<11月6日 AM07:15>
戦いの幕開けは、ひどく静かであった。
水面を滑るように撫でてゆく冷気が、かすかな光を受けて輝く朝。
一つの邪悪な魂が、幻想郷に蘇った。
「…………時が来たのだー」
白い外套を翻すと、その影は口元を吊り上げるようにして恐ろしげな笑みを浮かべる。
視線の先には妖怪の山。
好敵手への宣戦布告だろうか、影はくくくと嗤いながら山の麓を指差し――
「幻想郷の秋はもう終わり……四季の理、この私が貰い受ける!」
――――冬将軍、襲来。
冬将軍の魔の手が真っ先に伸びたのは、博麗神社であった。
幻想郷の重要地点と言ってまず間違いない神社を最初に襲うとは、冬将軍恐るべしである。
しかし、この攻撃も将軍にとっては軽いジャブ、小手調べ程度のものだった。
将軍は神社を眼下に見下ろしつつ、パチリと指を鳴らして呟く。
「まずはお前が標的よ、博麗の巫女。春夏秋冬腋丸出しなその懐、さぞかし冷やしがいがあるでしょうね。
マヌケに寝入っているお前ごとき、私が直接手を下すまでもない――――出番よ、冬中佐」
いつの間に傍に来ていたのか、小さな影が将軍と肩を並べて浮かんでいた。
影――冬中佐はコクリと頷くと、神社めがけて急降下していく。
「お前が厚手のぱじゃまを着用し始める時期はすでにリサーチ済み。
自らの健康を守るはずの道具で身を滅ぼす……実に滑稽ね、霊夢!」
将軍が呟いたのと、冬中佐が神社に降り立ったのはほぼ同時であった。
中佐は音も無く縁側から霊夢の寝所へと入り込むと、あろうことか襖を絶妙な幅で開けたではないか。
ほどよく暖かかった部屋に、隙間から容赦なく入り込んでいく寒気。
惨劇の予感がひしひしと感じられる緊急事態だ。
しかし、霊夢は完全に寝入っており気付くそぶりもない。
呑気に可愛らしい寝息を立てるばかりである。
中佐は「これは好機」と見たのか、布団を捲り上げてさらなる追撃を決めようと試みる。
布団に向けて一歩踏み出そうとしたが……いつの間にか屋内に入り込み、動向を見守っていた将軍に制止された。
「……焦ることはないわ。なに、我々の攻撃はすでに終わっている。
すぐにここを離れましょう。次の標的も決まっているから……。
ご苦労だったわね、冬中佐」
これぞ、冬将軍スペルその一。 不意打ち「寝汗にまみれて風邪をひけ」
「さらば、霊夢。冬の恐ろしさ、まずはその腋をもって思い知れー!」
冬将軍と冬中佐は、神社を後にして次の目的地へと飛び去っていく。
そんな二人の後姿を、鳥居の陰から見つめる視線があった。
「やはり来たわね、奴らが……どうする、姉さん?」
「どうするって? 決まってるわ、邪魔するのよ。このまま幻想郷を冬にされてたまるもんですか」
「まずは霊夢を助けて、適当に恩を売りましょ――うぐっ!?」
「ど、どうしたの穣子!」
もう名前がセリフに出てしまったので、ここで素直に明かしておこう。
冬将軍たちを監視していたのは、秋姉妹であった。
スムーズに彼女たちの紹介と目的についての説明を入れたいのだが、なにやら穣子の様子がおかしい。
「足の裏に……霜柱が……!」
「なんですって!? くっ、冬二等兵がもうこんな所に! じっとしてて、いま手当てを」
ファッションとアイデンティティために、裸足を通していたのが仇となった。
一歩踏み出した穣子の足の裏に、冬将軍が人知れず放っていた刺客の一撃が突き刺さったのである。
静葉は素早く穣子の足を引っつかんで持ち上げると、足裏にお湯をぶちまけた。
冬二等兵は、断末魔の叫びを上げる間もなく溶けていった。
名誉の戦死と言ったところか。
「ごめんなさい、姉さん。油断していたわ」
「いいのよ、穣子……さあ、早く霊夢を助けましょう」
霊夢が眠る寝所へと辿り着いた二人は、すぐさま襖を閉めて寒気をシャットアウト。
静葉は手早く乱れていた布団をかけ直し、穣子は鞄から取り出した湯たんぽを霊夢の足元に突っ込んだ。
「うわぁ……布団の足元のほう……すごくあったか稲荷ィ……ハッ!?」
「微妙な反応ありがとう、霊夢。とりあえず起きて」
「あ、あれ? なんであんたたちがここに……」
「――落ち着いて聞いて。来たのよ、奴らが」
静葉と穣子の真剣な面持ちで、霊夢は状況をすぐに察することができた。
「まさか、今年は寝てる最中に襲ってくるなんて。油断してたわ……二人には借りができちゃったわね」
「気にしないで。今は、奴らの攻撃が本格化する前に少しでも手を打っておかなくちゃ。
まずは同盟の証に、ここで一緒に焼き芋を食べて英気を養いましょう!」
「流石だわ、姉さん!」
「寝起きに焼き芋おいしいです」
「ハムッ、ハフハフ、ハフッ!」
今ひとつ緊迫感が感じられないが、幻想郷で起きる戦いにどこか緊張感がないのはいつものことだ。
一方その頃。
冬将軍と冬中佐は、紅魔館の門前を見つめていた。
「見えるかしら、冬中佐。次のターゲットはあの女よ。奴の身体に、これを使ってやりなさい」
邪悪な笑みを浮かべながら将軍が取り出したのは、緑色のジャージ(ズボンのほう)。
中佐はそれを受け取ると、心得たと言うかのように深く頷く。
まさしく以心伝心である。
「彼女はいま、眠気に意識を支配されつつある……今後の進軍予定を考えると、
好機は今しかないわ。彼女が完全に寝入ったところで仕留めるのよ」
「イエス、サー」
冬中佐の視線の先に立っているのは、門番の美鈴だった。
張り詰めるような朝の寒気の中、彼女は気丈にも生足で職務に励んでいる。
しかしこの時間帯、周囲に人っ子一人いなければ眠くなってしまうのは致し方ないところ……
美鈴の上目蓋と下目蓋は、幾度かの短い逢引きを経たのちに熱い抱擁を交わそうとしていた。
こくりこくりと頭が下がるたびに、長い髪がさらさらと揺れて朝日の光を受け輝く。
まるでシャンプーのCMのような嘘くさい美しさである。
「……そろそろ落ちるわ。中佐、スタンバイ」
「イエス、サー」
こくり、こくり……かっくん。
「ああ、もっと強く抱きしめて!(上目蓋:♀)」
「もう離さないヨ!(下目蓋:♂)」
※イメージ音声です
「今よ! GO!」
ばっ!
すっ!
ささっ!
ずー……
ぱんぱん!
だっ!
すー……
冬将軍スペルそのニ。 防寒「生足キャンセラー」
「ミッションコンプリート」
「……素晴らしい戦いぶりだったわ、冬中佐。この戦いが終わったあとも、君の勇敢な行為は永遠に語り継がれるでしょう」
「イエス、サー」
効果音だけでは何が起きたのか分かりづらいことこの上ないので、
状況解説も交えて先ほどのシーンをもう一度見てみよう。
ばっ!(美鈴が寝入った直後にロケットスタートする冬中佐)
すっ!(美鈴の足元にしゃがみ込んでジャージをスタンバイ)
ささっ!(絶妙な力加減で片足ずつ足払いをかけ、両足をジャージに入れる)
ずー……(ジャージを引き上げる)
ぱんぱん!(乱れたスカート部分とスリットを手早く整える)
だっ!(門前から風のように走り去る冬中佐)
すー……(美鈴の安らかな寝息)
目標に一切気取られることなく、攻撃を終える。
――――まさしく匠の技というほかない。
冬中佐が、この時のためにどれほど厳しい修練を積んできたのかが容易に想像できるワンシーンだった。
恐らくは血の滲むような努力の日々があったのだろう。
だが、そんな日々を冬中佐が他者に語ることは一切無い。
自らの誇りと努力は、自分一人が分かっていればそれで良いのだから。
「ところで、冬中佐。つかぬことを聞くようだけど……何色だった?」
「White.」
「そう。流石は紅魔館の防波堤……よく分かってるじゃない。
私が思うに、柄だの縞だのレースだのと策を弄する必要などどこにも無いのよ。
白がいちばんシンプルで、いちばんエロいの……私も、もちろん白を着用している。
冬、そして雪の色でもあるからね。中佐はどう思う?」
「White.」
「ははは、そうかそうかー……おっと、いけない。次のミッションに移らねば」
益体も無いことを熱く語り合ったのち、冬将軍と冬中佐は門前から姿を消した。
人妖の隔てなく襲い掛からんとしている純白の悪意は、着実にその勢いを強めつつある。
あやうし、幻想郷。
冬将軍と冬中佐は、再び次の目的地へと飛び去っていった。
そんな二人の後姿を、草木の陰から見つめる視線が……と遠回りなことを書くのもアレなので、秋姉妹と霊夢と書いてしまおう。
「ここにも来たわね、奴らが……どうする、姉さん?」
「どうするって? 決まってるわ、脱がすのよ」
「アイツら、美鈴にジャージを穿かせるなんて……正気の沙汰とは思えないわ」
前回と同じようなやり取りをしている秋姉妹の傍らでは、
野暮ったいジャージを穿かされたまま立ち寝している美鈴の姿に霊夢が怒りをあらわにしていた。
「今すぐ脱がしましょ!」
居ても立っても居られなくなったのか、木陰から飛び出して美鈴のもとに駆け寄る霊夢。
霊夢の思考もいまいち良く分からない。
他人がジャージを穿いていることの、どこがそんなに気に入らないのだろうか。
「目を覚ますのよ、美鈴……私がいま助けるわ!」
「妙に熱くなってるわね、霊夢」
「良く分からないけど、冬将軍たちがやった事なら妨害しなくちゃね」
霊夢の後に続いて、穣子と静葉も美鈴に駆け寄る。
真剣極まりない表情で、霊夢が美鈴のスカートの中へ手を突っ込んだその時。
何者かの手が素早く伸びて、がっしりと手首を掴んだ。
ぎょっとして思わず横を見つめる霊夢。
目の前にあったのは、良く知っている人物――紅魔館のメイド長、咲夜の顔であった。
「何かと思ったじゃない、脅かさないでよね。いったい何を……」
「何をしているのかよ!?」
「……えっ?」
微妙に発言がおかしい。
よく見てみれば、咲夜はハアハアと息を荒らげている。
「どうしたの、一体……」
「それは私の仕事よ」
「???」
状況が掴めずに動きを止めていた霊夢の手をスカートの中からそっと引き離すと、
咲夜は自らの手をスリットの脇から素早く差し込んでジャージを一気に引き下ろした。
「――紅魔館労働基準法において、美鈴のスカートに手を突っ込むことが許されているのは私だけ」
「いったいどういう理由で……? そもそも、紅魔館労働基準法なんて初めて聞いたわよ」
「いま思いついた」
美鈴の美脚を握り締めたまま語り合う二人の傍らでは、この物語の主役級のポジションであるはずの秋姉妹が空気と化していた。
そして、周囲がどんどん騒がしくなっているにも関わらず立ち寝を続けている美鈴。
気を遣って寝ているフリをしているのか、あるいは本当に寝入っているのか……。
「ふー、落ち着いたわ。それでは話を聞きましょうか、霊夢。そちらのお二人も」
「ねえ、咲夜。別に私たちだって、こんな朝っぱらから何の理由も無く誰かのスカートに手を突っ込んだりはしないわ」
ちらっ(美鈴のフトモモを撫でさすりながら、秋姉妹のほうを見つめる咲夜)
「私は秋 穣子!」
「私は秋 静葉!」
「こちらは、妖怪の山の麓在住の秋の神様よ。幻想郷に伸びた冬将軍の魔の手から、みんなを守ろうと戦っているの」
「……冬将軍? 誰、それは?」
「きっと美鈴は、眠気で警戒が緩んだ一瞬の隙に攻撃されたのよ。私も寝ていたところを襲われて……
二人が来るのがもう少し遅かったら、どうなっていたか分からないわ」
「霊夢に不意打ちを決めるとは、只者じゃないわね。いったい何をされたの?」
「寝室の戸を開けっぱなしにされたの! 恐ろしい相手だわ……」
霊夢に続いて、穣子も神社で起きたことを口にした。
「それで助けに行こうと一歩踏み出した途端に、私の足裏に冬二等兵の攻撃が突き刺さったのよ」
「……冬二等兵? 相手は軍隊なの?」
「冬二等兵は姉さんが仕留めてくれたけれど……本当に恐ろしい奴らだわ」
険しい表情で語り合う霊夢と秋姉妹を、ポカ-ンとした表情で見ている咲夜。
会話からも、相手の恐ろしさ・強大さが伝わったということか。
このままでは幻想郷が危ない、一緒に戦おう――霊夢たちがそう切り出そうとした刹那、呆然としたような表情で咲夜が呟いた。
「霊夢……可哀想に、頭がおかしいのね」(相変わらず美鈴のフトモモを撫でさすりながら)
「アンタに言われたくない!! いつまで撫でてんのよ!!」
霊夢は大いに憤慨した。
彼女は「寝室の戸を開けっ放しにされたの!」の辺りでさり気無くフトモモタッチを止めていたので、
ここで咲夜に抗議をしても不自然ではなかろう。
「だいたい、なんで美鈴のスカートに手を突っ込むなんて行為を仕事と呼ぶのよ」
「私はここのメイド長。様々な日々の雑事を担当しているわ」
「それは知ってる」
「もちろん、冬場に入っても水仕事をすることが多々ある。しかも早朝なんて、余計に冷えるわね」
「うん」
「何らかの方法で手先を暖める必要が生じる。これは分かってもらえるかしら?」
「まあ、分からなくはないわね。でも、それとスカートの中と何の関係が? お湯張った桶にでも手を突っ込んでおけば済む話じゃないの?」
「まだ分からないの? パチュリー様なんて、私が美鈴に歩み寄っただけで“やるじゃない!”って言いながら微笑んだというのに」
「いや、その理屈はおかしい」
熱いトークを続ける二人の傍らでは、この物語の主役級のポジションであるはずの秋姉妹が空気と同化していた。
そして、周囲が完全にまぬけ時空となっているにも関わらず立ち寝を続けている美鈴。
話の趣旨が大きくズレ初めている。このままでは危険だ。
こうしている間にも、幻想郷の各地で冬将軍がやりたい放題しているかも知れぬというのに……
と、ここで一筋の光明が射した。
沈黙を守っていた美鈴が重い口を開いたのである。
「あの……咲夜さん。そろそろ手を抜いてはもらえませんか」
「美鈴の身体を触る時は絶対に手抜きをしたくないの。そこは分かって欲しいわ」
「そういう意味じゃないです。あと、上目遣いにこっちを見ながら人前では言い辛いところを触るのはやめて下さい」
「今日は白か……」
「話聞いてます?」
美鈴が日々蓄積しているであろう心労、察するに余りある。
このような暴虐が“労働基準法”のもとで平然と行われているとは、紅魔館はまごうことなきキチ○イハウスのようだ。
悲しげな表情でしばし俯いていた美鈴だったが、意を決したように顔を上げると――
「キャオラッ!!」
目にも止まらぬ速さで、咲夜の首筋に指を突き立てた。
あやうしメイド長! 待て次号!
<※十六夜 咲夜さんの意識がログアウトしました>
紅魔館の門前で、霊夢たちが間抜けなコントを展開していたその頃。
冬将軍たちの魔手は、いたいけな年少妖怪とその保護者にまで及ぼうとしていた。
妖怪の山から帰省(と言って良いのだろうか)していた橙が、藍とともに八雲家の縁側でお茶を飲んでいたところ……
ひゅおおお~……
「さすがに朝方は冷えますねー」
「もうじき冬だからね。山のほうはどんな調子かな?」
「三毛猫一族と黒猫一族が、ミカンの皮を上から剥くか下から剥くかで取っ組み合いの大喧嘩をしてます」
「あはははは、平和そうでなにより――」
「ウェーハッハッハ! 私はここだぁ!」
「なにやつ!?」
会話に割り込んできた唐突な大声に、何事かと頭上を見上げる藍と橙。
ほの白く輝く太陽の光の中に浮かんでいるのは、二人の人物と思しき影であった。
上空を吹き抜ける寒風に煽られて、純白のマントがはらはらと揺れている。
「私は冬将軍!」
「あた……I am 冬中佐!」
「二人合わせて……」
「ささ、橙。ちょっと冷えたから部屋に戻ろうか」
「はい!」
そそくさ、そそくさ。
「話聞けよ!!」
純白の悪意にも臆することなく、ごく普通に湯呑みを手にして屋内へ入ろうとする藍と橙。
素早いアクションで、すでに襖を閉じようとしている。
流石は紫の式神たちと言ったところか、安定感が只事ではない。
思わぬところでペースを乱され動揺した冬将軍は、中佐とともに二人に追いすがって襖の間に素早く足を突っ込んだ。
「ええい、待ちなさい!」
「……新聞なら取りませんよ」
「そういうことではない!」
「私もこう見えて忙しい身の上……これから橙と一緒に、ミカンの皮を上から剥くか下から剥くかについて
熱く語り合う予定なのです。この討論もまた、立派な式神になるためには避けて通れぬ道ゆえ……」
「あんたらの都合などどうでも良いの。単刀直入に訊くわ。冬はじめちゃうけど、良いかな?」
「良くない(藍&橙)」
即答された冬将軍の怒りは、瞬時にして頂点に達した。
「そう。では、勝手に始めさせて貰うとしましょう」
「何ぃっ!?」
「これでもくらえっ――冬中佐、スタンバイ!」
「イエス、サー」
冬将軍がパチンと指を鳴らすと……室内に設置されていたコタツの上に、瞬時にして巨大なかまくらが現れた。
冬将軍と冬中佐は、何故か無意味なポージングを決めながら声高に叫ぶ。
『かまくら!』
それは見れば分かる。
さらに、冬中佐は何処からともなく火鉢と金網を取り出すと、コタツの上にそれらを手早くセットしてお餅を焼き始めた。
隙の無い見事なコンボである。
理解の範疇を超えた展開に愕然とする式神二人。
「なんということを……橙、早く紫さまに助けを!」
「はっ、はい!」
橙は踵を返して部屋を飛び出そうとしたが、何かに足を取られて滑って転んでしまった。
「!?」
「何処へ行こうと言うのかねー?」
冬将軍が余裕たっぷりに指差した足元には、いつの間にかガタイのいい冬三等陸佐(アイスバーン)が横たわっていた。
「あわわ……!」
「フハハハハ、怖かろう!」
「即時離脱は無理か。橙、こっちへ」
藍に誘われるまま、やむなくかまくらの中のコタツに入る橙。
ミカンを剥きながらのどかに語り合うはずだった一時は、呆気なく冬将軍たちによって蹂躙され白銀の地獄へと姿を変えつつある。
藍と橙は、行動範囲を確実に狭められ追い詰められていた。
予期せぬ強敵の襲来に、藍は必死で頭脳をフル回転させながら打開策を練る。
額に指を当てて懸命に思考する彼女だったが、そんな努力を嘲笑うかのように眼前では海苔を巻かれたお餅が膨らみ始めていた。
「足元にはぬくぬくおコタ、目の前には美味しそうな焼き餅。つまり……はさみうちの形になるな」
火に炙られ、無残に変貌を遂げていく純白のお餅。
逃げ場を奪って拘束し、さらに目の前で精神攻撃を仕掛ける――実に無慈悲な連続攻撃だ。
まだ式神として未熟な橙には、これは余りにも酷な仕打ちであった。
目を見開いて異様な形にひび割れていくお餅を見つめながら、橙は苦悶の叫びを上げる。
「ああっ、藍さま! お餅が、お餅が……!!」
「落ち着きなさい、橙。もう少し待ってから砂糖醤油をかけるのだ」
「それを使えば、助かるんですか?」
「うん。紫さまに助けを求めることが出来ぬ以上は、ここは私たちだけで何とかするしかない……完食するんだ!」
観念したのか、苦しげな表情を浮かべたまま橙に箸を手渡す藍。
彼女ほどの妖怪さえ、冬将軍の前には無力な赤子同然なのだろうか。
これぞ、冬将軍スペルその三。 風物詩「焼き餅メタモルフォーゼ」
苦しみに悶える式神二人の目前で、限界まで膨らんでバランスを失ったお餅がコテンと倒れた。
「おお……なんという……なんという……」
「誰かぁーっ!! 助けてーっ!!」
「やめろォ!」
恐怖の叫びを上げながら、お餅に箸を伸ばす二人。
それを見つめながら、冬将軍と冬中佐はニヤニヤと勝者の笑みを浮かべるばかり。
ええい、紫は何をしている! スキマはまだか!(※すでに冬眠に入っています)
泣きながら砂糖醤油を振り掛けている二人に、冬将軍は再び問いかける。
「それでは、もう一度訊こうかな。冬はじめちゃうけど、良いかなー?」
「ぜ、是非どうぞ(藍&橙)」
……勝ったッ! 「秋姉妹 vs. 冬将軍」完!
将軍と中佐がガッツポーズを取りかけた、その時……
「ちょぉーっと待ったーっ!!」
がらっ。
勢い良く襖を開く二つの影。
そう、この物語で主人公的なポジションにいながらどうにも台詞が少なく、
かつ冬将軍の侵略に対して後手に回っていた感が否めなかった秋姉妹だ。
まるでアイスバーンが設置されているのを見越していたかのように、静葉はクールな表情で部屋の入り口に熱湯をぶちまけた。
<※冬三等陸佐さんがログアウトしました>
「貴様らァ……我らが同胞に何たる仕打ちを!!」
「追いついたわよ、冬将軍。その二人を解放しなさい」
冬将軍たちの脇を掠めるように駆け抜けると、穣子はテキパキと火鉢と焼き餅を撤去し始めた。
「あ、あなた方は……?」
「私たちは秋の神様。怖い夢を見ていたのね……もう安心よ」
所在無さげに箸を持った手を彷徨わせている藍と橙に、穣子がずいっと差し出したのはホカホカと湯気を立てる栗ご飯。
「おコメ食べろ!」
「はっ、はい」
撤去された火鉢と焼き餅の前には、まるで始めからそこに居たかのようなそぶりで霊夢が座っている。
いつの間に入ってきたのやら……
「良くも私の寝床をモグモグ襲ってくれモグモグたわね。そのうえこんな危険物でモグモグ藍と橙モグを懐柔しようなどと……
モグモグ許しがたき悪行ねモグモグ! よってこの焼き餅はモグ私が没収モグモグするわ!」
「日本語でおk」
「ふー、美味しかった」
ぺろり。
冬将軍の必殺スペルは、呆気なく霊夢に破られた。
かまくらが撤去されたコタツには、いつの間にか美鈴(さり気無く職務放棄)と咲夜(なぜか目付きが虚ろ)が入って藍たちと共に栗ご飯を食べている。
自分達の手によって美鈴を葬り去ったとばかり思っていた冬将軍は、呑気に食事をしている彼女の姿に目を見開いた。
「ナマアシ門番! 死んだはずじゃ!?」
「残念だったわね、トリックよ(もぐもぐ)」
もう、何が何だか分からない。
「くっ、援軍まで連れてきたとは……」
「レ……じゃなかった、将軍。あた、私はどうすれば!?」
「Be Cool、冬中佐。まだ敗北が決まったわけではない……話し合いましょう、秋姉妹。
そろそろ立冬なんだし、もう私たちの好きにさせてくれても良いじゃないの。
季節に関係するものとして、二十四節気の運行を無視するというのはいかがなものか――」
「だが断る」
冬将軍のCoolな正論は、あっさりと秋姉妹に拒否されてしまった。
「なぜそんな勝手なことを!」
「冬になるとテンション下がるんだもの! 嫌なものは嫌よ!」
「なんと我侭な……では、こうしましょう。そこで呑気に食事している面々に、まだ秋のままがいいか、もう冬にしてもいいか訊こうじゃない」
※この時間は予定を変更して、ZUN報道特別番組をお送りします※
<朝まで生季節 ~まだ秋? もう冬? 偶然居合わせた幻想郷住人代表による徹底討論!~>
・番組がかなり長引いたため、討論参加者の声をダイジェストにてお送りいたします。
「私は出来る限り腋を出していきたい。冬も我慢できないことはないが、寝起きの辛さも考慮するとまだ秋にしておくべき」
……R.Hさん(神職)
「冬は私の主人が寝っぱなしになって、あれこれ仕事が増えるので困る。コタツで丸くなる橙を見るのは楽しいが、
総合的に考えると秋のほうが若干やりやすい」
……R.Yさん(式神)
「栗ご飯がおいしかったです」
……Cさん(式神の式神)
「寒くなると、館の主人や同僚がスカートの中で暖を取ろうとするので困っている。
冬の方々には申し訳ないが、秋のほうがセクハラまがいのハプニングがないので有難い」
……H.Mさん(門番)
「断然冬。秋のように中途半端な気候では、同僚のチャイナ服のスリットに手を差し込む楽しみが奪われてしまい欲求不満になる。
寒くなるのは辛いところだが、冬場限定の楽しみはその欠点を補って余りある」
……S.Iさん(メイド長)
「テンションが下がるという事態は出来るだけ避けたい。冬はすることがなくて暇なので、そもそも無くていい」
……S.Aさん(紅葉の神)
「冬も収穫祭をやってくれるなら良いが、実際にはそうも行かない。テンションの下がった姉の相手をするのは骨が折れるので、
秋を続けるべき。私の家の辞書には、立冬などという単語は掲載されていない」
……M.Aさん(豊穣の神)
「くりごはんおいしかた やきもちも おいしそうで とてもよかた」
……Cさん(氷精)
「みんな季節の変化を軽視しすぎ。立冬が迫っているのだから、世論が冬に傾いていくのは確定的に明らか。
妖々夢のころは良かった。誰も妖々夢をクリアできなければ、ずっと冬のままでいられたのに」
……L.Wさん(黒幕)
「眠い。質問の意味が良く分からないので、どっちでもいい」
……寝起きの特別ゲストY.Yさん(幻想の境界)
<結果>
まだ秋で:5票
いや冬だ:2票
たべもの:2票
わかんね:1票
★投票の結果、立冬を過ぎても秋を続けることが決定しました。★
――がたん!
激しい音を立てて立ち上がったのは、この結果に異議を唱えんとする冬将軍であった。
「なによこの結果は。こんなもので多数決もクソもないわ!」
寝ていたところを引っ張り出された紫は、目をこすりながら冬将軍をなだめる。
何か考えがあるのだろうか?
「まあまあ、落ち着いて……それでは、こうしましょう。
季節は4つ。それなのに、ここで秋と冬の代表だけが言い争っているというのもおかしな話だわ。
だから――――」
紫はパチリと指を鳴らすと、悪戯な表情で微笑みながらスキマに身体を滑り込ませた。
「もうじきここへ追加ゲストが来るから、彼女達とよーく話し合って決めてちょうだい。
じゃ、私はこれで。おやすみなさーい」
にゅるん。
「あ、ちょっと――」
「あれ、紫帰っちゃったわよ。誰が来るのかしら?」
相変わらず栗ご飯を食べながら、霊夢が首を傾げる。
皆で顔を見合わせて、頭上に?マークを浮かべていたところ……またも勢い良く襖が開いた。
がらっ!
「春告精!!」
「友情出演、黒い春告精!!」
<※リリーホワイトさんがログインしました>
<※リリーブラック(仮名)さんもログインしました>
がららっ!
「夏っぽい妖怪!!」
「友情出演、夏っぽい妖怪その2!!」
<※リグル・ナイトバグさんがログインしました>
<※風見 幽香さんもログインしました>
「――なるほど、そういうことね。良いわ、こうなったらとことんやってやろうじゃないの」
「ねえレティ、あたいそろそろ冬将軍ごっこ飽きたから遊びに行っても良い?」
自らの職務に限界を感じ始めた冬中佐をよそに、冬将軍改めレティ・ホワイトロックは凶悪な笑みを浮かべながら立ち上がった。
目の前には春の妖精と夏っぽい妖怪たちが立ちはだかっている。
……戦闘を避けることは、出来そうにない。
「どっちでも良いって意見が出たのなら、ここでいきなり春になっても不自然ではないはず……勝負です!」
「お前が冬将軍ね……さあ、かかってきなさい! 夏っぽい力を思い知れ!」
落涙「スギ花粉襲来」
幻想「卒業式の第二ボタン」
不安「クラス替えの掲示板」
愕然「一人だけ違うクラス」
退屈「始業式の校長先生」
うっかり「下級生の下駄箱」
花見「彷徨えるブルーシート」
強風「春一番」
「くぅっ……こんなもの……!! 冬よっ、意地でも冬にしてやるわ!!」
「レティー、がんばれー」
安眠妨害「耳元に響く羽音」
化学兵器「キン○ョール」
落胆「音しか聞こえない花火大会」
苦行「野郎だけで行く海水浴」
苦悶「母さん、キン○ンどこにしまったの?」
高騰「夏場の電気代」
扇風機「我々ハ宇宙人ダ」
土壇場「8月31日」
「ウオオオいくぞオオオ!」
「さあ来いレティ!」
レティの寒気がカレンダーを救うと信じて……! ご愛読ありがとうございました!
“Hello, General Frost” is End.
夏は深緑。漲る生命力の象徴たる木々が魅せる緑は、圧巻の一言。
秋は椛。紅に染まり、山谷川を彩る落葉の群れは鮮やかにして寂しい。
冬は水仙。新雪の合間から覗くその小さな姿は素朴で力強し。
つまるところ、四季は全部素晴らしいのです。
節操が無い? 好き嫌いが無いだけですよHAHAHA
レティさんにもっと活躍して欲しかったなあw
これは真剣に考えたら負けだww
……ていうか秋姉妹あんま活躍してなくね!?
私も秋が一番過ごしやすくて好きです。
冬将軍と聞くとNHK天気予報のアレの顔が思い浮かんで困る。
おもしろかったですー