「あら……誰か来たのかしら?」
地霊殿の主であるさとりは、人の気配があったので玄関へ行ってみた。
しかし、誰もいなかった。
誰もいない代わりに、熊の亡骸が転がっていた。
地霊殿では良くある事だ。
さとりはその亡骸を、中庭に投げ捨てた。
こうしておけば、腹を減らした地獄カラス達が片付けてくれる。
大方こいしの仕業だろう。彼女なら熊の一頭や二頭は平気で狩れる。別に不思議な事じゃない。
さとりは、大した気にも留めず読みかけの本を再び読み始めた。
ふと彼女は思う。
――熊の手だけでも調理して食べようか。
熊の手は珍味なうえに滋養に良い。ただし調理するのは限りなく面倒ではあるが。
そんな事を思いながらさとりが中庭に行くと、いつの間にか熊の脇に猪も転がっていた。
それを見て彼女は思う。
ああ、今夜は牡丹鍋だなと。
そして夕飯の時間。
テーブルの中心には大きな土鍋が居座る。なべの中身は当然牡丹鍋である。
珍しい料理だということで皆で中庭にテーブルを出して食べることにした。
皆、無言で黙々と食べている。
しかし、食べ方にも個性は出るものだ。
お空は肉ばかりを選り好みしている。
一方、お燐は野菜をついばんでいる。
こいしは両方ともバランス良く食べている感じだ。
皆、一言も発することはない。
しかし、それは当然のことである。
というのも、この地霊殿では食事をする時に無言で食べるというルールがあるのだ。
さとりは皆の心をよく読んでみることにした。まずは、肉ばかりを選り好みしているお空だ。
――猪の肉もいいけどやっぱ人の肉が一番好きかな。それも油が滴るような奴。
なるほど。どうやら彼女のお口には合わなかったらしい。そのうちこの鳥は成人病になるだろう。そんな気がした。
次に野菜ばかりを食べているお燐だ。
――うーん。お肉食べたいけど……昨日色々食べ過ぎちゃったから控えないとなー。ああ、でも食べたい……。
彼女はきちんと体の事を考えているようだ。だが、我慢も度が過ぎると心に良くない。
この子は少し自分を抑圧し過ぎじゃないだろうか。
最後はこいしだ。
――
ああ、そうだった。彼女の心は読めないのだ。
まぁ、満足そうな表情をしているのだからきっと満足しているんだろう。
その時、不意にこいしが言った。
「ねえ、お姉ちゃん。この鍋おいしい?」
「え?」
ひょっとして味が合わなかったのだろうか。それとも味付けを間違えたのか。しかし、お燐やお空もうまいと言っている。
「ひょっとして、味が合わなかった?」
「ううん、そう言う意味じゃなくて……」
さとりは質問の意図が分からなかった。
「ごめん。変な質問しちゃって。ごちそうさまでした」
そう言うとこいしはふらりと姿を消してしまった。
さとりの頭には疑問符が募っていくばかりだった。
そして数日後の夜。
かねてから下拵えをしていた熊の手がようやく食べられるようになったので、スープにしていただくことにした。
熊の肉も結局残ってしまったので一緒に鍋にした。
もちろん、また中庭で食べようと皆を呼んだ。
しかし、こいしの姿が見あたらない。
仕方がないのでこいしを抜きにして食事が始まる。やはり皆黙々と食べている。
さとりは、こないだのこいしの質問の意味を考え続けた。あの夜からずっと考え続けた。それでも答えは出なかった。
ふと人の気配がした。
皆の前にこいしが姿を現していた。
「こいし! どこ行ってたの」
「ごめんね。お姉ちゃん」
「早く食べないとなくなっちゃうわよ」
こいしは「はーい」と返事をすると自分の席に座る。
「ね、お姉ちゃん」
「何?」
「鍋をもっとおいしく食べる方法って知ってる?」
「知らないわ。どうするの?」
「皆でわいわい騒いで食べるのよ」
「皆でわいわい……って?」
さとりの質問をよそに、こいしは鍋の肉を次々と自分の器に取り出す。
「あ、ちょっと待ってよ!」
慌ててお空が残ってる肉を取ろうと躍起になる。
それを見ていたお燐がお空を窘める。
「お空は少し野菜も食べなよ。あんたこの間も肉ばっか食べてたじゃない。病気になっても知らないよ?」
……ああ、なるほど。こう言うことか。皆で会話をしながら食べると食が進む。ましてや鍋というのは皆で一つの料理を突っつくわけだから尚更の事。こいしが言いたかったのはこういう事なのか。
さっそくさとりはお燐の器に肉をとる、
「お燐、そう言うあなたは、すこしお肉食べなさい。体の事考えるのはいいけど我慢はよくないわ」
「……あ、すいません。さとり様」
お燐ははにかみながらその肉を食べ始めた。
その様子を見ていたこいしが、さとりにむかって親指を立てる。さとりはすかさず笑みを返す。
楽しい食事の時間はあっという間に過ぎてしまった。そして鍋を空ける頃には、皆とても満足そうな顔をしていた。
それ以来、地霊殿には、鍋の時はわざと騒ぎながら食べるというルールが新たに作られたという。
地霊殿の主であるさとりは、人の気配があったので玄関へ行ってみた。
しかし、誰もいなかった。
誰もいない代わりに、熊の亡骸が転がっていた。
地霊殿では良くある事だ。
さとりはその亡骸を、中庭に投げ捨てた。
こうしておけば、腹を減らした地獄カラス達が片付けてくれる。
大方こいしの仕業だろう。彼女なら熊の一頭や二頭は平気で狩れる。別に不思議な事じゃない。
さとりは、大した気にも留めず読みかけの本を再び読み始めた。
ふと彼女は思う。
――熊の手だけでも調理して食べようか。
熊の手は珍味なうえに滋養に良い。ただし調理するのは限りなく面倒ではあるが。
そんな事を思いながらさとりが中庭に行くと、いつの間にか熊の脇に猪も転がっていた。
それを見て彼女は思う。
ああ、今夜は牡丹鍋だなと。
そして夕飯の時間。
テーブルの中心には大きな土鍋が居座る。なべの中身は当然牡丹鍋である。
珍しい料理だということで皆で中庭にテーブルを出して食べることにした。
皆、無言で黙々と食べている。
しかし、食べ方にも個性は出るものだ。
お空は肉ばかりを選り好みしている。
一方、お燐は野菜をついばんでいる。
こいしは両方ともバランス良く食べている感じだ。
皆、一言も発することはない。
しかし、それは当然のことである。
というのも、この地霊殿では食事をする時に無言で食べるというルールがあるのだ。
さとりは皆の心をよく読んでみることにした。まずは、肉ばかりを選り好みしているお空だ。
――猪の肉もいいけどやっぱ人の肉が一番好きかな。それも油が滴るような奴。
なるほど。どうやら彼女のお口には合わなかったらしい。そのうちこの鳥は成人病になるだろう。そんな気がした。
次に野菜ばかりを食べているお燐だ。
――うーん。お肉食べたいけど……昨日色々食べ過ぎちゃったから控えないとなー。ああ、でも食べたい……。
彼女はきちんと体の事を考えているようだ。だが、我慢も度が過ぎると心に良くない。
この子は少し自分を抑圧し過ぎじゃないだろうか。
最後はこいしだ。
――
ああ、そうだった。彼女の心は読めないのだ。
まぁ、満足そうな表情をしているのだからきっと満足しているんだろう。
その時、不意にこいしが言った。
「ねえ、お姉ちゃん。この鍋おいしい?」
「え?」
ひょっとして味が合わなかったのだろうか。それとも味付けを間違えたのか。しかし、お燐やお空もうまいと言っている。
「ひょっとして、味が合わなかった?」
「ううん、そう言う意味じゃなくて……」
さとりは質問の意図が分からなかった。
「ごめん。変な質問しちゃって。ごちそうさまでした」
そう言うとこいしはふらりと姿を消してしまった。
さとりの頭には疑問符が募っていくばかりだった。
そして数日後の夜。
かねてから下拵えをしていた熊の手がようやく食べられるようになったので、スープにしていただくことにした。
熊の肉も結局残ってしまったので一緒に鍋にした。
もちろん、また中庭で食べようと皆を呼んだ。
しかし、こいしの姿が見あたらない。
仕方がないのでこいしを抜きにして食事が始まる。やはり皆黙々と食べている。
さとりは、こないだのこいしの質問の意味を考え続けた。あの夜からずっと考え続けた。それでも答えは出なかった。
ふと人の気配がした。
皆の前にこいしが姿を現していた。
「こいし! どこ行ってたの」
「ごめんね。お姉ちゃん」
「早く食べないとなくなっちゃうわよ」
こいしは「はーい」と返事をすると自分の席に座る。
「ね、お姉ちゃん」
「何?」
「鍋をもっとおいしく食べる方法って知ってる?」
「知らないわ。どうするの?」
「皆でわいわい騒いで食べるのよ」
「皆でわいわい……って?」
さとりの質問をよそに、こいしは鍋の肉を次々と自分の器に取り出す。
「あ、ちょっと待ってよ!」
慌ててお空が残ってる肉を取ろうと躍起になる。
それを見ていたお燐がお空を窘める。
「お空は少し野菜も食べなよ。あんたこの間も肉ばっか食べてたじゃない。病気になっても知らないよ?」
……ああ、なるほど。こう言うことか。皆で会話をしながら食べると食が進む。ましてや鍋というのは皆で一つの料理を突っつくわけだから尚更の事。こいしが言いたかったのはこういう事なのか。
さっそくさとりはお燐の器に肉をとる、
「お燐、そう言うあなたは、すこしお肉食べなさい。体の事考えるのはいいけど我慢はよくないわ」
「……あ、すいません。さとり様」
お燐ははにかみながらその肉を食べ始めた。
その様子を見ていたこいしが、さとりにむかって親指を立てる。さとりはすかさず笑みを返す。
楽しい食事の時間はあっという間に過ぎてしまった。そして鍋を空ける頃には、皆とても満足そうな顔をしていた。
それ以来、地霊殿には、鍋の時はわざと騒ぎながら食べるというルールが新たに作られたという。
話の内容はとくに起伏なくのんびりと。
おそらくは狙い通りなのでしょうが……やはり味付けは濃い目が好きかなと個人的な意見ですが。
途中改行が少しおかしくなっていますよ。