※毘沙門天が登場します。
実際に出てきて、セリフがあると言う訳ではありませんが、毘沙門天と言う人物がこの物語には登場します。
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「え~、こちらナズーリン。毘沙門天様、応答願います。
はい。定時報告でございます。
え、ご主……いえ、寅丸星の事ですか? はい、ええ、その事で。
あ、いえいえ、よくやってますよ。はい、たいへん健勝に。大事もなく。
……ええと、それでですね、って、ちょっと? 毘沙門天様!?
星が元気ならそれでいい? いや、良くは無……ちょっと? 毘沙門天様!?
……いえね、その寅丸星がですね……はい? なんですって?
……星のスリーサイズ? 知るかっ! 話を聞いてくだ……て、ちょっと!?」
切られた。何やら満足して一方的に。しかも、ものすごい無茶な頼みごとを押し付けて。
件の寅丸星がまた宝塔をなくす大ポカをやらかしたから、報告しようと思っていたのに、星が元気なら後の事は何でもいいのかあのダメ神は。
「……報告してもお咎めは無いんだろうね。甘いんだからまったく……」
相変わらず星は可愛いなぁ、ははは。とか笑って、探してやりなさいとか言われるに決まっている。言われなくともすでに今日一日全部費やして、見つけてきたというのだ。
毘沙門天。ナズーリンにとっては本当の主である。と同時に、ナズーリンにとって同居人兼建前の上での主に当たる寅丸星にとっての、師に当たる偉大な神だ。
そんな毘沙門天が、弟子のスリーサイズ訊いてどうすると言うのだ。いや、確かに星はボン・キュ・ボンのナイスバディだが、他に訊く事もあるだろうに。
「……やれやれ……」
毎度溜息のつきないナズーリンである。
元来ナズーリンはエージェントであった。
白蓮の紹介で、毘沙門天の弟子となった寅丸星。その星が毘沙門天の顔に泥を塗るポカをやらかす事のないよう監視し、陰ながらサポートするのが、ナズーリンの役目だったのだ。
昨夜の定時報告に関しても、星の動向を毘沙門天に伝える事が主な目的で始めた事であった。そして、事実当初はしっかりした内容の報告をして、今後の方針を話し合うなど真面目な仕事だったのだ。
それが、ただの世間話になったのはいつからだったか……
夜が明けて今日、作戦の決行日である。
「何の作戦かって? ご主人のスリーサイズに決まっているじゃないか……」
変な頼みごとをする神が神なら、律儀に遂行する部下も部下である。
しかし、3サイズか……本当にどうやって測ろうか。
通信からこっち、夜通し考えては見たのだが、皆目見当もつかない。
「いっそ頼んでみようかな」
毘沙門天様のお願いなので、スリーサイズを教えて下さい。
……頼めるわけがない。仮にも毘沙門天の威光を陰ながら守るエージェントである。そのエージェントが主の顔に泥を塗ってどうすると言うのだ。
「スリーサイズ……スリーサイズか……う~む」
「度し難いねぇ」
「―――っ!!?」
「いやいや、そんな警戒しなくてもいいじゃん」
「……船長か。脅かさないでおくれよ」
声の主は村紗水蜜。これまたナズーリンの同居人である。
光り輝く聖輦船の船長と言う肩書で、大恩のある白蓮を慕いつき従う妖怪たちの1人でもある。寅丸星とは、ナズーリンより古くからの付き合いであったはずだ。
あるいは、スリーサイズも知っているかもしれない。
「……やめとこう」
「なにを?」
「何でもないさ」
そう、何でもない。こいつに訊くのはやめといた方がいいと思っただけだ。
なにせ、
「それより見てくれ同士ナズーリン、こいつをどう思う?」
「……すごく、エロ本です。いい加減にしないと、聖に愛想尽かされても知らないよ?」
こんなやつだからだ。
そのあたりに潔癖な白蓮の目を盗み、エッチな本を買い集めるのがこの水蜜の密かな趣味である。それも男性用の(=女の子が裸になっている)エロ本ばかりを集めるのだ。
同性の痴態を見て、何が楽しいと言うのだろう。
「何をおっしゃいます同士ナズーリン? あんただってこちら側なんでしょう?」
「地の文読むな一緒にするな顔が近いんだよ変態」
「何さつれないわね。誤魔化そうったって無駄よ? スリーサイズって、星の事言ってるんでしょう?」
「うぐっ」
何でこんなしょうもない事に鋭いんだこいつ。
「図星でしょ? 図星よね? 星は巨乳だもの。そのくせ腰とかすっごいくびれてるし、私だって思わず(じゅるり」
「とりあえず涎を拭け変態。だから私は興味無いと言ってるだろうに」
「星の胸に興味が無い……だと……?」
「そんなにショックか? 私がショックだこの変態!」
「そ、そうか!? 巨乳だから興味が無いのね!? そうならそうと言ってちょうだいよもう」
「いや、その発想はおかしいぞ変態」
「なるほど、なら同士は聖あたりがいいのかしら? 大き過ぎもせず、けして小さくなく、体鍛えてるから、垂れもしない」
「美乳だね」
「……ニヤリ」
「ばっ、違うっ! 私は女に欲情する趣味はっ!」
「そんな通な同士ナズーリンに朗報! 今日の特集は美乳代表の八雲紫よ!」
「だから違―――これはっ!?」
烏天狗第三出版編『GENSOU★PINK』
水蜜の愛読雑誌である。
この雑誌のとんでもない特徴は、倫理観や常識はどこへやったと突っ込まざるを得ない、犯罪としか言えないとあるコーナーにあった。
その名も「今日のこっそり激写コーナー」要するに盗撮コーナーである。
「……だから何さ?」
「のり突っ込み!? 食いついたと思ったらのり突っ込みだったの!? 酷い! 私を弄んだわね同士っ!」
「知るか! そして同士言うな! だからこの雑誌は止めろとあれほどっ! 聖にいざ南無三されても知らんぞ!」
「吠えるのは内容を見てからにしなさいよ! 見れこの綺麗なラインを!」
事実、掲載されている八雲紫はものすごく綺麗だった。全体的にほっそりした体型、すらりと長い脚、大き過ぎず小さくもなく、形の良い胸、少女特有のあどけなさは残るが、背負うもの特有の強さも秘めた端正な顔立ち。
鼻歌でも歌っているのだろうか。警戒心のない緩み切った表情と仕草が、彼女の魅力をより一層引き立てているような気がする。
きっと美少女ってこういう人を言うんだ。なんとなく、そんな事を考える。
「ムフフ……見入ってますな? 見入ってますな? そうよねぇ、八雲紫は綺麗で、可愛いものね。外人さんなのかしら、他の子たちには無い綺麗さを秘めているわ。ただ、私から言わせればこう……もうちょっと肉付きがあった方が……もう少しね、太ましいとまでは言わないから、むっちりと……ね? 判るでしょう?」
南無三。変な誤解を招いてしまった。そしてちっとも判らん。判りたくもない。
「違うさ。見入ってなどいないよ。ただ、何とも地味な下着だなと……」
シンプルとか可愛いとか言えば聞こえはいい。
彼女はものすごく色っぽい下着を使っていそうに見られるが、その実態はベージュ一色だったり毛糸だったりする人の典型なのかもしれない。
ちなみに、表題は「派手好き賢者の着替えシーン激写 ! なんと下着は地味だった!」であった。何とも失礼な話だ。
「フヒヒ、言い訳してくれちゃって。ならこれはどう!?」
「―――っ!?」
表題は「幻想郷の賢者、寂しい夜のひとりエッチ」だった。胡散臭いだなんだ言われるスキマ妖怪だが、近頃は永遠亭に入院していたと言う噂も聞く。悩みの一つや二つ、あったりするのだろうか。
「って、違うだろう!? だから私にその気はないと!」
「なかなか堕ちないわね同士。欲望に身を任せ同化してしまった方が、後が楽よ?」
「あらあら、それを言うなら『激流に身を任せ同化』ですね」
「細かい事は良いんですよ。とにかく、こう言う欲は抑えつけると心に良くないんです。
もっと明け透けとさらけ出してしまった方が、それが無理ならせめて春雑誌くらい楽しめるようになった方がいいに決まっているのですよ。」
「あら、そう言うもの? でも水蜜、貴女は不邪淫戒と言うものをご存じですか?」
「ふふん、だから今時そんなの実践するなんて時代遅れなんですよ。おバカの所業です。
それに、交わってるわけじゃないですもん。見て欲情してるだけですもん。何の問題もないでしょう?」
「問題だらけなのが判りません?」
「はっはっは、相変わらず古臭い考えですな同……士……あれ?」
やっと気づきやがった。いつの間にか話す相手が変わっていた事に。無意識に自分が敬語を使っていた事に。
「そう……水蜜、貴女以前私に悔い改めると約束して下さいましたけれど、あれはその場凌ぎの嘘だったのですね?」
「ひ……聖ぃぃぃぃぃ!!!?」
自分が核地雷を3個くらい踏み抜いてしまった事に。
「ナズさん?」
「は、はいっ!?」
なぜこちらに振るのだろう? と考えて思いなおすナズーリン。今やってきた白蓮にとってみれば、ナズーリンも共犯者に見えるに違いない。
「これ」
「……何でしょう?」
バサッと、何やら紙束を渡される。雑誌の束?
「そ、それは!? 私のMy best selection!?」
なるほど。水蜜秘蔵のエロ本集だったらしい。現行犯逮捕ではなく、指名手配だったと言う訳か。
「……えっと、これをどうしろと?」
「燃やしなさい」
白蓮は冷たく。あくまでも冷たく、あっさりとした口調でそれだけを告げた。
「そ、そんな!? そんなご無体なっ!?」
慈悲を訴える水蜜である。しかし、
「ナズさん、お願いできますね?」
「りょ、了解です! すぐ燃やしてまいります!」
聖さん、どうやら聞く耳ナッシングのご様子。
良かった。助かった。これを焼かせると言う事は、聖は少なくともナズーリンを共犯と考えていないと言う事に他ならない。共犯なら、ばっくれて懐に入れてしまう可能性があるのだから。
「それと星、ナズさんがしっかり燃やすよう、見ていてくださいね。ナズさんに関しては、後の処遇は貴女に一任いたします。その人は貴女の部下ですから。」
「畏まりました」
いつの間にいたんだご主人。
初めからいましたよ?
あ、眉間にしわが寄っている。これはまずい。
どうやら助からないらしい。
「……ご主人? 無駄だと思うが、一応言っておくよ」
「戯言は作業が終わってからにしなさい」
「いや、火はつけたさ。後は燃え尽きるのを待つだけだし、お話でも―――」
「作業に集中しなさい。風でも吹いたらどうするのです?」
「いや、だから……すまない。後にするよ」
星ったら、先ほどからずっとこんな様子である。
命蓮寺に住む妖怪たちの中でも、一番白蓮に心酔しているのは、あるいはこの星かもしれない。いや、ドングリの背比べなのだが、それでも一番は星だろうというのがナズーリンの見立てだ。
生活様式から、物の考え方から、食べ物の好みまで全部白蓮の右に倣えなのがこの星である。尊敬する人の癖は伝染するとよく言うが、ここまで来たら行き過ぎの域だった。
もちろん貞操観だって白蓮譲りだ。不邪淫戒を貫き通すその精神。浮気に基づいた性交や、合意の無い性交などもっての外なのは言うまでもないが、彼女の場合はその手の話題その物を嫌うのである。
星の前で何か一つでもエロ単語を口走ってみたらわかる。比喩じゃなく首が飛ぶから。
「……そろそろいいんじゃないだろうか?」
真黒い塊になった元紙束を木の枝で突つく。ここまで燃えたらもう火を消しても読めない。十分だと言えよう。
「いえ、火が自然に消えるまで続行してください」
「燃え尽きるまでやれと?」
何たる徹底ぶり。そこまで憎かったかこの雑誌が。
「仏門に帰依しながら何と言う。毘沙門天様もお嘆きになります」
「そ……そうだろうか?」
その毘沙門天が君のスリーサイズにご執心なんだよご主人。
「貴女もですよナズーリン。仮にも毘沙門天様に使える身。このような汚らわしいものに心を乱されてはなりません」
「乱されてない。ちっとも乱されてない。村紗船長が一方的にはしゃいでいただけだってば」
「そうですか? その割には随分熱心に見ていたではないですか?」
いや、確かに八雲紫は綺麗だったが、別に欲情とかしてるわけじゃないし。ないし。
「誤解なんだ……本当に誤解なんだよご主人。私は被害者なんだ。信じておくれよ」
欲情とかしてないし。被害者だし。嘘ついてないし。無いはず。無いもん。
「今まで私が、ご主人に嘘をついた事があったかい?」
「毘沙門天様との内通の件」
即答いただきました。
「うぐっ……それを隠していたのは仕事だからとあれほど―――」
「飛蔵の欠片。収集が難航していると見せかけて、本当は探してすらいなかった」
言い訳聞いてからカウンター余裕でした。こいつ神の1Fの使い手か?
「それはご主人が宝塔をなくしたから、それの捜索に集中していたからであってね?」
「ええ、判っています。貴女には感謝しているのですよ? 貴女は優しい嘘つきですからね」
嘘も方便とは言うが、物事を上手く運ぶために人はよく白い嘘をつく。ナズーリンも例外ではなく。
「でも嘘は嘘です」
「言うに事欠いてこの野郎。嘘つかせてるのは主にご主人じゃないか」
「ですから感謝しているのですよナズーリン。思いやるからこそ、道を踏み外すことが許せない」
「もう疑いの余地なく、私はギルティ―なんだね?」
「はい」
即答いただきましたpart2
良いよ。付き合ってやろうじゃないか。
「ベタに説教1時間とかかい?」
「ええ、ベタに説教3時間です」
暇だなご主人。勘弁してくれ。
で、3時間。きっちり3時間。
「そろそろ良い時間ですね」
ストップウォッチでも使っていたのだろうか、一秒の狂いもなく3時間で説教が締めくくられたのである。
これは一種の才能だ。
「ははは……疲れたねご主人」
「ええ、のどが乾いてしまいました。お茶でも入れてまいりましょうか」
「いや、私がやろう。ご主人では急須が粉砕☆玉砕☆大喝采しかねん」
「あははははは、否定できないのが余計腹立つ」
「ドジっ子はそこで待っていればいいよ」
席を立つ。体中がゴキグキなったが気にしないでおくことにする。台所に続く道中、いざ南無三聞こえてきた気もするが、それも聞かなかった事にしておこう。
「待たせたね」
「いえいえ、どうも」
3時間。確かに長かったが、相手がご主人でよかった。聖じゃなくてホントに良かった。
「なんですか?」
「フフ、ご主人は可愛いな。私の宝物だ」
「なんですかそれは?」
オマージュです。
「……ナズーリン?」
「……なんだい?」
「私を愛でてくださるのは大変うれしいのですが、いけませんよ?」
「何がさ?」
「ナズーリン、恋をしましょうか?」
「……なんでさ?」
「そうです。恋をしましょう。一生を添い遂げる誓いを立てた殿方となら、別に不邪淫戒にはならないのですよ?」
まだ言うか。
「だから私は無実だとあれほど―――」
「ナズーリンは、誰か気になる殿方はいらっしゃらないのですか?」
「……はぁ……好きな殿方ねぇ……」
何でもいいが、殿方限定なのだな。まぁ、普通はそうか。
「別に」
「それは無いでしょう? 貴女も年頃の女の子なのだから恋の一つや二つくらい」
お前よりよほど年上だよとは突っ込まない。見てくれで判断されているのは判っているが。
判っているから、少し腹が立って来た。
「……じゃあご主人」
「……はい?」
だから少しからかってやることにする。
「愛してるよご主人……」
「え……や、ちょっと?」
「ご主人は可愛いから。食べてしまいたいくらいにね」
「ちょ、ナズーリン?」
「フフ……フフフ……」
少しモーションかけて迫ってみる。案の定、あわてだす星。顔を真っ赤にして、後ずさって、
「捕まえた……もう逃げられないよ?」
壁に追いやられてしまう。まるで肉食獣に追いつめられた哀れな草食獣の様に。
「や……だめっ」
「なぜ? 恋をしろと言ったのは、ご主人の方だ」
「で、ですが、それとこれとはっ」
「一生添い遂げる心積もりなら、不邪淫戒にならないんだろう?」
「だ、ダメですっ! そう、私の同意が無いからっ! 妻や夫と相手でなければ不邪淫戒なのですっ!」
「……フフ、そう来たか」
一本取られた。
「そうです! 愛し合わなければならないのです! ナズーリンは私のよき部下であり、大切な家族でありますが、同性ですから恋などと!」
「異性で、両想いならいいんだね?」
「そうです……?」
やられっぱなしは性に合わないな。
「じゃぁ……毘沙門天様なら理想的かな? ハンサムだし、優しいし、出来る男だし。」
「―――なっ!?」
「いい男だと思わないかい? 私はあれ以上の男を他に知らないね。神をやるだけはあるよ」
「な、ナズ、何を言っているのです!? 相手は仮にも―――毘沙門天様にそんなっ!?」
「私はこれでも、随分長くあのお方に使えているからね。部下と上司との間に芽生える恋。陳腐だが、良くある話だと思わないかい?」
「そんなっ! だ、だめですっ!」
「どうして? 良いじゃないか。さっそく次の定時報告で―――」
「―――だめぇっ!」
うるんだ目で、必死な形相で、しがみつくように、
「だめ……そんな……だめ……」
それだけは止めてと訴える。それはまるで―――
「……冗談だよ」
「……へ?」
「言ったろう? 私は別に、色恋に興味はないと。重荷だねあんなもの。気ままな独り身がいいよ私は。」
ここいらで止めておこう。そろそろ可哀そうになってきた。
「そ……そうですか……そう……お、重荷だなんて……いけませんよナズーリン。夫婦生活と言うものは素晴らしいものなのだそうです。」
夫婦生活か……ナズーリンから言わせればよく判らない物だが、星は憧れたりするものなのだろうか。
「夫婦ねぇ……考えておくよ」
気が向いたらね。
さてさて、夜も更けていい頃合いである。星は今頃夢の中であるに違いない。
スリーサイズを計測する方法をずっと考えていたのだが、ここは星が寝ている間に、こっそりやってしまうのが一番手っ取り早いはずである。星は熟睡型で、一度寝始めたら自分からでなければ起きないのだ。
「……止めておくか……」
流石にあのような説教された手前、おっぱいの大きさなど図りに行けまい。ナズーリンもそこまで恥知らずではないのだ。
今日はおとなしく寝る事にしよう。毘沙門天への報告もすでに済ませてしまっていた。
因みに洗面台に歯を磨きに行く道中、いざ南無三ラウンド37と聞こえてきた気がするが、聞こえなかった事にする。
「今夜は冷えるな……」
布団の中の、主に足元が寒い。冬の風物詩が何かと問われれば、今のナズーリンなら即答で極寒in my bedding と答える。
足元が寒いと眠れないのだ。かといって、足を引きよせて丸まってみても眠れない。彼女は足は伸ばして寝たい人なのだ。湯たんぽか何かが欲しい。
ぼふん もぞもぞ
そうそう、このくらいの温度が丁度いい。熱過ぎもせず、冷えもしない、素晴らしきかな人の体温。
むぎゅ ぎゅ~~~
抱き締められたりしたら暖かくてもっと良い。しかも究極的に柔らかいこの感触ときたら、天然の抱き枕だ云々言う幸運なヤロウどもの言い分もわかると言うものだ。
むぎゅぎゅ む~っ……む~っ
体の大きさ的な問題だろうか、ちょうど顔をその大きな胸に埋める形となってしまって、息もできない。パフパフってやつですか? 幸せの谷間ってやつですかぁ?
「ぷはっ! って、何やってんのさご主人!?」
人の布団に潜り込んで来て、しかも人を抱き枕にしやがっていい度胸である。
先の3時間耐久説教レースはなんだったんだ? 人に不邪淫戒云々説いておいて、自分は襲いかかってくるのか寅丸星? お前それで良いのか?
「……すぅ……」
「……ご主人? お~い」
訂正。別に襲いかかってくる気はなかったらしい。
「ご主人? お~い……寝るな~……おい……」
星ちゃん目下熟睡中。起きる気配なし。
「ご主人? こら、どういう料簡だ? おい! こら!」
ゆすってみたり、叩いたりつねったり、配下のネズミを這いまわらせたり、あの手この手を使って起こそうと試みてみる。
とりあえず目を覚ましてくれない事には話が始まらない。抜け出そうにも、いっそ面白い位上手い具合に抱すくめられていて抜けられないのだ。
「ちょ、ご主人!? こら~! このこの! 起きろってばっ!」
しかし一向に目を覚ましてくれない星ちゃんである。
どうしよう? どうすればいい?
不味い。この状況は酷く不味い。何が不味いかは分からないが、とにかくものすごく不味い。
「ご主人! こら! 起きろ馬鹿! いい加減に―――」
むにゅ
「……ぁん」
「――――――っ!?」
なるほどものすごく不味い。例えばこんな事があっても仕方が無いから不味い。
「す、すまないっ! そんなつもりはなかったんだ!」
「……すぅ……」
起きねぇのかよ
そう、星は熟睡型。一度寝始めると、自分からでなければ起きないのである。
「……」
「……すぅ……」
「……む~ん……」
「……ん」
「―――っ!」
「……んん……すぅ……」
やっぱり不味い。落ち着いて眠れやしない。
どうしてこうなった? 何がいけなかったのだろう?
おかしい。さっきから心臓が落ち着かない。所謂オーバーロード状態。人一人分暖かくなった布団とは別の理由で、顔が暑くて仕方がない。
ご主人のせいだ。ご主人が変な声出すからいけないんだ。抱きしめてくるからいけないんだ。
こんなに柔らかいのもいけないんだ。温かいのも、良い匂いがするのも、寝顔が可愛らしいのもいけないんだ。
全部ご主人のせいだよ。何でこんな嫌がらせするのさ。
あれか? エロ本がそんなに気に食わなかったか? それとも八雲紫に見とれてたのが気に食わなかったか?
スリーサイズを測定しようとした罰か? でもそれは毘沙門天様が―――
いかん。いかんいかん。
違う。自分はこうじゃない。これは村紗船長のキャラのはずだ。
自分はこんな、ご主人にこんな邪な事を考えるはずがない。そう、はずがない。
自分は同性にそんな目を向ける趣味を持たない。否、そもそも恋愛に興味もない。
それに、もし仮に自分がご主人にそんな目を向けてるとして、どうするって言うんだ。
だって、ご主人はもう―――
「そうか! あれだなご主人! トイレ行ってたんだろう!? それで寝惚けて、帰ってくる部屋を間違えたわけだ!
な~るほど、流石ご主人はうっかりさんだ! そうかそうか、あはははは!」
大声で飛ばす。思考を切り替える。おかしな自分を再起動。
そう、これは村紗のせいだ。ヤツが変なエロ本見せて、こちら側だとか訳わからん事抜かしやがったからいけないんだ。
「そうだ船長のせいだこの野郎! 村紗この野郎! 村紗この馬鹿野郎! 村紗このレズ野郎!」
「煩いな時間考えなさいよ……私が何?」
「―――っ!?」
そしてこんな時に限って、何事もうまくいかないのである。いや、夜中に大声出したナズーリンにも非があるのは確かであるが。
件の村紗水蜜船長が、襖を開けてのぞいてきたのだ。やっと説教から解放された、ぐったりとした様相で、
「……」
「……」
恐らく、一番見られてはならなかった状況を、しっかり見られた。
「……ごめん……邪魔した……お幸せにっ!!」
「違う! 船長待て! 話を聞いてくれ!」
追いかけようにも、星が邪魔でかなわなかった。
結局その後はどうしようもなく、星の胸の中で、村紗への一抹の不安と悶々とした何かを胸に秘めたまま、一夜を明かすこととなったのだった。
「え~、こちらナズーリン。毘沙門天様、応答願います。
はい、定時報告でございます。
寅丸星ですか? ええ元気ですよ、ムカつくくらいにね。
……いえ、べつに、命蓮寺は今日も至って平和でありました。」
まぁ、平和のうちだろう。
朝、星が悲鳴を上げて鼓膜が破れるかと思ったことや、水蜜の鋭すぎる視線が終始背中に刺さって痛いほどだったことや、そんな水蜜が星に対してはいつになく熱っぽく、切なげな視線を向けるようになってたりして、星が居心地悪そうだったことも、些細なことである。
寝不足で憂鬱だったことも、いちいち報告するまでもあるまい。
「それよりも毘沙門天様、少々報告したい事がありましてですね。
ええ、先日の。……はい、星のスリーサイズについて。」
そんなことより、報告するべきは別にある。
結局あれから眠れなかったナズーリンだが、ただ悶々とするだけではなかった。毘沙門天からの指令を忘れてはいなかったのだ。
配下のネズミにメジャーを持って来させ、密着する星の体にどうにかこうにかメジャーを通し、自分で読めないところはネズミに読ませて、ついに星のスリーサイズの詳細を手に入れたのである。
報告を聞いた毘沙門天も言葉が出ないようだ。うん、測ったナズーリン自身もびっくりしている。
一言でいえば「パネェ」だ。
「いえいえ、勿体ないお言葉です。
はい。仕事でありますから。……いえ、そんなに大変でも無かったですよ。はい」
嘘だ。実際、測定作業は至難の技であった。
しかし、そこをあえて楽だったと言う。いらぬ苦労を明かして、無用な心配はかけるべきじゃない。
ついでに測定中、どうしても星の体を撫でまわしたり、揉んだりするかたちになってしまったのだが、その所為か、どうやら星がいかがわしい夢を見たらしい事も伏せておく。
余計な情報は握りつぶすべきだ。それが毘沙門天のいらぬ心労につながりかねないから。
寝言で「びしゃ様」とか言ってた気がするから、それはあえて無かった事に……
このあたりの気配りが、部下という立場には大切なのである。
なんだ、自分も存外有能じゃあないか。
そんなこと考えて、少しご機嫌になるナズーリン。故に、
「ええ、はい。……なんですって?」
毘沙門天の次の言葉に、耳を疑ったのだ。
「星とお食事がしたい? 知るかっ! ご自分で誘えばいいでしょう!?」
ああ、上司があまりにもフリーダムすぎて、ストレスが大変なことに。
毎度溜息の絶えないナズーリンである。
少年誌的な意味でw
まったくだ。スリーサイズなど聞いてどうすると言うのだ。ボン・キュ・ボンと解ってるなら十分じゃないか。お風呂でどこから洗うのかとか他に聞くことがあるだろうに。そのほうが妄想のしがいがあるだろうに。
まあ、私はナズーリンのキュッ・キュッ・キュッが好きですが。ああ、ネズミの鳴き声のことですよ?
船長のライフはとっくに0よ!
そんなストイックな仕事人ナズさんに満点を捧ぐっ!
あと寅さんのスタイルも好みです。
半オリキャラはこの程度でいいのです
船長は・・・この役がまわってくるだけ一輪さんよかマシか
この毘沙門天さんとはお友達になれそうだけど、タイトル的に考えて敵になりそうだ
あと、生き別れの妹さんは独り身を貫くべきだと思うんだ
毘沙門天しばくでホンマ