Coolier - 新生・東方創想話

大と並みの境4

2010/01/27 00:36:45
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大と並の境 4



「文(ブン)、文(ブン)、文(ブン)♪文が飛ぶ~♪」
人里の中をすいすいと飛んでいる少女が居た。
時間は早朝。
まだ日が昇ったばかりのために歩いている人が少ない。
その為途中で宙返りをするなどアクロバットな飛行をしても邪魔にはなっていないし咎められることもない。
とは言え人里でこんなことをし、また自分の歌を歌うなどこの少女はかなりご機嫌な様である。

少女名前は射名丸 文。
種族は鴉天狗で特徴は真っ黒な髪にカメラを持っていることが挙げられる。もちろん羽も忘れてはいけない。

「ご機嫌だな、文」
「あ、おはようございます、慧音さん」
文は挨拶をかけられたのでブレーキをかけた。
挨拶した人、上白沢 慧音は文の挨拶にうむ、と一言頷いた。

「見回りですか?」
「ああ、昨日はしっかりと見回りが出来なかったからな。その分今見回っているところだ。何も変化がなく良かったと思っているところだよ」
「まぁ、昨日は遅くまで博麗神社に居ましたからね。そのおかげで良い話を聞けましたから私としては大満足でしたね」
「私もそうさ。あの八雲の歴史を垣間見れたことは歴史家として誇りに思うよ。それも全て阿求殿のおかげだ」
二人は昨日の出来事を思い出し笑顔になっていた。

「そうですよね。ところでその阿求さんはどうしていました?」
「私が出る時にはまだ寝ていたな」
「そうですか。慧音さん、適当に切上げて阿求さんの家に戻りませんか?」
「ふむ。そうだな。もう少ししたら戻るよ。では、また後でな」
「はい、また後で」
少女たちは一度別れ、また後で阿求の家に集まることにした。
涼しい風が少女たちの周りに集まる。
季節は秋。昼には暖かくなるとは言え、やはり時間が時間なだけに少し肌寒いようでへくちっ、とお互いくしゃみをした。
後ろを振り返りお互いの顔を見て笑った朝のひと時である。

◆◆◆

阿求の家
人里の一角にある大きな家に三人の少女が食事の席に座っていた。

「おそいですねぇ、阿求さん…」
「確かに遅い」
「おなか空いた」
ぐぅ~と鳴ったお腹をおさえた少女、藤原 妹紅はじーっと前に出された食事を見ていた。

「みなさん、お待たせして申し訳ありません」
そう言って中に入ってきたのはここのお手伝いの人と

「く~~~~」
まだ眠っているこの家の当主、稗田 阿求であった。

「……阿求さん、寝ているんですか?」
「すみません。阿求様はかなりの低血圧ですので朝はとても弱いんですよ」
「へ~、朝に弱いねぇ…、まあ、それは良いんだけどさ……」
「ああ、確かにそれは良い。だが……」
「………見事な寝癖ですね」
妹紅と慧音は阿求の髪を見て何も発することは出来ず文にバトンタッチをした。

「いつもこんな感じなんですか?」
「いえ、今日はこれでも結構抑えられてますね。酷い時は全部髪が逆立っていて、まさに怒髪天を貫くかの如くということが有りましたから。それに比べたらまだマシかと」
「そうだね。今日は右側だけ天に向かっているだけだからマシかも」
「いえ、妹紅さん。それだけじゃ有りません。後ろは何箇所も巻かれていますよ」
ほら、と言って阿求の頭を対面に座っている妹紅に見せた。

「どうやったら、そうなるのさ。まるで波だね波」
「これはネタになりますね。早速一つ目のスクープです♪」
「やめてやれ。本人の許可がないだろう」
「阿求さん、あなたの髪を新聞に載せても良いですか?」
「く~」
「オッケー出そうです」
「まともに聞いてるわけないだろう」
そんなやり取りがあったためなかなか食事が始まらなかった。
ようやく食事を始めた頃には出された味噌汁が冷え切っていた。

◆◆◆

「それでは今日の予定ですが」
阿求はいまだ直らない髪を櫛で整えながら周りに話しかけていた。

「紅魔館に向かおうと思います」
「紅魔館というと美鈴さんのことですね?」
「ええ、そうです。彼女もまた『大妖怪』か『並』かの境に居る妖怪ですからね」
「そうだったな。確か妹紅が候補したんだったか?」
「私だけだったね」
「それほど強いのでしょうか。私も何度か彼女が戦っているのを見たことありますが、『大妖怪』と言えるかは微妙ですね。まあ、弱くもありませんが……」
文は彼女、紅 美鈴の今までのことを思い出していると腑に落ちず首をひねった。

美鈴は幻想郷のパワーバランスの一角、レミリア=スカーレットを主とする紅魔館の門番である。
能力は『気を使う程度の能力』の持ち主で虹色をした弾幕を使うことで有名なのだが
「ちょっと待ってほしい」
「どうしました、慧音さん?」
「彼女は何者なのかという事を考えたこと有るか?」
「そういえば、ないなぁ…」
「レミリア、フランドールは吸血鬼、十六夜 咲夜は人間、パチュリー殿は魔法使い。この辺りは認識されているが彼女の種族は何かと言うのは、私は全く聞いたことがない」
「妖怪という枠に一括りは出来ても何の妖怪かは解りませんね」
慧音の疑問に三人は確かにと言った顔で美鈴のことを考えていた。

「そうですね。例えば幻想郷縁起、妖怪の一つ目に載っているルーミアさんは暗闇の妖怪として紹介させて戴きました。ですが、彼女の場合、的確な資料が見つからずあえて何も触れませんでした」
「種族がわかると強さというものが解りますよね。例えば、紫さんは妖怪と言う枠に一括りされています。しかし彼女を『大妖怪』と私たちが判断したのは種族にも大きく起因していますからね」
本来生物は種族を増やし子孫を残すことで弱肉強食の世界を勝ち抜き、その種をより強いものと位置づけることができる。しかし彼女の場合、一人一種族という繁栄とは真逆の方向に有るのだがそれを長年、駆逐されずに今日まで生きている。そこに希少性があるため彼女は種族としても『大妖怪』として位置している。もちろん能力、知識なども携わっていることにも強みはある。

「つまり種族と言うのは強さのアピールにもつながります」
「…とするとその部分がわかれば『大妖怪』かどうかの判断がつき易くなるってこと?」
「おそらく、そうだと思います」
四人は話し合いの結果、今日の目的とそれに対する判断基準が出来た。
それを踏まえながら彼女についての武勇伝なり、最悪弾幕勝負で強さを量ることにした。

………
……


阿求の家、庭にて

「良いか?もう一度言っておくがくれぐれも慎重に連れて行くんだぞ、文?」
「分かってますって♪」
「前回があるからな、不安になってくるよ……」
「慧音さんは心配しすぎです。それでは阿求さん、しっかりつかまっていて下さいね♪」
「…はい、よろしくお願いします」
慧音の前回という言葉に阿求は顔を赤くした。
見上げると文の顔が近くにある。それを認識すると俯いてしまった。
髪、もうはねてないと思うけど大丈夫かな、と思いながら右側の髪を手で梳いていると

「それじゃ!!!」
ドン、と文は勢いよく飛び出した。

「あいつ、やっぱり分かっていないじゃないか……」
「まあ、まあ。今に始まったことじゃないからさ。とりあえず、私たちも早く出ようよ」
「……そうだな」
慧音はうんざりとした顔で飛び立つとそれを見て妹紅は苦笑しながら慧音に続いた。
時刻は昼手前。日が高くなり暖かくなってきた。
彼女たちが立ち去った人里は人がたくさん居た。
昼飯を買いに来たもの、または食べに来たもの。
あるいは仕事の休憩として田んぼの土手で昼寝をしているものも居る。
吸血鬼が住む紅魔館ではこの時間は大丈夫だろうか、とそう思いながら飛んでいったものは彼女たちの中には誰一人も居なかった。

◆◆◆

「ぐ~~~」
「寝てますね」
「ええ、お昼寝のようです」
文と阿求は紅魔館に着くと門番をしている美鈴を見かけたが、現在彼女はお昼寝中のようである。
二人でジーっと見ていると遅れた慧音と妹紅がやってきた。
慧音が先の文の飛び方に注意をしようと口を開いたら文に手で口を押さえられた。
この行動に少し驚いた慧音はふと下を見てみると美鈴が寝ていることに気づいた。

「寝ているようだがどうするんだ?」
「どうしましょうか?」
聞かれた阿求も正直困って苦笑した。

「ならさ、咲夜でも呼べば良いんじゃない?」
「私もその方が良いと思います」
妹紅の提案に文も同意した。
「じゃあ、呼んできますのでちょっと待っててください」
そう言って門を離れ、阿求が玄関に近づいて呼ぼうとしたら、

「何か用かしら?」
「ひゃ!?」
突然、阿求の目の前に咲夜が現れたのであった。

十六夜 咲夜
紅魔館のメイド長で能力『時間を操る程度の能力』の持ち主で人間としてはハイスペック名持ち主である。人は彼女のことを『完全で瀟洒なメイド』という。
綺麗な銀に近い白髪を揺らして阿求に近づいた。

「珍しいわね。あなたがここに来るだなんて」
「あ、こ、今日は」
「はい、今日は。それで御用は何かしら?」
「あ、ちょっと美鈴さんが寝ているので咲夜さんを呼びに行こうとして……」
「美鈴が?」
美鈴が寝ていることに咲夜は少し反応した。しかし反応の大きさの割には、明らかに大きく不機嫌な雰囲気を出していた。

「あ、あの……」
「全く……是非もないわね」
そう言って門番が居る門の方に向かった。

「あ、咲夜さん今日は」
「ええ…ちょっと退いてもらえるかしら?」
言われた文は美鈴と咲夜の間を空けた。
そして咲夜は一本のナイフを取り出すと美鈴の頭めがけて風を切るように投げた。
もちろん寝ている美鈴には見えてはいない。
誰もが刺さると思った。
そして

スコン

と小気味の良い音が聞こえた。

「良い音立てたな」
「ああ、寸分違わずってとこだね」
「まぁ、これだけ的が大きければ当てて当然でしょう。特にナイフの達人の咲夜さんにとっては」
「……他に言いたいことがあるんでしょ、あなたたち」
慧音、妹紅、文はナイフの刺さった的に一言感想を言った。けど咲夜は不満そうに次を促した。

「「「何で壁なんだ?」」」
そう、先ほど刺さった音がしたのは門壁の音であった。
美鈴はと言うとまだ眠っていた。しかし先ほどと違い座りの体勢から横になっていた。
ナイフが刺さる寸前、美鈴は寝返りを打ったのだ。

「はぁ~~~……これで99連敗…」
「「「?」」」
「美鈴にナイフが刺さらなかった敗北の数よ」
「その間刺さらなかったのですか?」
「ええ、全くね」
大きなため息をついて頭を振っていた。
阿求がそこに追いつくと

「どうかしたのですか?」
「うん?ああ、メイド長に完璧さが欠け始めていることについて驚いているところさ」
「?」
先ほどのやり取りを見ていない阿求には妹紅の言ったことが理解できなかった。
しばらくして

「ああ、そういえば貴方達何か私に用があったのよね」
「あ、そうでした。実はですね……」
と言って阿求は美鈴をふと見た。もちろんそこにはいまだ昼寝中である。

「美鈴さんに用があってきたのですよ」
「美鈴に?」
「ええ、今私たちは幻想郷縁起について調査をしているんですが……」
そう言って自分たちの活動と目的を説明した。

少女説明中…

「そうねぇ……」
少し考えてみた。今、美鈴は『大妖怪』かそうでないかの岐路にいる。咲夜視点だがかなり年季の入った妖怪なのでそういう分類に入ってもおかしくはない。
しかし、彼女はてんで弱い。
いつもあの白黒がこちらに向かってくるときはマスタースパークで吹き飛ばされている。門番としての役割を果たせていない。
他にも定期的に行われている咲夜と美鈴の弾幕ごっこも高確率、いや100%と言っても過言ではないほどに勝っている。
そこから導き出されるのは即ち、美鈴は弱い、であった。
……まあ、ここ最近ナイフは当たんないけど。
けれど時々思うのである。
本当に弱いのかと。
もし本当に弱いのであれば、なぜ幻想郷のパワーバランスの一角を担っている紅魔館にしかも門番長という役職を貰っているのか?
咲夜は一度、主であり美鈴の役職の任命もしたレミリアに忠言したことがある。

「お嬢様、美鈴はあまり門番として役に立っていません。少し彼女のことを考えてはどうでしょうか?」
今思えば咲夜は大きな口を出してしまったと深く反省した。なにせレミリアの反応が

「咲夜、貴方は優秀だわ。美鈴とは違ってね。でももしこれ以上美鈴のことを侮辱するようならあなたのためにはならないわ。なぜなら美鈴を侮辱すること即ち、私を侮辱することに繋がるのだからね」
まさに恐怖の塊であった。レミリアの発するオーラに完璧で瀟洒な咲夜も腰が抜けてしまった。
それ以降、咲夜は美鈴のことについては何も言わなくなった。
あれほどレミリアから目をむけられているのだ。何か特別なことがあるのだろう。
そういう風に割り切っては見るものの、やはりマスタースパークで遥か彼方に吹き飛んでいく彼女を見るとまた考えが振り出しに戻る。
堂々巡りの繰り返しであった。

「……~い……」
「………」
「お~い、咲夜。聞こえているか?」
「え、あ、ああ。ごめんなさい。考え事しててつい……」
「そうか。なら咲夜、レミリアはどうなのだ?」
「今は寝ているわ」
大方、慧音はレミリアから美鈴のことを聞こうとしたのだろう。
でも今この時間は睡眠中である。もちろん美鈴とは違い本格的な睡眠である。

「どうしましょうか、阿求さん?」
「一度日を改めましょうか、美鈴さんがこの状態だと……」
「それなら、今日の夜に行ってレミリアに会うってのもありじゃない?」
「妹紅の言うとおり、確かにそれもありだな。なら咲夜に会う予約をしておいた方が良いんじゃないか?」
そんなやり取りを見ていた咲夜は先ほどの自分の考えをまた浮かべていた。
気になる。美鈴のことが気になってきた。
チラッと手元に持っていた、懐中時計を見た。1時である。今の時間ならタイミングが良いかもしれない。

「あの、咲夜さん。ちょっとお願いがある「ねぇ、貴方たち」はい?」
阿求の会話に咲夜が声を挟んだ。普段ならこのようなこと失礼なことはしないのだが、どうしても気になってつい挟んでしまった。

「美鈴のことが知りたいのよね?」
「ええ、そうですが」
「なら、良い所に連れて行ってあげる」
そういうと咲夜は玄関の方に向かった。
四人は顔を見合わせ訝ったが、とりあえず言われるとおり咲夜に付いて行った。

………
……


紅魔館・ヴワル魔法図書館

「ここよ」
「ここって……あの魔女が住んでいるとこだよなぁ」
「ええ、そうよ」
妹紅は始めて入るので周りをきょろきょろと見渡していた。
他の三人は何度か行ったことがあるのでそのまま咲夜についていく。
とはいえ何故ここなのか、というのは口に出さなくても四人の顔に出ている。

「ホントにココが良い場所なのですか」
「ええ。あ、いましたね」
咲夜はパチュリー様、というと件の人は五人の方を見た。

「団体ね」
「ええ、団体です」
「……何か用かしら?」
「はい」
咲夜は軽く手招きして呼んだ。

「……あなたは?」
「私は藤原 妹紅。蓬莱人さ。よろしく」
「パチュリー=ノーレッジよ……」
お互い神社の宴会でしか、顔を見合わせなかった。なので接点が少なかった。
だから改めて自己紹介というわけだ。

パチュリー=ノーレッジ
『魔法を使う程度の能力』で『動かない大図書館』の異名を持つ魔法使いである。その肩書きどおり滅多に此処から出ることはない。

「パチュリー様、実はお話がありまして」
「何?」

少女説明中…

「ふーん、美鈴をね……」
「パチュリー様が美鈴に一番詳しいとお嬢様から伺ったことがあります。何か彼女の正体をご存知なのではと思いここに来ました」
四人は最後の咲夜の言葉に驚きを覚えた。
あの美鈴のことをよく知っているのは意外にもパチュリーであった。おそらく咲夜のこの口ぶりだとレミリア以上にこの魔女は美鈴を知っているのだろう。

「……そうね、おそらくこの紅魔館内では私以上に知っている人はいないでしょうね」
「と、言いますと他にも美鈴さんの正体を知っている人はいるのですか?」
文はパチュリーの言葉に引っ掛かりを覚え質問をしてみた。

「八雲 紫」
「ああ、なるほど」
確かに彼女なら、と納得した。幻想郷を管理しているあの『大妖怪』なら直接、或いは間接的に知っても不思議ではない。

「よかったら聞かせてもらえないか?貴方が知っている美鈴について」
「聞いてどうするのかしら?」
慧音は質問したがパチュリーに質問で返されてしまった。

「『大妖怪』かそうでないか私たちで判断し、幻想郷縁起の改編に役立たせていただきます。もちろん本人の許可を戴いてからとなりますが」
「そんなことをして何の役に立つのかしら?」
「え?」
阿求は一瞬言葉に詰まった。
自分のしていることが否定されたように感じたからである。

「ねぇ、慧音。例えば、咲夜から私の歴史を教えてほしいといって教えるかしら?」
「いや、目的と内容によっては、返答は異なるな」
「どうして異なるの?」
「それはプライバシーに関わるからだ」
「プライバシーにかかわったら何がいけないのかしら」
そこで、慧音はパチュリーの言わんとしている事に気づいた。

「そう。貴方たちがしようとしていることはそういうことよ。本人ならまだしも他人から聞かれた本人はさぞかし気分が悪いでしょうね」
言葉を止めて用意されていた紅茶を一口つけた。どうやら咲夜がいつの間にか用意したらしく人数分そろっている。

「プライバシーもあったものではない。わかるかしら、貴方たちが今しようとしていることは人には触れては欲しくないことに触れようとしている。それは治りかけた傷をまたえぐることに他ならないわ」
阿求はうつむいてしまった。今自分がしようと、いや、していた事も含めてそれらは触れてはいけなかったことかもしれない。
今までは、これが使命だとそれを優先させてきたのだが、そこに自分のしている事に疑問を持ってしまった。

「貴方がしていることは使命としては正しいことだと思う。でも軽い気持ちでやっていては相手を傷つけることになる。どういう気持ちで聞こうとしているのかしら、阿求?」
聞かれた阿求はなかなか答えが出ず俯いたままであった。
少しして少女は顔を上げ

「……私は私の使命の為にやっています。そのことに誇りを持ち、またその人のことをほかの人にも知ってもらいたい、理解してもらいたい。そういう気持ちで取り組んでいます」
「………」
「もちろんプライバシーに関わる事なので書かれた人が納得しないようであれば、それ相応の責任にも応じるつもりで取り組んでいます」
「どういう責任かしら」
「使命をやめ、唯の一人間として過ごそうと思います。それは稗田家の沽券に関わること。これが私の責任の取り方です」
「そう」
阿求の言葉の真相を探っているのかパチュリーは阿求の目をのぞいていた。そして一枚のペンと紙を机の上から呼び寄せた。そこに何やら書き込むと

「じゃあ、この契約書にサインしなさい」

契約書

幻想郷縁起の編纂の為、情報を伺ったことを編纂し、それを伺った相手が納得しなかった場合、契約者である甲(以下、甲)は幻想郷縁起の使命に関わりません。もし反故した場合、甲はその命を主である乙に捧ぐ。





甲:                  

乙:パチュリー=ノーレッジ



「契約に反した場合、この紙が貴方の命を戴くわ。魔女との契約は絶対よ」
「分かりました」
阿求は紙を受け取り自分の名前を書き込んだ。正直、ちょっと怖かったので書く手が震えていた。
契約書をパチュリーに渡そうとしたが慧音がそれを取り上げた。そして

「慧音さん!?」
「私もこれに関わっているんだ。当然だろ」
「私も聞かせてもらうんですよ。唯聞くというのは虫が良いですからね。情報というのはそういうものだと認識していますから」
「友達だから当然だろ。何驚いてんのさ。ところで私にもこれは効くのかい?」
「ええ。蓬莱の薬の効果含めて、命を奪うでしょうね」
「それは安心だ」
そういって妹紅もサインした。

「あなたはどうする?」
今回の編纂に関わっていない咲夜にパチュリーは尋ねた。

「美鈴のことを知りたいのは心の底から彼女を理解したいと思っているからです。サインするのは当然でしょう」
咲夜も契約書にサインした。

「分かったわ。じゃあ私が知っていることを話してあげる」
話そうとしているのに美鈴は何も反応してこない。
どんな時でもあの子は気づいているだろうから話しても良いのでしょうね、とパチュリーは考えていた。
その顔は薄ら暗い図書館ではよく分からないが、美鈴が止めにこないことに魔女はほっとしていた。

◆◆◆

あなたはだれなのかしら?

そこにいるあなたはだれなのかしら?

ここにいるわたしはだれなのかしら?

そこにいるあなた、わたしをしっているのかしら?

………
……


「……何これ?」
私はそう呟いた。
誰もここにはいないのに自然と声が出てしまった。
私は今日も日がな一日本を読んでいた。
読書は良い。読むだけで私の知識欲が満たされていく。
知識を身に付けること即ち、自分の欲のためでありまた将来の財産にもなる。
これだから止められない。
なのに…

「これはいったい何なのかしら?」
今日読んでいた本は変わっていた。
確かに此処にある本は人から見れば変わった本の集合場所である。
しかし今日の本はとりわけ変わっている。
実はこの本前に東の方からの行商人が私の処に来たのだ。
その時に適当に本を買ったのだが、今日の今日まですっかり忘れていたのであった。
なので今日はそれらを読んでいたのだが、そこで今の本に出会った。

「どうしてこんなの買っちゃったのかしら」
タイトルは無題。
内容はさっきの四行のみ。
そのくせページがざっと百はありそう。

「無価値ね」
今回は失敗したな思った。
次回からはしっかりと選ぼう。
区切りも良いしお昼にしようかな。
そう思い本を閉じテーブルに置いた。
自分で用意するのも大変だわ、そう思いながら部屋を後にした。

パタ、パタ、パタ

風の所為か本が勝手にめくれた。
そこには何も書かれていない白いページがあった。
しかしよく見てみると二ページにわたって紙がふやけているのか盛り上がりが出来ていた。
まるで人を縁取った様にうっすらと…

………
……


今日のお昼はドーナッツ二個にコーヒーと質素なものであった。
それをトレーに載せて部屋に戻ってきた。

「………」
本がめくれていた。
閉じたはずだと思ったのに、そう思ってまた閉じた。
いすに座ってドーナッツを食べていると

パタ、パタ、パタ

音がしたのでふと隣を見るとさっきの本がめくれているではないか。
おかしい。
此処の部屋は日が入らないように窓はない。
従って風でめくれるなどありえる筈がない。

「………」
食べかけのドーナッツを皿に戻し注意深く本を見ていた。

少女観察中…

あなたはだれなのかしら?

「!?」
突然、本に文字が浮かんできた。
流石にこれにはちょっと驚いた。

そこにいるあなたはだれなのかしら?

また浮かんできた。
よく見てみると最初のページにあった文と同じであった。

この本に恐らくだけど何かが封印されているのだろう、そう直感した。
この手の本は慎重に扱わないと危険なものが封印されていたら拙い。
私はそっと本に触れてみた。
すると本は浮かびだし、私から離れていった。
その後を追ってみると

「ベル?」
本がベルにかじりついていた。
そのベルは特別なものではなく、昔使用人がいた頃にそれを呼ぶためのガラス製のベルであった。このベルの音が、使用人が好きだったのでよくこれで呼んでいたのだ。
柄も無く透明で綺麗だと思い、取っておいたのだが、今日まで使うことはなかったのでうっすらと誇りがかぶっている。

「これがほしいの?」
そう本に呟いた。
すると。

こえがほしい

しゃべりたい

そう文字が浮かんでいた。

「ふむ」
少し考えてみた。
声をあげることは可能だ。
この本とベルを融合させることでおそらく上手くいく。
しかしそんなことして大丈夫なのか、と疑問に思った。
相手は何者なのか分からない。
最悪手に負えないものであれば、今この本を燃やすことも検討しないと。
そう考えているとまた文字浮かんできた。

あなたにわたしのことをおしえたい

「………」
悩んだ。
こいつは私にこいつのことを教えようとしている。
それは即ち、私の知識欲が刺激される。

「……駄目ね、私って」
そう思いながら本とベルを持って実験室に向かった。

………
……


結論から言おう。
実験には成功した?であった。
何故疑問になるのか、それは目の前に現れたのが

「……何これ?」
本日二度目の科白である。
今日は疑問だらけの日だとふと思った。
目の前に現れたのは見えない何かであった。
暑い日によく見る陽炎と言うか海で見る蜃気楼とかそういうのがしっくり来る答えである。
そこには何もいない。けれど『揺らぎ』が見える。
おそらくそれこそがこの本に封印されていたものなのだろう。
何でそんなことが解るかって?

「あ~やっと出ることが出来ました」
だってそこから声が聞こえるからよ。

「ありがとうございます。おかげでもう一度この大地を踏むことが出来ました」
「……それは良かったわね。ところで貴方は何者なの?」
「私ですか?私はしがない妖怪ですよ」
「いや、そうじゃなくて…」
聞きたいことはいっぱいあった。
名前とかなんで封印されていたかとかどんな能力の持ち主とか何時から封印されていたかと、そうそう誰にどうやって封印されたとかも聞きたいわね。
まぁ、それよりも

「どうして貴方は透明なのかしら?」
「えっ?」
透明な妖怪は私に指摘されて初めて気づいたようだ。
さっきから頭?らしきものがきょろきょろと動いている。

「ああ、本当ですね。確かに透けてますね」
「落ち着いてるわね」
「いえ、これでも驚いているんですよ?あ、そうそう。貴方の質問ですがおそらく貴方の使った材料の為だと思います」
「どうして?貴方がそれを望んでいたから私はそれを使ったのよ」
「ええ、確かに望みました。しかし私は鈴を望んでいたのです。ガラスの、無色透明な鈴を使ったからこうなったと思います」
「なるほどね。なら色付きな物を使えば貴方には色が付くのかしら?」
「おそらく…ですけど」
「わかったわ」
私は彼女?(女性の声がするので)にそう言って少し部屋を出た。
しばらくして

「これならどうかしら?」
私は実験室に戻ってきて彼女に見せた。
それは七色のハンドベルであった。
もう使うこともないと思い、しまってあったのを持ってきたのだ。

「たくさんありますねぇ」
そう言って赤いハンドベルを持ち上げた。
……これって傍から知らない人が見るとポルターガイストに映るのかしら?

リィン

今聞いても良い音ね。

「綺麗な音ですね」
「そうね」
それで?と彼女に聞いてみた。

「もし宜しければこれ全部使っても良いですか?」
「構わないわ。どうせ使っていないものだからね」
「♪ありがとうございます!」
そういって彼女はお辞儀らしきものをした。

いったん、私は彼女を別の本に封印し七つのハンドベルと掛け合わせることにした。

………
……


結論から言おう。
実験には成功した。
彼女の言うとおり今度は彼女に色が付いた。
人間型の妖怪であった。
けれど

「うわぁ、色が付きました。ありがとうございます♪」
「……何これ?」
本日三度目である。
そこに現れたのはなんというか女性としては嫉妬してもおかしくない女性がいたのだ。
真っ赤な髪は腰まで届くように長く、また手入れもいきわたっているのか光沢を発している。
そして何よりも目を惹きつけるのは、出ているところは出ているし、ひっこむべきところはひっこんでいるボディである。
まさにマーベラスの一言であった。
何でそんなことがわかるかって?

「ちょ、ちょっと。貴方、なんで裸なの?」
「え、あれ、そう言えばそうですね」
今疑問に思うところじゃないでしょ。
普通なら大声上げて恥ずかしくなるべきなんじゃない?
どうして見ているこっちが恥ずかしくなってくるのよ……

「すみませんが、服貸してもらえませんか?」
「……分かったわ」
大きなため息をついて服を見繕いに行った。
実験に成功してこれほど気分が悪くなるのなんて初めてだわ。
そう思いながら部屋を出た。

………
……


「どうかしら?」
「う~ん。大分きついですね」
そりゃそうでしょうね、と思った。
彼女に貸したのは男性用の燕尾服であった。
彼女は身長もかなりあるらしく女性用で彼女に合う上下が見つからなかったのだ。
仕方がないのでこれを渡すことにした。

「まぁ、おいおいこの服を改造すればよいでしょう。そうしても良いでしょうか?」
「……えぇ」
唯頷くしかなかった。

「……改めて聞くけど貴方は何者かしら?」
「私は唯の妖怪って言いましたよね?」
「えぇ。聞いているのは名前の方よ」
「名前ですか?名前はないです」
「ない?」
「はい。正確には忘れてしまいました。だから本から貴方に向かって名前を教えてほしいと言ったんですよ」
「ああ、そう言えばそうだったわね」
確かにそう書いてあったのを思い出した。
名前がないと不便だなと思い挙げることにした。

「希望はあるかしら?」
「特には…貴方が私を助けてくれたので私はあんたの意のままに従います」
ですから良い名前をお願いしますね、と付け加えられた。しっかり希望しているじゃない……

「貴方って東の方出身よね?」
「ええ、そうですけど……私言いましたっけ?」
「なんとなくよ。そこで貴方の国でこれらの字はなんて発音するのかしら?」
そう言って私は紙に書いた字を見せた。

「『ホン メイリン』ですね」
「そう。なら貴方はこれから自分のことをホン メイリンと名乗りなさい」
字で書くと紅 美鈴である。

「ありがとうございます。え~っと……」
「パチュリー=ノーレッジ。魔女よ」
「よろしくお願いします、パチュリー様」
パチュリー様、そう言われて少しフラッシュバックした。
いつかいたあの娘、私の使用人として私に使えたあの娘。
そう言えばあの娘も髪が真っ赤だったなと…

「パチュリー様?」
「……な、何かしら?」
「握手しましょ♪」
そう言って彼女は手を差し出していた。
二人が出会った友好の証として。

「これから宜しくね、美鈴」
「はい♪」

………
……


「パチュリー様、朝ですよ~」
「う、う~ん……」
「ほら、起きてください」
「う~ん…後、五…」
「五分なんて駄目ですよ」
「…時間……」
「いやいやいや、それはないですよ。もう、朝食の用意が出来ているんですよ」
「………」
そこまで言われて仕方なく起きた。
なんで元気なのだろうか?
こっちは遅くまで調べ物をしてたのに。
しかも付き合ってもらっていたって言うのに。

「……元気ね、あなた」
「まあ、朝ですからね」
朝だから元気なのか?
いや、そうじゃないでしょ。貴方、昼も夜も元気じゃない。
そう反論しようと思ったがこっちは元気がなかった。
何せ朝なので。

朝食はクロワッサンとハムエッグ、牛乳であった。
彼女は東の出身にも関わらずこの手の料理も出来るようだ。
まあ、本片手にではあるが。

「いただきます!」
「……いただきます」

彼女が来たおかげで私は少し変わったと思う。
顕著なのは生活リズムである。
昔ならそれこそ何日も読書を続けていたのだが、美鈴に咎められて以来早く寝るようにしている。
そして朝起きてご飯を食べる。お昼も夜も食べる。
いわゆる人間らしい生活をするようになった。
私は魔女。魔法使い。本来、睡眠食事は必要ないのだが彼女に勧められてから喘息が少しやんできた。
そう言えば彼女には喘息持ちだと伝えていなかったわね。
後で教えておこうと思った。何かあったらいけないし。
出会ってまだ一月も経ってはいないが、なかなか密度の濃い日々を送っている。そう言えば誰かと触れ合っているというのも、あの時以来なんだと思った。

今、美鈴はあの娘と同じように私のために働いている。
今日の食事も含め掃除、洗濯、買い物にも行ってくれるので大助かりだ。
そんなことを考えていたら、丁度美鈴が私の部屋に入ってくるのが見えた。

「パチュリー様、今日の買出ししてきたリストです」
「ご苦労様」
私は美鈴から手渡された用紙を見た。
ふむふむ…魔道書七冊に、インク一本、用紙が五十枚、後材料がetc…

「わかったわ。買ってきた本は空いている本棚に納めておいて頂戴。材料は実験室に。インクは今貰うわ」
「わかりました」
そういってインクだけ渡して物を持っていった。
が、途中で止まりこっちに顔を向けた。

「そう言えばこの町は何でも売っていますね」
「そうなの?私他の町に行ったことがないから分からないわ」
「そういえばそうでしたね」
納得したのか美鈴は実験室の方に向かった。

私の家は町から少し離れている。
魔女と言うものはとかく胡散臭く見られるのでわざと町から遠ざけて住んでいるのだ。
美鈴が戻ってくると
「さっきの話の続き宜しいですか?」
「?別にいいけど……」
あれで会話が終わったものだと思っていたので少し疑問に思った。

「突然ですが都市と言うものについて持論を展開しようと思います」
「本当に突然ね。それで?」
「私が思うに物がたくさん揃っているという事は町が都会化した或いは進行中だと思います。都会化するということは人が集まりその人を狙って様々な物を扱おうとします。すると今度はどういうものが欲しいのかという情報が形成されまた物が新しく作られます。そうすることで国が発展すると私は考えています」
「そうね。物と人は都市の発展の条件と言うことに異論はないわ。もちろん情報もね」
「ところがこの町はそれほど大きくなく人口も普通だと思います。なのに物がたくさんあります。これはどういうことかと最近考えていました」
「………」
「ずばり聞きますけど今って何年なんでしょうか?」
「それは時代って言う意味?」
「はい」
美鈴と住んでいた国と違っていたので共通しているかどうか分からないけどとりあえず教えた。すると彼女の顔はだいぶ衝撃を受けていた。

「な、なんとまあ……それならおかしくはないですね」
「どうしたの、美鈴?」
「パチュリー様、おそらくですけど……私貴方が生きていた時代に比べて、少なくとも二千年は経っていますね」
「は、二千!?」
驚いた。私ってこんなにおっきな声出せるんだなあって二重の意味で驚いた。

「それって本当なの?」
「多分ですが…最初は住んでいる国が違うから勝手が異なるのかなと思ったんですけど。今日東の方からの業者が来ましたので、ちょっと世間話をしたんですよ」
「それで?」
「『あんた歴史の先生かい』って言われました。どうやら私が知っていることは歴史の産物になっているようです」
「そうなの…」
流石にそれはショックでしょうね。美鈴にしてみたら知っていることが此処では、と言うかこの時代では通用しないのだからね。

「だから私って名前も思い出せなかったんですね。あまりにも長い時間が経っていたから」
「おそらくそうでしょうね」
「………」
いやな沈黙が流れている。
静かなのは好きだ。誰にも邪魔されない静寂はとても心地がよい。
けれど今はつらい。
あんなに明るかった美鈴が静かになるとつらいし悲しく思う。

つらい?悲しい?

そう言えば美鈴が来るまでこんな気持ちになったこと久しかったように思う。
自分で言うのもなんだが私は暗い存在だったと思う。
と言うのも感情を表に出さなかったからだと思う。
美鈴のおかげでここにも変化があったんだなと場違いながらもふと考えた。
でも考えるんじゃなかった。おかげで美鈴が気づいちゃった。

「パチュリー様?」
「あ、えっとね、その……」
困った。こういう時どうすれば良いのか全然分からない。本にも載っていなかったし。
え~っと何か出なさいよ、私の頭。美鈴が「?」を出しながら待っているじゃない。

「そのね、美鈴。確かにそのことは悲しいと思うわ。でもねちょっと考えてほしいの」
「?」
「あなたが長く封印されていたおかげで私は貴方と出会えた。これは私にとってはとても嬉しい事なの」
「!」
「だからね、私は貴方じゃないから他人事みたいに言うけど、貴方も出来れば一緒に今の時代を生きてほしいなって思うのよ。それでね……」
「パチュリー様!!!」
そう言って大きな体が私を覆いかぶさった。

「ちょ、ちょっと!?」
「嬉しいです!すっごく嬉しいです!わ、私、パチュリー様に出会えて本当に良かった!良かったよ~!!!」
そう言って彼女は泣いていた。
感情を忘れていた私にもこれは分かる。
この子は今嬉しいんだなと…
だから私は美鈴の綺麗な赤い髪をそっとなでた。

………
……


数ヶ月経って
事態は大きく変わっていった。
私と美鈴の取り巻く環境がである。
最近この町の近くに吸血鬼が出没すると言う噂らしい。
美鈴が街の人が目撃した、襲われたと言っていたのを聞いたらしい。
幸いにも私の家とは真逆の方向に出没したそうだがこれからどうなることやら。

「……という事らしいですよ」
「そう……吸血鬼ね」
「怖いですねえ、パチュリー様」
「まあね」
吸血鬼は確かに恐ろしい。まず肉体面では魔女では対抗できない。
けれど彼らは強さの反面、弱点も豊富だ。
太陽、銀のナイフに十字架、一説では炒った豆も有効だとか……
取り合えずこれだけ備えがあれば十分でしょう。

「……で、パチュリー様。私の話を聞いていただけました?」
「ええ、聞いたわ」
「なら、何故出かける用意をするのですか?」
「材料が足りないからよ」
「だからってこんな夜遅くに出かけることもないでしょうに!?」
「仕方ないことなの」
そう仕方ないことなのだ。本来なら美鈴に昼のうちに頼んでおけばよかったのだが、忘れていたのだ。
それにこの探究心は自重できない。
知識欲がうずくのだ。

「そういうわけだから」
「いや、ちょっと待ってくださいよ~…それなら私もついていきますってば……」
そう言うことで、二人で出かけることにした。

………
……



今私たちは家の近くにある森の中にいた。
その中で目的の物は早く見つかった。
これは幸運だ。
こんなに早く見つかったのだから直ぐに帰ろう。
付いてきた美鈴もほっとしている。
でもそういう時に限っていやなことは起きるものである。
聞こえてしまったのだ。
異質な羽の音が。

「パ、パチュリー様?」
「これ、持ちなさい」
美鈴は吸血鬼対策グッズを持っていなかったので銀のナイフを渡した。

「こ、こ、これで?」
「そ。それでよ」
「パ、パチュリー様は?」
「私は心配ないわ。それより震えすぎ。気を引き締めなさい。私を守るために付いて来たんでしょ?」
「は、はい!」

バサッ

一際大きな音が聞こえた。上を見てみると三匹の吸血鬼が旋回していた。

「それじゃ、しっかりやりなさい」
「は、はい」
まだ声が震えていた。私は魔女と言うことも会って命を狙われたことは少なくない(吸血鬼は初めてだが)。それに比べて美鈴はそういう事の経験が少ないのだろう。
私が頑張らないと。

牽制目的の弾幕を張った。
まずは当たった場合、どれだけダメージがあるか確認しないと。
吸血鬼はなかなかすばやく当てにくいがやっと一匹命中した。

「文献どおりね」
ダメージはほぼない。
そう思っていると二匹が急降下してきた。

殺気に満ちていた。
私を殺そうとしているのだろう。
でもそうは上手くいかないわ。
対策として、手始めに流水を模した魔法

「プリンセスウンディネ」
魔方陣から出る水の光線が吸血鬼を飲み込む。
向こうは対抗のためか魔力の塊や光線を繰り出してきた。

「流石に二匹相手ではきついわね」
負けることはないが押し返せてない。
膠着状態は拙いと思い、陣を切った。
間髪置かずに

「ベリーインレイク」
さっきの上位バージョンである。
大量の水が押し寄せ飲み込むだろう。
吸血鬼も溜まったものではないのだろう。
一匹が裏切るように魔力放出を切上げ、上に飛んで行った。
『プリンセスウンディネ』を二匹で互角だったのだ。
上位バージョンの上、一匹に裏切られては一匹では対抗不可。
水に飲み込まれて消滅した。

「さて、ようやく一匹ね」
調子が良い。喘息ははたと止んでいる。日頃の生活のおかげだ。

まだ続いている『ベリーインレイク』を上空に放った。
けれど当たらない。
的が小さい。
ならば広範囲な技に移ればよい。
そこで選択したのは水と木の複合魔法

「ウォーターエルフ」
自分の周囲に水と木の属性を持った弾幕を展開した。
敵の弾幕を相殺しても余りある弾幕だ。
しかも範囲が広いので当てることも容易だ。
敵は私に近づけていない。
じわりじわりと迫る私の弾幕。
ほらよく見なさい。
貴方はすでに囲まれているわ。
そして抵抗空しく二匹目も打ち落とした。

こうなってくると後は三匹目。
そこで思った。
三匹目は私と対峙してない。
美鈴、と思い居るだろう方向に振り向いたら、足元に金属音がした。
それは吸血鬼対策グッズの銀のナイフだった。
拙いと思い美鈴が居る方向に向かった。

居た。けど言葉が出なかった。
だって心臓の場所を手が貫いているもの。
あんなの喰らえば、いくらなんでも無事ではないだろう。


あの吸血鬼は。


そう貫かれているは吸血鬼、貫いているは美鈴。
何が起きているのか一瞬混乱した。
だってありえないもの。
あの体が丈夫なことが代名詞の吸血鬼の体が傷つけられていること。
吸血鬼を弱点も使わず美鈴が倒したこと。
なにより美鈴の顔が悦びに満ちていたこと。
その顔は愉悦で歪んでいた。
口は三日月のようになり目は見開いていた。
いつもの美鈴とは明らかにかけ離れていた。

「フフ……ハハハ…………」

薄く笑っていた。無理やり笑いを堪える様に佇んでいた。

「美鈴……」
「フフ……パチュリー様……」

「吸血鬼って壊し甲斐がありますね」
そう言って美鈴はその場に倒れた。

………
……


さっきのはなんだったのだろうか。
ベッドで眠っている美鈴を見て言葉が漏れた。
倒れた美鈴を何とか家まで運んで今は寝かせている。
二時間ほど経っても目を覚まさない。
でも大丈夫だと思う。
怪我は皆無に近かった。
今は穏やかな顔で眠っている。

美鈴って何者かしら。
初めて会ったとき、ただのしがない妖怪って言っていたけど、唯の妖怪が吸血鬼を倒せるのかしら。私の場合、精霊の力を用いることが出来たこと、弱点も把握していたこと。よってアドバンテージは私にあった。
それに対し美鈴は素手だ。それで吸血鬼を倒せていた。
それは事実だ。
だからこそこの子のことが疑問に思う。

ちょっと待って!
この子本当に素手で倒したのかしら?
私はその場を目撃していない。
抜き手をしたのは見たが、何か特殊なことをしたのかもしれない。
能力!?
そう言えば、私この子の事何も知らない。
昔、妖怪として森の中で暮らしていたら導師に封印されたっていうことは聞いたことがある。
でもそれだけである。
そもそも何でこの子は封印されたのだろうか?
聞けば何もしてないのに封印されたらしい。
おかしな話だ。

『あなたにわたしのことをおしえてあげたい』って最初に言われたのに、何で教えてくれないのだろう?
その前になんで教えてくれないことに疑問を持たなかったのだろう?
駄目だ。疑問が次から次へと湧いて仕方ない。
まるで壊れた水道のように止めようがない。

「パチュリー……様?」
「…!起きたのね」
美鈴が目を覚まし起き上がった。

「横になってなさい」
「もう大丈夫です…」
静寂がこの場を包む。
聞きたい。けど聞いてはいけないような気がする。それが私の中をぐるぐる駆け回る。

「聞きたいこと、あるんですよね?」
「えっ?」
口に出していたかしら?そう思っていると

「いえ、そういう雰囲気が出ていましたので」
「………」
「まずは私の能力についてお話します」
「お願い」
お互い神妙な顔をしていた。
美鈴は言いにくそうな顔をしていた。けれど決心が付いたのだろう…

「私は『気を使う程度の能力』の持ち主です。その名の通り気を使うことが出来ます」
「気ってあの気功とかっていう気?」
「はい。ですがそれは基本であって私はそれ以上のことが出来ます」
「どんなことなの?」
「気というものは応用が利きます。気と付くものなら大抵のことなら扱うことは可能です。例えば、雰囲気とか気分とか。そういのも操ることが出来るんですよ」
「!」
「だからさっき私が『聞きたいこと、あるんですよね』って言ったのはそういうものを感じることが出来たからです」
驚いた。この子はさらっといったけど普通そんなに幅広く能力の応用を用いることって出来るのかしら?
応用が利きすぎているじゃない。あれ?でも、まさか……

「そしてこの説明をするからには、パチュリー様に謝らなければならないことがあります」
「……私のことまで操っていたのね……」
「はい」
その言葉を聞いてハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。
短い間だけど自分で言うのもなんだが仲良く暮らしていたのにそれは表面だったって言うの、美鈴?

「具体的には貴方のことに対する私への疑問についての気を紛らわせていました」
「だから、貴方に対する疑問がなかったのね」
「パチュリー様はとても知識欲への拘りが高いことに気づいていたのでそれで……」
「どうしてそうしたのかしら?」
「怖かったんですよ」
美鈴は自分の体を守るように、外からのものを拒絶するように強く抱きしめていた。

「パチュリー様は魔女です。私を封印した導師と同じ類の存在です。だから出して直ぐに封印されると思った。実際、私に色をつけたときにもかなり怖かった。でもあの本から出してくれるのはそういった類の者しか出来ないことはわかっていた。だから保身のために私への疑問をなくしていた」
私は卑怯なんです、そう言って泣いていた。
綺麗な顔から、明るかったあの顔から涙が零れくしゃくしゃな顔をしていた。
あの日、美鈴が時代をかけ離れていたことを知った日の以上に泣いていた。

少しは分かる気がする。
どうしても自分で抗えないような出来事があれば、今自分が持っている能力、知識、技で乗り切るだろう。例え卑怯者のレッテルを貼られたとしても。
でもまさか自分がそれをやられるなんて。
理解は出来ても感情が許してくれない。
そのことが悲しい。
私は美鈴が好きだ。
でもこの感情が許してくれない。

バンッ

机を叩いた私を見て美鈴はビクッとした。そして泣きながらこっちを見ていた。

「美鈴、貴方がしたことは、私は許せない」
「………」
「でもね、貴方がしたこと、気を使っていたことのおかげで私は感謝していることがあるの」
「感謝?」
「私ね、一度自分の実験の失敗で大切な使用人を亡くしたわ。その子は貴方と同じ綺麗な真っ赤な髪を持った子だったわ。そして明るい顔で私に接していたところも貴方と同じ。それだけに自分の過ちで取り返しが付かないことをしてしまったためにショックは大きかった」
一息ついた。そしてあの子の顔を思い出しながら話を続けた。

「それからは無感情で過ごす日々が続いた。意識的にか、無意識にかわからないけど。でもそこへ丁度貴方を召喚したとき、まさにあの子がもう一度戻ってきたように思ったわ。それからは感情が出るようになったのを気づいたわ。きっかけは『あの日』。いつを指しているか分かるわね?」
「はい」
「だからね、貴方がしたことは間違っていても、貴方の存在は間違っていなかった。わたしは貴方に感謝している」
「はい…」
「だから許すわ」
その言葉を聞いて美鈴は大きく泣いた。
私の感情にあったあの悲しみは小さくなっていた。
こういったものは理屈じゃないわね。
私らしくないけど。
これもこの子のおかげだ。

………
……


「落ち着いたかしら?」
「はい。申し訳ありません」
「別に良いわ」
泣き止んだ美鈴ははれぼったい目をしていたが落ち着いた顔をしていた。
質問の連続で悪いけどまだ確認しなければいけないことがある。

「美鈴。貴方、吸血鬼と対峙したとき何かおかしくなかった?」
「そうですね。妙に気分が高ぶって気持ち悪かったですね。あいつらの殺気が私に流れ込んでいたからだと思います」
「殺気が流れ込む?」
「はい。実は私の能力には欠点もあるんですよ」
「どういう欠点かしら?あ、それとも聞いては拙いかしら?」
「いえ、パチュリー様には是非知ってもらいたいです。最悪、パチュリー様には私を止めて頂く必要があるかもしれませんので……」
「穏やかじゃないってことね、その欠点は」
「私の能力は先程のは意識的にコントロールすることが出来ます。それに対し欠点の方は無意識に作用します」
また美鈴が苦しそうな顔をしている。今日一日で何度見ることになるのだろう。
つらいわね。

「欠点は相手の気が流れ込んでくることなんですよ」
「……それはあの吸血鬼は殺気に満ちていたから、貴方はそれに感化されたということかしら」
「はい」
だとするとこの子は常に誰かの影響下に居ることになるのだろう。
なら私と居て大丈夫なのだろうか。

「あ、それは大丈夫です」
また気を読んだのね。

「パチュリー様は雰囲気が常に中立にあるお方でした。なのでそれほど気がぶれるという事はありませんでした」
「『した』ということは、今は違うのね」
「そうですね。今のパチュリー様は感情が出てきていることもあるので極偶にですが、気が流れてくることがあります」
「そ、そう」
美鈴から感情について改めて指摘されるとなんかこそばゆいわね。

「それにしても不便ね」
「はい。こればかりは自分で制御できるようにしないといけませんね。そう思ったので最近は暇をみて訓練するようにしています」
私の仕事に付きっきりなのに影でそんなことをしていたとは…
美鈴のことを封印した導師もそのことに気づいていたから、そうしたのかもしれないわね……推測だけど。

でも何故そのようなことが起こるのか考えてみた。
本来能力というのは自分で制御できるものである。
出来ないとしたらそれは精神が未熟であること。
或いは生まれたばかりの妖怪とかもそうかしら。
でも美鈴はその二つに当てはまらない。

他のアプローチから迫って見ましょう。
例えば、気が流れてくるというのを何かに見立ててみる。
そうね…例えば、水として。
水は低いところに集まってくる。
と言う事は、美鈴は位が低い妖怪、即ち弱いから?
いや、だとしたら吸血鬼なんて倒せないでしょう。
他の例えとしたら……

「パチュリー様?もしかして私の能力について考えているんですか?」
「ええ、そうよ。でもさっぱり思いつかないわ」
「そうですか」
そう言って美鈴は落ち込んだ。
でも、ごめんなさいね。そっちは今フォローできないわ。
だって考え中ですもの

流れ…これを変えてみましょう。
これに近い言葉として……
そうね、染まるって言うのはどうかしら。
染まるのであれば色ね。
色…
いろ……いろいろ?
色!?

「まさか!」
「どうしました?」
「分かった、分かったのよ!どうして気が流れ込んでくるのか」
「ええっ!?本当ですか」
「本当よ!」
でもこれが本当だとしたら、私はとんでもないことを美鈴にしたのかもしれない。

「貴方を媒介にしたベルが原因だと私は考えたわ。それはね貴方の体に色をつけたとき色々なハンドベルを媒介にした。これら一つ一つを様々な『気』だと仮定する。例えば、赤なら『怒気』、黄なら『陽気』という風にね。そして貴方の元となったのは無色透明なベル。無色と言う事は何も染まってない。そこへ相手の『怒気』が流れ込んできたとする。『怒気』を司るは赤。即ち色々な色の中でも一際、赤色が強くなる。ひとつのベルが持てる色には限界があるわ。そこで無色のベルに赤が移った。これで『怒気』に感化された美鈴が完成するわ」
私は今考えていることを早口で説明した。
覚えているうちに説明しないと解った事への興奮で忘れそうだからである。

「もしこの仮定が正しいとするのなら、私は貴方に謝らずにいられない。私の失敗でこんな副作用が出たのだから」
そう言って私は謝罪した。
この子は生きている。けどまた大切な人を実験の失敗で取り返しの付かないことをしてしまった。

「謝らないでください、パチュリー様。今のお話でよく分かりました」
「………」
「やっぱり、パチュリー様は賢いですね。おかげで私の能力も理解できました」
怒られても仕方ない。そう思っていたのに何でこんなに穏やかな答えが出るのだろう。

「パチュリー様は悪くありませんよ。これが私の存在意義だからだと思います」
「…?どういう意味?」
「私の種族ご存知ですか?」
そう言われて聞いたことがないことに思い出した。
そう言えばこの子は何者なのだろう?

「私は空気そのものなんです」
「空気?」
「はい。今この場にある空気、それ自体が私の存在なのですよ」
「それ、本当なの?」
「ええ。だから気を使う能力も使えるのです。そして欠点の方も空気は無色だからこそ何色にも染まりやすい。なるほど、パチュリー様の説明がしっくりきます」
どうしてこんなこと気づかなかったのだろう、と私のほう見て苦笑していた。

「それじゃあ、私のせいじゃないということなの?」
「はい、寧ろパチュリー様がやったことは正しいことだと思います。無色の鈴を使ったからこそ私の原型が出来たと思います」
他の色を使うことから始めたらどうなるんでしょうね、といって笑っていた。
それ、笑い事じゃないわ。
原型から始めなかったら、失敗に決まっている。即ち美鈴の死に繋がっていたのだから。
怖いわ。もしあそこに置いて有ったのが他の色だったらと思うと…
私はなんとなくあの娘に感謝した。あの娘が好きだったから置いといたのだから。

空気の妖怪、紅 美鈴ね。
この子に会わせてくれた事をあの娘に感謝した。

◆◆◆

「……という事よ」
パチュリーは話し終えると既に温くなっている筈の紅茶に口をつけた。
まだ熱かったようで直ぐに口を離した。
おそらくメイド長のおかげだろうとパチュリーは咲夜を見た。

「美鈴も波乱な生き方をしていたのですね」
「そうね。あの子は基本根が純粋な分、落ち込んだときはかなり深いとこまで言っていたわ」
今度は、パチュリーは恐る恐る紅茶に手をつけた。

「貴方たちはどうだったかしら?」
「私は、美鈴さんはいつも笑顔が耐えない人だと思ったので、今回のお話は色々と考えが覆されました」
「私も阿求さんと同じですね。何か特徴がない人だなあと思っていましたけど、今回のことで彼女の魅力そして強さも知ることが出来満足のいくお話でした」
「それは良かったわね」
その時妹紅が挙手した。

「なぁ、パチュリー。質問がある」
「何かしら?」
「結局、美鈴はその欠点を克服出来たのか?」
「そうだと聞いたわ」
「どうして伝聞みたいな言い方なんだ?」
「だってわたしは見ていないし、美鈴から聞いただけだから…」
えっ?とその場にいた五人は驚いた。

「パチュリー様、それはどういうことでしょうか?」
「あの後、ちょっとした事があってね、美鈴とは別れることになったわ」
「どうして別れる事になったんですか?」
話に満足したといっていた文は、本当は足りなかったと言わんばかりに食いついてきた。

「あの子の為よ」
「どういう意味ですか?」
「私がいてはなかなか訓練に身が入らなかった。それを理解していたから離れることになった」
「感情が移入されるからか?」
それまで黙っていた慧音が口を開いた。その言葉が当たっていたらしく、こくりと小さく頷いた。

「その後パチュリー様はどうしたのですか?」
「どうもしないわ。昔に戻ったそれだけ」
昔に戻った、それを言うのがつらそうな顔をしたことに失敗したなと咲夜は思った。

「話に出ていた吸血鬼って結局どうしたんだ?」
「あれはレミィを恐れていた吸血鬼の一派があの街に来ていただけ。その後レミィがあいつらを城ごと処分したわ」
「じゃあレミリアさんとお知り合いになったのはその頃なのですか?」
「そういうことになるわね」
パチュリーはまた静かに紅茶を飲んだ。
そして机に置いてあった本を開いた。
まるで話はこれで終わりだといわんばかりに。

「今日はありがとうございました。今回のお話是非美鈴さんに納得してもらえるようにします。しかしそれはその前に『大妖怪』の扱いにするが前提になってしまいます。それを今から四人で話し合ってきます」
「そう」
「それでは今日はありがとうございました」
四人は咲夜を先頭に図書館から出ることにした。

パタン

扉の閉まる音に重ねてパチュリーも本を閉じた。

「今日は長らく饒舌でしたね」
「そうね、私も驚いているわ」
どうぞ、と言って小悪魔はお手製のロールケーキを机に置いた。

「ありがとう」
「どういたしまして」

「今日の話聞いていて思いました。こうしてまた貴方にお仕え出来て私は嬉しいです」
「私もよ。まさか悪魔としていたなんて……世の中何が起こるかわからないわね」
「パチュリー様と私との出会いから幻想郷で咲夜さんがここに仕えるまで……全ての出来事はレミリア様の能力のおかげでしょうか?」
「それは言いすぎよ。そこまで運命は万能じゃないと思うわ」
でもそれも面白いわね、と言った。
ふと机を見るとあの契約書があった。
魔女との契約は絶対。
でもこんな事をしたら美鈴は悲しむでしょうね。
ビリビリに破り、またパチュリーは本を開いた。

………
……


日はすっかり沈みかけていた。
秋ということもあり日が沈むのも早い。
これからますます日の時間が短くなるのだろう。
冷たい風が吹いていた。
その冷たさに目が覚めたのか美鈴が門で立っていた。

「お帰りですか?」
「はい」
聞かれた阿求は笑顔で答えた。それをみて美鈴も微笑んでいた。

「パチュリー様のお話如何でした?」
「なかなかのものだったよ。あんた空気の妖怪だったんだってね?」
「ええ、そうですよ。でもあまり広めないでくださいね。特に文さん?」
「あやややや、解っていますって。流石にこれはネタに出来ませんよ。これはあくまでも私の秘蔵として扱わせていただきます」
「それは何よりです」
文に釘をさした美鈴は答えを聞いて満足した。

「そういえば美鈴殿はどうやって自分の欠点を克服したのだ?」
「それは内緒です。パチュリー様にも喋っていない事を喋る訳にはいけませんから」
「そうか、それは残念だ。悪かったな」
「いえ。まあただヒントを言うなら東の方で私を待っていた友人のおかげと言ったところでしょうか?」
「「「「?」」」」
四人はそのことにちょっと考えてみたが、回答出るはずもなく仕方なく帰ることにした。

「羨ましいですね、阿求さん。文さんにお姫様抱っこですか」
「い、言わないでください……」
顔を真っ赤にした阿求を抱えた文は笑顔でいたのでそれが余計に阿求の顔を赤くしていた。

ビュン

四人が飛んでいくと同時に咲夜が美鈴の前に現れた。

「どうでした、私の過去?」
「命を懸けた甲斐があった…といったところかしら」
「それはなにより」
ニコニコとした美鈴の顔を見て咲夜は怪訝な顔をした。

「何かしら?」
「おそらく今頃、パチュリー様はあの紙を破っているでしょうね」
「どうして解るのかしら?」
「気を読んだのですよ」
「ここから結構離れているわよ?それでも読めるの?」
「ええ、可能です。そもそも私の気の範囲はこの紅魔館をすっぽり覆えるほどですから。友人たちの協力の賜物です」
咲夜はそのことに驚いた。
能力の使い道でさえ十分に驚いたのに範囲もこんなに広いとは……

「まさか他の人の気をちらつかせる、なんてことはしてないでしょうね」
「まさか。そんなことはもう二度としませんよ。もうあの悲しそうな顔は見たくないですからね…」
それを聞いて咲夜は安堵した。
哀愁漂っている美鈴の顔。彼女の過去、それに立会ったことで彼女の人となりというものに親近感を覚えずに入られなかった。
咲夜もまた紅魔館に使える前は美鈴と同等ぐらいに暗い過去を歩んできたのだから。
だから今日は料理を奮発しようと思った。
これから共に紅魔館で明るい未来を過ごせるようにと。

◆◆◆

四人は阿求の家に帰ってくるなり談義を始めた。
今回のテーマは美鈴の種族から彼女の強さを測ろうということであった。

空気の妖怪、紅 美鈴。

それは幻想郷縁起でも慧音の知る歴史の中でも今まで存在したことがない稀有な存在。
案外、紫同様に一人一種族かもしれない。
だからこの幻想郷に一度も現れたことがなかったのだろう。
そして強さにも納得が出来る。
吸血鬼を、能力を用いていたとは言えほぼ素手で倒せるほどの体術の持ち主だ。
スペルカードルールが定着している幻想郷では力を発揮することは適わないかもしれないが、そのルールがなければ彼女は強さにおいてかなりの上位に位置するかもしれない。
そのことに四人はお互い納得した。
阿求は仕訳表を取り出すと『大妖怪』の欄に『紅 美鈴』と記した。

一日目と同様有意義を過ごした四人。文、慧音、妹紅は阿求の家に泊まっていき、翌朝別れることになった。
次の調査は冬まで待つことになった。
お世話になります。
アクアリウムです。
今回は強いのか弱いのどっちつかず(作者の考え)にいる美鈴に焦点を当てました。

個人的にはやっぱり強いのではと思う反面、弄られている様も若干ふさわしいから弱い?と悩みどころです。

そこで今回は「やっぱり強かった」というものの証明をしようと作ってみました。その為に焦点を当てたのが彼女の種族についてです。
東方世界の中でもかなりのシークレットなのでは?

自分なりにこういう者だったというのを作ってみました。
「あ~なるほど」と思っていただければ幸いです。

……実際、彼女って何者でしょうかね?

感想・批判よろしくお願いします。それを励みにこれからも頑張っていこうと思いますので…




駄文

今回のSSで語れなかった背景設定について

美鈴はパチュリーと仲違いをしたわけでなく、ただいたら気を散らせるだろうと思い別れることになりました。
ただ美鈴の調整が終わったら、また会う予定になっていたのでお互い少ししか悲しくありませんでした。

その後パチュリーの元にレミリアが現れ、迷惑をかけたお詫びに紅魔館で住んでもらうことになりました(図書館ごと)。

一方美鈴のほうは調整のためにあの人の下に行き修行をしました(当時あの人は美鈴のために幻想郷を作っても尚、外と行き来し美鈴を待っていました)。

そして調整も終え、あの人の従者の相手をしていたある日、あの人からパチュリー達が幻想郷入りしたことを聞き、その元に訪れ再会しました。

数年後、パチュリーは偶然魔界にいた悪魔になっていた元使用人を発見し従者として契約。
そこからさらに数百年後、咲夜が紅魔館にやってきた。

話の都合上書くに書けずここに載せさせて頂きました。

長々と申し訳ありません。
アクアリウム
簡易評価

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コメント



0.1290簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
美鈴が空気の妖怪ってのは斬新な発想でした。
文章も読みやすく、すらすら読むことが出来ました。
空気の妖怪と境界の妖怪…どちらも曖昧で繋がりもありそうです。
次回作も期待します。
7.100名前が無い程度の能力削除
美鈴=龍と思っていた自分にとってこれは新鮮
いろんな考え方があるんだなぁと思わされました
14.無評価アクアリウム削除
返信です。
>>2氏
読みやすいという評価は作り手しては苦労した甲斐があったと感謝に思います。
これからもそういう評価をもらえるよう努力していきます。

>>7氏
自分も創想話の中で美鈴=竜というのが良く見かけたので、奇を狙ってみました。
17.100ずわいがに削除
美鈴……空気の妖怪……空気を読む衣玖さん……龍宮の使い……ハッ!
つまり美鈴はやっぱりりゅ(ry

美鈴の過去話……という程その存在が明かされたわけではありませんでしたが、いや面白かったですよ。
しかし阿求可愛いなぁv
18.100kou of kimagure削除
『彼女は空気みたいな存在である。とは言えこの寒さにはなかなか混ざれない。』

一通り全作読みましたが、まさかこれが伏線とは思いませんでしたね、3の話の。