何だろう……ふわふわした気分だ……。
空が近い、あたい……死んだのかな?
いや―――
四季様の腕の中か……重いでしょうに。
四季様の細腕はぷるぷると震えている。
それでも、それでもあたいを必死に
離さないように、離れないようにしっかりと捕まえてくれている。
嬉しい事だ……いや、本当に。
直ぐにでも抱きしめたい。
四季様をぎゅっと、ずっと。
でも―――
腕は稲穂の様にだらんと下を向いたまま動かない。
足も同様に、力の一切が入らない。
それに、胸元がぐしょぐしょに濡れている。
四季様ったら……。
まあ、良いか。
あたいの瞼か重くなり、四季様の姿が闇に溶ける。
ああ……こんな風に逝けるなら死神も……
悪くは無いんだろうね……ぇ……。
――――――――――――――――――――
「医者は…っ…!八意永琳はいますか!?」
自分が泣いている事も忘れて助けを求める。
あれから、私はすぐさま永遠亭へと駆け込む事になった。
冷えていく小町の体を前に落ち着いてなど居られなかった。
あまりに一瞬の出来事。
あまりに……あまりに酷い出来事。
小町は弱々しくも安らかな寝息を立てている。柔らかい笑顔を携え。
こんな時に……もう……。
「誰かしらこんな昼間から……あら、どちら様?」
私の声も空しく出てきたのは竹林の姫。
期待はずれなうえに落ち着いた態度。状況が分かっていないのか?
「幻想郷の閻魔だ!小町……私の部下を――」
ついつい、荒くなる声に姫と言えども状況くらいは把握できた様だ。
「成程ね、大体用件は分かったのだけど……
永琳なら留守にしているわよ?だから今日は……なんて言ってられないのね。
イナバで良ければ、貸してあげるわよ。」
イナバ……あの兎の事か。
今は誰でも良い……小町を
小町を助けてくれるのならば。
――――――――――――――――――――
小町はすぐに診察室へと運ばれていった。
小町が腕から離れて、初めて腕が震えているのに気がついた。
震えているのは体のせいか、怒りのせいか。
それとも悲しいから? それはともかく、
私は起こった事を足早に告げる。事細かに、どんな些細な事も。
私の焦りを感じ取ったのか兎、もといイナバは
「安心してください、師匠が返ってくるまでは何とかしてみせますから」
等と、苦笑混じりに言った。
診察の方と言えば、
弟子と言えども流石なもので。
診察はすぐに終わった、良い意味でも。悪い意味でも。
「外傷は針で突かれた様な小さな穴が十か所程度。
どれもかすり傷にも満たないものです、発汗もなく診た感じは至って健康ですね。
……ただ、脈が極端に弱まっています。体温も低く意識も戻る気配がありません。
おそらく毒のせいですが……。
本人か師匠でもいないと血清はおろか、毒の断定すらままなりません」
ああ……驚きの灰色判定。小町が遠く感じる。
私が突き放したのか、小町が離れて行っているのか。
どちらにせよ、じっとしては居られない。
「お役に立てずすみません。でも、ししょ―――あっ!」
謝罪なんてしないでください。聞きたくない。
私は聞く耳も持たず、気付けば永遠亭を飛び出していた。
離さない、離したくない。
小町、貴女にも言いたい事は山ほどあるのですから。
――――――――――――――――――――
「それで、私の所に来た訳か。四季映姫殿」
とりあえず、メディスン・メランコリー、
毒人形の行方を探るために私は人里に住まう賢者。
上白沢慧音の元を訪れた。
人里を守る彼女ならば何かを知っているかもと言う一種の賭けだ。
「そんなに畏まらなくても結構ですよ。
いきなりお邪魔したのは私の方ですから」
礼儀正しい彼女に好感を持てた私は事の顛末を話した。
事の発端から、小町の様態まで。
なにか、情報が得られないかと。
出された粗茶の湯気も消えぬうちに答えは出た。
「最近確かにこの里にあの人形は幾度と訪れているが……。
残念ながら人形の居場所までは分からないな」
当然と言えば、当然の答え。
人形がこの様な賢者と知り合いならば今日の様な事は起こらなかっただろう。
私が礼を述べて立ち去ろうかと考えていると
「まあ、待て。一つだけ噂を聞いた事があるんだ。
なんでも、妖精……チルノとか言ったか?
ともかくその妖精と何度か一緒に姿を見た者がいるらしい。
手掛かりにはなるかも知れない」
私に差し出された藁の様な情報。一筋の光明。
どうせ当ては無いのだ、慧音の言葉を信じてみよう。
「そうですか……とても参考になりました。
折角、お茶を出して貰ったのにすみませんが、私は霧の湖へ行ってみようと思います」
「ん……ああ、気にしなくても良いさ。
私としても閻魔様と話が出来て嬉しい限りだよ。
また機会があったらじっくり話してみたいものだ。気を付けて行くのだぞ?」
私の無礼も笑顔で許すと賢者は優しく見送ってくれた。
さあ、急がないと。小町が事切れてしまっては……
後悔しか残らないだろう。やるだけやったとしても。
私は早速、霧の湖へと向かっていった。
閻魔が飛び去る、残されたのは一人、いや一匹の白沢か。
「さて、今日も忙しくなりそうだ。」
一言だけ言うと、賢者は立ち上がり竹林を目指した。
――――――――――――――――――――
霞がかった感覚。
無意識とはこんな感じなのだろうか。
体が意識できない、動かない。
―――が見えない。
―――に触れられない。
―――が感じられない。
―――に近づけない。
悲しい。寂しい。苦しい。
誰か……。
眠りたくないと思ったのは初めてだ。
出来れば、目が覚めたなら。
最初に―――に会いたい。
――――――――――――――――――――
霧の湖に着く頃には日は傾いて黄昏時となろうとしていた。
多少、一人で氷精と毒人形に接触することは危険に思えたが、
そんな事も言っていられない。
たった一人の部下。部下で無くても命がかかっているのだ。
私は霧の湖周辺を歩き回る。
あの氷精を見つけるのならば冷気を辿っていけば良いと、
若干安心しすぎて居たのかも知れない。
私が氷精と毒人形を見つけた頃には空は黒と橙の混じった紫へと変化していた。
「ようやく見つけましたよ、メディスン・メランコリー」
毒人形と対峙した私はゆっくりと近づいて行く。
少し怯えたような毒人形の様子に氷精が割り込んできた。
「こらーっ!メディスンをいじめるなぁっ!」
この氷精は何を言っているんだ……?
被害にあったのは小町だと言うに……
何故その毒人形の、メディスンの味方をする。
「仕返しに来たんなら、あたいが相手をしてやる!」
……ん?事の顛末を知っているのか?
私は訳が分からなくなり氷精、チルノを問いただす
「事の運びは知っているみたいですね。
ならば、何故その人形の味方をする?被害にあったのは私の部下ですよ?」
「友達を守るのは当然じゃない!」
ああ……頭が痛い。
普段なら褒め称えますが、その発言は場違いだ。
「その人形がした事は許される事ではない。
それを知って尚庇い続けるのも大きな間違いだ。
そう、貴女は優しすぎる、故に偏った現実しか見えていない。もっと――」
「そんなむずかしいこと言われてもわかんない!
アンタなんて――、アンタなんて――」
私の言葉を氷精が遮る。
デジャヴですね……小町はいないというに。
妖精とは呼べぬほどの力……彼女の場合で言う冷気が充満していく。
正しい事をしただけ、
自分を納得させ、抵抗の意思を押さえつけ、瞳を閉じる。
私が裁くのは死者なのだ。
「あだっ!?」
おかしいですね、私は何もしていませんが、転びましたか?
「痛っ!?」
「お~お~、四季様、ご無事でしたか。
あたいがいないとダメなんですから。四季様は真面目すぎますし」
私は痛みに額を抑える、開いた瞳には蹲る氷精が目に入った。
いや、もう一人。
居るはずの無い死神、部下、小町の姿。
「ちょいと距離を弄らせて貰ったんですけど……
とりあえず、腰を落ち着けましょうか」
そう言うと、小町は私を抱き上げる
「ちょ、ちょっと!?小町っ!」
ああ……もうっ!顔が近い!
たぶん、今の私はタコの様でしょう。後でお仕置きですからね……。
私の心もいざ知らず、小町はそのまま永遠亭へと歩を進めて行きました。
――――――――――――――――――――
「で、何故貴女が生きているのです?」
「里の賢者と月の頭脳は強かった……って所です。
それにしてもそのお言葉はひどいですよ、四季様」
永遠亭で個室を貸して貰っていたらしく、
私は小町に抱きあげられたままそこに連れ込まれた。
私の言葉よりその説明の方が酷いと思いますよ、小町。
私の怪訝な表情に気付いたのか詳しい説明を小町が始める。
「なんだか、月の頭脳……まあ永琳が早く帰って来たことで毒の断定が出来たんですが、
血清が切れてまして。悩んでいたところ偶然訪れた……なんて言ったっけ、けーね?
とか言う里の賢者にあたいが毒に侵された、という歴史を食べて貰った次第です。
そんなこんなで遅くなったんですが、四季様が無事で良かったです。
永遠亭の兎に話を聞いた時は驚きましたよ?」
私が求めた説明にしろ、出来すぎていてにわかには信じられない。
でも良い、小町が無事だったのだ。
これで言い足りない、なんて事は無いだろう。
好きなだけ、好きな事を言える。
「小町、出来すぎているとは思いますが、無事で何よりです」
「四季様……。ありがとうございます」
小町がニカリと笑う。
いつもの小町なのはいいが、やっぱり恥ずかしくなる。
「それと、もう一つ。小町に前々から言いたい事がありました」
「……何でしょう?物腰が重いとか、不真面目とか無しですよ?」
全く……。小町がその調子では真面目な私が一人恥ずかしいでしょうに。
あ~……あ~……本当に恥ずかしくなってきました……。
聞き様によっては意味が変わってしまいそうだ。
まあ良いでしょう
「……勝手に私の傍を離れないように。
貴女は私の……その……言い様によっては人生のパートナーと言うか……。
ともかく!私から勝手に離れないでください、自分を大切にする事、以上!」
それだけを言うと、顔が真っ赤になってしまいました。
私は思わず部屋から出てしまいました。
私のへたれ……
――――――――――――――――――――
四季様ったら、見かけによらず大胆な。
病み上がりの病人にいきなり告白しますか?
血圧のあがりすぎで倒れちゃいますよ?あたい。
固まってしまったが、部屋から出てしまった四季様をすぐに追いかける。
あたいからも言わせてくださいよ。
「四季様……」
「……」
やれやれ、だんまりですか。
やっぱり可愛いお方だ。
「四季様が側にいろと言うのなら、ずっと。
もちろん、心ですよ?四季様とならば楽しくやれそうですし。
やっぱり……四季様って可愛いですもん。
放っておけません、側にいないと心配です」
あ、湯気が……。
もう……。
出来れば寝起きが良かったですけど。仕方ないお方です。
一番最初にあたいに、心に触れてくれたのは貴女ですから。
ご褒美です。初めてですからね?
ふたつの唇が重なり合う。
伝わりあう熱と熱。
その一瞬だけは、
互いの立場とか
これからの二人とか
そんな難しい事は無しで
その後は
ただ、愛おしく切ない感情だけが互いに残った。
そして――
「――えっ……」
膝から崩れ落ちる
もう時間かぁ……。
ごめんなさい四季様。最後に一つウソをつきました。
謝りますから……
「――まちっ……小町っ……」
そんなに泣かないでください……閻魔でしょうに……
ああ……もう、可愛いなぁ……。
こんな風なら
また死神で……。
面倒だけど……厳しいけれど……
貴女がいるあの場所が―――
―――貴女の居るこの仕事が
大好きです。
チルノが出張ってるせいで、メディスンにあったかもしれない反省や後悔も見られず、およそ手前勝手な理屈で小町を殺したとしか認識できず。
メディスンに良いとこなし、て感じですね。
小町登場時、チルノに何があったかも説明不足な感じが…
次回作に期待、ということで、少々辛目に感想させていただきました。
安易に感傷を誘う展開を採っただけように思え、必然性が今ひとつ感じられません。