Coolier - 新生・東方創想話

カボチャなんて知らない!

2010/01/27 02:25:46
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 あぁ、またヤツがやってくる……。

***

 夜。多くの者が眠り、多くの物が休む夜。
 幻想郷の全てが、その役割を許容し、その身を労わる夜。
 そんな夜に、眠らない、休まない場所があった。
 それはとても赤く紅い場所で、夜はいつもにぎわう場所、であった。
 不穏な光を放つ満月の元、紅魔館と呼ばれるその場所はいつも以上に紅く、静寂に包まれている。
 誰もが夢の中にいる中、悪夢のような夜が今、紅魔館を覆いつくしている。
 満月は唯笑っている。とても厭らしい笑みで。


 紅魔館にある玉座、そこに座っているのはこの館の主。レミリア・スカーレット。
 幼げな容貌からは想像のできないほどの怒気と覇気を目の前の人物に向けている。
 そんな主を前に、ナイフを片手に相対しているのはこの館のメイド。十六夜咲夜。
 手に持つナイフはどれだけの血を吸ったのか、刀身は紅く彼女の銀の髪によく映える。
「咲夜。あなたはこの館の住人だったかしら」
 レミリアは目の前のメイドに声をかける。
「えぇ、私はここの住人ではありましたよ。お嬢様」
 咲夜は目の前の主人に言葉を返す。
「なら――――」
 もう我慢ならないとレミリアから怒気が爆ぜる。その怒りは周りの音を掻き消し、鳥だろうが虫だろうが、誰であろうとも声を飲み込まざるをえない。

「なら、なぜ皆を殺したのかしら。説明しな「それが私の仕事ですから」

 どんなものであろうと割り込めない、いや割り込んではならない空間をメイドは簡単に一蹴する。
「確かにここの住人ではありましたが、仲間というわけでもなかったですし」
 面倒くさそうにナイフを掲げながら、咲夜は目の前の吸血鬼に宣誓する。
「これを見れば分かるでしょう? 化け物、私は貴方を狩りに来てただけよ」
 掲げられるナイフにはなんの意匠もなかった。だからこそ、レミリアはソレがなんなのか理解する。
 目の前でナイフを持つこのメイドは、初めて出合った時から今の今まで相容れない存在であったと。
「そう。ならば、私のすることは唯一つね」
「そうよ。早くここで惨めに自決なさい。それくらいは神も許して下さるでしょう」
 二人の間に緊張が走る。
 今から行われるだろう事は誰もが予想できること。赤子ですら直感的に理解するだろう激突。
「名前は返してもらう。お前程度、ニンゲンで十分だ」
 吸血鬼が腕を上げる。相手をしてやると手をひらひら。そして目を細める。
「えぇ。いらないわ、そんなもの。ナイフとセットで返してあげる」
 メイドも腕を上げる。ナイフを構える。銀の目で捉えるのは殺害対象。
 たったそれだけの行動で、部屋の中に充満する死の香り。
 互いに互いを殺すため、物言わぬ物へと変貌させるため、己の生きるために、二人は向かい合う。
 二人しかいない紅魔館で、ちっぽけでくだらない生存競争が始まる。

 互いが動こうとしたその瞬間、もう勝負はついていた。
「カハッ……!?」
 動いていない。どちらも一歩も動いていないというのに、一瞬にしてその姿が変わっている。
 メイドは何かを投擲した後のような体勢。手に持っていたはずのナイフは消えている。
 対する吸血鬼には、いつのまに突き刺さったのか分からないナイフがその身に深く食い込んでいる。
 それも、一本や二本ではない。もう刺さる部分がないほどに、どの場所だろうと平等に、よくできた彫刻のように、無数で無慈悲で無茶苦茶なナイフたちが吸血鬼の体に殺到していた。
 なぜこんな状況になるのか。一瞬だ、たったの一瞬でこうなった。
 どうして吸血鬼を避けなかった。ナイフの一本くらいならば防げたのではないのか。
 なぜどうして吸血鬼は無数のナイフを身に受けたのか。
「――――」
 メイドがナイフを構え、そして一息。そうすることで世界が止まる。
 この世のありとあらゆるモノが止まる。停止世界。メイドのメイドによるメイドだけの世界。
 どんなものであろうと立ち向かうことを許さない。
 絶望と希望と喜劇と悲劇と生と死と老いと成長と全ての正と全ての負を持つ絶対的な『時』でさえ、この力の前では頭を垂れる。
 何もかも止まった世界でメイドが行うのは、先ほどと同じ行動。
 ただ、ナイフを投げる。化け物に向かって。
 力の許す限り、ナイフの許す限り、時間の許す限り、ナイフを投げる。
 既に刺さっているナイフに当たろうが、後ろの玉座に刺さろうが、そんなどうでもいいことは気にせずに、投げる。
「無惨で無残で無慚で無慙ね」
 止まった世界から戻ったメイドは、目の前のハリネズミに向かってそう呟く。
 真っ赤で、それでいて銀色の針を生やした、とても可哀想な化け物が目の前に。
 悔い改めないことも悔い改められないこともメイドは理解している。
 だからこそ、止めの一刀を投げようと世界を止め、


 目の前に、拳があった。


 言葉を出す暇すら惜しかった。
 メイドは投擲体制に入っていた体を全力で曲げ、必死にその体を逃がす。が、
「逃げられると思っていたのか?」
 吸血鬼がそれを許すはずがなかった。
 止まった時間が、メイドの時間が終われば吸血鬼は動き出すことが出来る。当たり前のこと。
 崩れた体勢を立て直すことが出来なかったメイドを吸血鬼が殴った。ただそれだけのこと。
「 」
 声にならない声を上げ吹き飛ばされるメイド。それをただ見下す吸血鬼。
 吸血鬼の体は万全であった。多少衣服が破けているだけで、なにも変わりがない。
 何故避けなかったのか。それは馬鹿らしい疑問でしかなかった。
 答えは簡単。避ける必要がこれっぽっちもなかったからだ。
「どうしたニンゲン。まだやるんだろう?」
 吸血鬼の嫌らしい声が聞こえ、また世界が止まる。
 ふらふらと体を起こし、あふれ出る鼻血を拭き、顔をあげれば、また眼前に拳。
 避けるしかない。吸血鬼は避けなかったがメイドは避けるしかない。相手は化け物で自分はか弱い人間。
 止まった世界が動き出す頃にはメイドと吸血鬼の距離はひらいている。ひらいていた。
「止まれッ!」
 十二分にも開いていた距離は、あっという間に詰められている。
 どうしてこうなっているのか。止まった時間を動くメイドになぜ吸血鬼が追いつけるのか。
 それは、ただただシンプルに、吸血鬼が速いから。それに尽きる。
 吸血鬼の恐ろしいところは何処か。
 血を吸うことか。仲間を増やすことか。蝙蝠に変わることか。狼に変わるところか。再生することか。
 違う。そんな子供だましはただのオマケ。
 恐ろしきは純粋に強い力。他を寄せ付けぬ速さ。圧倒的なほどの暴力。
「どうした! 私をぶち殺すんじゃなかったのか!」
「殺すわ。私が殺す。だから死ね。鳴いて死ね」
 素晴らしい脚力で床を踏みしめ、馬鹿げた速度で移動し、笑えるほどの力で腕を振るう吸血鬼。
 こんな化け物に敵う者がいるのか。いる。
「止まれッ!」
 いる。吸血鬼に対する者が、その吸血鬼の眼前に。
 無様にも鼻から血をたれ流しながら、痛々しくも腫れた頬を晒しながら、停止した世界に逃げ込みながら、戦っているメイドが目の前にいる。この場で唯一吸血鬼に対抗できる存在が、この場所にいる。
 手に持つナイフは投げられていない。投げられない。
 相手に効果がないわけでも、ただチャンスを窺っているわけでもない。投げる時間がないだけ。
 時間を止められるはずの存在が、何かをする時間がない。
 そんな馬鹿な現状が、メイドに襲い掛かる。
 投げてもいいか。でも殴られるぞ。
 投げなくてもいいか。でも殴られるぞ。
 では諦めていいか。でも殴られるぞ。
「止まりなさいッ!」
 何度目になるのか分からない停止。悲鳴を上げるはずの時は停止させられ、聞こえるのは静寂した無音音。
 楽しそう笑う吸血鬼を視界に収めながらメイドはまた距離をとる。
 そして考える。自分は何をすればいいのか。
 ナイフが全く効いていない。
 時間を止めても構わず喰らいついてくる。
 何度も止めた時のせいで、頭が割れるように痛い。
 では人間の自分は何をすればいいのか。
「勝てばいい」
 距離が離れた。これまでで一番距離が離れた。吸血鬼とメイドの距離が、離れた。
 メイドがやっと、ナイフを投げる。
 それは銀色の濁流であり、吸血鬼を殺すためだけに投げられた、美しい雨。
「ハッ――――」
 吸血鬼は避けようともしない。そのどしゃぶりのナイフを身に受けながら、一直線にメイドへと。
 殺られない自信があるわけでも大丈夫という保障があるわけでもない。
 だがその銀の雨を浴びながら吸血鬼は愛しきメイドへと向かう。
 足に刺さっても前へ。腕に刺さっても前へ。胸に刺さっても前へ。頭に刺さっても尚前へ。
「これで、終わりか?」
 メイドの前に立つ吸血鬼はズタボロ。対するメイドは息が上がっているだけ。
 だというのに、優劣がこれほどまでにはっきりと理解できることが互いに悲しい。
「いいえ。まだよ」
「だろうな。早く私を殺してみせろ」
 吸血鬼の拳がメイドの左肩を捉えたのと、メイドの渾身の一刀が吸血鬼の右肩に突き刺さるのは同時。
 吹き飛ぶ両者。吸血鬼は勢いのまま壁に縫い付けられ、メイドはもう役目を果たせないだろう左肩を庇いながら地面をバウンドする。
 ナイフを引き抜こうとする吸血鬼。傷に呻きながら立ち上がるメイド。
 クソ美しい闘争の姿が、互いの眼前に広がっている。
「さて。どうするニンゲン。まだやりたいんだろう?」
「寛大な私に化け物の命乞いは聞こえないわ」
 時間を止めたのかそうでないのか、いつのまにか吸血鬼の眼前にメイド。
 互いに笑っている。笑わずにはいられない。
「それで? どうするのだ。ナイフは効かず、力も効かず、体も限界だろうに」
「そうね。でもそれで止まるほど愚かではないわ」
 メイドがナイフを投げる。吸血鬼の左肩へと。
「早く次の手を見せてみろ。全部咀嚼して殺してやる」
「全てを見る前に、貴方はこの世から消えているわ」
 メイドがナイフを投げる。吸血鬼の右足へと。
「構わん。私が許そう。全て晒して死ぬことを」
「不遜ね。不遜すぎて吐き気がするわ」
 メイドがナイフを投げる。吸血鬼の左足へと。
「どうだ? 策はできたか? もう我慢が出来そうにない」
「えぇ。貴方のおかげでね」
 メイドの声を聞いた瞬間に動き出そうともがく吸血鬼。
 ギチギチと小気味良い音を奏でながらナイフを引く抜きにかかる。
 そんな姿を見るメイドの顔は、何も移さない冷徹。
「待っていろ。今すぐ相手をしてやる」
 くつくつと笑う吸血鬼に、メイドは静かに言う。


「安心しなさい。もう終わっているから」


 指をパチリと鳴らすと共に、吸血鬼の背後に穴。
 その穴の中から見えるのは大量の継ぎ接ぎ。
「忘れてたでしょう? 私は時を止めるだけが能力じゃないのよ?」
 穴はだんだんと大きくなる。吸血鬼の体を飲み込むために、ゆっくりと、確実に。
「……まさか」
「適当に空間を弄りすぎたせいで、私にもどうなっているか分からない。ま、化け物にはお似合いね」
 右足が、吸血鬼の右足が、壁に縫い付けられていたナイフごと吸い込まれる。
 そこには何の感触もない。感じさせない。
 多重に引き伸ばしてはくっつけ作られた空間の歪み。異空間。
「魔女もそのなかに放り込んでおいたから一人じゃないわ。感謝なさい」
「――――」
 何かを言おうとする吸血鬼の頭に刺さるのは、一本のナイフ。
 スコン、という軽快な音を奏でたソレはその力のまま後ろへと。
 喋ることも叶わず、ただ流れるままに下がる吸血鬼を待つのは、奇妙で異様な空間の入り口。
 最後の抵抗か、メイドを掴もうと右手を伸ばした吸血鬼の腕を、
「あ」
 綺麗に切り飛ばしたのは銀の一線。
 体を引きずられ、右腕を無くし呆然とする吸血鬼に、メイドは一言。

「さようなら」

 音はなかった。
 引きずられる吸血鬼は、何かを叫びながら空間へと飲み込まれる。鳴き右腕を必死に伸ばしながら。
 空間の歪はその歪さに似合わない静かな閉鎖を向かえ、残るのは血まみれのメイド。
 吸血鬼の最後は、静かに終わった。
 破壊しつくされた部屋をメイドは一瞥する。
 ところどころに突き刺さっているナイフ。恐るべき脚力と膂力よって破壊されている床。
 勝てないとは思わなかったし勝てるとしか思わなかった。そういう闘いだった。
 そして、一つだけ「ふぅ」とため息をついてもういる価値のないこの部屋を出ようとし

「おい。どこに行くんだ?」

 呼び止められた。
 後ろを振り向けば、そこには何もない。何もいない。
 メイド以外動くものがいないこの部屋の中、声は確かに聞こえた。
「終わったと思ったのか? この愉快で痛快で滑稽な闘争が」
 声のほうへと目を向ければ、そこには吸血鬼の右腕が。
 右腕がある。右腕『分』も、そこに吸血鬼がある。
「 」
 答えを考える暇も、声を出す暇を惜しんでメイドはナイフを投げる。目標は勿論、あの右腕。
 ナイフが刺さると同時に、ボンっとふざけた音と共に腕は蝙蝠へと姿を変え周りを飛び回る。
「忘れていた。あぁ、忘れていたとも、お前は確か空間も操れるんだったなぁ。忘れていたよ」
 メイドの周辺を飛び回っていた蝙蝠は、やがて一つの場所に集まり元に戻る。
 吸血鬼が、戻ってきた。ただそれだけ。
 闘いが最初に戻った。ただ、それだけ。
「いやはや、今のは危なかった。とても危なかった。肝が冷えたし、死んだと思った」
 パチパチと吸血鬼は拍手をする。自分を追い詰めたメイドに向かって惜しみない拍手を。
「危なかったよ、本当に。お前のおかげだ、お前が右腕を切り落としてくれたからなんとかなった」
 心底嬉しそうに、吸血鬼は拍手をし続ける。
「ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう」
 そしてメイドに向かって、一言。

「それで? もうおしまいかな?」

 そんな吸血鬼を前に、メイドは平静であった。傷だらけで体力も尽きようとしている状態で、平静であった。
 ナイフを片手にメイドは返す。
「化け物が高らかに笑うのは慢心か瀕死かのどちらかと相場が決まっている」
 勝利という文字だけをしっかりと見据えた目で、満身創痍の人間が化け物に言葉を返す。
「無駄口叩かずに回復に努めてなさい。人間は寛容なのよ、化け物」
 人間と化け物の決着は正々堂々としたものでなくてはならない。
 真正面からありとあらゆる卑怯用いて叩き潰さなければならない。
 後に一片のしこりも残さぬ圧倒的で絶対的な勝利を収めなければならない。
 だからこそ、弱った化け物など闘うに値しない。
「準備が出来るまで待って『あげる』」
 笑みを浮かべながらいうメイドの姿を見て、吸血鬼も笑うしかない。
 どちらも嘲る様な笑みではなく、厭らしい笑みではなく、本当の意味での笑み。笑顔の本質。
 そんな中、吸血鬼は言った。
「いつも思うよ。私は、お前たちに、人間に勝てる気がしないと」

***

 あぁ、またやってくる。逃れることに出来ないアレが。
 誰かが用意した諸々が私に向かってやってくる。

***

「あら咲夜。こんなところでどうしたの?」
「これはお嬢様。画面越しにこちらを眺めている俗物共を眺めているんです」
「咲夜。このラインから先は田んぼなの。画面越しにニヤニヤしながら見てるやつなんていないし、ハァハァしているやつもないの。ここから先は田んぼで、いるのはカエルっていうお約束よ」
「あらあら。じゃあ私はカエル観察をしているということで。ほら、カエルのような悲鳴を上げなさい。ほらほら」
「カエルは大事にしなきゃダメよ咲夜。彼らは彼らで大事なお客様なんだから」
「あらまお嬢様。いつからここは守矢の神社に? 残念ながらカエルをみると後ろから爆竹をぶち込みたくなる病が持病の私には耐えられそうにありませんわ」
「それもそれで喜びそうなのがいるからやめなさい」
「そうですか? 残念です」
「それで咲夜。この前頼んでいたものだけど……」
「あぁ『週刊そうなのかー』ですね。それならもうお嬢様のお部屋に運んでおりますわ」
「あらそう。ありがとう」
「いえいえ」
「……」
「……」
「咲夜。いつまでカエルを見ているつもりなの?」
「このカエルがブラウザで戻るをクリックするまでですわ。お嬢様」
「貴方って本当にお約束とかぶち壊すの好きね」
「そうでないと冥界になんて突っ込んでいきません」
「じゃあ今まで聞きたかったこと聞いてもいいかしら?」
「構いませんよ。どんとこいです」
「貴方PADとか言われてるけど本当にしてるの?」
「そこに突っ込みますか、お嬢様」
「お約束でも話してくれるんでしょう?」
「そうですねぇ……。私には時を止める以外にも能力がある、それが答えですわ」
「つまり空間拡大縮小で胸を弄繰り回しているのね」
「その言い方だとかなり卑猥に聞こえますね」
「でもなんでそんなことしているの? 暇なの?」
「そうした方がカエルさんも弄りやすいじゃないですか。完璧にみえるけど……というのがいいのです」
「ぶっちゃけるのね」
「ぶっちゃけました」
「私もそういうのした方がいいのかしら。最近カリスマも下がってるし」
「そうですねぇ。下段ガードは逆効果でしたから」
「そもそもあれも咲夜がいいだしっぺじゃない。あれならいけるっていってたのに」
「でも人気は出たと思いますよ? カリスマと人気、どっちを取るかの問題ですよ」
「吸血鬼は格好いいものと相場が決まってるのよ」
「その市場よりも愛らしい吸血鬼の市場の方が大きそうですわお嬢様」
「そうかしら……。って咲夜、貴方さっきから受け答えが適当じゃない?」
「あらお嬢様。私は元々こんな感じですよ? フランクな従者ですから」
「私はベーシックなメイドを雇ったはずなのだけど」
「万能型より特化型です」
「まぁ今更いいわ。あなたのこと気に入ってるし。で、話は戻るけどどうやればもっとよくなるかしら」
「やっぱりここはピンで売るよりセット、ということでカップリングで攻めてみては?」
「カップリングねぇ……。私そういうのは苦手なんだけど、試しにどういう感じにするの?」
「そうですね。攻めるお嬢様もいいですし、受けるお嬢様も中々。レミ×レミなんてどうでしょう?」
「その発想はなかった。貴方って本当にそういうルールぶち壊すわね」
「『パーフェクトだ、咲夜』と誉めちぎって頂いても私は一向に構いませんわ」
「今の貴方が中心だと、どんな物語も破綻しそうだわ」
「大丈夫ですよ。このお話の主役はお嬢様ですから」
「……やりたい放題ね」
「みんな違ってみんないい。それがメイドクオリティですわ」

***

 一体どういうことなんだ。なぜ私がこんな目に会うのか。
 他の誰も気がつかない。私だけ、私だけしか苦しまない。
 誰か――――

***

「それで、僕のところに来たと」
 軽く頭を抑えながらため息をつくのは古道具屋「香霖堂」の店主、森近霖乃助。
 その顔には困惑が浮かんでおり、また厄介事がやってきたなと雄弁に語っている。
「そうよ。いいじゃない。上手くいけば貴方も儲かるんだからいい話ではなくて?」
 そんな店主に笑みを浮かべるのは紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
 そばに立つメイドは、レミリアの従者である十六夜咲夜。その表情はいつものごとく冷ややかではあるが、瞳からは申し訳ないといった感情が十二分に理解できる。
 昼の香霖堂に珍しい客が来たのはまだ太陽が役割を果たしているころ。
 いつものように無縁塚で拾ってきた道具の鑑定に勤しんでいた霖乃助に、店の扉を開けるなりレミリアはこういったのだ。

「ここで一発。新しい商売で儲けない?」

 と。
 それに戸惑ったのは話を持ちかけられた霖乃助と、後ろでしっかりと控えていた咲夜であった。
 霖乃助はあまりに突飛な話についていけず、どうやら咲夜にいたっては何も知らされていなかったらしい。
 そんな困惑する二人を置いて、レミリアは声高々に話を続ける。
「あまりに暇なんで人間の真似事でもしてみようと思って。それでまぁ商売について知ってそうな貴方に白羽の矢が刺さったわけ」
 どこから持ち込んだのか、紅茶の入ったティーカップを口元に運びながら吸血鬼はいう。
 商売というものがしてみたい、と。
「なんで僕なんだい? 人里の商人たちに聞きに行けばいい話じゃないか。儲け話なら彼らの方が乗り気になると思うよ」
 これはどうすればいいんだ、と霖乃助はここに連れてきただろう完全で瀟洒な従者に目線で問う。
 それに対し、どうすればいいんでしょうか、という答えを咲夜は返すしかない。実際のところ、彼女は「香霖堂に行くわよ」という主人の言葉に従っただけなのだから。
「あそこはダメよ。殆どが似たり寄ったりな感じで面白くないわ。どうせならこう、物珍しくて先進的で素晴らしいものがいいじゃない?」
「はぁ。それなのに先進的でも素晴らしくもないうちに何で態々」
「物珍しくはあるじゃない? 貴方賢いって話しだし。何かいい案はないかしら?」
 羽をパタパタと動かしながら、レミリアは言ってのける。
 つまり、
『物珍しく先進的で素晴らしい商売の方法を教えろ』
 と彼女は言ってきているのだ。
「……無茶苦茶だな」
 霖乃助の呟いた一言に、主人に見えないよう一人の従者が相槌をうった。

 いつもと違う香霖堂内において、半人半妖と吸血鬼の話し合いの場が設けられる。
「それで、何らかの具体案くらいはあるんだろう? それを言ってみてくれ」
「だからさっき言ったでしょう。物珍しく先進的で素晴らしいもの、よ。あぁ、とんでもないって感じでもいいわ」
「……全く具体的じゃないじゃないか」
 吸血鬼らしい我侭全開のレミリアに霖乃助は頭を抱える。
 レミリアは何の案もなく話を持ちかけてきたのだ。検討するしない以前の問題である。
「私がやるのよ? 大体どんなものでも上手くいくに決まっているでしょ」
 何故かやる気満々で成功を疑わない姿に霖乃助はある意味経営者として尊敬の念を覚えなくもない。
「青写真すらないっていうのにどうして儲かるなんていえるのか、僕は本当に不思議だよ」
「踏み出す一歩に自信を持たないのは三流よ」
 えっへん、とばかりに胸を張るレミリア。
 それを見てため息が止まらない霖之助。
 我関せず、と適度に紅茶を注ぎつつ後ろに控える咲夜。
 これほど三者三様という言葉が当てはまる状態も珍しい。
「とりあえず、何か言わなくちゃ帰ってくれないんだろう?」
「何かあるなら早く言いなさいよ。客が所望してるのよ。ほら、お客様は?」
「悪魔だね」
 ふぅ、と息を吐きながら霖乃助は本棚から一冊の本を手に取りレミリアの前に出す。
 そこに書かれているのは『THE 小売業態』という文字。
 早速出てきた物珍しいものをしげしげと眺めながらレミリアは一言。
「これが物珍しくて先進的で素晴らしくてとんでもなく凄まじい商売?」
「そうだよ。先進的で素晴らしくてとんでもなく凄まじい外の世界で成功している商売の一つさ」
 霖之助は付箋が貼られている箇所をペラペラと捲り、お目当てのページを探す。
 その時にチラチラと見える図やグラフに目をやりながら身を乗り出すレミリア。
 咲夜も興味がありそうな表情をしているが、行動には出さず従者している。
「コンビニエンスストア、というものが外の世界にはあるんだよ。知ってるだろう?」
「あぁ、あの年中無休でぴかぴかと光ってるアレね。入ったことはないけど存在は知っているわ」
 コクコクと頷くレミリアを見ながら、見たこともない物の本質を見たことがある者に伝える奇妙な感じに霖之助は苦笑する。
「この業態はかなり先進的だとは思うよ? 幻想郷では存在しない多数の概念で構成されているしね」
「あらそうなの?」
「コンビニの誕生は諸説あるけどアメリカで1927年。日本に上陸したのが1973年ぐらいだったかな。そしてこの幻想郷に博麗大結界ができたのは1885年。つまりね、本家が出来る以前に幻想郷はこっちに移ってきたから誰もコンビニを知らないし、理解もしていない」
 成程、と顎に手をやるレミリア。レミリアが幻想郷に入ってきたのはつい最近、自分たちよりももっと前に住み着いたものにとっては理解できないものなのかもしれない。
「僕はこの本や他に流れ着いた書物から大まかにしか理解できないが、君たちは多少なりとも体感で理解しているだろう。守矢の神社には外の世界になれた神も人もいる。彼女たちに協力してもらう形で一度考えてはどうだい?」
 本から得た知識を適当に垂れ流しながら、そわそわと動く目の前の吸血鬼を霖之助は一瞥する。
 あと一押しでもすれば今すぐにでも守矢神社に飛んでいきかねない様子。
 守矢の巫女には悪いだろうが、商人とは自分の利益を追求するものだということで勘弁願おう。
「コンビニの一番の特徴は、『商品ではなく便利さを売ること』さ。この幻想郷にはなかった、先進的で素晴らしくとんでもなく凄まじい商売だと思わないかい?」

「ありがとう霖之助。この恩は儲かったら返すわね。咲夜、守矢に行くわよ!」

 霖之助が言い終わると同時に外に飛び出すレミリア。
 テキパキと持ってきたのだろうティーカップを片付け、一礼をして主の後を追いかける咲夜。
 その二人の姿を目で追いながら、霖之助はため息をつきながら一言。
「と、いってもチェーン展開も出来ないしPOSシステムもないだろうから相当難しい話だと思うけどね」
 もう関係のない話か、と止まっていた道具の鑑定に入る霖之助は後日驚くことになる。
 それは人里にこのような幟が立ち、多くの注目を集めることになるからだ。

『24時間眠らない店 不夜城レッド 始めました!』

***

 終わった。やっと終わった。終わったけれど、また始まる。また始まるのだ。
 何度も何度もあいつらは群れでやってきて、私を濁流に放り込む。
 私は知らない。知らないんだ。全く持って知らない。
 知らないのに知っている。覚えがないのに覚えている。理解していないのに理解している。
 次は何が始まるのか。
 妹と血で血を洗う争いか。メイドと楽しく食材ハントか。誰とも分からぬ存在と睦言を語り合うのか。
 見える。視える。観えてしまう。
 自分が頬を染めながら紅白の巫女に寄り添う姿が。異常なほどに幼くなった自分が従者を困らせる姿が。
 いつものように、家族で笑いあう姿が。
 みえる。私には次々と襲い掛かるソレがみえる。
 『運命』が、みえる。誰かが用意したソレがみえる。
 あいつらに捕まれば、知らないことを知り、やらないことをやり、自分でない自分が創られる。
 他の誰もこの苦痛に気がつかない。なぜならみえないから。みることができないから。
 この苦痛に取り残されるのは私だけ。
 運命が別の運命に上書きされた瞬間に、皆は新たな運命に取り込まれる。それが正反対だろうがお構いなしに。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。もう沢山だ。
 知らないんだ。私は幻想郷の真実など知らないんだ。
 知らないんだ。私は友人の密かな悩みなど知らないんだ。
 知らないんだ。私は従者の異常な忠誠心など知らないんだ。
 知らないんだ。私はカボチャなんて、カボチャなんて知りはしないんだ。


 運命通りに、私を作り変えないでくれ!


 あぁ、来た。また来た。新たな『運命』がやって来た。
 逃れなれない『命令』が『運ばれて』来た。
 お願いだ。お願いします。
 誰か私を助――――

***

「しゃくやー!」
「あらお嬢様。どうしました?」
「おやつー!」
「すぐ用意致します。今日はお嬢様の大好きなカスタードプリンですよ」
「うー☆」
 初めましての方は初めまして。見たことがあるという方はお久しぶりです。
 十二回目の投稿になります。音無です。

 以前ここでレミリアの話を書いていた時、「あれ? これって俺が書こうとしてることをレミリアは見ることができるんじゃね? 運命的に考えて」と考えこの話が出来ました。
 自分がどういう役割でどういうことをやることになるのか分かるだろうレミリアの能力。それを深く考えていたらこういう話に。きっと他の人の書いてる内容も完成する前に見えてるのでは?
 運命を操れるならこんな話を書くことを許さなかっただろうか。いや逆に運命を操られたからこの話を書けたのか。私にはよくわかりませんが、兎に角一言。
 私たちはレミリアにごめんなさいしないといけませんね。そしてありがとうも。

 それでは本文、あとがき共に長文失礼致しました。

 どうでもいい話ですが、投稿しようと家に帰る途中に自転車のタイヤがパンクし、夜に散歩をするはめになりました。
 偶然ですよね? 怒ってないですよね?
 レミリア様、マジでごめんなさい(´;ω;`)
音無
http://secsec.client.jp/
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コメント



0.550簡易評価
14.90ずわいがに削除
なるほど、いわばこれは三次創作ですね!?
実は俺もこれと同じような作品の構想を考えてまして、おかげでスッと理解することが出来ました。
……いや、これで俺の解釈が間違ってたら恥ずかしいだけなんですけどね;ww

二次創作の数だけ、幻想郷のキャラたちは運命に動かされている――ってね。