※この作品では椛が一匹狼的な性格で、文とはほぼ対等な関係です。
どこかの吸血鬼の館ではないけど、妖怪の山は不夜城である。人間の里とは違い、むしろ夜が本番であると言ってもいい。
この山に集う妖怪たちを主導する立場にあるのがワタシたち天狗。最近では外の世界の神々や封じられていた尼僧などがやってきてその地位にも色々な影響が出ているが、この事実に変わりはない。
崖の上に腰掛けたワタシの髪を、夜風がなでていく。遮蔽物の無いこの場所を吹く風は、そよとした風と言うには少々荒々しいかもしれない。でも、それがワタシには心地よかった。
天の星々は空を舞う宝船に輝きを奪われてここを照らしてはくれないけれど、月あかりがワタシを優しく照らしてくれている。
この場所はワタシ、犬走椛のお気に入り。こんな時間になってしまえば、侵入者の影を探してうろついている同僚くらいしかここには来ない。
そう、ここは喧騒を離れて一息を入れられる場所。
考えてみると、やっぱりワタシに宮仕えというのは似合わないのかもしれない。いつも山を駆け回って侵入者を探す日々。けど平和になったこんな時代じゃ、ワタシの胸を躍らせてくれるような侵入者は、あの異変以来一切ないし。
別に今の仕事に不満があるってわけじゃない。仲間たちと長時間同じ空間にいるのは苦痛じゃないし、合間にある文との会話は刺激的だ。そういう意味では、スリルは無いけれども退屈はしていない。
「まったく…慣れないことをするから、こんなことを考えちゃうのね」
思わず口に出してワタシは呟いていた。
ワタシみたいな徒党を組まない天狗は結構多い。別に困るわけじゃないけれど、縦のつながりが無かった分、美味しい思いにはありつけていなかったのかもしれない。
そんなワタシを哨戒の任務に推薦してくれたのが彼女…射命丸文。ワタシみたいなフリーの妖怪に山の警護の一部を任すだなんて、随分と物好きなことだと思う。そしてこれは自惚れになるけれど、彼女の見立ては多分正しい。
と、そのとき。岩肌を登ってこの崖へと駆けてくる足音がする。
ああ…この音は聞き覚えがあるわ。だって、そりゃもう飽きるほどに聞いているんだもの。
「はぁい、こんな場所に来るだなんて珍しいわね」
森を抜けてきた文に、ワタシは右手を挙げて会釈した。
「あら。休憩のときはこのような場所にいたのですね」
「どうにもああいう場所は息が詰まっちゃってね」
肩を軽くすくめてみせたワタシを見て、彼女はくすりと微笑んだようだ。
そのまま歩み寄ってくると、岩肌に手をついてワタシに並ぶ。
言葉は無い。彼女もワタシも、ここから遠くに映る守矢神社の輝きをぼんやりと眺めていた。そこに、彼女は何を見ているのだろう?何を見出しているのだろう?ワタシとはまったく違うものを見ていることだけは確かだけれども。そこまで詮索するのは無礼というものだろうか。
その視線の先にあるものを見届けてみたいと思うのは、ワタシのエゴなのかしら。それとも、それこそがワタシの責任なのかしら。
どれくらいそうしていただろう。視線を感じて左を向くと、彼女がワタシを見つめていた。
「うん?どうしたのよ」
問いかけるワタシの前で、彼女の髪が風にあおられている。そのせいで表情は良く伺えないけれど、凄く落ち着いた顔をしているように感じた。
「いえ…ただ、貴女にはこの景色がどう映っているのか。そう思っただけです」
思わず噴き出してしまう。なんだ、彼女も同じことを考えていただなんて。
「バカな話ね。実は今、ワタシも同じことを考えていたわ」
「それはそれは…滑稽なことですね」
釣られて彼女も苦笑したようだ。
ひとしきり笑った後、彼女が塀から手を離す。ワタシほどゆっくり休んでいる時間など無いのだろう。
「もう行くの?」
「ええ、夜が明ける前には帰りたいですからね。朝刊が待っています」
「そう、無理はしないでね」
「そうですね。私が倒れてしまっては、幻想郷中にスクープが届かなくなってしまう」
とんでもない自惚れを交えて、振り向かずに彼女は答える。そのまま淡々と歩みを進め、岩肌を駆け始めようかというそのとき、ワタシは思わず声をかけていた。
「ねぇ…」
「はい?」
振り返る彼女。言うことなど何も考えていない。
でも、自然と言葉が口から流れ出ていた。
「ねぇ…ワタシ、ここから見える景色が好きよ。アナタは?」
戸惑うような彼女の表情。けれど、すぐにその意味を飲み込んでくれたらしい。そしていつも通りの笑みを浮かべると、こう言った
「ええ、私も好きです。ここから眺める風景、ここにいる妖怪…その何もかもがね」
風になびくふたつの髪。
もうそんな時間は無いのだけれど。もうちょっとだけ、こうして見詰め合っていたいと思ったのは…ワタシの方だけだったとは思いたくない。
どこかの吸血鬼の館ではないけど、妖怪の山は不夜城である。人間の里とは違い、むしろ夜が本番であると言ってもいい。
この山に集う妖怪たちを主導する立場にあるのがワタシたち天狗。最近では外の世界の神々や封じられていた尼僧などがやってきてその地位にも色々な影響が出ているが、この事実に変わりはない。
崖の上に腰掛けたワタシの髪を、夜風がなでていく。遮蔽物の無いこの場所を吹く風は、そよとした風と言うには少々荒々しいかもしれない。でも、それがワタシには心地よかった。
天の星々は空を舞う宝船に輝きを奪われてここを照らしてはくれないけれど、月あかりがワタシを優しく照らしてくれている。
この場所はワタシ、犬走椛のお気に入り。こんな時間になってしまえば、侵入者の影を探してうろついている同僚くらいしかここには来ない。
そう、ここは喧騒を離れて一息を入れられる場所。
考えてみると、やっぱりワタシに宮仕えというのは似合わないのかもしれない。いつも山を駆け回って侵入者を探す日々。けど平和になったこんな時代じゃ、ワタシの胸を躍らせてくれるような侵入者は、あの異変以来一切ないし。
別に今の仕事に不満があるってわけじゃない。仲間たちと長時間同じ空間にいるのは苦痛じゃないし、合間にある文との会話は刺激的だ。そういう意味では、スリルは無いけれども退屈はしていない。
「まったく…慣れないことをするから、こんなことを考えちゃうのね」
思わず口に出してワタシは呟いていた。
ワタシみたいな徒党を組まない天狗は結構多い。別に困るわけじゃないけれど、縦のつながりが無かった分、美味しい思いにはありつけていなかったのかもしれない。
そんなワタシを哨戒の任務に推薦してくれたのが彼女…射命丸文。ワタシみたいなフリーの妖怪に山の警護の一部を任すだなんて、随分と物好きなことだと思う。そしてこれは自惚れになるけれど、彼女の見立ては多分正しい。
と、そのとき。岩肌を登ってこの崖へと駆けてくる足音がする。
ああ…この音は聞き覚えがあるわ。だって、そりゃもう飽きるほどに聞いているんだもの。
「はぁい、こんな場所に来るだなんて珍しいわね」
森を抜けてきた文に、ワタシは右手を挙げて会釈した。
「あら。休憩のときはこのような場所にいたのですね」
「どうにもああいう場所は息が詰まっちゃってね」
肩を軽くすくめてみせたワタシを見て、彼女はくすりと微笑んだようだ。
そのまま歩み寄ってくると、岩肌に手をついてワタシに並ぶ。
言葉は無い。彼女もワタシも、ここから遠くに映る守矢神社の輝きをぼんやりと眺めていた。そこに、彼女は何を見ているのだろう?何を見出しているのだろう?ワタシとはまったく違うものを見ていることだけは確かだけれども。そこまで詮索するのは無礼というものだろうか。
その視線の先にあるものを見届けてみたいと思うのは、ワタシのエゴなのかしら。それとも、それこそがワタシの責任なのかしら。
どれくらいそうしていただろう。視線を感じて左を向くと、彼女がワタシを見つめていた。
「うん?どうしたのよ」
問いかけるワタシの前で、彼女の髪が風にあおられている。そのせいで表情は良く伺えないけれど、凄く落ち着いた顔をしているように感じた。
「いえ…ただ、貴女にはこの景色がどう映っているのか。そう思っただけです」
思わず噴き出してしまう。なんだ、彼女も同じことを考えていただなんて。
「バカな話ね。実は今、ワタシも同じことを考えていたわ」
「それはそれは…滑稽なことですね」
釣られて彼女も苦笑したようだ。
ひとしきり笑った後、彼女が塀から手を離す。ワタシほどゆっくり休んでいる時間など無いのだろう。
「もう行くの?」
「ええ、夜が明ける前には帰りたいですからね。朝刊が待っています」
「そう、無理はしないでね」
「そうですね。私が倒れてしまっては、幻想郷中にスクープが届かなくなってしまう」
とんでもない自惚れを交えて、振り向かずに彼女は答える。そのまま淡々と歩みを進め、岩肌を駆け始めようかというそのとき、ワタシは思わず声をかけていた。
「ねぇ…」
「はい?」
振り返る彼女。言うことなど何も考えていない。
でも、自然と言葉が口から流れ出ていた。
「ねぇ…ワタシ、ここから見える景色が好きよ。アナタは?」
戸惑うような彼女の表情。けれど、すぐにその意味を飲み込んでくれたらしい。そしていつも通りの笑みを浮かべると、こう言った
「ええ、私も好きです。ここから眺める風景、ここにいる妖怪…その何もかもがね」
風になびくふたつの髪。
もうそんな時間は無いのだけれど。もうちょっとだけ、こうして見詰め合っていたいと思ったのは…ワタシの方だけだったとは思いたくない。
ですが、カタカナの一人称、ワタシに少なからぬ違和感といいますか、
目のはしにちらつく古い蛍光灯のようなストレスを感じてしまいました。
あまりに個人的な理由で申し訳ありませんが、この点数で。
ありがとうございますー
発音がちょっと気取ってるイメージで「ワタシ」を使ってみたのですよ
ずわいがにさん江
やはり心を許せる人って大事だと思うんですよね
そういう人がいるから、生きていけるっていうと大げさかもしれないけれど