「なぁ、霊夢ー」
「なぁに? 萃香」
「おこたはいいなぁ」
「ホントねぇ」
二人してのんびり蜜柑を食べながらコタツに入っている。
萃香は私の膝の上。
コロコロしててほんとにかわいいわねぇ。萃香におこたに蜜柑、もう幸せ以外のなにものでもないわ。
「冬はおこたに限るなぁ、霊夢も一緒だし、お酒も美味しい、おまけに雪は綺麗、なんだこの幸せは!!」
萃香も同じことを思ってたみたいね。
「霊夢の膝の上はあったかいし、やわいし気持ちがいいなぁ」
萃香が、私の胸に頭を預けて蜜柑を剥き始める。
とくにすることもない暇な一日。
ほんとにすることないわねぇ……
まぁ、楽しそうに蜜柑を剥いている萃香を見ているだけでもいいかしら。こういう時間も悪くはないわよね。なんだかこっちまで楽しくなってくるんだもの。
「霊夢! はい!!」
萃香がみかんを掲げてくる。食べろってことかしらね。
「あーん……」
綺麗にむいてくれた蜜柑を噛むと、口の中に酸味が広がる。
今日の蜜柑はちょっとすっぱいわね。
「霊夢! 霊夢!」
「なぁに?」
「あーん!」
私を見上げて大きく口を開けて待っている。
「はいはい、あーん」
一粒蜜柑を取って萃香の口の中に入れてあげる。
ぱくっとしてモグモグしてるのがかわいい。
「酸っぱいなぁ、この蜜柑は。甘くなれ!」
「そんなこと言っても甘くならないわよ」
「融通の聞かない蜜柑だなぁ」
「融通の聞く蜜柑ってのも見たことないけどね」
「あれ? もう蜜柑がない」
「そうみたいね、また箱から取ってくる?」
「でもそうなると移動しなくちゃいけないよな」
「そりゃー台所にあるんだしね」
「じゃあ、いいやー」
「もういらないの?」
「………食べたい…」
「なら取ってくるから、待っててね」
………萃香が膝の上から下りてくれない。
「萃香?」
「うー……霊夢が行っちゃうのはヤダなぁ……膝の上から降りたくない……」
「すぐ戻ってくるわよ」
「少しでも座っていたい……」
「あなたそんなに甘えんぼだった?」
「たまには! たまには甘えさせろ!!」
いっつも甘えてきてる気がするんだけど……私の気のせいかしら?
「仕方ないわねぇ……」
私も諦めて立つのをやめる。
「そうだ! ちっこい私を使えばいいんだ」
「そういえばそんなことできたわね」
萃香が自分の髪の毛を一本抜いて、ふーっと吹く。するとぽんっと小さな萃香が現れる。
「蜜柑を取ってきてくれ! 頼んだぞ!」
ちっこい萃香はびしっと敬礼をするとすいすい宙を飛んで台所に入って行った。
あの萃香もかわいいわねぇ、一人もらっちゃおうかしら。
「最初からこうすればよかったんだ!」
なんだか楽しそうに体を摺り寄せてくる萃香。
「それにしてもそんなに降りたくなかったの?」
「だって、すっごく幸せなんだぞ! この幸せはすごい! 膝は最強だ!」
最強? まぁいいわ。とにかく幸せそうなことだけは伝わったし。
そんなに幸せなら私もやってほしいけど……
サイズがなぁ……
私もこうやって乗せてるのは幸せだからいっか。ぎゅって抱きしめることもできるしね。
「幸せだなぁ」
「ホントねぇ」
「なぁんてまったりやってたのが一週間前よ!」
ダンッと思いっきりコタツから身を乗り出して魔理沙に迫る。ホントちょうどいいところに来たわね、魔理沙は。
「ま、まぁ落ち着け、な? 霊夢」
「なんで地底に遊びに行って全然帰ってこないのよ!! 魔理沙! 説明しなさい!!」
「そんなこと言われても私にできるわけないだろ?」
「じゃあ見てきなさい!! いますぐに!! まだなんとか幻想郷で三番目くらいには速いんでしょう!?」
「ちょ! 『まだなんとか』ってのは聞き捨てならないな!! だいたい人に頼む態度じゃないぞ、それ! っていうか自分で行けばいいだろ!?」
「………」
「ん? どうした? 突然黙りこくってもじもじして」
「……寂しくて来ちゃった、なんて……その……恥ずかしいじゃない……」
「だぁあああっ! めんどくせぇ!! それなら待ってればいいだろ!? どうせもうすぐ帰ってくるって!」
「だって、一週間もいないなんて思ってもみなかったんだもの……」
「久々に帰ったんだろ? なら楽しくてついつい居ついちまってるんだよ」
そうなのかなぁ……なら仕方ない…とは思うけど、やっぱり待つ方は辛いわ。
早く帰ってこないかなぁ、萃香。こんなことならあの時、ちっさな萃香貰っておけばよかったわ。
「まったく、なんとなく寄ってみたらいきなりこれだゼ」
「一週間も会えなくて鬱憤が溜まってたのよ」
「だからって部外者にいきなりアレはどうかと思うぞ?」
「それもそうね、反省してるわ」
おかげでちょっと冷静さは取り戻せたわけだしね。
「にしても霊夢ってそんなに寂しがり屋だったか?」
「好きな人と一週間も会ってないと誰だって寂しいと思うわよ」
「霊夢は萃香が遊びに行った翌日には萃香、萃香言ってた気がするゼ?」
「わ、悪かったわね! そうよ、寂しがり屋なのよ!」
「アハハ! 悪いとは言ってないんだゼ。どちらかというと、恋の伝道師、霧雨魔理沙さんはその甘酸っぱい感じは応援したいと思ってるんだ」
ほんとかしら? ただ楽しんでるだけの気がする。
「じゃあ恋の伝道師さんに相談」
「おう! なんでも聞いてくれ!」
どんっと胸を叩いているけど、あんまり頼もしいと思えないのはなんでかしらねぇ……
「萃香が帰ってきたら嬉しくって取り乱しそうなんだけど、どうしたらいい?」
「落ち着け」
ですよねー。
「うん、わかってる、落ち着けばいいことくらいわかってるんだけど……」
「落ち着く自信がないと」
「えぇ」
「まぁ久々に会えたらテンションあがるもんなぁ。っていうか、もう取り乱しちゃえばいいんじゃないか?」
「あなた、私が取り乱して萃香を愛しまくる姿見てみたい?」
魔理沙が真顔になって、私をまじまじと見つめてくる。多分脳内でその光景を再生しているんでしょうね。
「いや、ダメだ。いろいろマズイ。っていうか見たくない。怖い。今までそんな霊夢を見たことないだけに、かなり怖い」
「でしょ? それくらい自分でもよく分かるわよ、だいたい私っぽくないわ」
「んー、となるとなんか対策を考えないとなぁ」
「何かいいアイディアある?」
「そうだなぁ………」
魔理沙がお茶を飲みながら、なにやら思案顔。一体どんなアイディアがでてくるかしら?
「んー……やってみたいことはあるにはあるんだが……」
「やってみたいこと?」
「いや、こっちの話だ」
「?」
なんかいろいろと雲行きが怪しくなってきた気がするわ。相談相手を間違ったかも……
「よっし! いっちょやってみるか!!」
「なにかいい考えが浮かんだの?」
「まぁな! 霊夢は気にせずのんびりしててくれ!! あとは私がなんとかする!! よぉしやるぞぉ!!」
「あ、ちょっと!!」
行っちゃった……
「一体何するつもりなのよ、魔理沙は」
とてつもなく不安な感じだけ残して行っちゃった。大丈夫かしら、私。
コタツを出て境内の方に行く。
もう魔理沙はいない。
なんだかんだで魔理沙も速いわよね。
「今日は帰ってくるのかしらね……」
誰もいない境内でぽつりとつぶやく。
よく萃香は私を境内にでて待っていてくれるわけだし、私も待ってみようかしら。どうせすることもないし、今日は比較的温かいし。
これで帰ってこなかったら切ないわねぇ……
………ん……風が冷たい…
あぁ……私いつの間にか寝てたのか。
ぐーっと伸びをしてからゆっくり目を開く。まぶしい……
まだ日は高いみたい、ほんの少しうたた寝してただけかしら……
「ふみゃみゃー……(対訳:萃香はまだかしら)」
……………?
「みゃ?(対訳:え?)」
ちょ、これ!! 体中毛だらけじゃない!? なにこのもふもふした手は!? なんかやけに空が高いと思ったら私が縮んでるんじゃない!! っていうかこれは猫!? 猫なの!? 異変!? あぁもう! どうすればいいのよ!!
「おー、かわいいな、思った以上に」
「………そうね、髪の色が黒だから黒猫なのかしら?」
あ! 魔理沙とパチュリー!!
「にゃあ! にゃあ!!(ちょっと! これどういうことよ!?)」
「なんだ? 珍しくパチェが外に出てる? 無理矢理連れだしたんだゼ」
「……たぶん違うわ……なんでこうなったか聞いてるのよ」
「あぁ、なんだ、そんなことか。いやなに、取り乱しそうって聞いたからなぁ」
「みゃみゃみゃぁ!?(だからってなんで猫なのよ!?)」
「え? 自分で肉球触りたい? 反対の手を使えばいいと思うぞ?」
「………なんで猫なのかって聞いてるわよ?」
「あぁ、それはあれだ。面白そうだから」
「ふしゃああっ!!」
「うお! 怒った!」
「……普通怒るわよ」
「私は楽しいと思うけどなぁ」
「あなたが変わっているだけよ………」
「そうかなぁ。ま、いいや、とりあえずさっき萃香見かけたし、そのまま会えばいいだろ? そうすれば取り乱してもばれないし、猫だから」
「………もう用事はないわよね……魔法の成功も確認したし」
「おう、そうだな。私たちがいても邪魔になるだけだろうし、帰ろうか」
「……えぇ」
「それじゃ! またなぁ霊夢ー」
え? ホントにこのまま放置されるの?
あぁんもう! せっかく萃香が帰ってくるっていうのになんで猫なのよ!! たしかに猫なら取り乱さないけど!! こんなことなら魔理沙に相談するんじゃなかったわ!!
っていうか、どうしたら戻るかとか聞いてないわよ!? 説明不足じゃない! 魔法かけるだけかけて、実験成功で帰ってくなんて職務怠慢もいいところよ!!
あぁもう! どうしよう!!
「まったく、全然帰らせてくれないんだもんな、勇儀の奴。あれはあのまま永住させる気だったぞ、油断ならないな」
萃香が帰ってきちゃった! どうしよう! このままで会うしかないわけ!?
「おーい、霊夢ー!!」
もう! 人の姿ならすぐに出て行けたのに!! 体が戻ったら、絶対魔理沙とパチュリーに夢想封印きめてやる!!
「あれ? いないのか?」
萃香が家の中に入っていく。
私はどうしよう……とにかく体が治るまでどこかに行こうかしら? でもせっかく萃香が帰って来たのに……
「あっれぇ? おでかけしてるのかなぁ?」
私の不在を確認した萃香が境内に戻ってきて、腰を下ろす。あの子、あそこで私を待ってる気かしら?
そうだ! もしかしたら萃香なら私に気づいてくれるかも!! 一か八か賭けてみるわよ!!
「みゃー!(対訳:萃香!!)」
「ん?」
気づいて! 萃香!!
「おぉ!! お前は……」
「みゃあ! みゃあ!!(対訳:そう! やっぱり気づいてくれたのね!!)」
「かわいいな! すごくかわいいぞ!!」
へ?
「女の子だな!? すっごく美人さんだなぁ。野良ネコか?」
「みゃ! みゃ!(対訳:ちがっ! 私だってば!!)」
「そうかそうか。よーし抱きしめてあげよう!」
なにがそうかそうかなんだろう? 全然伝わってないじゃない!!
あ、でもあったかい……不思議なくらい心が落ち着く。よく私が抱きしめてたから知らなかった、抱きしめられる心地よさを。
「そうだ! お前は霊夢がどこ行ったか知らないか?」
「ふにゃあ!(対訳:霊夢は私よ!)」
「そうだよなぁ、知らないよなぁ……仕方ない、ここで待ってよう! きっとすぐ帰ってくるはずさぁ!!」
私ここにいるんだけどなぁ。愛は言葉の壁を破れないのね。一つ勉強になったわ。もういいわよ、そのうち魔理沙が来るでしょう、それまでこのままでいればいいんでしょう。いつ来るのかわからないのが怖いけど。
「お前は温かいなぁ。気持ちいいぞ」
萃香がぎゅーっと抱きしめてくれる。
私もあったかくて気持ちがいい。伝えたいけど、言葉じゃ伝わらないから私はもうしゃべらない。ただただ私も萃香に頬ずりする。
少しでも伝えたいから。
寂しかった気持ちとか、抱きしめてもらえた嬉しさとか、私の気持ちを少しでも。
言葉よりも行動、それが今の私にできる伝え方。
届いてるといいな、萃香に。
「やわいなぁ。なんだかほんわかしてくるぞ」
萃香の幸せそうな声。なんだか私も嬉しくなってくる。
「そうだ!!」
突然萃香が私を抱きしめるのをやめる。
どうしたんだろう? もうちょっと抱きしめていてほしかったのに……
「霊夢はよく膝の上にわたしを乗せてくれてなぁ、膝ってすっごく気持ちいいんだぞ?」
萃香がわたしを膝の上に載せる。すごいぷにぷにして気持ちがいい。
私はお腹を見せるようにして寝転がる。
「あはは、くつろぎモードだな!!」
撫でてくれる萃香の手つきが優しい。お腹撫でられるのって気持ちがいいのねぇ……
「どうだ? 膝の上ってすごく幸せな感じだろ?」
ホントね、あったかくてやわらかくて、すごく気持ちいい。萃香が私の膝の上から降りたくないって言ってたのがよくわかるわ。ずっとこうしていたくなる。
たぶん萃香だからそう思うんだと思う。
これが他の人ならそんなこと感じないんだろうな。
好きって感情は偉大なのね。
「霊夢はまだかなぁー♪ 早く会いたいなぁー♪」
足をぶらぶらさせながら、すごく上機嫌な萃香。
「久しぶりに会うとやっぱり楽しみだ! 早く帰ってこーい!!」
萃香は、さっきから私のことばかりね。私が萃香の事ばかり気にしてるのと同じで萃香も私を気にしてくれているんだ……
ちょっとうれしいかも……
ぽかぽか天気と萃香の温かさが私の体を優しく包み込んでくれる。
あぁ、なんだか眠気を誘うわ。猫ってよく寝るものね。もうこのまま寝てしまいたい。
「お? おねむなのか? わたしも一緒に寝ようかな。ずっと呑んでばっかりで疲れてるし」
萃香が私を膝の上に乗せたままごろんと転がる。本当にこのまま寝ちゃうみたいね。なら、私も寝てしまおう。きっと起きる頃には魔理沙が元に戻してくれてるでしょう。
最初は焦ったけど、これなら猫も悪くないなぁなんて思う。魔理沙とパチュリーへの夢想封印はやめにしよう。
「猫、おやすみー」
「みゃー」
返事だけして私は目を閉じる。言いようのない睡魔にとらわれ、私は夢の中へと落ちていった。
「……い……いむ!」
「ん………」
「おい、霊夢。起きろー、帰ってきたぞー!!」
「すい……か?」
目が覚めるとまず飛び込んできたのは萃香の顔。
もう日は傾いて、空を真っ赤に染めている。
「霊夢いつのまにわたしの膝の上で寝てたんだ?」
「え? あれ? えっと、あれ?」
戻ってる? 私。
自分の体を見てみる。
いつもの巫女服だ。やっぱり戻ってる? いつ戻ったのだろう? っていうか、魔理沙が直していったのかしら? それとも案外時間がたてば直ったのかしら? 今度聞いてみよう。
「あっれー? 猫と一緒に寝てたんだけどなぁ。どっか行っちゃったのか。かわいいやつだったのに。霊夢は見なかったか? かわいい黒猫」
「……さぁ、見てないわ」
「そっかぁ、すごくかわいかったんだぞ! もうすっごくすっごくだ!」
「そっか、見てみたかったわ、その猫」
「また会えるといいなぁ」
「きっと会えるわよ、いつかまた」
「おう!」
八重歯をちらつかせながら萃香が笑う。私だけに見せてくれる、萃香の好きって気持ちがこもった笑顔。猫だった私に向けた笑顔とはやっぱり違う。
この笑顔を見てやっと帰って来たんだなぁって思った。
「地底はどうだった?」
「楽しかったんだけど、なんかちょっと落ち着かなかった。なんかわたしがいる場所って感じじゃなかったぞ……」
「そうなの?」
「たぶんわたしが勝手にそう思っただけなんだけどな?」
「そっか………」
萃香がそう思ってくれているっていうのは、きっと……
「よいしょ……」
私は萃香の膝の上から起きあがる。そして、萃香の横に腰掛ける。
「おぉ!!」
するとすぐに萃香が私の膝の上に座ってきて、私は後ろから優しく抱きしめる。
「やっぱりわたしの居場所はここだぁ!」
「ふふ、当然よ、あなただけの居場所なんだもの」
猫になって萃香の膝の上に乗るのも気持ちがよかった。けどやっぱり私は私でありたい。
萃香が好きでいてくれる私のままで、この子と過ごしたい。
それがとても幸せで、私があの子の居場所になってあげられるのだから。
「はぁー、ここは幸せだなぁ」
萃香がそう言って一つため息をつく。
そんな萃香を私はそっと抱きしめた。
「なぁに? 萃香」
「おこたはいいなぁ」
「ホントねぇ」
二人してのんびり蜜柑を食べながらコタツに入っている。
萃香は私の膝の上。
コロコロしててほんとにかわいいわねぇ。萃香におこたに蜜柑、もう幸せ以外のなにものでもないわ。
「冬はおこたに限るなぁ、霊夢も一緒だし、お酒も美味しい、おまけに雪は綺麗、なんだこの幸せは!!」
萃香も同じことを思ってたみたいね。
「霊夢の膝の上はあったかいし、やわいし気持ちがいいなぁ」
萃香が、私の胸に頭を預けて蜜柑を剥き始める。
とくにすることもない暇な一日。
ほんとにすることないわねぇ……
まぁ、楽しそうに蜜柑を剥いている萃香を見ているだけでもいいかしら。こういう時間も悪くはないわよね。なんだかこっちまで楽しくなってくるんだもの。
「霊夢! はい!!」
萃香がみかんを掲げてくる。食べろってことかしらね。
「あーん……」
綺麗にむいてくれた蜜柑を噛むと、口の中に酸味が広がる。
今日の蜜柑はちょっとすっぱいわね。
「霊夢! 霊夢!」
「なぁに?」
「あーん!」
私を見上げて大きく口を開けて待っている。
「はいはい、あーん」
一粒蜜柑を取って萃香の口の中に入れてあげる。
ぱくっとしてモグモグしてるのがかわいい。
「酸っぱいなぁ、この蜜柑は。甘くなれ!」
「そんなこと言っても甘くならないわよ」
「融通の聞かない蜜柑だなぁ」
「融通の聞く蜜柑ってのも見たことないけどね」
「あれ? もう蜜柑がない」
「そうみたいね、また箱から取ってくる?」
「でもそうなると移動しなくちゃいけないよな」
「そりゃー台所にあるんだしね」
「じゃあ、いいやー」
「もういらないの?」
「………食べたい…」
「なら取ってくるから、待っててね」
………萃香が膝の上から下りてくれない。
「萃香?」
「うー……霊夢が行っちゃうのはヤダなぁ……膝の上から降りたくない……」
「すぐ戻ってくるわよ」
「少しでも座っていたい……」
「あなたそんなに甘えんぼだった?」
「たまには! たまには甘えさせろ!!」
いっつも甘えてきてる気がするんだけど……私の気のせいかしら?
「仕方ないわねぇ……」
私も諦めて立つのをやめる。
「そうだ! ちっこい私を使えばいいんだ」
「そういえばそんなことできたわね」
萃香が自分の髪の毛を一本抜いて、ふーっと吹く。するとぽんっと小さな萃香が現れる。
「蜜柑を取ってきてくれ! 頼んだぞ!」
ちっこい萃香はびしっと敬礼をするとすいすい宙を飛んで台所に入って行った。
あの萃香もかわいいわねぇ、一人もらっちゃおうかしら。
「最初からこうすればよかったんだ!」
なんだか楽しそうに体を摺り寄せてくる萃香。
「それにしてもそんなに降りたくなかったの?」
「だって、すっごく幸せなんだぞ! この幸せはすごい! 膝は最強だ!」
最強? まぁいいわ。とにかく幸せそうなことだけは伝わったし。
そんなに幸せなら私もやってほしいけど……
サイズがなぁ……
私もこうやって乗せてるのは幸せだからいっか。ぎゅって抱きしめることもできるしね。
「幸せだなぁ」
「ホントねぇ」
「なぁんてまったりやってたのが一週間前よ!」
ダンッと思いっきりコタツから身を乗り出して魔理沙に迫る。ホントちょうどいいところに来たわね、魔理沙は。
「ま、まぁ落ち着け、な? 霊夢」
「なんで地底に遊びに行って全然帰ってこないのよ!! 魔理沙! 説明しなさい!!」
「そんなこと言われても私にできるわけないだろ?」
「じゃあ見てきなさい!! いますぐに!! まだなんとか幻想郷で三番目くらいには速いんでしょう!?」
「ちょ! 『まだなんとか』ってのは聞き捨てならないな!! だいたい人に頼む態度じゃないぞ、それ! っていうか自分で行けばいいだろ!?」
「………」
「ん? どうした? 突然黙りこくってもじもじして」
「……寂しくて来ちゃった、なんて……その……恥ずかしいじゃない……」
「だぁあああっ! めんどくせぇ!! それなら待ってればいいだろ!? どうせもうすぐ帰ってくるって!」
「だって、一週間もいないなんて思ってもみなかったんだもの……」
「久々に帰ったんだろ? なら楽しくてついつい居ついちまってるんだよ」
そうなのかなぁ……なら仕方ない…とは思うけど、やっぱり待つ方は辛いわ。
早く帰ってこないかなぁ、萃香。こんなことならあの時、ちっさな萃香貰っておけばよかったわ。
「まったく、なんとなく寄ってみたらいきなりこれだゼ」
「一週間も会えなくて鬱憤が溜まってたのよ」
「だからって部外者にいきなりアレはどうかと思うぞ?」
「それもそうね、反省してるわ」
おかげでちょっと冷静さは取り戻せたわけだしね。
「にしても霊夢ってそんなに寂しがり屋だったか?」
「好きな人と一週間も会ってないと誰だって寂しいと思うわよ」
「霊夢は萃香が遊びに行った翌日には萃香、萃香言ってた気がするゼ?」
「わ、悪かったわね! そうよ、寂しがり屋なのよ!」
「アハハ! 悪いとは言ってないんだゼ。どちらかというと、恋の伝道師、霧雨魔理沙さんはその甘酸っぱい感じは応援したいと思ってるんだ」
ほんとかしら? ただ楽しんでるだけの気がする。
「じゃあ恋の伝道師さんに相談」
「おう! なんでも聞いてくれ!」
どんっと胸を叩いているけど、あんまり頼もしいと思えないのはなんでかしらねぇ……
「萃香が帰ってきたら嬉しくって取り乱しそうなんだけど、どうしたらいい?」
「落ち着け」
ですよねー。
「うん、わかってる、落ち着けばいいことくらいわかってるんだけど……」
「落ち着く自信がないと」
「えぇ」
「まぁ久々に会えたらテンションあがるもんなぁ。っていうか、もう取り乱しちゃえばいいんじゃないか?」
「あなた、私が取り乱して萃香を愛しまくる姿見てみたい?」
魔理沙が真顔になって、私をまじまじと見つめてくる。多分脳内でその光景を再生しているんでしょうね。
「いや、ダメだ。いろいろマズイ。っていうか見たくない。怖い。今までそんな霊夢を見たことないだけに、かなり怖い」
「でしょ? それくらい自分でもよく分かるわよ、だいたい私っぽくないわ」
「んー、となるとなんか対策を考えないとなぁ」
「何かいいアイディアある?」
「そうだなぁ………」
魔理沙がお茶を飲みながら、なにやら思案顔。一体どんなアイディアがでてくるかしら?
「んー……やってみたいことはあるにはあるんだが……」
「やってみたいこと?」
「いや、こっちの話だ」
「?」
なんかいろいろと雲行きが怪しくなってきた気がするわ。相談相手を間違ったかも……
「よっし! いっちょやってみるか!!」
「なにかいい考えが浮かんだの?」
「まぁな! 霊夢は気にせずのんびりしててくれ!! あとは私がなんとかする!! よぉしやるぞぉ!!」
「あ、ちょっと!!」
行っちゃった……
「一体何するつもりなのよ、魔理沙は」
とてつもなく不安な感じだけ残して行っちゃった。大丈夫かしら、私。
コタツを出て境内の方に行く。
もう魔理沙はいない。
なんだかんだで魔理沙も速いわよね。
「今日は帰ってくるのかしらね……」
誰もいない境内でぽつりとつぶやく。
よく萃香は私を境内にでて待っていてくれるわけだし、私も待ってみようかしら。どうせすることもないし、今日は比較的温かいし。
これで帰ってこなかったら切ないわねぇ……
………ん……風が冷たい…
あぁ……私いつの間にか寝てたのか。
ぐーっと伸びをしてからゆっくり目を開く。まぶしい……
まだ日は高いみたい、ほんの少しうたた寝してただけかしら……
「ふみゃみゃー……(対訳:萃香はまだかしら)」
……………?
「みゃ?(対訳:え?)」
ちょ、これ!! 体中毛だらけじゃない!? なにこのもふもふした手は!? なんかやけに空が高いと思ったら私が縮んでるんじゃない!! っていうかこれは猫!? 猫なの!? 異変!? あぁもう! どうすればいいのよ!!
「おー、かわいいな、思った以上に」
「………そうね、髪の色が黒だから黒猫なのかしら?」
あ! 魔理沙とパチュリー!!
「にゃあ! にゃあ!!(ちょっと! これどういうことよ!?)」
「なんだ? 珍しくパチェが外に出てる? 無理矢理連れだしたんだゼ」
「……たぶん違うわ……なんでこうなったか聞いてるのよ」
「あぁ、なんだ、そんなことか。いやなに、取り乱しそうって聞いたからなぁ」
「みゃみゃみゃぁ!?(だからってなんで猫なのよ!?)」
「え? 自分で肉球触りたい? 反対の手を使えばいいと思うぞ?」
「………なんで猫なのかって聞いてるわよ?」
「あぁ、それはあれだ。面白そうだから」
「ふしゃああっ!!」
「うお! 怒った!」
「……普通怒るわよ」
「私は楽しいと思うけどなぁ」
「あなたが変わっているだけよ………」
「そうかなぁ。ま、いいや、とりあえずさっき萃香見かけたし、そのまま会えばいいだろ? そうすれば取り乱してもばれないし、猫だから」
「………もう用事はないわよね……魔法の成功も確認したし」
「おう、そうだな。私たちがいても邪魔になるだけだろうし、帰ろうか」
「……えぇ」
「それじゃ! またなぁ霊夢ー」
え? ホントにこのまま放置されるの?
あぁんもう! せっかく萃香が帰ってくるっていうのになんで猫なのよ!! たしかに猫なら取り乱さないけど!! こんなことなら魔理沙に相談するんじゃなかったわ!!
っていうか、どうしたら戻るかとか聞いてないわよ!? 説明不足じゃない! 魔法かけるだけかけて、実験成功で帰ってくなんて職務怠慢もいいところよ!!
あぁもう! どうしよう!!
「まったく、全然帰らせてくれないんだもんな、勇儀の奴。あれはあのまま永住させる気だったぞ、油断ならないな」
萃香が帰ってきちゃった! どうしよう! このままで会うしかないわけ!?
「おーい、霊夢ー!!」
もう! 人の姿ならすぐに出て行けたのに!! 体が戻ったら、絶対魔理沙とパチュリーに夢想封印きめてやる!!
「あれ? いないのか?」
萃香が家の中に入っていく。
私はどうしよう……とにかく体が治るまでどこかに行こうかしら? でもせっかく萃香が帰って来たのに……
「あっれぇ? おでかけしてるのかなぁ?」
私の不在を確認した萃香が境内に戻ってきて、腰を下ろす。あの子、あそこで私を待ってる気かしら?
そうだ! もしかしたら萃香なら私に気づいてくれるかも!! 一か八か賭けてみるわよ!!
「みゃー!(対訳:萃香!!)」
「ん?」
気づいて! 萃香!!
「おぉ!! お前は……」
「みゃあ! みゃあ!!(対訳:そう! やっぱり気づいてくれたのね!!)」
「かわいいな! すごくかわいいぞ!!」
へ?
「女の子だな!? すっごく美人さんだなぁ。野良ネコか?」
「みゃ! みゃ!(対訳:ちがっ! 私だってば!!)」
「そうかそうか。よーし抱きしめてあげよう!」
なにがそうかそうかなんだろう? 全然伝わってないじゃない!!
あ、でもあったかい……不思議なくらい心が落ち着く。よく私が抱きしめてたから知らなかった、抱きしめられる心地よさを。
「そうだ! お前は霊夢がどこ行ったか知らないか?」
「ふにゃあ!(対訳:霊夢は私よ!)」
「そうだよなぁ、知らないよなぁ……仕方ない、ここで待ってよう! きっとすぐ帰ってくるはずさぁ!!」
私ここにいるんだけどなぁ。愛は言葉の壁を破れないのね。一つ勉強になったわ。もういいわよ、そのうち魔理沙が来るでしょう、それまでこのままでいればいいんでしょう。いつ来るのかわからないのが怖いけど。
「お前は温かいなぁ。気持ちいいぞ」
萃香がぎゅーっと抱きしめてくれる。
私もあったかくて気持ちがいい。伝えたいけど、言葉じゃ伝わらないから私はもうしゃべらない。ただただ私も萃香に頬ずりする。
少しでも伝えたいから。
寂しかった気持ちとか、抱きしめてもらえた嬉しさとか、私の気持ちを少しでも。
言葉よりも行動、それが今の私にできる伝え方。
届いてるといいな、萃香に。
「やわいなぁ。なんだかほんわかしてくるぞ」
萃香の幸せそうな声。なんだか私も嬉しくなってくる。
「そうだ!!」
突然萃香が私を抱きしめるのをやめる。
どうしたんだろう? もうちょっと抱きしめていてほしかったのに……
「霊夢はよく膝の上にわたしを乗せてくれてなぁ、膝ってすっごく気持ちいいんだぞ?」
萃香がわたしを膝の上に載せる。すごいぷにぷにして気持ちがいい。
私はお腹を見せるようにして寝転がる。
「あはは、くつろぎモードだな!!」
撫でてくれる萃香の手つきが優しい。お腹撫でられるのって気持ちがいいのねぇ……
「どうだ? 膝の上ってすごく幸せな感じだろ?」
ホントね、あったかくてやわらかくて、すごく気持ちいい。萃香が私の膝の上から降りたくないって言ってたのがよくわかるわ。ずっとこうしていたくなる。
たぶん萃香だからそう思うんだと思う。
これが他の人ならそんなこと感じないんだろうな。
好きって感情は偉大なのね。
「霊夢はまだかなぁー♪ 早く会いたいなぁー♪」
足をぶらぶらさせながら、すごく上機嫌な萃香。
「久しぶりに会うとやっぱり楽しみだ! 早く帰ってこーい!!」
萃香は、さっきから私のことばかりね。私が萃香の事ばかり気にしてるのと同じで萃香も私を気にしてくれているんだ……
ちょっとうれしいかも……
ぽかぽか天気と萃香の温かさが私の体を優しく包み込んでくれる。
あぁ、なんだか眠気を誘うわ。猫ってよく寝るものね。もうこのまま寝てしまいたい。
「お? おねむなのか? わたしも一緒に寝ようかな。ずっと呑んでばっかりで疲れてるし」
萃香が私を膝の上に乗せたままごろんと転がる。本当にこのまま寝ちゃうみたいね。なら、私も寝てしまおう。きっと起きる頃には魔理沙が元に戻してくれてるでしょう。
最初は焦ったけど、これなら猫も悪くないなぁなんて思う。魔理沙とパチュリーへの夢想封印はやめにしよう。
「猫、おやすみー」
「みゃー」
返事だけして私は目を閉じる。言いようのない睡魔にとらわれ、私は夢の中へと落ちていった。
「……い……いむ!」
「ん………」
「おい、霊夢。起きろー、帰ってきたぞー!!」
「すい……か?」
目が覚めるとまず飛び込んできたのは萃香の顔。
もう日は傾いて、空を真っ赤に染めている。
「霊夢いつのまにわたしの膝の上で寝てたんだ?」
「え? あれ? えっと、あれ?」
戻ってる? 私。
自分の体を見てみる。
いつもの巫女服だ。やっぱり戻ってる? いつ戻ったのだろう? っていうか、魔理沙が直していったのかしら? それとも案外時間がたてば直ったのかしら? 今度聞いてみよう。
「あっれー? 猫と一緒に寝てたんだけどなぁ。どっか行っちゃったのか。かわいいやつだったのに。霊夢は見なかったか? かわいい黒猫」
「……さぁ、見てないわ」
「そっかぁ、すごくかわいかったんだぞ! もうすっごくすっごくだ!」
「そっか、見てみたかったわ、その猫」
「また会えるといいなぁ」
「きっと会えるわよ、いつかまた」
「おう!」
八重歯をちらつかせながら萃香が笑う。私だけに見せてくれる、萃香の好きって気持ちがこもった笑顔。猫だった私に向けた笑顔とはやっぱり違う。
この笑顔を見てやっと帰って来たんだなぁって思った。
「地底はどうだった?」
「楽しかったんだけど、なんかちょっと落ち着かなかった。なんかわたしがいる場所って感じじゃなかったぞ……」
「そうなの?」
「たぶんわたしが勝手にそう思っただけなんだけどな?」
「そっか………」
萃香がそう思ってくれているっていうのは、きっと……
「よいしょ……」
私は萃香の膝の上から起きあがる。そして、萃香の横に腰掛ける。
「おぉ!!」
するとすぐに萃香が私の膝の上に座ってきて、私は後ろから優しく抱きしめる。
「やっぱりわたしの居場所はここだぁ!」
「ふふ、当然よ、あなただけの居場所なんだもの」
猫になって萃香の膝の上に乗るのも気持ちがよかった。けどやっぱり私は私でありたい。
萃香が好きでいてくれる私のままで、この子と過ごしたい。
それがとても幸せで、私があの子の居場所になってあげられるのだから。
「はぁー、ここは幸せだなぁ」
萃香がそう言って一つため息をつく。
そんな萃香を私はそっと抱きしめた。
終日にやけ顔の不審人物になってしまった
霊夢さん可愛いです霊夢さん。
萃香さんが幸せいっぱいなSSは読んでいて嬉しくなります。
ただ勇儀姐さんは萃香さんに慕情を抱いておられるのかが気になりまする。