これはとある魔法使いが、紅い悪魔と出会う少し昔のお話----
季節は初夏のちょっぴり手前、いわゆる梅雨の時期のこと。
なかなか太陽に席を譲らない梅雨雲が空模様にスモークをかけて、天気はやっぱりすっきりしなかったある日のこと。
人里からいくらか離れて、森のすぐ近くに一軒の小さな家があった。枯れ草色のレンガ造りのその家には一人の魔法使いが住んでいた。
「・・・。むむー・・・。」
魔法使いの少女は大きな古い本と向かい合って額に皺を寄せ、呟く。
「だめね。この本もだめ。だいたい、表紙がピンク色っていうのがもうね。」
知りたい情報が無かったのだろう、不満げにため息を漏らすと机の隅に本を押しやった。
------この家の主人、パチュリー・ノーレッジの機嫌もまた、やっぱりすっきりしなかった。
彼女の心を熱く悩ませているのは、恋。
・・・・・・なんてことはなく、目下取り掛かっている研究のことである。
「人生、宇宙、すべての答え」
この問いに答えられる魔法式を創る。それがこの研究の目的だった。そもそもなぜ彼女がこのような研究テーマに辿りついたのか。その原因は部屋の隅にいた。
「本を保管する場所を作ってくれるのはいいんだけど、いくら何でもここまですること無いんじゃないのかしら?」
彼女の書斎の南方の床には大きな穴が空いていて、そこからひっきりなしに発破をかける音やらドリルで穴を掘る音が聞こえてくる。
と、ふいに騒音がやんでその穴から一人の少女が顔を出した。
少女といっても頭から黒い小さな羽が生えているし、いたずらっぽく笑う口元から覗く犬歯は異常に鋭かったけれど。
それもそのはず、彼女は人間では無い。理由は簡単、彼女はパチュリーが雑用として使役している小悪魔なのだ。
「珍しいですねぇ、本をお読みになっておられないなんて!!ひょっとして倉庫を作るの手伝ってくださるんですか!?」
「馬鹿いいなさい。私が喘息持ちなの知ってるでしょ?それに研究が進んでないのはアンタのお陰なんだけれど。騒々しいし、部屋が埃っぽくなるのよ。」
「そんなこと言ったって“部屋から溢れた本の保管場所をどうにかしてっ!”て私に言いなさったのはパチュリー様じゃありませんかぁ。」
原因はこの悪戯好きの小悪魔であった。なぜこの召使が主人の研究に関係しているのか。それには少し長い説明が必要だ。
この幻想郷ではここ4~5年ほど全く異変が発生していない。全く平和そのもの、浮ついた幻想郷には珍しく穏やかな時期だった。
そんな幻想郷を脅かす「異変」というのは、幻想郷のパワーバランスが何らかの原因で崩されることによって発生する。人の生命力と妖怪の魔力。その均衡が崩れた時に産み出されたエネルギーが幻想郷中に拡散して起きるするもの(だとパチュリーは考えている)。
環境に影響され易い妖精や低級な妖怪が余波を受けて活性化するのがその証拠。
そしてこのバランスの乱れこそが前述の妖魔たちのメンタルバランスやフラストレーションに影響を与えているのだ。
異変が発生すれば力を制御できなくなって暴れだし、発生しなければしないでだんだんと力を持て余すようになり、次の異変発生のトリガーとなる。この度の小悪魔の無軌道なパワフルさはこれが原因だった。以上。
「本のカバーと中身を入れ替えたり、買ってきた卵が全部有精卵で料理にしようとしたらひよこが一斉に出てきたり・・・あの光景は今では立派なトラウマよ・・・。定期的にヌかないと溜まるのね。下級霊のくせに。」
「そんなぁ。私はそんなに、いう程ヤラシイ娘じゃありませんよ?でも・・・」
小悪魔は、頬をわずかに赤らめて、
「ものは試しって言うじゃないですか・・・」とかなんとか。
「十分ヤラシイじゃないの!!」----と言いたかったが、ここはスルーすることにした。
盛ってる小スケベ悪魔を横目に、彼女は研究の成果に目をやった。
魔方陣を走らせるためのラグの上、煩雑に描かれたいくつもの円陣がそれだった。
今のところ、研究の方向性も手がかりも掴めてはいない。
"早くこの娘の注意を逸らすものを作らないとおちおち買い出しにもいけないわ。"そう心の中で毒づいた。
「ダメね。全然ダメ。ちょっと休憩しましょう。煮詰まった思考はロクなアイデアを生まないわ。貴女も、服を換えてお茶を飲んで少し落ち着いたらどう?」
半ば投げやりな提案だが休憩が必要なのは事実だった。小悪魔は元気よく返事をすると、文字通り台所へ飛んでいった。
しばらくして、小悪魔は危なっかしげにお茶を運んできた。パチュリーはお盆を置くために丸テーブルの上を片付けた。
お盆の上には白磁のティーポットと人数分のカップ、バケットに入った胡桃入りのクッキー。
「いただきます。」パチュリーの呟きと小悪魔のうれしそうな声がようやく静かになった部屋に響く。
----「魔法っていうのはいくつか種類があるの。戦術円陣とか、移動用護符とかいろいろ。その中で、人に対して効力を持つ魔術は割と簡単な部類にはいるわ。人の心に働きかけて、その心の力の後押しをしてあげるの。仕組みが簡単だし、大きな魔力も必要としない。それこそ人間だってできるものがあるくらいよ。きっかけを与えることによって事象が持つ本来の力を引き出すのが、私の使う精霊魔法の基本だからね。」
俗に言う“マニアック”な性格を持つ人は自分の得意分野になると途端に饒舌になる。パチュリーもその手の魔法使いだった。
こういった「授業」はここでは良く見る風景だった。生徒一人の個人レッスン。アプリコットの匂いを孕んだ濃密な時間が部屋を満たす。
「おかわりもらえるかしら?濃いのがいいから葉を換えて頂戴。」
「はい、ただいま。」
台所に戻る小悪魔は思う。
(人の心を動かす魔法は簡単・・・かぁ。何を研究なさってるのかは私なんかにはワカンナイけど、力になりたい。そうだ!!)
「お待たせしました。蒸らし過ぎてしまったので淹れなおしてたんです。スミマセン・・・。」
いいわよ、いつものことじゃない。と聞き流すパチュリーは、受け取ったカップを覗き込むと、驚いた。
「茶柱がたってるわ。珍しい。何かいいことあるのかしら・・・・。」
突然、彼女は何かに弾かれたように立ち上がって、
「そうよ、茶柱だわ!!!偏在的表面張力の中にあって一定の位置を記録し続け、尚且つ拮抗点を保っている。これは魔力学第二法則に則ってマジックエントロピーの段階的な増加(ry・・・これだわ!!
善は急げ、すぐ試してみましょう!!あ、片付けお願いね!!」
そう言い放つと自分の机に飛んでいって、なにやら物凄いスピードで計算を始めた。
(人の心を動かす魔法は簡単・・・ね。)
作戦成功、と小悪魔は笑みが顔に出ないよう必死にこらえて、心の中で呟いた。
そんな風に、ティーポット一式を片付ける彼女の背中の目の端に捕らえたパチュリーもまた、
「惜しかったわね。紅茶に茶葉は立たないわ。」と、ささやかな魔法に感謝した。
―――あくまで顔に出ないように。
それから2週間後。
「パチュリー様、今のお客様はいったい誰だったんですか?」
「あぁ、この近くに住んでるっていう魔法使いよ。本人は人形使いって呼んで欲しがってたけどね。ちょっと暗いのを除けばいい魔法使いよ。そんなことよりアンタ、お客の珈琲に強壮剤入れたでしょう?話してるうちにだんだんアレな感じになって色々と危なかったわよ。」
「いや、気弱そうな人相だったんでちょっとトークのお手伝いしてあげようと思ったんですよ!!」
「なおさら危険じゃないの。ああいう真面目な人をからかうのは良くないわ。家具壊されても困るし。ひょっとしたら帰り道で一悶着あってるかも知れないわね。」
「いいじゃないですか、たまにはパーッと、
と言うと、間髪いれずにパチュリーが後を継ぐ。
「弾幕ごっこ?だめよ、最近妖精が活発だから騒ぎが大きくなるかもしれないわ。そうなると巫女が黙ってない。」
「??? “みこ”って何ですか?」
「お酒飲んだり一発キメたりして踊り騒いだ挙句、デマカセ言っちゃうっていうアレな人よ。どんな格好してるかは聞いたことないけど、関らないに越したことはないわ。まぁ、私がお世話になることはないだろうけどね。」
「???」
分かったような分かってないような顔で、赤髪の低級妖魔は頭をかしげながら奥へ下がった。天気は快晴、清清しい空が高く青く広がっている。梅雨が明けたのだ。
さて、研究の続きでもしようかしら。彼女は自室に引っ込むとラグの上にあぐらを掻き、頬づえをついて考え込む。
(そろそろ仕上げないとまずい。何か起きる前にパワーを発散させないと、私の手を離れて里の人に危害を加えるかも知れない。そうなる前に・・・。)
そうして、彼女は目の前の機械に目をやった。
くすんだアイボリーの体に、いくつかのボタン。後ろからは管があさっての方向へその伸縮性に富んだ体を伸ばしている。前面に取り付けられた丸窓はパチュリーの顔をゆがめて映す。香霖堂で仕入れたその機械に魔術定着と入出力機能を付け足したそのマシーンーーどう見ても洗濯機であるのだが、彼女たちがそれを知る由もない。回転する水に魔力を流し込み、意図的に流動をコントロールすることで回路の働きを持たせるというその機械は、この部屋では明らかに浮いたオーラを放っている。
(基本構造は元ある配電基盤を利用して魔力を注入、スタンドアロンで起動状態を維持するために式神のデザイン理念を応用して、ボタン一発で全部やってくれるユーザフレンドリーな設計。これでどうよ!)
割と自信作らしい。ふふん、と小さく鼻を鳴らすと上部に取り付けられた引き出しにスペルが画かれたカードを2,3枚放り込む。「スタート」と書かれた
ボタンを押し込むと、ワンテンポ遅れてゴロゴロと低く唸るような不穏な音がマシーンから流れ出た。起動成功、と嬉しそうな顔で呟いた。
ちょうどそこへ、片付けを済ませた小悪魔がやってきた。
「あ、やっと完成したんですか、コレ。最近よくパチュリー様がいじってるの見ててずっと気になってたんですよ~。何なんですか一体?新手の空気清浄機とかですか?」
「失礼ね!!アンタの為に作ってやったんだから、感謝しないと怒るわよ?それはそうと、この子の名前なんだけど」
と、パチュリーはおもむろに機械の天板を指す。そこには
“アイボリーちゃん“と大きく書かれた紙が貼ってあった。
アイボリーちゃん
アイボリーちゃん
アイボリーちゃん(エコー)
「・・・と、とっってもセンスの有りなさるお名前だと思い存じ上げ候に御座いますますですよ?」
「そう!?実は名前つけるのに一日使ったくらい腐心したの!!アイボリーだからアイボリーちゃん。シンプルイズベスト、名は体を表し体は名を表す(謎)ってね!!」
センスの欠片も無ぇ・・・とは小悪魔の声である。予想のナナメ上を行く出来に骨抜きにされた小悪魔は、切なさを胸にアイボリーちゃんの機能を尋ねた。
「そうね、簡単に言うと昨日の晩ごはんの献立から、ルナティッククリアの方法まで教えてくれるなんでも屋さんってところかしら?知りたいことを頭の中に描いて、ドライって書いてあるボタンを押す。そしたらしばらくしたらその答えを喋ってくれるわ。」
回答を出すまでに、この機械は非常に多くの無駄な手順を踏むようになっている。その過程で必要以上にパワーを使うようにわざと設計したのだ。手で触れている使用者からエネルギーを拝借することでシステムを動かしているのだ。
(これで魔力を使わせておけば、もう当分大丈夫でしょう。これでやっと、やっとのんびりできるわ・・・)
さぁ、やってみてと半ば強制的に機械に手を置かせる。
「えと、何でもいいんですね?う~ん・・・。
明後日の天気は?
カチャカチャ、ピーン 曇リノチ雨、コウスイカクリツハ60パーセントデス
一般的に嫌われている炭酸飲料は何?
ピーン ルート○ア、ペ○シアズキ、ドクターペッパーデショウ
筆者の好きな炭酸飲料は何?
ピーン ペプ○キューカンバ(絶版)オヨビ黒歴史シリーズゼンパン
香霖堂単行本化はいつ?
ピーン 2010ネン4ガツナカバ・・・ショウサイハ神(主)ノミゾシル・・・」
「どう?すごいでしょ?」
「え、ええ・・・」
たった数分の問答で小悪魔の頬はこけ、目の下にはクマまで浮かんでいる。
計画通り・・・ッ!!パチュリーは心の中でグッとガッツポーズ。
こうして、小悪魔反乱の危機は免れたのだった。
それから十数年の月日が流れた
「パチュリー様、アイボちゃんの様子がおかしいです!!」
以前より幾らかカビ臭さの増した図書館で、小悪魔が叫んだ。
台車に乗せて運ばれてきたその機械は、ボディのあちこちから煙をあげていた。
もう壊れてしまっている。
「アナタ、一体どんな使い方をしたの?」
「どうもこうも、いつも通り手を置いて、尋ねたんです。修理に必要だからと思ったんですけど、本人はいま門番に折檻しているようなので・・・。」
「???」
「いえ、咲夜さんのスリーサイズをですね・・・」
季節は初夏のちょっぴり手前、いわゆる梅雨の時期のこと。
なかなか太陽に席を譲らない梅雨雲が空模様にスモークをかけて、天気はやっぱりすっきりしなかったある日のこと。
人里からいくらか離れて、森のすぐ近くに一軒の小さな家があった。枯れ草色のレンガ造りのその家には一人の魔法使いが住んでいた。
「・・・。むむー・・・。」
魔法使いの少女は大きな古い本と向かい合って額に皺を寄せ、呟く。
「だめね。この本もだめ。だいたい、表紙がピンク色っていうのがもうね。」
知りたい情報が無かったのだろう、不満げにため息を漏らすと机の隅に本を押しやった。
------この家の主人、パチュリー・ノーレッジの機嫌もまた、やっぱりすっきりしなかった。
彼女の心を熱く悩ませているのは、恋。
・・・・・・なんてことはなく、目下取り掛かっている研究のことである。
「人生、宇宙、すべての答え」
この問いに答えられる魔法式を創る。それがこの研究の目的だった。そもそもなぜ彼女がこのような研究テーマに辿りついたのか。その原因は部屋の隅にいた。
「本を保管する場所を作ってくれるのはいいんだけど、いくら何でもここまですること無いんじゃないのかしら?」
彼女の書斎の南方の床には大きな穴が空いていて、そこからひっきりなしに発破をかける音やらドリルで穴を掘る音が聞こえてくる。
と、ふいに騒音がやんでその穴から一人の少女が顔を出した。
少女といっても頭から黒い小さな羽が生えているし、いたずらっぽく笑う口元から覗く犬歯は異常に鋭かったけれど。
それもそのはず、彼女は人間では無い。理由は簡単、彼女はパチュリーが雑用として使役している小悪魔なのだ。
「珍しいですねぇ、本をお読みになっておられないなんて!!ひょっとして倉庫を作るの手伝ってくださるんですか!?」
「馬鹿いいなさい。私が喘息持ちなの知ってるでしょ?それに研究が進んでないのはアンタのお陰なんだけれど。騒々しいし、部屋が埃っぽくなるのよ。」
「そんなこと言ったって“部屋から溢れた本の保管場所をどうにかしてっ!”て私に言いなさったのはパチュリー様じゃありませんかぁ。」
原因はこの悪戯好きの小悪魔であった。なぜこの召使が主人の研究に関係しているのか。それには少し長い説明が必要だ。
この幻想郷ではここ4~5年ほど全く異変が発生していない。全く平和そのもの、浮ついた幻想郷には珍しく穏やかな時期だった。
そんな幻想郷を脅かす「異変」というのは、幻想郷のパワーバランスが何らかの原因で崩されることによって発生する。人の生命力と妖怪の魔力。その均衡が崩れた時に産み出されたエネルギーが幻想郷中に拡散して起きるするもの(だとパチュリーは考えている)。
環境に影響され易い妖精や低級な妖怪が余波を受けて活性化するのがその証拠。
そしてこのバランスの乱れこそが前述の妖魔たちのメンタルバランスやフラストレーションに影響を与えているのだ。
異変が発生すれば力を制御できなくなって暴れだし、発生しなければしないでだんだんと力を持て余すようになり、次の異変発生のトリガーとなる。この度の小悪魔の無軌道なパワフルさはこれが原因だった。以上。
「本のカバーと中身を入れ替えたり、買ってきた卵が全部有精卵で料理にしようとしたらひよこが一斉に出てきたり・・・あの光景は今では立派なトラウマよ・・・。定期的にヌかないと溜まるのね。下級霊のくせに。」
「そんなぁ。私はそんなに、いう程ヤラシイ娘じゃありませんよ?でも・・・」
小悪魔は、頬をわずかに赤らめて、
「ものは試しって言うじゃないですか・・・」とかなんとか。
「十分ヤラシイじゃないの!!」----と言いたかったが、ここはスルーすることにした。
盛ってる小スケベ悪魔を横目に、彼女は研究の成果に目をやった。
魔方陣を走らせるためのラグの上、煩雑に描かれたいくつもの円陣がそれだった。
今のところ、研究の方向性も手がかりも掴めてはいない。
"早くこの娘の注意を逸らすものを作らないとおちおち買い出しにもいけないわ。"そう心の中で毒づいた。
「ダメね。全然ダメ。ちょっと休憩しましょう。煮詰まった思考はロクなアイデアを生まないわ。貴女も、服を換えてお茶を飲んで少し落ち着いたらどう?」
半ば投げやりな提案だが休憩が必要なのは事実だった。小悪魔は元気よく返事をすると、文字通り台所へ飛んでいった。
しばらくして、小悪魔は危なっかしげにお茶を運んできた。パチュリーはお盆を置くために丸テーブルの上を片付けた。
お盆の上には白磁のティーポットと人数分のカップ、バケットに入った胡桃入りのクッキー。
「いただきます。」パチュリーの呟きと小悪魔のうれしそうな声がようやく静かになった部屋に響く。
----「魔法っていうのはいくつか種類があるの。戦術円陣とか、移動用護符とかいろいろ。その中で、人に対して効力を持つ魔術は割と簡単な部類にはいるわ。人の心に働きかけて、その心の力の後押しをしてあげるの。仕組みが簡単だし、大きな魔力も必要としない。それこそ人間だってできるものがあるくらいよ。きっかけを与えることによって事象が持つ本来の力を引き出すのが、私の使う精霊魔法の基本だからね。」
俗に言う“マニアック”な性格を持つ人は自分の得意分野になると途端に饒舌になる。パチュリーもその手の魔法使いだった。
こういった「授業」はここでは良く見る風景だった。生徒一人の個人レッスン。アプリコットの匂いを孕んだ濃密な時間が部屋を満たす。
「おかわりもらえるかしら?濃いのがいいから葉を換えて頂戴。」
「はい、ただいま。」
台所に戻る小悪魔は思う。
(人の心を動かす魔法は簡単・・・かぁ。何を研究なさってるのかは私なんかにはワカンナイけど、力になりたい。そうだ!!)
「お待たせしました。蒸らし過ぎてしまったので淹れなおしてたんです。スミマセン・・・。」
いいわよ、いつものことじゃない。と聞き流すパチュリーは、受け取ったカップを覗き込むと、驚いた。
「茶柱がたってるわ。珍しい。何かいいことあるのかしら・・・・。」
突然、彼女は何かに弾かれたように立ち上がって、
「そうよ、茶柱だわ!!!偏在的表面張力の中にあって一定の位置を記録し続け、尚且つ拮抗点を保っている。これは魔力学第二法則に則ってマジックエントロピーの段階的な増加(ry・・・これだわ!!
善は急げ、すぐ試してみましょう!!あ、片付けお願いね!!」
そう言い放つと自分の机に飛んでいって、なにやら物凄いスピードで計算を始めた。
(人の心を動かす魔法は簡単・・・ね。)
作戦成功、と小悪魔は笑みが顔に出ないよう必死にこらえて、心の中で呟いた。
そんな風に、ティーポット一式を片付ける彼女の背中の目の端に捕らえたパチュリーもまた、
「惜しかったわね。紅茶に茶葉は立たないわ。」と、ささやかな魔法に感謝した。
―――あくまで顔に出ないように。
それから2週間後。
「パチュリー様、今のお客様はいったい誰だったんですか?」
「あぁ、この近くに住んでるっていう魔法使いよ。本人は人形使いって呼んで欲しがってたけどね。ちょっと暗いのを除けばいい魔法使いよ。そんなことよりアンタ、お客の珈琲に強壮剤入れたでしょう?話してるうちにだんだんアレな感じになって色々と危なかったわよ。」
「いや、気弱そうな人相だったんでちょっとトークのお手伝いしてあげようと思ったんですよ!!」
「なおさら危険じゃないの。ああいう真面目な人をからかうのは良くないわ。家具壊されても困るし。ひょっとしたら帰り道で一悶着あってるかも知れないわね。」
「いいじゃないですか、たまにはパーッと、
と言うと、間髪いれずにパチュリーが後を継ぐ。
「弾幕ごっこ?だめよ、最近妖精が活発だから騒ぎが大きくなるかもしれないわ。そうなると巫女が黙ってない。」
「??? “みこ”って何ですか?」
「お酒飲んだり一発キメたりして踊り騒いだ挙句、デマカセ言っちゃうっていうアレな人よ。どんな格好してるかは聞いたことないけど、関らないに越したことはないわ。まぁ、私がお世話になることはないだろうけどね。」
「???」
分かったような分かってないような顔で、赤髪の低級妖魔は頭をかしげながら奥へ下がった。天気は快晴、清清しい空が高く青く広がっている。梅雨が明けたのだ。
さて、研究の続きでもしようかしら。彼女は自室に引っ込むとラグの上にあぐらを掻き、頬づえをついて考え込む。
(そろそろ仕上げないとまずい。何か起きる前にパワーを発散させないと、私の手を離れて里の人に危害を加えるかも知れない。そうなる前に・・・。)
そうして、彼女は目の前の機械に目をやった。
くすんだアイボリーの体に、いくつかのボタン。後ろからは管があさっての方向へその伸縮性に富んだ体を伸ばしている。前面に取り付けられた丸窓はパチュリーの顔をゆがめて映す。香霖堂で仕入れたその機械に魔術定着と入出力機能を付け足したそのマシーンーーどう見ても洗濯機であるのだが、彼女たちがそれを知る由もない。回転する水に魔力を流し込み、意図的に流動をコントロールすることで回路の働きを持たせるというその機械は、この部屋では明らかに浮いたオーラを放っている。
(基本構造は元ある配電基盤を利用して魔力を注入、スタンドアロンで起動状態を維持するために式神のデザイン理念を応用して、ボタン一発で全部やってくれるユーザフレンドリーな設計。これでどうよ!)
割と自信作らしい。ふふん、と小さく鼻を鳴らすと上部に取り付けられた引き出しにスペルが画かれたカードを2,3枚放り込む。「スタート」と書かれた
ボタンを押し込むと、ワンテンポ遅れてゴロゴロと低く唸るような不穏な音がマシーンから流れ出た。起動成功、と嬉しそうな顔で呟いた。
ちょうどそこへ、片付けを済ませた小悪魔がやってきた。
「あ、やっと完成したんですか、コレ。最近よくパチュリー様がいじってるの見ててずっと気になってたんですよ~。何なんですか一体?新手の空気清浄機とかですか?」
「失礼ね!!アンタの為に作ってやったんだから、感謝しないと怒るわよ?それはそうと、この子の名前なんだけど」
と、パチュリーはおもむろに機械の天板を指す。そこには
“アイボリーちゃん“と大きく書かれた紙が貼ってあった。
アイボリーちゃん
アイボリーちゃん
アイボリーちゃん(エコー)
「・・・と、とっってもセンスの有りなさるお名前だと思い存じ上げ候に御座いますますですよ?」
「そう!?実は名前つけるのに一日使ったくらい腐心したの!!アイボリーだからアイボリーちゃん。シンプルイズベスト、名は体を表し体は名を表す(謎)ってね!!」
センスの欠片も無ぇ・・・とは小悪魔の声である。予想のナナメ上を行く出来に骨抜きにされた小悪魔は、切なさを胸にアイボリーちゃんの機能を尋ねた。
「そうね、簡単に言うと昨日の晩ごはんの献立から、ルナティッククリアの方法まで教えてくれるなんでも屋さんってところかしら?知りたいことを頭の中に描いて、ドライって書いてあるボタンを押す。そしたらしばらくしたらその答えを喋ってくれるわ。」
回答を出すまでに、この機械は非常に多くの無駄な手順を踏むようになっている。その過程で必要以上にパワーを使うようにわざと設計したのだ。手で触れている使用者からエネルギーを拝借することでシステムを動かしているのだ。
(これで魔力を使わせておけば、もう当分大丈夫でしょう。これでやっと、やっとのんびりできるわ・・・)
さぁ、やってみてと半ば強制的に機械に手を置かせる。
「えと、何でもいいんですね?う~ん・・・。
明後日の天気は?
カチャカチャ、ピーン 曇リノチ雨、コウスイカクリツハ60パーセントデス
一般的に嫌われている炭酸飲料は何?
ピーン ルート○ア、ペ○シアズキ、ドクターペッパーデショウ
筆者の好きな炭酸飲料は何?
ピーン ペプ○キューカンバ(絶版)オヨビ黒歴史シリーズゼンパン
香霖堂単行本化はいつ?
ピーン 2010ネン4ガツナカバ・・・ショウサイハ神(主)ノミゾシル・・・」
「どう?すごいでしょ?」
「え、ええ・・・」
たった数分の問答で小悪魔の頬はこけ、目の下にはクマまで浮かんでいる。
計画通り・・・ッ!!パチュリーは心の中でグッとガッツポーズ。
こうして、小悪魔反乱の危機は免れたのだった。
それから十数年の月日が流れた
「パチュリー様、アイボちゃんの様子がおかしいです!!」
以前より幾らかカビ臭さの増した図書館で、小悪魔が叫んだ。
台車に乗せて運ばれてきたその機械は、ボディのあちこちから煙をあげていた。
もう壊れてしまっている。
「アナタ、一体どんな使い方をしたの?」
「どうもこうも、いつも通り手を置いて、尋ねたんです。修理に必要だからと思ったんですけど、本人はいま門番に折檻しているようなので・・・。」
「???」
「いえ、咲夜さんのスリーサイズをですね・・・」
個人的にはメッ○ール(絶版?)や、紅茶ソーダや、
ハイチ○ウドリンク(紙パック)も入れて欲しかったり。