今日は大晦日。 一年の終わりと共に新年の始まりを迎える日。
しかしそんな事関係無いとでも言うように、寒空の下を妖精が呑気に歌いながら一人歩いていた。
「もーいーくつねーるーとー」
「おーしょーうーがーつー」
「お正月にはー…」
「……」
「…なんだっけ?」
「かえるといっしょに…うわぁあ!」
「…なんだったんだろう今の風…」
「…まぁいいやー」
「はーやーくーこーいーこーいー」
「おーしょーうーがつー」
――――――――――――――――――――――
「あゃ?さっきのは氷の妖精かしら」
いつものようにネタを探しつつ空を飛びながら歌っていたら、思いのほか高度が落ちていたらしい。
地上で風が吹き荒れたみたいだ。 …まぁ仕方ないですよね。
「あの子からはあまりスクープの匂いはしないからいいでしょう」
「それにしてもやっぱり良い歌よねー」
「ホント、飛びまわりながら歌うのは気持ちいいわー」
「だって誰にも聞かれることないからねっ」
「…たまに飛んでる方達がいるけど」
「その時は風を起こして逃げる!」
「さーて、何か記事になりそうなことはないかなー」
………
「あ、また外を歩いている方が居ますねー」
「あれ、しかもあの方は…これはスクープの予感!!」
記者魂に火が付いた。
―――――――――――――――――――――――――――――
とある所に行こうと歩いていたら
「こんなところで何してるんですか?」
上からカラスが現れた。
「別に、ただ歩いているだけよ。そんなことよりなぜあなたがここにいるのかしら?」
「歩いているだけ?それは何故ですか?どこに行くんですか?第一、わたしがここにいるのはただあなたを見つけたから降りてきただけで…って、ちょっと待って下さいよ!」
「長くなりそうだったから無視したのに」
「む~、そんなこと言わないで下さいよ。やっと記事が書けそうなことが起こったのに」
「あら、私がここを歩いていることがそんなに気になるのかしら?」
「ええ、そうですよ。あなたがこんなところに一人で歩いてるなんてスクープですからね。何をしてるんです?紅魔館のお嬢様。あのメイド長や妹はどうしたんです?」
「別に、割と一人で出かけることは多いのだけど?」
「なるほど…。つまり最近はメイド離れができるようになってきたと」
「そんな事を書いた暁にはどうなるか分かるわよね?」
「そういうことを笑いながら言わないで下さいよ…あと、この槍を下ろしてくれません?」
「今すぐにずっと遠くへ飛んでいくのならね。あなたならできるでしょう?」
「でもそれは私の記者魂というものがですね…」
「あら、飛ぶのは首だけでいいのかしら?何も書けなくなるわよ?あ、じゃあ腕も飛ばしてあげましょうか?」
「それは勘弁してほしいですね…はいはい、分かりました。降参です。じゃあ空に戻りますから槍をですね…」
「分かればいいのよ。ちなみにこれも分かっていると思うけど、もしも着いてきているのが見えたら容赦なくこれを投げるわよ」
「分かっていますよ。死んだら元も子も無いですからね」
「それじゃ、さよならね。烏さん」
「…そうですね。さよならです」
「あぁそうだ。あなた、歌うのならもっと上空に行ったほうがいいわよ」
「…え? あ…その…聞こえてました?」
「壁に耳あり障子に目ありよ。もちろん壁なんてないけど…吸血鬼の聴力を侮るのはよくないわ」
「……」
「ふふ、顔が赤いわよ」
「そ、そんなことないですっ。また後で話を聞かせて下さいねっ」
そう言い残して、烏天狗は真黒い羽根を広げあっという間に遠くへ飛んでいった。
後でと言うことはまた来るのかしら?
もちろん話をする気は全くないのだけど。
「…さて」
あの場所まで、もう少し行かないといけないわね。
――――――――――――――――――――――――
妖怪の山の麓、霧の湖にある島の畔に建つ洋館「紅魔館」。
その名の通り紅の館。周辺も一面の紅に染まっていて、異様な雰囲気を醸し出している。
そこには主人であるレミリア・スカーレット、その妹のフランドール・スカーレット。
メイド長の十六夜咲夜。図書館にはパチュリー・ノーレッジと小悪魔。門番の紅美鈴。
他にも多数の妖精達が普段過ごしている。
咲夜が内側の時空間をいじっている所為で見かけよりも中は広く部屋も多い。
陽が沈み月が昇る頃、その中の一室では館の主人が館の主人が布団の中で眠りに着き、夢を見ていた。
昔のことを、思い出すように。
後に紅魔異変と呼ばれるようになる出来事。
鮮紅の霧で幻想郷を包み込んだ、あの時の事を―――――――
――――――――――――――――――――――――――
日の光が嫌いだった。吸血鬼としての弱点の一つ。
こんなもの、ただ私達を苦しめるだけ。 だったら何かで遮ればいい。
そう思い、考え、紅の霧を辺りに拡散させた。
それは只逃げていただけかもしれない。
けど、これは妹の為でもあるから。
外で遊びたいと言っていた、掛けがえのないたった一人の家族の為。
だから、正しいことだと思っていた。
異変に気付き駆けつけてきた、あの巫女に教えられるまで。
………
その巫女は強かった。幾千幾万もの弾幕を繰り出しても当たらなかった。
まるで泳ぐように交わしてくる。
渾身のスペルカードも意味を為すことはなかった。
そして遂に、力尽きて倒れた。
先ほどの事を振り返りつつ、仰向けのまま窓から空を見上げている。
私は、間違っていたのかな…。 ただ…あの子の為に……
…いや、そんなこと考えてももう意味がない。
後の祭り。もう祭りは終わったんだ。吸血鬼として産まれ持っていたものも力も全て使った。
出し惜しみなど無かったのに、全力を出したのに。
あの巫女の方が上だったから。
私は、負けたんだ―――――
でも、それなのになんでかな。
そこから見える、紅霧が晴れた蒼炎の空のように心も澄み渡っていた。
空に不思議とあの巫女の姿が映り込む。
「確か…博麗霊夢って言ってたわよね」
そっか、今の当主はあの子なのね。 ふと気が付くと、手を外に向かって伸ばしていた。
あんなに嫌いだった、外に行きたいと思った。
なぜだろう。あの子のおかげなのかな。
でも、どれだけ手を伸ばしてもそこまで届かない。
神社…か… 久しぶりに―――――――――
そこまで考えたところで、夢の世界での記憶が途絶えた。
………
目を開けると天井の前に自分の手が見えた。 眠っている間に手が動くなんて…
そういえば夢の中でそんなことをやっていたような気がする。
随分と懐かしい夢を見たわね…。
「そうだ。神社に行こう」
起きた瞬間、何となくそう思った。
でも思い立ったが吉日。さぁ神社に行こう! あの子もいることだし。
布団を上げ、準備をしている途中で気が付いた。
…咲夜にばれるとまずい。 間違いなく…怒られる!
「うー…」
咲夜に怒られるのは想像するだけでも嫌だ。
とにかく、咲夜には内緒で行こう。
ごめんなさいね。咲夜。 これは天機洩漏すべからずなの。
そっと部屋を出て、館の入口まで急いだ。
…行ってきます。
声に出ているかすら分からないほど小さくそう言って館を後にした。
あのときは届かなかったけど、今はもう届くよね。
…………
ドアを静かに閉めると、そこは真冬の空の下。
寒い…けどジッとしているわけにはいかない。咲夜に見つかりたくない。走ろうかしら。
…よし、そうと決まれば早速行こう。あの子の元へ。
急がば回れって言うけど、今はそれどころじゃないのよね。
足にグッと力を入れて地面を蹴ると、砂埃が光りながら舞い上がる。
その砂が落ちるころには、既に私は館からずっと遠い場所まで来ていた。
星と月が煌びやかに光る夜の空を私は飛ぶように駆ける。
1年の終わり…12月の冷たい空気を切りながら疾走する。
森の中、川を飛び越えて木々の合間をすり抜けながらひたすら突き進む。
あの子の元へ行くために、館から神社までの紅白の道を――――――。
……
その途中でちょっと歩こうと思い、走るのをやめた瞬間に烏が現れた。
面倒だったから適当にあしらっておいたけど。
そしてまた走りだす。いつまでも走り続けるわけじゃないから。
その先に目標があるのならば、永久に続く道なんて存在しない。
歩こうが走ろうが、遅かろうが速かろうが、ひたすら進めばいずれは到着するから。
どれぐらい走ったのかよく数えてなかったけど、そろそろこの道も終わるころだろう。
ほら、あの石段を登れば――――――
何段あるか分からない石段を疾風のごとく駆け上がると
そこには呑気にお茶を飲んでいる巫女が居た。
「霊夢―――!!」
その姿を見た瞬間に、私は今日の最高速を更新した。
――――――――――――――――――――――――――
いつものように境内に座って寒空の星を見ながらお茶を啜っていると
突然現れた吸血鬼にすごい勢いの突撃を受けた。
咄嗟の判断すらできない一瞬の出来事。いつの間にかレミリアが私に抱きついてきていた。
なんとかそれを受け止めると、今度は胸の辺りに頭を擦り寄せてきた。
「うー…れいむだー」
「…どうしたのよ急に」
「んー…あったかい…」
答えになっていないじゃない。これはどうしたものかしら…。
手を腰に廻されているから何も動くことができない
でも、本当に暖かい…
そのまま頭を撫でてあげると、太陽のように明るい笑顔になった。
「うー…」
気持ち良さそうに声を上げるレミリアは、どう見ても鬼には見えない。
その姿をずっと見ていたいと思ったけど、それはふと感じた違和感によって掻き消された。
その違和感とは、私が今何も持ってないと言うこと。
手の中に握られていたはずなのに。
つまりそれは、重力に引き寄せられて…多分……
視線を下をずらしてみると、レミリアの服は案の定濡れていた。
――――――――――――――――――――――
「結構酷いことをするのね。久しぶりに訪ねたと言うのに」
「しょうがないじゃないの。元はと言えばあなたが…」
「黙りなさい。あなたが私の服を汚したと言うことに変わりはないわ。火が無い所に煙は立たないのよ」
さっきまで私に抱きついていた子と同じだとは到底思えない。
「せっかくこの夜の中を駆け抜けて……」
「………」
「…っくしゅん」
「………」
「…寒い」
「待ってなさい。直ぐ替わりの服を持ってくるから」
ホント、放っておけない子ね。
……
「はい、どうぞ」
「ありがとー …あれ?これって」
「ええ、巫女服よ」
随分探したのにそれ以外の服が出てこなかったのは何故だろう。
「…霊夢の匂いがする」
「っ…!! そそ…そんなことしてないで、早く着替えなさい」
「…うん」
全く、そんなこと言わないでよ…恥ずかしいじゃない。
それにしても、また戻ってきたみたいね。
「うー…どうやって着るの?」
本当のあなたはどっちなのかしら。 化けているのは、どっち?
そんな事を考えつつ、着替えるのを手伝ってあげた。
……
「…これでいいわね」
「ありがと…」
「よし、じゃあ… あ、まだね。大事な物を忘れているわよ」
「まだ何かあるの?」
「はい、帽子」
「あ…」
「私が被せてあげるわ」
「うん…」
そう言って顔を赤らめつつも、レミリアは下を向いた。
……
「はい、いいわよ」
帽子をポフポフと触ると
「うー…」
恥ずかしそうに両手で帽子を押さえた。
その姿はとても微笑ましくて。
思わず抱きしめそうになったけど、何とか抑え込んだ。
そうしている方が可愛いなんて、そんなこと面と向かって言えないから。
「いいんじゃないかしら。似合っているわよ」
「えへー…」
あ…目的をすっかり忘れてしまっていた。 もっとこんな姿を見ていたかったけど、聞くことがある。
「…それで、どうしたの?こんな時間に」
――――――――――――――――――――――――――
「つまり、思いついたからここに来たと」
「ええ、そうよ。 でも本当は違うわ」
「あら、その本当の意味を知りたいものね」
「…?分からないかしら」
「分からないわね」
「あなたに会いに来たのよ」
「………」
「ま…まぁとにかく! 来たからにはちょっと手伝ってもらうわ!」
「何よ。今の間は」
「今日は忙しいんだからねっ!」
「そうでしょうね」
「じゃあ早速ね……」
確かに今日は特に忙しくなる。今は静かだけれど、これは嵐の前の静けさと言うものだろう。
1年の終わりにして、始まりの日なのだから。
――――――――――――――――――――――――
一方その頃、紅魔館には―――――
大量のお菓子とケーキが現れて、屋敷の中を蹂躙していた。
それを片っ端から食べていく姉妹と魔法使い。
「咲夜ー。紅茶おかわり」
「はいはい」
甲斐甲斐しく働くのは咲夜だけ。門番はこっそり影でケーキを食べていた。
「あら中国。結構な御身分じゃない」
「ひぃぃいいいい!!!!」
そんな門番の声を聞きながらお姉様と一緒に食べていく。
もう一つ食べようと苺ショートに手を伸ばした瞬間、姉妹達を囲んでいた大量のお菓子は
「お嬢様ああああああああああ!!!!」
咲夜の声で全部吹き飛んでいった。
「……」
目を開けるとそこは自分の部屋。当然ケーキの山なんて存在しない。いつも通りの物しか見えなかった。
「ふあぁ……」
さっきのは夢なのね…。ちょっと残念。
「お嬢様ああああああああああああ!!!!!!」
それにしてもうるさいわよ咲夜。 お姉様になにかあったのかしら…?
ところで、咲夜の声がどんどん近付いてきている気がするけど気のせいよね。
……
幾度となく繰り返される叫びを聞きながら色々と準備をして、部屋を出る。
「お嬢様ああああああああああああああ!!!!!!」
ドアで隔てられていたのにそれが無くなった所為で一層大きく聞こえてきた。
とりあえずまずは咲夜を探そう。声がする方に行けば居るはずだし。
……
「お嬢様あああああああああああああああ!!!!!!!」
廊下を進んでいくたびに声がどんどん大きくなってくる。
とりあえず、こっちで合っているようね。
「お嬢様あああああああああああああああああ!!!!!!!!」
………
廊下の突き当たりで足が止まった。
どうも声はあの曲がり角から聞こえてくるみたいだったから。
「お嬢様あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
決まりね。姿は見えなくてもあの先に居ると言うことが分かった。
よし、行こう。ゴクリと喉が鳴る。覚悟を決めた。
曲がり角から向こう側の廊下を覗いてみると咲夜がやはりそこに居た。
「さく…」
呼びかけながら咲夜の元へ行こうとしたのに、それらを見た瞬間、心臓すらも止まってしまったような感覚に襲われた。
全身血が凍りついたような感覚。そこから一歩も動くことができなかった。
それほどまでに異形なものが見えていた。
その場所には、数人の咲夜がわさわさと動き回っていた。
ひたすら叫ぶ咲夜、床を這う咲夜、窓に食いつくようにしている咲夜、
片っ端から物をひっくり返していく咲夜、そして天井に張り付いている咲夜。
いつもの咲夜は何処にも居なかった。
「お嬢様あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ここから聞く声はすさまじく五月蠅い。
…まだ夢を見ているのかしら。むしろそうだと信じたかった。
頬を抓ってみても痛いだけで何も変わらなかった。
今度はゴシゴシと目擦ってみる。でも相変わらず咲夜はいっぱい居る。
…どうしようかしら。こういうときは
「さ…咲夜?何しているの?」
とりあえず声をかけてみる! すると咲夜達全員がグルリと首を回し、一斉にこちらを振り向いた。
ビクッと身が震える。
いやな予感が全身を襲う。
その瞬間、咲夜達がこちらに向かってすごい勢いで走ってきた。
「お嬢様ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「きゃあああああああああああ!!!!!!!!!!」
恐怖の叫びを上げながら脱兎のごとく逃げ出した。
……
走った。とにかく走った。 怖かったから。 嫌だったから。
あんなのは、咲夜じゃないから。
後ろを見ずに、ただひたすら全力で走りまわった。
随分と走った気がする。そろそろ振り切っただろうか…。居ないことを信じて後ろを振り向く。
咲夜達はいつの間にか一人の咲夜になっていた。
また走りだそうと前を向いた瞬間――――
「…なにしてるの?」
パチュリーにぶつかりそうになった。
…………
一緒に逃げながら今の咲夜の状態を説明すると
「ショックを与えると治る…と思うわ」
さすがね。もう解決法を見つけてくれるなんて。
「ショック?」
「ほら、例えば今咲夜はポリバケツを漁っているでしょ?」
「うんうん、分かったわ。つまり…」
指をそれに向けて能力を使う。
「どっか~ん」
ボン!っと良い音を立ててポリバケツが爆発した。
「こういうことね!」
「い…いいい妹様…!? 中にお嬢様が居たらどうするんですか!?」
「落ち着きなさい咲夜。そんな所にお姉様が居るわけないじゃない」
「……」
「…え、いや、お嬢様は……」
「そこに居ると思う?」
「……」
「…確かにそうですね。私は一体何を……」
そう言われた時に安堵感が私を包み込んだ。
「どうやら治ったみたいね」
「ええ、そうね」
「あ、そうだ…お姉様がどうかしたの?」
「それが…今朝から姿を見ていないのですよ」
お姉様が居ない…?どこで何をしているのかしら。
もうすぐ出かけないといけないというのに。
――――――――――――――――――――――――――――
その頃、博麗神社―――――――
「スイカバーが3本食べられますように!」
「リンゴが4個食べられますように!」
「む~。じゃあ…えーと…1、2、3……6本食べられますように!」
「むむ…。それじゃあいっぱい食べられますように!」
「むむむ~~。いっぱいいっぱい食べられますように!!」
「ん~…。たくさん食べられますように!」
「へっへ~ん。どうやらあたいの勝ちみたいだね!」
「な!そんなことない!私の勝ちだよ!」
「だってたくさんよりいっぱいの方が多いもんね!」
「違うよ!いっぱいよりたくさんの方が多いもん!」
「あたいの!」「私の!」
「「勝ちだよ!!」」
闇と氷の争いが行われていた。
時間が少し遡る、事の発端は私が境内の掃除をさぼっていた時に起きた。
………
「やったー!一番乗り!」
石段の方からそんな陽気な声が聞こえてきた。
そちらの方を見ると、背中の6つの氷が月明かりを反射して輝いていた。
氷のような髪の毛と、同時に揺れる大きなリボン。
青白の服はまるで青空と雲。
いわば全身で夏の空を体現した様な少女…なのに夏は嫌いだと言う湖上の妖精チルノが神社に来たみたいだ。
「あたいが優勝だね!」
鳥居の前で両手を上げて勝ち誇った様子で月の光を浴びている氷精。
その笑顔は自身が溶けそうなぐらい明るく、真夏の空のように燦々と輝いていた。
「さーて、はっつもうでーはっつもうでー…ん?」
振り返って歩こうとしたと思いきや足が止まり、ある一点を見つめていた。
その先を見てみるとそこには黒い球体がフワフワと漂っていた。
するとその黒球は突然一人の少女の姿に変化した。
「わはー。どうやら私が一番のようだね!」
現れると同時に両手を横に広げてそう言った。
夜のような黒のワンピースに白いシャツ、月のような金髪には赤いリボン。
夏の夜を体現した様な今宵の妖怪。ルーミアだ。
それにしてもなんでこの二人は一番に拘りがあるのかしら?
「ざんねんだったね!一番はあたいが頂いたよ!」
「え?」
まるで自分以外には誰もいなかったのにというような顔をして、氷精の方を向いた。
「だってあたいの方が着くの早かったもんね!」
相変わらず自分が早かったということを固辞している。
「そ!そんなことないよ!私の方が早かったよ!」
それに対抗する闇の妖精。
「絶対あたいのほうが早かったもんね!」
「むー…甘いよ!賽銭箱までが本当のゴールなんだからねー!」
そう言うと、我先にと走り出した。
「あー!そんなのずるいー!」
ルーミアを急いで追いかけていくチルノ。
次の瞬間には二人は叶緒にぶら下がっていた。
「どうやら今回は…」
「引き分けみたいだね!」
もうさっぱり基準が分からない。私のため息と同時に、鈴之緒がガランと鳴った。
類は友を呼ぶとは、こういうことなのかしら。
………
「「ふぁああ……」」
その後も二人は何回鐘を鳴らしたかとか何個お願いしたか…等
そんなくだらないことでずっと争っていた。
いつまでも続くのかと思っていたこのどんぐりの背比べは、二人同時の欠伸によって、ついに終止符が打たれた。
「眠いや…」
「そうだね…」
「帰ろっか」
「うん」
そう言って二人で今にも寝そうな顔をしながら鳥居を潜ると
「よいお年をー」
「おー」
思い思いの方向に飛んでいった。ちなみに今は午後9時。
初詣には早すぎる時間だった。
ずっとその様子を境内に座ってみていたけどあの子たち気が付かなかったわね。
「それにしても…」
静寂…。この状況を表すに最もふさわしい言葉だ。
まるで嵐が過ぎ去った後のように、さっきまでの喧噪が嘘のように、再び神社は静まり返っていた。
確かに、あの二人は嵐と呼べるかもしれないわね。
ここはあまり参拝者が来ないと聞いたことがある。
「いつも霊夢はこんな風景を見ていたのかしら」
「そうでもないわよ?」
「わぁ!」
急に声を掛けられて驚いて妙な声を出してしまった。
「…ごめんね。そんな驚かれると思わなくて」
「別にいいけど…」
「まぁとにかく、そんなに少ない訳でもないのよ。ほら、あっち。耳を澄ませてみて」
石段の方を指さして、嬉しそうにそう言った。
どういうことかよく分からなかったけど、言われた通りに耳を澄ませてみる。
すると―――――
「お嬢様ああああああああああああああああ!!!!!!!」
そんな声が神社に響いた。
「霊夢、後は任せたわ」
「え?」
霊夢の返事も待たずに部屋の中へと逃げ込んだ。とりあえず、隠れないと。
ここで咲夜に見つかると何をされるか分かったものじゃない。
…こんな恰好なんだし。
でも、外の様子は気になる。音だけでも聞こうと、障子に張り付いた。
「障子に耳あり? なんか、ちょっと違うわね」
――――――――――――――――――――――――――
どうしたのかしら? 急に部屋に閉じこもっちゃって…。
あの声は確かあの館のメイド長の…。逃げる必要ないと思うんだけど、どういうことだろう。
それを聞く前にとりあえず、新年最初の参拝客を迎えるとしますか。
「咲夜さっきからうるさいー。いい加減にしてよー」
「でも、お嬢様がっ…!!」
「確かに私も心配ですけど…。どこに行ったのかしら?」
「…しょうがないわね。私が探してあげるわ。準備して」
「はい、了解です。パチュリー様」
「ちょっとちょっと、うちでいきなり何を始める気よ。賽銭箱に拝みに来たんじゃないの?」
「賽銭箱には拝みませんけどね…」
「少し、迷い猫を探しに。もちろん初詣にも来たんだけど」
「猫は猫でも化け猫だけどね」
「猫?」
「そうなんですよ。お嬢様がいなくなったものだからメイド長が慌てふためいてて」
「今朝からずっとこんな感じなのよね。そろそろ元に戻ってほしいんだけど」
「一体どこに行ったのでしょうか…」
「あ!」
「ひぃ! 急にどうしたんですか?」
「びっくりしたじゃないですかー」
「あ…お…… いや、何でもないわ。 あ…と、パチュリー様」
「なにかしら?」
「その魔法はもう発動させなくても…結構です。 ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「…そう? そう言うなら…もういいわね。 片づけてくれる?」
「了解です」
「さっきからあなた達なんなのよ…」
女三人寄れば姦しいとは、このことなのかしら。
もっとも、三人どころの騒ぎじゃないけれど。
それにしても、お嬢様ってことは…レミリアよね。ここに妹はいるし。
あぁ、そういうことなのね。 隠れた理由が分かったわ。
ひとつ、ため息を付いて、こう言った。
「とにかく、初詣に来たんでしょ?極上の賽銭箱はこっちよ」
「そんなことを言っても、お賽銭が増えたりはしないわよ?」
ん…まぁ そりゃそうでしょうけど。
「あ、そうだ。順番決めないと。誰から最初に行きますか?わた…」
「じゃあ私が最初!!」
「妹様が一番最初ですね。じゃあ私が次に行きます」
「次は私…でいいかしら?」
「はい!もちろんですよ!パチュリー様の次に行かさせて頂きます。」
「あの、ところで私は…」
「めーりんは最後ねー」
「えぇっ!?」
「当然じゃない。中国は最後って決まっているのよ」
「そうよ。大人しく待ってなさい中国」
「あはは…。残念ですね。中国さん」
「今年の願い事は決定しました…」
「ところで、参拝って確か正式な方法がありましたよね?」
「あぁそうね、まずはあっちの手水舎で手とかを清めないとね」
「えー、めんどくさいー」
「まぁまぁ、そういわずに」
「そうしないと願いが叶わないかもしれないわよ」
「ん…」
その言葉に反応したのか、黙って戻ってきた。
そして全員が禊を終えると、次にすることを教える。
「まずは、そこの壮麗な賽銭箱にお賽銭を入れて、鐘を鳴らして二礼二拍手。その後に願いを言って、最後に一礼よ」
「え…?まずここに入れてから…鐘…?に…? えと、なんだったっけ」
「まず、ここにお賽銭を入れるんですよ。妹様」
そう言ってメイド長が入れた小銭は、チャリンと音を立てて中に転がっていった。
「あ、咲夜ありがとー」
「…いえ、当然のことですよ。そして、この鐘を鳴らすんです」
「これ? んー…じゃあ一緒に鳴らそー」
「…はいっ」
ガランと鐘を鳴らす。それにしても近いわね。あの二人。
「咲夜、とりあえず鼻血を拭きなさい」
「あ…。はい、失礼いたしました」
「全く…」
「ねー咲夜ー。この後はー?」
「この後はですね…」
「あぁそうだ。二人を待っている間にどうぞ」
湯気が出ている大きな鍋から掬って、湯呑に注いで渡していく。
あらかじめ作っておいてよかった…。
「あ、ありがとうございます」
「その鍋、さっきから気になっていたけど、やっぱり甘酒だったのね」
「そりゃもちろんよ。初詣と言えば甘酒でしょ。中国さんもいかが?」
「…いただきます …あつっ!」
「お姉様と外で遊べますように!!」
中国で遊んでいたら、ふとそんな声が聞こえてきた。ねぇ、今の聞いてた?
出てきてあげてもいいんじゃない?
「うん、じゃあ次は咲夜の番よー」
「えっと…はい」
メイド長が神頼みをしているようだけど、先ほどの声とは打って変わってすごく小さな声だった。
胸がどうのこうの言っていた気もするけど、ちゃんと聞きとることはできなかった。
「次…パチュリー様、どうぞ」
「ええ」
「ん?霊夢ー。それなにー?」
「甘酒よ。飲んでみる?」
「うん。飲む飲む」
「はい、熱いから気を付けてね」
「…あの馬鹿が本を返してくれますように」
パチュリーはそう言うと、すぐに降りてきた。
ホント、いつ返すのかしら。あの魔法使いは…。
次に小悪魔がいそいそと短い石段を上がっていく。
「え…えっと、今年はもっとパチュリー様のお役に立てますように」
そう静かに言い終えるとすぐに降りてきた。
「あ、あの…」
「やっと私の出番ですね!」
「ひぃ!」
小悪魔を驚かしつつ、壇上に上がっていく中国。
ポケットから小銭を取り出して、それをジャラジャラと放り込み願いを告げる。
「今年は中国と呼ばれませんように。今年は中国と呼ばれませんように。今年は中国と呼ばれませんように。今年は…」
「中国ー。そろそろ帰るわよー」
「早くしないと置いていくわよ中国」
「神様のばかあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「ばかはあんたよちゅーごく!!」
「ひぇっ!?」
「まったく、いつもいつもさぼってばっかり…しゃっきりしなさい!!」
「は…はい! すみません!」
「妹様、どうしたんでしょうか…?」
「これは、多分酔っているわね」
「えぇっ? でも甘酒ですよ?」
「これは多分…。 ねぇ霊夢ー…なんか入れた?」
「あ…あはは。ちょっとだけね」
「やっぱりね。なんか違うと思った。それにしても、どうしようかしら」
「このままというわけにはいきませんし…」
「とにかく、止めないと色々と危険よ」
「可愛いからいいんじゃないですか?」
「咲夜は、とりあえず辺りの血を全部拭き取りなさい」
「あぁ、酔った妹様も…可愛い」
「だめだこりゃ」
「よーし、そろそろかえるー!!さくやーかえろー!!」
「はい、妹様」
フラフラと千鳥足で歩いていく悪魔の妹を、辺りを血に染めていくメイド長が支えている。
「…なんとかなりそうですね」
「…そうですね」
「はぁ…」
先の二人の後を追うように歩いていく小悪魔と魔法使いと門番。
「また来てよねー」
そう言うと、三人は手を振ってくれた。
「あれ、妹様…何を持っているのですか?」
「ん? これ~? さっきもらったの~」
「あぁ、甘酒の入ってた湯呑じゃない。返さないと」
「え~、うん。いらないからかえすよ~…。でりゃっ!!」
先ほど自分が渡した、甘酒が入っていたはずの湯呑が異常な速さで後ろに飛んでいった。
―――――――――――――――――――――――――――
自分以外誰もいない、電気も付けていない暗い部屋の中、一人で思う。
…意味の無いことをしてしまったかしら。
ここから聞こえる声は、とても楽しそうだった。
一度だけ、少し障子を開けて覗いてみたけど、直ぐに閉じてしまった。
今はもう、ジッと聞き耳を立ててみても何も聞こえない。
「…皆、帰ったのかしら?」
意味も無く静かにそ~っと障子を開けて、外の様子をうか
「がっ!?」
もの凄い勢いで飛んできた何かにぶつかると同時に、意識が遠のいていくのが分かった。
――――――――――――――――――――――――――――
……
夢……
いつの間にか、夢の世界に居た。
霊夢に会うより、ずっと昔――――。
陽炎に容赦なく照らされた、あの時の記憶。
脳内に刻まれた、忘れることなど到底できない記憶。
また再び、否応なしに見せられることになるとは思わなかった。
でもこれは、私自身のことだから
起きることも、目を逸らすこともできずに、それは繰り返された――――――
………
いつの間にか私は陽の光の中に居て、それに気付いた時には既に変化は始まっていた。
迂闊。周りに陽を遮るものが見当たらない。手には一輪の花だけ。
日傘はどこへ消えたのだろう。とにかく走った。遮断するものを求めて。
木々が生い茂っているが、それだけでは防ぐ事ができない。
走っても、走っても、なにも見つからない。
無限に広がっている森林。
倒れていた木に足を取られ転んだ。足に衝撃が走る。
でも、花を潰すわけにはいかない―――。
頭から前に、走っていた勢いもあって思い切り地面に突っ込んだ。
身体中に傷ができ、血が噴き出す。痛い…けど…
今はそんなこと気にしている場合じゃない。とにかく、探さないと――――。
立ち上がろうとしたのに、それができず、また地面に倒れた。
後ろを見ると、そこはただの平坦な地面だった。 倒れ木なんて存在していなかった。
じゃあ、なんで――――――――――
最悪の答えを自分で見つけた。
分かってしまった。
でも、そんなこと信じたくない。
違う。 違う。 そんなことはありえない。 違っていて――――――
淡い希望を抱き、自分の足を見る。
そんな希望は、絶望に打ち砕かれた。
私の足首から先が、既に消え失せていた。
「――――――――――――!!!」
咽喉から湧き出る、声にならない叫び。もう走ることができない。
動くことができない。ただ、消えるのを待つだけ。
天に仰ぎ地に伏すも、なにも変わらない。陽炎が容赦なく私を燃やしていく。
自分が、消えていく。 煙となり、空に混じる身体が見えていた。
手だけで這いながら、もがく。そんなことをしてもどうにもならない。
身体中が燃え上がり、灰と化していく。
この拷問は、いつ終わるの? 永遠に続く、耐えがたい地獄。
拷問…? 違う…これは処刑。 終わる時は、私が消える時。
それは、ここから私が居なくなること。 存在がなくなること。
そんなの…いやだよ…!
私…! 消えたくないよ…!
咲夜…!
フラン…!
パチェ…!
痛いよ…!
苦しいよ…!
助けてよ…!
こんなのって…
ひどいよ…
だめだよ…
もう会えないの…?
もう話せないの…?
もう遊べないの…?
もう居られないの…?
もう消えちゃうの…?
もう死んじゃうの…?
もうどうにもできないの…?
何も感じなくなるの
怖いよ
嫌なのに、抗っているのに、止まらない消失。
既に命の蝋燭の火は風前の灯と化しているだろう。
幾度となく攻め込む吹き荒ぶ風にも、決して消えることはなかったのに。
もう、声が出ているのかも分からない。何も聞こえない。
痛みも、苦しみも無くなって、全てが消えていく。
これが、死というものなのか。
まだまだ、全然生きていないのにな。
なにがいけなかったんだろう。
ただ私はこの花をフランに届けたかっただけ。
新しい花を見たいと言っていたから摘んできただけ。
咲夜に頼むのは嫌だったから、私が出掛けただけ。
手の中にあるはずの花を抱き、思う。
ここで消えるのなら、この花だけが残るだろう。
そして、私と同じ運命を辿る。
皆…今まで…………
「―――!!」
最後の事が切れる寸前、誰かが、傍に、きて――――――
………
次に目が覚めた時、私は見慣れた場所に居た。
見回しても見たことがあるものばかり。どう見ても自分の部屋だ。
「これは、夢…?」
頬をつねってみようかと思い、手を見ると、あの時持っていた花が握られていた。
ますます訳が分からない。これは夢? 現実? 私はなぜここに居るの?
そんなことを考えていたら、ドアが開く音がした。
「…! お嬢様! 目が覚めたのですね!」
咲夜が泣きながら抱きついてきた。咲夜の体温を感じる。
温もりを感じることができる。そうか。やっぱり、これは現実なんだ。
私は、生きているんだ!!
「お…お嬢様…?」
「…ぁ……」
知らずの間に、涙が溢れ出ていた。
また会えたから…。 もう会えないと思っていたのに
またあなたに会えたから…!!
そう言おうとしたのに、言葉が出てこない。
ただ、無言で咲夜を抱きしめた。
………
いつまでそうしていたのだろうか。
身体の震えも収まったころには、すっかり外は暗くなっていた。
「…咲夜」
「はい、なんでしょうか」
「私をここまで運んでくれたのは、誰?」
「…分かりません。この部屋までは私ですが…」
「それまでは?」
「…門番です。ですが名前は聞いていないとのことでした」
「何か、特徴は?」
「…黒や茶のような髪色だったとしか覚えていない…と」
「…そう」
それだけでは分かりようが無い。
それよりも…。
「あ、そうだ咲夜」
「なんでしょうか?」
「花瓶、持ってきてくれるかしら」
………
涙を拭いて、顔を洗った後、花を花瓶に入れてとある部屋に持っていく。
軽くノックをすると
「…誰かしら」
返事が帰ってきた。
起きるにはちょっと早いかと思ったけどそうでもなかったみたいね。
「フラン、私よ」
「お姉様! どうぞー!」
ドアを開けて入ると、たった一人の妹が居た。いつもと変わりない姿で。
その姿を見た時、また泣きそうになる。それをなんとか我慢して、伝える。
「新しいお花…取ってきたわよ」
そう言って花瓶を見せる。
「わー…ありがとうお姉様!」
「どういたしまして」
「すっごく綺麗…」
フランはとても喜んでくれた。
その花瓶を落とさないように気をつけながら、妹を抱きしめた。
「えっ…ちょっと お姉様?」
構わずに続ける。
失くし掛けたからこそ、改めて気付く大切なこと。
またあなたの笑顔を見ることができて、よかった。
すると突然、目に見える全ての物がグニャリと歪んでいくのが分かった。
フランが何かを言っているように見えたけど、既に声は聞こえなかった。
あぁ、そうか。これは夢の世界…過去の話なのよね。
もう少し妹を抱きしめていたかったけど、そろそろ起きないとね。
また、館に帰ってからね。
そう心に決めた。
そして、頬に伝わる違和感以外のものが全て消えると同時に、私は覚醒した。
――――――――――――――――――――――――――
眩しさに耐えつつ、ゆっくりと目を開くと、まず見えたのは霊夢の暗い表情だった。
けど、私が目を覚ましたのを見るや否や直ぐに明るい表情に変わった。
「起きた?」
「ん…」
覗き込むようにこっちを見ている霊夢。その顔は、手を伸ばさなくとも届くぐらい近い。
私達は今、どういう状況?
「よかった…死んだのかと思ったわよ」
「そんな簡単に死ぬわけないじゃない。ところで…」
「ん?」
「そろそろこの手、離してくれない?」
「あぁ、ごめんなさい。ぷにぷにだったものだから、つい」
「つい、じゃないわよ…」
「じゃあ、あなたもそろそろ退いてくれるかしら?」
「え?」
「足が結構大変なのよ」
本当は起きてから直ぐに気が付いていた。頭の辺りの柔らかい感触に。
「んー…いいじゃない。気持ちいいわよ」
「なっ…!」
「あら、嫌だったかしら」
「いや…そういんじゃなくて…」
「ん?」
「まぁ、そう言うんなら…もうちょっとそうしていても…いいわよ」
「そう、その言葉に甘えて、もう少しこうさせてもらうわ」
――――――――――――――――――――――――
「ところで霊夢ー。起きたら服が変わっていたんだけど、どういうこと?」
「あぁ、もう起きても大丈夫なのね。よかったわ」
「質問に答えなさいよ。私は気を失うまでは確かに巫女服を着ていたのよ。それなのに、目を覚ましたらいつもの服に変わっていたの。不思議なことも起きるものね」
「…寝相が悪いんじゃないかしら?」
「あら、そんな寝方をする吸血鬼が居ると思って?ちょっと、こっち向きなさいよ」
「ん…」
「なんで顔を逸らすのかしら?知ってる?顔を逸らすのは、嘘を付いている証拠なんですって」
それ以上は何も言わずに、次の言葉を待った。
当然、答えは知っていたけれど。
「…えっと、その… ぁ… あ…」
「……」
「汗かいてたし、気持ち悪そうだったから拭いてあげたの!!それと、服ももう乾いていたから着せてあげたの!!!」
顔をリボンと同じぐらい赤くして叫んだ巫女の声が、神社に響き渡った。
――――――――――――――――――――――――――
「よし、それじゃあ日の出を見に行きましょうよ」
そう霊夢が言った。すっかり調子は治ったみたいだ。
それとは反対に、私の気分は急転する。さっきの夢の記憶が脳内を反芻する。
…あなたは知っているはずよ。私の、吸血鬼の弱点を。
「いやよ…霊夢も知っているでしょ?私、陽の光に当たると…」
当然、拒絶した。 そんなことしたくない。
「大丈夫よ。さぁ、立って」
「え…?」
顔を上げると、そこには見る者全てを優しく包み込むかのような天真爛漫な笑顔があって、まるで後光が差しているかの如く、輝いていた。
その光に魅せられているのか、私は何も言うことができない。
すると、霊夢が私の手を掴んだ。なぜだろう。
その手に触れた瞬間から、さきほどまで感じていた不安が吹き飛んでいった。
大丈夫なんだと、心からそう思った。自然と頬が緩む。
でもその顔は見せないように下を向いた。信じているわよ。 霊夢。
手を繋ぎながら立ち上がる。
「こっちよ」
………
外に一歩出るとそこには暗闇が広がっていた。
月日も変わり、今は1月の空の下に二人。
「寒い」
でも、そんなこと嘘だ。ここは暖かい。
「少しだけだから、我慢してね」
そう言って笑う、あなたの隣だから。…なんてね。
もちろん、そんなこと言わないけれど。
………
「そうそう、あなたが寝ている間に皆が絵馬を書いていったわよ」
「絵馬?それって、角ばった蒲鉾みたいな形をした板のこと?」
「…え? カマボコ?」
「あら、違ったかしら。なんというか…変な家みたいな形じゃなかった?」
「んー… まぁ、確かに近い…かな?とにかく百聞は一見に如かずよ」
「それもそうね。どこにあるの?」
「あの絵馬掛にたくさん掛かっているわよ」
その絵馬掛と呼ばれた板には幾多もの絵馬が掛けられていた。
『もっと仕事がらくになりますように』 小野塚小町
『白黒はっきりしますように』 四季映姫・ヤマザナドゥ
『もう、オリキャラなんて呼ばせない』 秋静葉&秋穣子
『面白い発明品ができますように』 河城にとり
『厄い回収』 鍵山雛
『新しい桶くれよ』 キスメ
『テッテレー、テーレーレッ!』 黒谷ヤマメ
『皆が驚いてくれますように』 多々良小傘
『だまされませんように 何もありませんように』 ルナサ=プリズムラバー
『明るく楽しく』 メルラン=プリズムラバー
『いらない子っていうなー』 リリカ=プリズムラバー
『人間の里の安泰、もこたんもこたんもこたああああああん』 上白沢慧音
『ちぇええええええええええええええん』 八雲藍
『らんしゃまああああああああああああああ』 橙
『何か楽しい事件が起こりますように』 八雲紫
『幻想郷中花畑』 風見幽香
『人形開放』 メディスン・メランコリー
『総領娘様がおとなしくいてくれますように。さたでーないとふぃーばー』 永江衣玖
『いっぱいいじめてもr・・・ゲフンゲフン。退屈したくない』 比那名居天子
『全人間妖怪に幸あれ』 聖白蓮
『いいもの探すぜ』 ナズーリン
『やせますように』 レティ=ホワイトロック
『春ですよー コミケですよー』 リリーホワイト
『酒』 伊吹萃華
『騒ぎに騒いで酒を飲む』 星熊勇儀
『スクープゲットー☆』 射命丸文
『文さまとキャッキャウフフ』 犬走椛
『死体運び楽しいです』 火焔描燐
『うにゅ?何お願いしようとしてたんだっけ』 霊烏路空
『ペットがもう暴走しないように』 古明地さとり
『いっぱい遊ぼう』 古明地こいし
『ツケを払ってくれ』 森近霧之助
『転生時の苦悩が解消されますように』 稗田阿求
『願い事はパワーだぜ!!』 霧雨魔理沙
『魔理沙と… うふふ』 アリス=マーガトロイド
『ケーキが食べられますように』 東風谷早苗
『信仰を』 八坂神奈子
『とりあえずけろけろ』 洩矢諏訪子
『今年もがっぽり儲けるうさー』 因幡てゐ
『今年はあまり師匠の実験台にされませんように』 鈴仙・優曇華院・イナバ
『面白い薬ができますように』 八意永琳
『家内安全』 魂魄妖夢
『お団子をお腹いっぱい食べたいわ』 西行寺幽々子
『妹紅ぶっころす』 蓬莱山輝夜
『輝夜ぶっころす』 藤原妹紅
『女の子らしくなりますように』 リグル
『名前を下さい』 大妖精
『幻想郷ライブで一世風靡』 ミスティア=ローレライ
「色々な願いがあるのね…」
「ええ、そうね。叶うと、良いわね」
そう言うと、霊夢は石畳の上を歩きだした。
その後を付いて歩いていく。
「ところで、なんで絵馬ってこんな形なのかしら?」
ふと思ったことを聞いてみた。
「確か、その上の斜めの所に昔は屋根が付けてあったらしいの。その名残だとかなんとか。でも他にも色々な形があるそうよ」
「不思議ね。板に屋根が付いていたの?」
「そうよ。えっと…なんでだったかしら。忘れちゃったわ」
「そう、じゃあ絵馬って名前はどこから来ているの?」
「んーと、いつ頃なのかは知らないけど昔は神社に馬を奉納していたらしいの」
「馬?」
「知らない? んと… あっ、ほら、この絵馬に描いてある動物のこと」
「どれ? これ? 四本足で…顔が長くて… こんな動物もいるのね。美味しいのかしら」
「え。どうかしら…?食べたことはないから分からないわね」
「そう…」
「そんな残念そうな顔をしないの。…それじゃあ話を戻すわね。とりあえず昔は馬を奉納していたんだけど、皆が神社に奉納するってことはね」
「神社側が馬を飼うということになるわね」
「そういうこと。動物だから、逐一飼わないといけない」
「それが大変だったから、木で代用するようになったのね」
「さっきから私の台詞を取らないでくれるかしら」
「ふふ…ごめんなさいね」
「まぁ…いいけどね」
「じゃあ、こっちのには何で虎が描いてあるの?」
「虎は分かるのね。それは今年の干支だからじゃないかしら」
「干支?」
「干支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類が……」
………
「これらはお釈迦様への挨拶に来た順番で……」
………
「申と戌の間の酉は……」
………
「と言うわけでさっきの12種類に決まったそうよ」
「んー…ところで、干支には何でねこがいないの?一番早そうじゃない?」
「逸話だと鼠に騙されたからだそうよ。嘘の日にちを教えられたとか何とか」
「そんな話があるのね…。 思ったんだけど」
「…なに?」
「結構霊夢って博識なのね。見直したわ」
「なっ…!? べ、別に…巫女として当然のことよ…」
そう言いながら顔を逸らす霊夢。…可愛いじゃない。
顔を覗き込んでいたら、更に顔を逸らされた。
そんなことをしている間に、いつの間にか石段の前まで来ていたようだ。
「ほら! ここからが一番よく見えるのよ!」
照れ隠しか、誤魔化しているのか、大きめの声でそう言った。
分かっているわよ。
霊夢の顔は、暗闇の中でも分かるくらいに紅くなっていた気がした。
私もその隣に並び、空を見上げる。
月は既に沈んでいて、わずかな星の瞬きが静かに大地を照らしているだけ。
夜明けが訪れようとしていた。その瞬間が一番暗い。
暗闇を、一筋の紅の光が空を裂いた。
朱と闇が混じる、ただ一時の混沌の空。
暗闇が掻き消されていき、大地を光が包み込む。
空も森も…全てが朱色に染まっていく。
燃え上がる大地が轟音を響かせる。
ついに炎が神社の階段まで差し掛かった。
全てを燃やしながら石段を駆け上がり、私に迫ってくる。
いつもなら外に出るときは日傘を差していないといけない。
吸血鬼である私の弱点。 陽の光に当たると消えてしまう。
日光に晒された、あの時の記憶が蘇える。
その時に感じた絶望は、忘れることができない。
もう二度とあんなことは味わいたくない。
心から、そう感じた。
それなのに今、日傘を持っていないまま陽に当たろうとしている。
でも…霊夢が居る。 だから、大丈夫。 そう、大丈夫!
いつの間にか握っていた霊夢の手を、光が私を照らし出すその瞬間
グッと、一層強く握りしめた。
………
いつの間にか目を閉じていた。
やはり恐怖心があったらしい。
でも私は今、ただ暖かいものを感じている。
あのとき感じた絶望など、今は無い。
ゆっくりと、目を開けていく。
そして、景色が目に飛び込んできた瞬間、私は言葉を失った。
辺り一面に広がっている暁の空。
見えているもの全部が燃えるような朱色に染まっていた。
空も、山も、全てが地平線から昇る鮮紅に包まれている。
優しく輝く丸い光が世界を照らしている。
私たちも、その中に居る。
初日の出。 本当に初めての、日の出。
今まで見たことがなかった。
500年。永久に感じられるほどの、長い時間の中でも。
「綺麗…」
もっと相応しい言葉があるはずなのに見つけることができなかった。
「そうね…」
「こんなの見たことが無かったわ」
ただ、見るのを恐れていた。
「そうなの…」
「こんなに優しい光だったなんて…」
「……」
「冬はつとめて…ね」
霊夢がふと聞きなれない言葉を言った。
「どういう意味?」
「冬は、早朝が一番素晴らしいということよ」
「そうなんだ…」
確かに、その通りね。
二人でしばらくその陽を見つめていた。
でも一番優しくて暖かかったのは、この左手。
あの時の人が、分かった気がした。
…………
いつまでそうしていたか分からない。
大分時間が経過した頃、霊夢が言った。
「…そういえば」
「ん?」
「何も願い事してないんじゃない?」
「言われてみれば確かにそうね」
そういえば忘れていた。
…何を願おうかしら。
もう叶ったようなものなんだけど…と言うか
「お賽銭が欲しいだけじゃないの?」
「あぇ?」
「何よその返事」
「い…いやいや、別に何もありませんことよ」
「あら、あなたそんな口調だったかしら?」
「なんのことかしら?」
霊夢の顔をよく見なくても汗がダラダラ出ていることが分かる。
「…まぁいいわ。賽銭箱はどこかしら?」
「こちらでございます」
仰々しく頭を下げた後、嬉しそうに歩いていった。
「あなた誰よ」
…どう見ても霊夢か。
………
霊夢に付いていくとそこには当然ながら大きめの箱が置いてあった。
えーと、参拝って何か正式な方法があったような…。
パチェが味噌がどうとか言っていた様な気がするけどよく覚えていない。
それにしても神社と味噌ってどう関係あるんだろ?
「こういう時の霊夢よね」
「ぇん?」
「…どうしたの?」
「いや、何でもないわ」
神社の事だし巫女である霊夢なら知ってるわよね。
「味噌ってどういうこと?」
「…え?」
―――――――――――――――――――――――――
心のどこかでいくら入れてくれるのか期待していたら、急に声をかけられて驚いて変な声を出してしまった。
ところで…さっきあなたはなんて言ったの?
…味噌って言ったわよね?お味噌?あの発酵食品がどうしたのよ?
個人的には赤の方が…いやそんなこと関係ないか。
そもそもそっちじゃないのかな。
みそ…カニミソ? カニか…。なんだか蟹を食べたくなってきた。
だれか持ってきてくれないかしら?
…っと、蟹に流されてしまったじゃない。
なんだっけ。えーと、みそ…みそか…
大晦日? 昨日のことじゃない。 なにかやり残したことがあるのかしら。
でも、違うわよね…。 他に何か言葉は…
んー… ミソってこと?ここがミソなのよみたいな意味の方?
あぁ、そういうことなのね。分かったわ。
「神社のミソはお賽銭なのよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なにを言い出すんだろうかこの巫女は。
…いつもの事か。
「そんなこと聞いていないわよ。この貧乏巫女」
「え?違うの? てっきりそうなのかと思ったわ」
「違うわよ。ミソじゃなくて味噌よ。お味噌。食べる方」
「そっちのことだったのね。私は赤の方が好きよ」
「あ、私も」
「そうよねー」
「じゃなくて、なんか前にパチェが言っていたのよ」
「どんなときに?」
「えーと、参拝するときには何か正式な方法があるだとか何とか」
「まぁ、そりゃなにかしらあるわね」
「その時に味噌を使うとか清めるとか何とか言っていたのよ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
…参拝するときに味噌?
え?どういうことか分かんないわよ。
そもそもそんなもの使った事ないし、そっちに使うぐらいなら味噌汁作るわよ?
当然じゃない。願うだけでは腹の足しにならないんだから。
しかもそれを清めるの?味噌を清めてどうするのかしら?
でも、あの魔法使いが言うことなのなら合っているはずだし…。
多分、聞き間違いか覚え間違いか何かなのよね。
なにか…味噌に近い言葉は……
「あ」
そうか。多分あれのことだ。
―――――――――――――――――――――――
「つまり、手水舎で手や口を洗って身を清めるということね」
「えぇ、そうよ」
「ふふ、ところで手水舎はどこ?」
「…こっちよ」
「あぁ、これって手水舎って言うのね。初めて知ったわ」
「えーと…まず手を漱いだ後……」
「霊夢」
なぜか突然名前を呼ばれた。説明の途中だったのに…。
なによと言おうと振り向いた瞬間――――
「んっ…」
完全に不意打ち。 疲れなど一瞬で吹き飛んだ。
いつの間にかレミリアが直ぐ傍に居て
私と口で繋がっていた。
腕を交差させ、互いを抱きあい求めあう。
「ん…んっ…」
「ぁ…ん…」
「ん…ぅんっ…」
どちらからかともなく唇を割り
「はっ…ん…」
「ん…ん…っ…」
舌が入り乱れ、様々なものが混じりあう。
日の出に照らされた博霊神社。
そこには二人の奏でる水音だけが静かに響いていた。
………
いつまでそうしていただろう。私から口を離すと、光の橋が創られた。
すぐに壊れたけど、それでいい。もう繋がっているから。
「っ…」
霊夢は少し残念そうな顔をしてたけど、直ぐに笑顔に変わった。
朝日に照らされて淡く光りながら私を見つめていて、それに私も笑顔で返す。
そしてそのまま最後に短いキスを交わして、蜜のように甘く優しい時間は終わりを迎えた。
………
「ふふ、あなたも清めてあげたのよ」
水やら何やらを拭いながら言うと
「…ありがとう」
その言葉は私の台詞よ霊夢。
でもそれは言わずに、ただ微笑む。 想いは言わなくても伝わるから。
少し驚いていた霊夢の顔は、既に笑顔に変わっている。
ほら、やっぱり。 …さて
「満足できたし、そろそろ眠ろうかしら」
いつもならとっくに眠っている時間なわけだし。
「…え?ちょっと待って」
「ん?何かしら」
まだ足りないのかしら。
「お願い事、しないの?」
なんだ、そっちの方か。覚えていたのね。確かに願いはあったけど、それは…
「もう、いいわ」
「そう…」
ガッカリしているのは何故かしら?私の願いがないと言ったから?
それとも違う方かしら。 …どちらでもいいわ。
だって、神様だか何だか知らないけど、それにお願いする必要がないのよ。
あなたに沢山叶えてもらったから。
……………
霊夢が普段寝ている部屋に、二人で立つ。
「なんで布団が一式しか無いのかしら」
寝ようとする寸前に気が付いたらしい。
確かに目の前の布団以外にそれらしいものは見えない。
「別にいいじゃない。一緒に寝ればいいだけよ?」
「…そうだけど」
そんな事気にするまでもないことだろうに。
「それじゃーおやすみー」
布団に入った瞬間、全身が凍りついた。
「…冷た」
「それを言おうとしたのに…」
冷たいけど、いい香りがする。
「ねぇ霊夢」
「なに?」
「分かるでしょ?」
「…うん」
やっぱり伝わるんだ。
ぎこちなく霊夢が入り、隣に寄り添う。 一つの布団の中で見つめ合う。
すると、自然にこんな言葉が零れ落ちた。
「さっきの続き、する?」
………
寝る時間が遅くなった所為で、起きるのも遅れた。
起きた時には既に外は暗い。 すでに元旦の夜、もうすぐ二日になろうというところだ。
部屋を出て空を見ると、陽は既に落ちていて
月と星が柔らかく大地を照らしているのが見えた。
縁側に座り、それらの輝きをしばらく眺めていると
「おはよう、起きたのね」
霊夢の声が聞こえた。
「おはよう」
飛びっきりの笑顔で、そう答えた。
「こんなところで何してるの?」
「決まってるじゃない。空を見てたのよ」
「確かに、星が綺麗ね」
そう言って隣に座る霊夢。
ここは自然のプラネタリウム。二人で始める天体観測。
―――――――――――――――――――――――――――――
「流れ星、見えるかしら」
「見えるかもしれないわね…りゅう座が」
「りゅう座?」
「そう。丁度この時期に見える流星群よ」
「そうなんだ…」
「それでね。それでね。あの星がね…」
レミリアはとても嬉しそうに、そして楽しそうに星の事を語っている。
好きなんだね。多分、以前はあの魔法使い達と見ていたんだろうね。
昼間は陽が出ているから外に行けないから。
夜は外に出て星に想いを寄せていたのだろう。
その姿を想像して、自然に笑顔になる。
「そしておうし座の…って霊夢聞いてるの?」
あ、全然聞いてなかった。
「も、もちろん聞いてたわよ」
「じゃあ、あの星の名前は何か分かるわよね」
指さす方向にあったのは、一際明るく輝く青い星。
…全然分からないわよ。 青いから…えーと…
あ、そういえば犬がどうとか言ってた気がする。
青い犬?ブルードッグ? ブルドッグ?
でもそのまんまな訳ないわよね。ってことは…。
「ブルースね」
「シリウスよ」
「近いじゃない」
「違うわよ」
「……」
「じゃあ、もう一回言うからねっ。ちゃんと聞いてなさいよね」
―――――――――――――――――――――――――
「うん。お願いね」
今度はしっかり聞いてくれるみたいね。
「この時期はね、空にダイヤモンドが浮かぶのよ」
「ダイヤ?」
「もちろん星座なんだけどね。さっきのシリウスの上の方に薄い黄色の星があるの、見える?」
「んー…?どれ?」
「ほら、あれよ」
指で指し示してあげる。 百聞は一見にしかずって言うし。
「…なんとなく分かったわ」
「あれがこいぬ座のプロキオンよ」
「こいぬ座があるってことはおおいぬ座もあるのね」
「えぇ、そうね」
「ねこ座は無いのかしら」
「昔はあったみたいだけど今は使われていないそうよ」
「そう、ちょっと残念ね」
そういえば霊夢は猫に似ている気がする。
「次はね、さっきよりさらに上の所の橙色よ」
「…あの少し黄色っぽい星かしら?」
「そう、それがふたご座のポルックス」
「その隣のは?」
「あぁ、あれも同じふたご座のカストルね」
「もしかしてふたご座って…」
「多分、予想通りよ。その二つの星が双子の頭なの」
「どこが身体なのかはよく分からないけど…次はどれかしら?」
「今度は…えーと、まずカストルから右に…」
「もしかしてあの黄色い星?」
指を差す方向を見ると、確かにそうだ。
霊夢の方が見つけるのが早かったのはちょっと悔しいわね。
でも別に、早さなんて競ってない。
こうやって二人で星を眺めているだけで、十分…。
「…?もしかして違ってた?」
「え?うぅん、当たっているわよ」
「よかったー。間違ってたのかと思ったわよ」
「ふふ、ごめんなさいね」
「あの星は何座の星なの?」
「あれは…ぎょしゃじゃのカペラね」
「ぎょしゃじゃ?」
「…言えなかっただけよ」
…だって言いにくいんだもん。御者座なんて。
「ところでぎょしゃって?」
「確か…馬車の馬を操る人のことだったはずよ」
「そうなんだー…」
「次のは、そこから下に行ったところのオレンジ色の星よ」
「あー…分かったわ。あれは分かりやすいわね」
「それがおうし座のアルデバラン。それとシリウスの間にある青い星がね」
「うんうん」
「オリオン座のリゲルよ」
シリウス、プロキオン、ポルックス。 カペラ、アルデバラン、リゲル。
これらを繋げて完成する、冬の夜に浮かぶダイヤモンド。
パチェが教えてくれた、最初の星座達。
「ホントだ―…。確かに繋げるとダイヤっぽく見えなくもないわね…」
「そうでしょ?」
「…そういえば、星ってそれぞれに意味があるのよね?」
「あるものにはあるわね」
「じゃあ、さっきの星…例えばアルデ…?にはどんな意味があるの?」
アルデバランの意味…か。
「パチェが言っていたんだけど…忘れちゃったわ」
「そうなの…じゃあ仕様がないわね」
「……」
本当は知っていた。 けど言わなかった。
おおいぬ座の一つ、アルデバランは「富と幸福の前兆」 そう言われていたことを。
富?幸福? それは、もう十分に貰ったから。
これ以上の幸福はいらない。
でも、そろそろ時間。 タイムリミット。
もしかしたらもう過ぎていたのかもしれない。
私は、とあることを決めて立ちあがった。
頭上に星が流れたのにも気が付かないまま。
………
「そろそろ天体観測も終わりにしましょう」
「そうね…ありがとう。色々と教えてくれて」
「どういたしまして」
「……」
「…帰るの?」
これからしようとしたことはばれてしまったみたいだ。
「さすがにこれ以上は居られないわ」
「そう、じゃあ…」
「待って! その続きは、言わないで」
「…分かったわ」
本当はもっとここに居たい。 霊夢の傍に居たい。
でも、帰らないといけない。 いつまでもここにはいられない。
「霊夢」
「ん?」
「また、来るから」
「うんっ」
あの続きの言葉は言わない。言われたくない。なぜか、そう感じた。
それを言われることのは、永遠の決別を宣告されることと同じ。
そのような気がした。
クルリと背を向けて、歩き出す。 もう一度振り返りたかった。
グッと手を握り、我慢する。 もう振り返らないと決めたから。
鳥居を潜ると、月と星に照らされて淡く光る石段が見えてくる。
最初の一段の前に立ち、下を見降ろしてみる。
階段を目で辿っていくと、その先は暗闇だった。
その暗闇の先に、私は行かないといけない。
一歩踏み出して、最初の石段を下りる。すると――――
その瞬間、私がずっと遠くに行ってしまったように感じられた。
霊夢との距離がもの凄く広がってしまった。 そんなことありえないのに。
ほんの数メートルのはずなのに。 振り返ればそこに居るはずなのに。
もう戻れない。
いつの間にか数段下りていて、今が何段目かなんて数えていない
私の身長は既に超しているだろう。
振り返っても霊夢が見えない所まで下りてしまった。
身体が震える。
身体を抑えても、その震えは止まらない。
急に、景色が揺れて見えてきた。
おかしいな…。そう思い手で拭う。
その手を見ると、月に照らされてキラキラと輝いていた。
なんで…?
会うは別れの始まりなのに。
それは十分分かっているのに。
帰らないといけないのに。
まだ私は一緒に居たい。
少し広めの踏みづらで、既に足は止まっている。
前にも後ろにもどちらにも進むことができない。
そんな私を、暖かく優しい風が包み込んだ。
その風に吹かれて一滴の雫が石段に落ちた。
「私はいつでも、ここにいるから」
私を抱きしめながら、霊夢が言う。
…この気持ちは何? 言葉が出てこない。
「……」
「いい?生きてるうちはね」
「……」
「永久の別れなんて存在しないのよ」
「……」
「だから、ほら、泣かないの。可愛い顔が台無しじゃない」
そう言って霊夢が頭を撫でてくれた。
「……」
「あ、そうだ。もう一ついい事を教えてあげるわ」
言葉なんて出すことができないほど、私の心は満ちていた。
………
「それじゃあ、またね」
「…うん」
そんな言葉を交わした後、一人で歩きだした。
神社から館へ続く、星と月明かりに照らされた紅白の道を。
別れるのは嫌だった。悲しかった。
でも、もうそんな事は思っていない。
だって、二人とも今を生きているから。
生きているうちは、永久の別れなんて無いから。
ただひと時の別れを怖がる必要なんてないのよね。
………
そんなことを考えていたら、いつの間にか紅魔館に着いていた。
大きなドアを開けると
「おかえりなさいませ。お嬢様」
咲夜が出迎えをしてくれた。
「…ただいま」
「それと、新年早々お疲れさまでした」
知っていたのね…。さすがとしか言いようがないわ。
「巫女の仕事はどうでしたか?」
「…え」
よく考えたら巫女らしいことは何一つしていなかったような…。
「…?何をしていらしたのです?」
「えーと…」
なにをしていたかなんて、そんなこと聞かれても。
あの時のことは思い出すだけで…
「お嬢様?あの、顔が赤いですけど大丈夫ですか?」
「…え?えぇ、大丈夫よ」
「お疲れなら、お休みになられた方が…」
確かに疲れはあるけど、それ以上のことがあったから、そんなもの何でもない。
咲夜と話をしつつ、昨日今日の事を思い出していた。
本当に…色々な事があったわね。
あの時思いついて、それを実行して、よかった。
知らなかったことを知ることができたから。
あんなにも暖かい場所を知ることができたから。
ありがとう霊夢。 あなたのおかげよ。
『一年の計は元旦に在り』
この言葉が本当なら、この一年は――――――――――――
「あ、そうだ咲夜ー」
「なんでしょうか?」
「虎、捕まえてきてくれないかしら」
終わり
しかしそんな事関係無いとでも言うように、寒空の下を妖精が呑気に歌いながら一人歩いていた。
「もーいーくつねーるーとー」
「おーしょーうーがーつー」
「お正月にはー…」
「……」
「…なんだっけ?」
「かえるといっしょに…うわぁあ!」
「…なんだったんだろう今の風…」
「…まぁいいやー」
「はーやーくーこーいーこーいー」
「おーしょーうーがつー」
――――――――――――――――――――――
「あゃ?さっきのは氷の妖精かしら」
いつものようにネタを探しつつ空を飛びながら歌っていたら、思いのほか高度が落ちていたらしい。
地上で風が吹き荒れたみたいだ。 …まぁ仕方ないですよね。
「あの子からはあまりスクープの匂いはしないからいいでしょう」
「それにしてもやっぱり良い歌よねー」
「ホント、飛びまわりながら歌うのは気持ちいいわー」
「だって誰にも聞かれることないからねっ」
「…たまに飛んでる方達がいるけど」
「その時は風を起こして逃げる!」
「さーて、何か記事になりそうなことはないかなー」
………
「あ、また外を歩いている方が居ますねー」
「あれ、しかもあの方は…これはスクープの予感!!」
記者魂に火が付いた。
―――――――――――――――――――――――――――――
とある所に行こうと歩いていたら
「こんなところで何してるんですか?」
上からカラスが現れた。
「別に、ただ歩いているだけよ。そんなことよりなぜあなたがここにいるのかしら?」
「歩いているだけ?それは何故ですか?どこに行くんですか?第一、わたしがここにいるのはただあなたを見つけたから降りてきただけで…って、ちょっと待って下さいよ!」
「長くなりそうだったから無視したのに」
「む~、そんなこと言わないで下さいよ。やっと記事が書けそうなことが起こったのに」
「あら、私がここを歩いていることがそんなに気になるのかしら?」
「ええ、そうですよ。あなたがこんなところに一人で歩いてるなんてスクープですからね。何をしてるんです?紅魔館のお嬢様。あのメイド長や妹はどうしたんです?」
「別に、割と一人で出かけることは多いのだけど?」
「なるほど…。つまり最近はメイド離れができるようになってきたと」
「そんな事を書いた暁にはどうなるか分かるわよね?」
「そういうことを笑いながら言わないで下さいよ…あと、この槍を下ろしてくれません?」
「今すぐにずっと遠くへ飛んでいくのならね。あなたならできるでしょう?」
「でもそれは私の記者魂というものがですね…」
「あら、飛ぶのは首だけでいいのかしら?何も書けなくなるわよ?あ、じゃあ腕も飛ばしてあげましょうか?」
「それは勘弁してほしいですね…はいはい、分かりました。降参です。じゃあ空に戻りますから槍をですね…」
「分かればいいのよ。ちなみにこれも分かっていると思うけど、もしも着いてきているのが見えたら容赦なくこれを投げるわよ」
「分かっていますよ。死んだら元も子も無いですからね」
「それじゃ、さよならね。烏さん」
「…そうですね。さよならです」
「あぁそうだ。あなた、歌うのならもっと上空に行ったほうがいいわよ」
「…え? あ…その…聞こえてました?」
「壁に耳あり障子に目ありよ。もちろん壁なんてないけど…吸血鬼の聴力を侮るのはよくないわ」
「……」
「ふふ、顔が赤いわよ」
「そ、そんなことないですっ。また後で話を聞かせて下さいねっ」
そう言い残して、烏天狗は真黒い羽根を広げあっという間に遠くへ飛んでいった。
後でと言うことはまた来るのかしら?
もちろん話をする気は全くないのだけど。
「…さて」
あの場所まで、もう少し行かないといけないわね。
――――――――――――――――――――――――
妖怪の山の麓、霧の湖にある島の畔に建つ洋館「紅魔館」。
その名の通り紅の館。周辺も一面の紅に染まっていて、異様な雰囲気を醸し出している。
そこには主人であるレミリア・スカーレット、その妹のフランドール・スカーレット。
メイド長の十六夜咲夜。図書館にはパチュリー・ノーレッジと小悪魔。門番の紅美鈴。
他にも多数の妖精達が普段過ごしている。
咲夜が内側の時空間をいじっている所為で見かけよりも中は広く部屋も多い。
陽が沈み月が昇る頃、その中の一室では館の主人が館の主人が布団の中で眠りに着き、夢を見ていた。
昔のことを、思い出すように。
後に紅魔異変と呼ばれるようになる出来事。
鮮紅の霧で幻想郷を包み込んだ、あの時の事を―――――――
――――――――――――――――――――――――――
日の光が嫌いだった。吸血鬼としての弱点の一つ。
こんなもの、ただ私達を苦しめるだけ。 だったら何かで遮ればいい。
そう思い、考え、紅の霧を辺りに拡散させた。
それは只逃げていただけかもしれない。
けど、これは妹の為でもあるから。
外で遊びたいと言っていた、掛けがえのないたった一人の家族の為。
だから、正しいことだと思っていた。
異変に気付き駆けつけてきた、あの巫女に教えられるまで。
………
その巫女は強かった。幾千幾万もの弾幕を繰り出しても当たらなかった。
まるで泳ぐように交わしてくる。
渾身のスペルカードも意味を為すことはなかった。
そして遂に、力尽きて倒れた。
先ほどの事を振り返りつつ、仰向けのまま窓から空を見上げている。
私は、間違っていたのかな…。 ただ…あの子の為に……
…いや、そんなこと考えてももう意味がない。
後の祭り。もう祭りは終わったんだ。吸血鬼として産まれ持っていたものも力も全て使った。
出し惜しみなど無かったのに、全力を出したのに。
あの巫女の方が上だったから。
私は、負けたんだ―――――
でも、それなのになんでかな。
そこから見える、紅霧が晴れた蒼炎の空のように心も澄み渡っていた。
空に不思議とあの巫女の姿が映り込む。
「確か…博麗霊夢って言ってたわよね」
そっか、今の当主はあの子なのね。 ふと気が付くと、手を外に向かって伸ばしていた。
あんなに嫌いだった、外に行きたいと思った。
なぜだろう。あの子のおかげなのかな。
でも、どれだけ手を伸ばしてもそこまで届かない。
神社…か… 久しぶりに―――――――――
そこまで考えたところで、夢の世界での記憶が途絶えた。
………
目を開けると天井の前に自分の手が見えた。 眠っている間に手が動くなんて…
そういえば夢の中でそんなことをやっていたような気がする。
随分と懐かしい夢を見たわね…。
「そうだ。神社に行こう」
起きた瞬間、何となくそう思った。
でも思い立ったが吉日。さぁ神社に行こう! あの子もいることだし。
布団を上げ、準備をしている途中で気が付いた。
…咲夜にばれるとまずい。 間違いなく…怒られる!
「うー…」
咲夜に怒られるのは想像するだけでも嫌だ。
とにかく、咲夜には内緒で行こう。
ごめんなさいね。咲夜。 これは天機洩漏すべからずなの。
そっと部屋を出て、館の入口まで急いだ。
…行ってきます。
声に出ているかすら分からないほど小さくそう言って館を後にした。
あのときは届かなかったけど、今はもう届くよね。
…………
ドアを静かに閉めると、そこは真冬の空の下。
寒い…けどジッとしているわけにはいかない。咲夜に見つかりたくない。走ろうかしら。
…よし、そうと決まれば早速行こう。あの子の元へ。
急がば回れって言うけど、今はそれどころじゃないのよね。
足にグッと力を入れて地面を蹴ると、砂埃が光りながら舞い上がる。
その砂が落ちるころには、既に私は館からずっと遠い場所まで来ていた。
星と月が煌びやかに光る夜の空を私は飛ぶように駆ける。
1年の終わり…12月の冷たい空気を切りながら疾走する。
森の中、川を飛び越えて木々の合間をすり抜けながらひたすら突き進む。
あの子の元へ行くために、館から神社までの紅白の道を――――――。
……
その途中でちょっと歩こうと思い、走るのをやめた瞬間に烏が現れた。
面倒だったから適当にあしらっておいたけど。
そしてまた走りだす。いつまでも走り続けるわけじゃないから。
その先に目標があるのならば、永久に続く道なんて存在しない。
歩こうが走ろうが、遅かろうが速かろうが、ひたすら進めばいずれは到着するから。
どれぐらい走ったのかよく数えてなかったけど、そろそろこの道も終わるころだろう。
ほら、あの石段を登れば――――――
何段あるか分からない石段を疾風のごとく駆け上がると
そこには呑気にお茶を飲んでいる巫女が居た。
「霊夢―――!!」
その姿を見た瞬間に、私は今日の最高速を更新した。
――――――――――――――――――――――――――
いつものように境内に座って寒空の星を見ながらお茶を啜っていると
突然現れた吸血鬼にすごい勢いの突撃を受けた。
咄嗟の判断すらできない一瞬の出来事。いつの間にかレミリアが私に抱きついてきていた。
なんとかそれを受け止めると、今度は胸の辺りに頭を擦り寄せてきた。
「うー…れいむだー」
「…どうしたのよ急に」
「んー…あったかい…」
答えになっていないじゃない。これはどうしたものかしら…。
手を腰に廻されているから何も動くことができない
でも、本当に暖かい…
そのまま頭を撫でてあげると、太陽のように明るい笑顔になった。
「うー…」
気持ち良さそうに声を上げるレミリアは、どう見ても鬼には見えない。
その姿をずっと見ていたいと思ったけど、それはふと感じた違和感によって掻き消された。
その違和感とは、私が今何も持ってないと言うこと。
手の中に握られていたはずなのに。
つまりそれは、重力に引き寄せられて…多分……
視線を下をずらしてみると、レミリアの服は案の定濡れていた。
――――――――――――――――――――――
「結構酷いことをするのね。久しぶりに訪ねたと言うのに」
「しょうがないじゃないの。元はと言えばあなたが…」
「黙りなさい。あなたが私の服を汚したと言うことに変わりはないわ。火が無い所に煙は立たないのよ」
さっきまで私に抱きついていた子と同じだとは到底思えない。
「せっかくこの夜の中を駆け抜けて……」
「………」
「…っくしゅん」
「………」
「…寒い」
「待ってなさい。直ぐ替わりの服を持ってくるから」
ホント、放っておけない子ね。
……
「はい、どうぞ」
「ありがとー …あれ?これって」
「ええ、巫女服よ」
随分探したのにそれ以外の服が出てこなかったのは何故だろう。
「…霊夢の匂いがする」
「っ…!! そそ…そんなことしてないで、早く着替えなさい」
「…うん」
全く、そんなこと言わないでよ…恥ずかしいじゃない。
それにしても、また戻ってきたみたいね。
「うー…どうやって着るの?」
本当のあなたはどっちなのかしら。 化けているのは、どっち?
そんな事を考えつつ、着替えるのを手伝ってあげた。
……
「…これでいいわね」
「ありがと…」
「よし、じゃあ… あ、まだね。大事な物を忘れているわよ」
「まだ何かあるの?」
「はい、帽子」
「あ…」
「私が被せてあげるわ」
「うん…」
そう言って顔を赤らめつつも、レミリアは下を向いた。
……
「はい、いいわよ」
帽子をポフポフと触ると
「うー…」
恥ずかしそうに両手で帽子を押さえた。
その姿はとても微笑ましくて。
思わず抱きしめそうになったけど、何とか抑え込んだ。
そうしている方が可愛いなんて、そんなこと面と向かって言えないから。
「いいんじゃないかしら。似合っているわよ」
「えへー…」
あ…目的をすっかり忘れてしまっていた。 もっとこんな姿を見ていたかったけど、聞くことがある。
「…それで、どうしたの?こんな時間に」
――――――――――――――――――――――――――
「つまり、思いついたからここに来たと」
「ええ、そうよ。 でも本当は違うわ」
「あら、その本当の意味を知りたいものね」
「…?分からないかしら」
「分からないわね」
「あなたに会いに来たのよ」
「………」
「ま…まぁとにかく! 来たからにはちょっと手伝ってもらうわ!」
「何よ。今の間は」
「今日は忙しいんだからねっ!」
「そうでしょうね」
「じゃあ早速ね……」
確かに今日は特に忙しくなる。今は静かだけれど、これは嵐の前の静けさと言うものだろう。
1年の終わりにして、始まりの日なのだから。
――――――――――――――――――――――――
一方その頃、紅魔館には―――――
大量のお菓子とケーキが現れて、屋敷の中を蹂躙していた。
それを片っ端から食べていく姉妹と魔法使い。
「咲夜ー。紅茶おかわり」
「はいはい」
甲斐甲斐しく働くのは咲夜だけ。門番はこっそり影でケーキを食べていた。
「あら中国。結構な御身分じゃない」
「ひぃぃいいいい!!!!」
そんな門番の声を聞きながらお姉様と一緒に食べていく。
もう一つ食べようと苺ショートに手を伸ばした瞬間、姉妹達を囲んでいた大量のお菓子は
「お嬢様ああああああああああ!!!!」
咲夜の声で全部吹き飛んでいった。
「……」
目を開けるとそこは自分の部屋。当然ケーキの山なんて存在しない。いつも通りの物しか見えなかった。
「ふあぁ……」
さっきのは夢なのね…。ちょっと残念。
「お嬢様ああああああああああああ!!!!!!」
それにしてもうるさいわよ咲夜。 お姉様になにかあったのかしら…?
ところで、咲夜の声がどんどん近付いてきている気がするけど気のせいよね。
……
幾度となく繰り返される叫びを聞きながら色々と準備をして、部屋を出る。
「お嬢様ああああああああああああああ!!!!!!」
ドアで隔てられていたのにそれが無くなった所為で一層大きく聞こえてきた。
とりあえずまずは咲夜を探そう。声がする方に行けば居るはずだし。
……
「お嬢様あああああああああああああああ!!!!!!!」
廊下を進んでいくたびに声がどんどん大きくなってくる。
とりあえず、こっちで合っているようね。
「お嬢様あああああああああああああああああ!!!!!!!!」
………
廊下の突き当たりで足が止まった。
どうも声はあの曲がり角から聞こえてくるみたいだったから。
「お嬢様あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
決まりね。姿は見えなくてもあの先に居ると言うことが分かった。
よし、行こう。ゴクリと喉が鳴る。覚悟を決めた。
曲がり角から向こう側の廊下を覗いてみると咲夜がやはりそこに居た。
「さく…」
呼びかけながら咲夜の元へ行こうとしたのに、それらを見た瞬間、心臓すらも止まってしまったような感覚に襲われた。
全身血が凍りついたような感覚。そこから一歩も動くことができなかった。
それほどまでに異形なものが見えていた。
その場所には、数人の咲夜がわさわさと動き回っていた。
ひたすら叫ぶ咲夜、床を這う咲夜、窓に食いつくようにしている咲夜、
片っ端から物をひっくり返していく咲夜、そして天井に張り付いている咲夜。
いつもの咲夜は何処にも居なかった。
「お嬢様あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ここから聞く声はすさまじく五月蠅い。
…まだ夢を見ているのかしら。むしろそうだと信じたかった。
頬を抓ってみても痛いだけで何も変わらなかった。
今度はゴシゴシと目擦ってみる。でも相変わらず咲夜はいっぱい居る。
…どうしようかしら。こういうときは
「さ…咲夜?何しているの?」
とりあえず声をかけてみる! すると咲夜達全員がグルリと首を回し、一斉にこちらを振り向いた。
ビクッと身が震える。
いやな予感が全身を襲う。
その瞬間、咲夜達がこちらに向かってすごい勢いで走ってきた。
「お嬢様ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「きゃあああああああああああ!!!!!!!!!!」
恐怖の叫びを上げながら脱兎のごとく逃げ出した。
……
走った。とにかく走った。 怖かったから。 嫌だったから。
あんなのは、咲夜じゃないから。
後ろを見ずに、ただひたすら全力で走りまわった。
随分と走った気がする。そろそろ振り切っただろうか…。居ないことを信じて後ろを振り向く。
咲夜達はいつの間にか一人の咲夜になっていた。
また走りだそうと前を向いた瞬間――――
「…なにしてるの?」
パチュリーにぶつかりそうになった。
…………
一緒に逃げながら今の咲夜の状態を説明すると
「ショックを与えると治る…と思うわ」
さすがね。もう解決法を見つけてくれるなんて。
「ショック?」
「ほら、例えば今咲夜はポリバケツを漁っているでしょ?」
「うんうん、分かったわ。つまり…」
指をそれに向けて能力を使う。
「どっか~ん」
ボン!っと良い音を立ててポリバケツが爆発した。
「こういうことね!」
「い…いいい妹様…!? 中にお嬢様が居たらどうするんですか!?」
「落ち着きなさい咲夜。そんな所にお姉様が居るわけないじゃない」
「……」
「…え、いや、お嬢様は……」
「そこに居ると思う?」
「……」
「…確かにそうですね。私は一体何を……」
そう言われた時に安堵感が私を包み込んだ。
「どうやら治ったみたいね」
「ええ、そうね」
「あ、そうだ…お姉様がどうかしたの?」
「それが…今朝から姿を見ていないのですよ」
お姉様が居ない…?どこで何をしているのかしら。
もうすぐ出かけないといけないというのに。
――――――――――――――――――――――――――――
その頃、博麗神社―――――――
「スイカバーが3本食べられますように!」
「リンゴが4個食べられますように!」
「む~。じゃあ…えーと…1、2、3……6本食べられますように!」
「むむ…。それじゃあいっぱい食べられますように!」
「むむむ~~。いっぱいいっぱい食べられますように!!」
「ん~…。たくさん食べられますように!」
「へっへ~ん。どうやらあたいの勝ちみたいだね!」
「な!そんなことない!私の勝ちだよ!」
「だってたくさんよりいっぱいの方が多いもんね!」
「違うよ!いっぱいよりたくさんの方が多いもん!」
「あたいの!」「私の!」
「「勝ちだよ!!」」
闇と氷の争いが行われていた。
時間が少し遡る、事の発端は私が境内の掃除をさぼっていた時に起きた。
………
「やったー!一番乗り!」
石段の方からそんな陽気な声が聞こえてきた。
そちらの方を見ると、背中の6つの氷が月明かりを反射して輝いていた。
氷のような髪の毛と、同時に揺れる大きなリボン。
青白の服はまるで青空と雲。
いわば全身で夏の空を体現した様な少女…なのに夏は嫌いだと言う湖上の妖精チルノが神社に来たみたいだ。
「あたいが優勝だね!」
鳥居の前で両手を上げて勝ち誇った様子で月の光を浴びている氷精。
その笑顔は自身が溶けそうなぐらい明るく、真夏の空のように燦々と輝いていた。
「さーて、はっつもうでーはっつもうでー…ん?」
振り返って歩こうとしたと思いきや足が止まり、ある一点を見つめていた。
その先を見てみるとそこには黒い球体がフワフワと漂っていた。
するとその黒球は突然一人の少女の姿に変化した。
「わはー。どうやら私が一番のようだね!」
現れると同時に両手を横に広げてそう言った。
夜のような黒のワンピースに白いシャツ、月のような金髪には赤いリボン。
夏の夜を体現した様な今宵の妖怪。ルーミアだ。
それにしてもなんでこの二人は一番に拘りがあるのかしら?
「ざんねんだったね!一番はあたいが頂いたよ!」
「え?」
まるで自分以外には誰もいなかったのにというような顔をして、氷精の方を向いた。
「だってあたいの方が着くの早かったもんね!」
相変わらず自分が早かったということを固辞している。
「そ!そんなことないよ!私の方が早かったよ!」
それに対抗する闇の妖精。
「絶対あたいのほうが早かったもんね!」
「むー…甘いよ!賽銭箱までが本当のゴールなんだからねー!」
そう言うと、我先にと走り出した。
「あー!そんなのずるいー!」
ルーミアを急いで追いかけていくチルノ。
次の瞬間には二人は叶緒にぶら下がっていた。
「どうやら今回は…」
「引き分けみたいだね!」
もうさっぱり基準が分からない。私のため息と同時に、鈴之緒がガランと鳴った。
類は友を呼ぶとは、こういうことなのかしら。
………
「「ふぁああ……」」
その後も二人は何回鐘を鳴らしたかとか何個お願いしたか…等
そんなくだらないことでずっと争っていた。
いつまでも続くのかと思っていたこのどんぐりの背比べは、二人同時の欠伸によって、ついに終止符が打たれた。
「眠いや…」
「そうだね…」
「帰ろっか」
「うん」
そう言って二人で今にも寝そうな顔をしながら鳥居を潜ると
「よいお年をー」
「おー」
思い思いの方向に飛んでいった。ちなみに今は午後9時。
初詣には早すぎる時間だった。
ずっとその様子を境内に座ってみていたけどあの子たち気が付かなかったわね。
「それにしても…」
静寂…。この状況を表すに最もふさわしい言葉だ。
まるで嵐が過ぎ去った後のように、さっきまでの喧噪が嘘のように、再び神社は静まり返っていた。
確かに、あの二人は嵐と呼べるかもしれないわね。
ここはあまり参拝者が来ないと聞いたことがある。
「いつも霊夢はこんな風景を見ていたのかしら」
「そうでもないわよ?」
「わぁ!」
急に声を掛けられて驚いて妙な声を出してしまった。
「…ごめんね。そんな驚かれると思わなくて」
「別にいいけど…」
「まぁとにかく、そんなに少ない訳でもないのよ。ほら、あっち。耳を澄ませてみて」
石段の方を指さして、嬉しそうにそう言った。
どういうことかよく分からなかったけど、言われた通りに耳を澄ませてみる。
すると―――――
「お嬢様ああああああああああああああああ!!!!!!!」
そんな声が神社に響いた。
「霊夢、後は任せたわ」
「え?」
霊夢の返事も待たずに部屋の中へと逃げ込んだ。とりあえず、隠れないと。
ここで咲夜に見つかると何をされるか分かったものじゃない。
…こんな恰好なんだし。
でも、外の様子は気になる。音だけでも聞こうと、障子に張り付いた。
「障子に耳あり? なんか、ちょっと違うわね」
――――――――――――――――――――――――――
どうしたのかしら? 急に部屋に閉じこもっちゃって…。
あの声は確かあの館のメイド長の…。逃げる必要ないと思うんだけど、どういうことだろう。
それを聞く前にとりあえず、新年最初の参拝客を迎えるとしますか。
「咲夜さっきからうるさいー。いい加減にしてよー」
「でも、お嬢様がっ…!!」
「確かに私も心配ですけど…。どこに行ったのかしら?」
「…しょうがないわね。私が探してあげるわ。準備して」
「はい、了解です。パチュリー様」
「ちょっとちょっと、うちでいきなり何を始める気よ。賽銭箱に拝みに来たんじゃないの?」
「賽銭箱には拝みませんけどね…」
「少し、迷い猫を探しに。もちろん初詣にも来たんだけど」
「猫は猫でも化け猫だけどね」
「猫?」
「そうなんですよ。お嬢様がいなくなったものだからメイド長が慌てふためいてて」
「今朝からずっとこんな感じなのよね。そろそろ元に戻ってほしいんだけど」
「一体どこに行ったのでしょうか…」
「あ!」
「ひぃ! 急にどうしたんですか?」
「びっくりしたじゃないですかー」
「あ…お…… いや、何でもないわ。 あ…と、パチュリー様」
「なにかしら?」
「その魔法はもう発動させなくても…結構です。 ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「…そう? そう言うなら…もういいわね。 片づけてくれる?」
「了解です」
「さっきからあなた達なんなのよ…」
女三人寄れば姦しいとは、このことなのかしら。
もっとも、三人どころの騒ぎじゃないけれど。
それにしても、お嬢様ってことは…レミリアよね。ここに妹はいるし。
あぁ、そういうことなのね。 隠れた理由が分かったわ。
ひとつ、ため息を付いて、こう言った。
「とにかく、初詣に来たんでしょ?極上の賽銭箱はこっちよ」
「そんなことを言っても、お賽銭が増えたりはしないわよ?」
ん…まぁ そりゃそうでしょうけど。
「あ、そうだ。順番決めないと。誰から最初に行きますか?わた…」
「じゃあ私が最初!!」
「妹様が一番最初ですね。じゃあ私が次に行きます」
「次は私…でいいかしら?」
「はい!もちろんですよ!パチュリー様の次に行かさせて頂きます。」
「あの、ところで私は…」
「めーりんは最後ねー」
「えぇっ!?」
「当然じゃない。中国は最後って決まっているのよ」
「そうよ。大人しく待ってなさい中国」
「あはは…。残念ですね。中国さん」
「今年の願い事は決定しました…」
「ところで、参拝って確か正式な方法がありましたよね?」
「あぁそうね、まずはあっちの手水舎で手とかを清めないとね」
「えー、めんどくさいー」
「まぁまぁ、そういわずに」
「そうしないと願いが叶わないかもしれないわよ」
「ん…」
その言葉に反応したのか、黙って戻ってきた。
そして全員が禊を終えると、次にすることを教える。
「まずは、そこの壮麗な賽銭箱にお賽銭を入れて、鐘を鳴らして二礼二拍手。その後に願いを言って、最後に一礼よ」
「え…?まずここに入れてから…鐘…?に…? えと、なんだったっけ」
「まず、ここにお賽銭を入れるんですよ。妹様」
そう言ってメイド長が入れた小銭は、チャリンと音を立てて中に転がっていった。
「あ、咲夜ありがとー」
「…いえ、当然のことですよ。そして、この鐘を鳴らすんです」
「これ? んー…じゃあ一緒に鳴らそー」
「…はいっ」
ガランと鐘を鳴らす。それにしても近いわね。あの二人。
「咲夜、とりあえず鼻血を拭きなさい」
「あ…。はい、失礼いたしました」
「全く…」
「ねー咲夜ー。この後はー?」
「この後はですね…」
「あぁそうだ。二人を待っている間にどうぞ」
湯気が出ている大きな鍋から掬って、湯呑に注いで渡していく。
あらかじめ作っておいてよかった…。
「あ、ありがとうございます」
「その鍋、さっきから気になっていたけど、やっぱり甘酒だったのね」
「そりゃもちろんよ。初詣と言えば甘酒でしょ。中国さんもいかが?」
「…いただきます …あつっ!」
「お姉様と外で遊べますように!!」
中国で遊んでいたら、ふとそんな声が聞こえてきた。ねぇ、今の聞いてた?
出てきてあげてもいいんじゃない?
「うん、じゃあ次は咲夜の番よー」
「えっと…はい」
メイド長が神頼みをしているようだけど、先ほどの声とは打って変わってすごく小さな声だった。
胸がどうのこうの言っていた気もするけど、ちゃんと聞きとることはできなかった。
「次…パチュリー様、どうぞ」
「ええ」
「ん?霊夢ー。それなにー?」
「甘酒よ。飲んでみる?」
「うん。飲む飲む」
「はい、熱いから気を付けてね」
「…あの馬鹿が本を返してくれますように」
パチュリーはそう言うと、すぐに降りてきた。
ホント、いつ返すのかしら。あの魔法使いは…。
次に小悪魔がいそいそと短い石段を上がっていく。
「え…えっと、今年はもっとパチュリー様のお役に立てますように」
そう静かに言い終えるとすぐに降りてきた。
「あ、あの…」
「やっと私の出番ですね!」
「ひぃ!」
小悪魔を驚かしつつ、壇上に上がっていく中国。
ポケットから小銭を取り出して、それをジャラジャラと放り込み願いを告げる。
「今年は中国と呼ばれませんように。今年は中国と呼ばれませんように。今年は中国と呼ばれませんように。今年は…」
「中国ー。そろそろ帰るわよー」
「早くしないと置いていくわよ中国」
「神様のばかあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「ばかはあんたよちゅーごく!!」
「ひぇっ!?」
「まったく、いつもいつもさぼってばっかり…しゃっきりしなさい!!」
「は…はい! すみません!」
「妹様、どうしたんでしょうか…?」
「これは、多分酔っているわね」
「えぇっ? でも甘酒ですよ?」
「これは多分…。 ねぇ霊夢ー…なんか入れた?」
「あ…あはは。ちょっとだけね」
「やっぱりね。なんか違うと思った。それにしても、どうしようかしら」
「このままというわけにはいきませんし…」
「とにかく、止めないと色々と危険よ」
「可愛いからいいんじゃないですか?」
「咲夜は、とりあえず辺りの血を全部拭き取りなさい」
「あぁ、酔った妹様も…可愛い」
「だめだこりゃ」
「よーし、そろそろかえるー!!さくやーかえろー!!」
「はい、妹様」
フラフラと千鳥足で歩いていく悪魔の妹を、辺りを血に染めていくメイド長が支えている。
「…なんとかなりそうですね」
「…そうですね」
「はぁ…」
先の二人の後を追うように歩いていく小悪魔と魔法使いと門番。
「また来てよねー」
そう言うと、三人は手を振ってくれた。
「あれ、妹様…何を持っているのですか?」
「ん? これ~? さっきもらったの~」
「あぁ、甘酒の入ってた湯呑じゃない。返さないと」
「え~、うん。いらないからかえすよ~…。でりゃっ!!」
先ほど自分が渡した、甘酒が入っていたはずの湯呑が異常な速さで後ろに飛んでいった。
―――――――――――――――――――――――――――
自分以外誰もいない、電気も付けていない暗い部屋の中、一人で思う。
…意味の無いことをしてしまったかしら。
ここから聞こえる声は、とても楽しそうだった。
一度だけ、少し障子を開けて覗いてみたけど、直ぐに閉じてしまった。
今はもう、ジッと聞き耳を立ててみても何も聞こえない。
「…皆、帰ったのかしら?」
意味も無く静かにそ~っと障子を開けて、外の様子をうか
「がっ!?」
もの凄い勢いで飛んできた何かにぶつかると同時に、意識が遠のいていくのが分かった。
――――――――――――――――――――――――――――
……
夢……
いつの間にか、夢の世界に居た。
霊夢に会うより、ずっと昔――――。
陽炎に容赦なく照らされた、あの時の記憶。
脳内に刻まれた、忘れることなど到底できない記憶。
また再び、否応なしに見せられることになるとは思わなかった。
でもこれは、私自身のことだから
起きることも、目を逸らすこともできずに、それは繰り返された――――――
………
いつの間にか私は陽の光の中に居て、それに気付いた時には既に変化は始まっていた。
迂闊。周りに陽を遮るものが見当たらない。手には一輪の花だけ。
日傘はどこへ消えたのだろう。とにかく走った。遮断するものを求めて。
木々が生い茂っているが、それだけでは防ぐ事ができない。
走っても、走っても、なにも見つからない。
無限に広がっている森林。
倒れていた木に足を取られ転んだ。足に衝撃が走る。
でも、花を潰すわけにはいかない―――。
頭から前に、走っていた勢いもあって思い切り地面に突っ込んだ。
身体中に傷ができ、血が噴き出す。痛い…けど…
今はそんなこと気にしている場合じゃない。とにかく、探さないと――――。
立ち上がろうとしたのに、それができず、また地面に倒れた。
後ろを見ると、そこはただの平坦な地面だった。 倒れ木なんて存在していなかった。
じゃあ、なんで――――――――――
最悪の答えを自分で見つけた。
分かってしまった。
でも、そんなこと信じたくない。
違う。 違う。 そんなことはありえない。 違っていて――――――
淡い希望を抱き、自分の足を見る。
そんな希望は、絶望に打ち砕かれた。
私の足首から先が、既に消え失せていた。
「――――――――――――!!!」
咽喉から湧き出る、声にならない叫び。もう走ることができない。
動くことができない。ただ、消えるのを待つだけ。
天に仰ぎ地に伏すも、なにも変わらない。陽炎が容赦なく私を燃やしていく。
自分が、消えていく。 煙となり、空に混じる身体が見えていた。
手だけで這いながら、もがく。そんなことをしてもどうにもならない。
身体中が燃え上がり、灰と化していく。
この拷問は、いつ終わるの? 永遠に続く、耐えがたい地獄。
拷問…? 違う…これは処刑。 終わる時は、私が消える時。
それは、ここから私が居なくなること。 存在がなくなること。
そんなの…いやだよ…!
私…! 消えたくないよ…!
咲夜…!
フラン…!
パチェ…!
痛いよ…!
苦しいよ…!
助けてよ…!
こんなのって…
ひどいよ…
だめだよ…
もう会えないの…?
もう話せないの…?
もう遊べないの…?
もう居られないの…?
もう消えちゃうの…?
もう死んじゃうの…?
もうどうにもできないの…?
何も感じなくなるの
怖いよ
嫌なのに、抗っているのに、止まらない消失。
既に命の蝋燭の火は風前の灯と化しているだろう。
幾度となく攻め込む吹き荒ぶ風にも、決して消えることはなかったのに。
もう、声が出ているのかも分からない。何も聞こえない。
痛みも、苦しみも無くなって、全てが消えていく。
これが、死というものなのか。
まだまだ、全然生きていないのにな。
なにがいけなかったんだろう。
ただ私はこの花をフランに届けたかっただけ。
新しい花を見たいと言っていたから摘んできただけ。
咲夜に頼むのは嫌だったから、私が出掛けただけ。
手の中にあるはずの花を抱き、思う。
ここで消えるのなら、この花だけが残るだろう。
そして、私と同じ運命を辿る。
皆…今まで…………
「―――!!」
最後の事が切れる寸前、誰かが、傍に、きて――――――
………
次に目が覚めた時、私は見慣れた場所に居た。
見回しても見たことがあるものばかり。どう見ても自分の部屋だ。
「これは、夢…?」
頬をつねってみようかと思い、手を見ると、あの時持っていた花が握られていた。
ますます訳が分からない。これは夢? 現実? 私はなぜここに居るの?
そんなことを考えていたら、ドアが開く音がした。
「…! お嬢様! 目が覚めたのですね!」
咲夜が泣きながら抱きついてきた。咲夜の体温を感じる。
温もりを感じることができる。そうか。やっぱり、これは現実なんだ。
私は、生きているんだ!!
「お…お嬢様…?」
「…ぁ……」
知らずの間に、涙が溢れ出ていた。
また会えたから…。 もう会えないと思っていたのに
またあなたに会えたから…!!
そう言おうとしたのに、言葉が出てこない。
ただ、無言で咲夜を抱きしめた。
………
いつまでそうしていたのだろうか。
身体の震えも収まったころには、すっかり外は暗くなっていた。
「…咲夜」
「はい、なんでしょうか」
「私をここまで運んでくれたのは、誰?」
「…分かりません。この部屋までは私ですが…」
「それまでは?」
「…門番です。ですが名前は聞いていないとのことでした」
「何か、特徴は?」
「…黒や茶のような髪色だったとしか覚えていない…と」
「…そう」
それだけでは分かりようが無い。
それよりも…。
「あ、そうだ咲夜」
「なんでしょうか?」
「花瓶、持ってきてくれるかしら」
………
涙を拭いて、顔を洗った後、花を花瓶に入れてとある部屋に持っていく。
軽くノックをすると
「…誰かしら」
返事が帰ってきた。
起きるにはちょっと早いかと思ったけどそうでもなかったみたいね。
「フラン、私よ」
「お姉様! どうぞー!」
ドアを開けて入ると、たった一人の妹が居た。いつもと変わりない姿で。
その姿を見た時、また泣きそうになる。それをなんとか我慢して、伝える。
「新しいお花…取ってきたわよ」
そう言って花瓶を見せる。
「わー…ありがとうお姉様!」
「どういたしまして」
「すっごく綺麗…」
フランはとても喜んでくれた。
その花瓶を落とさないように気をつけながら、妹を抱きしめた。
「えっ…ちょっと お姉様?」
構わずに続ける。
失くし掛けたからこそ、改めて気付く大切なこと。
またあなたの笑顔を見ることができて、よかった。
すると突然、目に見える全ての物がグニャリと歪んでいくのが分かった。
フランが何かを言っているように見えたけど、既に声は聞こえなかった。
あぁ、そうか。これは夢の世界…過去の話なのよね。
もう少し妹を抱きしめていたかったけど、そろそろ起きないとね。
また、館に帰ってからね。
そう心に決めた。
そして、頬に伝わる違和感以外のものが全て消えると同時に、私は覚醒した。
――――――――――――――――――――――――――
眩しさに耐えつつ、ゆっくりと目を開くと、まず見えたのは霊夢の暗い表情だった。
けど、私が目を覚ましたのを見るや否や直ぐに明るい表情に変わった。
「起きた?」
「ん…」
覗き込むようにこっちを見ている霊夢。その顔は、手を伸ばさなくとも届くぐらい近い。
私達は今、どういう状況?
「よかった…死んだのかと思ったわよ」
「そんな簡単に死ぬわけないじゃない。ところで…」
「ん?」
「そろそろこの手、離してくれない?」
「あぁ、ごめんなさい。ぷにぷにだったものだから、つい」
「つい、じゃないわよ…」
「じゃあ、あなたもそろそろ退いてくれるかしら?」
「え?」
「足が結構大変なのよ」
本当は起きてから直ぐに気が付いていた。頭の辺りの柔らかい感触に。
「んー…いいじゃない。気持ちいいわよ」
「なっ…!」
「あら、嫌だったかしら」
「いや…そういんじゃなくて…」
「ん?」
「まぁ、そう言うんなら…もうちょっとそうしていても…いいわよ」
「そう、その言葉に甘えて、もう少しこうさせてもらうわ」
――――――――――――――――――――――――
「ところで霊夢ー。起きたら服が変わっていたんだけど、どういうこと?」
「あぁ、もう起きても大丈夫なのね。よかったわ」
「質問に答えなさいよ。私は気を失うまでは確かに巫女服を着ていたのよ。それなのに、目を覚ましたらいつもの服に変わっていたの。不思議なことも起きるものね」
「…寝相が悪いんじゃないかしら?」
「あら、そんな寝方をする吸血鬼が居ると思って?ちょっと、こっち向きなさいよ」
「ん…」
「なんで顔を逸らすのかしら?知ってる?顔を逸らすのは、嘘を付いている証拠なんですって」
それ以上は何も言わずに、次の言葉を待った。
当然、答えは知っていたけれど。
「…えっと、その… ぁ… あ…」
「……」
「汗かいてたし、気持ち悪そうだったから拭いてあげたの!!それと、服ももう乾いていたから着せてあげたの!!!」
顔をリボンと同じぐらい赤くして叫んだ巫女の声が、神社に響き渡った。
――――――――――――――――――――――――――
「よし、それじゃあ日の出を見に行きましょうよ」
そう霊夢が言った。すっかり調子は治ったみたいだ。
それとは反対に、私の気分は急転する。さっきの夢の記憶が脳内を反芻する。
…あなたは知っているはずよ。私の、吸血鬼の弱点を。
「いやよ…霊夢も知っているでしょ?私、陽の光に当たると…」
当然、拒絶した。 そんなことしたくない。
「大丈夫よ。さぁ、立って」
「え…?」
顔を上げると、そこには見る者全てを優しく包み込むかのような天真爛漫な笑顔があって、まるで後光が差しているかの如く、輝いていた。
その光に魅せられているのか、私は何も言うことができない。
すると、霊夢が私の手を掴んだ。なぜだろう。
その手に触れた瞬間から、さきほどまで感じていた不安が吹き飛んでいった。
大丈夫なんだと、心からそう思った。自然と頬が緩む。
でもその顔は見せないように下を向いた。信じているわよ。 霊夢。
手を繋ぎながら立ち上がる。
「こっちよ」
………
外に一歩出るとそこには暗闇が広がっていた。
月日も変わり、今は1月の空の下に二人。
「寒い」
でも、そんなこと嘘だ。ここは暖かい。
「少しだけだから、我慢してね」
そう言って笑う、あなたの隣だから。…なんてね。
もちろん、そんなこと言わないけれど。
………
「そうそう、あなたが寝ている間に皆が絵馬を書いていったわよ」
「絵馬?それって、角ばった蒲鉾みたいな形をした板のこと?」
「…え? カマボコ?」
「あら、違ったかしら。なんというか…変な家みたいな形じゃなかった?」
「んー… まぁ、確かに近い…かな?とにかく百聞は一見に如かずよ」
「それもそうね。どこにあるの?」
「あの絵馬掛にたくさん掛かっているわよ」
その絵馬掛と呼ばれた板には幾多もの絵馬が掛けられていた。
『もっと仕事がらくになりますように』 小野塚小町
『白黒はっきりしますように』 四季映姫・ヤマザナドゥ
『もう、オリキャラなんて呼ばせない』 秋静葉&秋穣子
『面白い発明品ができますように』 河城にとり
『厄い回収』 鍵山雛
『新しい桶くれよ』 キスメ
『テッテレー、テーレーレッ!』 黒谷ヤマメ
『皆が驚いてくれますように』 多々良小傘
『だまされませんように 何もありませんように』 ルナサ=プリズムラバー
『明るく楽しく』 メルラン=プリズムラバー
『いらない子っていうなー』 リリカ=プリズムラバー
『人間の里の安泰、もこたんもこたんもこたああああああん』 上白沢慧音
『ちぇええええええええええええええん』 八雲藍
『らんしゃまああああああああああああああ』 橙
『何か楽しい事件が起こりますように』 八雲紫
『幻想郷中花畑』 風見幽香
『人形開放』 メディスン・メランコリー
『総領娘様がおとなしくいてくれますように。さたでーないとふぃーばー』 永江衣玖
『いっぱいいじめてもr・・・ゲフンゲフン。退屈したくない』 比那名居天子
『全人間妖怪に幸あれ』 聖白蓮
『いいもの探すぜ』 ナズーリン
『やせますように』 レティ=ホワイトロック
『春ですよー コミケですよー』 リリーホワイト
『酒』 伊吹萃華
『騒ぎに騒いで酒を飲む』 星熊勇儀
『スクープゲットー☆』 射命丸文
『文さまとキャッキャウフフ』 犬走椛
『死体運び楽しいです』 火焔描燐
『うにゅ?何お願いしようとしてたんだっけ』 霊烏路空
『ペットがもう暴走しないように』 古明地さとり
『いっぱい遊ぼう』 古明地こいし
『ツケを払ってくれ』 森近霧之助
『転生時の苦悩が解消されますように』 稗田阿求
『願い事はパワーだぜ!!』 霧雨魔理沙
『魔理沙と… うふふ』 アリス=マーガトロイド
『ケーキが食べられますように』 東風谷早苗
『信仰を』 八坂神奈子
『とりあえずけろけろ』 洩矢諏訪子
『今年もがっぽり儲けるうさー』 因幡てゐ
『今年はあまり師匠の実験台にされませんように』 鈴仙・優曇華院・イナバ
『面白い薬ができますように』 八意永琳
『家内安全』 魂魄妖夢
『お団子をお腹いっぱい食べたいわ』 西行寺幽々子
『妹紅ぶっころす』 蓬莱山輝夜
『輝夜ぶっころす』 藤原妹紅
『女の子らしくなりますように』 リグル
『名前を下さい』 大妖精
『幻想郷ライブで一世風靡』 ミスティア=ローレライ
「色々な願いがあるのね…」
「ええ、そうね。叶うと、良いわね」
そう言うと、霊夢は石畳の上を歩きだした。
その後を付いて歩いていく。
「ところで、なんで絵馬ってこんな形なのかしら?」
ふと思ったことを聞いてみた。
「確か、その上の斜めの所に昔は屋根が付けてあったらしいの。その名残だとかなんとか。でも他にも色々な形があるそうよ」
「不思議ね。板に屋根が付いていたの?」
「そうよ。えっと…なんでだったかしら。忘れちゃったわ」
「そう、じゃあ絵馬って名前はどこから来ているの?」
「んーと、いつ頃なのかは知らないけど昔は神社に馬を奉納していたらしいの」
「馬?」
「知らない? んと… あっ、ほら、この絵馬に描いてある動物のこと」
「どれ? これ? 四本足で…顔が長くて… こんな動物もいるのね。美味しいのかしら」
「え。どうかしら…?食べたことはないから分からないわね」
「そう…」
「そんな残念そうな顔をしないの。…それじゃあ話を戻すわね。とりあえず昔は馬を奉納していたんだけど、皆が神社に奉納するってことはね」
「神社側が馬を飼うということになるわね」
「そういうこと。動物だから、逐一飼わないといけない」
「それが大変だったから、木で代用するようになったのね」
「さっきから私の台詞を取らないでくれるかしら」
「ふふ…ごめんなさいね」
「まぁ…いいけどね」
「じゃあ、こっちのには何で虎が描いてあるの?」
「虎は分かるのね。それは今年の干支だからじゃないかしら」
「干支?」
「干支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類が……」
………
「これらはお釈迦様への挨拶に来た順番で……」
………
「申と戌の間の酉は……」
………
「と言うわけでさっきの12種類に決まったそうよ」
「んー…ところで、干支には何でねこがいないの?一番早そうじゃない?」
「逸話だと鼠に騙されたからだそうよ。嘘の日にちを教えられたとか何とか」
「そんな話があるのね…。 思ったんだけど」
「…なに?」
「結構霊夢って博識なのね。見直したわ」
「なっ…!? べ、別に…巫女として当然のことよ…」
そう言いながら顔を逸らす霊夢。…可愛いじゃない。
顔を覗き込んでいたら、更に顔を逸らされた。
そんなことをしている間に、いつの間にか石段の前まで来ていたようだ。
「ほら! ここからが一番よく見えるのよ!」
照れ隠しか、誤魔化しているのか、大きめの声でそう言った。
分かっているわよ。
霊夢の顔は、暗闇の中でも分かるくらいに紅くなっていた気がした。
私もその隣に並び、空を見上げる。
月は既に沈んでいて、わずかな星の瞬きが静かに大地を照らしているだけ。
夜明けが訪れようとしていた。その瞬間が一番暗い。
暗闇を、一筋の紅の光が空を裂いた。
朱と闇が混じる、ただ一時の混沌の空。
暗闇が掻き消されていき、大地を光が包み込む。
空も森も…全てが朱色に染まっていく。
燃え上がる大地が轟音を響かせる。
ついに炎が神社の階段まで差し掛かった。
全てを燃やしながら石段を駆け上がり、私に迫ってくる。
いつもなら外に出るときは日傘を差していないといけない。
吸血鬼である私の弱点。 陽の光に当たると消えてしまう。
日光に晒された、あの時の記憶が蘇える。
その時に感じた絶望は、忘れることができない。
もう二度とあんなことは味わいたくない。
心から、そう感じた。
それなのに今、日傘を持っていないまま陽に当たろうとしている。
でも…霊夢が居る。 だから、大丈夫。 そう、大丈夫!
いつの間にか握っていた霊夢の手を、光が私を照らし出すその瞬間
グッと、一層強く握りしめた。
………
いつの間にか目を閉じていた。
やはり恐怖心があったらしい。
でも私は今、ただ暖かいものを感じている。
あのとき感じた絶望など、今は無い。
ゆっくりと、目を開けていく。
そして、景色が目に飛び込んできた瞬間、私は言葉を失った。
辺り一面に広がっている暁の空。
見えているもの全部が燃えるような朱色に染まっていた。
空も、山も、全てが地平線から昇る鮮紅に包まれている。
優しく輝く丸い光が世界を照らしている。
私たちも、その中に居る。
初日の出。 本当に初めての、日の出。
今まで見たことがなかった。
500年。永久に感じられるほどの、長い時間の中でも。
「綺麗…」
もっと相応しい言葉があるはずなのに見つけることができなかった。
「そうね…」
「こんなの見たことが無かったわ」
ただ、見るのを恐れていた。
「そうなの…」
「こんなに優しい光だったなんて…」
「……」
「冬はつとめて…ね」
霊夢がふと聞きなれない言葉を言った。
「どういう意味?」
「冬は、早朝が一番素晴らしいということよ」
「そうなんだ…」
確かに、その通りね。
二人でしばらくその陽を見つめていた。
でも一番優しくて暖かかったのは、この左手。
あの時の人が、分かった気がした。
…………
いつまでそうしていたか分からない。
大分時間が経過した頃、霊夢が言った。
「…そういえば」
「ん?」
「何も願い事してないんじゃない?」
「言われてみれば確かにそうね」
そういえば忘れていた。
…何を願おうかしら。
もう叶ったようなものなんだけど…と言うか
「お賽銭が欲しいだけじゃないの?」
「あぇ?」
「何よその返事」
「い…いやいや、別に何もありませんことよ」
「あら、あなたそんな口調だったかしら?」
「なんのことかしら?」
霊夢の顔をよく見なくても汗がダラダラ出ていることが分かる。
「…まぁいいわ。賽銭箱はどこかしら?」
「こちらでございます」
仰々しく頭を下げた後、嬉しそうに歩いていった。
「あなた誰よ」
…どう見ても霊夢か。
………
霊夢に付いていくとそこには当然ながら大きめの箱が置いてあった。
えーと、参拝って何か正式な方法があったような…。
パチェが味噌がどうとか言っていた様な気がするけどよく覚えていない。
それにしても神社と味噌ってどう関係あるんだろ?
「こういう時の霊夢よね」
「ぇん?」
「…どうしたの?」
「いや、何でもないわ」
神社の事だし巫女である霊夢なら知ってるわよね。
「味噌ってどういうこと?」
「…え?」
―――――――――――――――――――――――――
心のどこかでいくら入れてくれるのか期待していたら、急に声をかけられて驚いて変な声を出してしまった。
ところで…さっきあなたはなんて言ったの?
…味噌って言ったわよね?お味噌?あの発酵食品がどうしたのよ?
個人的には赤の方が…いやそんなこと関係ないか。
そもそもそっちじゃないのかな。
みそ…カニミソ? カニか…。なんだか蟹を食べたくなってきた。
だれか持ってきてくれないかしら?
…っと、蟹に流されてしまったじゃない。
なんだっけ。えーと、みそ…みそか…
大晦日? 昨日のことじゃない。 なにかやり残したことがあるのかしら。
でも、違うわよね…。 他に何か言葉は…
んー… ミソってこと?ここがミソなのよみたいな意味の方?
あぁ、そういうことなのね。分かったわ。
「神社のミソはお賽銭なのよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なにを言い出すんだろうかこの巫女は。
…いつもの事か。
「そんなこと聞いていないわよ。この貧乏巫女」
「え?違うの? てっきりそうなのかと思ったわ」
「違うわよ。ミソじゃなくて味噌よ。お味噌。食べる方」
「そっちのことだったのね。私は赤の方が好きよ」
「あ、私も」
「そうよねー」
「じゃなくて、なんか前にパチェが言っていたのよ」
「どんなときに?」
「えーと、参拝するときには何か正式な方法があるだとか何とか」
「まぁ、そりゃなにかしらあるわね」
「その時に味噌を使うとか清めるとか何とか言っていたのよ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
…参拝するときに味噌?
え?どういうことか分かんないわよ。
そもそもそんなもの使った事ないし、そっちに使うぐらいなら味噌汁作るわよ?
当然じゃない。願うだけでは腹の足しにならないんだから。
しかもそれを清めるの?味噌を清めてどうするのかしら?
でも、あの魔法使いが言うことなのなら合っているはずだし…。
多分、聞き間違いか覚え間違いか何かなのよね。
なにか…味噌に近い言葉は……
「あ」
そうか。多分あれのことだ。
―――――――――――――――――――――――
「つまり、手水舎で手や口を洗って身を清めるということね」
「えぇ、そうよ」
「ふふ、ところで手水舎はどこ?」
「…こっちよ」
「あぁ、これって手水舎って言うのね。初めて知ったわ」
「えーと…まず手を漱いだ後……」
「霊夢」
なぜか突然名前を呼ばれた。説明の途中だったのに…。
なによと言おうと振り向いた瞬間――――
「んっ…」
完全に不意打ち。 疲れなど一瞬で吹き飛んだ。
いつの間にかレミリアが直ぐ傍に居て
私と口で繋がっていた。
腕を交差させ、互いを抱きあい求めあう。
「ん…んっ…」
「ぁ…ん…」
「ん…ぅんっ…」
どちらからかともなく唇を割り
「はっ…ん…」
「ん…ん…っ…」
舌が入り乱れ、様々なものが混じりあう。
日の出に照らされた博霊神社。
そこには二人の奏でる水音だけが静かに響いていた。
………
いつまでそうしていただろう。私から口を離すと、光の橋が創られた。
すぐに壊れたけど、それでいい。もう繋がっているから。
「っ…」
霊夢は少し残念そうな顔をしてたけど、直ぐに笑顔に変わった。
朝日に照らされて淡く光りながら私を見つめていて、それに私も笑顔で返す。
そしてそのまま最後に短いキスを交わして、蜜のように甘く優しい時間は終わりを迎えた。
………
「ふふ、あなたも清めてあげたのよ」
水やら何やらを拭いながら言うと
「…ありがとう」
その言葉は私の台詞よ霊夢。
でもそれは言わずに、ただ微笑む。 想いは言わなくても伝わるから。
少し驚いていた霊夢の顔は、既に笑顔に変わっている。
ほら、やっぱり。 …さて
「満足できたし、そろそろ眠ろうかしら」
いつもならとっくに眠っている時間なわけだし。
「…え?ちょっと待って」
「ん?何かしら」
まだ足りないのかしら。
「お願い事、しないの?」
なんだ、そっちの方か。覚えていたのね。確かに願いはあったけど、それは…
「もう、いいわ」
「そう…」
ガッカリしているのは何故かしら?私の願いがないと言ったから?
それとも違う方かしら。 …どちらでもいいわ。
だって、神様だか何だか知らないけど、それにお願いする必要がないのよ。
あなたに沢山叶えてもらったから。
……………
霊夢が普段寝ている部屋に、二人で立つ。
「なんで布団が一式しか無いのかしら」
寝ようとする寸前に気が付いたらしい。
確かに目の前の布団以外にそれらしいものは見えない。
「別にいいじゃない。一緒に寝ればいいだけよ?」
「…そうだけど」
そんな事気にするまでもないことだろうに。
「それじゃーおやすみー」
布団に入った瞬間、全身が凍りついた。
「…冷た」
「それを言おうとしたのに…」
冷たいけど、いい香りがする。
「ねぇ霊夢」
「なに?」
「分かるでしょ?」
「…うん」
やっぱり伝わるんだ。
ぎこちなく霊夢が入り、隣に寄り添う。 一つの布団の中で見つめ合う。
すると、自然にこんな言葉が零れ落ちた。
「さっきの続き、する?」
………
寝る時間が遅くなった所為で、起きるのも遅れた。
起きた時には既に外は暗い。 すでに元旦の夜、もうすぐ二日になろうというところだ。
部屋を出て空を見ると、陽は既に落ちていて
月と星が柔らかく大地を照らしているのが見えた。
縁側に座り、それらの輝きをしばらく眺めていると
「おはよう、起きたのね」
霊夢の声が聞こえた。
「おはよう」
飛びっきりの笑顔で、そう答えた。
「こんなところで何してるの?」
「決まってるじゃない。空を見てたのよ」
「確かに、星が綺麗ね」
そう言って隣に座る霊夢。
ここは自然のプラネタリウム。二人で始める天体観測。
―――――――――――――――――――――――――――――
「流れ星、見えるかしら」
「見えるかもしれないわね…りゅう座が」
「りゅう座?」
「そう。丁度この時期に見える流星群よ」
「そうなんだ…」
「それでね。それでね。あの星がね…」
レミリアはとても嬉しそうに、そして楽しそうに星の事を語っている。
好きなんだね。多分、以前はあの魔法使い達と見ていたんだろうね。
昼間は陽が出ているから外に行けないから。
夜は外に出て星に想いを寄せていたのだろう。
その姿を想像して、自然に笑顔になる。
「そしておうし座の…って霊夢聞いてるの?」
あ、全然聞いてなかった。
「も、もちろん聞いてたわよ」
「じゃあ、あの星の名前は何か分かるわよね」
指さす方向にあったのは、一際明るく輝く青い星。
…全然分からないわよ。 青いから…えーと…
あ、そういえば犬がどうとか言ってた気がする。
青い犬?ブルードッグ? ブルドッグ?
でもそのまんまな訳ないわよね。ってことは…。
「ブルースね」
「シリウスよ」
「近いじゃない」
「違うわよ」
「……」
「じゃあ、もう一回言うからねっ。ちゃんと聞いてなさいよね」
―――――――――――――――――――――――――
「うん。お願いね」
今度はしっかり聞いてくれるみたいね。
「この時期はね、空にダイヤモンドが浮かぶのよ」
「ダイヤ?」
「もちろん星座なんだけどね。さっきのシリウスの上の方に薄い黄色の星があるの、見える?」
「んー…?どれ?」
「ほら、あれよ」
指で指し示してあげる。 百聞は一見にしかずって言うし。
「…なんとなく分かったわ」
「あれがこいぬ座のプロキオンよ」
「こいぬ座があるってことはおおいぬ座もあるのね」
「えぇ、そうね」
「ねこ座は無いのかしら」
「昔はあったみたいだけど今は使われていないそうよ」
「そう、ちょっと残念ね」
そういえば霊夢は猫に似ている気がする。
「次はね、さっきよりさらに上の所の橙色よ」
「…あの少し黄色っぽい星かしら?」
「そう、それがふたご座のポルックス」
「その隣のは?」
「あぁ、あれも同じふたご座のカストルね」
「もしかしてふたご座って…」
「多分、予想通りよ。その二つの星が双子の頭なの」
「どこが身体なのかはよく分からないけど…次はどれかしら?」
「今度は…えーと、まずカストルから右に…」
「もしかしてあの黄色い星?」
指を差す方向を見ると、確かにそうだ。
霊夢の方が見つけるのが早かったのはちょっと悔しいわね。
でも別に、早さなんて競ってない。
こうやって二人で星を眺めているだけで、十分…。
「…?もしかして違ってた?」
「え?うぅん、当たっているわよ」
「よかったー。間違ってたのかと思ったわよ」
「ふふ、ごめんなさいね」
「あの星は何座の星なの?」
「あれは…ぎょしゃじゃのカペラね」
「ぎょしゃじゃ?」
「…言えなかっただけよ」
…だって言いにくいんだもん。御者座なんて。
「ところでぎょしゃって?」
「確か…馬車の馬を操る人のことだったはずよ」
「そうなんだー…」
「次のは、そこから下に行ったところのオレンジ色の星よ」
「あー…分かったわ。あれは分かりやすいわね」
「それがおうし座のアルデバラン。それとシリウスの間にある青い星がね」
「うんうん」
「オリオン座のリゲルよ」
シリウス、プロキオン、ポルックス。 カペラ、アルデバラン、リゲル。
これらを繋げて完成する、冬の夜に浮かぶダイヤモンド。
パチェが教えてくれた、最初の星座達。
「ホントだ―…。確かに繋げるとダイヤっぽく見えなくもないわね…」
「そうでしょ?」
「…そういえば、星ってそれぞれに意味があるのよね?」
「あるものにはあるわね」
「じゃあ、さっきの星…例えばアルデ…?にはどんな意味があるの?」
アルデバランの意味…か。
「パチェが言っていたんだけど…忘れちゃったわ」
「そうなの…じゃあ仕様がないわね」
「……」
本当は知っていた。 けど言わなかった。
おおいぬ座の一つ、アルデバランは「富と幸福の前兆」 そう言われていたことを。
富?幸福? それは、もう十分に貰ったから。
これ以上の幸福はいらない。
でも、そろそろ時間。 タイムリミット。
もしかしたらもう過ぎていたのかもしれない。
私は、とあることを決めて立ちあがった。
頭上に星が流れたのにも気が付かないまま。
………
「そろそろ天体観測も終わりにしましょう」
「そうね…ありがとう。色々と教えてくれて」
「どういたしまして」
「……」
「…帰るの?」
これからしようとしたことはばれてしまったみたいだ。
「さすがにこれ以上は居られないわ」
「そう、じゃあ…」
「待って! その続きは、言わないで」
「…分かったわ」
本当はもっとここに居たい。 霊夢の傍に居たい。
でも、帰らないといけない。 いつまでもここにはいられない。
「霊夢」
「ん?」
「また、来るから」
「うんっ」
あの続きの言葉は言わない。言われたくない。なぜか、そう感じた。
それを言われることのは、永遠の決別を宣告されることと同じ。
そのような気がした。
クルリと背を向けて、歩き出す。 もう一度振り返りたかった。
グッと手を握り、我慢する。 もう振り返らないと決めたから。
鳥居を潜ると、月と星に照らされて淡く光る石段が見えてくる。
最初の一段の前に立ち、下を見降ろしてみる。
階段を目で辿っていくと、その先は暗闇だった。
その暗闇の先に、私は行かないといけない。
一歩踏み出して、最初の石段を下りる。すると――――
その瞬間、私がずっと遠くに行ってしまったように感じられた。
霊夢との距離がもの凄く広がってしまった。 そんなことありえないのに。
ほんの数メートルのはずなのに。 振り返ればそこに居るはずなのに。
もう戻れない。
いつの間にか数段下りていて、今が何段目かなんて数えていない
私の身長は既に超しているだろう。
振り返っても霊夢が見えない所まで下りてしまった。
身体が震える。
身体を抑えても、その震えは止まらない。
急に、景色が揺れて見えてきた。
おかしいな…。そう思い手で拭う。
その手を見ると、月に照らされてキラキラと輝いていた。
なんで…?
会うは別れの始まりなのに。
それは十分分かっているのに。
帰らないといけないのに。
まだ私は一緒に居たい。
少し広めの踏みづらで、既に足は止まっている。
前にも後ろにもどちらにも進むことができない。
そんな私を、暖かく優しい風が包み込んだ。
その風に吹かれて一滴の雫が石段に落ちた。
「私はいつでも、ここにいるから」
私を抱きしめながら、霊夢が言う。
…この気持ちは何? 言葉が出てこない。
「……」
「いい?生きてるうちはね」
「……」
「永久の別れなんて存在しないのよ」
「……」
「だから、ほら、泣かないの。可愛い顔が台無しじゃない」
そう言って霊夢が頭を撫でてくれた。
「……」
「あ、そうだ。もう一ついい事を教えてあげるわ」
言葉なんて出すことができないほど、私の心は満ちていた。
………
「それじゃあ、またね」
「…うん」
そんな言葉を交わした後、一人で歩きだした。
神社から館へ続く、星と月明かりに照らされた紅白の道を。
別れるのは嫌だった。悲しかった。
でも、もうそんな事は思っていない。
だって、二人とも今を生きているから。
生きているうちは、永久の別れなんて無いから。
ただひと時の別れを怖がる必要なんてないのよね。
………
そんなことを考えていたら、いつの間にか紅魔館に着いていた。
大きなドアを開けると
「おかえりなさいませ。お嬢様」
咲夜が出迎えをしてくれた。
「…ただいま」
「それと、新年早々お疲れさまでした」
知っていたのね…。さすがとしか言いようがないわ。
「巫女の仕事はどうでしたか?」
「…え」
よく考えたら巫女らしいことは何一つしていなかったような…。
「…?何をしていらしたのです?」
「えーと…」
なにをしていたかなんて、そんなこと聞かれても。
あの時のことは思い出すだけで…
「お嬢様?あの、顔が赤いですけど大丈夫ですか?」
「…え?えぇ、大丈夫よ」
「お疲れなら、お休みになられた方が…」
確かに疲れはあるけど、それ以上のことがあったから、そんなもの何でもない。
咲夜と話をしつつ、昨日今日の事を思い出していた。
本当に…色々な事があったわね。
あの時思いついて、それを実行して、よかった。
知らなかったことを知ることができたから。
あんなにも暖かい場所を知ることができたから。
ありがとう霊夢。 あなたのおかげよ。
『一年の計は元旦に在り』
この言葉が本当なら、この一年は――――――――――――
「あ、そうだ咲夜ー」
「なんでしょうか?」
「虎、捕まえてきてくれないかしら」
終わり
視点が変わるのが読みにくかった。だれの視点かはっきりしないところも多い。
んで、シリアスの中に二次ネタを混ぜるのにはできるだけ注意を払ったほうがいい、とこれは経験上の話。
あと、これが一番気になったんだが、話のテーマがいまいちはっきりしなかった。
霊夢とレミリアをいちゃいちゃさせるというのは分かった。
それにプラスアルファで、初詣、レミリアの苦悩、それぞれの絵馬、星座、感じただけでもこのくらいあって全部どこか薄かった。ひとつに絞っていいと思う。きっとこれ全部をしっかり書ききるとなると、文章量は確実に今の2~3倍はほしい。
会話も地の文もつながりが細い。あれ、今なにを読んでいたっけ、となることがしばしばあった。一度どちらかだけでひとつの話を書いてみることをおススメする。
書いた量は決して無駄にはならないと思う。
話にはなっているわけだし、努力の方向性は間違っていない。
というわけで、次の作品に期待します。とにかく書き続けることが大事。
それだけで幸せ
酷評でも全然問題ないですよ。 これを読んで、そう思ったことなのですから。
そういう意見はとても勉強になります! まだまだ僕が未熟だとよく分かりますね…。
悪点を指摘して頂き、申し訳ないです。 そしてありがとうございます!!
コメントを励みに、頑張って書いていこうと思います。
>13様
コメントありがとうございます!!
レミ霊を書いてみようと思ったんですけどね…。 見事に失敗しました。
もっと上手く書いてみたいです。
「幸せ」 そう言って頂けるだけで、僕も幸せです。
皆様のコメントを受け止めて、次へ進んでいこうと思います。
清々しい気分になれました。
凄く良かったです。素敵なお話有難うございました!