咲夜は今まさに、とてもゲンナリしていた。
めんどくさそうな事態に出くわしたのである。
「うっわぁ……」
瀟洒が聞いたら口から泡を吹いて卒倒するような声を出し、咲夜はそれを見上げた。
いつものように、図書館を掃除に来たのだ。それをパチュリーに伝えようとしたら、この有様である。
この有様といっても、本が洪水――もとい洪本を起こしているわけではない。それはこの図書館では日常茶飯事だったが、それではない。
いつもパチュリーが座って本を読んでいるところに、にょっきりと木が生えていた。天井に届きそうなほどに大きな木だ。天井自体かなり高いので、とても大きい。
広葉樹だわ。その木を見上げ、咲夜は思った。そんなことを考えるあたり結構テンパっている。
咲夜が前回来たとき、こんなものは無かった。だから彼女は今たいへん驚いている。
図書館は地下室にあるから、たしかに、植物が床や壁を突き抜けてくる可能性も否定しきれない。
だが、それには長い時間が必要だ。だったら途中で誰かが気づくはずである。だいたい、普通の広葉樹というものは、ちょっとの時間でここまで大きく育ったりはしない。
ということは、これは自然に育ったものではない。
こういう真似のできる人物に、咲夜は心当たりがある。というか、こんなことをする者は一人しか居ない。――つまり、ここに本来座っているはずの魔女、パチュリー・ノーレッジのことである。
「どうしようかしらね」
この木が生えた原因は、この際どうでもよかった。咲夜がするべきことは、これを早いとこ除去することだ。
とっとと取り除けられるならいいのだが、残念ながら相手は大きい木である。ナイフでは切り倒せそうにはない。
木と見せかけて実はスポンジケーキだったりしないかしら? そう思って――そんなことを思うあたり、だいぶ動転している――咲夜は木を蹴ってみたが、爪先がひどく痛かっただけだった。
間違いなく本物の木である。
「あ、咲夜さん」
害意だの悪意だのという言葉から無縁な声色。小悪魔だった。
時間を止めて、痛む爪先を抱え存分に転げまわってから、咲夜は小悪魔のほうに向き直る。
「あら小悪魔。これは? 私が前来たときには無かったと思うけれど」
「それが、わかんないんですよ。今日朝起きてここに来たらこの状態でして」
「そう。――パチュリー様は? どこにいるか知らない?」
咲夜が尋ねると、小悪魔はヤレヤレという風に肩をすくめた。
「咲夜さんは分かってません。あの人は喘息持ちで肉弾戦が苦手だったりしますけど、逃げ足は驚くほど速いですよ」
「逃げ足?」
「そうですよ、逃げ足です。魔法の実験に失敗したとき、あの人すぐさま雲隠れかますでしょう? アクティブなんですよ、意外に」
はぁ、と咲夜は気の抜けた返事をし、言う。
「つまり、パチュリー様は行方知れず、と」
「はい。まぁ、ほとぼりが冷めたら戻ってくるでしょうけどね。そのあたりのセンスも天才的です。世渡り上手というべきか……」
「そう」
そうだろうなぁと思いながら、咲夜は木を見上げた。
ほとぼりが冷めたら、パチュリーは戻ってくるだろう。そのときにとっちめれば済む話である。
だが、だからといってこのまま放っておくわけにも行かなかった。一応仕事なのである。
「仕方がない。小悪魔は引き続いてパチュリー様を『一応』捜してもらえる? 私はお嬢様に『一応』報告しとくか」
「了解しましたー。『一応』探しときます」
お互い大変ね。そんな空気をぷんぷん漂わせながら、咲夜はレミリアへの報告のためにその場から立ち去ろうとする。
「パチェー、こないだ借りたこの本さっぱりワケワカメなんだけど……あら、咲夜?」
咲夜が訪ねようとしていた人物が、向こうからやって来た。鴨ネギとはこのことであろうか、運命的にナイスタイミングである。これは決してご都合主義ではない。レミリアならではなのである。
レミリアは、自分の友人を捜すように少し辺りを見回すが、その木に気付くと顔を青くした。
そして、その木に駆け寄る。
「ぱ、パチェ!? そこまで根に持ってたの!? 木だけに根にもってた!?」
「ど、どうなさったのですお嬢様」
レミリアの狼狽に、咲夜もうろたえる。聞くにたえない酷い発言はスルーだ。
レミリアは木にすがりついて、ごめんなさいと謝罪を繰り返す。
「お嬢様、落ち着いてください。その木が一体どうしたというのです」
「咲夜こそ、分からないの? コレは只の木なんかじゃないわ! パチェよ!」
「……はい?」
咲夜のボケた返事が聞こえているのか、それとも聞こえていないのか、レミリアは続ける。
「私が昨日あんな事を言ったから、パチェは根に持って……木だけに根に持って、こんな風に……」
搾り出すような声の途中で、諦めないわよと言わんばかりの視線が飛んできたが、咲夜は気にせず尋ねる。
「あんな事、とは?」
「そうね、あれは五百年前のことだったわ……」
「はい」
「……」
レミリアの視線が、痛々しいほどに咲夜に降り注ぐ。
咲夜は意を決した。
「……なんでやねん、昨日からでええがな」
「四百九十五点中十二点。あれは昨日のことだったわ」
この世の理不尽を感じながらも、咲夜は主人の話に耳を傾ける。
「私とパチュリーはいつものようにお茶を飲んでいたわ。――なんであんな事言おうと思ったのかしら、私はパチェのことを、あだ名じゃなくて本名で呼ぼうとしたのよ」
咲夜には、そういう事はよくある事のように思われた。
「それは普通のことですわ。私も、たまに霊夢のことを博麗センチメンタルパワーゲイザーという本名で呼ぶことがあります」
「咲夜、今私は真面目な話をしてるのよ?」
「申し訳ありません」
さっきまでボケてたのは誰ですか――。
この世の理不尽を感じながら、咲夜は主人の話の続きを待つ。
「私は、ちゃんとパチュリーって言おうとしたわ。でも、言いなれてないから、舌が滑ったのよ。――それで、うっかり、パツリーって」
そこまで言うと、レミリアは顔を覆った。
「ああ! それを根に持ってただなんて! ツリーだけに根に持ってただなんて! ごめんなさいパチェ!」
顔を覆う指の隙間から、ちらちらと視線が飛んでいる気がしたが、咲夜は無視した。
正直なところ咲夜にとって、レミリアの話は悪い冗談にしか思われなかった。
当然といえば当然である。いきなり木を出されて、「これは私の友達です」などといわれても、相手の正気を疑うくらいしか出来ない。
だが、レミリアの話は真実だった。
木から声が聴こえた。
「……まったく、二度としないで欲しいわ」
すると、木を中心として魔方陣が現れ、それが眩い光を放ち始めた。
光が止むころには、その真ん中に、咲夜とレミリアが見慣れた魔女が現れていた。
まさしく、パチュリー・ノーレッジその人である。
「名前を間違えるだなんて酷いわよ、レミィ」
「あ――パチェ! パチェっ……ごめんなさいッ……!」
レミリアはパチュリーに駆け寄って、その胸に顔を埋め、ただ謝罪した。
パチュリーは微笑むと、言う。
「良いわよ、許してあげる、『レミリア』」
レミィと略さなかったのは、彼女なりの気遣いなのだろう。
レミリアはハッとして顔を上げると、感謝の言葉を述べる。
もちろん、パチュリーの気遣いに応えて。
「あ、ありがとう、パクリー! ……あ、やべっ」
「れみりあうー」のパクリでありながら、後に全世界的ナイトメアなヒットを記録する、「ぱちゅりーぬふぅ」が産まれた瞬間であった。
自分も苗字が結構変わってるもんで妙な読み間違いをされるわあだ名がつくわ…orz
セキガワにセキカワって言ったらダメと私は過去学びました
でも何度も聞かれるとちぃとうざいかなw
「え?サイキなの?ずっとサエキだと思ってたw」
こちとら100万回目なんだよ~!!w
酷いときにはスガノとか呼ばれてたな…
ま、どっちにしてもおぜうの間違いは酷すぎるwww
って伝えたら翌日に佐木って書かれた名刺送られてきました。
母さんそれでも私は元気です。
サイグサ?サエグサ?
どっちやねん
これ鉄壁
サエキさんとサイキさんは覚えあるなぁ。あとヒラタさんとヒラダさん
シンバル シンバラ ニイハル ニイハラ ニイバル ニイバラ
元気にしてるかなぁ……
そのまま「みつえだ」さんと読む人もいるんだねこれが。
あと相馬と書いてアイバとソウマ。
「オオフチ」と読むのに、みんな「オオブチ」と呼びます。
やはり小渕=オブチや長渕=ナガブチの印象が強いのでしょうか?
よく間違えられるという自覚がある人は名刺にふりがな入れてくれマジで。
ほんにもう、勘弁してつかぁさい。
SS自体はレミィの外道っぷり/木だけに根に持つの異様な拘りの強さと咲夜さんの忍耐強さが非常に楽しく読めたので、この点数で。
とりあえず出席番号を見ても読み間違える教師は●●●(検閲)
しかし仁義無き紅魔館だ。咲夜さんも苦労する。
>ツリーだけに根に持ってた
どんだけ推すんだよ!?
五十嵐の人ごめん
語呂悪ッ!ってほど悪くも無いか。
センチメン(ry)ザーってどこをどうすれば霊夢になるのか小一時間ほど問い詰めたいのを堪えつつ、パク・リーって書けば韓国の人みたい!などとどうでもいい事を考えてしまう自分はすっかりアナタの虜なのです。