*これは「心の在処 前編」の続きとなっています。前編を見てから、こちらを見てください。
「うう……飲みすぎたわ……」
油断していた。久しぶりに勇儀とゆっくりと話が出来た興奮からか、普段の私とは思えないほどの酒を飲んでしまった。ただ記憶ははっきりと残っており、店から出て、自分の部屋まで勇儀におぶって貰ったのだ。その時は恥ずかしいとか、屈辱とかいう事は無く、勇儀の温かく広い背中に自分の体重を乗せている事が、何だか申し訳ない気持ちになった。
そして、部屋からベッドまでの間は、アイルが仕切ってくれた。水を持って、ベッドを準備し、私を運んで、そしてそっと毛布をかけてくれたのだ。もちろん、私が口頭でそうするように指示したのだが。
「おはようございます、さとり様」
「……頭痛い……」
「今日はもうお休みになられてはどうですか?」
珍しく、アイルがまともな事を言っていた。
「ええ、ありがとう。アイル」
「どういたしまして」
アイルの目がきらりと光る。
その瞬間だった。
わずかだが、静電気のようにさとりの心を刺激する。それは本当に小さなものだった。ともすれば見過ごされそうなほど、小さな信号だ。
「……アイル、あなた、今自分に違和感を覚えなかった?」
「いいえ、何も」
だが確かに、私は感じ取った。
それは子どものようにきらめいており、豆電球の光ほどの小さな振動だった。
驚きと共に、ちょっとした幸福感に私は包まれる。
今まで私からの一方通行だったアイルとの会話が、感情という糸で絡み合う。
この信号は間違いない。
言葉にするならば、喜び、と呼ばれる感情だ。
「うそ。だって私は確かにあなたから嬉しい、という信号を貰ったのよ。ねえ、あなたは私に感謝をされて、嬉しかったんでしょう?」
私は問いただすように、アイルに迫った。しかし、アイルは無機質な声で分かりません、の一点張りだった。
「本当に、何か違和感を覚えなかった?」
「……検査の結果、異常は見当たりませんでした」
アイルはそう主張する。たぶん、それはきっと本当なのだろう。
私は何かを言おうと、身を乗り出すが、そこから先の言葉が出てこなかった。それはたぶん、私自身がどこかでアイルとの対話にブレーキを踏んでしまったのだ。
アイルに心が出来たのならば。
今の彼女は私の事をどう思っているのだろうか。
それが怖かった。私の過去のトラウマが蘇る。
そしてこれから先も。私は恐怖するに違いなかった。いつか、アイルが私の事を恐れる様になってしまったら。
嘘を、つくようになってしまったら。
距離をとるだろうか。
人形が?
「……そう」
そこで私は自分の身体が冷えていくのを感じ取った。もしかしたら、自我なんてものは、芽生えない方がいいのかもしれない、と思う。
ただ、私は、自分でも驚くほどアイルに感情移入をしているのだ。
それは、アイルの、僅かな信号を見つけた時に、胸の中のもう一人の私が、そう言っていた。
こんな事で、どうして心を乱されるのか。私はたぶん、理解している。
私も、きっと、嬉しかったのだ。
私が放出したその言葉に、一点の曇りもない、純粋な白色の言葉で返してくれた。
これこそが、私の夢見ていた、幻想だったのだ。
それをアイルは見せてくれた。花火のように一瞬で散っていき、僅かにその余韻を残して。
アイルはよく分からない、と言った様子でこちらを観察している。その目が、その動作が私の心の奥にある淡い感情を刺激する。
感情の緩急に、私はすごく脆くなっていた。唇と瞼にぐうっと力を込める。
微かな興奮の後、すき間風が部屋に入り込む。扉をそっと開けて、お燐がそっとこちらを観察していた。心の中はひどく不安な色を呈していた。多分私とアイルのやり取りの一部を見て、何事だろうと不安になったのだろう。昨日、私が酒に倒れた事もあって、今日の私は不機嫌なのではないかとお燐は考えていた。
「お燐、入りなさい。私は、大丈夫だから」
私は出来る限り優しい声でそう言うと、お燐が部屋に入ってくる。
「大丈夫ですか、さとり様?」
「ええ、心配をかけてごめんなさい。じゃあ、行きましょうか」
二日酔いだからと言って、休んではいられない。アイルが何かを呟いていたが、私は心を切り替え、今日に集中した。
「あ、さとり様。来客ですよ」
お燐から連絡をもらい、地上からはるばる訪れた客に会う。水先案内人のパルシィが相変わらず妬ましそうに待っていた。
「御苦労さま、パルシィ」
「全く、今日は大丈夫なんですか?」
私は心配をかけたわ、と苦笑いをするしかなかった。
「おかげ様で、皆のお蔭よ」
「ふうん……皆に心配されるなんて、ああ妬ましい」
パルスィはそんな事を言っているが、その心配をしていた一人にパルスィは入っている。
全く持って、パルスィは不思議な妖怪である。心配しているのか、妬ましいのか……
これが最近流行りの、ツンデレ、と言われるものなのだろうか。
「何ですか? 私の顔に何か不満でも?」
「いえいえ。それで、客というのは誰ですか?」
パルスィがくるりと向きを変え、こちらです、と歩き始める。
しばらくごつごつとした道を行くと、そこには金髪の、艶やかな魔法使いが立っていた。
「初めまして。私が古明地さとりです」
「初めまして、アリス・マーガトロイドよ」
アリスと名乗った魔法使いは快く握手をしてくれた。
「人形の調子はどうかしら?」
アリスは微笑を湛えたまま、優雅に尋ねてくる。
「いいえ。何も問題はありません。こんな所で立ち話もなんですから、地霊殿に案内しますよ」
アリスは素直にうなずく。私は彼女を客人として案内する。
後ろでは、お気をつけて、とパルスィが声をかけてくれた。
地霊殿に戻った私は、アイルを起動させてからの活動記録をアリスに渡した。出来る限り、その日に起こった事を書き記しているのだ。アイルはいつかアリス達に改修され、記憶を漁られるのだが、この時の記憶と私の記録を照らし合わせ、その結果から何かヒントを得ようと言う事らしい。ただ、これにはあまり意味がなく、重要な情報は私が意図的にリセットしてアイルの頭から消し去っている。
「安心して。そのリセット機能だけは、私が担当しているの。私も魔法使いだからね、それなりのプライドを持って、この実験には望んでいるわ」
アリスは持参してきた紅茶の香りを楽しみながら、そう呟いた。
「にとりは、まあ性格は良い子なんだけど、時々やりすぎてしまう事があるし」
「ああ、分かる気がします」
地上の紅茶は、地底の世界に似つかわしくない、甘い香りを漂わせていた。
「アイル、見させてもらったけど見た目以上に壊れていたわ。このままここで、修理させてもらうけれど、構わないかしら?」
私は少しだけ悩んだ。今朝の事を言って、このまま実験を終わらすこともできるのだ。多分、アリスは人形の修理に来たのではない。私に意思の確認をしにきたのだ。
実験の継続か、終了か。
アリスやにとりとしてはデータとして十分の期間と収穫があったのだ。
「……さとりさん?」
「ああ、はい?」
「どうしますか?」
そう、私が思うに今朝の出来事を話せば、それで実験は終了するだろう。しかし、もはやアイルはこの地霊殿で結構な市民権を得てしまった。このような突然の別れは、私だけなら良いが、何よりもペット達やこいしの心の準備がある。
「……あと一週間、だけでいいわ」
私がそう言うと、アリスはじいっと私の瞳を見つめる。その心からは、少しの嬉しさと驚きの感情が読み取れた。
「あなたには、嘘を言ってもしょうがないわね。正直意外よ、その返答は。おかしいなあ、愛着がわかないように、顔も設計したんだけれど」
「この憎たらしい顔は、仕様だったんですね」
私がそう言うと、アリスがふふふと笑った。
「だって人形らしくしちゃうと、愛着がわくでしょう。いざとなって、アイルを連れていかないで、って泣きつかれたりしちゃうと、こっちが困るから。本来なら、愛情を持って接してやる方がいいんだけれど、あまりに愛情を持ちすぎると、妖怪になっちゃうから」
「強い思いは、それを妖怪化させてしまう、というものですね」
「そう、私が望むのは自己ではないの。あくまでも、柔軟な判断能力を持つ人形、が欲しい」
アリスは涼しい顔をして、平静を装っているが、その心は情熱に燃えていた。人形の事となると、人が変わったように話を始めるのだ。ただ、私の手前というのもあり、本当の自分を隠して話しているのだろう。
もし私が覚り妖怪でなければ、アリスの本質を決して知る事は無かっただろう。そう言った意味では、アリスは一流と言える。
そして、今朝の出来事はアリスにとってあまり喜ばしくない出来事だと言う事もこれで理解できた。
「そうですか。しかし、それは非常に難しい」
「そう、難しいのよ。自分で判断すると言う事は、自己を持つ事とほぼ同義。だから、感情はいらないの。欲しいのは忠誠心」
「感情はいりませんか……」
アリスはにやりと笑い私に問いかける。
「それで、アイルはどうだった?」
その瞬間、私はアリスの中の冷徹な感情をその中に見た。もしも、感情があるならばアイルに同情の余地なくスクラップにしてしまう。そんな黒い感情。
所詮、アリスにとって人形はどこまで行っても人形なのだ。
彼女は、自分の中で人形との心の距離の確保を確立しているようだった。
そこには例外などなく、あるのは零か一。
人形使いとしては、当たり前なのかもしれない。
アリスもまた、人形に愛着はあっても、愛情は無いのだから。
「全く変化はありませんよ」
「ふうん……まあ、そう上手くはいかないわよねえ」
アリスは私の事を信頼しているようだった。信頼というか、どこか諦めている、と言った方が正しい。何せこの問題に関しては私以外の情報源が無いのだから。
そして私は、アイルのために嘘をついた。
たぶんこれは同情だと、思う。
あと一週間の付き合いなら、という同情。
この甘さが、いつか大変な出来事になる予感もしていた。けれど、私は私の同情を止める事が出来なかった。
「とにかく、あと一週間で実験は終わりです。そろそろ私も、アイルと一緒に居るのは疲れます」
「お疲れ様。ありがとう」
アリスは立ちあがって、部屋にいたアイルを優しく撫でていた。その姿は人形遣いにふさわしい、柔らかで冷たい姿だった。
私はここにも、にとりとアリスのこの実験に対する温度差のような物を感じずにはいられなかった。
にとりはその魂の在り処を、アリスはその魂そのものを求めているように思えるのだ。
以前、にとりと会話した時に、どのような人形を作るのかとにとりに尋ねた事があった。
「アリスの作りたがっているのは、魔法の力による、完全な自律人形だよ。糸なしでも、主人を守ってくれる、高度な人形だ。そこで問題になるのは守る、という曖昧な情報だけでは人形は動かない事だ。自律、というからには主人に命令されなくても動くものじゃないといけない。じゃあ、守ると言うのはどういう時なのか、こちらではっきりと事前に定義してあげなくてはいけない。それが機械だ。では完全な、というのはどういう事か分かる?」
「つまり自ら学習し、行動できる人形の事……」
「その通り。つまりこの実験の目的は、予想外の出来事に人形は今までの知識を使って新たな行動を引き起こせるかどうか、或いは新たな考え方を出来るかどうか、なんだ。例えば死に対する情報は、一応与えている。けれど、死そのものに対して人形は考えない。死んだ人を見て、これはたんぱく質の塊だと人形は言う。側で嘆き悲しんでいる人を見て、人が死んだから悲しんでいると、記録する。そして最も大事なのは、この瞬間だ。このたんぱく質の塊を見て、なぜこの人は泣いているのだろうか、と考えた時、人形は完全に自立した事になる」
「……」
「難しいかい? でも言いたい事は分かるでしょう。ねえ、さとりさん。心の声が聞こえるあなたなら、分かるはずだよ。心の声の出所は、全くの無から生み出される。仮にその無の場所を魂だと定義すれば、人形にも魂が生まれる事があるんじゃないか、と私は考えている」
「そんなバカな……」
「物が妖怪に変化するこの幻想郷ならば、或いは可能かもしれない。その魂が生まれる瞬間は、ナトリウムと水の反応のように劇的な物なのか、鉄が空気により錆びるように鈍行な物なのかは分からない。けれど、そこには確かに、魂が生まれ一つの生命が生まれるんだよ。こんな神秘的な瞬間をさとりさんは見られるんだ。かなりの幸運者だと思うけどね」
にとりにしては珍しく口数の多い通信だった。そして、にとりの予想は全く的中する事になる。
この事実を、私は今すぐ、にとりにだけ伝えようかとも思ったが、にとりのせいで散々な目に遭ったこともある事から、最後に教えてやろう、と。
それくらいは許されるだろう、と私は心の中で笑う。
アリスは部屋を一つ、貸してほしいと言った。修理自体は半日ほどで終わると言う。その間、私はつかの間の孤独を味わった。
どこか寂しい感じはあったが、ただ最近が騒がしかっただけだとも思う。
「久しぶりにゆっくりできますねえ」
私の膝の上でごろんと横になるお燐がそう呟いた。もっとも、今のお燐は猫の状態なので、実際に口に出したわけではなかったが。
「でも、もうこの実験も終りだから」
「ええ、終わらしちゃうんですかあ?」
「そうね。そろそろやめないと。物事には終わりが必要だから。寂しい?」
「ちょっとだけ、ですね。アイルって、とっても面白い人形だったし、人間に比べてとても綺麗だったから」
そうね、と一言だけ相槌をうつ。もしかしたら、この子たちの方が、立ち直るのが早いのかもしれないとふと思う。
「そう言えば、こいしを最近見ないけど、大丈夫かしら」
「ふふふふ、いつもならアイルがスグに見つけてくれますもんね」
お燐が生意気な笑顔で話し掛けてくる。
「それにしたって、最近見ていないから。どこかに出かけたっきりで、少し不安かな……」
「そうですねえ。そう言えば、あたい達もこいし様を見かけていませんね」
「まあ、あの子の事だから、またふらっと帰ってくるでしょう」
お燐は優しく、にゃあん、と言っただけだった。
ふと眼を開けると、膝の上に乗っていたお燐はどこかへ消えていた。私がうたた寝をしている間に、つまらなくなってどこかへ行ってしまったのだろうか。
別の部屋では、アリスが人形を修理しているのか、衣擦れのような音と、アリスの声が聞こえた。おそらく、魔力をつぎ込んでいるのだろう、と私は勝手に想像する事にした。
私は椅子から立ち上がり、紅茶を飲もうとお湯を沸かす。
その時、部屋にお燐が慌てふためいて入ってくる。
「ちょっと、どうしたのお燐、そんなに慌てて……」
「さとり、様……こいし様が、はあう……こいし様が!!」
お燐の濡れた瞳と青ざめた顔色、そしてこいしという単語が私を大きく揺るがす。
「……お燐、落ち着きなさい……そう、いい子よ。どこで、何があったのかゆっくりと話してちょうだい」
泣きわめくお燐をそっと抱える。私は頭の中で様々な事を考えた。
やかんから、白い湯気が立ち上る。
不安は、まさに的中した。
現場は街の、辺ぴな路地だった。だが、野次馬どもが、現場に駆けつけて、辺りは騒然としていた。私は身体が震えているのがよくわかった。
恐怖。その後、怒り。
「ちょっと、どいて」
人込みをかき分け、事態の中心に向かって行く。様々な人々の想いが、決壊したダムのようにすさまじい勢いで心の中に流れ込む。
焦りと不安から肩で息をしながら走る。足先から、手先から、普段は機能しない汗腺が開く。
変な汗は止まらない。ねっとりと私を覆い尽くす。
「こいし!!」
見ると、こいしがぐったりと倒れていた。
その姿に私は脳を揺さぶられる。
息が詰まる。
「お……ね……」
そこから先は、感覚だけが私の先を行き、自分の行動を後から脳が理解するような錯覚に陥った。
無我夢中で私はこいしを抱き上げ、地霊殿に飛んでいく。群衆の声など聞きもせず、私は飛んだ。周囲はほんの少しだけ暗く、それがこいしの血や、ぐったりとした腕や、荒い息使いをぼんやりとした柔らかいものにしていた。
私の横には勇儀がいる。きっとこの騒動に駆けつけた勇儀を見て、犯人たちは逃げたのだろう。
勇儀は今は何も言わなかった。ただ、黙ってついてきてくれた。
地霊殿につくと、すぐにこいしをベッドに寝かす。傷は浅かったが、打撲による青あざが痛々しかった。
「私が気付いた時には、もう犯人どもは逃げていた。守ると言ったのに、申し訳ない」
勇儀が頭を下げる。
「いいんです。こいしにも、言い聞かすべきだった……」
私がそう言うと、こいしが強く私の手を握り返してくる。その表情はひどく怯えていて、目には後悔の涙が滴り落ちていた。
「ごめんなさい……私が勝手な事をしたせいなの……」
大粒の涙を流して、こいしは息を詰まらせる。
それを見て、私はもう表面まで浮き出ていた涙をこらえる事が出来た。
私が泣くと、こいしがもっと自責の念にかられてしまう。そんな思考が私を気丈にさせる。
だが、私自身の油断もあったし、何よりもこいしにまで私の問題を飛び火させてしまった事に、非常に後悔した。
「……こいしは、あんたを悪く思っている連中の正体を探っていたらしい。それで、ようやく尻尾をつかんだ所で、不意打ちを食らったと、言っていたよ」
こいしが眠り、私が部屋から出てくると、勇儀がそう言った。
「……泣き言を言っている暇があったら、犯人を全力で探さないといけないわね」
気にしない様に振舞おうとして、勇儀を見上げる。勇儀は優しく笑っていた。
「そうだな。ただ、私は多少の手助けはするって言ったろう?」
そう言うと、私をぐっと抱きしめた。突然の事に、私は驚いたが、勇儀の大きな手が、私の頭に乗せられた。
それは卑怯じゃない、と私は思う。
もう前が見えなかった。目はかすんで、小さくひっひっと声にならない悲鳴を上げる。
今だけ、ほんの少しだけだったけど、勇儀はその大きな心で私を隠してくれた。
その心遣いに感謝しつつも、私はしばらく、動けなかった。
多分、泣いていたのだと思う。
地霊殿では、不穏な空気が漂っていた。私に関係する者は、こいしのように狙われるのではないか、という不安が広がっていく。それに早急に解決するために、私は犯人の在り処を叩く事にした。
「私はどうすればいい?」
「今さらかもしれませんが、勇儀さんが出てくると後々面倒な事になるかもしれません。地霊殿で起こった事は、地霊殿で解決します」
そう、勇儀はあくまでも鬼なのだ。友人ではあるが、今回の事にしゃしゃり出てくれば、鬼の世界でまた問題が出てくるだろうと考慮した結果だった。
客として訪れていたアリスはアイルの修理が終わるとすぐに帰る事になった。
「……どうやら、何か込み入った事情がありそうね」
「お騒がせして申し訳ありません。道中の安全は必ず確保いたしますので」
アリスは緊張した面持ちで、荷物をまとめた。
「アイルは一週間後、この時間にきっちりと動作を停止させるわ。そうね……頑丈になったから、戦闘に巻き込まれても、文字通りあなたの盾代わりになるくらいの強度はあるわ」
「ありがとうございます……しかし一週間なのにそこまでして下さらなくても」
「ううん、最近の騒動を感じ取って、一週間以内の壊れる事があったらいけないから、と思ってね」
「お気遣いありがとうございます。本当にこんな事になって、申し訳ありませんでした」
アリスは気にしていない、と言った様子で首を横に振る。そして、勇儀と共に地霊殿を去っていった。これで全ての準備が整ったのだ。
「アイル、起動しなさい」
アイルは私の言葉に反応し、起き上がる。
「お久しぶりです。さとり様」
「ええ。早速だけど、こいしと話してちょうだい」
「了解です」
アイルはこいしの寝ている部屋に行く。それを私は黙って見届けた。
「あ、アイル! 久しぶりだね」
「こいし様、お怪我をされておりますね。私が包帯を換えましょう」
「ありがとうアイル」
そんな会話が、ドア越しに聞こえてくる。それを聞いて、私は安心した。
アイルならば、こいしの傷ついた心も癒せる。
その役目は、私には務まらない。私たちには、お互いを真正面から見詰めるために、もう少しだけ時間がかかるのだ。
今、私がするべき事はただ一つ。この地霊殿に蔓延る、黒々とした不安を取り除くのだ。
こいしを襲った者たちはすでに目撃情報が多数あり、見つけるのは困難ではなかった。
次の日、雪がちらつく中、私は身を整え敵陣に乗り込もうと準備をした。
交渉は一人の方がやりやすかったし、一人でも勝つ自信はあったから。
すると部屋のドアがかちゃりと開いた。出てきたのはアイルだった。
「さとり様、どこかへお出かけですか?」
「ちょっと、ね」
「私もついて行きます。この騒動の火種が私であるならば、私が責任を負いましょう」
「あら、こいしがそう言っていたの?」
「こいし様は、泣いておられました。なぜか、この騒動の責任は自分にあると、自分を責めていました」
「そう……それで、あなたはどうしたいの?」
心が見えないと、会話を進めるたびにいちいち疑問を口に出す事が面倒くさい、と感じる。
「私はさとり様を守り、こいし様を救おうと思います」
「私?」
「こいし様が泣くと、さとり様も泣く。私は感情という物は分かりませんが、さとり様が泣くのは、さとり様にとってよくないのではないか、と、判断、し、まし、た」
一言一言、丁寧に言葉を選ぶようにアイルはそう言った。
私は訝しげな眼で、アイルを見た。
この人形は一体何を言っているのだろうか、と。
そう思った瞬間、アイルの身体から溢れんばかりの生命のエネルギーが生まれた。一瞬の出来事だ。
これは間違いなく、アイルが命を持った証拠に他ならない。
「アイル、あなたまさか、感情が……?」
「私には、分かりません。ただ、私はさとり様の行く所、どこでもついて行きます」
「それは、あなた自身が考えたことかしら」
「はい。私は一生、さとり様について行きます」
その言葉は、まるでプリズムのように透明で、一点の曇りのない、美しい言葉だった。
私が夢見た幻想が、ここに生まれた。
アイルは、私を信じていた。その身体の隅々まで、一切の矛盾もない、完全な感情だった。
これならば、アイルを信じても良いのかもしれない。
「その言葉、信じているわよ」
私はその時、笑っていたような気がする。
この日の夜は冷え込みが激しく、粉雪がちらちらと舞っていた。風は無かったため、言葉通り、優雅に舞い落ちる雪がどこかこの戦いのむなしさを暗示しているのかもしれない、と私は考えた。
「ここですか」
アイルが指差す方には、ビルの廃墟がある。ここが奴らのアジトらしかった。
「行きましょう」
私は入口らしき場所に向かって歩いて行く。すると、廃墟から五人ほどの妖怪が現れた。
「こんばんは。地霊殿の主、古明地さとりと申します。早速ですが、あなた達は私に不満があると言う事らしいので、わざわざ私が聞きに来ましたよ」
妖怪たちは私をじろりと睨んだが、私はなんでもないように振舞った。実際は彼らは何か別の事に苛立っている様子だった。
「……私がここに来る前に、何か問題が発生したのですね。まあ、私にとっては微塵も関係ありませんが。あなた達が喋らないのなら、本題に入りますよ。私は地霊殿の安全のため、そして妹の敵を取るためにやってきました。殺されたくなかったら、犯人を差し出しなさい。そうすれば、犯人以外の者は助けてあげましょう」
彼らは少しだけ動いて、互いに目を合わせる。
これは譲歩でも何でもないのだ。心が読める私には、誰が犯人か、聞かなくても分かるのだ。そして、あえて助ける選択肢を与えることで、彼らの心に屈辱と恐怖を植え付ける。
「さあ、誰がやったの?」
私はわざとらしく五人に尋ねる。
一瞬、一人が消えたかと思うと、ナイフを左手に持ち、私の右に回り込んだ。
すかさず、二人が正面から飛び込んできた。
だが私は動かない。
それは、隣にいた、アイルが右に回り込んだ妖怪の一撃を私から防いでいたから。
「!」
そのまま空気が止まる。正面二人も、私の目の前で停止した。
「私はさとり様を守ります」
アイルからの人工音声にたじろいだのか、妖怪たちに迷いが見えた。
叩くなら、今しかない。
私は襲ってきた三人に、攻撃を仕掛ける。
それは心へ直接、トラウマを流し込む。
「うわああああああああああ……あ……」
三人はひどくのたうちまわり、奇声を発し、そして気を失った。一瞬の出来事だ。
「私にとって、あなた達の記憶を失わせるのは、大した労力はかかりません。さあ、まだ犯人はいるのでしょう?」
残り二人をしっかりと睨みつけて、私は一歩を踏み出す。二人の妖怪は、混乱しており、自分がこの場から動くべきなのかどうかを判断できていなかった。
と、ここで雑念が私の心を刺激した。それは明らかに他者の者で、この場には見えてはいない者の念だった。
「さとり様、下です!」
アイルが叫ぶと同時に、私の足元から妖怪が現れた。そして、私に一撃を加えようと、腕を振りかぶる。
どう考えても間に合わない速度だった。
地中からの襲撃は全く予期していなかった。そして、この五人は全くその事を知らなかったのも計算外だった。
向かってくる拳に、私は防御の体勢を取る。
地震のような凄まじい衝撃と共に、私は吹き飛ばされた。
「っつ……!」
だが相手は攻撃を緩めない。吹き飛んだ私にさらに追い打ちをかける様にこちらへ向かってくる。私は痛みと痺れで、身体が思うように動かなかった。
アイルの反射神経を持ってしても、この妖怪の攻撃を防ぐ事は出来ない。
それならば、叩き落すしかない。
「アイル、そいつを叩き落して!」
叫ぶ。しかし、アイルは動かない。
なぜ、動かない。
頭の中が真っ白になった。
そして私は一撃を貰う。頭が揺さぶられ、意識がもうろうとする。
何かを言おうとして、声がかすれた。
「さとり様!」
アイルは、そう叫ぶだけ。
アイルは無力だった。
妖怪を傷つけられない、という呪縛が、アイルの足を止めさせた。
土の味がする。口の中が切れているのか、血の味もした。
最初に居た二人は突然の事に逃げ出したようだった。
私は、動けない。それは肉体的にも、そして何より精神的な傷を負わされたから。
こんな事になるくらいなら。
いや、私は分かっていたはずだ。
経験から。信じる事の愚かさを。
ところが、彼女は私の目を狂わせた。
荒んだ心に、透き通るような水を与えてくれた。
でもそれは、私が勝手に地下から引っ張ってきただけの事で。
彼女が与えてくれたわけではないのだ。
分かっていた。分かっていた。
けれど。
少しくらい、夢を見たっていいじゃない。
だから、こんな薄汚い現実で、目を覚まさせないで。
アイルに心が芽生えた等という幻想を。
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと……
「見せてよお……」
アイルが慌てふためく。だが、何も出来ない。
私からの命令がない限り、アイルは何もできない。
目の前は暗く。それも真っ暗。
「……あなた、死んでくれる?」
私は今持てる限りの全ての力を使い、周囲の生物にトラウマを見せた。
だが、傷ついた身体と、範囲を広げたせいで、その効果は先ほどの三人の記憶を亡くした時のようにはならない。
新たな妖怪は、頭痛を抱えたように頭を持ち、ふらふらとしていた。その程度の力なのだ。
そして、アイルはその中で平然と立っていた。それが、私の中で決定的な決裂を生み出す。
あなたは、所詮人形なのよ。
心が生まれたと、喜んでいた私を見てさぞ滑稽だったでしょう。アイル。
ああ、滑稽だと思う事すら、あなたには出来ないのね。
ふらふらと立ち上がり、自分の物とは思えないほど、低い声で私は命令する。
「アイル、そいつらを潰しなさい」
「出来ません。妖怪を傷つける事は、出来ません」
「やかましい!!」
そして、私は目の前の怯えた妖怪を蹴りあげる。
「これに懲りたら、二度と私に関わらないことね」
ひどくおびえた目をした哀れな妖怪は、ひいひいと息をしながら先の見えぬ暗闇に逃げだしていった。
「さとり様、お怪我を……」
ぎろりとアイルを睨むがアイルは構わず私の服に着いた泥や血を拭きとっていく。
「さとり様、お怪我はありませんか?」
「無いわよ」
「嘘を言わないで、さとり様」
「何? 今、何て言った?」
「嘘を言わないでください、さとり様。私は人形ですがさとり様が悲しいお気持ちだと言う事は分かります」
「人形のあなたが、人の悲しみを理解出来るというの? 笑わせないで! ならば私を癒してみなさいよ、この悲しい気持ちの私を癒しなさいよ。アイル、命令よ!」
人形は動かない。それもそのはずだ。彼女には、私を癒すためのプログラムなど、有りはしないのだから。
一瞬だけ、期待した。
アイルなら、私を純真に守ってくれるという信頼が、心の片隅にひっそりと佇んでいた。
だけど、アイルは動かない。傷つき、倒れる私を見て、薄っぺらい声を響かせるだけだった。
結局、あなたは私に愛情など無く。
決められた線路の上を、決められた速度でなぞるだけ。
そんな物に愛情を持った私がいけないのか。
そんな物に愛情を感じてしまった私が弱かったのか。
そんな物に幻想を見た私の心が悪いのか。
答えは出ない。答えなど、無い。
「……くそう」
誰もいなくなった荒野に、人形と私は佇んでいた。
私とアイルの間には、冷たい風が吹いている。白い雪が、私の頬を濡らしていった。
今思えば、アイルに心が出来たと、思いこんだとき、私は健全とはいえない状態だった。例えそうであっても、人形に心が出来た等と、虚ろを抜かして一人喜んでいた私は、もう少し心の修行が必要だと思う。
あれからアイルは何の問題もなく起動していた。私はアイルの話をすっかり聞かなくなり、もっぱらペット達やこいしの話し相手をさせていた。
一週間の期限は、今の私には蛇足にしかならない。あの時、幻想に身を浸らせ、現実を見ていなかった私に、殴り込みをかけてやりたい、とも思う。
目を覚ませ、バカ。
「さとり様、犯人は見つかりませんでした」
結局犯人を含むあの連中は逃げたようだった。だが、これでもう襲ってくることもないだろう。私を相手にするという事がいかにリスクが高い事かを身を持って学んだはずだ。
「お燐、ありがとう。もう仕事に戻りなさい」
お燐が部屋を出る。身体はぼろぼろだったが、幻想から覚めたこの心は丈夫なままだった。
そして約束の一週間目がやってくる。その頃には私の体も随分と良くなって、もう外を歩けるほどに回復していた。
今日は地霊殿の皆で、アイルのお別れ会、という名の宴会があった。皆それぞれにアイルとの思い出があり、寂しさを紛らわすためなのか、はたまた毎日の仕事疲れのストレス発散だったのか、終わるころにはほとんどが酔い潰れていた。
「いやあ、地霊殿での宴会なんて久しぶりだねえ」
なぜか勇儀もいるが、気にしない。多分、潰れた奴らの半分は勇儀のせいだと言う事も、今日は目をつむろうと思う。
「おや、さとり。怪我は治ったかい?」
「ええ、おかげ様で」
にこりと笑う勇儀。そのまま何も言わずに、またふらふらと宴会場へ戻っていく。
気を使っているのが分かりすぎて、もうどんなお礼をしていいのか分からなかった。
「ふう……」
私は酔いを醒ますため、自分の部屋に戻ってきた。
ふと机の上を見ると、明日送る予定のレポートが溜まっていた。
気分なおしに、それをまとめようかと、ふとそのレポートを拾いあげる。
そこには、アイルとの思い出、が書き記してある。
私はそれを見て、少しだけむなしい気持ちになった。
どうかしているとも思う。人形に心が生まれるなんて。
だって、アイルは、命の危険にさらされていた私を、見捨てたのだ。
違うな。私が勝手に勘違いしただけですから。
そう思い、レポートの束をぱたりと机に置いた。
ぎいっとドアが開く音がする。
アイルだった。
相変わらず、表情の乏しい顔。きらきらと光る眼。なのに、胴体の部分は人間そっくり。
見れば見るほど、不細工な人形だった。
「どうしたのアイル?」
私から話しかける。ややあって、アイルが喋り始めた。
「あと、一時間もないですね。私のエネルギーは」
「そうね。これが最後かしら。最後の相手を、私にしてくれて、ありがとうね」
「これも、プログラムに入っています」
「あら、そうなんだ」
ふふふと笑ってみる。アイルが再び喋り始める。
「私は、あの日から、考えました」
「……」
「私は、さとり様を傷つけた。間接的にではあるが、傷つけた。この事を、私の頭では上手く処理できず、ここ数日は、そればかりを考えていました。なぜ、さとり様を守ると言ったのに、守れなかったか。私は考えました。私には、妖怪保護のプログラムが植え付けてあります。これは地上の人形であるこの私が地底の妖怪といざこざを起こすのを極力避けたいという、にとり様の案でした」
「それは大抵の出来事に関しては上手く行きました。そして、あの日も、私は動けませんでした。その時、私は自分の中で矛盾を感じてしまったのです。さとり様を守る、というプログラムと妖怪には手を出さない、というプログラム。普段ならば後者を優先させますが、この時私は必死に前者のプログラムを作動させようとしていたのです。自分でも全く持って不思議だったのですが、私はさとり様を守るのならば、目の前の妖怪を倒してしまっても構わないと判断したのです。これが感情、と言われる物なのでしょうか。私には判断できかねますが……」
「ところが、私はプログラム通りに動いて、いや、動かなかった。その事により、私は、深く深く、さとり様を傷つけてしまった。しかし、私にはこの手で、この身体で、さとり様を癒す事ができません。頼りの口では、さとり様を無駄に傷つけてしまう。私は、もうどうしたらいいか分かりませんでした。もはや、自分が何をしているのか、プログラムに沿っているのかいないのかすら、私自身がわかりませんでした。これが、苦しい事ですか? 悩む、という行為ですか? 絶望なんですか? 私の初めての感情が、そんな星の無い夜空のような暗いものなんて……そこで私はある方法をもってしてさとり様への懺悔と私のこの苦脳への開放とします」
そこまで行って、アイルはそっとナイフを取り出した。その光る刃先を自らの頭に向ける。
「私は幸運な事に、自分を守るプログラムを入れられていませんでした。だから、私には自殺が出来ます。さとり様にとって、今の私が存在する事が苦痛になるのなら、私は自らを殺します。そして、今の私ともさようならです。さとり様」
そして少し間を空けて、
「ありがとう」
と言って、ナイフを頭に突き刺そうとした。
「動くなあ!!」
ぴたりとアイルは動きを止めた。私は心の底から叫んだ。
「何よ……あんたなんて……」
私は気付いている。そう、アイルが話をしている間、彼女から心の声が聞こえているのだ。それは迷い、悩み、そして苦痛。
今まで溜まった物を払うかのように押し寄せてくる感情の波。
それは今までの比にならないほどの、厚みを持った想いだった。
にごり、もがき、叫び続けた、感情の嵐。
そして私は確信する。
今ここに、人形の形を持った、生物が再び誕生した。
そして、その想いの奥底には、とても美しい根幹がある。
それは、私への想い。
誰よりも美しく、誰よりも純粋なその想いに、私の心が震える。
望んでいたものは、すぐそばにあったのに。
私自身が手放そうとしていた。
これは幻だろうか。今まで見ていた、幻なのだろうか。
私には、とてもそうは思えなかった。
酔いが醒めていないのか、頭がぼうっとする。
そして私は決断した。
もし、アイルに心が生まれたならば。
心で会話ができるはずだから。
瞼の裏から、隻を切ったように流れ出る、涙。
深く私の心に根差した、黒い影。
「アイル……」
それは終わりの言葉。
さよならの言葉。
私に許された、たった一回の言葉。
「……黙りなさい」
アイルの動きが止まる。ナイフがカランと音を立てて落ちていった。そして、彼女はもう二度と喋る事は無かった。
その後、私は一時間きっちりと、アイルの前に座り続けた。
数日後、にとりと通信した時、にとりは喜んでいた。
「まずは実験に協力してくれてありがとう。本当に助かったよ」
どうやら私と仲良くなれただけでもよかったと思っているらしい。
「ところどころ抜けていますが、それは私のレポートで補ってください」
「ああ、いいよ。ところで、この最後の方の会話、何か生まれてきそうな予感がしなかった? 自殺しますなんて、本当に人間らしいけど」
私は何もありませんでしたよ、と報告した。
「そうかい。まあ、これだけの収穫を得たんだ。文句は言わないよ」
そう言って、にとりは一方的に通信を切った。
もう実験が終了したのだから、このラジオはいらないと思う。そんなわけで私はラジオをお燐に渡す事にした。
「好きにしていいわよ」
「好きにしていいんですね?」
お燐の目がきらりと光る。哀れ、ラジオはそう遠くない未来に跡形もなく消えているでしょう。
そんないつもの地霊殿に、ある小包が届いた。
「さとり様、それは一体何ですか?」
箱を開けると、そこには小さなチップが入っていた。
「これはね、あのアイルの脳みそみたいなものよ。にとりに頼んで送ってもらったの」
「へえ、じゃあ、あたい達の想い出も、そこに残っているんですか?」
「まあ、そう言うことね。にとりはバックアップを取って、これと全く同じ奴を作ったから、オリジナルを頂戴って頼んだの」
よく分からない、配線がたくさん詰まったこの小さなチップに、私たちの思い出があるのだ。
そして何よりも、あのアイルに入っていた、オリジナルで無いと意味がない。
「あなたはアイル?」
お燐がチップに向かって叫ぶ。当然返事は帰ってこない。
「口ぐらい作ればいいのに」
残念そうなお燐を横目に私はチップをじっと見つめた。
「あら……なあんだ、嘘なのね。初対面の時の、仕返しかしら」
思わず一人で噴き出す。
「え?」
お燐は不思議な物を見るような眼で私を見た。
今日も地霊殿は平和だった。
しかし東方は機械とも相性が良いんですねぇ。面白かったです
美しさ、素晴らしい! 生命の誕生。魂の成り立ち。深く考えられていると思います。
ただ、アリスの考え方に少し違和感を感じたかな。
感情はいらず、忠誠心だけを望むのは自立といえるのだろうか、と。
あとは、さとりの内面をうまく書ききったなという印象を受けました。
こういうふわりとした終わり方は好きです。楽しんで読めました。
完成度という点ではいくつかひっかかる部分もあるけど、東方舞台でこれやってくれるだけでも感謝。
とても楽しめた。
機械から命が生まれるかと期待するにとり、あくまでモノとして役立つかを重視するアリス(まあ火薬詰めて投げてますし)もそれっぽくていい。
さとりの地位が少し不明ですが、この作品では地底の代表って立場なのかな?
本編のテーマはとても綺麗ですが、さとりと妖怪との諍いの事件から随分経ってから「自殺したい」と言わせるのは少し冗長ではないかと思いました。
むしろその場でさとりの盾になって間接的に自殺したほうがインパクトがあった気がする。
誤字報告:後編冒頭で何箇所か「パルスィ」が「パルシィ」になってます。
アリスの『盾代わりになる~』発言だとか、その後のアイルの発言から
『あ~あ、こんなあからさまにフラグ立てて。これじゃあ、さとりを庇ってアイルが壊れて……丸見えじゃんかよ。』
という勝手な感想を持ってしまったので、アイルが助けてくれなかった時はさとりと一緒に(?)絶望を覚えてしまいました。
その分ラストシーンでは、不覚にも涙ぐんでしまったりもしました。
とても綺麗なお話だったと思います。
若干、後編での勇儀やこいしの扱いが『薄い』かな?とも思いました。
が、主人公2人との対比もあるでしょうし、何よりここまで心を揺さぶってくるSSは久しぶりだったのでこの点を入れさせていただきます。
後書きを読んでそう思ってしまうくらいアイルが溶け込んでいると思いました。
これからは、さとりの新しい話し相手としてさとりと共に歩むんでしょうか・・・。
「心」は脳にあるのかといえばそれは違う。心臓も「心」とはまた違う。
なら「心」はどこにあるのか。うわぁ、深いです。
この結末は予想はしていましたが、やはり涙腺の崩壊は止められませんでしたね。
今のさとりなら、自分がさとりの妖怪であることを幸せだと感じているのではないでしょうか、ねぇ。