「……美しい」
別に鏡を見て口走ったわけではありませんし、黒水仙のように自分で自分自身に陶酔してるわけでもありません。
したがって、整え終わった庭を見て自画自賛してるわけではありません(これは嘘)。
庭を立派にするのが庭師のお仕事なのですからいちいち喜んでいられないのです。
「しかしこれは下界の竜安にも負けませんよ……!」
乳白色に薄々と輝き、黎明の絨毯とも思わせる小石。
墨塗りと緑の苔の絡みつく『在るが儘』を模倣する岩。
上手に位置する決して桃色を色づける事のない西行妖。
すべてを調和させることに成功した私はもはや有頂天。
自他共に認める一人前の庭師なのです―――もっと褒めて。
しかし、そんな何でもこなせちゃう私にも気がかりなことが一つだけあります。
「…………」
「…………」
用具を片付けながらも感覚はしっかりと仕事をしているということです。
後ろからひしひしと視線を感じます。視姦をされるというのはこういうことをいうのでしょう。
背後に立っているその人は、もう約二時間ほど寡黙に私の作業を見ています。
その間にも時間は刻々と過ぎて、今や日は西に傾いていく中、如月の冷風が髪を攫い―――正直寒いです。詩的な表現をしたところで寒いものは寒いんです。
―――寒さの原因は季節や気候以外のことも原因なのですが。
だけど。
いつまでも逃避しているわけにはいかないので、口を開いて状況打破を試みることにします。
「―――あの……!」
勇気を振り絞って声をかけると一瞬声が裏返ってしまいました。
恋文を渡すときと同じぐらい精神力を使います。渡した事ないからわかりませんけど。
「どうしたの?」
青を含む白髪を揺らしながら心配を含む声色で私に返答してくれます―――良い人です。
しかし、それとこれとは話が別。良い人だけど迷惑な人ってたくさんいます。彼女もその例に漏れず……。
「なにゆえ先刻から私の作業を凝視しているのですか……咲夜さん」
「え? だって暇なんだもの」
あっけらかんと答えるその人は間違いなく十六夜咲夜さんその人。
常々思っていましたが、『えぷろんどれす』が良く似合うお方ですね。
「……咲夜様」
「『様』は鳥肌立つからやめてっていったでしょ」
「そうでしたね」
もちろん分かってて言ってますよ。
私を舐めるように見続けた……ちょっとしたお返しです。
「分かっていってるわね」
うぅう、見抜かれてる……。
「そんなことはないですよ~」
「絶対今のは私が嫌がることを見越して言い放ったでしょ!」
「そんな滅相もない!」
「ぜぇったいそうよ!」
「違います!」
……このまま、立ちっぱなしで問答を続けるワケにはいきません。
いくら、まだ昼間だからといって長時間外にいては風邪をこじらせてしまいます。
「―――とりあえずお茶でも煎れましょうか?」
なんとか提案をしてみます。
「そうね……子供みたいな言い争いをしていても埒が明かないわ」
私たちは冬の寒さに僅差で負けたのでした。
†
居間は普段は決して居心地の悪い場所ではなく、寧ろ寛げる安住の地のはずなのに今はすごく嫌な空気です。
『居間』と言う無生物にあっさりと手のひらを返されました。
漿液のようにゆるりとした時間が流れる中、お茶を差し出します。
もしかしたら咲夜さんが時間を操っているのかもしれませんね。
そう懸念するほど時が狂っています。
「粗茶ですが」
「ありがとう」
咲夜さんの唇に湯のみが触れ、ゆっくりと傾きます。
「…………」
「…………」
「…………」
多分考えていることは同じでしょう。
「「……はぁ」」
この状況は我が主こと西行寺幽々子様とレミリア様のお戯れの結果なのです。
レミリア様と幽々子様が暇になる→くじで従者と主ぐちゃぐちゃにしてみない?
単純明快です。壮大な伏線やら大層な理由などありません。
それゆえ迷惑蒙ります。
まぁ……それも喜びでもありますが。
フフッ、慣れると振り回されるのも楽しいですから。決してそういう性癖があるわけではないのであしからず。
そういうわけで只今私は咲夜さんの従者状態となっているのです。
ちなみにあちら側は従者=幽々子様、対応する主=レミリア様という振り分けになりました。幽冥組はみな従者です。
「迷惑かけてる?」
「い、いえ! 決して迷惑というわけではないのですけれど……」
気が散るって素直に言えない自分が恨めしいです。
ですが、自称八方美人ですから仕方ありません。
嫌われることは極力したくないのです。
「だったらいいじゃない」
そう言われてしまうとうまく誤魔化すことが出来ません。
王将の前に金二枚の詰みです。
「…………」
う~……うすうす自覚はしていましたが。
飄々としてるところに定評がある咲夜さんは、しかし私とは相性が悪いです。
相手はそう思ってないでしょうけど―――私は苦手なのです。
理由は不明です。
が、おそらく深層心理下で苦手と刷り込まれているんでしょう、深層心理の意味は分かりませんが。
まだまだ未熟というか……私は子供だと自覚させられます。
「本当にこういう境遇は慣れてないのよ。よもや自分が王女になるなど夢の沙汰だとばかり」
「はぁ……」
間の抜けた声しかでません。
……致し方ありません。
「せっかく休暇を頂いたのだから普段できないことをすればいいのでは?」
咲夜さんをどこかに追いやる作戦を実行してみることにしました。
「勝手に人様のお屋敷を弄り自分好みに装飾しても悪いじゃない。それに―――」
一息入れて、咲夜さんは私の瞳を覗き込み言い放ちます。私が鏡のように眼に映りこみます。
「貴女だって私の立場だったら同じことしたでしょう?」
グサリと心を五寸釘で穿たれました。気分はもちろん藁人形なので、世間体という大木に磔にされます。
他人と関係を築くことほど面倒かつ複雑怪奇な代物はこの世にはないと思います。
だってそうでしょう? どこまでいっても他人は他人。そこに境界が或限り永遠に分かりあえないのが私たちなのです。
「ほら、貴女だって他の従者とあまり交流があるわけではないから、興味湧かない?」
「そりゃあまぁ……正直、はいです」
まったくありませんけどね。
体裁としては最善の一手でしょう。
打消に疑問形は肯定だと幽々子様もいってました。肯定には肯定で、だそうですよ。
「そういうことよ」
内心苦笑を禁じ得ません。これっぽっちも思ってないのに。
しかしながら。
これは私が出ていくしかありませんね。
作戦を変更し、献身的になります。
そもそも追い出すと言う考え方がおかしかったんです。これって言い訳ですかねぇ。
手順初手―――時計を視る素振りをします。
「あ、そろそろ買出しにいかないと」
……我ながらわざとらしいと思います。
早くこの空気から逃げたくてしょうがないのが見え見えですが、手段を選んでいる暇はありません。精神的苦痛は耐え難いのです。
「では、行って参ります」
「いつも一人で行くの?」
「はい、献立とか考えながら考えるときは一人の方が落ち着くので……まぁ心配御無用ですよ」
「……そうね」
弛緩します。それは孫をみるおばあちゃんのような目つきです。
はてさて、子供扱いならぬ孫扱いは多少誇りが傷つきますね。
「せっかくだから和食でもご馳走になろうかしら」
「いつもより腕によりかけて作ります―――とかいうと幽々子様怒っちゃいますのでいつもどおりでいきます」
「―――――ぁ」
え、なんですかその目は……。
さっきまでの『ほのぼのおばあちゃん』の気配が消え失せています。
「えっと……言いにくいのだけれど」
目を合わせない所を見ると、相当言いにくいことなのでしょう。
「なんでもいってください、生魚がお嫌いとか?」
「いえ、私は雑食だから……じゃなくて! 好みの事じゃなくてね……」
「はい」
「私は……その、もともと少食だから……。だから……ね?」
「はい、存じておりますよ」
初めて知りました。しかし言わんとすることが推測出来ません。
「量とか、しっかり考えてね……?」
『しっかり』をやたら強調する意図が掴めず、きょとんとしちゃいますよ、私が。
「良くわかりませんが。いつもと同じ献立でいいですよね」
「……言ってみて」
「まずは銀飯五合」
「無理」
「白玉楼では普通ですよ」
「あ、そうか他の幽霊さん達も入れてなのね!? そうであって欲しいわ……!」
「いえ、私と幽々子様の二人です。今日は岩笠さんが、みんなを外食に連れていってくれるそうなので。ちなみに私の容量はお茶碗一杯分ですのでその他は咲夜さんが処理していただくという形で……」
深々と頭を下げます。嗚呼美しき大和撫子魂―――。
「無理よ! 絶対無理!」
咲夜さんは必死に否定文句を連ねています。
その必死さについに私は妥協してしまいました。
「そうですか……では三合減らしまして、中華そばを二杯―――」
「妥協したようで変わってない! 寧ろ酷くなってる!」
「むぅ、しかたないですね……じゃあ――」
「…………」
ギトッと睨まれました。まるで視線が刃物です、とっても怖いです。切れちゃいますよ、主に前髪が。
相手方は徹底抗戦の構えをしています。
強固な要塞と化してしまったのでそこで会話終了。
「…………」
「――――」
「…………」
「――――」
なんという嫌な空気、例えるなら、ひとりだけ誘われなかった同窓会ですね。ちなみに幽々子様は一回だけ経験があるそうです。
この空気のまま放置しても傷は広がるだけです。
ならばこんどこそは私が本当に妥協しなくてはなりません。
然るべき新たな諸刃の剣を構えます。
「だったら」
「……?」
「―――咲夜さんも一緒に料理すればいいじゃないですか」
咲夜さんは相当意外だったようで目が点になってしまっています。
「ほら、一緒に台所を預かれば量とかの調整もできますし、一石二鳥ですよ」
―――私にとっては損しかありませんから一石零鳥ですけどね。
「―――そうね、言われてみればその通りね」
「じゃあお手伝いお願いします」
「分かったわ」
「では一旦台所に向かって何が食材が残ってるのか確認しましょうか」
†
台所は居間よりも床がひんやりとしているような気がします。
すぐそばに裏口があるから、隙間風があるのでしょう。
そんな寒い空気とは対照的に、調理器具に熱い視線を向けている咲夜さん。
「これはいいものね……」
刃物を見てぶつぶつとひとりごとを言う姿は怪しいです。しかしいうと怒られそうなので、そっとしておきます―――触らぬ神に祟りなし。
さて、適当に会話をしておきましょうか。
「流石咲夜さん、紅魔館の影の実力者と囁かれるだけあります……気づきましたか」
少しばかり得意げなり答える私。ええ、そうですとも……すべて一級品ですから。
「ええ―――侮ってもらっては困るわよ。単なる白鋼刃の加工じゃここまでの見事な鈍色は出せないわね……」
「家にある包丁は鬼の炎で加工していただいたものです。素材は私の刀白楼剣に近い素材を使用していますので、切れ味は保証しますよ」
「グリップも良く手に馴染むし……まさに一級品ね」
わが子が褒められている気分です。
「手入れも行き届いているし、流石ね……魂魄妖夢」
いやいやそれほどでも―――本日二回目もっと褒めて。
照れ隠しに爪で頬をかじります。
さて……気恥ずかしい気分を、他のもので塗りつぶすため残っている食材を整理します。
といっても基本は使い切りなんですけどね。
「えっと鰤の切り身と人参と玉葱が残ってますよ」
鰤の切り身はなんにでもできるから、大丈夫でしょう。
「無難に大根と合わせますか」
問題は、人参と玉葱です。
普通に味噌汁や和え物と言うのもありですが、いまいち映えません。
せっかく咲夜さんという客人がいらっしゃるのに、味気ない料理では白玉楼の台所を預かるものとして失格です。
まぁ―――。
せっかくともに食事の支度することになったので咲夜さんを頼りましょう。
「なにか人参と玉葱を使った一品ってありますか?」
「……それならクリームシチューが作れるわね」
……久里忌武……志忠……?
なるほど。名前から察するに郷土料理のようです。猪とか入れそうですね。
「力のつきそうな料理ですね……」
「そうかしら、むしろやわからい語感ではなくて?」
語感はそうですが、私の想像上の漢字は剛強してます。
それはさておき。
鰤の下ごしらえだけしておきましょう。
「冗談だと思うけど……鰤一本全部使う気じゃないでしょうね」
「いえいえ、白玉楼の食費は冗談では済まされませんよ。もちろん使用します」
「早くも戦線放棄したい気分だわ……」
「やめて下さい。戦いは始まったばかりです。さぁ食材を買いに行きましょう」
それはさっきまでの私の台詞です。
†
今から数刻前。
どうやら『志忠』は『シチュー』とカナ文字で書くらしいです。
西洋風味噌汁といったところでしょう。作り方を教えてくれるそうなので私の献立が増えます。嬉しいのでついつい小走りしてしまったり(嘘)。
「……つい買いすぎてしまったわね」
言葉とは裏腹に両手に花ならぬ両手に食材を持ち、ホクホク気味の私たちなのでした。
一体何人分になるのやら―――まさに本末転倒、恐るべき料理に恋する乙女達の暴虐。
私はともかく―――咲夜さんは乙女? などと口走った瞬間に額にナイフが生えそうなので聞きませんでしたが。
「買ってるときは夢中でしたからね……」
こんな会話ばかりしていたような気がします。
要するに二人とも現実逃避したかったんです。確実に食べきれる量ではありませんからね。
もう一つ予想外だったのが。
―――私が想像したよりも、遥かに一緒に買物をするという行為は楽しいものだということが分かりました。
普段はいかないような西洋食材店に案内され、私が普段行くお店を紹介したり……。
話の合うものどうして買い物をするということがこんなに心踊るものだとは―――人生損してましたね。
あ、半分生きていないので今この時間を『人が生きる』時間と呼んでもいいものかどうか謎です。(揚げ足を取るならば半分生きているんだから、人生と呼ぶこともできますね)
……さて、時間軸を今に戻しましょう。
只今白玉楼、調理室(食いしん坊立ち入り禁止)で絶賛作業中です。
二人いると作業効率が格段に上がります。
隣から咲夜さんの小気味のいい、野菜を切り刻む音が響いてくるのでそれを背景音楽にしながら、大根をいちょう切りにします。
「料理の時は刀は使わないのね。意外」
などと失礼なことをいわれました。だいたい……先程自慢の包丁を見せたじゃないですか。
そんな文句は飲み干して―――とっとと火を起こすとしましょう。
「貴女、そのレトロなものはなに?」
「火打石ですが……」
「……はい、マッチ」
「魔血……? これまた奇妙な木の枝を……先端が赤リンじゃないですか」
「赤リンを知ってて何故マッチを知らない! まったく……ここまで見事なジェネレーションギャップはなかなかお目にかかれないわね」
箱の側面で赤い方を摩ると―――なんと火がつきました!
それを種火にし、炎を作ります。わずか数分の出来事に目を奪われてしまいました。
赤く燃える炎は暖かく、冷え切った調理場から酸素を奪い、代わりにぬくもりを与えてくれました。
「まるで幻術の類―――便利ですね、それ!」
「そりゃ火打石に比べたらね―――さ、続き続き」
お湯を沸かしご飯を炊きはじめます。咲夜さんはごはん党なのですか?
「―――」
お料理している咲夜さんは生き生きしています。普段のパリッとした合理的な咲夜さんではなく、どことなく乙女のようです。お弁当でも作る勢いを醸し出しています。
私も負けていられません。大根を下湯でをしながら、業務用鍋(十人分用)に鰤の骨と頭をいれます。
そして、
「――咲夜さん」
すごく自然に、私としては不自然なまでに自然に話しかけていました。
どうでもいい話題。さして私に関係がなく、とりとめもない世間話をしたいと―――自分でも不思議な欲求です。はてさて悪いものでも食べたかな。
「時間の流れって一定なんですか?」
「……確かにクロノス時間は一定ね」
「じゃあ時々、というか嫌な時は時間がゆっくり流れますよね。あれってなんなんですか?」
大根と切り身を鍋の中に入れ砂糖とみりんでで味付けしながら再び問います。
「それはカイロス時間ね」
「クワガタみたいなやつですね。鋏ギロチンの」
「……それは架空生物の話ね」
「―――で、カイロス時間とは何奴なんですか?」
「自分から話を折っておいて……カイロス時間というのは体感時間のことよ」
「体感時間……」
いまいちピンと気ません。
「え~と……ほら、真剣勝負の時相手の太刀筋の軌跡まで見えるとか、弾幕に当たったときにやけにゆっくりと自分自身を認知できるとか、そんな感覚を体験した事あるでしょう」
「ああ~、よくありますね! あれがカイロスさんの仕業だったんですかぁ!」
カイロスさんすごいです。感動して思わず咲夜さんの方を見ますが、彼女はお鍋と格闘しているようです。
先程から味見と味付けを繰り返しています。そこには味には一切妥協しない海原さんの風格すら漂わせていました。ずごずごと私も味の調整をする作業に戻ります。
「そういう一瞬にカイロスは私たちに干渉してるの……もうちょっと塩味が欲しいわね……」
「干渉ですかぁ……鰤の方もそろそろかな」
鍋にお醤油を投下します。良い香りが充満してお腹が減っていきます。
「じゃあ咲夜さんも干渉できるじゃないですか、カイロスさんと同じ土俵に立てますよ」
「いいえ、私が操れるのはクロノス時間―――といってもその欠片よ……うんいい味になった」
「クロノスさんというと、一定の方ですか」
「ええ」
こっちも残ってる作業は煮るだけになりましたね。
―――そこでふと思い出しました。
「じゃあ蓬莱山輝夜さんは?」
思ったことをすぐに口にするのは良くないと言われ続けています。
「かぐや姫? なんでまた」
「彼女も時間を操ります。何か違いがあるのかな~と」
「あんまり能力自体を見た回数があるわけじゃないから、断定はできないけど恐らくカイロス時間ね」
「何が違うんです?」
さっきから質問ばかりしてますね、私。ちょっと反省。
「彼女の方が曖昧なのよ、操れる範囲が。……私は定規の尺度の様に決められていて、それ以上の変更は出来ないけれど、彼女がその気になれば運命の時間すらも圧縮できると思うわ」
「―――――ちんぷんかんぷんです」
「運命を従わせ歴史の介入を許さない能力って言ってわかる?」
「分かるような分からないような」
「……大雑把に見れば、私は空間を操れるけど彼女は操れない。彼女は可能性を操れるが私は操れない……ぐらいかしら」
どうやらシチューが出来たと思われ、鍋に蓋をします。
「可能性って……化物じゃないですか」
「あら、どこぞの巫女は幾億分の一の確率を一発で引き当てるようなやつだから……化物レベルはあっちの方が上よ」
何を思い出したのか咲夜さんは身震いをします。
「あれは『運がいい』なんてもんじゃないわ」
「『宙に浮く』とか言って弾幕当たりませんもんね……」
「あの巫女は別格よ、私たちとは住む次元が違うわ」
まさに鬼で卑怯千万です。
「しかし……」
「?」
「よくよく考えてみると、輝夜さんと咲夜さんって能力の根源は同義ですよね。なにか関係があるのかも知れませ―――」
ふと死神さんが脳内を徘徊しました。
それは確かな悪寒となり、私を支配します。
「つかぬ事をお伺いしますが……」
咲夜さんは『?』という記号を頭の上にふわふわと揺らしています。
「レミリア様はお料理は……?」
「…………!? お勉強中です」
「主の不出来を晒すのは嫌ですが幽々子様は調理が出来ません。俗に言う『毒料理』の才能があります」
「要するに……その……下手、と?」
「…………ええ」
「雇っている妖精さんの中に料理出来る人いるんですか」
「例外なくできないわね。美鈴が中国料理出来るが……天文学的確率ね」
「パチュリー様は……?」
「お勝手に立っているのを見たことがないわね」
「…………」
「…………」
沈黙します。
否、沈黙せざるを得ません。
だって―――多分ですが。
餓死します、主に幽々子様が。
これ以上お亡くなりになったらどこに逝くのか皆目見当もつきません。
「お願いがあるのだけれど」
「はい、なんでしょう」
「―――お料理届けにいってもいいかしら」
「私も同行しましょう、いえ同行させてください」
結局二人して、紅魔館に向かうことになりました。
その勢いや彗星と見紛う如き。
………………。
…………。
……。
予想通り、レミリア様と幽々子様の食べ物をめぐっての血を血で洗ったであろう後が多々ありました。
しかし当の本人達はいなかったので、幽々子様用の白米(三合)と、紅魔館の四人分のシチューとパンと野菜サラダ、妖精さん用の飴を、食卓に置いておきその場を後にしました。
どうやら妖精さんは甘いものがお好きなようです。
†
帰ってきたら早速お膳立てをします。。
テキパキと支度をしていくなか、調理ができると言うのは幸せなことだということを噛み締めています。素晴らしきかな主婦生活。
今日の献立は鰤の大根煮とシチューと漬物です。
「ではいただきます」
「いただきます」
切り身を箸で割くと、ほっこりとした湯気が出ます。見て美味しいの定番です。
我ながら鰤の煮物はおいしくできたと思います―――三度目ですがもっと褒めて。
「すごくおいしいじゃない!」
なんということでしょう、咲夜さんに褒められました。
もはや以心伝心―――いいえ、私は咲夜さんの心は盗撮できませんので一方通行に覗かれてしまいます。超能力者もびっくり驚愕です。
「エヘヘ、それほどでも、咲夜さんの『しちゅー』も美味ですし……」
「お褒めに預かりありがとうございます」
「どっちが下部か分からないような口調ですね」
そんなやりとりを繰り返すうちに、時はゆるやかに加速していきます。
差し入れを多めにした分、あっという間に食事は胃袋の中へと掻き消えました。
ゆったりと無言で食後の茶を楽しみます。
先程とは打って変わって、心地よい沈黙です。
「たまには緑茶もいいものね」
「じゃあ普段はどんなお茶を飲んでいらっしゃるんですか?」
「そうね~……」
少し考えて口を開きます。
「アーリーモーニングティーはウヴァかしら。あ、アーリーモーニングって言うのは、一日の始まりの紅茶のことよ。別の言い方をすれば目覚ましのための紅茶ね。話をもとに戻すとウヴァは味がすごくしっかりとしてるから、ミルクと合わせると最高よ。白いカップに注ぐと水底に金色に輝くから是非ともやってみるといいわね。ブレックファーストティーは文字通り朝食と一緒にいただくお茶のこと。朝食によって変えてるけど、ダージリンが多いわ。ダージリンは値段によって露骨に味がでるから高いものを使ってるし、高ければ高いだけそれに見合うマスカットフレーバーがあるし、何よりも他の食べ物の味と反発しないでくれるのが素晴らしいわ。やはり朝の紅茶は一日の始まりだからしっかりとしたものを飲みたいわね。イレブンジィズは別名モーニングブレイクティーとも呼ばれてて、午前中の仕事が一段落したら一息いれるために飲むことよ。これはケニヤをよくいただくわ。ストレートで煎れても甘くて、休息にはぴったりのフレーバーね。これもミルクとあうし、スパイスを入れてもいい味を出すわ。アフタヌーンティーはおやつの時間も兼ねてるから、アールグレイ―――これはオレンジ色でとっても綺麗よ。特筆すべきは見事な柑橘系の香りね。ビスケットやスコーン、ケーキ、タルトあらゆるお菓子にあうっていうとダージリンやウヴァを想像する人が多いけど、私は断然アールグレイだと思うわ。ハイティーは、う~ん本来仕事に出かけるような人がいないから必要ないかも知れないんだけど、ルフナが多いかな……。ルフナは本当に独特なの。それでいてすごく繊細で上品な味よ。アフターディナーティーは一日の終わりに飲む紅茶のことで、これはカラメルに限るわね。まさに一日の終わりにふさわしい、ほっとした優しい味よ。名前の通り甘くて、濃くって……。必要ならお分けしましょうか? ああ煎れ方わからなかったら気軽に聞いてね。大抵のお茶ならわかるし、セットも貸すわよ」
「は、ははは……さようでございますか」
普段クールな人は自分の趣味のこととなると饒舌になるらしいですが本当ですね。
もう二度と紅茶のことは聞かないようにします。
「―――ところで妖夢」
「はい、なんです?」
真剣な声色で問うてくるので、越後屋を意識して答えます。
「檜風呂があるって聞いたんだけど……」
「ええ、まぁ……」
咲夜さんの硝子湯のみが机を叩きます。
ああ、そうか。
「すいません。シャワー完備してませんで―――」
「自由にっ! 自由に使っていいのよね!?」
「のぼせない程度に浸かってくださいね」
なにやら小躍りをしていらっしゃるようですが。
お風呂に憧れていたとでもいうのでしょうか……これまたありえないことです。
「では、早速―――!」
脱兎の如く駆け出し逃げ出し風呂場に向かう姿はどこかかわいく滑稽です。
「……私は後でいただくとしましょう。さてお片づけお片づけ……」
なぜだか安堵と寂しさがこみ上げてき――――――こんな時間に誰でしょうね。
唐突に『玄関』に人が立つ気配がします。
「……嫌な予感しかしません……」
「失敬ね」
玄関とは程遠い場所―――それは後ろから聞こえてきました。
振り返ると、そこには化け兎が立っています。
そいつの藍色と淡紅色の衣装は闇夜と同化し、さながら屍人のように見えました。
揺らめく銀の髪は陽炎のを彷彿とさせます。
紅色の瞳は蜘蛛の眼を刳り抜いたよう。
水性絵の具の滲みのように、彼女の周囲の境界が曖昧になっています。
ただ、ソイツのふわふわと漂う雲のような物腰が私は大嫌いです。
色々因縁がありますが、一応丁寧に接するにこしたことはありません。
「―――鈴仙さん、ですか……。奇っ怪な幻術を中庭から侵入は感心しませんね」
「あらあら、だったらどこぞの楽曲の運命みたいにドアを叩けば入れてくれたのかしら」
「まず間違いなく拒みますし、今頃あなたはドアを墓標にこちらの世界の仲間入りです。いいからお引き取り願います」
「冷たいこと」
「私は幽霊ですよ……あなたの血を浴びれば少しは温まるとおもいますけど」
「文字通り血の雨を降らせる気かしら? シャワーは使えないと聞いているんですが……」
「いえいえ一回きりなら可能ですよ。流れる方向は上から下じゃなくて首から上ですけど」
「……今日はあなたと戯れるために来たんじゃないの。十六夜さんいらっしゃるでしょう」
「咲夜さんに用ですか。あいにく出払っていますね」
「せっかく尋ねてきたのに居留守を使うのかしら―――兎は寂しいと死んじゃうんですよ!?」
「そうですか知ったこっちゃありません。寧ろ死んでくれると万々歳なんですが」
「バンザイして宇宙人と交信でもするの?」
「あなたは宇宙人そのものじゃないですか、月にお帰りいただくと助かるんですけどね」
「咲夜さんは……脱衣所の方ですか―――――なんですか。鯉口切っちゃって」
「あれあれ、知らないんですか? 冥界では不法侵入すると即死刑なんですよ。至極残念なことに二本とも錆びないので刀の錆びにはなりませんが庭の肥料には丁度いいでしょう」
「……取り付く島もないわね。じゃあ、これ渡して置いてくれる?」
「――――これは?」
「十六夜さんの私物よ。あの人天然なのかどうか分からないけど、永遠亭にくる度に忘れ物してくの」
そういって渡された万年筆はひどくひんやりとしていました。
「用事がこれだけなら今すぐ帰ってください。なんなら玄関まで送っていきますよ」
「それは『送る』ではなくて『監視』でしょう。御免蒙ります」
「だったらお一人で立ち去りなさい」
「ではでは。邪魔者は消えますよ。楽しんでくださいね」
「戯言も大概にしてください、いいから消えてください。斬りますよ」
「じゃぁね」
囀るなり背を向けて、首だけでこちらを一瞥し、
「あ、そうそう忠告一つ……あなた今晩悪夢に抱擁されるわよ」
「これまた奇妙奇天烈をおっしゃる。誇大妄想ですよ、そして―――――いい加減帰れ」
「はあ……」
わざとらしく溜息をつくと、ゆっくりと足元から、砂糖が紅茶に溶けるようにさらさらと崩れていきます。最後まであの嫌な微笑を浮かべたままでした。
恐らく幻術の類でしょうが、見ていていい気はしません。
…………。
無事、目障りな兎が消えました。
何事もなかったので、なかった事にしました。
一応巡回しておきましょうか。
†
雪駄と砂利が小気味の良い音色を奏でます。
味気ないことに、月は雲に隠れていてよく見えません。
が、切れ間から月光が溢れ、喩えようもなく綺麗な蒼白い光が私を照らします。
それは地面にも突き刺さり、庭が舞台の様に輝きます。その中央に立つのは私。
「―――」
……何かに突き動かされるまま、月を仰ぎ、全身で降り注ぐ僅かな光輝を浴びます。
目を閉じると何か見えるような気がしますが、たぶん気のせいです。
無情な光。それは私の心の投影のように思えます。
―――いつからだろう。
人を嫌いになったのは。
―――誰からだろう。
掛け値なしで信用しなくなったのは。
―――どうなるのだろう。
それは誰にも分かりません。
所詮我々は星の出来損ないなのです。
唯唯、滅ぶために孤独に光り続け―――消滅する。
死ぬために生まれる。
だから―――――――――違う。
「私は……そんな風になりたくない……」
心から願ってももうダメです、手遅れなのです。
咲夜さんだろうと輝夜さんだろうとカイロスさんだろうとクロノスさんだろうと時間の流れを戻すことなんて出来ないのです。
―――私は突き進むしかないんだ。
元より私の体は鋼であり、剣なのですから―――――そこに感情なる振れは必要ありません。
†
「妖夢、これ……」
脱衣室から出てきた咲夜さんは火照りか羞恥かわからないけど、頬を赤く染めて私に弱い抗議をしてきます。
しっとりと濡れた髪が色っぽいです。
さて、そんな咲夜さんを的確に褒めてあげないいけません。
「よく似合いますよ―――からかってないですナイフ構えないでください、咲夜さんの身長に合う寝具がそれしかなかったんです」
それは普段から幽々子様が寝間着にしている白い浴衣でした。というか、本来なら私のものを使うのが筋でしょうけど、いかんせ体格が合わないのでこういう処置を取りました。心の中で幽々子様に土下座をしています。
「では私もお湯をいただきますね。あ、これ鈴仙さんから」
「……? ああ! てっきり落としたと思っていたのに」
琥珀色の上品な万年筆を手にして、心底喜んでいるようです。
なんか見ているのが癪なので、早々と脱衣所に向かいます。
「あ、妖夢」
「なんですか?」
「ありがとうね」
――――――何がでしょうね?
因幡兎に礼を言う筋こそあれ、私に礼をいう必要はないはずですが。
それもそのはず、人は人の心を知ることができないのです。
しかし対応はできます。
「どういたしまして」
理解に苦しみますので微笑んで返礼しました。
分からない時は微笑む限ります。大抵はそれで万事解決。微笑むは世界を救うんですよ!(力説)
†
夜も更けてまいりました。
蝋燭しか明かりが無いので、室内は太陽の光を浴びているかのように橙色に染まります。
「では、咲夜さんの寝室はこちらとなりますゆえご承知ください」
案内した先は私のお借りしている一室です。
まさか主の部屋に寝かせるなど、後で幽々子様に怒られてしまいます。
「―――なにこれ、一緒に寝るの?」
「いえ、布団は二組ありますしから大丈夫です―――付かぬ事をお伺いしますが、咲夜さんは同性愛者なのですか?」
だとしたら接し方を考えないといけません。
「何を根拠に!」
よかった。正常な返答を頂きました。
「いえ、一緒に寝ると言う事に過剰に反応していらっしゃったので……ちなみに私は違いますので夜這いしてきたら―――いかに咲夜さんといえども『斬』ってしますよ」
「『斬る』と書いて『やる』と読むとは流石辻斬……」
しぶしぶ、了承した咲夜さんが困り顔で笑います。
そして、
「けど」
「?」
「従者としては妥当な処置ね」
「いえいえお代官様ほどでは……」
最近本当に越後屋の立ち振る舞いが板についてきたような気がします。
「では、なにかあったら遠慮なく起こしてくださいね」
火を手で仰いで消し、いそいそと逃げるように布団に潜り込みます。
横に咲夜さんがいるということを意識しなければすぐに寝れそうです。
それぐらい今日は疲れました。俗に気疲れという奴です。
………………ふわぁ。
…………明日はなにしようかな…………。
……。
堕ちる瞬間。
赤い世界を見たような見なかったような。
†
「結局―――なにもありませんでしたね」
起きてみるとなんてことはありません。
まだ日は昇りきっていないらしく、世界は群青色です。
隣にちゃんと咲夜さんも―――。
「妖夢」
「―――っ!?」
名前を呼ばれると同時に息ができなくなります。
何かで口を封じられました。何かは人肌みたいに暖かく―――人肌そのものだと理解するのに時間がかかりました。
「――――――」
唇が拒むも遅く、舌が私の口内に潜り込みます。
熱くて焼き切れそうです。
嫌らしい粘液の音が木霊し、永久か刹那かは分からない時間が流れます。
しばらくすると、唇が離れ舌先から透明な粘り気のある糸が伝います。
「咲夜さん―――正気ですか……ッ?」
必死に抵抗の眼差しを向けます。
そんな目の前。睫毛と睫毛が触れそうな距離に彼女はずっと私を見つめます。
「……!」
白く冷たい指先が私の頬に触れ、五指はゆっくりと移動し私の体を嬲ります。
……気持ち悪い。久しぶりに心の底から毒づきます。
他者に触れられると言う不快感。
嫌いな人が自分に触れられるという服従。
嗚呼―――嫌だ―――と嘆いてみてもそんなのは無力だと嫌というほど知っています。
嘆く前に抵抗しないと。脳が蛆虫の様に爛れてしまう……!
すでに体は火照り、四肢が痺れていました。
唾液が皮膚に絡みつき、独特の体液音を奏でます。
「離れなさい! 斬りますよ!!」
「――――――」
咲夜さんがなにやら呟いていますが、聞き取れません。
「もう、正当防衛ですからね……!」
刀を引き寄せ―――。
「―――」
カタナが―――ない。
白楼剣もなけれ楼観剣もありません。おかしい。
「消えてっ……」
次の瞬間。
ドロリと溶けました―――咲夜さんも寝具も、お屋敷も。
無論私もですが。
†
…………。
……はぁ。
「他人の寝具というのは慣れないものね」
……寝付けない。
月光が障子から滲み、薄々と私を映す。
布団から這い出でて夜風に体をさらすべく渡り廊下と部屋の障子を開くと、ひんやりとした風が部屋を駆け巡る。
「…………」
心地の良い寒さが鎖骨を擽る。
髪が首筋を撫でるのがこそばゆい。
「――――ン……!」
反応して視線を右に向けると、幼い少女が唸っていた。
苦痛とも不安とも違うような声―――冬だというのに汗が滲みでている。
「まったく……子供ね」
無論褒めている。
―――今日一日見ていて感じたことがある。
この少女は―――否、私自身にも言えることだが、他者に触れるということ自体が耐え難い事なのだろう。
だから自分と相手の傷を必要最低限に抑える。
よくいえば当たり障りなく接することができると言うことなのだけど。
優しすぎる。
それ故に、自分以外の全員が笑顔でなくてはいけないと言う歪んだ自己犠牲が彼女の本質だと簡単に推測出来た。
多少なりともペルソナを被り、すべてにいい顔をするという処世術はあの年頃の少女にとっては苦痛でしかないのだろう。
もう一つ分かったことは。
魂魄妖夢は西行寺幽々子に依存していると言うこと。
これは本人は意識していないかも知れないけど、言葉の節々でそれを伝えている。
何をするにも基準は西行寺幽々子なのだ。
「西行寺幽々子―――何を考えている……?」
―――どれだけ剣術が優れてたって。
―――他者より早熟だからといって。
年端もいかぬ少女をこのような檻に飼っていていいはずがない。
よしんば後継者として素晴らしく大成したからといって、無理に張り詰めた糸が切れるのは物事の道理。
なんとかできないかしら……。
「―――と」
そこまで考えて―――やめた。
そのようなことは私が立ち入ることではない。
私とお嬢様のように複雑な契機があるのかもしれないから。
それに土足で立ち入るようなことをしてはいけないわね。
でも。
「―――拭うぐらいならいいわよね」
妖夢の白い額に浮かび上がる体液を袖で拭いてあげた。
「…………」
少しだけ表情が和らいだような気がした。
―――そう見えたのは気のせいなのか驕りなのか。
しばらく眺めていようか。この少女の寝顔を。
………………。
…………。
……。
「―――優しいわね」
それは凛とした、だけど聞き慣れた声。
「……!?」
体に電流が走る―――同時に右腕を懐のナイフへと滑らす。
声の主を探るべく、視線を走らせる。
そして―――見つけた。
先程開いた障子と障子の隙間。
そこに少女は佇んでいた。
雪が積もって出来たかのような和服を纏い、死化粧をした少女は亀のように歩み寄ってくる。
一歩一歩確実にだ。
歩く度に裾が靡き、病人のように白い素足が見え隠れする。
「妖夢……なの?」
「―――」
昼間のように仮面を被った微笑ではなく、絵画から何かから抜け出したかのように柔らかな笑顔だ。
妖艶な白い肌は文字通り幽霊ように見える。
幼き少女ながら、孤高の花という表現が良く似合う―――そんな少女は答える。
「ええ、そうよ。この喋り方……そんなに変かしら。本来の口調なのに……」
小首を傾げながら少女は愚痴る。
「丁寧語はどうしたの?」
「それはそっちの寝てる方。私は元々こういう話口調よ。さてさて、妖夢とは誰でしょう?」
誰でしょうも何もない、わかりきっているじゃないか。
ずっと私と妖夢に付き纏っていたのは一人しかいない。
「―――半霊」
「ご名答。流石咲夜さん、感服ですわ」
「私、馬鹿にされてるのかしら」
「そんなことはないわよ」
喉で笑う半霊は、どこかしらに欠陥を持ったようにクスクスクスと薄気味悪く笑い続ける。どことなく―――フランドールお嬢様に似ている。
無邪気さの悪意ほど見ていて恐ろしいものはない。
「それで、なぜお前は起きている?」
右手に掴んだ『お守り』を強く握りしめた。
「あらあら、そんなに怯えないでよ――ね」
彼女の視線が右腕に集中する。
―――流石だ。
内心舌打ちをする。
「うッククク、本当に咲夜さんは可愛い人だわ……」
少女は、啄木鳥が樹木を叩くような声で喉を鳴らす様に恐怖を掻き立てるように笑う。
人間、本当に面白い時は醜悪に笑うものだと分かった。
しかし、この感覚は以前にも体験したことがある―――思い出せない。
拭いきれ無い違和感が全身を覆う。
「……生きてる方があんまりな淫夢を視るもんだから、逃げてきちゃった」
「いん……む?」
「淫らな夢とかいて淫夢よ、内容はあなたと―――」
「―――!? 変態!」
貴様の方が同性愛者じゃない!
「私に言わないで、そっちのむっつりスケベにいってよ」
「明日から顔見て話せないわ……」
「そんなこと言わないでよ。まぁ、一刻の気の迷いと言うことで許してくださいな」
片手でごめんなさいというジェスチャーをするところが―――変な話しだが年相応の少女の様に見えた。
十重二重、のらりくらりとした話口調。
掴みどころがないというか、波間の海月の様な。
この感覚はまるで、そう誰かに似ていると思ったら―――、
「―――西行寺幽々子」
「我が主君を呼び捨てにしたのは見過ごしてあげるわ―――だけど、そう見えるのかしら?」
「ああ、そっくりだわ。出来の悪いマトリョーシカみたい」
「長い間一緒にいると口調が似てきちゃうものなのよ。何しろ崇拝してるから」
憂いを帯びた瞳が畳を見つめる。
思わず、尋ねてしまった。
「何故?」
「それは『寝てる方』から直接聞いてくれるかしら。『生きてる方』が言わないことを『死んでる方』が告げ口するのはよろしくないわね」
一息。
「私が言いたいことは一つだけよ―――これからも『ワタシ』とよろしくね」
そう言うのが早いか、背景と同化して霧と化した。
まるで……そう最初からなにもなかったかのように。
消える間際に残した微笑は儚く消える夢幻。
私は、掌の温度だけで溶け出してしまうような白い硝子細工の欠片を掴んだのだと理解するのに数分掛かった。。
彼女は月光―――見る人によって態度を二転三転する月。
それはいいとか悪いとかで片付けられるものではない。
「…………」
だけど、彼女は誰よりも―――。
「……素直じゃないな」
口の端が釣り上がるのが分かった。
†
「…………」
どこぞの兎ごとにまんまととり憑かれました。まだまだ未熟だと思い知らされます。
あの程度の幻覚を振り払えないようでは俗世など立てるはずもありまえん。
それにともなって爽やかとは正反対をいく目覚め方をしてしまいました。
―――さて忘れましょう。やり直します。
…………。
「ん~!」
伸びをします。幽々子様と違い体の骨がならないところ見ると健康そのもの。
いたって平凡そのものの覚醒です。
ふと横を見ると咲夜さんはもう起床しており、今現在背伸びの運動をしています。
こちらの視線に気づいたのか、彼女の綺麗な藍色の瞳に寝癖がある私が映ります。
「妖夢―――」
いつもよりも低い声で名前を呼ばれます。
はてさて、いつの間に呼び方が『貴女』から『妖夢』に変わったんでしょうか。
「はい」
私は平生と変わらぬ返事を返します。
「貴女、昨夜だいぶ魘されていたけど……大丈夫?」
あちゃー……失敗しました。
というか、発覚しないと思っていたのは自分の演技力を過信しすぎてたのでしょうか。
どうやら女優にはなれないようです。
「―――なんのことでしょう?」
「惚けるの?」
「惚けます」
ニコニコ。
「――――――」
「………………」
微妙な空気が流れます。いうなれば片栗粉と汚水の服で鬼のいぬ間に洗濯をする―――そんな雰囲気です。
「……私でよかったらいつでも付き合うわよ」
――――――。
「はい、ありがとうございます」
建前だか本音だか分からないような返事をしてしまいました。
それを聞いて咲夜さんは一瞬微笑んで、でもまたいつもの凛とした表情に戻りました。
「じゃあ私着替えてくる―――というか私の服は!?」
「『えぷろんどれす』はまだ乾いていませんが……」
「ということは……」
「ええお察しの通りです。今日一日は幽々子様の着物を着用してください」
「……やっぱりそうなるのね。あれ結構ぶかぶか……仕方ないか」
ゆっくりと立ち上がり、私の部屋から出ていきました。
彼女を見送ったあと、私は一人取り残され天井を見つめ続けます。
まぁ。
彼女だけなら―――いいかな。
「嘘」
>「貴女、咲夜だいぶ魘されていたけど……大丈夫?」
咲夜→昨夜かと
妖夢と鈴仙の会話が斬新で。
妖夢が春雪異変の頃のような雰囲気で好きです。
次回作も楽しみにしています。
まともな鈴仙を久々に見た
天然茶目っ気妖夢とたまにうっかりな咲夜さんが可愛いv
しかし鈴仙が曲者だ!こいつは刺客だぜ!
ちなみに輝夜と咲夜の能力については俺も同意見です。
ただ、ある部分においてその能力には大きな違いが出てくる、というのが俺の持論です。