「お、おいっ! 慧音!」
妹紅の叫びは、慧音には届かない。 今宵は満月、一際怪しく輝く紅い月は慧音を狂わすのには十分過ぎるほどだった。
「理性さえも失ったのか……?」
慧音は何も答えず、慧音に向かって走り出した。 その目には明確な殺意。
「ちっくしょう!」
争いたくなかった。 だが、このままでは慧音は里の人間すらその手にかけてしまう。
妹紅は慧音を力でねじ伏せる事に決めた。逃げる足を止めて、慧音の方に振り返る。
理性をほぼ失った慧音は、もはや獣だ。 妹紅は今にも飛び掛ってきそうな慧音に対しカウンターを狙う。
しかし、慧音は妹紅の間合いに入るか否かのところで突如姿を消した。
「何ッ!?」
妹紅は慧音のいた場所を凝視する。 もちろんその場所には慧音の姿はなく、何が起こったのか妹紅は思案を巡らそうとした。
ずぶっ
妹紅の右腹部から、何かが飛び出した。 いや、飛び出したのではない。 背後から、何かが妹紅の腹を突き抜けたのだ。
それが慧音の角だと理解するのに時間は要らなかった。
「がはっ」
逆流した血が口から吐き出る。 角が抜け、妹紅はその場に倒れる。
そして、白い角を真っ赤に染め上げた慧音はそんな妹紅を見下すように立っていた。
「はぁっ、はぁっ……」
妹紅は死ねない。 傷は見る見るうちにふさがっていくが、痛みは残る。 体の痛みも、心の痛みも。
よろめきながらも何とか立ち上がる妹紅、対する慧音は手に一本の剣を携えていた。
「草薙の、剣」
草薙の剣、三種の神器の一つ。 妹紅は悟った。 慧音はもう、戻れない。
そして戻れないならば、自分が引導を渡さなくてはいけないと。
「慧音、まずはお前の番だ。好きなだけ私をなます切りにでもするがいい」
両手を広げて挑発するかのようなポーズをとる妹紅。 慧音はそんな妹紅に向かって流れるような太刀筋、躊躇いの無い斬撃を繰り返す。
妹紅は反撃せず斬撃をかわす事に専念する。 しかし攻撃する方が性に合っている妹紅であるので、防戦一方の展開は次第に妹紅に不利となり、
かわしきれずに裂傷が数を増やしてゆく。 足、腕、顔、腹、ありとあらゆる所から血が流れる。
「くっ!?」
血を流しすぎたのか、妹紅の足がガクンと崩れる。 その隙を慧音が見逃すはずがなかった。
妹紅に対して真っ直ぐに突きつけられた刃は、そのままするりと妹紅の心臓に吸い込まれるかのように突き刺さる。
「が、はっ……ぐぁぁぁぁっ!」
強烈な嘔吐感に襲われる。 それと同時に胸部に焼けるような痛みを覚える。
慧音が剣を抜くと、妹紅はその場に崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ……」
慧音が見下したような視線を投げかける。 まだ死んでいない、完全に殺していない、妹紅にはそんな言葉が聞こえた気がした。
「私は死なんよ……死ぬわけにはいかない!」
妹紅は治りかけの胸を抑えながらも立ち上がった。 再び間合いを取る為に慧音が後方に飛び退こうとしたその時、妹紅は反撃に出た。
「印っ!」
呪文を唱える。 瞬間、慧音の立っていた地面が爆発した。
慧音は気づいていなかった、逃げながらも妹紅は地面に符を貼っていた事に。
「ふぅ……」
時間を少しばかり稼ぎ、その間に自己の体の修復を終える。 爆発は小規模であったが、慧音に対して牽制の意味を十分に果たした。
「気づいたか、慧音」
慧音は周囲の地面を見渡していた。 自分達が戦っていた場所のいたるところに符が貼られている。
もちろんそれらは全て妹紅の物だった。
「そう、ここはもう既に私の管理下だ。これでもまだお前は―――っ!?」
目の前で起きている出来事に、妹紅は我が目を疑った。 符が、消えていく……まるでその場には何も無かったかのように。
先ほどの爆発で変形した地面さえも、自分達が戦いを始めたときと同じくらい綺麗になってゆく。
「いや、同じくらい、じゃないな。同じなのか……まさか理性を失っても力を行使する知能は残っていたとはな」
慧音の力。歴史を隠し、創る程度の能力。 慧音はこの場所の先ほどまでに起こった歴史を隠したのだ。
今見えている地面は、妹紅たちが戦う前までの歴史に書かれているものだった。
「やはり小細工は通用しない、か」
少しばかり自分が優位になれればと思ってやった事がこうもあっさり無効化されると、逆に清清しい。
妹紅は気持ちを切り替えて、真っ向勝負で慧音を叩き潰すことにした。
「こうなったら手加減は出来んぞ!」
両腕を天に掲げる。 妹紅の手から炎が生まれ、次第に大きさを増してゆく。
「では……二回戦、開始と行こうか!」
そう言って、妹紅は膨れ上がった炎の弾を慧音に向かって放った。 炎弾はその姿を不死鳥の形に変え、慧音に襲い掛かる。
真上に飛んでかわそうと慧音は試みるが、まるで本当に生きているかのように炎は慧音を追いかけた。
「っ!」
慧音が剣を振るうと炎の鳥は真っ二つに断たれ、消えた。 神器である草薙の剣は魔力の塊である弾幕さえも断つ。
たとえそれがいかに強力な魔力によるものでも、数が少なければ問題ない。 しかしその瞬間、慧音が一瞬の隙を晒す時を妹紅は狙っていた。
始めから炎弾には期待していない、なぜなら妹紅は己の拳こそが最も確実で最も誇れる武器だと確信しているからだ。
「もらったっ!」
慧音の右脇、死角の部分からの突撃。 慧音も妹紅からの攻撃に気づいたが、この距離ではもう無駄だった。
妹紅は自身の拳を慧音に突き立てたと思った。
だが妹紅の拳は慧音には届いておらず、妹紅の拳と慧音の間には一枚の鏡が浮かんでいた。
八咫鏡、慧音の所有する二つ目の神器が放つ盾状の魔力が妹紅の拳を寸での所で受け止めていた。
「自動防御か……!」
ぎり、と歯軋りをする妹紅に対し、非情にも慧音は剣で妹紅のいる場所を薙ぐ。
バックステップでかわす妹紅だが、鏡を出されてしまったことで次の手が出せず攻めあぐねていた。 攻撃の剣に防御の鏡、接近戦でまさか
慧音に遅れを取るなんて妹紅は考えもしなかった。
「ちくしょう、やれば出来るじゃないか」
減らず口を叩いたところで慧音が何か言ってくれるわけもない。 今戦っているのは慧音であり、しかし既に慧音ではないのだから。
「力で押すのには無理があるか」
先ほどの一撃で妹紅が気づいたことは、鏡の魔力は慧音の全身を包むのではなく、一つの面を守るだけと言うことだ。
つまり鏡の防御が間に合わないほどのスピードを持ってすれば慧音に攻撃が当たる可能性はある。
「しかしそんな事できるかね」
鏡による自動防御は慧音の意思とは無関係に機能しているようだ。 その反応スピードは無意識よりも速い。
果たして本当にその防御をかいくぐって慧音に拳を当てられるのだろうか。
「いや、やるしかないのなら無駄なことは考えるな」
そう、これしか手がないのならそこに失敗のイメージを持つことは無駄以外の何物でもない。 妹紅が思い浮かべるイメージは唯一、
慧音の体に拳を当てる、ただそれだけ。
「はぁっ!」
妹紅は全身から魔力を解放する。 燃え上がるような紅い炎が妹紅の背中に翼を形成されてゆく。
たんっ、と勢いよく地面を蹴って慧音との距離を詰める。 そのスピードは先ほどより遥かに早いが、その勢いを生かした真正面からの一撃も
やはり鏡によって防がれる。
ここからっ!」
鏡が魔力の盾を生成している瞬間に、妹紅はその場で高く飛び上がる。 ムーンサルトに近い動きで慧音を飛び越えつつ、背後に蹴りを放った。
それでも少し時間が足りない、鏡は確実に攻撃する面を防ぐ。
「またかっ……」
一度距離を置く妹紅。 縦の動きだけの二元的な攻撃では無理だったことを考えると、横移動のみの連撃も無駄だろう。
それならば残された道は一つ。 前後左右に縦の動きを絡めた三次元攻撃、それも近距離と遠距離を組み合わせた複合攻撃だ。
「ふーっ」
妹紅は呼吸を整えた後、最大限の加速で初撃を放った。 まずは右から回り込んで脇腹への打撃、これは布石だ。
それでも鏡は自動的に盾を作り出す。 その瞬間に逆サイドに大きく移動、ここで妹紅は炎弾を大量に放った。
炎弾はどれもが不死鳥弾へと姿を変える。その大きさと密度ゆえ、慧音は剣での対処も間に合わず、回避も出来ない。 つまり鏡の防御に頼るしかないのだ。
「こ、こ、だぁぁぁ!」
ハッという表情で慧音が上空を見上げた時には、既に妹紅の腕は慧音の右頬を捉えていた。
空中からの翼による滑空を生かした一撃が深々と入り、慧音は真横に錐揉み回転をしつつ、地面を滑った。
手ごたえは確実にあった。妹紅はこれで全て終わることを切に願った。 しかし、そんな願いをよそに慧音は立ち上がる。
そして、立ち上がると同時に最後の神器である『玉』を解放した。 八尺瓊勾玉、太陽を現す八咫鏡に対して月を現すそれは静かに慧音の周りを浮遊し始める 「……?」
しかし勾玉からのアクションがない。 妹紅は間合いを詰めようと一歩、慧音の方に歩み寄った。
次の瞬間、妹紅の左肩を弾丸の如く光の矢が貫いた。
「ぐっ!? ぐぁぁぁぁ!」
肩を抱いてその場にうずくまる妹紅。 何が起こったのか一瞬わからなかったが、すぐに理解する。
これこそが勾玉の力、一定範囲内に入った敵に対して容赦のない光の矢を放つ。
それはあたかも月の光で姿が浮き出されるかのように、範囲内ならばどんな場所でも的確に狙い、穿つものだった。
「くぅ……」
傷は塞がったが、ダメージによって左腕が上手く動かない。 右腕一本で慧音の相手をするのは難しいため、一先ず妹紅は距離をとろうと試みた。
「!」
しかし、ここで今まで静観していた慧音が自ら間合いを詰めてくる。 つまりそれは勾玉の範囲に妹紅を引きずり込む為であり、勾玉が一瞬光った次の瞬間、
妹紅は首を右に傾けた。 光の矢は先ほどまで妹紅の頭があった場所を通り抜け、後ろの木に穴を開けていた。
「くそっ、何処までが間合いだ?」
範囲が見えない以上、妹紅は確実に来ない場所まで逃げるしかない。 空中に逃げようと飛び上がるが、
勾玉の範囲は予想以上に広く、空中さえもその標的だった。
「ここもかっ!」
攻撃時に勾玉が光るのが幸いし、妹紅はギリギリで致命傷を避ける。 それでも致命傷を避けているだけであって、腕や足、
腹部を掠める攻撃を多々受けていた。
弾幕は剣で断たれ、打撃は鏡で防がれ、勾玉が確実に狙ってくる。 慧音の鉄壁ともいえる布陣に妹紅は絶望を感じ始めていた。
自分には敵わない、そんな言葉が脳裏をよぎるが妹紅にはまだ隠し手が一つあった。 それは隠し手というよりも奥義と言った方が正しい。
全てを灰燼に帰す、妹紅の最大魔術。
「パゼスト……」
妹紅は発動を躊躇う。 なぜならば、この術は手加減が出来ない。 鏡を破ったとしたら、確実に慧音の命を奪うだろう。
戦う前に、慧音に引導を渡すと誓ったはずなのにいざその現実を前にすると、どうしても宣誓が出来ない。
「ちくしょうっ……!」
大切な人を自身の手で葬る、そんな残酷な事がどうして出来ようか。
殺さなければ殺される、そんなことはわかっている筈なのに、理屈ではどうしようも出来ない何かが妹紅を阻害する。ふと、妹紅は慧音の顔を見た。
「慧音……?」
慧音の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。 見間違いかと思ったが、それは確かに慧音の目から滲み出ていた。
本能に全てを奪われたかと思った慧音が見せる涙、それは妹紅に対して早く殺してくれ、と訴えているかのようだった。
「……」
妹紅は立ち上がった。 一番辛いのは自分じゃない、慧音なのだ。 大切な人が苦しんでいるのなら、自分が楽にしてあげなければいけない。
それが引導を渡すと言うことであり、妹紅が唯一慧音に出来ること。
「パゼスト、バイ、フェニックス!」
妹紅が空高く飛び上がる。 空を覆いつくすほどの炎が妹紅を中心に展開され、妹紅自身もその炎に飲み込まれる。
炎は巨大な不死鳥に成り、それは慧音を中心とした広範囲の大地ごと焼き尽さんと地上に堕ちてくる。
慧音も鏡による盾を最大限に展開し、自身の身を守りながら手にした剣を不死鳥に対して突き立てた。
「……っ!」
剣によって一瞬不死鳥は動きを止めたものの、すぐにその剣は炎の中に取り込まれた。
再び不死鳥は突進を再開し、慧音を鏡の盾ごと飲み込む。 地面に深々と突き刺さった不死鳥は、そのまま大爆発を引き起こした。
爆風と熱波があたりの木々を薙ぎ払い、燃やし尽くす。 炎は暴虐の限りを尽くし、あたり一面を焼け野原に変えた。
妹紅と慧音は共にくっついて倒れていた。 妹紅は腹部に深々と剣が刺さった状態で、慧音は体中のいたる所に火傷を負った状態で。
互いにピクリとも動きそうにない。
「あらあら、随分派手にやったものねぇ」
声の主は、空間を裂いてやってきた。 それは境界を操る大妖怪、八雲 紫であった。
紫は悠々と倒れている二人に近づく。
「ふふ……月の魔力だけであれだけ狂うわけないじゃない」
紫はくすくすと哂う。 そう、実はこの戦いは紫が仕組んだものであり、月の魔力に乗じて慧音の平静と狂気の境界を弄ったのだ。
何故そんなことをしたか、理由は特にない。 強いて言うならば紫の気まぐれだろうか。
戦いが終わったのを確認して、紫は慧音の額に手を当てる。 歪んだ境界を元に戻した後、紫は再び隙間の彼方に消えた。
「ぐ、あ……」
呻き声を上げながら慧音がゆっくりと目を開ける。 その目はもう普段の慧音だった。
意識を取り戻した慧音は、そこで気づく。 自分の剣が、妹紅の腹部を突き抜けていることに。
「な……! も、妹紅? 妹紅!」
剣をすぐさま収め、妹紅の生死を確認する。 妹紅は咽ながら血を吐いたあと、瞼を開けた。
「慧音、お前……」
「一体何があったんだ? わたしは一体……?」
妹紅は何も言わず、慧音を抱きしめる。
「いや、何もなかったさ。あぁ、何も……」
空には、赤い月。 月は炎で燃やされているようでも、血に染まっているようでもあった。
妹紅の叫びは、慧音には届かない。 今宵は満月、一際怪しく輝く紅い月は慧音を狂わすのには十分過ぎるほどだった。
「理性さえも失ったのか……?」
慧音は何も答えず、慧音に向かって走り出した。 その目には明確な殺意。
「ちっくしょう!」
争いたくなかった。 だが、このままでは慧音は里の人間すらその手にかけてしまう。
妹紅は慧音を力でねじ伏せる事に決めた。逃げる足を止めて、慧音の方に振り返る。
理性をほぼ失った慧音は、もはや獣だ。 妹紅は今にも飛び掛ってきそうな慧音に対しカウンターを狙う。
しかし、慧音は妹紅の間合いに入るか否かのところで突如姿を消した。
「何ッ!?」
妹紅は慧音のいた場所を凝視する。 もちろんその場所には慧音の姿はなく、何が起こったのか妹紅は思案を巡らそうとした。
ずぶっ
妹紅の右腹部から、何かが飛び出した。 いや、飛び出したのではない。 背後から、何かが妹紅の腹を突き抜けたのだ。
それが慧音の角だと理解するのに時間は要らなかった。
「がはっ」
逆流した血が口から吐き出る。 角が抜け、妹紅はその場に倒れる。
そして、白い角を真っ赤に染め上げた慧音はそんな妹紅を見下すように立っていた。
「はぁっ、はぁっ……」
妹紅は死ねない。 傷は見る見るうちにふさがっていくが、痛みは残る。 体の痛みも、心の痛みも。
よろめきながらも何とか立ち上がる妹紅、対する慧音は手に一本の剣を携えていた。
「草薙の、剣」
草薙の剣、三種の神器の一つ。 妹紅は悟った。 慧音はもう、戻れない。
そして戻れないならば、自分が引導を渡さなくてはいけないと。
「慧音、まずはお前の番だ。好きなだけ私をなます切りにでもするがいい」
両手を広げて挑発するかのようなポーズをとる妹紅。 慧音はそんな妹紅に向かって流れるような太刀筋、躊躇いの無い斬撃を繰り返す。
妹紅は反撃せず斬撃をかわす事に専念する。 しかし攻撃する方が性に合っている妹紅であるので、防戦一方の展開は次第に妹紅に不利となり、
かわしきれずに裂傷が数を増やしてゆく。 足、腕、顔、腹、ありとあらゆる所から血が流れる。
「くっ!?」
血を流しすぎたのか、妹紅の足がガクンと崩れる。 その隙を慧音が見逃すはずがなかった。
妹紅に対して真っ直ぐに突きつけられた刃は、そのままするりと妹紅の心臓に吸い込まれるかのように突き刺さる。
「が、はっ……ぐぁぁぁぁっ!」
強烈な嘔吐感に襲われる。 それと同時に胸部に焼けるような痛みを覚える。
慧音が剣を抜くと、妹紅はその場に崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ……」
慧音が見下したような視線を投げかける。 まだ死んでいない、完全に殺していない、妹紅にはそんな言葉が聞こえた気がした。
「私は死なんよ……死ぬわけにはいかない!」
妹紅は治りかけの胸を抑えながらも立ち上がった。 再び間合いを取る為に慧音が後方に飛び退こうとしたその時、妹紅は反撃に出た。
「印っ!」
呪文を唱える。 瞬間、慧音の立っていた地面が爆発した。
慧音は気づいていなかった、逃げながらも妹紅は地面に符を貼っていた事に。
「ふぅ……」
時間を少しばかり稼ぎ、その間に自己の体の修復を終える。 爆発は小規模であったが、慧音に対して牽制の意味を十分に果たした。
「気づいたか、慧音」
慧音は周囲の地面を見渡していた。 自分達が戦っていた場所のいたるところに符が貼られている。
もちろんそれらは全て妹紅の物だった。
「そう、ここはもう既に私の管理下だ。これでもまだお前は―――っ!?」
目の前で起きている出来事に、妹紅は我が目を疑った。 符が、消えていく……まるでその場には何も無かったかのように。
先ほどの爆発で変形した地面さえも、自分達が戦いを始めたときと同じくらい綺麗になってゆく。
「いや、同じくらい、じゃないな。同じなのか……まさか理性を失っても力を行使する知能は残っていたとはな」
慧音の力。歴史を隠し、創る程度の能力。 慧音はこの場所の先ほどまでに起こった歴史を隠したのだ。
今見えている地面は、妹紅たちが戦う前までの歴史に書かれているものだった。
「やはり小細工は通用しない、か」
少しばかり自分が優位になれればと思ってやった事がこうもあっさり無効化されると、逆に清清しい。
妹紅は気持ちを切り替えて、真っ向勝負で慧音を叩き潰すことにした。
「こうなったら手加減は出来んぞ!」
両腕を天に掲げる。 妹紅の手から炎が生まれ、次第に大きさを増してゆく。
「では……二回戦、開始と行こうか!」
そう言って、妹紅は膨れ上がった炎の弾を慧音に向かって放った。 炎弾はその姿を不死鳥の形に変え、慧音に襲い掛かる。
真上に飛んでかわそうと慧音は試みるが、まるで本当に生きているかのように炎は慧音を追いかけた。
「っ!」
慧音が剣を振るうと炎の鳥は真っ二つに断たれ、消えた。 神器である草薙の剣は魔力の塊である弾幕さえも断つ。
たとえそれがいかに強力な魔力によるものでも、数が少なければ問題ない。 しかしその瞬間、慧音が一瞬の隙を晒す時を妹紅は狙っていた。
始めから炎弾には期待していない、なぜなら妹紅は己の拳こそが最も確実で最も誇れる武器だと確信しているからだ。
「もらったっ!」
慧音の右脇、死角の部分からの突撃。 慧音も妹紅からの攻撃に気づいたが、この距離ではもう無駄だった。
妹紅は自身の拳を慧音に突き立てたと思った。
だが妹紅の拳は慧音には届いておらず、妹紅の拳と慧音の間には一枚の鏡が浮かんでいた。
八咫鏡、慧音の所有する二つ目の神器が放つ盾状の魔力が妹紅の拳を寸での所で受け止めていた。
「自動防御か……!」
ぎり、と歯軋りをする妹紅に対し、非情にも慧音は剣で妹紅のいる場所を薙ぐ。
バックステップでかわす妹紅だが、鏡を出されてしまったことで次の手が出せず攻めあぐねていた。 攻撃の剣に防御の鏡、接近戦でまさか
慧音に遅れを取るなんて妹紅は考えもしなかった。
「ちくしょう、やれば出来るじゃないか」
減らず口を叩いたところで慧音が何か言ってくれるわけもない。 今戦っているのは慧音であり、しかし既に慧音ではないのだから。
「力で押すのには無理があるか」
先ほどの一撃で妹紅が気づいたことは、鏡の魔力は慧音の全身を包むのではなく、一つの面を守るだけと言うことだ。
つまり鏡の防御が間に合わないほどのスピードを持ってすれば慧音に攻撃が当たる可能性はある。
「しかしそんな事できるかね」
鏡による自動防御は慧音の意思とは無関係に機能しているようだ。 その反応スピードは無意識よりも速い。
果たして本当にその防御をかいくぐって慧音に拳を当てられるのだろうか。
「いや、やるしかないのなら無駄なことは考えるな」
そう、これしか手がないのならそこに失敗のイメージを持つことは無駄以外の何物でもない。 妹紅が思い浮かべるイメージは唯一、
慧音の体に拳を当てる、ただそれだけ。
「はぁっ!」
妹紅は全身から魔力を解放する。 燃え上がるような紅い炎が妹紅の背中に翼を形成されてゆく。
たんっ、と勢いよく地面を蹴って慧音との距離を詰める。 そのスピードは先ほどより遥かに早いが、その勢いを生かした真正面からの一撃も
やはり鏡によって防がれる。
ここからっ!」
鏡が魔力の盾を生成している瞬間に、妹紅はその場で高く飛び上がる。 ムーンサルトに近い動きで慧音を飛び越えつつ、背後に蹴りを放った。
それでも少し時間が足りない、鏡は確実に攻撃する面を防ぐ。
「またかっ……」
一度距離を置く妹紅。 縦の動きだけの二元的な攻撃では無理だったことを考えると、横移動のみの連撃も無駄だろう。
それならば残された道は一つ。 前後左右に縦の動きを絡めた三次元攻撃、それも近距離と遠距離を組み合わせた複合攻撃だ。
「ふーっ」
妹紅は呼吸を整えた後、最大限の加速で初撃を放った。 まずは右から回り込んで脇腹への打撃、これは布石だ。
それでも鏡は自動的に盾を作り出す。 その瞬間に逆サイドに大きく移動、ここで妹紅は炎弾を大量に放った。
炎弾はどれもが不死鳥弾へと姿を変える。その大きさと密度ゆえ、慧音は剣での対処も間に合わず、回避も出来ない。 つまり鏡の防御に頼るしかないのだ。
「こ、こ、だぁぁぁ!」
ハッという表情で慧音が上空を見上げた時には、既に妹紅の腕は慧音の右頬を捉えていた。
空中からの翼による滑空を生かした一撃が深々と入り、慧音は真横に錐揉み回転をしつつ、地面を滑った。
手ごたえは確実にあった。妹紅はこれで全て終わることを切に願った。 しかし、そんな願いをよそに慧音は立ち上がる。
そして、立ち上がると同時に最後の神器である『玉』を解放した。 八尺瓊勾玉、太陽を現す八咫鏡に対して月を現すそれは静かに慧音の周りを浮遊し始める 「……?」
しかし勾玉からのアクションがない。 妹紅は間合いを詰めようと一歩、慧音の方に歩み寄った。
次の瞬間、妹紅の左肩を弾丸の如く光の矢が貫いた。
「ぐっ!? ぐぁぁぁぁ!」
肩を抱いてその場にうずくまる妹紅。 何が起こったのか一瞬わからなかったが、すぐに理解する。
これこそが勾玉の力、一定範囲内に入った敵に対して容赦のない光の矢を放つ。
それはあたかも月の光で姿が浮き出されるかのように、範囲内ならばどんな場所でも的確に狙い、穿つものだった。
「くぅ……」
傷は塞がったが、ダメージによって左腕が上手く動かない。 右腕一本で慧音の相手をするのは難しいため、一先ず妹紅は距離をとろうと試みた。
「!」
しかし、ここで今まで静観していた慧音が自ら間合いを詰めてくる。 つまりそれは勾玉の範囲に妹紅を引きずり込む為であり、勾玉が一瞬光った次の瞬間、
妹紅は首を右に傾けた。 光の矢は先ほどまで妹紅の頭があった場所を通り抜け、後ろの木に穴を開けていた。
「くそっ、何処までが間合いだ?」
範囲が見えない以上、妹紅は確実に来ない場所まで逃げるしかない。 空中に逃げようと飛び上がるが、
勾玉の範囲は予想以上に広く、空中さえもその標的だった。
「ここもかっ!」
攻撃時に勾玉が光るのが幸いし、妹紅はギリギリで致命傷を避ける。 それでも致命傷を避けているだけであって、腕や足、
腹部を掠める攻撃を多々受けていた。
弾幕は剣で断たれ、打撃は鏡で防がれ、勾玉が確実に狙ってくる。 慧音の鉄壁ともいえる布陣に妹紅は絶望を感じ始めていた。
自分には敵わない、そんな言葉が脳裏をよぎるが妹紅にはまだ隠し手が一つあった。 それは隠し手というよりも奥義と言った方が正しい。
全てを灰燼に帰す、妹紅の最大魔術。
「パゼスト……」
妹紅は発動を躊躇う。 なぜならば、この術は手加減が出来ない。 鏡を破ったとしたら、確実に慧音の命を奪うだろう。
戦う前に、慧音に引導を渡すと誓ったはずなのにいざその現実を前にすると、どうしても宣誓が出来ない。
「ちくしょうっ……!」
大切な人を自身の手で葬る、そんな残酷な事がどうして出来ようか。
殺さなければ殺される、そんなことはわかっている筈なのに、理屈ではどうしようも出来ない何かが妹紅を阻害する。ふと、妹紅は慧音の顔を見た。
「慧音……?」
慧音の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。 見間違いかと思ったが、それは確かに慧音の目から滲み出ていた。
本能に全てを奪われたかと思った慧音が見せる涙、それは妹紅に対して早く殺してくれ、と訴えているかのようだった。
「……」
妹紅は立ち上がった。 一番辛いのは自分じゃない、慧音なのだ。 大切な人が苦しんでいるのなら、自分が楽にしてあげなければいけない。
それが引導を渡すと言うことであり、妹紅が唯一慧音に出来ること。
「パゼスト、バイ、フェニックス!」
妹紅が空高く飛び上がる。 空を覆いつくすほどの炎が妹紅を中心に展開され、妹紅自身もその炎に飲み込まれる。
炎は巨大な不死鳥に成り、それは慧音を中心とした広範囲の大地ごと焼き尽さんと地上に堕ちてくる。
慧音も鏡による盾を最大限に展開し、自身の身を守りながら手にした剣を不死鳥に対して突き立てた。
「……っ!」
剣によって一瞬不死鳥は動きを止めたものの、すぐにその剣は炎の中に取り込まれた。
再び不死鳥は突進を再開し、慧音を鏡の盾ごと飲み込む。 地面に深々と突き刺さった不死鳥は、そのまま大爆発を引き起こした。
爆風と熱波があたりの木々を薙ぎ払い、燃やし尽くす。 炎は暴虐の限りを尽くし、あたり一面を焼け野原に変えた。
妹紅と慧音は共にくっついて倒れていた。 妹紅は腹部に深々と剣が刺さった状態で、慧音は体中のいたる所に火傷を負った状態で。
互いにピクリとも動きそうにない。
「あらあら、随分派手にやったものねぇ」
声の主は、空間を裂いてやってきた。 それは境界を操る大妖怪、八雲 紫であった。
紫は悠々と倒れている二人に近づく。
「ふふ……月の魔力だけであれだけ狂うわけないじゃない」
紫はくすくすと哂う。 そう、実はこの戦いは紫が仕組んだものであり、月の魔力に乗じて慧音の平静と狂気の境界を弄ったのだ。
何故そんなことをしたか、理由は特にない。 強いて言うならば紫の気まぐれだろうか。
戦いが終わったのを確認して、紫は慧音の額に手を当てる。 歪んだ境界を元に戻した後、紫は再び隙間の彼方に消えた。
「ぐ、あ……」
呻き声を上げながら慧音がゆっくりと目を開ける。 その目はもう普段の慧音だった。
意識を取り戻した慧音は、そこで気づく。 自分の剣が、妹紅の腹部を突き抜けていることに。
「な……! も、妹紅? 妹紅!」
剣をすぐさま収め、妹紅の生死を確認する。 妹紅は咽ながら血を吐いたあと、瞼を開けた。
「慧音、お前……」
「一体何があったんだ? わたしは一体……?」
妹紅は何も言わず、慧音を抱きしめる。
「いや、何もなかったさ。あぁ、何も……」
空には、赤い月。 月は炎で燃やされているようでも、血に染まっているようでもあった。
何もかも唐突すぎるし紫があまりにも…
いきなり噴いた
シリアス系でこれは致命的なミス
話は面白く読ませてもらったけど、オチがどうも無理やりすぐる
ちゃんとなってれば+50点はしたと思うから残念
紫って一応アレでも幻想郷を守護する妖怪の賢者なんだが・・・
せめてもう少しマシな理由を考えてくれぇ・・・
そこから東方プレイヤー・ファン・読者がこのキャラはこういうものだと
勝手に決めているだけで、とらえかたは自由だと思う。
masuda 氏はキャラをこの作品のようなとらえかたをしているだけで
それはそれでありかな。
けどおもしろいかときかれたらまだまだかな
そろそろ「幻想郷はすべてを受け入れる」程度の寛容さと器の大きさはデフォで持っててもいい頃じゃない?
ともあれ作品の感想としては、なにかストーリーとしての決め手が欲しいところかな。これではまだ弱い気がする。
……あまりにも投げやりでは?
書きたいところだけ書いて、ストーリーや思惑などを含めて適当にごまかした、ってようにみえます。
ともかく幻想郷にならって受け入れましょう
そしてその上でこの点数をつけさせていただきます。
もちろん受け入れるすべて、の中には感想や批判はもちろん
器の小さい者や無寛容、中傷も荒らしさえも含まれています……残酷なことに。
そして、批判に対して批判をする者も、それに批判をする者も、ね。
キャラの性格などはこれでいいけれど、もう少し詳しく書いてください。
<慧音は何も答えず、慧音に向かって走り出した。
どういう意味ですか?
<慧音は何も答えず、妹紅に向かって走り出した。
ではないでしょうか。
注意書きがほしかったです。
次回は気をつけてください。