01.
事の始まりはとある一つの会話だった。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
私が箸を置いたのと同時に、後ろにある台所から総領娘様――いや、どうせ相手には聞こえない心の内なのだから、名前で呼ばせていただこう。ああ、我が愛しの天子様――がやってくる。
両手にはお盆を持っており、その上にはお茶と何やら二つの小鉢が見える。
「はい、お茶。それと杏仁豆腐」
「まさか、総領娘様が?」
「久々に作ったわ。まぁ、食べて」
世間では我侭天人だのなんだの言われている天子様だけれど、その実天人の名に相応しく、非常に素晴らしいお方だ。勉学や武道は勿論、食事から茶道、果ては音楽の才能まで有られる。
否、才能だけではない。本人は多く語らないけれど、もって生まれた才能を不断の努力で更に高めた結果が今の天子様だと言う事を、私は知っている。才能も努力も、自らの口で語った瞬間その価値は地に堕ちると言う。天子様はその様な事をしない。天人として皆に説法らしき言葉を紡ぐ事はあるが、それ以外に話す事は少なく、割と普段は大人しい方なのだ。いや本当に、とんでも無い程に愛らしいお方なのは間違いない。
さて、ここは私の家だ。天子様のご自宅とは違い、一介の竜宮の使いでしかない私である。まぁ、なんだ、広くは無い。
「それにしても衣玖。少し片付けたら? 何て言うか、息が詰まるわ」
あ、いや、前言撤回しよう。ぶっちゃけ狭い。なんと言っても集合住宅ですから。アパートですから。薄い壁の両隣にはこれまた竜宮の使いが居ますから。
合計何部屋あるのか全く分からない天子様の家とは違い、我が城は1Rだ。今居るリビングにとりあえずと言った感じで備わっているキッチンに、ユニットバス。以上。ベランダなんぞ無い。
部屋が狭いと言うのもあるけれど、元々片付けるのは苦手だ。と言うか家事なんて何一つ出来ない。食事だったらそこらに桃の木が生っている。適当に毟ればいい。飽きたら水でも飲んで、それでも駄目なら寝てごまかす。洗濯はもっと駄目だ。地上では妖怪の山に住む河童のおかげで文明が進んでいるらしく、天界もその恩恵に預かっている訳だけれど、機械とか無理。私に二つ以上のスイッチがある物を渡さないで欲しい。
ちなみに、掃除は別だ。いや、何も掃除が得意という意味ではない。寧ろ掃除だって出来ない。
とは言え、この部屋が散らかって狭いのは、私が掃除出来ない女だからだけではなく、ちゃんと理由がある。
「申し訳ありません。ですが総領娘様、私は狭い所が好きなんです」
「まぁ、衣玖の家だから別に良いんだけどさ」
そう、私は狭い所の方が落ち着くのだ。だからわざと物を出しっぱなしにして、空間をなくしている。決して貧乏性じゃない。お金持ちが憎い訳でもない。お金ならある。唯浪費癖があるだけだ。
「美味しいです。何時でもお嫁に行けますね」
「まぁ、行く気はないけど」
「なんなら私が」
「え、衣玖結婚するの?」
「……いいえ、何でもないです」
はてさて、家事も出来る。教養もある。武道に至っては達人扱。お顔立ちだって可愛らしい。身体だってスレンダー。いわゆる完璧と言う奴だ。その天子様にも、唯一、一つだけ、欠点がある。それは、恐ろしく鈍いところだ。鈍いと言うか、その手の知識がないのだろう。未だに子供はコウノトリが運んでくると思っていらっしゃるくらいだし、何なら実践でもって私と天子様の間に子供でも残してやろうかとも思う。結ばれもするし、一石二鳥じゃないか。ははっ、私の馬鹿野郎。何で早くそうしなかったんだ。
ちなみに、今天子様が私の家で私に料理を作っているのも似た理由だ。天子様が鈍いのにも関わらず、格好を付けて「毎日私にお味噌汁を作ってください」なんて遠回しに言ったのが失敗だった。それからと言うもの、
額面通りに朝食を作りに来て、
文字通りに昼食を作りに来て、
要求通りに夜食も作りに来ている。
(嬉しいんですけど。いや、嬉しいんですけど、違うんですよ)
無知は罪、とは誰が言ったか。なかなか鈍いと言うのも、問題があった。
とは言え、こればかりは言ったところでどうにかなるわけでも無い。唯でさえ職務中に天子様を見るだけで興奮するのに、自分の家で天子様を見ていたら、何時欲望に負けるか分かったものではない。
「……ん」
そんな折、視界の端に、私は何かを捉えた。
畳まずに無造作に積まれた洗濯物の山の下、ちらりとそれが見える。確かそれはこの間下界に行った時に、回した抽選が当たってもらったものだ。しかし貰ったはいいものの、私にはその使い方が分からなかったので、そのままにしておいたのだ。
そんな私の視線に気がついたのか、天子様も洗濯物の山を見る。
「……衣玖も、女性なんだからせめて下着だけでもしまってくれないかなぁ」
「すみません。ああ、自分で片付けます。そんなわざわざ天子様がなさらずとも」
「……ねぇ。下着の“下”はあるけど、“上”が見つからないんだけど」
「偶々です。それより、総領娘様が気になっているのはこれでは?」
天子様と洗濯物の間に素早く回りこみ、ついでに話題を変える。
白と黒の筒状のそれを手にした天子様は、先ほどまでの訝しげな表情を引っ込め、代わりに楽しそうな表情を見せた。
「あら。望遠鏡じゃない」
「ボウエンキョウ、ですか」
「衣玖、知らないの?」
はい、と答えようとして、すんでの所で留まる。
仮にここで「知りません」などと不用意に答えて、天子様のご機嫌を損なうわけにはいかない。いや、ご機嫌を損なうだけならまだいい。ぷりぷりと頬を膨らませた天子様なんて寧ろご褒美だ。だから損なって困るのはご機嫌ではなく、好感度ではないか。どうやら天子様はこの白黒の筒がボウエンキョウなる物だと知っている。そこで私が知らないとなると、学が足りない者として認知されてしまう。それはいけない。
「いいえ、まさか。存じておりますとも」
「そっか。じゃあ、折角だし天体観測でもしましょう」
テンタイカンソク? なんだそれは、喰えるのか。
こんな事なら見栄など張らなければ良かった。しかしそれも後の祭り、気がついたら天子様はテーブルの食器を全て片付けて、台所に踵を返していた。上機嫌に鼻歌まで聞こえてくるのは何故だろう。そんなにテンタイカンソクとやらは楽しいものなのか。
分からない。取りあえず手掛りを探そう。そう思い、床に置かれたボウエンキョウを手に取る。とは言え、何かかいてある訳でも――いや、何かラベルが張ってある。
『天体観測用小型望遠鏡』
なるほど、ボウエンキョウは望遠鏡、テンタイカンソクは天体観測と言うのか。とは言え、この望遠鏡が覗き込んで何かを見るものなのは良いとして、天体観測ってなんだろうか。ちょっと漢字で考えてみよう。観測は観測で良いとして、肝心なのは天体……てん、たい?
(ま、まさか、天子様の、か、身体を!?)
いやいや、まさか、そんな。そういったお話はなさらないし、お嫌いな天子様がまさか、自らなんて。
しかし、良く良く考えると、天子様が私の家で料理を作ってくださっているのも、もしやそういうアピールだったのではないだろうか。しかし私がその気持ちに気付かなかったから、強硬手段に出たのかも知れない。
とにかく、まずは時間が欲しい。天子様のお気持ちは嬉しいし、私だってにゃんにゃんしたいと思っている。毎日が勝負下着の日々だ。下だけだけど。しかし、こんな散らかった部屋が初めての夜になってしまうのは、勿体無い。
「そ、総領娘様。今夜はもう遅いですし、明日に致しませんか?」
「明日は駄目よ、雨が降るから」
野外プレイ!?
純情で無知な方だと思っていたけれど、意外に変わった趣向があるようだ。
「ならせめて先にお風呂に」
「風邪ひくわよ?」
そうだった、野外だった。
しかし、鼻歌を歌う天子様の後ろ姿を見てると無性に興奮してくる。普段肉眼で見るお尻も良いけれど、望遠鏡で覗くのもまた背徳感がして非常に良い。なるほど、これが天体観測か。果たして今日は何色なんですかねぇ。
「……何、してるの?」
「多分白かと」
「誰の、何が、白なの?」
「あれ?」
果たして望遠鏡の先には誰もいなかった。妄想をしている間に世界は私の敵になった様だ。背後からは禍々しいほどのオーラが伝わってくる。空気を読む事に長けている私には分かる、背後に天子様がいらっしゃる事を。
いやはや、しかし言えるものか。まさか貴女の尻を凝視して妄想してました、だなんて。私は空気の読める大人の女性なのだ。そう言った類のお話が苦手な天子様に、わざわざ火種をまく事は無い。
そう思い私はいそいそと望遠鏡を洗濯物の山の下にしまった。こいつがなければ変な方向に話が行く事は無いだろう。あとは適当に口笛でも吹いて誤魔化せば良い。
「衣玖……」
しかし天子様はおさまってくれない。それどころか、どこからか緋想の剣を取り出した。
「ウェイト。落ち着いてください総領娘様。まずは深呼吸しましょう」
私の言葉に納得してくれたのか、天子様が深呼吸をすべく息を吸う。吸って吸って、はてどこまで吸うのか。前かがみなので表情は分からない。
かと思ったら、急に上体を逸らせた。まさか。
「……衣っ玖のスケベ馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
「ぐへぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
天子様の全身全霊の力を持って、緋想の剣でぶっ叩かれた! 哀れ私は自宅の薄い床を突き破り、雲を突き抜け、遥か下の下界まで墜落する羽目に……。
これが後に語り継がれるほどの異変の元凶などとは、口が裂けても言えない。
02.
「あー? 人の神社壊しておいて理由が言えないとは良い度胸してるわね」
「ウェイト。怪我人には優しくしてください」
ここは幻想郷だ。妖怪やら妖精やらがいてもおかしくはないし、異変が起きても不思議じゃない。現に今まで幾つかの異変を解決してきた。
とはいえ、だ。だからと言って、一度に二つも三つも異変が起きたら私だって投げ出したくなる。私は巫女であって、唯の人間だ。身体は一つしかない。
だから、咲き乱れる花と共に何日も宴会をしている時点で、結構私は限界に近い訳で。
そんな折に、空から人が降ってきて神社をぶち壊すなんて事があった日には、私の思考回路は臨界点を突破しても無理は無い。
そんな訳で、私は今目の前の馬鹿女を締め上げている。死なれては困るので、手当てだけはしてやった。が、意外に頑丈な奴らしく、一晩で意識を取り戻したどころか、こうして口答えまでしやがる始末だ。こいつの良い所といったらおっぱいくらいだ。張り具合と言い、服の下にアレをしていない辺り、同業者の香りがする。だからと言って、神社を壊されたのは許せないが。
「霊夢。何やってるのよ」
と、厨房から鈴仙が顔を出す。何を隠そう今日も宴会だ。霧や冬や夜が終わらない異変と酒を飲み続けるのを同じ異変として並べるのもどうかと思うが、事実なんだからしょうがない。誰が言ったわけでもないのに、気がついたら酒と人が神社に集まっている。最も、それも昨日までの話で、崩壊した神社では酒は飲めない。崩壊しただけじゃなくて、色取り取りの花が咲いているので本当に寝るスペースさえない。しかもこの花が厄介で、やたら背の高い花や棘のある花、匂いのキツイ花や毒を持つ花まで一緒に咲いている始末だ。正直目にも鼻にも悪いったらありゃしない。
そんな訳で、そんな訳でも、結局宴会は場所を神社から紅魔館に変えただけで、今日も行われる。
「はぁい霊夢。いらっしゃい」
「レミリア。お邪魔するわ」
「……ふん」
「そっちは、相変わらずね」
ふわふわとわざわざ飛んで来たのはレミリアだ。真横には紫色の連れ、やや後ろには咲夜。何が憎いのか、レミリアの連れであるパチュリーとやらは、会う度にこれだから困る。ちらりと私の隣の馬鹿女、もとい永江衣玖を見てレミリアが言う。
「ああ、まさか霊夢が私の知らない女を同伴してくるなんて。私は哀しいわ」
「レミリア。これは違うのよ」
「良いのよレミィ。あいつはそう言う奴なのよ。だからほっときましょう」
芝居がかった口調でレミリアがよよよと泣き崩れる。真面目な口調で言われたら本気で動揺してたけど、ふざけた調子で言ってくれて良かった。レミリアがこれくらいで怒るやつだとは思って無いけど、万が一レミリアに嫌われたら辛いにもほどがある。強いて言うならパチュリーの奴が悪乗りして私の評価を下げようとしてるのが癪だけど。
「地下室で本ばかり読んでると陰湿になるのかしら。ああ怖い怖い」
「一年中頭も衣装も紅白の奴に言われたくないわね。ああ愚か愚か」
くそ、人と話をする時は目を見て話せ。本を見るな。
さっきまでは地面に膝を付けてたのに、何が楽しいのかレミリアは私とパチュリーのやり取りを見て笑っている。忙しい奴だ。
ちなみに咲夜の姿はもう見えない。今頃厨房で鈴仙と手伝いをしてるんだろう。全く甲斐甲斐しい奴だ。レミリアによると最近甘え方を覚えたらしく、そのやり取りを聞かされる。完璧瀟洒で甘え上手なんて、どこまでシェアを広げれば気が済むのだろうか。しかもよりによってレミリアに甘えるとは何事だ。それはパチュリーも感じているらしい。それでも紅魔館が空中分解しないのは、恋愛より家族愛が強いからなんだろう。なんだかんだでレミリアが一番愛してるのは、私でもパチュリーでも咲夜でもなくて妹なんだろうし、そしてそれを私は分かってる。それでもこうしていられるのはレミリアが本当に良い奴だって事もあるし、逆に私達がレミリアを本気で自分の物に出来ないって気付いてるからだ。寂しいだなんて、言ってやらないけど。
まぁつまり、レミリアが本気でパチュリーと愛に堕ちないって事だ。
ああ、可哀想にパチュリー。幾ら私に牙を向いても、あんたの片思いは一生叶わないのさ。
そう思うと、なんだか無性に今の悪口も許せるから不思議だ。
「…………ふっ」
「何よ。その笑みは」
「別にぃ」
「腹立つわね……」
恨みたければ恨めばいい。所詮あんたは報われない弱者なのさ。あんたが今口にしてるのは悪口や文句じゃなくて唯の遠吠えなんだよ。
「……だから来るのは嫌だったのよ。こんな人がたくさんいる所」
「そう言うなよ。お前はいつも閉じこもってるじゃないか。外ならまだしも、紅魔館の中での宴会くらい顔を出しなよ」
流石はレミリア、優しいわね。誰にでも手を差し伸べられるのはとんでもない長所よ。偶に嫉妬するけど。
「ついでに言えば、お披露目会みたいな意味もあるけどね。『見ろ、我が家にはこんなに愛らしい友人が居るんだぞ!』ってね」
「あ、愛らしい? レミィ、それは語弊があるわよ。私には合わない」
「おいおい、謙遜するなって」
……あれ。おかしいわね。何かしらこの雰囲気。
「ほら、本で隠すなよ。可愛い顔が見えないじゃないか」
「お願いレミィ、やめて」
「そう言われて私がやめるとでも? ふふ、今日は酔わせてあげるよ」
「……もう酔ってるわよ……」
「ん? 何か言った?」
「何でもない」
そうして二人は勝手に食堂―メインホールとも言う―へ消えていった。パチュリーは完全に顔を本にうずめてて、前は絶対見えてない。転べばいいと思ったけど、実際に躓いたら多分パチュリーの腰に手を回してるレミリアが、お姫様抱っこして助けるに違いない。そう思うと、無性に腹が立って悲しくなった。
「……どうやら、負けたのは貴女のようですね」
「うるさい。これでもやってろ」
どこからか墜落してきた女が沸いてきたので、持ってた台帳をその顔面に投げつける。あれ、何でか私が泣きそうだ。
ぱらぱらと渡された台帳をめくりながら馬鹿女、もとい衣玖が私に聞き返す。
「これは何ですか?」
「台帳。そこに今日これから来る奴の名前を書いて頂戴。今ここに居る奴の名前はもう書いてあるから」
「何故泣いてるんですか?」
「うるさい!」
レミリアの馬鹿。せめて私がいない所でやって欲しかった。
今現在宴会に参加するだろうメンバーは私に衣玖。そして今来たレミリア、パチュリーに咲夜。そして厨房には鈴仙が居る。今は居ないけど宴会が始まれば萃香が必ず加わるから七人だ。妖精メイドは数として数えない。多すぎる。後何人来るのかは分からないけど、書かないに越した事は無い。別に深い意味は無いけど、これだけ宴会が続くと、誰が何回参加したのかが気になってくるから不思議だ。別に多い少ないで何かがある訳じゃないけど、気がつけばこうして台帳にそれぞれ名前を書く癖がついていた。
ちなみに、その萃香だけど人の神社で寝泊りしてるくせに宴会がないと私と顔を合わせようとしない。理由を聞くと、
「霊夢は遠くで見る分には面白いよ。でも近寄らないでね、変態が移る」
と笑顔で言われた。しかもそれはついこの間の宴会の事で、おかげで皆の笑いの的にされたのだ。崩壊した神社の中に居たのかは分からないけど、あいつの事だ、死にはしないだろう。誰か心配なんぞしてやるものか。どいつもこいつも私の事を馬鹿にしやがって、いつか異変を起こす側に回ってやろうかとも思ったけど、そんな事をしたら紫が哀しみそうなのでやめた。
「しかし、崩壊したとはいえ、神社に来るであろう方もいらっしゃるのでは? その方はどうするのでしょうか」
「壊した張本人がしれっと何を言う。あんた本当にしばくわよ」
「もう散々セクハラされてるんですけどね」
「それとこれとは別」
元々私の神社より紅魔館の方が宴会には向いている。それはスペース的な意味もあるし、厨房食堂などの設備もそうだ。加えて言えば、そこらに居る妖精メイドに酒を持ってきてもらう事も出来る(ただし、あいつ等は物覚えが良くないので注文が忘れられる事もしょっちゅうある)し、何より私のより咲夜の料理の方が美味しい。以前冗談で嫁に欲しいと言ったら一週間本気で考えたらしく、丁重にお断りされたのには傷ついたけど。真面目で天然なのは無しだと思う。勝てるわけが無い。
今食堂へ戻ったら、レミリアとパチュリーがいちゃいちゃしてそうで嫌だったから、取りあえず衣玖と共に玄関に居る事にする。咲き乱れた花はこの紅魔館の中にも浸入していて、あちらこちらに花が咲いている。幾ら時間を止められる咲夜でも、抜いても抜いてもまた生えて来る花なんぞ一々相手にしてられないだろうし、きっとレミリアなら咲夜に無駄な能力の酷使はさせない。それでも私の神社とは違い、見た目に悪くない程度の狂い咲きに収まっているのは、咲夜の丁寧な仕事のおかげに違いない。
「霊夢、聞いたわよ。神社が駄目になったんですって?」
現れたのはアリスだ。すっと台帳を開いた衣玖に一瞬だけ目を見張るが、特別大袈裟な反応はしない。アリス、アリス・マーガトロイドよ、と衣玖に伝えると、衣玖もそれを台帳にサラサラと書き込んだ。
「そうなのよ。だから暫く泊めてよ。一緒のベッドで寝ましょう」
「あー? 誰があんたなんか泊めますか。紅魔館があるじゃない」
シット、魔理沙は泊めるのに私は泊めないのか。
「ああ、それと、今日は幽香は来ないって」
「へぇ。まぁ、あいつ気まぐれだから不思議じゃないけど」
「紫と幽々子も来ないわよ」
「え!? 何でよ!?」
そんな馬鹿な。確かに幽香も紫も幽々子も全員気まぐれな性格ではあるけど、何も揃って欠席しなくても良いのに。じゃあ私は誰のおっぱいを見て酒を飲めば良いのよ。
「花でも見てなさいこの変態」
「花じゃ腹は膨れないのよ」
「食べれば良いじゃない。ほら、この花なんかどうかしら」
「アリス、それ毒草」
知ってるわよ、そう言ってアリスは行ってしまった。どうにも元々良い感情を持ってなかったらしい上に、一昨日の宴会の際に、アリスの知りあいであるメディスンとか言う奴に手を出したのが失敗だった。おかげで完全に距離を置かれている。
だって、自分で動く人形だなんて、アリスじゃなくても気になるじゃない。アリスだって原理が知りたいって言ってた。だから服を脱がそうとしただけだ。私は間違っていない。それを掌を返したかの様に軽蔑したかの様な目で私を見るのは何故だ。最も、謝ろうにもそれ以来メディスンの姿は見ていない。恐らくもう私にあってくれる事は無いんじゃなかろうか。アリス曰く「あんたの所為で唯でさえ人間が好きじゃなかったメディがもっと人間を嫌いになった。舌噛んで反省しなさい」との事だけど、私が思うに舌を噛んだら死ぬ気がする。
これで八人目だ。なんだかんだでそれなりに出席してくれるアリスは本当に優しい奴なんだとは思うけど、しかし三人が来ないのはあまりにもショックだ。特に紫。最近はセクハラも控え目にしてるし、異変解決もしっかりやってる。今正に異変の最中だけど、三つ一辺に起きてるんだから少しくらい時間が掛かっても仕方ないはず。だとすると、単に紫の方に来れない用事が出来たのだろうか。
まぁ、幻想郷自体を管理している紫の事だ。きっと私の知らない知り合いくらい大勢いるだろう。まさか紫に限って特別な関係の奴はいないとは思うけど。……居ないよね?
「おや? 表情が優れませんね。善行、足りてますか?」
「よっす」
「ん。ああ、小町に、閻魔様じゃない」
「ノンノン。今はオフです、役職で呼ばれるのは頂けませんね」
確かに、いつもの仰々しい帽子が無いし、小町も鎌は持っていない。とは言え、手に何か持って無いと落ち着かないらしく(本人談)、例の悔悟棒は持っているし、休日でも幻想郷を訪れては説教をする奴の言う事だ。マトモに相手にしてはならない。一方の小町はわりかし仕事をサボる。休日は当然休む。まぁ、だからこそこの二人は凸凹コンビとしてこれからも仲良くやっていくだろう。
二人に言われてさらさらと衣玖が台帳に名前を書く。
「さて小町、行きましょう」
「あー、はい」
さくさくと歩く映姫。小町もそれに追いかける――前に、私に耳打ちをした。
「悪いね霊夢、止められなかったよ」
「まぁ、しょうがないでしょ」
今夜も長い夜になりそうだ。と言うのも、実は今来た閻魔様の映姫が困ったもので、やたら絡み酒をしてくる。しかも問題はその酔い方で、やたら脱がせてくるのだ。自分が脱ぐんじゃなくて、周りを脱がせようとするから最悪だ。その癖、散々脱がせた挙句次の日になったら覚えてないと来た。面と向かって言おうものにも、相手が相手だ。見た目とは裏腹に堅物で頑固なあいつがそんな自分の悪癖を認めるかと言われたら……。
もしかしたら、紫が来ないのはそれが原因なんじゃなかろうか。そう思うと段々そうとしか思えなくなるから不思議だ。紫が以前言っていた「閻魔様は苦手」って言うのは、酔って脱がせて来るあいつが苦手と言う事なんだろう。だとすると、紫が来ないのはあいつの所為か。シット、あいつこそ黒じゃないか。
「……ふふ……」
「? どうしました?」
「決めた。今日はあいつを脱がす!」
「は?」
踵を返して二人を追う事にする。紫の弔い合戦と洒落込むとしよう。
03.
結果として、霊夢の考えは間違っていなかった。紫が今回宴会を欠席したのは正にその通りで、単に酔った映姫に絡まれるのが嫌だったからだ。実は幽々子はそれとは逆で、むしろ参加する気に満ちていたのだが、連日宴会で脱ぐだの脱がないだのと言う流れになっているのを嫌っている妖夢によって捕まった。今頃西行寺家の名折れだの、常識やモラルだのと言った映姫も耳が痛くなるような説教を受けているだろう。無類の堅物として知られる妖夢である。自身のみならず、主である幽々子にもしゃんとしてもらいたいと言う事だろう。
さて、幻想郷には幾つかの主従関係がある。今挙げた妖夢と幽々子もまた主従関係に当たるし、同じく宴会に参加していない紫にも従者は居る。真っ直ぐすぎて叩くと折れそうな程不器用な妖夢とはまるで正反対の様に見える藍も、紫の事は愛しているし尊敬している。言い換えれば絶対的な信頼とも表わせるし、だからこそ藍は自身の性癖を隠すことなく紫にぶつけているのだが、紫がそれに気付くのはまだ先になるだろう。
今紅魔館に居る者の中にも主従関係に属する者が何名か居る。
まずは紅魔館の主であるレミリアと、その従者が咲夜だ。今回はホストとしての立ち位置に当たる為、従者の咲夜は宴会には参加して居ない。裏方として調理をしたりしている。
参加者側にも関わらず、時折咲夜の手伝いをして居るのが鈴仙だ。元々そう言う気質なのだろう。とは言え大分酒が回っているのか、冷酒を瓶のままラッパ飲みしている。何時もしているネクタイはどこへ行ったのか今は無い。それどころか、素肌の上に直接ブレザーを着ている上に、ボタンをしていない。
これだけ書くと、まるで鈴仙が酔っ払って自ら脱ぎ出したかの様に見えるが、決してそうではない。原因は他にある。
「さぁ、次に行きましょう。次は霊夢、貴女です」
「仕方ないわね」
ホールは広く、幾つものテーブルの他に、なぜかステージがある。そのステージ上で、既に酒で出来上がった映姫が声を張り上げる。何を隠そう鈴仙が可笑しなかっこうをしているのもこの映姫の所為だ。
「じゃあ、行きますよ。最初はグー、じゃんけん……ぽん!」
「ぐっ……!」
「ふっ。さぁ、何を脱ぎますか、選びなさい」
霊夢が選んだのは頭の髪飾りだ。割と霊夢の髪は長く、また量もある為、髪飾りを取るとかなりイメージが変わるのだが、俄然それで皆盛り上がる。
じゃんけんをして負けた方が脱ぐ。いわゆる“野球拳”と言う奴である。
そしてこれがまた映姫が強いのだ。この数日間、何人もの挑戦者を全て蹴散らしてきた映姫は、今日もまた数人を刈っていた。常に最初の犠牲者になるのは小町である。なにせ一番近くに居るのだから仕方ない。さすがに全部は脱がさないものの、やはり人前で脱ぐのは恥ずかしい。ついでに言えば宴会が終わるまで新たに服を着ることが許されないのが辛すぎる。何が哀しくてきわどい格好で酒を飲まなくてはならないのか。意外と知らない者も多いが、こう見えて小町は純情なのだ。仕事に身が入らないのも、上司の酒癖と羞恥心なのだが、言えないのが実情である。
アリスもアリスで、何も脱がされるのは好きではない。寧ろ嫌いだ。とは言え、毎回小町が脱がされて一人端っこで泣きながら飲んでいるのを見ると、放って置けない程度にはお人好しなのだ。その為、嫌々とは言え、毎回適度に負けて適度に脱がされて、こうして小町に付き合うことにしている。
そんな訳で今、小町は同じく脱がされたアリス、そしてホールに戻ってきた鈴仙と共に端っこでちびちびと飲んでいる。時折妖精メイドが興味ありげに三人に目線を向ける以外は、特別絡んでくる者も居ない。今は壇上での映姫と霊夢の勝負が一番の酒のつまみなのだ。
このホールに椅子は無い。西洋式で立って飲むか、思い切ってカーペットの上に直接座って飲むかのどちらかだ。最初はどうしようか悩んでいたアリスと小町だったが、即座に座りこんだ鈴仙を見習って二人も座りこんだ。確かにそうした方が足が疲れないし、肌が隠れてくれる。最も、鈴仙が座った理由はそうではないらしい。
「私さ、素肌に何かが触れる感触が好きなんだよね。今だったらブレザーがそうだし、カーペットの上に直に座るのも最高。あと、これとか」
そう言ってスカートをめくる。何もそう言う意味ではない。太腿にはホルスターが装備されており、愛用の銃が収められている。
「この、銃の冷たい部分が太腿に触るとさぁ、すっごく気持ち良いんだよねぇ」
「へー……」
「そうなんだー……」
銃好きでもなければそんな性癖のない二人からすれば、何一つとして共感できる要素がない。そもそもとして脱がされても平然と厨房へ行ったり出来る神経自体が良く分からないのだ。まぁ、本人が楽しそうなので何も言う事は無い。下手に触れてその方向の話題で熱暴走されても困る。
「じゃんけん、ぽん!」
「くっ! あんた強すぎでしょ!?」
「さぁ、脱ぐが良い!」
もはや普段の口調はどこにもない。完全にやりたい放題である。
しかし霊夢は脱ぐ事が出来ず、ギブアップした。映姫もその辺りの線引きは出来ている。小さく頷くとこくん、とまたグラスを傾けた。途中の順番は前後するものの、いつも最初は小町で、そして最後は霊夢だ。その霊夢が負けたと言う事で、恐らく今日の野球拳はこれで終わりなのだろう。誰もがそう思った。
「いやぁ霊夢、良い負けっぷりだったねぇ」
「あいつ強すぎよ。反則だわ反則」
「レミィ、私寒いんだけど」
「安心しろ、私は寒くない。何だったら抱きついてもいいぞ」
「嬉しいけど、貴女も似たような格好じゃない」
「だからあいつ強すぎなんだって」
やいのやいのと言う声が上がっているが、しかしここで霊夢ははっと思い出した様に声を上げた。
「そうだ、衣玖! あんたもやりなさいよ」
「私ですか?」
衣玖が宴会に参加するのは今日が初めてだ。その為、皆存在を忘れていた。ましてや嫌が上にも盛り上がる野球拳である。何と無しに観客になっていた衣玖は、自分が指される事を考えていなかったらしい、驚いている。
しかし霊夢に腕を持たれて、ステージにまで連れてこられると、流石に状況を飲み込んだらしい。一筋だけ汗を流す。
「ほう、新入りですか」
「えぇ、いや、まぁ」
この時点で映姫は一度も負けていない。実に神がかり的な強さであるが、決して能力は使っていない。運と反射神経以外は使わない事を唯一のルールとしているので、つまり映姫は本当にじゃんけんが強いと言う事になる。却って能力を駆使していると言ってくれた方がどれ程救いになっただろうか。何せ突破口やチャンスが無いのだから。
しかしやる気まんまんの映姫と盛り上がるステージ下を見てしまった以上、衣玖はもう引き下がれないな、と感じた。やはり空気を読むのが上手なのだ。
そして握り締めた手を宙に掲げる。
「では行きますよ。じゃんけん、ぽん!」
「むっ……」
映姫の開かれた手に対して、衣玖の手は掲げたときのまま、閉じられている。まずは映姫の勝ちだ。
そして、さて何から脱ごうかと考えた時、衣玖は大変な事に気がついた。
(あれ? 私シャツの下って……)
思わずボタンを外す手が止まる。皆は服の下に何か着ていた様だが(服の下だけ脱いだ鈴仙は特別として)、衣玖はシャツの下には何も無い。自慢の珠の肌が晒されるだけだ。思わず皆に倣って上から脱ごうとしていた衣玖だが、咄嗟に帽子をぶん投げる。その影響で妖精メイドがPと書かれた何かを落としたが、衣玖には気にしている余裕は無い。
(上が脱げないとなると、私の残機は後五つ。同じくらいか)
休日の為、映姫が帽子を最初からして来てなかったのが幸いした。まだ見た目上は五分に見える。とは言え、衣玖には分かっている。相手は難攻不落な上に、自分の方が残機が少ない事を。
「じゃんけん、ぽん!」
「くっ……!」
その後も、気が付けば連敗してしまった衣玖は哀れ素足である。ホールに暖房が入っていなければとっくにくしゃみをしている頃だ。ステージ下の観客は衣玖の最後の敗戦を今か今かと待ちわびている。
「さて、あの新顔は何色なんだろうねぇ。黒に明日のお賽銭を賭けるよ」
「む。じゃあ私は紫に膝枕」
「マジで? 膝枕してくれるの?」
「耳掃除も付けるわ」
「映姫! 勝て! 絶対に勝て!」
随分勝手な観客だ。衣玖はそう心の中で毒づいた。衣玖からすれば、天子以外に興味は無い。こんな所で脱いでいる場合ではないのだ。
そうして衣玖は天子の顔を思い浮かべる。最後にあったのは一昨日の事だが、衣玖からすれば十分な期間だ。今直ぐにでも会いたいくらいだ。
「ふふ、行きますよ。じゃんけん、ぽん!」
「せいっ!」
「なっ……!」
映姫の手は再び開かれていた。対して衣玖の指は、何本かだけ折られている。
実に七人目、回数にして四十四回。今日最初の映姫の黒星である。
ざわり、とホールがどよめいた。
「やりますね……」
「ふふ……」
負けられない。衣玖にとって、自分の肌を晒す相手は天子と決めているのだ。こんな所で恥辱を味わうわけには行かない。
映姫が上着を脱いだ。流石に一回で終わり、とはいかない。
とは言え、首の皮一つ繋がっただけだ。今勝ったからと言って、残機が増えたわけではない。このゲームにエクステンドは無いのだ。
すっと息を吸い込み、再び衣玖は精神を集中させる。ホールの歓声や酒の成分、余計な物を意識から取り除く。やがて衣玖の脳内は天子の微笑で満ちる。これをドーピングと呼ぶかは分からないが、落ち着いているはずの衣玖の鼻息が少し荒いのが恐ろしい。
「……衣玖」
「ウェイト。話は後です」
「衣玖」
「もう、何でしょう……か……」
衣玖にすれば大事な場面である。集中を掻き乱されては叶わない。そう思ったものの、声の主も引かない。しかも心無しか冷たい声だ。一体なんだろうか。
鬱陶しげに衣玖が振り向いた先には、青い髪に黒い帽子。白い服に虹色の装飾が付いたスカート、そしてブーツ。
はて。足から腰、胸を経て顔と言った順に見あげる。見まごう事無く天子だ。意味が分からず、もう一度足から顔まで見直す。何の事は無い、先ほどのどよめきは衣玖の勝利ではなく、天子の登場だったのだ。両目一杯に涙を浮かべて、きゅっと唇を噛み締めている。
「人が心配して、一日掛けて探してたのに……衣玖は……」
やばい。咄嗟に衣玖はそれを感じ取った。何時の間にか手には緋想の剣が握られている。はてこの光景はどこかで見たぞ、あの剣はどこで取り戻したんだ、色々言いたい事はあったけれど。どれも間に合いそうに無い。
「ウェイト、総領娘様。せめて外に出ましょう」
「咲夜」
ここは他人の家だ、そう言えば天子も収まるはず。そう衣玖は考えたのだが、気が付いたら外に居た。しかもおあつらえ向きに後ろには湖がある。レミリアが咲夜に命じて止まった時の中で二人の外に出したのだが、そんな事を衣玖は知らない。頭の中は真っ白である。そもそも何故天子がここに居るのかさえ分かっていないのだ。
「衣玖が変な事するからとは言え、やりすぎたなって思って……謝ろうと思ってたのに……こんな所で変な格好で……私がそういうの嫌いだって知ってるのに……」
「ウェイト、これは私の意志ではありません」
そうして天子が身体を捻る。変なポーズを取っているのではない、単に目一杯の力を効率よく衣玖にぶつけようとしているだけだ。
「衣玖の馬鹿! 大っ嫌い!」
「またですかぁぁぁぁぁぁ!」
後日、博麗神社は元通りになったのだが、おかげで衣玖が暫く筋肉痛で動けなくなったのは言うまでも無い。
更に言うと、映姫も小町にこの花の異変が終わるまで禁酒をする様に言われた。その為宴会に映姫が訪れる事がなくなり、暫くして花の異変と同時に、連日の宴会も終わった。
ちょっと誤字脱字が多いかも知れない。
俺の中で何かが弾けてしまったぞwww
次回の雛に超期待
あなたの描く幻想郷の今後に期待!
後書き最高ー!
魔理沙は帽子と靴以外全裸と予想
次の作品に期待しております
ブヒヒヒイイイイイイ
てっちん愛しいよてっちん!!
四季映姫様に脱がされたいっ!(末期)
慧音先生お幸せにっ!
あとレミパチュ最高。
誤字らしきもの
>「完璧瀟洒で甘い上手」→「甘え上手」
>「~人間を嫌いい~」→「嫌いに」
ではないかと。
でも萌えた
新鮮というか、初心に帰らされました。
それはそうとこの変態達・・・変態なのにどうして話が上手く通るんだろうwww
変態のくせにちょっといい話を交えてくるのがまた好きwww