魔理沙が私の膝の上で寝ている。
少し崩した正座の上に、頭と両手をちょこんと乗っけて。
ちょうど私の腿と腿の間に、顎を置くような形で。
「……むにゃう……」
そして時折、こんな風に暢気な声を漏らしながら。
「……やれやれ」
溜め息混じりに、しかし満更でもなくそう呟いて、私は魔理沙の頭を撫でる。
魔理沙は実に気持ちよさそうな表情で、目下、夢の中をお散歩中。
はてさて一体、どんな夢を見てるのかしら。
この子のことだから、キノコ狩りとかの夢かな。
それで珍しいキノコを見つけて、「見て見て! アリス!」とか、すごい笑顔ではしゃいじゃって。
「クスクス」
その光景があまりにも鮮明に脳裏に浮かんだものだから、思わず声に出して笑ってしまった。
まあ実際、何度もあったことだしね。今までに。
……それにしても。
私は再び、すやすやと眠る魔理沙に視線を落として、
「……かーわいい」
魔理沙の寝顔は、普段のやんちゃっぷりからはかけ離れた、見るもの全てに安らぎを与えるような、そんな寝顔だった。
無垢で、純真で、穢れを知らない。
そんな少女の、可愛い可愛い寝顔。
そこには何の不満もない。
いや、あろうはずもない。
ないのだが。
「……いくらなんでも、ちょっと気を許しすぎじゃない?」
私は一人、苦笑する。
傍から見れば、まるで仲の良い姉妹のようにしか見えないこの構図。
お姉さんに膝枕してもらっている、甘えん坊の妹。
「……これでも私は、妖怪なのに」
なんて。
「……今更、よね」
そうだ。
今更、私と魔理沙の間における種族の壁、なんてものを論じる余地は無い。
人間とか妖怪とか、そんなことは、私たちがこうしてつながることには何ら妨げとはならないからだ。
ただ。
「……つながることには、だけれど」
ふと、一つの疑問が私の心に去来する。
―――いつまで、こうしていられるんだろう?
こんなこと。
考えたって、明瞭な答えなんかないのに。
それでも時々、こうやって考えずにはいられなくなる。
その度に、私は思う。
もし。
今が永遠だったなら。
こんな想いに囚われることもないのにな、って。
でも。
現実は、須臾のように儚くて。
目を閉じれば、泡沫のように消えていきそうで。
まるで夢だったみたいに。
遠い未来に、“そういえば、そんな頃もあったわね”なんて、取り繕うように回想して。
ああ。
まただ。
時折私を苛む、この寂寥感。
いつの間にか高まったかと思えば、いつの間にか日常に紛れて霧散していく。
その繰り返し。
……だめだ。
私は頭をぶんぶんと振り払うと、再び、すぐ下で眠る魔理沙を見下ろした。
魔理沙は私の葛藤などどこ吹く風で、相変わらず気持ちよさそうに眠っている。
……そうだ。
今、私は、こうして魔理沙と一緒にいる。
いることが、できている。
それができている今―――こんなことを考えるべきじゃない。
「魔理沙」
私は小さく声を掛け、少しだけその頬に指先を這わす。
……熱い。
寝ている子供は体温が高くなるものだが、魔理沙も例外ではなかったようだ。
「……ふふっ」
自然と笑みが零れる。
心に渦巻いていた厭な気持ちが、徐々に静まっていくのを感じる。
「……人の気も知らないで」
すぅすぅと、無垢な子供――実際、まだまだ子供なのだけど――のように、寝息を立てている魔理沙。
口が少しだけ開いていて、なんかこのままだと私のスカートに染みができそうな予感もするけど。
まあ、それはこの際気にしないことにしよう。
私はそっと手を伸ばし、きらきら輝く金髪を優しく梳いた。
「……むぅ」
すると魔理沙の口元が綻んだ。
気持ちよかったのかな。
今度は手の位置を変え、魔理沙の背中をゆっくりとさする。
魔理沙の身体は、まるで猫のように小さく丸まっている。
「……んむ」
またも心地良さそうな声を漏らす魔理沙。
背中をさすられるのも気持ちいいみたいだ。
「そうだ」
ふと思いついた私は、悪戯混じりに、そのほっぺたを少しつっついてみる。
すると、とても気持ちいい感触が、私の人差し指に伝わってきた。
「おお……」
ぷにぷに。
ぷにぷに。
それがあんまり気持ちいいものだから、何度も何度もそうしていると、
「……ん」
可愛い子猫ちゃんが目を覚ましてしまった。
無垢な眼差しが私を見上げる。
「あ、ごめん。起こしちゃったわね」
「……アリス」
「ん?」
「……今、何時?」
寝ぼけ眼で尋ねる魔理沙は、まだ夢見半分といった様子。
ぽや~っとした感じがまた可愛らしい。
私は部屋の時計に目をやり、
「あら。もう……四時だわ」
もう。
……そうだ。
もう―――。
胸の奥に一瞬蘇る、あの寂寥感。
何もしていなくても、こうして時間は確実に流れてゆく。
そんなことを漠然と思った。
私の言葉を受けて、膝の上の魔理沙が呟く。
「……そうか。……まだ、四時か」
「……まだ?」
魔理沙の言葉に微妙な違和を覚えて、私は思わず聞き返していた。
すると魔理沙は、にへらと笑って繰り返した。
「ああ。“まだ”、だぜ」
「…………」
まだ。
……そうか。
まだ―――。
「……そうね。……“まだ”、ね」
「……うん」
魔理沙は、再び私の膝に顔を埋めると、たちまち夢の世界へと旅立ってしまった。
私はもう、ほっぺたをつつくのはやめて、再び彼女の髪を撫で始めた。
―――“まだ”あなたとこうしていたいからね。
西日が差し込む部屋の中、私たちはいつまでもそうしていた。
まるで、そこだけ時間が止まったみたいに。
了
いや、ほのぼのして良い話だし、これが正道のマリアリなんだろうが・・・何か物足りない気がするのは何故だろう?
いつかなくなってしまう、ではなく、まだ此処に在る……なんて。
素敵です
この短い文章ににこれだけの愛を詰め込めるあなたが妬ましい。
マリアリ分補給しました!ありがとう