「今日は私が鍋を作るわ」
総ては姉のこの一言から始まった。
「姉さん。何か悪いものでも食べたの?」
そういえば処分し忘れた毒キノコが廊下に転がってた気がする。
「いえ。私は正気よ」
姉はいつもどおりの不敵な表情を浮かべてる。どうやら本気のようだ。
でも普段料理もしない姉がいきなり鍋だなんて、もしかして幻想郷は明日滅ぶのか。
「鍋って何の鍋を作るの?」
「寄せ鍋よ」
寄せ鍋。料理の難易度としては低い方だ。だが、姉は料理なんてほとんどした記憶がない。果たして大丈夫なのか。
「一体どういう風の吹き回しなのよ」
「大丈夫よ。私だって神様よ。料理くらい出来るわ」
神様が料理する必要はない気もするが。
「ところで姉さん。寄せ鍋って材料に何使うのか知ってるの?」
「知らないわ」
思わずずっこける。
「あ、あのね、姉さん。材料知らなくて料理できるわけないでしょ!?」
「大丈夫よ。そこら辺は穣子に任せるつもりだから」
結局私も手伝うわけ? でも、まぁいいか。姉に任せて変な材料使われるよりはマシよね。
「わかったわ。それじゃ倉庫から材料とか調味料とか用意してくるから」
しばらくして、姉の周りには私が吟味してきた材料と調味料が置かれた。
「ありがとう。穣子。これならきっと良いお鍋が作れるわ」
姉は上機嫌そうに側の白菜を抱えている。
「ねえ、姉さん。私も手伝おうか?」
すると姉は腕組みをして考え始める。
「確かに普段料理をしている穣子がいれば心強いわ。きっとおいしいお鍋が出来上がる事でしょうね」
「でしょう? だったら……」
「……だが断る! 私は一人で料理したい気分なのよ。なんぴたりとも邪魔はさせないわ!」
期待させておいてこの返事。でもまぁ、姉さんが変なのは今に始まった事じゃないから別に良いんだけど。
「それじゃ始めるわ! アレ・キュイジーヌ!」
そう高らかに叫ぶと姉は料理を始めた。もう勝手にしてくれ。
邪魔するなと言われてしまったので、ひとまず台所から離れる事にする。
それにしても暇。暇過ぎる。
あまりにも暇なのでとりあえず囲炉裏に火をつけてみた。特に意味はない。
あ、そういえば薩摩芋あったっけ。くしに刺して焼いてみようかな。きっと良い香りがするはず。早速芋を取り出して焼いてみる。焼き芋の甘くて良い香りが荒んだ私の心を和ませてくれた。ああ、夢見ごこちはまさにこの事ね。
と、のほほんとした気分に浸っていたときだ。
突然台所の方から爆音が。私はあっという間に夢から現実に叩き戻される。
「ちょっと! 姉さん! 何やってるのよ」
「あ、穣子。この大根凍っていて包丁が通らないのよ。だから弾幕を使って細かくしてみようと思ったの」
一体何を考えてるんだ。
「……で、うまくいったの?」
姉はにっこりと微笑む。
「ええ、跡形なく消えたわ」
ああ、だいこんさんさようなら。あなたの事は忘れないわ。5分くらいは。
「で、姉さんどうするの? 大根なくなっちゃったけど……」
「そうね。ここはすっぱり諦めましょう。大根は始めからなかったのよ」
いや、そう言われてもなぁ。大根用意したの私だし……。というかついでに料理するのも諦めてくれないだろうか。
無理だろうなぁ。姉さん一度言い出したことは必ずやり遂げる性分だし。
「こーんちはー」
あれ、この声は。
「いらっしゃい! にとりん!」
にとりがやってきた。今日は何しに来たんだろう。
「やあ。外が寒かったから少し休ませてもらおうと思ってね」
そう言いながら彼女は囲炉裏の方へとやってくる。
「おー。あったかいあったかい。やっぱ冬は囲炉裏が一番だねー」
そういえば河童って寒さはどうなんだろうか。確か天狗はそれほど強くないと聞いた事あるけど。
よしここは一つ聞いてみよう。と思ったら先ににとりが問いかけてきた。
「ねえ、なんか良い匂いがするね?」
にとりは鼻をくんくんとさせて辺りを見回す。
「ああ、これよ。今イモを焼いてるの」
「おぉ! いいねー。冬の風物詩だね! そんじゃ私も」
そう言うとにとりはおもむろにかばんの中からきゅうりを取り出す。ちょっとそれどうするつもりよ? 嫌な予感しかしないんだけど。
「これぞ河童の冬の風物詩!」
そんな事を言いながら彼女はきゅうりをくしに刺して囲炉裏で焼き始める。ああ、嫌な予感的中。
「焼き芋も良いけど。冬はやっぱりきゅうり焼きだね~」
そんなの初耳だ。
「……おいしいのこれ?」
「もちろん! きゅうりは煮てよし! 焼いてよし! 炒めてよし! の万能食材だからね。何なら食べてみると良いよ」
私の目の前にはほっこりと焼けて水分抜けてしわしわになったきゅうりが。なんか見るからに、不味そうなんだけど。
まぁ、にとりがおいしいって言ってるんならきっとおいしいはず。
だまされたと思って一思いに焼ききゅうりを齧ってみる。
ああ、何だろう。このぽそぽそと頼りない食感……噛んでも噛んでも味はほとんどない。しかも香ばしいわけでもない。飲み込もうとしてもなかなか飲み込めない。うん、要するに不味いんだこれ! ちくしょうだまされた!!
「にとりん。これおいしくない」
「いや、そんなはずはない! みのりんの味覚がおかしいよ」
なんか頭ごなしに否定されてしまったんだけど。味覚おかしいまで言われてしまったんだけど。
だって実際不味いんだから仕方がないじゃない!
ああもう、ただでさえこれから姉さんの手料理という地獄を味あわなくちゃいけないと言うのにこの仕打ち。
もしかして今日は厄日か何か?
ひょっとして屋根の上に厄神様辺りがいるんじゃないの?
「こんにちはー。何か呼ばれた気がしたから来てみたんだけど」
って本当にいたし!?
「ひーちゃん! 別に呼んでなかったけど……」
「そう、おかしいわね……?」
雛はそう言いながらとことこと家の中に入ってくる。
その時。また台所の方から爆音が。
しかし急いで向かおうとすると入り口で弾きとばされてしまった。
「なっ!? ちょっと、これ何よ!?」
どうやら姉が神の力を使って障壁を台所の入り口に作ったらしい。そこまでしても邪魔されたくないと言うのか。
「……ねえ、一体何が起きてるの?」
雛が怪訝そうに尋ねてくる。
「姉さんが鍋を作ってるのよ」
と、言ってるそばからまた爆音が。
「鍋って……お鍋を作ってるの?」
どうやら雛は鍋そのものを作ってると勘違いしてるようだ。無理もないか。
「うーん、一応料理してるんだけどね」
「え……?」
私の言葉に目をぱちくりさせる雛。うん、その反応は正しいよ雛。とても料理してるとは思えないわよね。
「料理ねぇ。ま~、静葉さん流の料理法なんじゃないの? いいねぇ。静葉さんの手料理かぁ。一度食べてみたいなあ。きっと美味いんだろうな~」
それに引き換え、暢気なことを言ってる河童だが、その余裕はたぶん少しもしないうちに跡形なく崩れることになるだろう。
ともかく、味覚のおかしい河童、そして厄神様と、これで役者はそろった事になる。後は皆で地獄を味わうだけだ。
「おまたせ。予想以上にうまくいったわ」
そしてついに姉が鍋を持って姿を現した。
鍋からは紫色の湯気が立ちこめている。これはもう例えるなら王手飛車取り。すなわち絶体絶命大ピンチ。
雛は既に嫌な予感がしたのか。じりじりと後ずさりしている。
にとりは訳が分からないといった様子で硬直してしまった。
「あのー姉さん。確認していいかな? これって何の鍋だったっけ?」
すかさず姉が笑顔で答える。
「寄せ鍋よ」
「え……っ!?」
「まじで……!?」
それを聞いた二人が思わず絶句。しかし本当の地獄はこれからだ。私たちはこれを食べなくちゃいけないのだから。
姉が鍋を器に分け、皆の前に置く。
その器の中は緑色の汁と具らしきモノが入り交じっていてさながら混沌の様相を呈している。私が吟味した材料だからと、僅かな可能性を期待したがどうやら無駄だったようだ。しかし、あの材料でどうすればこんなモノが出来るというのか。或る意味天才的腕前と言えなくもない。破滅的とも言えるが。
「あ、ごめん。私ちょっと悪い予感思い出したから帰るわ」
意味不明な事を言って席を立とうとするにとり。
にがさん! おまえだけは!
すかさず家の入り口に障壁を張り閉じこめる。
「い、いやだー!! 私はまだ、死にたくない! わ、私にはまだやりたいことが残ってるんだぁぁああっ!!」
泣き叫びながら彼女は家の扉を無理やりこじ開けようとするが、当然開くはずはない。神様の力をなめるな。まずいキュウリを私に食わせたお返しよ!
「……みのりん。これ食べるしかないのかな」
「うん。ごめんねひーちゃん。来たばかりで申し訳ないけど……」
雛は器の中身を見つめながら顔を青ざめさせてしまっている。
まったく来て早々、こんな目に遭わせてしまってご愁傷様というか、運が悪かったとしか言いようがない。
「一応、味見はしたから大丈夫なはずよ」
そう言って自信ありげなポーズを取る姉。
さて、どうしたものか。
ふと雛に視線を送ると、彼女は私の方に目を配った。にとりも「お先にどうぞ」と言わんばかりにこっちを見ている。こういう時の譲り合いの精神はたいしたものだと思う。単に食べたくないだけだとは思うけど。
ともかくこのままでは埒があかない。そこである提案を出してみることにする。
「ねえ、ここは平等に皆一緒に食べてみるってのはどう?」
「そ、そうだね。『マスタースパークみんなで食らえば怖くない』という諺もあるし……」
「私もみのりんに賛成よ」
「よし、じゃあ決まりね。じゃあ皆さんお手を拝借」
皆、箸で具をつかむ。
「それでは一同のご多幸とご武運を祈って……いただきます!」
そして一斉に具を口の中へ放り入れる。
……うん、期待通り。いや期待以上か。もう、これはひどい! なんてレベルじゃない。
とにかく口の中のモノを何とか早く始末しようとするが、咀嚼する度に恐るべき煮汁が口を汚染していく。こんなモン飲み込んだら絶対体の中で何かが起きる!! 神すらも戦く鍋とは、まったくとんでもないものを作り出してくれたもんだ。姉は。
最早ある意味、異変クラスか。いや、これは間違いなく異変だ。主に私の口の中辺りが。
どさり
にとりが倒れた音だった。彼女は白目をむき緑の泡を吹いている。どうか良い夢を見てくれ。
一方、雛は涙目で口を押さえ、体を震わせながら何とかこらえていた。健気というか不憫過ぎる。どこかに愛のバケツでもないものか。こういう時のために里に行った時に買っておくべきだった。
やっとこすっとこ飲み込む事に成功した。しかし未だに体がブツを拒絶しているのがわかる。とりあえず鎮まれ。力を使って何とか侵略者を抑え込む。こんな事で神の力を使うのもアホらしいが。しかし、姉はこれを本当に食べたと言うのか。こんなん食べて何故平気な顔していられるというのか。
「ねぇ、姉さん。これ、本当に味見したの……?」
私の問いに姉は涼しい顔で答える。
「ええ、したわよ。食材を一つずつ齧って」
「……は?」
「だから、調理前の食材を一つづつ齧って味見して……」
それは味見と言わないっつーのっ!!
私の無言の抗議も姉は物ともしない。これはいつもの事だ。
「それにしても凄いわね。この闇鍋製造鍋って」
「は……? なんですかそれは」
「どんな材料で鍋を作っても闇鍋が完成するっていう魔法のお鍋よ。骨董屋のご主人に貰ったのよ」
ぷちん。私の中で何かが切れた音だった。
「……ふ・ざ・け・る・なぁあああああっ!!」
怒りと怨念を込めた弾幕が鍋に全弾命中する。すると鍋が輝き出し辺りは眩い閃光に巻き込まれる。そして次の瞬間たちまち大爆発が巻き起こった。
爆風とともに自分の体がはるか上空へと舞い上がるのを感じながら思った。
なんて事はない。ただの爆発オチだ。と。
総ては姉のこの一言から始まった。
「姉さん。何か悪いものでも食べたの?」
そういえば処分し忘れた毒キノコが廊下に転がってた気がする。
「いえ。私は正気よ」
姉はいつもどおりの不敵な表情を浮かべてる。どうやら本気のようだ。
でも普段料理もしない姉がいきなり鍋だなんて、もしかして幻想郷は明日滅ぶのか。
「鍋って何の鍋を作るの?」
「寄せ鍋よ」
寄せ鍋。料理の難易度としては低い方だ。だが、姉は料理なんてほとんどした記憶がない。果たして大丈夫なのか。
「一体どういう風の吹き回しなのよ」
「大丈夫よ。私だって神様よ。料理くらい出来るわ」
神様が料理する必要はない気もするが。
「ところで姉さん。寄せ鍋って材料に何使うのか知ってるの?」
「知らないわ」
思わずずっこける。
「あ、あのね、姉さん。材料知らなくて料理できるわけないでしょ!?」
「大丈夫よ。そこら辺は穣子に任せるつもりだから」
結局私も手伝うわけ? でも、まぁいいか。姉に任せて変な材料使われるよりはマシよね。
「わかったわ。それじゃ倉庫から材料とか調味料とか用意してくるから」
しばらくして、姉の周りには私が吟味してきた材料と調味料が置かれた。
「ありがとう。穣子。これならきっと良いお鍋が作れるわ」
姉は上機嫌そうに側の白菜を抱えている。
「ねえ、姉さん。私も手伝おうか?」
すると姉は腕組みをして考え始める。
「確かに普段料理をしている穣子がいれば心強いわ。きっとおいしいお鍋が出来上がる事でしょうね」
「でしょう? だったら……」
「……だが断る! 私は一人で料理したい気分なのよ。なんぴたりとも邪魔はさせないわ!」
期待させておいてこの返事。でもまぁ、姉さんが変なのは今に始まった事じゃないから別に良いんだけど。
「それじゃ始めるわ! アレ・キュイジーヌ!」
そう高らかに叫ぶと姉は料理を始めた。もう勝手にしてくれ。
邪魔するなと言われてしまったので、ひとまず台所から離れる事にする。
それにしても暇。暇過ぎる。
あまりにも暇なのでとりあえず囲炉裏に火をつけてみた。特に意味はない。
あ、そういえば薩摩芋あったっけ。くしに刺して焼いてみようかな。きっと良い香りがするはず。早速芋を取り出して焼いてみる。焼き芋の甘くて良い香りが荒んだ私の心を和ませてくれた。ああ、夢見ごこちはまさにこの事ね。
と、のほほんとした気分に浸っていたときだ。
突然台所の方から爆音が。私はあっという間に夢から現実に叩き戻される。
「ちょっと! 姉さん! 何やってるのよ」
「あ、穣子。この大根凍っていて包丁が通らないのよ。だから弾幕を使って細かくしてみようと思ったの」
一体何を考えてるんだ。
「……で、うまくいったの?」
姉はにっこりと微笑む。
「ええ、跡形なく消えたわ」
ああ、だいこんさんさようなら。あなたの事は忘れないわ。5分くらいは。
「で、姉さんどうするの? 大根なくなっちゃったけど……」
「そうね。ここはすっぱり諦めましょう。大根は始めからなかったのよ」
いや、そう言われてもなぁ。大根用意したの私だし……。というかついでに料理するのも諦めてくれないだろうか。
無理だろうなぁ。姉さん一度言い出したことは必ずやり遂げる性分だし。
「こーんちはー」
あれ、この声は。
「いらっしゃい! にとりん!」
にとりがやってきた。今日は何しに来たんだろう。
「やあ。外が寒かったから少し休ませてもらおうと思ってね」
そう言いながら彼女は囲炉裏の方へとやってくる。
「おー。あったかいあったかい。やっぱ冬は囲炉裏が一番だねー」
そういえば河童って寒さはどうなんだろうか。確か天狗はそれほど強くないと聞いた事あるけど。
よしここは一つ聞いてみよう。と思ったら先ににとりが問いかけてきた。
「ねえ、なんか良い匂いがするね?」
にとりは鼻をくんくんとさせて辺りを見回す。
「ああ、これよ。今イモを焼いてるの」
「おぉ! いいねー。冬の風物詩だね! そんじゃ私も」
そう言うとにとりはおもむろにかばんの中からきゅうりを取り出す。ちょっとそれどうするつもりよ? 嫌な予感しかしないんだけど。
「これぞ河童の冬の風物詩!」
そんな事を言いながら彼女はきゅうりをくしに刺して囲炉裏で焼き始める。ああ、嫌な予感的中。
「焼き芋も良いけど。冬はやっぱりきゅうり焼きだね~」
そんなの初耳だ。
「……おいしいのこれ?」
「もちろん! きゅうりは煮てよし! 焼いてよし! 炒めてよし! の万能食材だからね。何なら食べてみると良いよ」
私の目の前にはほっこりと焼けて水分抜けてしわしわになったきゅうりが。なんか見るからに、不味そうなんだけど。
まぁ、にとりがおいしいって言ってるんならきっとおいしいはず。
だまされたと思って一思いに焼ききゅうりを齧ってみる。
ああ、何だろう。このぽそぽそと頼りない食感……噛んでも噛んでも味はほとんどない。しかも香ばしいわけでもない。飲み込もうとしてもなかなか飲み込めない。うん、要するに不味いんだこれ! ちくしょうだまされた!!
「にとりん。これおいしくない」
「いや、そんなはずはない! みのりんの味覚がおかしいよ」
なんか頭ごなしに否定されてしまったんだけど。味覚おかしいまで言われてしまったんだけど。
だって実際不味いんだから仕方がないじゃない!
ああもう、ただでさえこれから姉さんの手料理という地獄を味あわなくちゃいけないと言うのにこの仕打ち。
もしかして今日は厄日か何か?
ひょっとして屋根の上に厄神様辺りがいるんじゃないの?
「こんにちはー。何か呼ばれた気がしたから来てみたんだけど」
って本当にいたし!?
「ひーちゃん! 別に呼んでなかったけど……」
「そう、おかしいわね……?」
雛はそう言いながらとことこと家の中に入ってくる。
その時。また台所の方から爆音が。
しかし急いで向かおうとすると入り口で弾きとばされてしまった。
「なっ!? ちょっと、これ何よ!?」
どうやら姉が神の力を使って障壁を台所の入り口に作ったらしい。そこまでしても邪魔されたくないと言うのか。
「……ねえ、一体何が起きてるの?」
雛が怪訝そうに尋ねてくる。
「姉さんが鍋を作ってるのよ」
と、言ってるそばからまた爆音が。
「鍋って……お鍋を作ってるの?」
どうやら雛は鍋そのものを作ってると勘違いしてるようだ。無理もないか。
「うーん、一応料理してるんだけどね」
「え……?」
私の言葉に目をぱちくりさせる雛。うん、その反応は正しいよ雛。とても料理してるとは思えないわよね。
「料理ねぇ。ま~、静葉さん流の料理法なんじゃないの? いいねぇ。静葉さんの手料理かぁ。一度食べてみたいなあ。きっと美味いんだろうな~」
それに引き換え、暢気なことを言ってる河童だが、その余裕はたぶん少しもしないうちに跡形なく崩れることになるだろう。
ともかく、味覚のおかしい河童、そして厄神様と、これで役者はそろった事になる。後は皆で地獄を味わうだけだ。
「おまたせ。予想以上にうまくいったわ」
そしてついに姉が鍋を持って姿を現した。
鍋からは紫色の湯気が立ちこめている。これはもう例えるなら王手飛車取り。すなわち絶体絶命大ピンチ。
雛は既に嫌な予感がしたのか。じりじりと後ずさりしている。
にとりは訳が分からないといった様子で硬直してしまった。
「あのー姉さん。確認していいかな? これって何の鍋だったっけ?」
すかさず姉が笑顔で答える。
「寄せ鍋よ」
「え……っ!?」
「まじで……!?」
それを聞いた二人が思わず絶句。しかし本当の地獄はこれからだ。私たちはこれを食べなくちゃいけないのだから。
姉が鍋を器に分け、皆の前に置く。
その器の中は緑色の汁と具らしきモノが入り交じっていてさながら混沌の様相を呈している。私が吟味した材料だからと、僅かな可能性を期待したがどうやら無駄だったようだ。しかし、あの材料でどうすればこんなモノが出来るというのか。或る意味天才的腕前と言えなくもない。破滅的とも言えるが。
「あ、ごめん。私ちょっと悪い予感思い出したから帰るわ」
意味不明な事を言って席を立とうとするにとり。
にがさん! おまえだけは!
すかさず家の入り口に障壁を張り閉じこめる。
「い、いやだー!! 私はまだ、死にたくない! わ、私にはまだやりたいことが残ってるんだぁぁああっ!!」
泣き叫びながら彼女は家の扉を無理やりこじ開けようとするが、当然開くはずはない。神様の力をなめるな。まずいキュウリを私に食わせたお返しよ!
「……みのりん。これ食べるしかないのかな」
「うん。ごめんねひーちゃん。来たばかりで申し訳ないけど……」
雛は器の中身を見つめながら顔を青ざめさせてしまっている。
まったく来て早々、こんな目に遭わせてしまってご愁傷様というか、運が悪かったとしか言いようがない。
「一応、味見はしたから大丈夫なはずよ」
そう言って自信ありげなポーズを取る姉。
さて、どうしたものか。
ふと雛に視線を送ると、彼女は私の方に目を配った。にとりも「お先にどうぞ」と言わんばかりにこっちを見ている。こういう時の譲り合いの精神はたいしたものだと思う。単に食べたくないだけだとは思うけど。
ともかくこのままでは埒があかない。そこである提案を出してみることにする。
「ねえ、ここは平等に皆一緒に食べてみるってのはどう?」
「そ、そうだね。『マスタースパークみんなで食らえば怖くない』という諺もあるし……」
「私もみのりんに賛成よ」
「よし、じゃあ決まりね。じゃあ皆さんお手を拝借」
皆、箸で具をつかむ。
「それでは一同のご多幸とご武運を祈って……いただきます!」
そして一斉に具を口の中へ放り入れる。
……うん、期待通り。いや期待以上か。もう、これはひどい! なんてレベルじゃない。
とにかく口の中のモノを何とか早く始末しようとするが、咀嚼する度に恐るべき煮汁が口を汚染していく。こんなモン飲み込んだら絶対体の中で何かが起きる!! 神すらも戦く鍋とは、まったくとんでもないものを作り出してくれたもんだ。姉は。
最早ある意味、異変クラスか。いや、これは間違いなく異変だ。主に私の口の中辺りが。
どさり
にとりが倒れた音だった。彼女は白目をむき緑の泡を吹いている。どうか良い夢を見てくれ。
一方、雛は涙目で口を押さえ、体を震わせながら何とかこらえていた。健気というか不憫過ぎる。どこかに愛のバケツでもないものか。こういう時のために里に行った時に買っておくべきだった。
やっとこすっとこ飲み込む事に成功した。しかし未だに体がブツを拒絶しているのがわかる。とりあえず鎮まれ。力を使って何とか侵略者を抑え込む。こんな事で神の力を使うのもアホらしいが。しかし、姉はこれを本当に食べたと言うのか。こんなん食べて何故平気な顔していられるというのか。
「ねぇ、姉さん。これ、本当に味見したの……?」
私の問いに姉は涼しい顔で答える。
「ええ、したわよ。食材を一つずつ齧って」
「……は?」
「だから、調理前の食材を一つづつ齧って味見して……」
それは味見と言わないっつーのっ!!
私の無言の抗議も姉は物ともしない。これはいつもの事だ。
「それにしても凄いわね。この闇鍋製造鍋って」
「は……? なんですかそれは」
「どんな材料で鍋を作っても闇鍋が完成するっていう魔法のお鍋よ。骨董屋のご主人に貰ったのよ」
ぷちん。私の中で何かが切れた音だった。
「……ふ・ざ・け・る・なぁあああああっ!!」
怒りと怨念を込めた弾幕が鍋に全弾命中する。すると鍋が輝き出し辺りは眩い閃光に巻き込まれる。そして次の瞬間たちまち大爆発が巻き起こった。
爆風とともに自分の体がはるか上空へと舞い上がるのを感じながら思った。
なんて事はない。ただの爆発オチだ。と。
にとりや穣子の反応とか面白かったです。
なんつーもの売ってんだよwww
そして静葉さんの料理は……はい、もう鍋の能力がなくともこの結末へ結びついたのではないでしょうか。神すら殺しそうな鍋、ちょっと食べてみたいような