彼岸、三途の川の向こう岸である。ここでは相変わらず小町はサボってた。
寝ているわけではない。しっかりと幽霊は運んでいる。ただ他の死神に比べて小町は運搬の速度は遅いし、稼ぎは悪かった。普通の死神は、稼ぎのためにより徳の高い魂を運ぶようにする。なぜなら、徳の高い魂のほうが、銭も儲かるし、なにより川の渡る時間が短くて楽だからである。しかし、小町は悪者の魂を好んで運ぶのであった。そのほうが、幽霊から面白い体験談が聞けるからである。ただでさえ、悪人の魂のせいで長い航路が、無駄話のせいでより長くなるのである。しかし、小町はその無駄話が好きだった。小町には稼ぎの義務感よりも、ダラダラとした話の方が優先度が上なのだから。
今、小町は幽霊の運搬を終え一息ついている所である。その時、小町の目の前に突然スキマが現れた。
「ご機嫌いかがかしら? 貴方に重大な話があるから聞いてくださる?」
境界の妖怪、八雲 紫である。
「お前さんがあたいの所に来るなんて珍しいね、よっぽど重大な話なのかい?」
「大切な話ですわ。幻想郷の未来に関わる大切な話……」
普段、どこか惚けているような紫が真面目な表情だった。
「幻想郷の未来? なにか凄そうな話だね。面白そうな話だし、せっかくだから聞かせておくれよ」
当然、小町は仕事中、話してる暇は本当は無い。しかし、小町にとっては目の前の仕事よりも、紫の話のほうが面白そうだった。
「貴方は境界というものを知っていますか?」
「境界? ある程度なら、でもお前さんほどじゃないよ」
紫は境界のエキスパートである。海、空、地、人、物、二次、三次、夢、現。あらゆる境界を熟知している。
「この世のありとあらゆる物には境界が存在します。例えば……」
紫は突然小町の体を指で触り始めた、
「あいたっ!」
小町が悲鳴を上げる。今まで味わった事も無いような激痛が体を走り抜けていった。とうぜん、小町も紫に向かって文句を言う。
「いきなり何をするんだっ! あたいにケンカを売りに来たのかい?」
「違いますわ、私の話をわかりやすくするために必要な事だったんです。このように生物には、痛みと癒しの境界があります。そして、生と死の境界も当然あります」
小町は少し怖くなってきた。紫は簡単に痛みと癒しの境界を操った。という事は、生と死の境界も簡単に操れるに違いないと。
「死神のあたいを殺す気かい?」
「そんな事するわけないじゃない。むしろ逆ですわ、貴方には生きてもらわないといけないのです」
「話が見えないなぁ。もしかして遠まわしな告白かい?」
冗談っぽく小町が言う。紫はクスリと笑う。
「そろそろ本題に入りましょうか。生物には生と死の境界があると言いましたね。実は生物だけでなく全ての物には生と死の境界があるのです。空、海、空間、そして当然この幻想郷にも……」
「それは博麗神社大結界の事かい?」
「それも幻想郷を構成するのに大切な境界の一つです。しかし、それとは違ってもう一つ。この幻想郷の秩序の生と死を調和する大切な境界線があります。それがあなたです」
紫に指を指された小町は戸惑った。
「何かの冗談かい? 見ての通りあたいはしがない船頭だ。それにあたいは幻想郷の住民ではない。そんな重大な役割があるとは思えないよ。博麗の巫女やお前さんのがよっぽど重要な存在に見えるけど」
「もう少し詳しく話すとあなたではく、あなたのボスがいる裁判所が境界です。その裁判所の生と死の境界があなたなので、結局は同じことですわ」
小町のボスがいる裁判所は幽霊の天国・地獄の行き先。輪廻転生を決定する大切なところである。ここが無くなれば当然大混乱になる。その裁判所が幻想郷の秩序に関係してると紫は話す。
「冗談ではなさそうだね。だけどあたいよりも映姫様のがよっぽど重要な役割だと思うんだけど?」
「あなたは勘違いをしていますわ。閻魔などの重要な立場はいなくなってもすぐに替えが利くのです。重要だからこそいなくなったときの対策が十分なされてる。しかし、あなたはただの船頭。だからこそ、急にいなくなったときに補充が効かないのです」
「ふーん、そんなものかねぇ。だけど、あたいが消えてもそんなに困らないと思うけど」
ただでさえ普段サボっている小町が急にいなくなったのしても、裁判所にそこまで差し支えるとは彼女は思えなかった。
「あら、そんな事はありませんよ。貴方は自分が思っているよりも大切な人物です。この幻想郷はとても脆く儚い、貴方という境界が少し揺らいだだけで簡単に乱されてしまう。この間の不良天人の悪ふざけだって、貴方がちゃんと働けば被害はもっと少なくなったんですよ?」
「そう言われてみれば……。だけどあたいがそんなに凄い存在だとは思わなかったな。ちょっと映姫さまに自慢してこようかな。そうすればあの人もあたいに対する考えが少しは変わるだろう」
得意気な顔をする小町を見て紫は慌てた。
「それだけは止めなさい。絶対に駄目」
「なんでだい?」
「鳴かずば雉も 射たれざらまし。無駄な事をしゃべって今の幻想郷をよく思わない連中に聞かれて殺されたりしたらどうするのよ。少しは考えなさい」
「確かにそうだね」
小町は改めて自分の立場を確認した。
「話さなかったほうが良かったかしら? 貴方の重みになってしまったようね」
「いや、知っておいてよかったよ。あたいがそんな重要な立場なんて聞けてなんだか嬉しいや」
「それを聞いて安心しました。それでは、私はこれで失礼します。くれぐれも健康に気をつけて。この事は他言無用でお願いするわよ」
そう言うと紫はスキマの中へ消えていった。残された小町は考えるように辺りをウロウロと歩き回った―――。
「最近の小町はよく働きますね」
映姫が何気なく小町に言う。あの出来事があってから小町は見違えるように仕事に励むようになった。自分の重要さがわかると同時に仕事の重要さもわかるようになった。また、幽霊とのおしゃべりでポロッっと口が滑るかもしれない。そう思って小町は悪人よりも、善人の霊のほうを運ぶようになった。善人の霊だと運搬時間も短く、しゃべる事も少なくなるので余計な事を言う心配が無くなるからだ。
「なに、あたいもやる気を出せばこんなものですよ。それではまだ仕事が残っているので行ってきますね」
そういうと小町は映姫の元を去っていった。
完全に小町が見えなくなった頃、映姫の元へ紫が現れた。
「どうです閻魔さま? 嘘のように働くようになったでしょあの子」
「まさかあのサボり魔の小町があんなに真面目になるとは信じられないわ」
映姫は関心したよう紫を見る。
「上司が部下の元へ行ってガミガミ叱るなんて時代遅れですよ。こんな作戦が一番いいんです。相手のやる気を出させるような作戦がね」
小町が幻想郷の要と言うのは紫が考えた真っ赤な嘘。本当の目的は小町のやる気を出させ、なおかつおしゃべり癖を無くす事。それによって真面目に仕事をさせる事だった。
「本当に助かりましたよ。しかし、貴方が私の手助けをしてくれるなんて珍しいですね。貴方は私の事を嫌ってると思いましたけど」
「そんな事ないですわ閻魔さま。また何かあったら言ってください。いつでも助けに行きますから」
そういうとまた、紫はスキマの中へと消えていくのであった……
しかし、その一週間後困った事になった。あの小町がバラバラにされてしまった。小町がしゃべったのか、どこからかあの嘘が漏れてしまったらしい。 当然、映姫は困惑した。小町が死んだのは自分のせいでもあるのだから。
死神の謎の変死として、幻想郷で大々的に葬式が開かれる事になった。その葬式には幻想郷のほとんどの住民が集まった。
「すいません小町……、私が変な事をあの妖怪に頼まなければ」
小町の亡骸の前で映姫は号泣した。当然、葬式にはパパラッチの文もいた。映姫は泣き顔の写真を何枚も取られていたが、彼女にとってそんな事はもうどうでもよかった。
「こんな事なら貴方にもっとサボりを許しておけばよかった!」
映姫の顔はもう涙でぐちゃぐちゃだった。その時、映姫の前に紫が現れた、
「ご愁傷さまでした、映姫さま♪」
笑いながら話す紫を見て映姫は後悔した。
考えてみれば、あの紫が映姫の為に働くなんてありえなかった。全てはこの作戦のためだったんだ。映姫の恥ずかしい姿を皆に見せるためにこんな事をしたんだ。スキマの能力を使って小町をバラバラにして……。映姫が悔しがる姿を見たくてわざわざ……。
映姫はさらに後悔した。
考えてみれば、あの傍若無人な小町があんな事くらいでサボりを止めるはずがなかったんだ。全ては映姫の恥ずかしい姿を見る事にこんな面倒な事をしたんだ。ただそれだけのために一時期マジメになったフリをして……
笑いながら右手に「ドッキリ大成功♪」の看板を持った小町を見て映姫は顔を赤らめるしかなかった。
と言うことで100点をドゾー