私西洋の言葉は読めないの」
「それは私の口から直接聞きたいってこと?」
「日本語で書けってことよ」
なおも霊夢はこの大妖怪に対する警戒を解かない。勘こそ働いていないが何か裏があるに違いないと、そう確信していた。
「裏も企みも無いわよ。あなたにプレゼントをしたかっただけ」
「どう信じろと」
「ただの手紙にただのチョコ。これにどんな裏があるのかしら?」
「読んでないし食べてもいないから判断のしようがないわ」
「あなたって本当に無粋ねぇ」
「そりゃどうも」
段々霊夢に苛立ちが募ってきた。毎回紫との会話は要領を得ず話が全く前に進まないのでよっぽどのことがない限り関わりたくない相手である。
いつまで経ってもこちらに目的や主題を話さず何かを見透かしたような目線で話しかけてくる。この手の輩を得意とする者はほとんどいない。霊夢もまたその例に漏れず、この会話をさっさと終わらせるためにはどうしたらいいかと考え始めていた。
「で、結局なんなの?」
「チョコの感想を聞こうと思ったのだけれど、食べてないのなら仕方ないわ」
そう言うと唐突に紫は顔を近づけてきた。最早鼻と鼻がくっつきそうなほどの距離である。
「何よ」
「代わりのプレゼント」
「え──」
言うや否や紫はその唇を霊夢のそれと浅く重ね、すぐさま離した。
「──!」
「甘かった?」
「……気持ち悪いわ」
「それは残念」
そうは言いながらも少しも残念そうな様子を見せず紫は立ち上がった。
「それじゃ、また後ほど。来月を楽しみにして待ってるわ」
「はぁ?」
何のこと、と霊夢が問う前に紫はその姿を消していた。深くため息をつき霊夢は床につくことにする。気になることは多々あれど、相手が相手なのでそれを思案しても仕方が無いことも分かっていた。
まだ唇にはほんのりと柔らかい感触が残っている。それを確かめると霊夢は苦々しい顔を浮かべそのまま眠りに入った。
ある如月の日の出来事である。
少なからず、早すぎでしょうに。
十分だとも、
十分だっていってるだろ
つ□
んで、来月にはお返しの方も書くんですよね?
悩んだ挙げ句何も出来ない、とかも悪くないな
お前…泣いてたのか