・スペルカードルールは、お互い技を見せ合い、その美しさで競う決闘ルールである
・勝者は決闘前に決めた報酬以外は受け取らない。相手が提示した報酬が気に入らなければ、決闘は断れる
・お互いカードの枚数は、予め決闘前に提示していなければならない
・手持ちのカードが全て破られると負けを認めなければならない
・不慮の事故は覚悟しておく
(スペルカードルールより)
3 宝箱
幼い蛍の妖怪は、深夜の森を可能な限りの速さで飛んでいた。
けっしてまっすぐは飛べない。木々の間を縫うようにジグザグに、何度も振り返り、時々幹の影に隠れ、見つかってはまた飛ぶ。
肩からは血が流れていた。満月なので回復は早いが、傷口を押さえる手は、事情により使えずにいる。
雫となって垂れる血の臭いを追って、背後から迫る気配が三つ。追っ手を振り切るまで、自分のねぐらには帰ることはできない。
従って今は、一心不乱に飛び続けるしかないのだ。
「あっ」
急に視界が、黒一色になった。
星の光も満月も、全て巨大な闇に飲み込まれてしまった。
咄嗟に下に降りて、地面に身を伏せる。
追っ手の妖怪が持つ能力だ。ここで慌てて飛んでも、木にぶつかるかして捕まってしまう。
目がまともに戻るまで待つしかない。
息を殺して、両手を丸めて合わせ、それを腹の下で守るように、じっとしていた。
しばらくして視力が戻ってくる。空を見上げれば光の粒が瞬き、やがて梢の隙間を彩る星へと変わる。
だが危機は去ったどころか、淡い期待は完全に裏切られた。
凶悪な面構えをした三人の妖怪に、とり囲まれていたのだ。
「なんだいこりゃ。ガキが一匹じゃないか」
蛇のように舌をちろちろ伸ばした女の妖怪が、恐怖に動けない蛍妖怪――リグルに近づき、細い瞳孔で睨みながら言った。
「しかもチンケな蟲妖怪。ま、あんたの能力なら、この程度の獲物がお似合いさね」
「ぬかしやがれ。二度も撒かれたのはてめぇの方だろう」
「見なよ。あたしの攻撃が当たったんだ。じゃなきゃ逃げられてたかもしれないよ」
「まぁな」
妙に甲高い声で渋々認めたのは、隣にいる夜雀の妖怪だった。
彼が自分を一時的に『鳥目』にして、捕らえたのだとわかった。肩の怪我は蛇女の攻撃だったらしい。
最後に、三番目の妖怪が、太い声で言った。
「……ガキだろうと蟲ケラだろうと、俺たちの縄張りに入り込むなんざ、百年早い」
リグルは背後を向き、その姿を間近ではっきり見た。
ひときわ体の大きな、一つ目の入道が、真上から睨み下ろしている。
あまりの迫力に、体の芯まで震え上がり、すぐに頭を下げて謝った。
「すみません! どうしても入らなきゃいけない事情があったんです! 勝手に入ったことは謝ります! どうか許してください!」
「どうか許してください~♪」
夜雀の妖怪が、気持の悪い調子で歌った。それにつられて、他の二人の妖怪も下品な笑い声を立てる。
リグルも取り繕うように、「あはは」と愛想笑いしていると、乱暴に足で小突かれた。
「笑ってんじゃねぇ! 勝手に入った、ごめんなさい。それで許してもらえると思うな。それ相応の通行税をいただこうじゃねぇか」
「な、なんですか。つうこうぜいって」
「……おい。お前は蟲は食えたよな」
いきなり一目入道が、物騒なことを夜雀に提案した。
幸い、問われた方はぶるぶる首を振り、
「よせやい。ホタルだろこいつ。食べたら腹を下しそうだ。イナゴなら考えてやってもいいけど」
「ホタルなら、尻が光るんだろ。しばらく木から裸でぶら下げて、見せ物にするっていうのはどうだい」
蛇妖怪の提案も、負けず劣らず恐ろしい案である。
リグルは地面に伏せた状態で、がくがくと体を震わせながら、今後の無事を祈り続けた。
「おや、その手に隠してるのはなんだ」
夜雀がこちらの重ねた手に目をつけた。
リグルは、はっとしてそれを体の下に隠しながら、
「こ、これは何でもありません!」
「何でもありませんじゃねぇんだよ。さっさとよこしやがれ。そうすれば、見逃すことも考えてやるぜ」
「それはだめ! 絶対にだめ!」
「てめぇ!」
入道の太い腕に持ち上げられる。たまらず悲鳴をあげた。
「誰かー! 助けてください!」
「いい加減にしろ! これでもか!」
乱暴に振り回されても、リグルは体を丸めて、必死で手を隠していた。
怪力になぶられ、気が遠くなる内に、身につけたマントの秘密を思い出す。
ここを切り抜けるのに、一か八か手段が無いわけではない。しかしそれは、この絶体絶命の場ですら使うことを躊躇う禁断の技である。
かといってこのままでは、『自分達』はひどい目にあわされてしまう。
――どうしよう、どうしよう。
リグルは迷いに迷った。
その時だった。
「待てー!!」
夜気を震わせる、やけに子供っぽい声が、三者の動きを止めた。
彼らは互いに顔を見合わせながら、
「なんだい、今の。あんたかい?」
「いや違う……あそこだ!」
夜雀が指をさした先、満月を背にして木の上に立つ人影があった。
影はこちらに向けて、びしっと指をさし、
「三人がかりで一人をいじめるなんて、卑怯な奴ら! この私が八雲一家の名にかけて、成敗してやる! とうっ!」
突如現れて、一方的に台詞を並べた珍妙な影の正体は、子供の妖怪だった。
その子供妖怪が、凄い勢いで落下してくる。
呆気にとられていた一目入道の顔面に、両足で鈍い音を立てて着地し、
「たたたたたたーっ!」
どどどどどど。
さらに雨嵐のような高速スタンプ。入道の巨体はどんどん縮んでいって、ついには「ぐむぅ」とうめき声を上げ、地面に大の字にのびてしまった。
おかげでリグルは、そのごつい手から、命からがら逃れることができた。
「な、なんだいこいつは!?」
狼狽している蛇女の方を向き、その小さな闖入者はしゃがみこんでから、バネのように思いっきり体を伸ばし、空中で高速回転した。
「ひしょーぐるぐるあたーっく!!」
ボール状になった彼女の体当たりは、蛇女の鳩尾にまともに入る。
木に激しくたたきつけられ、こちらも入道同様に気を失ってしまった。
「こ、この野郎! ふざけやがって!」
残った一人、気を取り直した夜雀が、何やら呪文を唱えて、二、三度手を振った。
それまで威勢良く動き回っていた子妖怪が、急停止する。
彼女は戸惑い顔を左右に振ってから、酔っぱらったようにぐるぐる回り出した。
「にゃにゃ、前が見えなーい!」
慌てる子供妖怪に向かって、夜雀がニヤリと笑い、攻撃を仕掛けようとする。
「させない!」
リグルは目をつぶって、妖怪を思いっきり蹴った。
「げほぶっ!?」
どうも妙な所に入ったらしく、夜雀は直立硬直した後、悶絶してぶっ倒れた。
「これにこりたら、もういじめはやめることね!」
「ひぃいいい!!」
さんざんに痛めつけられた妖怪達は、這々の体で、自分たちの縄張りへと逃げていく。
猫耳の少女は、なおもその背中に大声で「今度見かけたら、もっとひどいぞー!」と怒鳴っていた。
リグルの方はといえば、がむしゃらに闘っていた興奮が、ようやく落ち着いてきた所である。平静になるにつれて、頭が状況を整理しようと働きだす。
ともかく、自分は助かったのだ。いや、突然現れたこの少女に、助けられたのである。
一体何者なのか。荒くれ者の妖怪三体相手に、迷わず立ち向かっていくなど、少なくとも普通の妖怪のすることではない。
だが事情はどうあれ、リグルは礼を言うために、彼女に近づいた。
「あ、あの……」
「ねぇ、私カッコよかった?」
「はい?」
振り向いた妖怪の、予期せぬ質問に、きょとんとする。
彼女はさらに詰め寄ってきて、
「カッコよかった!?」
と、聞いてきた。
期待に満ちた大きな瞳で見つめられ、リグルは戸惑いつつも、何とか答えてあげる。
「う、うん。カッコよかったわ」
「やったぁ!」
彼女は、今度は大きくばんざいし、ぴょんぴょん跳ねて喜び出した。
「やったやった! 藍様に教えてあげなきゃ! でも、そっちも凄かったね! あいつらの一人、キックでやっつけちゃうんだもん! 私にも教えてくれない? ねぇ、ねぇ!」
「ちょっとちょっと、落ち着いて」
不良妖怪達を撃退しても、全くテンションの落ちていない少女に、リグルは焦って後ずさりする。
あれ、と彼女は首をかしげ、興味津々な様子で、こちらの手に首を伸ばしてきた。
「なになに? 手が光ってる」
「あ、うん。この子を守っていたから、さっきは両手が使えなくて、とっさに足が出ちゃったというか」
リグルは、追われている間も、さっき戦っていた間も、ずっと大事に重ねていた手を開いた。
熱を感じない優しい光が、指の隙間から漏れ出す。
赤い頭と黒い胴体を持つ小さな甲虫が一匹、お尻を黄色く発光させていた。
「これホタルね! そっか、貴方はホタルの妖怪なんだ!」
「うん、当たり。群れから一匹はぐれたのを追っていたら、因縁をつけられて困ってたの。私はリグル・ナイトバグ。リグルでいいよ」
「八雲橙です! あ、まだ八雲じゃないから、ただの橙です!」
「橙っていうんだ。はじめまして、橙。助けてくれてありがとう」
「こちらこそはじめまして! どういたしまして!」
勢いよく頭を下げられると、猫耳の他に二又の尻尾がひゅん、と動いて見えた。
「橙は化け猫なのね」
「んーん。化け猫だったけど、もうそれだけじゃないよ」
「え?」
「式神って言って、私は式の式で、主は藍様で、その主は紫様で……」
「…………」
「えっと、とにかくこの幻想郷を守ってる、凄い一家なの! だから、いじめられてるのを助けるのは当然だよ!」
えっへんと胸を張り、得意げに橙は言った。
いかにも背伸びしている感じの態度に、リグルの肩の力が抜け、「そうなんだ」と苦笑した。
あらためて、彼女の姿をよく確かめる。
式神とかの素性はよくわからないけど、自分と同じ年代の外見をしており、普通の化け猫妖怪らしい。
内面も元気いっぱいなようで、ちょっと危なっかしいけど、礼儀正しいくてとてもいい子に見える。
何より、この子なら大丈夫だ、と勘が告げていた。
「……ねぇ、橙。今暇? 誰にも言わないって約束するなら、これから素敵な所に連れて行ってあげる」
「素敵なところ? リグルの秘密基地?」
「秘密基地じゃないけど……秘密の場所。助けてもらったお礼に、見せてあげたいの」
てっきりすぐについてきてくれると思ったのだが、なぜか橙はリグルの誘いに、腕を組んで考え込み始めた。
「う~ん……どうしよう……」
「だめ? 見てみたくない?」
「行ってみたいけど……知らない人についていっちゃだめだって言われてるし……」
ずるっ、とリグルは足を滑らせる。
本気で眉根をよせて考えている彼女に、多少憮然としながらも、
「ちぇ、橙。私は知らない人!?」
「え?」
「だから……その……」
なかなか言うのが恥ずかしかったが、橙はちゃんとわかってくれた。
元の明るい表情に戻り、両手を鳴らす。
「あ、そっか! リグルはもう友達だもんね!」
「うん!」
「だから気にしなくていいんだ!」
「そうそう」
本当はそうとも限らないのだが、橙は悩まなくてすんだらしい。
リグルの空いている手を取り、意気揚々と大股で歩き出す。
「じゃあ、さっそくそこに行こう! リグル、連れて行って!」
「うん、いいよ。でも、なるべく静かについてきてね」
「わかった!」
と返事した声は、樹上のミミズクが慌ただしく逃げていくほど大きかった。
切迫した状況でなければ、その夜はいい雰囲気であった。
昨晩の雨雲はとうに過ぎ、かわりに満月の恵みが降り注ぐ、散歩にはちょうどいい夜である。
そんな夜の森を行く道中、橙はひっきりなしに、リグルに話しかけてきた。
「私はね、妖怪の山に住んでるの。でも、もう一つお家があって、そこに私のご主人様が住んでいて……」
「今日は満月だから、森を探検しようと思って下りてきたんだけど、そこで偶然リグルを見つけて……」
「さっきの必殺技は、この前藍様から教えてもらったんだけど、藍様は私より回るのが上手くて……」
しばらく相槌を打っていたリグルは、やがて不安になり、「しーっ」と指を立てて、彼女を諫めた。
「橙。ここからは静かについてきて」
一難が去ったとはいえ、また乱暴な妖怪に見つかっては大変である。そうでなくても、これから行くところは、公に知られたくはない場所なのだ。
しかし、同行する化け猫は、どうにも黙っていられない性格らしかった。
何か面白い物がないか、きょろきょろ森の中を見回して、出し抜けにぴょんと回転し、何も反応がないと、どこかじれったそうにこちらの横顔を見つめたり。
猫らしいというかなんというか、好奇心が妖怪の姿を借りて動いているようである。
仕方なく、リグルは折れてあげた。
「小さい声でなら、喋ってもいいよ」
「やった。リグルってどこに住んでるの?」
橙はごく普通の声量で聞いてくる。
「これから行く所?」
「ううん。場所は近いけどね」
「素敵な所って、どんなとこなの? 楽しみ」
スキップして横を通り過ぎ、手を後ろに組んで振り向いて、またジャンプ。
落ち着きはないが、見ていて飽きないというか、仕草の一つ一つが軽快で素直だった。
リグルも彼女に歩調を合わせ、話題を振る。
「橙は蛍を見たことある?」
「えっとねー。さっきリグルが見せてくれたのを入れて、三回かなぁ。前はすごくいっぱい見たよ」
「いっぱい、ってどれくらい?」
「えっとねー、えっとねー、二十匹くらい!」
大きく手を広げて、橙は自慢げに言う。
しかし二十匹と聞き、リグルは軽く吹き出した。
「橙、二十匹はいっぱいじゃないわよ」
「いっぱいだよ! すぃーって光が動いて、一斉にぱっと消えてから、また別の場所で同じように光ってて、なんていうか、光でお話ししてるみたいで……」
彼女は懸命になって、二十匹の蛍の凄さをリグルに伝えようとしていた。
「よかった。橙は蛍が好きなのね」
「うん、とっても綺麗だから。またあんなの見たいなー……あれ?」
橙は話の途中で立ち止まり、ぴくぴくと耳を動かしてから、向かう先へと顔を向けた。
「水の音が聞こえる……なんだろう」
「もうすぐ着くわ。こっちについてきて」
道を外れ、ぬかるんだ土の段差を下りて、リグルは茂みの中に体を入れた。
後ろから橙が、くぐもった悲鳴を噛みながらも、引き返さずについてくる。
垂れたシダをかき分け、頭に零れる雨露をぬぐいながら進むと、水流の音が次第に大きくなっていった。
草の間にちらちらと見える行く手も、ぼうっと光っている。
ついに茂みの境目が現れ、頭上の梢が無くなり、星空が姿を見せた。
その下では……
「……ね。いっぱい、っていうのはこれくらいじゃなきゃ」
リグルは片腕をくるりと横に回して、その場所を披露した。
天の川の下、並んだ影絵のような木々の梢を境目に、淡い光が水上で踊っていた。
黄緑色の光は、集団ごとに一斉に、点いては消え、点いては消えを繰り返す。
けれども、暗闇が訪れることはない。百や二百ではない。千や二千でもまだ足りない。流れる沢の底まで、はっきり見えるほど、沢が蛍の光で溢れていた。
その様子は、魂を宿したかんらん石が、豊かな光の管弦楽を奏でているようである。
各々の楽団が、悠久の時を生きる星々よりも遙かに短い時間を費やし、命の残り火を燃やすことで、小さな宇宙を演出してるのだ。
リグルが近づくと、蛍の踊りが変化し始めた。
混沌から調和へと、ただし一様ではない孤を描き、仲間の帰還を伝え合う。
手の中でずっと保護し、弱っていたその蛍を、リグルはそっと群れに戻した。
森の奥深くにある宝箱に、また一粒、生きた宝石が加えられた。
「ここが私の秘密の場所。水場を荒らされちゃったら大変だから、信用できない妖怪には絶対に教えられないの」
「…………」
「でも、橙はいつでも遊びに来ていいわよ。蛍を見つけて話しかければ、ここに案内できるから……」
「…………」
「橙?」
「すっごーーーーーい!!!」
いきなり高い声で叫んだ橙は、飛び跳ねて蛍を追っかけ回し始めた。
見物客の突然の蛮行に、光の楽団はでたらめな演奏を続けながら逃げ出す。
リグルの顔から血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと橙! 静かにして! 乱暴にしちゃだめだってば!」
「きゃー! わーい!」
全然聞いていない。むしろ逃げる蛍を追う動きが加速した。
動物の子らしく、とっておきのおもちゃに夢中になっているらしい。
珍しく勘が外れたか。と、リグルは後悔しつつも、蛍の群れを安全な位置に誘導させて、
「ストップ! 橙! ちょっと待って!」
「わー! 待て待てー! それー!」
「いい加減にしないと怒るよ! 橙ってば!」
揺れる尻尾を捕まえようとするものの、すばしっこくて、なかなか追いつけない。
呼びかけながら、蛍を誘導させ、化け猫を追っかけるというのは、かなりきつい運動である。
リグルは息を切らして橙を、橙ははしゃいで蛍を、蛍は恐怖に追われてリグルを、と端から見れば珍妙な鬼ごっこが続いた。
それは沢のすぐ側まで来て、唐突に終わった。
橙が濡れた岩に足をとられて、頭からばしゃんと水に突っ込んだのだ。
「橙! …………大丈夫!?」
リグルは慌ててその場に行き、転んだ橙を助け起こした。
この沢は浅いので、溺れることはないものの、岩肌で顔を傷つけでもしたら大変だ。
幸い、彼女は無傷だった。スカートは水に浸かって大きな染みになっていたが、これは自業自得だろう。
「……よかった、怪我がなくて。追っかけなくても、静かに座っていれば、私がちゃんと色んなダンスを見せてあげるから……」
しかし、リグルの安堵の声は、橙の耳に入ってないようだった。
彼女は茫然自失の体で、川の中で膝をつき、水に濡れた自分の体を見下ろしていた。
両手をわなわなと動かし、か細い震え声で、
「『式』が……剥がれちゃった……」
「式?」
なんのこと、と聞く前に、橙はひっくひっくとしゃくり上げ、ついには大声で泣き出した。
「うぇーん! うぇーん! 『式』が剥がれちゃったー! 藍様に怒られるー!」
そして、茫然とするリグルを置いて、蛍には目もくれず、物凄い速さで飛んでいってしまった。
○
「せっかく助けてくれたのに、橙が泣きながら帰っちゃったんで……」
「……………………」
「私、悪いことしたんじゃないかって気になっていて……」
「……ぷっ……くっ……」
「……えと、おかしいですか?」
話の途中から、藍が頬を震わせているのに気がつき、リグルは聞いた。
彼女は「あいや失礼」と謝り、こんと咳を一つして、
「その時のことは覚えているよ。いきなりずぶ濡れで帰ってきて、どこで式が外れたのか聞いてみても首を振りっぱなしでね。秘密の場所だから話せないんです、って泣きわめくものだから、怒るべきかなだめるべきかで、ほとほと困った」
「す、すみません、ご迷惑をおかけして」
「いやいや、謝ることはないさ。次の日からは私に蛍のダンスの素晴らしさを熱弁していたんだもの。これはきっと、蛍の妖怪の友達でもできたのかな、と勘ぐっていたんだけど」
「あはは。そうだったんですか」
その光景が容易に想像できて、リグルは素直に笑ってしまった。
当時を思い出す。次の日に橙は、ちゃんと来てくれた。
せっかく友達になれたかもしれないのになー、と夜に一人で蛍と戯れているところに、ひょっこり一匹と共に現れたのだ。
そしてその夜は、騒いで追っかけることなく蛍のダンスを鑑賞した後、しきりにリグルの能力を褒めてくれた。
次の日、彼女にミスティアやルーミアを紹介し、同じ年の冬にチルノも仲間入りした。
今ではおなじみの顔ぶれが、あの一年に揃ったのだ。
「その時から、私たちはずっと一緒なんです。遊んだり、冒険をしたり、たまには喧嘩することもあったけど、今日までずっと仲良しで……」
思えば、本当に色んなことがあった。
ミスティアが屋台を始めたときには、みんなで手伝った。チルノが大蝦蟇に飲み込まれたと聞いて、慌てて救出しに行った。
ルーミアが向日葵畑で闇を広げすぎたときは、ちょっとした騒動に巻き込まれた。レティの家にみんなで泊まって、一晩中語り明かした。
去年の冬に妖怪の山に登って凄い冒険をしたこともあった。どの思い出だって宝物で、これからもずっと忘れないだろう。
橙はいつもその輪の中にいた。いなくちゃいけないはずだったのだ。
それなのに、当たり前のような繋がりが、彼女がいなくても成立する。
……昨晩見たあの夢は、まさに悪夢だった。
「話してくれてありがとう。橙がちゃんと仲良くしているようで、主としては安心したよ」
藍の声に、リグルは思索から我に返った。
「ところで、本当に今日も遊ぶ約束をしていたのではないのかい?」
「いえ。でも、最近橙の修行が増えたね、って私たち話していたんです」
「そのとおり。今日の修行のために、私は橙を鍛えていた。この日のために、少し厳しくしたつもりだ」
「やっぱり、大事な修行なんですか?」
まさか八雲の名を継ぐための試験では、とリグルは疑ったが、藍が言うには、そうではないらしかった。
「実をいうと、紫様が直接橙を鍛えるというのは、初めての試みなんだ。おそらく何か考えがあるんだろう。内容は私にも詳しく知らされてないけど、おおよそ見当はつく。今頃頑張っているんじゃないかな」
「そうなんだ……。でも、さっきのしっぽの話では、なんだか愉快そうな人だったから、修業といってもそんなに辛くないんですよね」
お茶を一口飲み、リグルは何気なく言った。
が、
「……こと八雲の修業に関して、あの御方が手心を加えるということは、ない」
無情ともいえるほど淡々とした口調で、目の前に座る妖怪は言い切った。
のどかな空気が突然破られ、リグルは何が起こったのか、何を言われたのか、一瞬分からなかった。
ただ何度確認しても、藍の表情には冗談めいた様子は見られなかった。
「それは……修行で死ぬこともあるってことですか?」
「絶対にできないことはやらせないよ。絶対に命が助かる修業もないけど」
「そんな!」
「死と離れた修練は、私達に必要とされてないんだ。常にそれが身近にあり得ることを、忘れてはならない。でなければ遅いか早いかの違いだけで、目的を達成することなく死ぬことになる。それは主の道具たる『式』として、もっとも恥ずべき終わり方だ」
「で、でも、ここは幻想郷ですよ! 戦いなんてめったになくて、異変が起きても弾幕ごっこがあるし、大きな事件にはならないって、大人達から聞いてます」
「確かに。だが君はまだ若い。この一見平和な光景の下に、どれほどの血と屍が費やされたかを知らない。今も災厄の残り火はくすぶり続けていることも……」
椀を取った手を途中で止め、藍は庭の奥を睨んだ。
「……例えば、気づいているだろうか。私達は里に入ってから尾行されている。人間、おそらく里の自警団の者に」
「……はいっ!?」
「私はともかく、君が見慣れぬ妖怪だったので、警戒されていたんだ。裏路地を選んだのは、多少彼らをからかう目的もあった。今もそこにいる」
慌てて探ってみると、確かに一つ、動かない妙な気配が茶店の裏に存在した。
それに、思い出してみればあの時、確かに妙な視線は感じていたのだ。
けど、
「それは人間だから普通だと思って……ここの人も含めて、みんな親切だったし。尾行されてるなんて、そんなこと、想像してませんでした……」
「妖怪と親しむ人間が増えたのはここ最近の話だ。いまだ私達を嫌う者は多く残っている。私が今日行った里での買い物、子供達への振る舞い、いずれも本心にあらずとまでは言わない。が、八雲としての仕事の一面もある。妖怪と人間の溝を深める者がいるなら、それを埋める者も必要なわけだ。慧音殿もそれを理解しているからこそ、私の行動を黙認してくれているんだ。些細な心くばりが、後に生きてくることを、互いに教訓として知っているから」
「……………………」
「妖怪と人間の対立、あるいは妖怪同士の戦争。どれも一歩間違えれば、今すぐにでも起きる可能性がある。この地のバランスはそれほど精妙なものだ。幻想郷の長い歴史から見れば、この平和な時代こそが、一つの『異変』なんだ。過去を知っている私にとって、今の時代は嬉しくてたまらない半面、あっさり崩れてしまわないかと不安に思うことがある。心配性とからかわれることもあるけど、どうしてもね……」
お茶を口に運んでから、彼女はひそめていた柳眉を解き、元の微笑に戻った。
「けど、気に病むことはない。この時代を異変から本物へとつなげるために、私達八雲一家が全力を尽くす。人も妖怪も、共に暮らせる幻想郷のために」
八雲一家、という言葉に、リグルは敏感に反応した。
「それは……何かと戦うということですか? 貴方だけじゃなく、橙も」
「必要であり、その時がくればね」
「じゃあ橙はそのために、今死ぬ思いで、訓練をしていると……」
「それは分からない。どんな修行かは明らかにされていないから。多少大げさに言ったけど、それに匹敵する厳しい修行だということさ」
一瞬、頭が真っ白になる感覚があった。
橙が? あの橙が戦に? 明るくて無邪気で純粋で、誰に対しても優しいあの橙が?
目の前に、あの世界が広がった。
暗雲が空を覆い尽くし、冷たい灰が降り注ぐ。汚れた大地を踏みにじり、互いを傷つけ喰らいあう妖怪共。
灼熱の劫火が吹き荒ぶ中、果ての見えない戦を続けている。この世界を浸食しようとする、負の彼岸だった。
その境界で、おびただしい数の妖怪を狩り、何度も返り血を浴びながら、自らも傷つき、それでいてなおも戦おうとする、あの怪物じみた妖怪の戦士がいた。
そしてその姿は、幻想郷を守る精鋭というよりも、地獄絵図の一角を担う獣にしか見えなかった。
リグルは唇を噛み、卓上を睨んで、その幻視を打ち消した。
――違う。あんなのは橙じゃない。私の知ってる橙は、私を助けてくれた橙は……。
「橙も最近は修行熱心だ。そう遠くない未来に、八雲の名を与える日がくることだろう。そのぶん仕事も増えるだろうけどね」
「………………!」
突然リグルは、橙の成長を促している、ある仕掛けについて思い出した。
できるだけ心を落ち着かせ、慎重に彼女の主に聞く。
「八雲の名を与えるのは……貴方の役目ですか?」
「正確には違う。頃合いと見て私が主に進言し、主が認めることで儀式に入る。その期日については私に全て任されているから、橙が私にふさわしいと認めさせることができれば、その日に八雲橙が生まれることになる」
「そうですか……」
藍の説明を、リグルは必死で頭にたたき込み、咀嚼した。
今の自分は、まさに夢に見た岐路の前に立っている。
橙の背中を追いかけるか、それとも諦めるか。
だが、それだけではない。これまでの会話で、どちらも選べそうにない自分に、もう一つ道が残されていることに気づいたのだ。
今ならまだ間に合うかもしれない。
けど……。
リグルは同席者の顔色を窺う。
彼女は小さなお品書きを手にとって、ぼんやりと眺めていた。
今日話してみて、いい人だと思った。大妖怪にありがちな、偉ぶった気配はなく、今も親しみ深い態度で接してくれている。
でも、それは全部計算尽くなのかもしれない。本当は自分を通じて、橙を都合のいいように操ろうとしているのかもしれない。
疑い始めればきりが無いが、自分が最も信用を置いている蟲の勘は、彼女を警戒することはなかった。
しかし、勘は他にも告げていた。
動くのであれば、今しかチャンスは無い。むしろ今日ここで会えたのが、最大の幸運だと。
もう一度自分に確かめる。はたしてこの選択が正しいかどうか吟味する。
勘に乱れは無い。そして答えもない。
だが、背中を引き留められるような感じはなかった。
腹は決まった。
「ところで、何か食べないかい? 私は口にはできないけど、遠慮せずに注文するといい」
「……いえ、もう聞きたいことは全部聞きました」
「慌てなくても、もう仕事は済んだから、まだ構わないよ。この評判のお団子とやらを食してみてはどうかな」
「貴方に案内したい場所があるんです」
卓の前に立ち上がって、リグルは言った。
何事かと不思議そうに見上げる藍に対し、固い声で続ける。
「お願いします。ついてきてくれませんか」
○
妖怪の山の麓や、雑木林を含めるのであれば、幻想郷は森林が豊富な地域と言える。
しかし、この地で『森』と言う場合、その中でも最大の規模を誇る『魔法の森』のことを指す場合が多い。
人里を出たリグルと藍は、その魔法の森に来ていた。
瘴気の絶えないこの森は、人間はおろか妖怪にも好かれないため、よほどのことがない限り、リグルも友人達を誘うことはない。
しかしここには自分だけが知る、ある種の聖域が存在するのである。別の言葉に置き換えれば、危険区域。
後ろを飛ぶ藍は、こちらの出し抜けの誘いに、怪しむことなくついて来てくれているが、魔法の森とは想像していなかったようである。
だが、理由をリグルに問いただしたりはしてこなかった。
歪にねじ曲がった木々を過ぎ、奇怪なほど成長した茸を乗り越え、二人はやがて、魔法の森の最深部にたどり着いた。
そこに、視界の端から端へと続く、奇妙な茶色い壁が存在した。
一抱えもある幹の一つ一つを巨木の襞と判断できる脳があれば、それはやけに寸詰まりな、一つの集落を飲み込む太さのある大木のようにも見えるだろう。
慎重に観察してみると、それが誤りであることがわかる。正確には、森の木々が異常なほど密集して成長し、一つの城壁を形成しているのである。
でたらめな密度に、見ているだけで窒息しそうな光景であるが、リグルは奥へと進む道を知っていた。
その入り口は、一本の木の根元に近い部分、茂みに隠れて目立たない場所に存在する。
真実、この穴を隠したのは、自分だった。
「ここから入ります。狭いですけど、我慢してください」
リグルは藍を、森の深奥へと招いた。
トンネルを抜けると、広葉樹に周囲を塞がれた、広い野原に出る。
そこには、今の幻想郷ではあり得ない光景が存在した。
広場は湿った熱気に覆われ、植物の香りが強く漂っている。
頭上は冬空には違いないのに、草木の緑がいずれも濃いばかりか、花まで枯れずに咲いていた。
さらに、空間をかき乱すような、蟲達の自由気ままな声楽が、止むことなく続いている。
穴を通じて、師走から初夏に逆戻りしたようだった。
「まだ蝉が鳴いているのね」
「ええ。冬が本格的になるまでは」
青々しく茂った草を踏まないように注意しながら、リグルは藍に野原を案内する。
「ここは私の知る限り、幻想郷で一番夏が長い場所、蟲が多い場所なんです」
「確かに、そのようだ」
「ここまでついて来てくれて、ありがとうございます。これくらいじゃ、ハンデに足りないでしょうけど……」
リグルは立ち止まって、振り向いた。
「……お願いがあります。私と決闘してください」
覚悟と決意を視線に託し、藍に挑戦を申し込む。
すでにこちらの意図を読み取っていたらしく、九尾の式に驚いた気配はなかった。
あくまで子供に道理を言い聞かせるような口調で、やんわりと断ってくる。
「遊びなら付き合ってあげてもいい。だがしかるべき理由が無ければ、私闘をするつもりはないよ」
「用意しています」
「お聞かせ願おう」
「私が勝ったら、『八雲橙』を諦めてください」
ぴくり、と藍の片眉が動いた。
「橙は元々、私たち側なはずです。命がけの修行も、戦に耐えうる力も、必要ない子なんです。あの子には、そんなもの似合いません」
リグルは自らの『表の』理由を突きつけた。本心の全てではなかったものの、全くの嘘ではない。
あの橙が、幻想郷のためとはいえ、戦で血を流す未来など耐えられはしなかった。
対峙する相手は瞳を閉じて黙考し、ため息混じりに呟く。
「……そういうことか」
「受けてくれますか?」
知らず、口の中が渇いていた。
この勝負、受けてもらわぬことには始まらない。
そして受けてさえもらえば、相手が誰であろうと、リグルには確かな自信がある。
はたして藍はうなずいた。
「了解した。八雲の名にかけて、勝負を受けよう。こちらの望む報酬もまた同じ」
「どういうことですか」
「すなわち、私が勝てば、君はこれから橙と会うことを諦めてもらう」
「……っ!」
泰然として告げる九尾の式に、リグルはかすかにうめく。
確かに、それは等価の条件だった。
さらにリグルにとっては、どちらにせよ、勝たなければ同じ結果に繋がる。そのことを考えれば、報酬としてはむしろ楽な部類に入るだろう。
速まる動悸に慣れてから、しっかりうなずいた。
「わかりました。その条件でいいです」
「方式は」
「私の攻勢で。スペルカードは五枚」
「五枚でいいのかい?」
その言葉を受け、初めてリグルは、藍を憎んだ。
たった五枚、その程度か、と侮られたような気がした。
悔しさに内心歯ぎしりし、相手を睨みつけながら呻く。
「それが……私の精一杯ですから」
これまで欠けていた闘志が、その言葉の端に込められていた。
もう里で共に過ごした穏やかな時間は、忘れてしまえる。
目の前の妖怪は、まさしく自分が倒すべき相手だと、はっきり認識できていた。
藍はあくまで悠然とした姿勢を崩さず、かすかに首肯した。
「失礼した。ではこちらも、精一杯やらせてもらおう」
その答えが、決闘の合図となった。
4 蟲毒
スペルカードルール、俗に言う弾幕ごっこは、幻想郷で最もポヒュラーかつ正式な決闘法である。
その概要は『お互い技を見せ合いその美しさを競い合う』となっている。が、実態は本物の戦闘に限りなく近いために、それなりの危険性を伴うものだった。
多少の怪我には強い妖怪であっても、攻撃の種類によってはダメージを負うし、人間にいたっては致命傷に繋がる可能性もある。
だが、この決闘法には、それを補って余りある利点が存在した。
それは強さが個体の戦闘力に比例するとは限らないという点、つまり本来力の弱い者が強い者に勝つ道が残されているということである。
さらに、決着の正当性は博麗の巫女と幻想郷の賢者達によって支えられているため、どれほど強い妖怪であっても、滅多なことでは覆すことができない。
これが妖怪だけでなく、力の劣る人間側にも受け入れられた理由だった。
その弾幕ごっこは、いまだに遊戯としての側面も持っており、友人達との遊びの中でも、たまに始まることがある。
しかし、妖怪の個性を体現し、己の本質をぶつけ合う弾幕戦に敗れることは、精神に依存する妖怪にとってかなりのダメージを伴うし、だいたいにして、荒っぽい遊びは嫌いな性分である。
それゆえにリグルは、これほど真剣に、ましてやここまで大きな物をかけて、弾幕ごっこで勝負することはなかった。
しかも相手は、橙の師匠。噂に名高い八雲一家の式であり、戦闘力も妖怪としての格も計り知れない。
「いつでもどうぞ」
そう言った八雲藍は、勝負が始まっても、ずっと構えを変えずにいた。
両手を道服の袖に隠し、背筋を伸ばしてリグルと正対したままだ。そんなはずがないのだが、妖気が一切感じられないのが不気味である。
その目はリグルの方にひたと向けられていた。視線は強くないものの、己の実力に絶対の自信を持つ者の目だ。
蟲を操っている時の自分もきっと、あんな表情をしているのだろう。
だが……。
「行かせてもらいます」
リグルは一枚目のスペルカードを取り出して言った。
弾幕ごっこは好きじゃないし、勝った経験もそれほどない。しかし、自分がこの遊戯で劣っているとは、全く思っていなかった。
性格的に合わないだけで、弱いわけでは決してない。むしろ、妥協せず勝負に徹するなら、絶対の自信がある。
だからこそリグルは、この勝負を橙の主に持ちかけたのである。
「灯符『ファイヤフライフェノメノン』!」
作法にのっとり、リグルは一枚目のスペルカードを発動させた。
蛍の形状をした緑の飛礫が、使役者を中心に、いくつも出現し始める。
一つ一つが、通常の蛍よりも強い光を放つ、妖気の塊である。
この曇り空の下では冴えないが、真剣勝負の際に贅沢は言ってられない。
蛍の群れが、相手に向かう。
藍は両手を袖に隠したまま、風に流されるように移動し、巧みにそれを避け始めた。
攻め手の弾幕を妨害してはいけないというルールはない。巫女や魔法使いなどは問答無用で、御札やら魔力のミサイルやらナイフやらを飛ばしてきた。
だが、今日の相手は一切攻撃してこなかった。時間いっぱい弾幕を味わうつもりのようだ。
――油断してくれるんなら、ありがたいんだけど。
蛍達を誘導させながら、リグルは状況を計算し続けていた。
藍が妨害しないという状況は、こちらとしても願ったりである。その分弾幕の制御に集中できるからだ。
もちろん、引っかけではないか、という疑いは常に持っている。断じて負けることの許されない勝負なので、事は慎重に運ばなくてはならない。
藍は始まってからずっと無言で、リグルの弾幕を避けていた。
空中をたゆたいながら、蛍の群れの間を最小限の動きですり抜ける、無駄のない回避だ。
主と式の関係なのに、上下左右に激しく動き続ける橙とは、対極の動きである。
ゆらゆらと動く九尾の周りで、弾幕が見えない力に阻まれているようで、全く当たる気配がない。
だが、この展開は、リグルの予想の範囲内である
最初の一手は、あくまで次への布石。橙ですらかわせるこのスペルを、主の方が食らってくれるとは思っていない。
勝負は二枚目から。
時間がやってきて、蛍達が一斉に消滅した。
藍は地面に音もなく降り、声をかけてくる。
「いい弾幕だった。夜に見たかったね」
気安い口調は、全て簡単にかわされた後では、嫌みな挑発にしか聞こえなかった。
しかしリグルは、激昂したりせずに、平常心を保って言い返す。
「さすがですね。こんなに簡単にかわされるとは思ってませんでした」
「次はもっときつい技が来るのかな」
「いいえ。これと大して変わりはしませんよ」
まずは嘘が一つ。
藍に怪しまれる前に、リグルはマントを翻す。
「蛍符『地上の流星』」
二つめのスペルが発動した。
一つめでは乱雑に動いていた蛍達が、リグルを中心としていくつもの曲線を描きながら、空中にきちんと整列した。
「散開」
放射状に並んだ弾幕は、水草の冠を思わせる。
幹から細く伸びた葉がぽろぽろと崩れていき、範囲の中で泳ぐ標的に対して、弾幕の激しさは増していった。
藍の回避は、相変わらず危機感がなかったが、やはり弾は一つとして当たる気配がなく、紙一重でかわされている。
蟲と静かに戯れながら、風に揺らされるシャボン玉のように、九尾の体は空中で、傍目にはおぼつかない歩法を見せていた。
その舞踊をじっと観察していたリグルは、しばらく右手で指揮をするように、あえて蛍を規則的に動かしていた。
頃合いと見て、静観を続けつつ、触覚を一センチほど上に動かす。
瞬間。
優雅に動いていた藍が、高速で袖を振りぬいた。
残像が空中に残り、空気との摩擦で甲高い音が響き渡る。
事態はそれで終わらなかった。直後に、広がっていた弾幕が、彼女の元に一斉に集中したのだ。
だが藍は、一足早く、黄色の影を残して、ひねり跳びでそれをかわしていた。
それまでとはまるで違う激しい動きで着地した彼女は、しばし地上で動きを止めていたが、やがて手の中に捕まえたものを見る。
長い触覚を持つ、茶褐色の羽虫が一匹。
「……蜂か」
ベッコウバチ。
毒性はさほど強くないものの、強い痛みを引き起こす種族である。妖怪といえど、不意に刺されれば一瞬の行動不能に陥りかねない。
さらにこの個体は、斜め上後ろから死角をついて、まっすぐ首を狙っていた。
その直後、磁力で引き付けられたかのように、藍の周囲の弾幕が凝縮してきたのである。
並の妖怪は、いや経験に長けた妖怪でも、通常の弾幕ごっこでは計算に入れない奇襲、ほとんど純粋な戦闘の技法だった。
とはいえ、ルールは破られていない。反則ぎりぎりではあるものの、スペルカードルールには、きちんと明記されている事項があるのだから。
「……なるほど、『不慮な事故は覚悟』ということか」
藍は短く呟いて、ふっ、と拳に息を吹きかけ、捕まえた蜂を眠らせてしまった。
そして、足を半歩引き、半身をこちらに見せる構えをとった。
その眼は先ほどよりも強く、リグルに向けられている。
非難や軽蔑の色はない。面白い、やるならやってみろ、という正々堂々とした威圧感があった。
一方のリグルは、少なからず驚いていた。
落下する蜂の攻撃は、蛍の弾幕とは桁違いに速くしていた。それを彼女はあっさり見切って捕らえた上、潰さぬように生かして封じてしまったのだ。
八割がた成功する作戦だと思っていたのだが、物の見事に切り抜けられてしまった。
しかも一瞬だけ藍が見せた動きは、瞬間移動かと思うくらい速くアクロバティックな動きであり、式である友人が十段階ほど進化したような身のこなしだった。
ごくりと無意識に喉が鳴る。
当初の予定通り、実力を計ることには成功した。だが現実には、あまりに差があることにも気づく。
藍は何も言わず、こちらを睨みすえたまま、次のスペルカードを待っている。
――萎縮するな!
リグルは自分を叱咤した。
実力で万に一つ勝ち目がなくても、弾幕ごっこなら、可能性はあるのだ。
まだ策は残っている。そしてそれは、今のカードよりもずっと自信のある攻撃である。
三番目のスペルカードを抜き、リグルは強く宣言した。
「蠢符『ナイトバグトルネード』!」
マントがびーん、と弦のように鳴り、特殊な香りを周囲一帯にばらまいた。
蝉の歌が支配していた森の向こうから、それまでになかった音が近づいてくる。
このスペルカードは、現実の蟲を大量に操って攻撃する技である。
シンプルではあるが、蟲の種類が強力であればあるほど、それだけ技の威力が高まる。
いつもの弾幕ごっこでは、妖気を帯びた蛍やテントウ虫などの、比較的無害な種を使用することでやり過ごしていた。
だがしかし、今リグルが召還した蟲は、この森に多数生息している、非常に危険な昆虫だった。
背後から群れが出現する。
おびただしい数の羽音が重なり、奇怪な弦楽を奏でている。
オレンジと黄の点が、曇り空を塗りつぶしていく。
オオスズメバチ。そしてキイロスズメバチ。
本来共存することのない凶悪な昆虫二種が、リグルのマントが流したフェロモンによって、一個の意志に統率されていた。
最凶の軍隊を背後に擁したリグルは、腕を組み、挑戦的な態度で藍に問いかける。
「一匹一匹の蟲が私の弾幕です。解毒処置ならお任せを。もちろん、貴方がかわし切るという結末もありえますけどね」
その挑発には、効果があったようである。少なくとも藍が顔をしかめる程度には。
彼女は虚空を見上げ、何かを探るように耳を動かしている。
それから、悩ましげな表情で、唸るように呟いた。
「面倒なことになったものだ……」
「降参する、という手もありますよ」
「……いや、受けて立とう。リグル・ナイトバグ」
それを聞き、リグルは躊躇うことなく、指を彼女に向けた。
間髪入れず、一匹の妖狐に、五万匹の蜂が襲いかかった。
九尾が地上から飛んだ。彼女がいた空間を、スズメバチの蜂球が押し寄せ、再び散って姿を追う。
空中を這う大蛇となって、群れは藍の体を追い続ける。いずれもフェロモンによって、巣を攻撃されたのと同程度に、怒りと敵意が引き出されていた。
リグルは平手を振り下ろすイメージで、蜂の大群を急降下させる。
藍の姿が、蟲の川の向こう側に飲み込まれた。
――当たった!?
と思ったが、わずかに一匹かすっただけだった。直前に、濁流の中をきりもみしながら、藍は安全圏へと脱出している。
今度は下から蜂の軍隊が攻める。雑音をふりまき、うねりながら目標を追う。
九尾は上から下へと移動。闘技場の端を旋回し、迫る軍勢をいなしている。
――そこへ!
リグルは藍の進行方向を予測し、蜂の一群を待機させた。
だが狙いを看破したのか、すかさず藍は旋回して、別の方向へと逃げる。
やはり速い。目で追うのがやっとのスピードだ。あれだけ大きな尻尾が綿帽子のように手応え無く空振り続ける。
蜂の大群を前にしても、動きに慌てたところがない。速度だけではなく、身のこなしも卓越していた。
――なら……!
リグルは作戦を変更した。
帯状に集まっていた蜂を、大渦の形に展開させる。
上空を蜂達で封鎖し、徐々に下へと圧力をかけていった。
それに逆らわず、藍の飛ぶ位置も下がってくる。草の上をカマイタチを引き連れて、鋭く力強く飛行する。
それを確認してから、またリグルはマントを振った。
蜂を動かしていたのとは別の、薄い柑橘系の香りが大地に浸透する。
すかさずリグルは拳を握った。
地面から黒い塔が出現し、藍は直前で急転して、水平に飛んだ。
蟻。
蜂と同様に、高度な社会性を持つ昆虫。それが波打つ黒い絨毯となって、藍を下から追いかけているのである。
この魔法の森に住む蟻は、空を飛ぶ能力は持たぬものの、恐ろしく速く細かく動き、森の掃除屋の役目を負っている。
朽ちた茸に死体や落ち葉、時には生きた妖怪までご馳走にしようと企む、悪食の蟲だった。
羽を持たぬ黒い兵隊は、仲間を踏み台にしてまで、藍の体を喰らわんと追走している。
上から蜂、下からは蟻。いくら素早くても、空間に蟲を敷き詰められれば、かわしきることは不可能である。
昆虫に比べて、九尾の体が大きすぎるのだ。
藍の動きが切迫してきている。
緩急と素早い判断で、蟲の群れのわずかな間隙をつくのは見事な移動だが、いずれもぎりぎりの回避行動であった。
対するリグルは、自らの優位を確信していた。
全ての蟲の動きを意識化におさめるのは無理があるものの、集団を絞って場所を指定することはできる。
後は無秩序に飛ばせることで、見苦しくも絶望的な難易度の弾幕を実現させていた。
そしてついに、決められたフィールドの角に、敵を追いつめることに成功した。
――勝てる!
リグルは勝利を確信して、スズメバチの一群を突撃させた。
相手の防御を破り、千の毒針で貫き、倒す。そのイメージまで浮かび上がった。
だが、標的の瞳と目が合った時、嫌な予感が背筋に走った。
彼女は空中で、ひょい、と前転した。
迫り来る蜂など見えてないかのように、無造作な動きだった。
前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転……前転
前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転、前転。
前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転前転 。
彼女に近づく蜂の一群が、攻撃を喰らわす寸前、急に左下に一斉に流された。
いや、その背後に控えた蜂の大群も、空気で出来た巨人の手に払われたかのように、ぐにゃりと移動させられた。
木々が強風にざわめき、葉っぱや土埃が横に流れ出す。
マントが気流に引っ張られ、首が絞まるほど激しくはためいている。豪風のあまり、リグルは両腕で顔をかばい、何とか空中で姿勢を維持した。
しかし攻撃に向かったスズメバチは、真っ直ぐ飛ぶことができず、風に流され続け、回転する藍へと吸い込まれていく。
そうなるかと思われた寸前、彼女は黄色い塊となって、先ほどよりも高速で空中を走り始めた。
野原の上を黄色いコマが、縦横無尽に飛び回る。
小型の台風のごとき際限のない暴れっぷりに、昆虫達は大混乱に陥り、リグルに絶え間のない悲鳴を届けた。
さんざんに猛威を振るった後、藍の体が急上昇していく。
それにつられるようにリグルのマントが流していたフェロモンが、上空に全て吹き散らされてしまい、蜂達はフィールド外の四方八方に飛ばされてしまった。
大嵐の唸り声が止んだ後、藍の身体は空から笛の音とともに、落雷じみた勢いで降ってきた。
その際、触れた時は柔らかかった尾の一房が、束ねた鉄鞭のごとき重みでもって大地を震わせる。
地中にいた蟻達の信念が、一斉に途絶えた。残らず麻痺させられたらしい。空中に立っていなければ、リグルもただでは済まなかっただろう。
震動が止み、風がようやく落ち着き、後には無傷の九尾の妖怪が残っていた。
「……久しぶりに回りすぎたせいか、ちょっと頭が重い。体がなまってるわね」
地面の落ち葉が、いつの間にか陰陽を示す太極図を描いている。
その境界上に立ち、藍は講釈を始めた。
「空を舞う昆虫は風の恩恵を、地を這う昆虫は大地の恩恵を受けている。それはそのまま弱点となりうるということ。今後の参考にしてほしい」
だがリグルは聞いていなかった。
すぐに次のカードを取り出し、口早に「隠蟲『永夜蟄居』」と宣言してから、藍に命令した。
「動かないで!」
この種の戦闘では子供だましにしかならないはずの命令を、リグルは藍に向けた。
だが、相手は言葉通り、動きを止める。
「………………」
その眼球が、斜め下にちらりと動いた。
白い首筋に、目をこらさなくては分からないほど小さな、一匹の赤い蟲がとまっている。
「私が信号を出せば、すぐに咬みつきます」
「ほう……」
「幻想郷でも見かけなくなりましたが、その蟲の毒はすこぶる強烈です。過去に多くの妖怪が、咬まれて命を落としています。貴方の肉体は狐の妖獣でしたね。ダメージも普通の妖怪より多いはず」
これこそがリグルの秘手だった。
大群にまぎれて気づかれぬよう、最初の一合を通じて、たった数匹の蜂に数百匹の極小の毒蟲を、藍の服へと運ばせたのだった。
風にまぎれて、蟲のほとんどは消えてしまったが、分の悪い賭けでも、自分の勘なら成功させることができる。
残った運がわずかに通じたのか、一匹だけ残っていた。
初めに普通の弾幕、次に蜂を印象づけ、その激しい攻撃のさなかに小さな爆弾を仕込む。
里からここまで飛ぶ間に考えた、二重三重の罠だった。
不本意ながら、蜂や蟻達を犠牲にしてまで、なんとか成功へとこぎつけることができた。
賭けに勝ったリグルは、藍の周囲に弾幕を浮遊させ、降伏を促す。
「痛い思いをさせるつもりはありません。ただ、攻撃が当たり、降参したという証言さえもらえればいい。勝負のことは黙ります。提示した報酬さえいただければ、言いふらすことは絶対にしません」
「弾幕以外で結着をつけようとするのは、スペルカードルールに抵触している。それを知ってのことか?」
「反則とは思いません。私が弾幕を放ち、貴方がそれをかわせるか、それが明快なルールだったはずです」
「……………………」
「ですから私は、卑怯者という名の方を受け入れます。それとも、勝負から逃げるんですか。それこそルール違反ですけどね」
安い挑発だったが、藍は応じなかった。少なくとも、態度の上では。
だがリグルは、余裕ぶっていても、耳で心音を感じ、内臓がひっくり返されるような緊張状態を強いられていた。
相手を逆上させることは禁物、さらに興ざめさせてもいけない。
大妖怪としての誇りを静かな怒りでくすぐるために、会話にも細心の注意を払わなくてはならない。この決闘を成立させるために。
時間にすれば二呼吸と少々だったのだろうが、日が沈むまで立っているような辛さがあった。
やがて、藍は急所に凶器を乗せたまま、冷笑を浮かべた。
「この蟲が私に届くかどうかに賭けたのか。無謀だけれど確かに読みにくい。弾幕ごっこでなければ、なかなかの戦術だ。……だが、可愛いね」
「……言っておきますが、降参しないならば本気で攻撃させますよ。卑怯と罵られてもいい」
「やりなよ」
事も無げに言う藍に、リグルは目を瞠った。
九尾の妖怪は、さらに促してくる。
「どうした。やれと言ってるんだ。勝負はまだついてないじゃないか」
「な、本気ですか?」
「そちらこそ本気なのか? 獲物をここまで追い込んでいるというのに。ならば狩人がやることは一つ。こうして会話する間も、獣の爪牙は折れていない」
そう言う彼女は、全く抵抗するそぶりを見せなかった。妖艶に口元を歪めたまま、じっとこちらの様子を窺っている。
だがもし本気で動かれた場合、例えばあの手が自分を殺すために一瞬の動きで飛び道具を使うなどということがあれば、はたして命令が間に合うかどうか、リグルには自信がなかった。
かといって、あの蟲に咬みつかせて勝負を決するというのも問題である。
妖怪殺しの蟲というのは、決してはったりではない。一度牙が突き立てられれば、正確に行動を奪い、心肺を停止させ、魂を毒で汚す。
その多くが地底に封じられた今、幻想郷ではこの森にわずかにしか生息しないあの蟲は、相手が鬼であろうと九尾であろうと、禁忌となりうるはずなのである。
もしもの場合、リグルも助けられる見込みはない。
「まさか、やる覚悟がないとは言わないね? ならば脅しなんて、最初からするものではないよ、若いの」
その挑発に、迷うことで停滞していた頭の中が、再び発火した。
衝動に従い、弾幕を藍に集中させる。
蟲には命令を下さない。だが出口の無い弾幕は、確かに九尾の体に叩き込まれようとしていた。
しかし
「……咬みつかせてもよかったのに」
「っ!?」
そんなはずが無いのに、声は背後から聞こえてきて、咄嗟にリグルは振り向いた。
数間離れた位置に、同じ姿勢の藍が立っている。
そして視線を戻してみれば、たった今自分が会話をし、毒虫が隙あらば咬みつこうとしていた九尾の正体は……ただの買い物籠であることに気づいた。
「そんなっ! いつの間に!?」
「幻視の術。変身術というくくりでは、肉体そのものを変化させるものよりも低級とされる。だが、戦闘にはこちらの方が都合がよい。今では未熟ながら、私の式も使っている。卑怯というのは、こういうことさ」
――そうか、あの時橙が見せてくれた……!
昨日の隠れん坊を思い出す。岩に変身していた橙、あの術の応用なのだろう。
だがいつ使われたのか。ずっと視界に捉えていたはずだ。いや、それとも最初に下りてきたときから、リグルの背後を取っていたのか。
全く気づかなかった。身体能力だけでなく、術の熟練度に関しても、彼女は橙とはレベルが違ったのだ。
失念していたわけではないが、考えが足りなかった。
動き始めた弾幕を、リグルは制御するのも忘れていた。
それを軽やかにやり過ごしてから、藍は地上に戻ってくる。
「ところで、カードはあと一枚になったようだが、その前に一つ……」
彼女の言葉遣いは相変わらず穏やかだった。
だが、細められた金色の目は、全く笑っていない。
「弾幕が原因で不慮の事故が起こるというのは許せる。多少荒っぽくとも、それが隠せぬ個性だというなら目をつむろう。しかし、スペルカードルールは美しさを競うもの。不慮の事故を手段として扱い、それで勝ちを拾おうとするのはいかがかな」
「……それ以上言わないでください」
「ほう?」
「私は、勝たなきゃ意味がないんです」
両の拳を握りしめ、リグルは臆さず、藍の瞳を睨み返した。
「……私はどうしても勝ちたいんです。橙のために、勝たなきゃいけないんです。そして私が貴方に勝つには、こんなやり方しかないんです。私は八雲でも、天狗や鬼でもなんでもない、蛍の妖怪なんですから」
痛いほど、肩が震えるまで拳を固め、噛みつく勢いで叫んだ。
「特別な妖怪じゃない私が、貴方達に勝つためには、こうするしかないんです! 弾幕ごっこは、そのためにできたんでしょう! 力の劣る人間でも妖怪でも、信じる道があれば正すことができるから! 間違ってますか!?」
泣き言にしかならなかったが、それでもリグルは、言わずにはいられなかった。
悔しい。なんで勝てないのだろう。なぜ思い通りにならないのだろう。理不尽の力の差なんて、この世界から無くなってない。
こんな嫌な気持ち、橙に対して絶対に抱きたくはなかった。
ぶつけるとすれば、それは目の前で達観している彼女の主、そしてその姿とかぶる、あの夢で会った妖怪、八雲橙だ。
自分の憎しみの一念が通るなら、次の時代なんて来ないでほしい。いつまでも橙達と平和に暮らせる、永遠の夏が欲しかった。
そのための力が欲しいのに、肝心の今に間に合わないのは、どうしてなんだろう。
運命の分かれ道に挑戦するなんて、無謀だということなのか。
悔しさに煮えたぎるリグルの眼光を、藍は正面から見返していた。
甘い顔一つせず、今も毅然とした姿勢を貫いている。
しかし……
「弾幕ごっこに勝敗がつくのはなぜか、真剣に考えたことがあるだろうか」
「………………?」
不意の質問の意図が読めず、リグルは眉をひそめた。
「スペルカードルールは、私達妖怪にとってはお遊びだ。これが戦闘であれば、弾幕を回避する方法など、いくらでもある。例えば、私が今やったような手品。これだって戦闘の初歩の初歩にあたる。だが弾幕ごっこになった途端、どんな大妖怪でも負ける可能性が常にある。路傍に咲く花の妖精に、鬼が降参することもあり得る。では、なぜだろう」
それがなぜなのか、何を伝えようとしているのか分からず、リグルは小さく首を振った。
藍は粛然として続けた。
「……それは、私達が、弾幕に『魅せ』られるからなんだ。その者の本質に触れてみたくなるという欲求に、耐えられなくなるからなのだよ。でなければ、妖怪がそう簡単に人間に負けることはない。人間に惹かれてしまうからこそ、妖怪は負けてしまう。騙し合いや暴力を主とする戦闘では、高い次元でしか味わえない喜びが、身近に手に入る。私達は弾幕という新しい手段を通じて、お互いを理解し合えるという幸福の中にいるんだ」
「………………」
「だから、私はリグルと弾幕ごっこが始まる前、本当に楽しみにしていた。けれども実際に蓋を開けてみれば、過去に何度も経験した、単なる戦闘に過ぎなかった。血なまぐさい思い出ばかりが蘇るのも、それをリグルに強いるというのも、辛い時間だ」
「………………」
「最初の弾幕は、綺麗だった。ぜひ、夜に見たかった」
「…………!」
リグルは小さく息を呑んだ。
それが初めに聞いた時と同じ台詞で、同じ語調であることに気づき、呆然とした。
あの言葉は挑発ではなかった。彼女は自分と、弾幕ごっこで勝負したかったのだ。
橙の友人ではなく、一人の妖怪として認めた上で。お互いの真価を、理解し合うために。
だが、再び瞼が開いた時、藍の眼光は、戦士のそれに戻っていた。
抑揚の少ない、硬質な声で宣言してくる。
「リグル・ナイトバグ。汝を幻想郷における危険分子と見なす。したがって我が主八雲紫に代わり、ここに天誅を下す。もはや容赦はせん」
一瞬、全身を針で刺されるような感覚を覚えた。
それが八雲藍の、本物の妖気だった。紫煙を混ぜた陽炎のごとく、目に映るほど濃い。
いくつもの抜き身の刀を、のど頸に当てられているようだ。
遊戯から戦闘へと意識を切り替えただけで、彼女はまぎれもない怪物と化していた。
でもなぜか、リグルは逃げようとは考えなかった。
恐い。けど恐いだけじゃない。奇妙なほど気持ちが高揚していた。
戦闘を好む本能、自分にも流れている妖怪の血が、体の奥でざわついているのかもしれない。
そして……
(藍様はねー。とっても強くて、足も速くて、かっこよくて……)
友達の言ったことが、今になって思い出された。
そして不思議と、微笑んでいる自分に気づく。
――橙、橙の言った通りだったよ。一つも嘘をついていなかった。橙が尊敬するだけあって、凄い主さんだった。
リグルは最後のスペルカードを取り出して……それをしまいなおした。
指を噛み切り、マントのふちに血を垂らす。
――だけど、私だって負けてられない。橙のためにも。私のためにも。蟲の妖怪の意地にかけても。
私が選ぶ、大好きな未来のために!
「弾幕ごっこでも、戦闘でも、勝つのは私です。まだカードは一枚残っています」
リグルは言って、指からしたたり落ちる血で、カードに素早く文字を書いた。
「……誰も知らないもう一人の私、蟲の妖怪の業を、貴方に教えてあげます、八雲藍さん」
小細工が通用しないことがわかった。
かといって普通の弾幕では歯が立たない。
ならば、生まれてからずっと肩に食い込んで離れなかった、自分の肩書きを使うしかない。
蟲達の魂を刻み続けた、このマントに眠る力、蟲の王にだけ許された、禁断の技。
「君命『蝕界』」
短くスペルを唱えると、すぐに場に変化が起こった。
まず音が消えた。周囲の森を覆っていた虫の気配が、一斉に凍り付いた。
次に、どこからともなく、冷気が流れ込んできた。夏の暑さを保っていた野原の気温が、急激に下がっていった。
そして、光が失われていく。厚い雲に遮られた陽光が、この場所に到達する前に、何かに『食われて』しまうかのように。
藍は訝しげに、命の匂いが消えた森を見渡していたが、ビィンと琵琶を強く鳴らしたような音に反応し、再びリグルを向いた。
ビィン、ビィン、とリグルのマントが鳴っている。伏せた顔の上で、触覚が細かく動いている。
発しているのは、蜂や蟻を支配した香りではなく、特殊な音波だった。
波紋が広がる度に、冷気は次第に強さを増していき、草木がざわめき始めた。
そしてリグル自身も、外見に変化が生じていた。
翠玉に似た澄んだ緑色の瞳で、妖気が蝋燭のように燃えていた。
切りそろえられた髪の毛が、微風を受けたように持ち上がっている。
鳴り響くマントから漏れる妖気の、『質』も変化していた。一個の蟲の妖怪から、王の気配へと。
マントの鳴動が、いよいよ琵琶から大鐘の域に達そうかというとき、ついにその兆候が現れた。
半透明の蟲共が、周囲の木々から彷徨い出てきた。あるいは地面から湧き出してきた。何もない空間が、脱皮するかのように蟲の形になった。
幽霊。その数足るや尋常ではない。間欠泉から吹き上がる湯煙のごとき勢いで、広い野原を埋め尽くさんと増殖している。
蝗、螽、蜘蛛、百足、蝎、蜂、蟻、蝉、蛞蝓、甲虫、鍬形、蛍、虻、蛾、蟷螂、恙虫、蚋。
蟋蟀、蜻蛉、椿象、壁蝨、蚤、蠅、虱、白蟻、蜚?、馬陸、竈馬、芋虫、蚯蚓、蜉蝣、田鼈。
種類も大きさも様々であり、群れが重なり合って、人を飲み込む程大きな姿となっているものもいた。
古に去った蟲達の幽霊が、今再び、王の要請の元に、一同に集結したのだ。
その中心で、リグル・ナイトバグは、蟲を統べる王は、九尾を睥睨していた。
――王ヨ!
雷鳴のごとき喚声が、広場に炸裂した。
――王ヨ! 我々ニ命令ヲ!
――忠義ヲ示ス機会ヲ!
それぞれの種族の代表が、リグルの指示を待っている。
互いに喰らい、子孫を残すという、単純な目的のためにはびこる生物。
それでも彼らには、例外なく崇拝する存在があるのだ。
細き血脈の行く末を見届け、滅びゆく種を庇護する、蟲の王という存在が。
だが、当代の王の表情は、鬼面のように歪んでいた。
幾度の転生を経て、たくさんの命を見届けてきたものの、リグルはこの森を預かってからまだ若く、幻想郷の平和な時代に生まれた妖怪である。
歴戦の猛者共を率いるのに必要とされる覚悟と重圧は、あまりにも甚大であった。
同時に、王としての姿を取り戻したことで、妖怪の本能が、無理矢理にでも呼び覚まされていた。
その悦びに耐えられるほど、心は古びていない。あふれ出る力に酔いしれ、吹き荒れる衝動に翻弄されないよう、自我を保つだけで相当な消耗があった。
しかし、その代償と引き替えに、リグルは大妖怪クラスの力を手に入れていた。
八雲藍は、素早く周囲の蟲達の戦力を計算している。その表情にも、これまでにない焦燥がある。
リグルに向けられていた殺気を遙かにしのぐ軍気が、彼女に集中しているのだ。
立っているだけでも、相当の格が必要とされるこのプレッシャーの中で、ましてや戦おうとすればどうなるか。
だが、森一つを埋め尽くすほどの霊の中に、取るに足らないほどの蟲を見つけ、興奮していた王の精神が、わずかに揺らいだ。
色が透けているものの、青い筋のある黒い羽を持つ蝶の霊には、見覚えがあった。昨日、別れを告げたばかりだったのだ。
季節外れの蝶は、リグルの前に移動し、盾となることを願った。
――……王ヨ。貴方ノオ望ミノママニ。
その念話をはじめとして、いくつもの声が蟲達から届けられた。
全体からみれば微々たる数に過ぎない。でもそれらは、まぎれもなく、当代のリグルが王として、マントに名を刻んできた蟲達だった。
彼らのメッセージが、若き王を奮い立たせた。
信じてくれている。
ここにいる蟲たちは、いずれも若輩者の自分に、力を貸してくれている。
リグルは強くうなずき、スペルを発動させた。
――リグル・ナイトバグの名において命令を下す。我が障害となりて立ちふさがりし、その輩を喰らえ。
途端、四方から蟲の津波が藍に向けて殺到した。
出口の無い弾幕、すでに弾包ともいえる形状をした蟲共に、一瞬でその姿が飲み込まれる。
直後、爆発的な妖気の発生に、蟲の一角が吹き飛んだ。
藍は喰われてはいない。彼女の周囲に防壁が出来ている。
結界だ。分厚いだけではなく、表面に妖気が帯電していた。
蟲達が受けた反動は、直接王の精神にはね返ってくる。
血管が張り裂けそうな痛みに、リグルの全身が大きく痙攣した。
だが、
――負けるもんか!
それでもリグルは、攻めることをやめない。
――橙は今頃、もっと辛い目にあってるかもしれないんだ! 私だって、まだ戦える!
「ぁああああああ!!!」
王の咆哮に、戦士達の士気はさらに燃え盛った。
怒濤の進撃は、立て続けに藍の結界を脅かした。
針で突き刺し、牙で食らいつき、爪で引き裂き、毒を流し込む。秒と秒の間に、百のイメージの連鎖がつぎ込まれる。
気の遠くなるほど長い蟲の歴史が、そのまま攻撃となっているのだ。ただ一人の妖怪に向けられる力としては、破格のエネルギーだった。
しかし、背中の重みが失われていくのに気づき、リグルは反動とは別のパニックに見舞われた。
マントがぼろぼろに引き裂かれ、風化していっているのだ。それは蝕界の影響に他ならなかった。
この強力無比な禁術には、時間という制約がある。マントの長さは、そのまま効力時間となり、それを先延ばしにする手段も力も、リグルには残っていない。
対する藍は、まだ蟲達の攻撃を食い止めていた。
両足をしっかり踏み、両手で巨岩を支えるかのように、犬歯をむき出しにしている。
華麗な回避の見る影もない。それでも彼女は、強固な結界を二重三重に重ね、この大瀑布に必死で抵抗していた。
これでもまだ足りないというのか。
その時、王の仮面が外れ、リグル・ナイトバグが現れた。
自分は王である前に、蛍の妖怪、蟲の仲間なのだ。
古い仲間が、死んでからも自分を助けてくれているのに、こんなところでのさばっていていいのか。
――いいわけが……ない!
リグルは前に飛んだ。飛んで蟲達に命令を下した。
そこをどけ、と。道を開けてくれと。
「このおおおおお!!」
叫ぶとともに、王自ら蟲の群れに飛び込み、藍の結界に両足をたたきつけた。
渾身の力と、ありったけの思いを込めて。
ガラスが砕けるような音が響き、防壁が破れる感触があった。
ほぼ同時にマントの効力は消え、蟲の霊達は霧散して、大地へと還っていく。
だがリグルはまだ諦めていなかった。
「これでどうだああああ!!」
最後の一秒をかけて、リグルは残った蟲達を右手に宿し、藍の体にたたきつけた。
深い手応えがあった。
幻ではない。蟲越しに伝わる感触は、本物の九尾の妖狐だった。
届いたのだ。ついに、あの八雲藍に一撃を入れることができたのだ。
――やった……勝った……。
とすっ。
体から、不思議な音がした。
自分の胸を見下ろすと、紋様が描かれた短剣が生えている。
それに気がつき、首からつま先までの感覚が、突然消失した。
体が麻痺して動けなくなり、浮いていることもできず、リグルは地面に仰向けに倒れた。
「……『蝕界』か。蟲の王にふさわしい、見事な技だ。あの結界を力押しで食い破るとは」
藍の声だった。
引き裂かれた白い道服から、血で染まった右の二の腕が見えている。
彼女は負った傷を、御札で治療し始めた。
「だがその宝剣、中枢神経を貫き、心臓を霞めている。通常の蟲であれば、感触は消え、やがて痛みもなく死に至る」
「…………」
「先ほどの言葉をそのまま返そう。私と同じ、元は動植物から生まれた妖怪。精神の攻撃に強い反面、肉体の強い損傷に影響を受ける。残る時間はあと二分と三十七秒。これが君が望んでいた、不慮の事故だ。……勝っても負けても、気分が悪いものね」
身に付いた埃を払うように、藍は言葉を吐く。
だが、リグルがそれに対して、憤りを感じることはなかった。窮地を脱しようと、焦ることもなかった。
終わった、という事実を、感情がひどく冷静に受け止めている。
残り少ない砂時計のように、気力と体力が零れ続けている。かわりに増していく空白に、重度の疲労が滞留していた。
網膜は地面から見上げる光景を、無目的に映し続けている。
その世界の端に、ゆっくりと歩き近づいてくる、妖怪が入った。
「喋れるうちに、何か残したいことがあれば、言うがいい」
「……………………」
「何もないか?」
「…………ごめんなさい…………」
「……………………」
「……でも……こうするしかなかったんです……」
首から下が石となったまま、リグルは何とか口を動かして、言った。
「夢を……見たんです……不思議な夢でした……橙がいなくても……相変わらず子供の時代を生きていられる……私達四人と……ひどい世界の中で……戦い続ける大人を選んだ……橙に会いました……私はどっちに進めばいいか……わからなかった……実は橙に……嫉妬もしていたんです」
動かない手を、意識だけ持ち上げ、前に伸ばした。
闇に消えていった、あの二つの尻尾へと。
「……橙を追いかけてみたかった……できるなら……いつまでも友達でいたかった……ミスティアだって……チルノだって……本当はそう思っているのに……諦めるしかないんですよ……私もそのつもりでした……橙が私達を選ぶとは思ってなかったし……昔から貴方にずっと憧れていたし……そっちの方が幸せなんだと思ったから……でも、あの夢を見て、修行の話を聞いて、やっぱり嫌になったんです……許せなかったんです」
うわごとのように弱々しく、とぎれとぎれにしか喋れなかったが、そこからは押さえきれぬ感情がこもった。
「だって……私がどっちを選んでも……橙は……橙じゃなくなっちゃうんです……! 私の知る橙は……もう永久に消えちゃうんです……! あんな妖怪なんて……八雲橙なんて……私の知ってる橙じゃなかった。……私の知ってる橙は……私を助けてくれた橙は……それなのに……あんな未来なんて……そんな幻想郷なんて……」
そこまで言って、意識が朦朧としていく。
身体から中身がぬけ、ついに空洞になった気分だった。
「……精一杯やったから、悔いはありません……橙のこと、よろしく頼みますね……」
泣き笑いを作り、リグルは瞼を下ろした。
とどめを刺そうと手を振り上げる、藍の姿を最後に、視界を封印しようとした。
その時だった。
「やめてー!!」
その声は、絶対にここにはいないはずの、親友の声だった。
○
リグルは呆気にとられていた。
動くことを止めた自分と、その自分を葬り去ろうとしていた藍の間に、影が割って入ったのだ。
緑色の帽子、赤い洋服、その下から黒い尾が二つ。化け猫だった。
「…………っ!」
橙だ。幻なんかじゃない。間違えるはずがない。
本物の橙だと、自分の勘が強く訴えている。
だが、しかし、なんでこんな所に彼女が現れたのか。
驚いているのは橙の方も同じようだった。
死にかけたリグルの前に立って、二つの尾の毛を逆立て、警戒するように周囲の光景と、不動の藍を睨む。
「騙されないぞ! これも紫様が作り出した幻だ!」
「いいや、私は本物だよ橙。お前の主、八雲藍だ」
「……嘘!」
「わからないのか?」
いかさまを見破ろうとするかのように、橙は低く唸っていた。
だが、ついに現実を認め、驚愕に息を呑んだ。
「そんな……! でもなんで!? どうして二人が戦ってるんですか!? 弾幕ごっこじゃなくて、これじゃ殺し合いじゃないですか!」
「そちらが望んだことだ」
「そ、そんなはずがありません!」
「それだけではない。その妖怪は幻想郷のルールを破りかけ、八雲の事情にまで踏み込み、あまつさえ私に牙をむいた危険な存在だ」
「……………………」
「ここで絶たなければ、やがてこの地を乱す病根となるであろう。八雲一家として、見過ごすわけにはいかない」
「リグル……本当に?」
橙の視線が、驚きとほんのわずかな哀しみの混じった視線が、こちらを向いた。
感覚の無いはずの体に、痛みが伝わる。
そんな顔を最後に見届けてから、逝かなくてはならないなんて、これも何かの罰なのだろうか。
だが、式は顔を戻し、主に訴えた。
「藍様! リグルを許してください!」
「ならん」
「お願いします! 私がかわりに罰を受けます! だから!」
「主に逆らうというのか? 橙」
その声には、式の足をすくませるのに、十分な怒気が込められていた。
怯えて後ずさりする橙に向かって、藍は一転、穏やかな口調で諭す。
「これからの長い一生において、一時の感情にとらわれてはいけない。大局を見据えることが、今のお前に必要とされる資質だ」
「……………………」
「八雲一家の役目、忘れたわけではあるまい。ならばその妖怪にしかるべき誅を下すのが我らが務め。理解したのであれば、それにふさわしい行動を取りなさい。いいね」
「……………………」
「橙?」
「……私はまだ、八雲の名前をいただいておりません」
藍の表情は変わらなかったが、倒れているリグルはぎょっとしていた。
常々主を敬う態度を崩さない橙にしては、危険なほど反抗的な返答だ。
だが橙の顔は、真っ直ぐ主に向けられている。
「まだ私は、『橙』のままです。きっと八雲一家ならそうするのが正しいんでしょう。でも今の私には、とてもじゃないけど許すことができません」
「ほう……」
「だから私は、こう決めました。ごめんなさい藍様」
「ならば、その妖怪を殺せば、八雲の名を与えるといったらどうする?」
それは窮地にある二人にとって、あまりに致命的な甘言だった。
リグルは今度こそ、橙に殺される覚悟を決めた。
しかし、
「そんなの嫌です! なんでもかんでも白か黒かじゃなくて、もっと他に道はないか柔軟に考えろって、私は藍様、貴方から教わりました!」
八雲の老獪な教唆を、橙は悲痛な声で突っぱねた。
「私の心は、今も昔も八雲一家の一員です! 未来の幻想郷を守るのは、私の役目です! でもその幻想郷では、藍様もリグルも、二人とも笑ってるんです! そのために全力を尽くすまでは、私は二人がいる未来を諦めませんよ! 絶対に!!」
だん、と足を踏みならし、彼女は決断した。
リグルをかばい、幼い式は主に対してスペルカードを向け、
「勝負です! 藍様! 私が勝ったら、リグルを……」
だがその言葉の続きは、虚空に吸い込まれるように途切れた。
空間に出来た裂け目が、橙の体を一瞬で飲み込み、そのまま幻影のごとく消えてしまったのである。
後には再び、藍とリグルだけになった。
「……茶番はここまで、か」
九尾の式はそう締めくくり、倒れているリグルの体に近づいた。
「今の言葉を聞いたかい?」
リグルは頷いた。
「先ほど、悔いは無いと言ったが、まだ同じ答えかい?」
リグルは首を振った。
「助けてほしい?」
リグルは頷いた。何度も、何度も、頷いた。
死にたくなかった。諦めたくなかった。橙にありがとう、って謝りたかった。
その決断が、どんなに惨めでも、どんなに情けなくてもいい。
ずっと苛んでいた悩みが晴れた今、死ぬ意味なんてこれっぽっちもなくなっていた。
もう一度やり直したい。まだ未来を諦めたくない。その願いを、無言で藍に告げた。
彼女は動けない自分の体の横に、しゃがみこみ、指を左右に振って、呪文を唱えた。
「ちちんぷいぷい、いたいのいたいの飛んでけー」
飛んでけー、と指をあさっての方向に向けて動かし、彼女は立ち上がった。
「これで暗示は解けるよ、リグル」
「…………え?」
リグルは自分の体を見下ろす。
胸から流れているはずの血は、なかった。
刺さっていたはずの短剣も、なかった。
それどころか、かわりに体の上に乗っていたのは、
……串に刺さったお団子だった。
5 和解
戦いの残滓が消え、暖気が戻った広場に、二人の妖怪が並んで、倒木に腰掛けている。
狐の妖怪と、蟲の妖怪。ただし、蟲の方はさっきから癇癪を起こして喚いていた。
「じゃあ私は、つまりそれって、修行のだしに使われただけだったんですか!?」
「ご、ごめんね。最初は引き分けを狙って真面目に相手してあげたんだけど、途中で紫様から通信が入って……」
「引き分けですって!? 私は最初から最後まで、ずっと本気で命がけだったんですよ! それも貴方にとっては、全部子供の遊びだったんですね!」
「いやいやいや!? 気持は十分に伝わったわ! でも、いくらなんでも無茶だと思ったし、私もマスターには逆らえないの。許してください。どうかこのとおり」
低姿勢の藍が差し出すお団子――茶店でいつの間にか買っていたらしい――を、リグルは怒りにまかせて頬張った。
彼女の説明によれば、さっき見た橙は幻覚ではなく、八雲紫によって修行中のはずの、本物の橙だった。
死にかけている友人と、それに天誅を下そうとする主の姿、それを目の当たりにした際、どういう選択をするか、という試練だったそうな。
橙はそれと似た様々な幻を、今日紫によって見せられていたらしく、そこに耐性ができてきたところで、最後の修行に現実の場を持ってきたのだという。
つまり、藍はリグルと死闘を繰り広げているように見えて、ちゃっかり先の展開を計算していたのである。
もちろん、リグルを殺すなんてことは、全くの虚言だったらしい。
そうとは知らず、手の平で踊らされていたリグルとしては、当たり前ながら面白くない。
甘いお団子を全部食べ尽くしても、まだ怒りは冷めなかった。
「でもリグル。無茶をしてはいけないよ。相手が私だからよかったものの、幻想郷ではいまだに、命のやり取りに飢えている妖怪もいるんだから。貴方だって殺し合いがしたかったわけではないでしょう?」
「……はい」
「しかし予想以上に強くて驚いたよ。蟲の妖怪の真価を堪能する機会に恵まれた。最後の攻撃には本気で魅せられたしね。ふふふ、実に楽しかった」
「慰めなくたっていいです」
最後の団子を噛みしめながら、リグルはぶすっと呻いた。
「……それに貴方は、橙のことが気になっていたみたいだから、いっそのこと見てもらった方がいいと思って」
藍の語調が変化していた。
リグルも自然とそれを察し、お団子を飲み込む。
先ほどの光景を思い出す。
あれが橙の修行の一環だったという。
厳しい戦いの訓練とか、滝に打たれるような荒行とか、難しいお勉強とか、もしかしたら妖怪を滅ぼすための技とか、そんなことをするんだろうと思っていた。
しかし、そんなものではなかった。八雲の修行は、自分が想像していたものとは全く違っていた。
「……橙はこれから、ずっとあんなことを続けなきゃだめなんですか?」
あれは、優しい橙にとって、それらより遙かに残酷な修行に思えた。
「八雲の名を継ぐためには、幻想郷を守る様々な覚悟が必要とされる。実力や知恵を磨くだけでは、とても到達することはできない。迷いに使える時間は無限どころか、ほんの刹那で終わるのだから」
主の言葉には、厳しいだけではなく、含蓄もこもっていた。
「本番が来なければ、それが一番。けど何かあった時のための準備は、常にしておかなくてはならない。窮地に遭った際、自分が何を選択するのか、どうしてそれを選択したのか。常に自らに問い続けていく必要があるんだ」
「………………」
「それにしても、さすがは私の式というか、面白い答えを出したものだ。いいお友達なのね。二人とも、互いを守るために、あんなに必死になって……」
藍の話を聞いているうちに、血が上っていた頭が冷めたことで、リグルは思い出した。
「あの……ごめんなさい……腕の怪我は大丈夫ですか」
「もう回復したから大丈夫。王様からの名誉の勲章として受け取っておこう」
「…………」
「なにもこれからの幻想郷を守るのは、私達八雲一家のみというわけではない。できればこれからも、危なっかしいあいつを助けてあげておくれ。貴方の実力は、私が保証する」
「はい、ありがとうございます。でも……」
確かに、今日の経験は自信に繋がるだろう。
蟲の妖怪として、自分が受け継いだ力が、どれほどのものかということを知ることができたのだから。
あの力を、今日みたいな理由にじゃなく、いつか成長した橙を助けるために使うことができれば……。
「でも……やっぱり橙はまだ橙だからああ言ってくれて、きっと八雲橙に成長したら、私達とは疎遠になっちゃうと思うんです」
先ほど、死の直前に明かした悩みをまた繰り返すと、藍は改めて聞いてきた。
「リグル。もしかして、里で私と本当に話したかった内容は、それだったんじゃないのかい?」
「……実は」
リグルは思い切って、自分の悩みを話すことにした。
皆が感じている不安を、今の橙を失うという悲しみを、昨晩見た悪夢を、全て問題の根源である藍その人に打ち明けた。
彼女は不愉快な顔をしたりしなかった。それどころか、とても嬉しそうだったので、またリグルは口を尖らせる。
「笑わないでください。私は本当に悩んでるんです」
「ああ、ごめん。そういう意味じゃないんだ」
藍はかぶりを振って言った。
「橙の話ばかり紹介していたが、私自身の話をしていなかったね。騙したお詫びに、これから君にだけ、それを伝えることにする」
「え……?」
「実はね、私と橙には大きな違いがある。私が子供の頃は、あんなに友達はできなかった。いや、君みたいな妖怪の友人など、ほとんどいなかった」
それは唐突に明かされただけでなく、全く意外な事実だったので、リグルは戸惑った。
「で、でも、人間の里ではみんなと仲良くしていましたし、慧音さんとも友達なんじゃ……」
「それも私の一生においては、つい最近の話さ。私はずっと、主しか目に入っていなかったんだ。特に、子供の頃にはね」
彼女は自嘲を混ぜて、式の過去を語り始めた。
「時代が時代だった、と言えば聞こえはよくなるかもしれないが、私自身の性格にも問題があった。人見知りで、臆病で、何より八雲のプライドが高かった。主という完璧な存在が身近にいたために、他の妖怪を心の中で見下していたのさ。今になって、もっと違う年月を過ごせたのではないかと、反省することがある。そういう意味では、私も式に教えられてばかりなんだ」
「………………」
「だから、橙のために、蟲の妖怪である君が、真剣に悩んでくれているのが、とても嬉しくて、少し羨ましくってね」
飾ったところのない、晴れ晴れとした物言いだった。
こちらを向いた彼女と、目が合った。
「心配しなくても、橙は私とは違う大人になるんじゃないかと思うよ。私みたいな仕事一辺倒だった八雲じゃなくて、いつまでも君たちと仲良くできる八雲に」
「………………」
「だから、そんな悪い夢なんて忘れてしまえばいい。どっかの大妖怪の余計なお世話だったとでも思って。考えるだけ体に毒だもの」
「でも、橙は貴方を、藍さんみたいな、幻想郷のために厳しくなれる八雲を目指してます。それは間違いありません」
「…………ふむ」
藍はうなずいた後、買い物籠を手に立ち上がりながら、言った。
「ところでリグル。私と君は、どんな関係だろう」
「え?」
またもや意外な話題である。
どんな関係かと言われても……すぐに思いつくような答えはない。
リグルは何とか捻り出そうとしてみる。
「ええと、橙の保護者さんだから……」
「ちがうちがう。橙抜きで考えて」
「う……ううん……何だろう」
「さっきのこと怒ってる? まだ私たち、敵同士かな」
「そんなことありません。けど、なんて言っていいか……」
「一緒にお茶を飲んで、お団子をあげて、弾幕ごっこまで経験したというのに。ああ哀しや」
藍はわざとらしく、破けた袖の端で目をこすって嘆いている。
そしてリグルはようやく、彼女が望んでいる答えを導き出した。
「友達……でいいんですか?」
「うむ。よくぞ言ってくれた」
彼女は籠から空いた手をこちらに差し出して、満面の笑みを浮かべた。
「私とリグルが友達になれるなら、橙が私みたいな八雲になったとしても、心配はないんじゃない?」
その笑顔は、昔から自分の親友が見せてくれる笑顔と、本当によく似ていた。
6 萌芽
日暮れになっても、雲は晴れることがなく、寒気は服を通していっそう肌に染みこんでくる。
だが、厚着した服の下は、不思議と火照っていて、今朝から続いていた重みも消えていた。
マフラーで覆われた鼻から、空気を吸い込むと、冬の匂いがした。
リグルは空を見上げる。
「あ……やっぱり」
手のひらを天に向けると、粉雪が一つ、肌の上に下りてきた。
白い冬の粒が、空いっぱいに拡がっている。眠る蟲を春まで冷たく、優しく包むことになる、銀白の毛布だ。
けれども、それを見定める自分は、冬も独りじゃない。
勘の赴くままにブナ林を進んでいると、予想通り、知っている気配が近づいてくる。
「……リグルー!!」
遠くの空でこちらを見つけ、猛然と突進してきた友人は、リグルに飛びついた。
力一杯抱きしめられる。
「よかったー! リグル生きてた! どこも怪我してないよね! 大丈夫だよね!?」
「橙……」
式の式、化け猫の橙は、しばらくこちらの体にしがみついたまま、嗚咽を漏らしていた。
リグルは理由を聞いたりせず、その間ずっと、しゃくり上げる彼女を支えてあげた。
やがて橙は顔を離し、赤くなった鼻をすすって、
「ごめんね。私、紫様の修行中に、すっごく怖い夢を見たの。リグルが今にも死んじゃいそうになってて、それをやった犯人は……そんなわけないって……わかってるんだけど」
「………………」
自分を見つけるまで、本当に不安でたまらなかったのだろう。
赤く腫らした目をこすり、まだべそをかいている化け猫は、いつもよりもだいぶ落ち込んでいたけど、よく知る親友に他ならなかった。
リグルは笑顔を零した。
あの時流した涙の分だけ、感謝の気持ちをこめて。
「心配してくれてありがとう。大丈夫、私は生きてるわよ」
「……うん、そうだね!」
「これからミスチーの屋台に行くんだけど、来ない?」
「もちろん行くよ! レティも来てるかもしれないね! チルノ達も誘ってみようよ!」
橙は涙を拭き、普段の彼女にぴったりな、元気な姿に戻った。
ミスティアの屋台に二人で足を向けつつ、リグルは質問する。
「ねぇ、橙。今さらだけどさ」
「なぁに?」
「将来、主の藍さんみたいになりたい?」
「もちろん! 今も昔もこれからも、ずっと目指してるよ!」
「そっか……」
「だって藍様はね」
また彼女がいつものように褒め言葉を並べようとする。
その前に、リグルはぽつりと言った。
「……私も、その気持ちがわかっちゃったかもしれない」
「え?」と呟いて、橙は立ち止まった。
リグルは足を止めずに、わざと意味ありげに微笑を浮かべたまま進み続ける。
「……でも、先は遠そうよねー。蛍には難しいかなぁ」
「リ、リグル! それどういう意味!?」
「なんでもないわ! さぁ、寒くなってきたから、急いで暖まりに行こ!」
「やっぱり、藍様と何かあったの!? ねーってばー!!」
雪の降る中、走り出したリグルを、橙は慌てて追いかけていった。
若い二人の妖怪の歩む道は、次の季節、そして新しい幻想郷へとつながっている。
(閉幕)
仲間を大切にする事の大切さならこの子が一番よく知ってます。
だから大丈夫。リグル、あなたなら、きっと、ずっとね。
楽しい時間を頂いてありがとうございました
ああ俺も藍様の包容力に包まれたい‥
橙は八雲家のいらない子だと思ってた僕ですが、これ読んで考え改めました!
橙かっこいいです!
いつかこんなss書けるようになりたいです
そしてゆかりん鬼畜すぐる
もっと評価されるべき
リグルと藍のかっこよさ、橙の成長のSS。堪能させていただきました。
誤字報告。
>ちょっとした騒動にな巻き込まれた。
な、はいらないかと。
そして台詞が一度も無かったのに紫の存在感が半端ないのもgood
藍様が人里の住人と親しくしているのは八雲としての仕事の一面もあるという解釈は面白いと思いました。
それと藍様の尻尾をモフモフしたいです。もふもふ。
大人になっていく橙に焦るリグルを見ていてなんだか懐かしい気持ちになりました。
友達がいきなり大人になっていくのを見ると焦ってしまいますよね。
点数を入れ忘れました
PNSさんの作品は読んでいて心に響きます。
藍様!全ては藍様の魅力を最大限に引き出すための話なのだ!うおーモフモフさせ(G
冗談はさておき、素晴らしいお話でした。弾幕ごっこはやや長かった気がしましたが、非常に面白い戦闘シーンだったと思います。
そして、変わらない日々とは何と尊いものなのでしょう。願わくば、より良い未来が彼女たちの先にあらんことを。
リグルくんかっこ良かったよ!
PNSさんの八雲作品は安心して読めます。
共に歩み泣き楽しみ、友が間違った方向に進んでいるならそれをお互いに正し合う…そんな関係を築けるハズですね、彼女達なら。
よめてよかったです,ありがとうございます.
素敵な読後感と温かさを有難うございます。
意気込みでいてほしいな、と思いました。
最後の締めがやや甘すぎた感じで、ちょっと塩分があったほうが好きです。
でも、いいSSだと思います。次回作お待ちしてます。
次代の幻想郷が楽しみになる!
素晴らしいSS、ありがとうございました。
前編と合わせて約130kb。ノンストップで読んでしまいました。
相変わらず感情をガツンと揺さぶられる……。
彼女たちが、彼女たちの住む世界が、たとえどれほど変わろうとも、共に育んできた『形のない何か』は決して形を変えることはないのでしょう。
言い回しに我ながら矛盾を感じますが、そう思ってしまったのです。
なんという王道だがそれが最高に良かった。
モフモフさせて!
本当にありがとうございました、超満足です。本当の意味で。
藍の大人さに惚れ直し
橙のかわいさに参った。
本当に、いつまでも幻想郷は平和であってほしい。
藍様ならちゃあんとやってくれると信じてましたよ!
平和だけど、停滞しているのではなく、活発に動き回っている幻想郷の面々が素敵な作品でした。
いいじゃないですかっ!
ちちんぷいぷいで思わず吹いてしまったが、改めてみるとそれすらもカリスマを感じてしまうのは可笑しいだろうか。
・・・というかヨウカイズム?