匣を飾るのは――いつまでも眺めていたいから。
櫃を飾るのは――隅々まで観察したいから。
箱を飾るのは――死体が大好きだから。
火焔猫 燐は今日の仕事に満足していた。
いつもと変わらぬ旧地獄の燃料補給役ではあったが、最近は温度調節役のお空が留守しがちなこともあってそちらの仕事の兼任をすることも多かった。労働量は増えたものの苦ではなく、何より地上で遊ぶお空が楽しそうだったので気分は充実している。
今日の死体は具合が良い。勢い、温度ともに申し分なかったのは、新鮮な燃料が手に入ったからであろう。
あらかたの作業を終え、休息のため住まいである地霊殿への帰途に着く。
身体全体に疲労は溜まっているが、逆に気分は高揚している。理由は一つ。たっぷり死体を眺める暇があるからだ。
浮き足立ちながら玄関をくぐり、ホールに並べられたコレクションを仰ぎ見る。
御殿の各所に飾った死体はどれも選りすぐって運んできた者で、特に気に入ったものは自室に置く。部屋に戻った 燐は、堪らない表情で自らのコレクションに向かった。
ゆっくりとその身を観察し、もう伸びることの無い髪を撫で、代謝の停止した皮膚に指を這わせる。
人間の姿形を、心ゆくまで堪能する。
そして観察するのは、何も外側だけではない。
燐が何より好きなのは、臓腑。
脈打たぬ心臓。酸素を取り込むことの無くなった肺胞。濾過を止めた肝臓。どれも生者を観察していては決して見られぬ物である。
折角の綺麗な死体に切り傷を入れるのは惜しくもあったが、中身を見るためならば致し方がない。
死体としての雰囲気を損なわず腹を開くのは中々難しい事ではあったが、燐は何度も挑戦した。最初の方こそ失敗し、グシャグシャになってしまったけれども。今では苦も無く、外側も中身も両方とも見られる素晴らしい死体を作り上げる事が出来る。その手際は、さとり様にだって褒められたのだ――
少女の死体の、艶やかな美しい髪をを弄ぶ。三日前に作成したばかりの、渾身の一作だ。物言わぬ少女を眺めながら、燐はふと思いついた。
そうだ、今日はまだ時間がある。地上はまだ日も落ちていないだろう。
新しい死体が欲しい。
地上に行こう。
死体を集めに行こう。
一旦そう決意してしまうと、燐は逸る心を抑えることが出来なかった。
日常というのは退屈だ。日の出と共に起き、物を食べ、掃除をし、日が落ちるまで畑を耕した後、また食事をし、竹林を見回って床に入る。
藤原妹紅の日常はほぼこのローテーションに終始する。勿論人里に下りたり、時には遠出をするようなイレギュラーもあるのだが、そんなものは千年を超える長い人生の内のほんの僅かに過ぎない。最早うんざりすることすら慣れてしまった生活。
しかしそれ故に、珍しい事には敏感であった。
黄昏時に通りかかった人里近くの墓場。人気も無く、普段は気にも留めない場所ではあったが今日だけは違っていた。
――誰か居る。
それが人間でないことは、ひと目見た瞬間に理解できた。
普通の人間は、墓を掘り返したりなどすまい。
竹林を見回っているのも、人間を妖怪から守るためである。たとえ死者とはいえども、妖怪の手に落ちるのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
「おい、そこの妖怪」
赤い髪をおさげにした少女の姿、傍らには手押し車のような物が置かれている。
「何だいおねえさん――あたいは今忙しいんだよう」
少女は振り向かず、鬱陶しそうにに答えた。
「――何をしている」
妹紅は静かに重い声で尋ねる。
否、尋ねずとも何をしているかは分かっている。
「死体を、貰っていくんだ。あたいは火車だからねぇ」
そう言って土にまみれた手を払い、大事そうに――持っていた箱を閉じた。
「おい、その箱に何を入れた」
分かっている。聴かずとも分かっている。分かっているのに聞いてしまう。
「おかしなことを聞く人だねぇ。分かっている癖に」
箱は、小さい。
目の前の小柄な少女が抱えられる程の大きさである。
それでも、その箱には――入っているというのか。
「無理矢理、入れたのか。切り刻んで」
入らなかった、切り刻まれた余りの『部分』は、手押し車に乗っていた。
「しょうがないんだよ。この匣に入れるには、どうしてもこの大きさじゃないといけなかったのさ」
本来であれば箱を取り返し、この妖怪を追い返さなければならなかった。事実今まではそうしてきた。人間に危害を加える妖怪は全て追い払ってきたのだ。
「何故――そんなことをする」
しかし今日はそれができない。
気になる。箱の中身がどうしても気になる。
「何故って、お屋敷に飾るんだよぅ。こんな綺麗な死体が手に入ったんだ。いつまでも保存するためには、ちゃんと加工しないと。いつまでも、眺め続けられるようにねぇ」
いつまでも、いつまでも飾られ続けるのか。死体として、いつまでも。
「見る? 匣の中身を」
キィと軋む音とともに、匣の扉が開いた。
妹紅の心臓がドクンと鳴る。
あぁ――死んでいる。酷く羨ましい。その匣が。その中身が。
私もその匣に入れば、死体になれるのか。
そもそも死体とは何だ。
死体とは全てが停止した物だ。匣に入って全てを止めれば、死体になるのは簡単だ。
生きることを、この飽きるほど繰り返した日常を諦めてしまえば良い。
「おねえさんも、入りたいんでしょう」
この娘は見透かしている。私の願望を。不死人の願いを。
夢想を巡らす妹紅の視界から、燐は消えていた。代わりに視えたのは、自分の肩口を深々と抉る刃物。
匣の中身を切り刻んだそのものだろう。
「安心しておくれよぅ――おねぇさんは、あたいが責任を持って、最高の死体にしてあげるから」
鮮血が溢れる。
目の前が霞む。
少女は鉈を振り上げる。
もしこれで永遠を終わりにすることが出来るのなら――
あぁ、それも良いなと想い、妹紅は瞼を閉じた。
「じゃあ、慧音せんせいさようなら」
「うん、さようなら」
日が落ちるのも随分と早くなり、寺子屋の授業ものんびりと終わらせる訳には行かなくなってきた。いくら人間の里の中とはいえ、暗くなってからでは何かと危険が増す。
早く切り上げるためには時間配分を考え直さなければいけないし、密度も向上させなければならない。師走とはよく言ったものだな――と上白沢 慧音は生徒達を送りながら溜息をついた。
ふと寒空に、知った人影を認めた。
元来素早いが、今日はいつにも増して速度を出して飛んでいる。眺めていると、影は私の目の前で急降下した。
「あぁ慧音さん、外出していなくて良かった」
射命丸文。烏天狗の新聞記者はやや慌てた口調で挨拶してきた。
「珍しいな、天狗がこんな所まで来るなんて」
「そうでもないですよ、月に一度は取材に来させて頂いています。やはり人間の周りは、事件が多いですからね」
文は慣れた手つきで手帳とペンを取り出した。天狗の帳面といえば貴重な歴史的文献であろうが、文の場合は新聞を見る限りあまり信頼性のおける史料ではないだろう。
「今日も取材か? 私は生憎忙しいし、第一事件なんか起きていないから取材するだけ無駄だぞ」
文はそこだと言わんばかりに、人差し指をこちらに向けた。
「そう――多分事件なんですよ」
寺子屋に招かれた文は、出された緑茶を美味しそうに啜った。
「ふぅ、外は寒過ぎます。生き返りますねぇ」
「一息ついた所急かして悪いが、事件とは何だ?」
「――最近、妹紅さんにお会いしましたか?」
「妹紅に? いや、最後に会ったのは、確か4~5日前だが」
「ここ数日はお会いしていませんね?」
「向こうも用事くらいあるだろうからな。たまに長旅にも出るし――それがどうした?」
文は柄に無く、深刻そうな顔で手元を見つめている。
「――もしかしたら、妹紅さんにはもう会えないかも知れません」
「回りくどいな、どういうことなんだ?」
こちらも柄に無くつい声を荒げてしまった。友人の安否に関わるような話を仄めかされては、仕方が無いだろう。
「――実は里の外れを飛んでいる時にですね、妹紅さんを見かけたんです」
「別に妹紅が里に居たって、不思議じゃないだろう」
「それが見かけた場所が墓場なんです。それも一人でなくて。あの、旧地獄の猫と一緒に」
「旧地獄の猫? ああ、この間の間欠泉騒ぎの時の」
「お燐って言うらしいですけどね。その娘と話しているのを見かけたんですよ。先程も言いましたけど、墓場で」
目で話を続きを促す。手元の茶が冷えてきてしまっているが、そんなことに構っていられない。
「私もそれだけなら別に素通りするんですよ、ただ珍しい組み合わせだなぁと思うだけで。事実その場は急ぎの用もあったので、すぐ通り過ぎてしまったんです。けれども――」
「けれども?」
「帰りにですね、同じ場所を通ったら――べったりと、血の跡が付いていたんです。妹紅さんと、お燐さんの居た場所に」
「殺人、か? 当たり前に考えるなら」
「妹紅さんがお燐さんを襲ったか、あるいはその逆か」
「事情は置いておくとして、仮に妹紅が攻撃をするならば炎を使う筈だ。それにあいつが――妖怪退治にしたって荒っぽ過ぎる」
「ですからこの場合、お燐さんが危害を加えた可能性が大きいんですよ。うぅん、第三者が襲われて妹紅さんが止めに来たというケースも考えたんですがその前に話し込んでいるのを見ていますから、考え難くて」
文は帳面を繰りながら、ペンで頭をトントンと叩いた。考える時の癖らしい。
「ですから今日も妹紅さんの住まいを訪ねたんですけどね、帰っている様子はありませんでした」
「それで私の所へ、様子を尋ねに来た訳か」
「そうです。案の定行方知れず――いや、私も変だとは思うんですよ。不死人に殺人なんて、河童を溺れさせる位妙な取り合わせですからね」
「にとりなら前に下流で流されていたぞ」
「あれは元々注意力が足りないんですよ――まぁそんな事もありますからね。真逆とも思いまして」
妹紅は蓬莱の薬のせいで不死人ではあるが、死なない訳ではない。一度死という段階を経て、再生を行うのが不死人だという。
事実妹紅が死に、再生する場面には良く立ち会う。もっぱら永遠亭の所の姫との喧嘩が主な原因だが――今まで死んだ直後、再生しないということは無かった。文の言うとおりなら妹紅は再生していない。何故再生しないのか――
ざわりと厭な感じがした。妹紅と火車。良くない組み合わせだ。妹紅の火、火車の火――同じ火ではあるが、その性質は全く逆だ。再生を象徴する妹紅の炎は陽の火だが、死を運ぶ火車の焔は陰の火。魅入られる可能性は、十分にある。
「私はもう一度竹林を訪ねてみますが――慧音さんはどうされます?」
文の問いかけで我に返った。
「あ、あぁ私は地霊殿に行くよ。燐に直接話を聞こう」
「そうですか、私も後から追いかけましょうか?」
「否、私だけでいい」
多分厭な予感は当たっている。念のため文には間違いでないことを確認して欲しいし――否、何より。
勘が当たっているのなら、それは見るべきものではない。
文に感謝の意を述べて別れると、私はすぐに地下へ行く準備を始めた。
飾る死体は――衰えていないものが良い。
飾る死体は――傷が無いものが良い。
飾る死体は――死にたてが良い。
話に聞くと、彼女は不死人だという。
そういった意味では完璧だった。理想そのものである。
燐が死体を飾る上で最も嫌なことがある。それは死体が朽ちていくことだ。万物は劣化する。それは生者にしろ死者にしろ等しく訪れることではあるが、燐にはそれが許せなかった。
死体である以上、遺体である以上、生前の形をしっかりと保っていなければならない。
干からびて生前の顔が判らなくなってはいけないし、破損してどのような状態だったか判らなくなってもいけない。
朽ちた死体など、それは只の滓でしかない。
永遠に朽ちぬ死体があったらどんなに甘美なことだろうと常々想って生きてきたのだ。
匣の、蓋を開ける。
手元には加工のために、様々な器具を並べてある。
元々は、この地獄が使われていた時に鬼達が使っていた物だそうだ。
罪人を拷問するために使われていたそれは、思った以上に使い勝手が良かった。
その綺麗な胸元に、つぷりと刃先を入れる。ゆっくりと下腹部に向かって切り開いていく。
丁寧に皮膚を摘むと、美しい内臓が確認できた。
血がこぼれる。笑みがこぼれる。
愉しい。とても困難な作業だが――とても愉しい。
完成すれば明日からも、また充実した仕事ができそうだ。
「妹紅を、返して貰う」
静寂と恍惚の空間を突然破ったのは、厳しい声だった。
あまりに没頭しすぎたからか。部外者が部屋に入ってくる事さえ気づかなかった。
普段なら殿に侵入される前から気づく筈なのに。
「びっくりさせるねぇ。人の部屋に突然押し入って」
「ノックはした筈だがな。気づかなかったか」
「そう。あたいは今忙しいんだ。出て行ってくれると助かるけどねぇ」
目の前の少女――お燐と言ったか。その態度はまるでそっけない。
いかにもこちらに興味が無いといった具合だ。否、別の物に全力で集中している結果か。
部屋をぐるりと見渡す。
この部屋のどこかに妹紅が居るのか。
あるいはこの御殿のどこか――通り道にあった他の死体のように、飾るなどされているのか。
「そういう訳にはいかない。友人を連れて帰らなければならないからな」
「友人?」
「藤原妹紅。私と同じくらいの背格好の、白い髪をした少女だ」
「あぁ――」
お燐は箱に触れた。何の箱だ?
よく見れば箱の傍らには、様々な金属製の器具が並べられている。
「何だ、その箱は」
「うふふ、なんでもないよぅ。その女の子も知らない」
器具にはべっとりと――赤いモノが付着している。
そういえばお燐は私が部屋に入った瞬間、机の上に置いた箱の蓋を閉じた。
肌が粟立った。
「真逆、お前――」
部屋を改めて見渡す。冷たい汗が吹き出る。
箱が――箱が匣が棺が柩が櫃が。
全部、中身があるのか。ならば匣の中身は。
「渡すものか」
先程まで見せていた愛想の良い笑顔が一瞬にして消えた。否、今も確かに笑っているのだが――
「渡さない渡さない。折角手に入れた、最高の物なんだから」
半人半妖の身、妖怪の事は少しは解っているつもりだったが――間違いだった。
人を切り刻んで匣に詰めて集め眺める。論理が、思考が、世界が違う。
匣を撫で、うっとりと少女は嗤う。
怖ろしい。
私は思わず、後ずさった。
「お燐、その娘は帰しなさい」
突然の声。
「さとり様――」
振り返った先には一段と小さな少女の姿。
お燐が私に気づかなかったのと同様に、私も彼女に気づかなかった。
この地霊殿の主、古明地さとり。お燐達の飼い主。
「初めまして上白沢慧音さん。吃驚させてしまってごめんなさいね」
地獄の怨霊すら怖れる少女。彼女は人の心を読むという。
「妹紅を、帰してくれないか」
渇いた口からは、それしか言葉が出てこなかった。否、言う必要は無いのか。
「解ります。怒るのも怖れるのも解ります」
「さとり様!」
「全くとんでもない拾い物をしてきたわねお燐。それは貴女にとって良いものではないわ」
「でも――」
「えぇ言わなくても解っているわ」
さとりは、飼い猫の頭を優しく撫でた。
みるみると、お燐の警戒心が薄れるのが分かる。
「貴女はその娘が完璧な死体だと思っている。こんな素敵なコレクションは他には無いと思っているようだけど――」
主は嗤う。
またしても、ぞっとした。
地獄の住人の微笑みというのは、こんなにもおぞましいものなのか。
「大きな間違いよ、馬鹿なことをしたものね」
「そんな!」
「そんな筈は無いと言うのね。ならようく見てみなさい」
さとりは、匣に手を掛けた。
そして蓋を、観音開きのその扉を――ゆっくりと開けた。
「さぁ、彼女の心臓は止まっているか知ら。肺は空気を取り込んでいないか知ら。血流は巡っていないか知ら」
お燐は極度に動揺していた。
私が望んだのは朽ちない死体だ。生きている死体などではない。
しかし、朽ちないという事は生きていると同義ではないのか。
彼女も死体になることを望んでいたではないか。
死にたくても死ねないから、生きるのを止めて――
否、止められないのか。何故気づかなかった。
燐はふらふらと妹紅に近づき、震える手でそっと頬を撫でた。
どくどく――どくどく――どくどく――
動いて、蠕いて、蠢いて嗚呼厭だそんな――
刹那、瞳が開いた。
「私を、殺したな」
厭だ厭だ厭だ厭だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
そうじゃない私はただ死体を運ぶだけだ眺めるだけだ愛でるだけだ殺してなんて殺すなんて
燐が手を離した瞬間、匣が燃えた。
地獄では決して見ることの出来ない、再誕の炎だった。
「――大丈夫なのか? あの娘」
「お燐は強い子よ。そうでなければ地獄の管理なんて任せたりしないわ」
「そうか、なら良いが」
慧音と妹紅は、さとりに地上まで送って貰っていた。
燐はひたすら詫びていた。あまりに憔悴しきった表情だったので、こちらが逆に心配になってしまった程だ。
「全く、酷い目にあった。生殺し、というのはまさにあのことね」
「のん気に言うな。どれだけ心配したと思ってるんだ、全く」
「ごめん、慧音。あんな気の迷いはもうしないよ」
くすくすと、さとりは笑った。地霊殿で見せた笑みではない、柔らかな表情だった。
地獄と地上では、矢張り何かが違うのだろう。妖怪にとっても、人間にとっても。
「十分懲りたようで何よりだわ。貴女の人生は、こんな事で終わりに出来るほど容易くは無いのだから」
「うん、私は――いや、良い。言わなくても、思ってることは伝わるんだったわね」
「そう。貴女に出来ることは、それが全てよ」
妹紅は何を想ったのだろうか。それが解るさとりが、少し羨ましかった。
「ではさようならお二人さん。れっきとした人でありながら人の路からはみ出た二人。中々お似合いだと思うわよ?」
「な! 何を――」
茶化された。と思った慧音だったが、否定もせず笑って手を振る妹紅の顔を見ると――
全ては、どうでも良いことに思えた。
背筋まで凍るような、しんと冷たい月夜の晩だった。
あの、仄暗い地下とも似た空気だったが矢張り違う。
地上には月光があり、日光がある。途方も無い炎の塊、太陽から等しく照りつける光。
飽きるほど、本当に飽きるほど浴びてきた光が地下では感じられなかった。それが堪らなく嫌だった。
それに――あいつを残して逝ってしまったら、あいつはどんなに勝ち誇った表情をするだろう。
それも堪らなく悔しい。
「やっぱり私達は、永遠に生きなくちゃいけないんだなぁ――」
「あら、まだそんなことをぐちぐち悩んでいたの?」
待ちに待った声は、また今日も遅れてきた。待ち呆けるのも、もう慣れっこだ。
「まぁ、太陽が燃え尽きるまでの辛抱よ。折角の命なんだし、楽しまなければ損じゃない?」
「ご高説尤も――」
呆れるほど繰り返し、最早勝敗すら数えるのが面倒になった決闘。それでも血沸き肉踊らざるを得ない身体を実感しながら、妹紅は月光の下、満面の笑みで輝夜と対峙した。
櫃を飾るのは――隅々まで観察したいから。
箱を飾るのは――死体が大好きだから。
火焔猫 燐は今日の仕事に満足していた。
いつもと変わらぬ旧地獄の燃料補給役ではあったが、最近は温度調節役のお空が留守しがちなこともあってそちらの仕事の兼任をすることも多かった。労働量は増えたものの苦ではなく、何より地上で遊ぶお空が楽しそうだったので気分は充実している。
今日の死体は具合が良い。勢い、温度ともに申し分なかったのは、新鮮な燃料が手に入ったからであろう。
あらかたの作業を終え、休息のため住まいである地霊殿への帰途に着く。
身体全体に疲労は溜まっているが、逆に気分は高揚している。理由は一つ。たっぷり死体を眺める暇があるからだ。
浮き足立ちながら玄関をくぐり、ホールに並べられたコレクションを仰ぎ見る。
御殿の各所に飾った死体はどれも選りすぐって運んできた者で、特に気に入ったものは自室に置く。部屋に戻った 燐は、堪らない表情で自らのコレクションに向かった。
ゆっくりとその身を観察し、もう伸びることの無い髪を撫で、代謝の停止した皮膚に指を這わせる。
人間の姿形を、心ゆくまで堪能する。
そして観察するのは、何も外側だけではない。
燐が何より好きなのは、臓腑。
脈打たぬ心臓。酸素を取り込むことの無くなった肺胞。濾過を止めた肝臓。どれも生者を観察していては決して見られぬ物である。
折角の綺麗な死体に切り傷を入れるのは惜しくもあったが、中身を見るためならば致し方がない。
死体としての雰囲気を損なわず腹を開くのは中々難しい事ではあったが、燐は何度も挑戦した。最初の方こそ失敗し、グシャグシャになってしまったけれども。今では苦も無く、外側も中身も両方とも見られる素晴らしい死体を作り上げる事が出来る。その手際は、さとり様にだって褒められたのだ――
少女の死体の、艶やかな美しい髪をを弄ぶ。三日前に作成したばかりの、渾身の一作だ。物言わぬ少女を眺めながら、燐はふと思いついた。
そうだ、今日はまだ時間がある。地上はまだ日も落ちていないだろう。
新しい死体が欲しい。
地上に行こう。
死体を集めに行こう。
一旦そう決意してしまうと、燐は逸る心を抑えることが出来なかった。
日常というのは退屈だ。日の出と共に起き、物を食べ、掃除をし、日が落ちるまで畑を耕した後、また食事をし、竹林を見回って床に入る。
藤原妹紅の日常はほぼこのローテーションに終始する。勿論人里に下りたり、時には遠出をするようなイレギュラーもあるのだが、そんなものは千年を超える長い人生の内のほんの僅かに過ぎない。最早うんざりすることすら慣れてしまった生活。
しかしそれ故に、珍しい事には敏感であった。
黄昏時に通りかかった人里近くの墓場。人気も無く、普段は気にも留めない場所ではあったが今日だけは違っていた。
――誰か居る。
それが人間でないことは、ひと目見た瞬間に理解できた。
普通の人間は、墓を掘り返したりなどすまい。
竹林を見回っているのも、人間を妖怪から守るためである。たとえ死者とはいえども、妖怪の手に落ちるのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
「おい、そこの妖怪」
赤い髪をおさげにした少女の姿、傍らには手押し車のような物が置かれている。
「何だいおねえさん――あたいは今忙しいんだよう」
少女は振り向かず、鬱陶しそうにに答えた。
「――何をしている」
妹紅は静かに重い声で尋ねる。
否、尋ねずとも何をしているかは分かっている。
「死体を、貰っていくんだ。あたいは火車だからねぇ」
そう言って土にまみれた手を払い、大事そうに――持っていた箱を閉じた。
「おい、その箱に何を入れた」
分かっている。聴かずとも分かっている。分かっているのに聞いてしまう。
「おかしなことを聞く人だねぇ。分かっている癖に」
箱は、小さい。
目の前の小柄な少女が抱えられる程の大きさである。
それでも、その箱には――入っているというのか。
「無理矢理、入れたのか。切り刻んで」
入らなかった、切り刻まれた余りの『部分』は、手押し車に乗っていた。
「しょうがないんだよ。この匣に入れるには、どうしてもこの大きさじゃないといけなかったのさ」
本来であれば箱を取り返し、この妖怪を追い返さなければならなかった。事実今まではそうしてきた。人間に危害を加える妖怪は全て追い払ってきたのだ。
「何故――そんなことをする」
しかし今日はそれができない。
気になる。箱の中身がどうしても気になる。
「何故って、お屋敷に飾るんだよぅ。こんな綺麗な死体が手に入ったんだ。いつまでも保存するためには、ちゃんと加工しないと。いつまでも、眺め続けられるようにねぇ」
いつまでも、いつまでも飾られ続けるのか。死体として、いつまでも。
「見る? 匣の中身を」
キィと軋む音とともに、匣の扉が開いた。
妹紅の心臓がドクンと鳴る。
あぁ――死んでいる。酷く羨ましい。その匣が。その中身が。
私もその匣に入れば、死体になれるのか。
そもそも死体とは何だ。
死体とは全てが停止した物だ。匣に入って全てを止めれば、死体になるのは簡単だ。
生きることを、この飽きるほど繰り返した日常を諦めてしまえば良い。
「おねえさんも、入りたいんでしょう」
この娘は見透かしている。私の願望を。不死人の願いを。
夢想を巡らす妹紅の視界から、燐は消えていた。代わりに視えたのは、自分の肩口を深々と抉る刃物。
匣の中身を切り刻んだそのものだろう。
「安心しておくれよぅ――おねぇさんは、あたいが責任を持って、最高の死体にしてあげるから」
鮮血が溢れる。
目の前が霞む。
少女は鉈を振り上げる。
もしこれで永遠を終わりにすることが出来るのなら――
あぁ、それも良いなと想い、妹紅は瞼を閉じた。
「じゃあ、慧音せんせいさようなら」
「うん、さようなら」
日が落ちるのも随分と早くなり、寺子屋の授業ものんびりと終わらせる訳には行かなくなってきた。いくら人間の里の中とはいえ、暗くなってからでは何かと危険が増す。
早く切り上げるためには時間配分を考え直さなければいけないし、密度も向上させなければならない。師走とはよく言ったものだな――と上白沢 慧音は生徒達を送りながら溜息をついた。
ふと寒空に、知った人影を認めた。
元来素早いが、今日はいつにも増して速度を出して飛んでいる。眺めていると、影は私の目の前で急降下した。
「あぁ慧音さん、外出していなくて良かった」
射命丸文。烏天狗の新聞記者はやや慌てた口調で挨拶してきた。
「珍しいな、天狗がこんな所まで来るなんて」
「そうでもないですよ、月に一度は取材に来させて頂いています。やはり人間の周りは、事件が多いですからね」
文は慣れた手つきで手帳とペンを取り出した。天狗の帳面といえば貴重な歴史的文献であろうが、文の場合は新聞を見る限りあまり信頼性のおける史料ではないだろう。
「今日も取材か? 私は生憎忙しいし、第一事件なんか起きていないから取材するだけ無駄だぞ」
文はそこだと言わんばかりに、人差し指をこちらに向けた。
「そう――多分事件なんですよ」
寺子屋に招かれた文は、出された緑茶を美味しそうに啜った。
「ふぅ、外は寒過ぎます。生き返りますねぇ」
「一息ついた所急かして悪いが、事件とは何だ?」
「――最近、妹紅さんにお会いしましたか?」
「妹紅に? いや、最後に会ったのは、確か4~5日前だが」
「ここ数日はお会いしていませんね?」
「向こうも用事くらいあるだろうからな。たまに長旅にも出るし――それがどうした?」
文は柄に無く、深刻そうな顔で手元を見つめている。
「――もしかしたら、妹紅さんにはもう会えないかも知れません」
「回りくどいな、どういうことなんだ?」
こちらも柄に無くつい声を荒げてしまった。友人の安否に関わるような話を仄めかされては、仕方が無いだろう。
「――実は里の外れを飛んでいる時にですね、妹紅さんを見かけたんです」
「別に妹紅が里に居たって、不思議じゃないだろう」
「それが見かけた場所が墓場なんです。それも一人でなくて。あの、旧地獄の猫と一緒に」
「旧地獄の猫? ああ、この間の間欠泉騒ぎの時の」
「お燐って言うらしいですけどね。その娘と話しているのを見かけたんですよ。先程も言いましたけど、墓場で」
目で話を続きを促す。手元の茶が冷えてきてしまっているが、そんなことに構っていられない。
「私もそれだけなら別に素通りするんですよ、ただ珍しい組み合わせだなぁと思うだけで。事実その場は急ぎの用もあったので、すぐ通り過ぎてしまったんです。けれども――」
「けれども?」
「帰りにですね、同じ場所を通ったら――べったりと、血の跡が付いていたんです。妹紅さんと、お燐さんの居た場所に」
「殺人、か? 当たり前に考えるなら」
「妹紅さんがお燐さんを襲ったか、あるいはその逆か」
「事情は置いておくとして、仮に妹紅が攻撃をするならば炎を使う筈だ。それにあいつが――妖怪退治にしたって荒っぽ過ぎる」
「ですからこの場合、お燐さんが危害を加えた可能性が大きいんですよ。うぅん、第三者が襲われて妹紅さんが止めに来たというケースも考えたんですがその前に話し込んでいるのを見ていますから、考え難くて」
文は帳面を繰りながら、ペンで頭をトントンと叩いた。考える時の癖らしい。
「ですから今日も妹紅さんの住まいを訪ねたんですけどね、帰っている様子はありませんでした」
「それで私の所へ、様子を尋ねに来た訳か」
「そうです。案の定行方知れず――いや、私も変だとは思うんですよ。不死人に殺人なんて、河童を溺れさせる位妙な取り合わせですからね」
「にとりなら前に下流で流されていたぞ」
「あれは元々注意力が足りないんですよ――まぁそんな事もありますからね。真逆とも思いまして」
妹紅は蓬莱の薬のせいで不死人ではあるが、死なない訳ではない。一度死という段階を経て、再生を行うのが不死人だという。
事実妹紅が死に、再生する場面には良く立ち会う。もっぱら永遠亭の所の姫との喧嘩が主な原因だが――今まで死んだ直後、再生しないということは無かった。文の言うとおりなら妹紅は再生していない。何故再生しないのか――
ざわりと厭な感じがした。妹紅と火車。良くない組み合わせだ。妹紅の火、火車の火――同じ火ではあるが、その性質は全く逆だ。再生を象徴する妹紅の炎は陽の火だが、死を運ぶ火車の焔は陰の火。魅入られる可能性は、十分にある。
「私はもう一度竹林を訪ねてみますが――慧音さんはどうされます?」
文の問いかけで我に返った。
「あ、あぁ私は地霊殿に行くよ。燐に直接話を聞こう」
「そうですか、私も後から追いかけましょうか?」
「否、私だけでいい」
多分厭な予感は当たっている。念のため文には間違いでないことを確認して欲しいし――否、何より。
勘が当たっているのなら、それは見るべきものではない。
文に感謝の意を述べて別れると、私はすぐに地下へ行く準備を始めた。
飾る死体は――衰えていないものが良い。
飾る死体は――傷が無いものが良い。
飾る死体は――死にたてが良い。
話に聞くと、彼女は不死人だという。
そういった意味では完璧だった。理想そのものである。
燐が死体を飾る上で最も嫌なことがある。それは死体が朽ちていくことだ。万物は劣化する。それは生者にしろ死者にしろ等しく訪れることではあるが、燐にはそれが許せなかった。
死体である以上、遺体である以上、生前の形をしっかりと保っていなければならない。
干からびて生前の顔が判らなくなってはいけないし、破損してどのような状態だったか判らなくなってもいけない。
朽ちた死体など、それは只の滓でしかない。
永遠に朽ちぬ死体があったらどんなに甘美なことだろうと常々想って生きてきたのだ。
匣の、蓋を開ける。
手元には加工のために、様々な器具を並べてある。
元々は、この地獄が使われていた時に鬼達が使っていた物だそうだ。
罪人を拷問するために使われていたそれは、思った以上に使い勝手が良かった。
その綺麗な胸元に、つぷりと刃先を入れる。ゆっくりと下腹部に向かって切り開いていく。
丁寧に皮膚を摘むと、美しい内臓が確認できた。
血がこぼれる。笑みがこぼれる。
愉しい。とても困難な作業だが――とても愉しい。
完成すれば明日からも、また充実した仕事ができそうだ。
「妹紅を、返して貰う」
静寂と恍惚の空間を突然破ったのは、厳しい声だった。
あまりに没頭しすぎたからか。部外者が部屋に入ってくる事さえ気づかなかった。
普段なら殿に侵入される前から気づく筈なのに。
「びっくりさせるねぇ。人の部屋に突然押し入って」
「ノックはした筈だがな。気づかなかったか」
「そう。あたいは今忙しいんだ。出て行ってくれると助かるけどねぇ」
目の前の少女――お燐と言ったか。その態度はまるでそっけない。
いかにもこちらに興味が無いといった具合だ。否、別の物に全力で集中している結果か。
部屋をぐるりと見渡す。
この部屋のどこかに妹紅が居るのか。
あるいはこの御殿のどこか――通り道にあった他の死体のように、飾るなどされているのか。
「そういう訳にはいかない。友人を連れて帰らなければならないからな」
「友人?」
「藤原妹紅。私と同じくらいの背格好の、白い髪をした少女だ」
「あぁ――」
お燐は箱に触れた。何の箱だ?
よく見れば箱の傍らには、様々な金属製の器具が並べられている。
「何だ、その箱は」
「うふふ、なんでもないよぅ。その女の子も知らない」
器具にはべっとりと――赤いモノが付着している。
そういえばお燐は私が部屋に入った瞬間、机の上に置いた箱の蓋を閉じた。
肌が粟立った。
「真逆、お前――」
部屋を改めて見渡す。冷たい汗が吹き出る。
箱が――箱が匣が棺が柩が櫃が。
全部、中身があるのか。ならば匣の中身は。
「渡すものか」
先程まで見せていた愛想の良い笑顔が一瞬にして消えた。否、今も確かに笑っているのだが――
「渡さない渡さない。折角手に入れた、最高の物なんだから」
半人半妖の身、妖怪の事は少しは解っているつもりだったが――間違いだった。
人を切り刻んで匣に詰めて集め眺める。論理が、思考が、世界が違う。
匣を撫で、うっとりと少女は嗤う。
怖ろしい。
私は思わず、後ずさった。
「お燐、その娘は帰しなさい」
突然の声。
「さとり様――」
振り返った先には一段と小さな少女の姿。
お燐が私に気づかなかったのと同様に、私も彼女に気づかなかった。
この地霊殿の主、古明地さとり。お燐達の飼い主。
「初めまして上白沢慧音さん。吃驚させてしまってごめんなさいね」
地獄の怨霊すら怖れる少女。彼女は人の心を読むという。
「妹紅を、帰してくれないか」
渇いた口からは、それしか言葉が出てこなかった。否、言う必要は無いのか。
「解ります。怒るのも怖れるのも解ります」
「さとり様!」
「全くとんでもない拾い物をしてきたわねお燐。それは貴女にとって良いものではないわ」
「でも――」
「えぇ言わなくても解っているわ」
さとりは、飼い猫の頭を優しく撫でた。
みるみると、お燐の警戒心が薄れるのが分かる。
「貴女はその娘が完璧な死体だと思っている。こんな素敵なコレクションは他には無いと思っているようだけど――」
主は嗤う。
またしても、ぞっとした。
地獄の住人の微笑みというのは、こんなにもおぞましいものなのか。
「大きな間違いよ、馬鹿なことをしたものね」
「そんな!」
「そんな筈は無いと言うのね。ならようく見てみなさい」
さとりは、匣に手を掛けた。
そして蓋を、観音開きのその扉を――ゆっくりと開けた。
「さぁ、彼女の心臓は止まっているか知ら。肺は空気を取り込んでいないか知ら。血流は巡っていないか知ら」
お燐は極度に動揺していた。
私が望んだのは朽ちない死体だ。生きている死体などではない。
しかし、朽ちないという事は生きていると同義ではないのか。
彼女も死体になることを望んでいたではないか。
死にたくても死ねないから、生きるのを止めて――
否、止められないのか。何故気づかなかった。
燐はふらふらと妹紅に近づき、震える手でそっと頬を撫でた。
どくどく――どくどく――どくどく――
動いて、蠕いて、蠢いて嗚呼厭だそんな――
刹那、瞳が開いた。
「私を、殺したな」
厭だ厭だ厭だ厭だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
そうじゃない私はただ死体を運ぶだけだ眺めるだけだ愛でるだけだ殺してなんて殺すなんて
燐が手を離した瞬間、匣が燃えた。
地獄では決して見ることの出来ない、再誕の炎だった。
「――大丈夫なのか? あの娘」
「お燐は強い子よ。そうでなければ地獄の管理なんて任せたりしないわ」
「そうか、なら良いが」
慧音と妹紅は、さとりに地上まで送って貰っていた。
燐はひたすら詫びていた。あまりに憔悴しきった表情だったので、こちらが逆に心配になってしまった程だ。
「全く、酷い目にあった。生殺し、というのはまさにあのことね」
「のん気に言うな。どれだけ心配したと思ってるんだ、全く」
「ごめん、慧音。あんな気の迷いはもうしないよ」
くすくすと、さとりは笑った。地霊殿で見せた笑みではない、柔らかな表情だった。
地獄と地上では、矢張り何かが違うのだろう。妖怪にとっても、人間にとっても。
「十分懲りたようで何よりだわ。貴女の人生は、こんな事で終わりに出来るほど容易くは無いのだから」
「うん、私は――いや、良い。言わなくても、思ってることは伝わるんだったわね」
「そう。貴女に出来ることは、それが全てよ」
妹紅は何を想ったのだろうか。それが解るさとりが、少し羨ましかった。
「ではさようならお二人さん。れっきとした人でありながら人の路からはみ出た二人。中々お似合いだと思うわよ?」
「な! 何を――」
茶化された。と思った慧音だったが、否定もせず笑って手を振る妹紅の顔を見ると――
全ては、どうでも良いことに思えた。
背筋まで凍るような、しんと冷たい月夜の晩だった。
あの、仄暗い地下とも似た空気だったが矢張り違う。
地上には月光があり、日光がある。途方も無い炎の塊、太陽から等しく照りつける光。
飽きるほど、本当に飽きるほど浴びてきた光が地下では感じられなかった。それが堪らなく嫌だった。
それに――あいつを残して逝ってしまったら、あいつはどんなに勝ち誇った表情をするだろう。
それも堪らなく悔しい。
「やっぱり私達は、永遠に生きなくちゃいけないんだなぁ――」
「あら、まだそんなことをぐちぐち悩んでいたの?」
待ちに待った声は、また今日も遅れてきた。待ち呆けるのも、もう慣れっこだ。
「まぁ、太陽が燃え尽きるまでの辛抱よ。折角の命なんだし、楽しまなければ損じゃない?」
「ご高説尤も――」
呆れるほど繰り返し、最早勝敗すら数えるのが面倒になった決闘。それでも血沸き肉踊らざるを得ない身体を実感しながら、妹紅は月光の下、満面の笑みで輝夜と対峙した。
妖しい雰囲気があって良いと思います。
雰囲気が凄くいいですね。
匣を開くシーンはドキドキしながら読ませていただきました。
――何だか酷くお燐が羨ましくなつてしまつた。
>か知ら
ああなんというビジュアル、素晴らしい
タイトルの元ネタは有名ですが、作者様の名前にもひかれた自分は……w
お燐にはトラウマだったかな?
お燐と妹紅の組み合わせも新鮮で良かった。