人工的に作れないものとは何か? と、古風な喫茶店でコーヒーを飲みながら宇佐見蓮子は言った。
蓮子のちょうど反対側に座っているマエリベリー・ハーンことメリーは
机の上にあるケーキをフォークでつつきながらその質問に答えた。
「人工的に作れない物ねぇ...まあいろいろあると思うわ」
その答えに蓮子は納得のいかないといった表情で言った。
「いろいろな物って...例えば何があるのよ?」
「例えば......そうね、愛…とか恋...とかじゃないかしら?」
「………」
しばしの沈黙。
「あ、愛?...恋...?」
蓮子はきょとんとして聞き返す。
正直の所メリーの口からそういった言葉が出るとは意外だった。
「そう、愛。世の中に愛や恋等の感情より人間的なものは他に無いと言ってもいいんじゃないかしら?」
愛や恋について深く考えた事は無いが、そう言われてれば確かにそうかもしれない。
たが、メリーが愛や恋とは何たるかを語るという事はメリーも誰かを愛しているのだろうか?
そんな事をつい聞きたくなってくる。
「メリーにも愛してる人がいるの?」
「愛している人?ええ、いるわ。」
そうあっさりとそんな事を言われるとつい焦ってしまう。
「えっ!?...そ、それって...まさか...か、彼氏とか...?」
「違うわよ。」
何故かホッとしてしまう。
「それに、愛や恋の対象が必ずしも異性だとは限らないと思うわ。」
それはつまり、同姓愛を肯定しているのだろうか。
「違うわよ。例えば蓮子はご両親の事をどんな風に思っているの?」
両親。この前東京に帰って以来連絡をとっていないのでいま何をしているのか分からないが、
後で電話くらいはしてあげようかなんて事を考えながら
メリーの問いに答えた。
「そりゃあ今まで育ててもらったし、仕送りも貰っているし、
親孝行してあげようとは思ってるけどそれは愛とは違うんじゃ無いの?」
「いいえ蓮子。人を大切に思うという事は、愛がないと出来ない事だと思うわ。」
そう言うとメリーはケーキの最後のかけらを口に運んだ。
「そういうものかしら?...」
「そういうものよ。」
私は少し考えた。
愛とは本当にそういうものなのだろうか、と。
だが愛とは本来そういうものなのかもしれない。
なぜなら私も同じ秘封俱楽部のメンバーであり、親友でもあるマエリベリー・ハーンという存在に
感謝ているし、大切に思っているし、そして何より私はメリーの事が好きである。
「私はメリーを大切に思ってるけど、それも愛があるからなの?」
我ながら恥ずかしい事を聞いたものだ。
恥ずかしさを誤魔化すためにコーヒーを口に運ぶと、
コーヒーは少々冷めていた。
そのまましばらくコーヒーを飲んでいると、そうかもしれないわね、とメリーが静かに答えた。
私の質問を聞いて、メリーは恥ずかしくはないのだろうか?
そう冷静に答えられると、自分だけ恥ずかしがっている私が馬鹿みたいではないか。
そう思いながらメリーを見ると、顔が少し赤く染まっていた。
成る程。やはりメリーも恥ずかしい様だ。
だが、顔を赤く染めつつもまんざらでも無いといった彼女の表情をからすると、
メリーも似たような事を考えていたのかもしれない。
そう思うと嬉しいやら恥ずかしいやらの不思議な気分になる。
もしかしたら、これが愛なのかも知れない。
人工的に作れない不思議な気持ち。
メリーは私の次の言葉を待っているように静かに下を見てうつむいている。
このまましばらくメリーの顔を見ていても良かったのだが、
流石にそれも可哀想なので次の言葉を考えているとメリーが突然ハッと思い出したように言った。
「今日文学のレポートの提出日だったわ。」
そう言ったかと思うとさっと鞄をつかみ、会計カウンターに向かって行ってしまう。
レポート提出日を忘れるとは、彼女はしっかりしているようで
案外ぼんやりした所もあるのかもしれない。
「まったく、やれやれね...」
そう言うと私も立ち上がってメリーを追う。
メリーが私の分も会計してくれたようで、店の外で私の方へ手招きしている。
会計をしてくれたのは有り難いが、後で何か奢る事になりそうだ、
なんて考えながら私も店の外に出る。
するとメリーは忙しそうに言った。
「蓮子、早く大学へ行きましょう。」
別にまだ午後三時を回ったところなので、急がなくても間に合うと思うのだけれども。
「分かったわ、さあ行きましょ。」
そう言うと私はメリーに手を差し出す。
メリーが私の手を握る。
ほのかに温かい、生命の熱を感じる。
その手を軽く握り返してゆっくり走りだすと、
メリーも引っ張られる様に走りだす。
それからしばらく走っているとメリーが不意に呟く。
「そういえば、さっきは私が奢ったから、今夜は貴女の奢りかしら?」
前言撤回。しっかりし過ぎる程のしっかり者だ。
「別にいいけど、貴女レポート終わるの?」
「あら、後は結論をまとめるだけだから心配は要らないわ。」
...それなら急いで店を出る必要は無かったのではないかと思う。
むしろ最初から奢らせる気だったのでは無いだろうか、
と考えながらもつい仕方無いわねと言ってしまった。
だが、渋々言った訳ではない。むしろ嬉しいような気さえするのだ。
まるでメリーの為ならなんでもしてあげたいというような、不思議な気持ちが。
やはりこのような気持ちを愛というのだろうか?
人工的には作れない不思議で嬉しい気持ちなのだろうか。―――
蓮子のちょうど反対側に座っているマエリベリー・ハーンことメリーは
机の上にあるケーキをフォークでつつきながらその質問に答えた。
「人工的に作れない物ねぇ...まあいろいろあると思うわ」
その答えに蓮子は納得のいかないといった表情で言った。
「いろいろな物って...例えば何があるのよ?」
「例えば......そうね、愛…とか恋...とかじゃないかしら?」
「………」
しばしの沈黙。
「あ、愛?...恋...?」
蓮子はきょとんとして聞き返す。
正直の所メリーの口からそういった言葉が出るとは意外だった。
「そう、愛。世の中に愛や恋等の感情より人間的なものは他に無いと言ってもいいんじゃないかしら?」
愛や恋について深く考えた事は無いが、そう言われてれば確かにそうかもしれない。
たが、メリーが愛や恋とは何たるかを語るという事はメリーも誰かを愛しているのだろうか?
そんな事をつい聞きたくなってくる。
「メリーにも愛してる人がいるの?」
「愛している人?ええ、いるわ。」
そうあっさりとそんな事を言われるとつい焦ってしまう。
「えっ!?...そ、それって...まさか...か、彼氏とか...?」
「違うわよ。」
何故かホッとしてしまう。
「それに、愛や恋の対象が必ずしも異性だとは限らないと思うわ。」
それはつまり、同姓愛を肯定しているのだろうか。
「違うわよ。例えば蓮子はご両親の事をどんな風に思っているの?」
両親。この前東京に帰って以来連絡をとっていないのでいま何をしているのか分からないが、
後で電話くらいはしてあげようかなんて事を考えながら
メリーの問いに答えた。
「そりゃあ今まで育ててもらったし、仕送りも貰っているし、
親孝行してあげようとは思ってるけどそれは愛とは違うんじゃ無いの?」
「いいえ蓮子。人を大切に思うという事は、愛がないと出来ない事だと思うわ。」
そう言うとメリーはケーキの最後のかけらを口に運んだ。
「そういうものかしら?...」
「そういうものよ。」
私は少し考えた。
愛とは本当にそういうものなのだろうか、と。
だが愛とは本来そういうものなのかもしれない。
なぜなら私も同じ秘封俱楽部のメンバーであり、親友でもあるマエリベリー・ハーンという存在に
感謝ているし、大切に思っているし、そして何より私はメリーの事が好きである。
「私はメリーを大切に思ってるけど、それも愛があるからなの?」
我ながら恥ずかしい事を聞いたものだ。
恥ずかしさを誤魔化すためにコーヒーを口に運ぶと、
コーヒーは少々冷めていた。
そのまましばらくコーヒーを飲んでいると、そうかもしれないわね、とメリーが静かに答えた。
私の質問を聞いて、メリーは恥ずかしくはないのだろうか?
そう冷静に答えられると、自分だけ恥ずかしがっている私が馬鹿みたいではないか。
そう思いながらメリーを見ると、顔が少し赤く染まっていた。
成る程。やはりメリーも恥ずかしい様だ。
だが、顔を赤く染めつつもまんざらでも無いといった彼女の表情をからすると、
メリーも似たような事を考えていたのかもしれない。
そう思うと嬉しいやら恥ずかしいやらの不思議な気分になる。
もしかしたら、これが愛なのかも知れない。
人工的に作れない不思議な気持ち。
メリーは私の次の言葉を待っているように静かに下を見てうつむいている。
このまましばらくメリーの顔を見ていても良かったのだが、
流石にそれも可哀想なので次の言葉を考えているとメリーが突然ハッと思い出したように言った。
「今日文学のレポートの提出日だったわ。」
そう言ったかと思うとさっと鞄をつかみ、会計カウンターに向かって行ってしまう。
レポート提出日を忘れるとは、彼女はしっかりしているようで
案外ぼんやりした所もあるのかもしれない。
「まったく、やれやれね...」
そう言うと私も立ち上がってメリーを追う。
メリーが私の分も会計してくれたようで、店の外で私の方へ手招きしている。
会計をしてくれたのは有り難いが、後で何か奢る事になりそうだ、
なんて考えながら私も店の外に出る。
するとメリーは忙しそうに言った。
「蓮子、早く大学へ行きましょう。」
別にまだ午後三時を回ったところなので、急がなくても間に合うと思うのだけれども。
「分かったわ、さあ行きましょ。」
そう言うと私はメリーに手を差し出す。
メリーが私の手を握る。
ほのかに温かい、生命の熱を感じる。
その手を軽く握り返してゆっくり走りだすと、
メリーも引っ張られる様に走りだす。
それからしばらく走っているとメリーが不意に呟く。
「そういえば、さっきは私が奢ったから、今夜は貴女の奢りかしら?」
前言撤回。しっかりし過ぎる程のしっかり者だ。
「別にいいけど、貴女レポート終わるの?」
「あら、後は結論をまとめるだけだから心配は要らないわ。」
...それなら急いで店を出る必要は無かったのではないかと思う。
むしろ最初から奢らせる気だったのでは無いだろうか、
と考えながらもつい仕方無いわねと言ってしまった。
だが、渋々言った訳ではない。むしろ嬉しいような気さえするのだ。
まるでメリーの為ならなんでもしてあげたいというような、不思議な気持ちが。
やはりこのような気持ちを愛というのだろうか?
人工的には作れない不思議で嬉しい気持ちなのだろうか。―――
こういうほのぼのしてるの大好きですよ
そんな二人の距離感の描写がうまいですね。
ただはじめの方の、蓮子が聞き返す直前の沈黙に少し戸惑いました
この沈黙が二人の沈黙であるなら「……」も二人分
あるいは括弧を重ねて二人であることを明示した方がいいと思います。
会話では発言は交互に行われるため、
メリーの台詞、蓮子の沈黙、メリーの台詞(本当は蓮子の台詞なのに)に見えてしまいかねません。