眩しいぐらいの白を認識し、徐々に他の色も捉えていく。
続いて霞んだ視界が形を帯び、そこが木造の建物の一室である事を理解する。
扉が一つ、窓とは反対側に設置され、それを挟む形でベットが二つ。
すぅ、すぅ、と。
傍らから聞こえるか細い寝息と共に、意識が覚醒していく。
それと共に自覚する倦怠感。全身から感じる鈍痛。
体を起こそうとすると、押し付ける様な鈍痛はナイフの様な鋭い痛みに変わる。
「っ痛ぅ……」
たまらず元の体勢に戻る。
人間にとっての致命傷は、妖怪にとっては大した事にはならない。
まして『彼女』程の妖怪ならば、物理的な外傷はほとんど意味を成さないと言って良い。
だと言うのにこの痛み。気だるさ。
明らかに異常だった。
朦朧とした意識の中頭に手をやると、何かが巻かれている事に気づく。
手触りからすれば包帯であろうか。
よく見れば体中に巻かれている様で、その上に「入院服」を着せられている事に気づく。
どうにも現状が飲み込めない。
何があったのか、ここは何処なのか。
「……う……んうぅ……」
思考に割り込んできた小さな寝息。
先程から聞こえていた物と同じだ。
思い通りにならない体を動かし、そちらを見る。
自分が寝ているベットの直ぐ横で、椅子に座ったまま誰かが寝ていた。
余程慌ただしかった様子で、服装の乱れが目立つ。
「……リグル?」
緑髪だけならば兎も角、ぴょこんと頭から突き出た触覚を見間違える筈も無い。
蛍の妖怪、リグル・ナイトバグ。
最後に会ってからそれ程経っていないのに、随分と懐かしい。
しかし何故同じ部屋に?
それよりも、最後と言うのは何時だった?
疑念を祓うべく、もう一度部屋を見回してみると、窓の外の風景が目に映る。
生い茂る、竹林。
となれば、ここは永遠亭に間違いない。
よく見れば畳を取り払い、無理に洋装にした部屋の様で、本宅ではなく診療施設の何処かだろうか。
ようやく思考が鮮明になってきた頃、扉の向こうから足音が一つ。
「起きた様ね、風見幽香さん?」
「……何とか、ね」
名を呼ばれ、自らを完全に認識した彼女は、やや不満気に返答した。
四季の花を統べる大妖、風見幽香。
未だに把握出来ていない現状に、憤っている様だった。
その返答に含まれた苛立を知ってか知らずか、部屋の扉が静かに開かれる。
艶のある銀髪をふわ、と揺蕩わせた白衣の女性。
実質的に永遠亭を統括している薬師、八意永琳だった。
「加減はどうかしら」
「最悪以下があるとは知らなかったわ」
「ふぅん。落ち着いたみたいね」
会話の噛み合わぬまま、後ろ手で静かに扉を閉めると、永琳は隅にあった丸椅子に腰を降ろした。
「ねぇ、なんでリグルがそこに?」
「その分だと何も覚えてないのかしら」
永琳は困った様な視線を返す。
何も初対面ではないのだ。
生薬の原料には多様な花も含まれる。
これこれこの花が欲しい、等と時折本人が訪ねて来るので、気まぐれに渡した事は幾度かあったし、物のついでに自ら出向く事もあった。
どちらかと言えば、近くの鈴蘭畑の主の方が、来訪、向かう事共に多い様だが。
永琳とその主人以外の、過敏な程な警戒が微笑ましく思い出される。
しかし、だ。
今回のこの構図。
どう見ても医者と患者の関係であり、その状態で接する事は初めてだった為、一瞬の戸惑いが生じたのかもしれない。
もっとも、流石に本職である。直ぐに態度を改め、永琳は状況を説明した。
「昨日の夜よ。リグルが貴方を抱えて駆け込んで来たの。瀕死に近い貴方を背負ってね」
「……私が?」
馬鹿な、と普段の幽香であれば一笑に伏す所だろう。
だが実際問題、今の自分は体を動かす事すら億劫な程に疲弊している。
「ほとんど直りかけている所は大妖怪を自負しているだけあるわね。ただ、その力のほとんどを、回復に当てるしかない状況だったと言えば……どう言う事態だったか理解して貰えるかしら」
「……」
俄かには信じられない話だ。
自惚れではなく、幽香は幻想郷において有数の力を持つ妖怪としての自負もある。
同格の相手との殺し合いや、天変地異でも起こらない限り、大怪我と言う状況はまずあり得ない。
困惑する幽香を他所に、永琳は様子を伺いながら言葉を続けた。
「まあ、ここは幻想郷。如何に貴方が実力者でも、万に一つの可能性はあるし、外傷だけであれば私もそんなに気にはならなかったわ」
言葉を切ると、冷徹なまでに冷静な永琳の顔が、暗く淀む。
「半狂乱になりながら、自分の眼を穿り続ける貴方を見なければね」
「……なん、ですって?」
「何かの中毒者の様にブツブツ呟きながら、空っぽになった眼孔を抉り続けていたわ。内部組織はズタズタ。人間だったら致命傷以前の問題ね。 ……ああ、信じないなら患部の写真は撮ってあるけれど」
「……見せて貰える?」
「気分の良いものじゃないわよ」
用意していのだろう。永琳が白衣のポケットを探ると、何枚かの写真が出てくる。
「互いの惨殺死体に慣れてる姫と妹紅が目を背けてたわよ。何をどうしたらこうなるのかしらねぇ」
未だ思う通り動かない体に鞭を打ち、ひったくる様に写真を受け取る。
「……ッ」
ライトグリーンの髪が無ければ、それを自分だと認識するのは困難に近かった。
無惨に破れた衣服の下の肌は、赤だの黄だの紫だの、明らかに本来の色からかけ離れた色に包まれていた。
それは血だったり、膿だったり、痣だったりするのだろうが、まるで無作為にキャンパスに絵の具をブチ撒けた様な、気分の悪くなる色と質感だった。
接写した一枚では、皮膚のいたる所に疣状の奇形が発生しており、その幾つかは破裂して濃緑の膿が溢れだしている。
顔面の様相はそれらの比ではなかった。白骨が見える程に抉られた眼孔周辺にはもはや皮膚すらなく、腐汁と血の混じったゲル状の液体が溢れている。
平静を装ったものの、流石に自分の事である。
喉の奥から、苦く、忌避すべき何かが込み上げる。
「一番疑問なのはね」
一拍置くと、永琳はあくまでも鉄面皮を崩さずに、症状を事細かに伝えていく。
「発狂する様な痒みをもたらす成分が、腫れ上がった体からリットル単位で出てきたの。 ……それ自体、一滴で鬼でものたうち回る様な妖毒だし、まだ解析中の未知の毒がわんさか出ていた。普通、全身をかき毟るでしょうに、その痒みなんかは意にも介さず目玉を穿り返しているのよ。そっちの方が重要とでも言わんばかりにね」
或いは。それによって少しでも自らの平静を保とうと言う風にも見えた。捲くし立てる様な言葉の裏に、僅かな焦りと困惑が伺える。
「全く……覚えてないわ」
隠しようも無い事実だけが、ぽとりと幽香の口から漏れる。
体に巡る鈍痛が思考を拒否するかの様に、沈黙が部屋に満ちた。
時折、リグルが判然としない寝言を発する以外に音は無く、水底にいるかの様な重く冷たい空気。
それに業を煮やしたか、耐えられなくなったのか。
永琳は会話を別の方向に持って行った。
「それじゃあ昨日、貴方が永遠亭に来たことは覚えている?」
「私が? ……いや、そう言えば……」
靄のかかる思考の片隅に、朧氣な像が結ばれた。
しかし、そこまでだった。まだ何か足りない。
「大分混乱している様ね。じゃあ一昨日。金曜日は何をしていたの?」
「金曜日……」
徐々に古い記憶へとシフトしていくと、ようやく記憶が明瞭な色を持って蘇る。
そうだ、金曜日なら思い出せる。
定期市が人里で開かれる日だった筈だ。
「そこに、リグルを連れて――――――――」
……僅かな一瞬、本能が記憶を辿る事に警鐘を鳴らしたが、幽香がそれを自覚する事は無かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あつつ……御免なさい。大丈夫ですか?」
初秋の頃合だった。
暑気も散り、陽気と言える程度の温かさながら天は高く、風は妖怪の山から人里まで、吹き抜ける様な涼やかな空気を運んでくる。
人里に定期的に立つ『市』は、建物を備えた店舗とは異なり、人妖を問わぬ売り手買い手が入り乱れる場である。
特にここ最近は集客率が増え続け、今や進むことすら儘ならない盛況ぶりだった。
肩と肩がぶつかる事などまだ良い方で、ちょっとでも注意が他所に向けば、見知らぬ相手と顔から衝突と言う笑えない事態も起こり得る。
しかし人間よりも感の鋭い狐狸妖怪の類が、見事なまでに真正面から激突と言うはの些か諧謔の過ぎる状況と言えただろう。
本人もそれが解っていたのか、たれ気味の長い耳を更にへたらせていた。
鈴仙・優曇華院・イナバ。永遠亭の姫に仕える月兎は、消沈しつつもぶつかった相手に手を差し伸べる。
「ああ、問題ないわ」
泰然とした微笑みを向ける、黄のかかった緑髪の女性がゆっくりと立ち上がる。
「ひぃ!?」
へたった耳がぴんと立ち、鈴仙の顔が青ざめる。
よりにもよってぶつかった相手というのが、幻想郷最悪と噂される風見幽香だったのだからそれも仕方ない。
「心配しないでも此処じゃ何もしないわよ。それにほら、クッションもいるし、ね」
クッションとはなんぞやと訝しむ鈴仙が、怯えながらも視線を下に移動すると、納得。同じく緑髪の少女が目を回しているのが見てとれた。
「ううっ……酷いよ幽香……」
呻き声を上げる少女をよく見れば、竹林の近くで見かけることのある蟲妖のリグルと言う事に気づき、些かの合点がいった。
「あら?か弱いレディーを守るのは男の務めでしょう?」
「だから私は女だってば!」
赤ら顔でじたばだと足掻くその姿は、滑稽を通り越して可愛らしい。ただ、少女らしい愛らしさよりも、小動物染みた愛嬌が先に立っているのが問題なのかもしれない。
「じゃあもっと女の子然とした格好をするべきじゃなくて?貴女の場合は原因の八割はそこでしょうに」
「いや、だって、その、似合わないし……」
「似合うか似合わないかは周りが決めることよ?」
「あの、幽香……さん?本当に問題ありませんか?リグルの方も……」
息の合った会話と言うのは、往々にして割り込み難いものだ。タイミングを逸していた鈴仙が、ようやく二人の会話に割って入る。
「だから大丈夫って言ってるでしょう? ……それともアレかしら。貴女苛められたいの?」
「めっ、めめめめめめ滅相も無いっ!」
不必要なまでに凄みのある笑顔で迫られ、鈴仙は顔を土気色にして否定した。
「……さて、じゃあね、竹林のお弟子さん。何かあったら世話になるかもね」
「と、とと、ごめんなさい。 ……あぁ!待ってよ幽香!」
混雑を全く意に介さず、挨拶をしながらマイペースに進む幽香。
そして小さな体で必死に人ごみを掻き分けてついていくリグル。ぶつかる側から「ごめんなさい」を連呼しているのが何とも情けない。
が、直ぐに自分も似たようなものと思い出し、鈴仙は深い溜息をつく
……それにしても
弾幕が全弾直撃してもまるで意に介さない様な大妖怪が、医療施設の世話になる等どういう状況だと言うのか。
「お~い!」
入れ替わりに走り寄って来たのは、薄いピンクのワンピースを着た妖怪兎の因幡てゐ。
中々に腹黒く、嘘つきではあるが、ぴょこぴょこ跳ねる様に寄って来るその愛らしさに偽りは無いだろう。
「あら、てゐ。薬の残りは売れたのね」
「ああ、さっき丁度……いや、それより鈴仙。あんた何もされなかったの?」
いつも飄々としているてゐが、少々焦り気味だった。
それ程までに、太陽の畑の主の悪名たるや、妖怪達の中にも響いているのだろう。
「とりあえず何もなかったわ。今度来る時はもう少し、ゆったり構えても良いかも」
「ほんと?だって、能力使う様なことされたんでしょ?」
「は?能力?」
「え……あんた、気づいてなかったの?ほれ」
てゐの指先には丁度いい具合に、売りに出されている古道具の大鏡が置いてあった。
まじまじと見てみれば、鈴仙の両眼は、見事に赤く染まっていた。狂気の赤い瞳である。
「うわっ!何これ!?」
「……それで元軍人ってんだから聞いて呆れるね」
「むぅ、いいの。もう薬師見習いだし」
「ったく。どういう影響出るかわかりゃしないんだから気をつけなよ?」
「むむむ。まさか私がてゐに説教されるとは……」
軽口を叩きながらも、二羽は並んで踵を返して元いた場所へ。
彼女達にとっては、「ただそれだけ」のことだった。
がさ
食事を出す店は人里にも幾つかある。
和風の店舗が多いが、中には西洋様式のカフェやレストランもあり、選択の幅は広い。
そんな中の一つ。オープンテラスを備えたカフェの特等席に座っているのは幽香とリグルだった。
前者は優雅に、後者は少々所在無さげに座っている。
「今日は付き合ってもらって助かったわ」
「朝っぱらから叩き起こした挙句、あっちこっち引きずり回したのはどちら様でしたっけ」
「……助かったわ」
念を押すような笑顔を向けられれば、リグルが歯向かえる相手でもない。
「お礼に奢ってるんだから、そう眉間に皺を寄せるんじゃないの。『仮』にも女の子でしょ?」
「仮を強調するなぁっ!」
ひとしきり憤慨した後、何を言おうと動じない幽香に諦めがついたのか、手元のオレンジジュースをストローでぶくぶくやったりしながらそっぽを向く。
その様子からして怒りと言うより、照れ隠しの要素が強いのは明白なのだが。
「そういえば貴女は買い物は無いの?」
「……幽香みたく買い物を楽しめる程の余裕は無いって」
蟲の知らせサービスを始めてから人里との交流は増えているが、その収入はと言えば子供の小遣いに毛の生えた程度。
元来生活費はゼロに近い妖怪ではあるが、誘惑に弱いのも妖怪である。なけなしの金銭は刹那的享楽に消えていく定めだ。
「せいぜいミスティアのところで一杯やるぐらい……」
ぶぅん ぶぅん
言葉を遮る様に羽虫がリグルの周りを飛んだ。
忙しない動きは必死に何かを伝えている様だ。
「……ごめん、幽香。急用」
椅子を突き飛ばす様に立ち上がると、幽香が何か言う前にふわりと浮いた。
「ちょっと。ケーキどうするの? まだ来てないのよ」
「元々幽香の奢りなんだから遠慮なく食べなよ。ジュースご馳走様」
言葉を返した頃には既にリグルは点になっていた。
飛行速度に関してはそれ程でもない幽香である。追うのは億劫だし、そもそも固執する必要も無い。
「あれでも一応蟲の王様だものね」
リグルが突然いなくなるのは、何も今に始まった事ではない。突然配下と思しき蟲が現れ、何処へともなく向かうのだ。
数十分で戻る事もあれば、何日も姿を見せず、ひょっこり戻って来ることもある。
蟲の王として問題の解決に奔走しているのだろう。涙ぐましいことだ。
(まぁ、まだまだでしょうけど)
紅茶を含みながら、幽香はくすりと笑う。
幽香自身は妖怪としてはほぼ完成してしまっている。絶大な実力を持つからこそ、成長は滅多にしない。
未熟だからこその成長。前進を続けるその様は見ていて楽しいものがある。
「ご注文の品お持ち致しました」
リグルが行ってそう経たない内に、盆を運んだウェイトレスがやって来た。
品は幾重にもパイ生地を重ねたミルフィーユだった。ちょこんと乗った木苺が可愛らしい。
「頂きます……と」
スプーンを構えて、まずは一口。クリームの甘みと、木苺の酸味が程よく絡み、ほどけてゆく。
元来崩れ易く、食べにくい菓子の代表なのだが、幽香はプリンでもつついているかの様に優雅に口に運んでいた。
「あら、美味しいじゃないの。あの娘にはもったいないわね」
舌こそ出さないもののぺろりと平らげる。
いつもならハンカチで口元を軽く拭く動作に入るところだが、それをすべき手はテーブルの向かい側に移動していた。
「さて、それじゃ遠慮無く……」
ぶ……ぶぶぶ……ぶぅぅぅぅぅん……
翅音が、響く。
「……?」
ケーキの上に旋回するその蟲は、一語に尽くせない妙な外観だった。
頭部は薄羽蜉蝣の幼生に近く頑健な顎を備えている。反面その胴は蝶のそれだろうか、とかく華奢な印象だ。
翅は蜻蛉のものに近いが、三対もあり脈枝に流れるのは仄暗い体液。
その上に
漂うアンバランスさはともすれば嫌悪感を催すだろう。
蟲とは関係の深い花妖の幽香にも、見覚えの無い蟲だった。
「……リグルのお使い?」
静かに尋ねる。異形の類は見慣れているどころか、その異形の中でも、頂に位置する幽香である。
グロテスクな外見それ自体には、さしたる意味も見出さない。
しかしその蟲が幽香の問いに答える事は無かった。
いや、その動き、反応からして、元より答える知性があるとも思えない。
リグルが使役しているものなのであれば、何の反応も無いのはおかしい。即ち「迷い蟲」と考えるのが妥当だろう。
「何処から迷い込んだかは知らないけれど、さっさと行きなさい。ここじゃ嫌悪の対象よ」
しっしっと手で払いのけた瞬間であった。
「……っ」
『ガチリ』とでも表現すべき、甲高い金属音。
その蟲は、顔の半分以上を占める大顎で、何の躊躇も無く幽香の指を挟みこもうとしたのである。
驚異的な反射能力で手を引いたものの、もう少し油断していればその指を挟まれていただろう。いや、或いは……
徐にスプーンを蟲に突き出すと、幽香の予感は的中した。先程よりも鋭い音と共に、金属製のスプーンが持ち手の先から切断されていた。
(何よこの蟲……)
蟲は群れればそれこそ手の付けられぬ巨大な力を持つが、一匹一匹は脆弱極まりない存在である筈。
しかしこの蟲は、毒も持たず単体で人を殺し得る。
性質としては妖怪に近い存在と言えるが、そんなものが人里に紛れ込む時点でおかしな話だ。
この類の、知性が著しく低いが獰猛な怪異は人間と相容れない。山奥に自らのテリトリーを置き、人前に現れることは稀だ。
……ただ、そんな疑問はあったものの、結局彼女は風見幽香である。少々見慣れぬとは言え「たかが蟲」に何ら気負うはずも無い。
今度は躊躇無く蟲に腕を伸ばす。蟲はやはり襲い掛かり、白磁の様な幽香の指に狙いを定める。
「ふん」
動きだす前に、音も立てず、蟲は木っ端微塵に四散していた。蟲のそれを遥かに凌ぐ速度の平手が叩き込まれたのでは無理も無い。体を構成する足や顎といったパーツがテーブルクロスに飛び散り、ぴくり、ぴくりと痙攣している。
弱者は相手にしないとは言え、明瞭な殺意を持って向かってくる存在に、容赦する程お人好しではない。増して積極的に喧嘩を売り歩くのが幽香の筋である。当然の結果と言えた。
「ちょっといいかしら、店員さん?」
「はい、なんでしょうか」
「ちょっとクロスを汚してしまったのよ。弁償はするから取り替えて貰えるかしら」
実際には少々どころか、蟲の破片が高速で激突した為に体液が擦り付けられ、目も当てられない状況である。
評判に反してよく人里を利用する幽香にとって、余り波風を立てるのもつまらない。
「クロス……ですか?」
ウェイトレスの困惑した声に、幽香はついそちらを向く。まじまじとテーブルを見つめるその瞳は真剣そのものだが、幽香の意図と逸れている感が否めない。
「ほら、御覧なさいな。ここ……」
視線を元に戻した幽香は言葉に詰まる。
自ら指し示した先にあったのは、染み一つ無い、きめ細かなテーブルクロス。
「えぇと……失礼ですが、どちらを汚されたのでしょうか?」
「……間違いよ、下がって良いわ」
頭に疑問符を浮かべて立ち去るウェイトレスを横目に、幽香はもう一度テーブルを見る。
何一つおかしな所は無い。
奇妙な蟲の痕跡など、欠片程も見出せない。
死ぬと透過する性質でもあるのかと、直にテーブルに触れて探ってみたが、やはり何も無い。
白昼夢でも見たのかと自問自答する。しかし。
鋭利に切断されたスプーンが、そうではないと告げている。
ミルフィーユの甘い匂い。
日差しは妙に生ぬるく。
目の奥に、それと気づかぬ程の小さな、疼き。
ざざざっ
ざざっ
「おや、花の大妖がこんな所に如何したのかな?」
辺鄙な場所である。鬱蒼とした森が視界を塞ぎ、獣道とすら呼べない悪路の先に、金色の九尾が揺れていた。
八雲藍。従者でありながらも、実力は一勢力の長に匹敵する彼女の事。何も好んでこんな場所にいる訳ではない。
理由はその場が示していた
大人四人が手を広げられる程度に開けた森の一角、明らかに人為的に配された鋭い大岩が一つ。
注連縄が巻かれ、様々な符が貼られたそれは、非常に巨大な力を支える結界の要の一つであろう。
藍はそれら一つ一つの反応を念入りに調べていた。
しかしその尻尾は見て解る程に膨らみ、いつでも応戦が可能とばかりに猛っている。
「殺す、戦うならとっくに始めてるから安心なさいな。貴女の主人を探してるの」
その問いの後、暫しの逡巡をして、藍は臨戦の構えを解いた。
「紫様なら絶賛睡眠中だよ。どういう気紛れか、今は本宅ではなくマヨヒガの方にいる」
「……随分あっさり教えるのね。主人に危険が迫っているかも知れないわよ?」
「むざむざ殺される様な主を持った覚えは無い。それに橙に手を出すつもりもなさそうだし」
「まぁ、そうね。素直な子供は好きよ」
「そして素直じゃない子供を躾けるのも好きそうだな」
藍の返しに対して、幽香は言葉ではなく微笑みで返した。
不可解な事態があれば、とりあえず彼女の主人、八雲紫を原因と考えれば問題ない。
紫本人の所在はどう探しても掴めない事が多い為、その式である藍を探したのは正解だった様だ。
マヨヒガも場所は特定しにくいが、紫本人に比べれば遥かに見つけ易い。
「ああ、そうそう。言っても聞かないと思うが忠告を一つ」
去り際の幽香に向かって、藍はさして変わらぬ口調で告げる。
「貴女がどんな目にあったかは知らないが、恐らく紫様は犯人ではない」
ぴた、と。幽香の歩みが止まった。
「……弁護?」
「好きに取ればいい。ただ、ここ数日紫様は眠りっぱなしでね。式の私は常に状態を確認出来る訳だが……起きた様子は皆無だ」
「貴女に知られず起きることぐらい、簡単なんじゃないの?」
「いや、使役者と式の繋がりはそう緩いものじゃない。場合によっては命に関わるこの繋がりを、たかが悪戯程度で誤魔化す様な事はしないさ」
藍の言葉に、幽香は頬に手を当てた。
確かに「何か妙なことがあれば八雲紫を疑え」と言うのはセオリーであるが、彼女の悪戯は幻想郷の運営に関わる大事を除き、妖精レベルの他愛無いものが多い。
その上「八雲紫がやりましたよ」と言った痕跡をわざわざ残す。
迷惑な話ではあるが、その悪戯には一種の愛嬌があり、それ程悪い気分にはならない。
対して今回幽香の身に起こった事態は、不可解と言う部分は同じだが、何処かもやもやと気分の悪いものが残る。
「まぁ、頭の隅に置いておくわ」
「今から行くと良い時間だな。今橙に夕餉の支度をする様に念を送っておいたから、適当にくつろいでいくと良い」
振り向きもせずにそう言うと、藍は作業を再開した。
どうも本当にやましいところは欠片も無さそうで、あまりの毒気の無さに流石の幽香も肩透かしを食らった思いだった。
(これで寝惚け眼で紫の奴が出てきたらどうしようかしら)
別な意味で暗鬱たる気持ちになりながら、幽香はその場を後にした。
故に、その後藍が疑問を抱いたとある事象に、幽香が気がつくことはなかった。
幽香が去って一刻程の事である。
「やけに静かだな……」
いや、時折聞こえる鳥の鳴き声。獣が藪を掻き分け進む音。音があるにはあるのである。
しかしもっと根本的な部分が欠落している様な……
「……!」
欠落感の正体は、鋭敏な感覚を持つ妖獣の藍だからこそ気がついたものと言える。
それは地を這う蟲の足音であり、羽虫の羽ばたきの音であり、蚯蚓が土を掘り進む音。
如何な深山幽谷とした場所においても、確実に息づく蟲達の声が、藍を中心として少なくとも五町四方、完全に消失していた。
手近な大石を裏返してみる。常ならば気分が悪くなる程に蠢く蟲が、ただの一匹とて存在しなかった。
「馬鹿な……」
蟲のいない森。改めてそこを見回すと、酷く薄っぺらく、薄ら寒い。まるで箱庭の様に、「生」が感じられない。
木漏れ日と、木々の匂いを纏ったそよ風にすら、藍は得体の知れぬ違和を感じていた。
かちっ カチッ
かちっ
「おひゃよう~。ら~ん、ごは~ん」
「『ら~ん』なら結界の修復中だったわよ」
マヨヒガの居間を、とてもやるせない沈黙が満たした。
「先に頂いているわよ、賢者様」
ご飯茶碗を持ちながら、幽香はとても良い笑顔で紫を見る。
目ヤニと涎をたっぷりに、閉まりの無い半開きの顔を見られた妖怪の賢者は、もの凄い勢いで襖を閉じた。
「あれ、紫様、食べないんですか?」
隣で味噌汁の用意をする式の式……橙が閉じられた襖に向かって問いかけた。藍の教育の成果か、何時嫁に出しても恥にならない慣れた手つきである。
「ここの所いっつも起き抜けに「幽々子じゃないけどご飯が美味しいわ」とか言って三杯は行くのに……何処か悪くしましたか?」
全く悪びれた様子も無く、紫の口調を真似して言葉を続ける橙。行動の十割が善意な為如何ともし難いな、と幽香は煮魚を食みながら思った。
面白い物は見れたがこの様子だと紫は白だろう。
味噌汁を受け取って口に含んだ頃、どたたと足音が近づいて襖が再び開け放たれた。
整えられた御髪。口元に薄く引かれた紅と、まるで全てを見通すかの様な眼光。正しく万人が平伏しそうなカリスマを伴い、八雲紫がそこにいた。
「風見幽香。八雲の領地に如何なる用かしら?」
「どう取り繕ってもさっきのインパクトは消せないから安心なさい」
「お願い、忘れて!」
前述のカリスマは瞬時に粉微塵と化し、紫はよよよと幽香にしなだれかかった。しきりに「体裁が、世間体が」と喚き散らし、せっかく整えた寝癖がぴん、ぴん、と音を立てて復帰している。
そんな主の主の様子を気にせず、橙はもう一人分食事を用意し始めた。出来た孫である。
暫く経って紫が落ち着くと、ようやく来訪の理由を尋ねてきた。
「状況証拠で元凶じゃなさそうだからもう良いわ」
「あらあら。貴女にしては随分平和的ですわね」
「毒気を抜かれたとも言うわね。まあ貴女は関わってないか、関与してても薄いとは思ってたけど」
牽制程度に腹を探り合うつもりだったが、紫側も探りを入れている時点で最早それは確実だった。
もしも原因であるなら、ここでのこのこ姿を現わす筈も無い。
先程の現象を説明すると、単刀直入に切り出した。
「まあそんな訳なんだけど、リグル以外で原因は考えられるかしら?」
真っ先に犯人として疑い、真っ先に否定したのがリグルだ。
人間尺度ですら知り合って間も無いものの、その性格と傾向に関しては大体解る。
謀の出来る程器用ではなく、秘密は嘘よりも黙して秘するし、仮についても顔に出る程の愚直な娘だ。
「妙な蟲、ね。使役に限った事であれば、巫術や道術の類が優れていますわ。蟲毒とか巫蟲なんかは聞いた事があるでしょう」
「ああ、壷に云々の」
蟲や蝦蟇等を一つの壷に詰め、最後の一匹になるまで殺しあわせる。そして最後に残った一匹を呪いの要とする、有名にして強力な毒である。
「或いは蟲そのものではなく、蟲に似せた式神の類い。式神自体も巫術道術の流れを汲む陰明道のもの」
となれば使えそうなのは山の巫女と博麗の巫女。それに目の前の八雲紫とその式達。
最後はとりあえず否定された為、紅白と緑が残る。
「山の方は多分違うわね。あれは修練を積んで使う術ではなく、文字通りの神の起こす奇跡。蛇や蝦蟇も蟲の一種とされる場合はあるけれど、神格持ちとなれば話は別だし」
「となると霊夢くらいしかいないじゃない」
そしてそれこそ論外だ。あの努力嫌いな巫女が、習熟している系統以外の術を使用するという事自体おかしな話である。
また、得意とするのは神仙術であり、やはり微妙に系統は異なる。
何より、文句があれば直接来る。
「……意図的な線は薄そうね。とすると単なる迷い蟲か」
妙な消え方をした点は気になるが、元より精神的な存在の多い幻想郷である。死に際が不思議な蟲がいたとしても別段不自然ではない。
介入者の無い、単なる事故だったと言うことか。
小骨が喉に引っかかった様な違和感を、幽香は結局飲み込んだ。
なに、別に大した事ではない。明日は紅魔館の花壇へ行く予定もある。ついでに図書館でそんな蟲がいないか調べてみればいい。
「やれやれ、邪魔をしたわね。ごちそう様」
「あ、はい、おそまつ様です」
橙が中々に堂に入った所作で返礼した。
「あら、もう少しゆっくりしていったら?珍しいぶぶ漬けもありましてよ」
「ばばっ気なら嫌って程感じるけれど」
「ばばばっ!?」
寝起きの為か、紫から何時ものキレが感じられない。
NGワードの一つや二つで狼狽える等まったくもって賢者らしからぬ。
そんなやりとりも楽しいもので、幽香は二人に見えない角度で舌を出した。
「うぐぐ……覚えておきなさい……橙おかわり」
「紫様、紫様。落ち着いて下さい。ほらほら、大盛りですよ~」
その紫の声はあんまり普段の胡散臭さからかけ離れていて。
幽香は思わずどんな顔をしているものかと振り向いた。
ざざざっ何よがさささ帰るんじゃざわざざわ
がさささ紫様ぞぞっご飯ざざざざっっ冷めざぞぞぞ
団欒の面影は跡形もなく、耳障り極まる羽音が居間を満たす。居間の面影を思い出す事すら危うい。
櫃からこぼれ蠢くあれは米ではない。蛆にも似た小さな蟲がぼとりぼとりと溢れだしている。
二人に群がり蠢くのは、親指程の蜂の様な蟲だ。
一様に頭が小さく、肥大した腹部をぷるぷると振るわせ、
全く統一性を感じられない羽音を益々強くする。
一番多いのは部屋の至る所に群れを作るミミズの様な蟲で、壁に張り付いてまるで腸壁の様にうねうねと脈打つ。
「――――――ッッッッ」
絶え間無くぞわぞわと蠢き溢れるその光景。
じじじじ何見てぞわぞわぞわさっさとぞぞそぞ
がさがさがさ幽香さんざざざざどうしざかざか
蟲にまみれた二つの塊が、蠢きながら幽香を見る。
丁度目や口に当たる部分だけ、凹になったかの様に暗く窪んでおり、それが虚ろに見ている。
不意に……その窪みの奥に薄赤い灯りが点る。
(……?)
疑問を呈する間も無く、地鳴りの様な音と共にそこから何かがせり上がる。
ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞそっっっ
蟲だった。部屋に蠢く蟲の数など遥かに越える蟲が、その孔から溢れ出る。
それはまるで波の如くに幽香に押し寄せ、その視界を……
「どうかした?」
怪訝な顔をして居間に座る、主とその式の式。
何一つ異常は無い。
まるでチャンネルが切り替わった様に。
本当に跡形もなく。
「……な、にも」
それを気取られぬ様、あくまでも優雅に。
傘を開いて、幽香はマヨヒガを後にする。
無秩序な蠢音が、頭の奥にじくじくと響き続け。
傘を持つ手がじわりと、汗ばむ。
ぞぞぞぞぞ
ぞぞぞぞぞ
ぞぞぞぞぞ
何かいる。
平穏を掻き乱す何かが。
だと言うのに、それが何であるのか見当もつかない。
その上、全く意図が感じられないのだ。
明確な敵意を持っている方が余程やり易い。そうならば叩きつぶせば良いだけの事。
幻覚の類にしても実体のある存在にしても、余りに不可解が過ぎる。
蟲がただ蠢いていただけだと言うのに。
花々は今日も風に揺れ、陽光を受けて育っていると言うのに。
じとりと。
空気だけが粘りついている様な不快さが拭えず、夜を明かしてしまった。
時折頭に走る痛みもそれを助長しているのだろう。
「……」
じっとしていても埒は開かない。
状況としては確かに不可解ではある。
しかし、現れたのは蟲だ。
見たこともないとは言え、節足を持つあれらは確実に蟲の類。決して未知のものではあり得ない筈だ。
体を起こした幽香は傘を握ると、ふらりと向日葵畑を後にする。
主の無い丘の一角。
遅咲きとなった、今年最後の向日葵の一群も満開の見頃を終え、ちらほらと頭を垂れ始めている。
その周りでは既に秋の花が蕾を作り始め、移ろう季節を告げていた。
赤トンボの一群が遠くに飛ぶ中、枯れかけた向日葵の一つに、まばらに小さな蟲が群がっているのが見える。
詳しい者が見れば、それはアブラムシと解っただろう。
そこにふと、爽やかな秋風が吹き抜ける。
さわさわと、風が向日葵を揺らす。
風が止み、向日葵が動きを止めるまでのほんの一瞬。
陽光の中、無数にいたアブラムシが何処に消えたのか。
知るものは、誰もいない。
ぐじゅ じゅ
ず ずず
きちっ きちぃ
「おんや。幽香さんじゃないですか、こんにちはー」
背後に控える威圧的な門や館に似つかわしくない、頓狂な声。それでいて、門前に収まると隙がありそうで微塵も無い。
紅魔館の門番、紅美鈴だった。
「花壇の様子でも見に来たんですかー?もうじき見頃ですよー」
「それもあるんだけどね。後でちょっと図書館に寄らせて貰える?」
美鈴は一瞬目をぱちりとさせると、うーんと唸って苦しげに言う。
「幽香さん、いくらなんでも窃盗はいけませんよ?」
「誰が黒白よ」
ひねりの利いたコークスクリューが美鈴の鳩尾にヒットする。そのまま錐もみ状態で、塀に激突……はしなかった。
いや、確かにぶつかったが破砕音がしなかった。
「あいたたた……」
「嘘」
「あらら、敵いませんね」
にへらと笑い、埃を叩いて起きあがる。
インパクトの瞬間、美鈴は後ろに飛びつつクロスガード、更に塀に激突する瞬間は足、尻、背中と衝撃を分散させたらしい。
それにプラスして、彼女自身の耐久力もあるのだろうが、幻想郷有数の実力者である幽香の一撃を流せるのだから門番として技量は推して測るべきだろう。
「調べものですか?珍しいですね」
吹っ飛んでいた帽子を拾い上げ、位置を調整しながら訪ねてくる。
幽香は曖昧に「そんなものね」と答えておいた。
さしたる実害も無く、原因の特定自体出来ていないのである。
何が幽香を動かしているかと言えばもやもやとした不快感に過ぎず、そんなものを吐露する程幽香も青くない。
「まあそっちは置いておくわ。花壇の様子はどう?」
「ばっちりですよー。温室の外では季節の花が、中では四季折々の花が楽しめます。幽香さんのご指導の賜物ですよ」
「ふふ。まぁ、お手並み拝見と行きましょうか」
庭のスペース自体かなりのものなので、非常に見応えのある庭園である。
美鈴自身のセンスもあってか、幽香も訪れる度に楽しませて貰っていた。
(……あの事さえなければ素直に楽しめたんだけれど)
ふとそんな考えが過ぎったが、らしくないと直ぐに打ち消す。
穿ち込まれた楔はまだ浅い。
しかし確実に幽香の中に占める割合を増していた。
「こちらですよ~」
「いや、まあ案内されるまでもないんだけどね」
庭のスペースのほとんどを庭園が占めている為、門の外からでも十分に見えるのだが、近くで直に見るとまた印象が違う。
踏み込んでみればコスモスを中心とした秋の花が、我も我もとばかりに咲き始めていた。蕾も混じるものの、既に花壇としての体裁は成していると言える。
対照的に、館にくっついた形で設置されている温室には、まるでいつかの異変の様に様々な季節の花が咲いていた。
「いつも通り良く管理されているわね。皆も嬉しいそうよ」
「そう言ってくれると何よりです。実は夜に来て頂けるとまたひと味違うんですけれど」
「何かあるの?」
「弾幕を応用したライトアップをしてるんです。半月後辺りなら、趣向の違った花見と洒落込めるのではないかと」
月に照らされた花々が別の顔を魅せる様に、照明の効果と言うのは侮れない。夜桜などに篝火の明かりを当てただけでも雰囲気はガラリと変わるのだ。
香りもそうだが、花の最大の魅力はその外見に尽きる。
視覚に直結する光が効果を発揮するのは至極当然の事と言える。
「面白そうね、今度見に来ても?」
「ええ、歓迎しますよ。咲夜さんに伝えておきますね」
そうへらっと笑う美鈴の脇を、赤トンボがすっと通り過ぎた。
紅い館に馴染むそれは、コスモスの蕾にぴたりと羽を休める。
ぼこっ
間の抜けた音が、その直ぐ近くから響いた。
花の影。地面を突き破る様にそれは現れる。
ぼこっ
ぼこっ
続けざまに現れる。何れも同じ種類である事は容易に解った。
集まったそれらの外見は
但し、鼠程の大きさを備えているし、各部の強靱さがまるで違う。そしてその面はどう見てもスズメバチのそれだ。
ぎぃ ぎきぎ
ぎぃ ぎぃぃぃぃ
その数匹の蟲は、あろうことか互いに襲い掛かる。
果たして、最も小さな個体の六肢が跳び、死臭に駆られた他の個体が傷口に群がる。
じゃりっ
じゃりっ
じゃりぃっ
断末魔を上げる前に発音器官をやられたのか、襲われた個体は指したる動きもなくびくびくと痙攣するだけになった。
(――――!)
幽香はそれが昨日から自分の周囲に現れる一連の蟲であると確信した。
生態そのものは確かに蟲であり、補食を行う点を見ても生物に違いない。
共食いとて、肉食の蟲であれば終生よくある事だ。
あのカフェで襲いかかってきた蟲とて、見つけた糧を守っていたに過ぎないのだろう。
冷静に見れば見慣れないだけで、やはり蟲には違いない。
恐れる必要などないのだ。
(……そう結論をつけられれば楽なのよね)
今も大部分でそう感じている。
しかし、幾つか根本的に異なる事を幽香は自覚していた。
その一つが、向かうそれへの「感情」だ。
今でこそ強者を自負するに十分な力を得たが、無論かつては自分より強力な相手と接する事は幾度もあった。
その時覚えたのは恐怖や畏怖の類。
逃げねば殺される様な圧迫感、殺意、征服心。
そういった『意』を逆に捩じ伏せて来たからこそ今の幽香がある訳だが、この様な闘争の根本にあるのは「本能」だ。
本能的恐怖は理で押さえ込み、本能的な殺意や闘争心を理で操る。
無論本能の赴くままに戦うこともあるが、「理」が本能を操作する立場なのは変わらない。
ところが目の前にいる蟲は、逆なのだ。
本能的な部分は取るに足らない相手と判断しているにも関わらず、理性が警鐘を鳴らしている。
それも強烈に。
(何故?)
理性の判断なのだから、何かしら明確な理由がある筈なのに、それが掴めない。
それも違和感の原因の一つだろう。
何が違うのか。
色とりどりの花の中にそぐわない、一種の隔絶感すらある。
見れば色彩も皆無な白地黒斑の地味な体色だと言うのに。
(体……?)
花に囲まれた彩度の高い風景の中、まるで穴が空いた様にその蟲達は彩度が無い。
無彩色。
モノクローム
「……!!」
そうだ、色だ。
余りにも基本的な部分。だからこそ気づかなかった。
白黒の動植物は自然界にいくらでもいる。
だが。
全く色味の欠如した無彩色の物体が、果たして自然に存在するのだろうか?
完全な白や黒はあり得るかもしれない。
しかし少しでもグレイを帯びた物になればあり得ない。
反射光にせよ何にせよ、自然界の光には確実に色が存在する。
何より、今あそこにいる蟲達は花に囲まれた有彩の世界にいるのだ。
増して日中。反射光によって僅かでも色を帯びて当然の筈。
色覚を持つ以上、完全な無彩はあり得ない。
それが目の前にいる。存在する。
「幽香さん?どうしました?」
「……っ」
美鈴の声に、ようやく幽香は思考の泥濘から戻ってきた。
「本当に、良く手入れが行き届いてるわね。感心してたのよ」
「あははは~、褒めても何も出ませんって」
「でも必要以上に蟲をいれるのは良くないわね」
取り繕いながらも、幽香は目線を逸らしてはいなかった。
無彩色の蟲は未だに食事に没頭している。
得体の知れなさは増したが、それ以上に本当に無視する事も出来なくなった。
「蟲ですか?」
「程度によるけどね。あんまり多くてもって話よ。ほら」
幽香は無彩色の蟲を指さす。
「トンボですか?」
「……ええ。トンボは肉食だもの。蜜を集める蟲ならともかく、花を喰い荒らす小さな蟲が結構いるみたいね」
美鈴は確かに指さした方向を見た。
幽香の視線には未だ無彩の蟲が居座っている。
ネズミ大の蟋蟀だ。異形異様の部類であり、まともな感性の持ち主ならば何らかの反応を示す。
一切の反応を出さない以上、考えられる事は一つ。
見えていないのだ。
幾つかの可能性として考慮してはいたが、一連の蟲はどうやら他の者には見えないらしい。
「芋虫毛虫は見つけ次第取り除いてるんですけどねー。薬には余り頼りたくないですし」
「良い心がけね。けれどそれも程度の問題よ。野に咲く花はあるがまま育ってこそだけれど、庭園の子達は人の手があってこそなんだもの」
懸念は抱えつつも、あくまで体を崩さずに振る舞う。
(もう一つ、確かめておくか)
そのまま実に自然な足取りで、幽香は歩を進めた。
向かう先には彼の蟲がいる。
目の前に来てもアクションを起こす様子は無い。
以前の蟲とは生態が異なるとでも言うのだろうか。
ざすり
「……土の堅さは丁度良いみたいね」
「そりゃあもう。土竜が寄る程ミミズもたくさんいますから」
傘の先端を地面に突き刺した様に美鈴には見えただろう。
ぎちちちっ
ぎちちちちちっ
体色と同じ白黒の体液を撒き散らしながら、蟋蟀擬きが体を揺らす。傘の先端は昆虫で言う腹部を貫通していた。
残りの二匹も似た様な声を上げながら、しきりに羽を動かして威嚇してくる。
構わずにそれらも突き刺すと串焼の様なはやにえが出来上がる。
その内一匹を背中から掴むと、幽香はみちりと引き抜いた。
美鈴から見ると傘の先端についた汚れを拭った様に見えただろう。
「土の種類も私が教えたものだけじゃないわね。効果は出てる様だけど、混ぜ土は病気も出るからあんまり安易にはしない様にね」
「むむぅ、気をつけます」
じたばたと藻掻く蟋蟀擬き。ぎちちぎちちと音を鳴らす間隔が短くなっていく。
やはり各部の構造は蟋蟀のそれと同じであり、パーツの堅牢さと大きさ、それに顔面の構造以外で際だった点は無い。
(……さて)
幽香はその手をそのまま美鈴の頭にポンと置いた。
「まあ、結果は出ているのだから自信を持って良いと思うわよ」
「およっ!?」
端から見れば微笑ましい光景なのだろうが、幽香の視点から言うと実に異常なものだった。
その蟲はすっと美鈴に吸い込まれたかと思うと、まるで幽霊が通り抜ける様に彼女の体を貫通した。
ぼとりと地面に伏した後、一声大きく「ギィィィ」と鳴き、事切れる。
そして命の火種が尽きたと見えるや、陽炎の様に消えていった。
「……随分と講釈染みてしまったわね」
「いえいえいえっ!とっても参考になりましたよ」
「じゃあそろそろ図書館の方に行こうかしらね」
「ああ、そうでしたね。案内しますよ」
「門番の仕事もあるでしょう?場所ぐらいは解るわ」
ひらひらと手を振り庭を後にしたのと、傘に突き刺さった二匹が絶命したのはほぼ同時だった。
先ほどの個体と同じく死ぬと同時に消えていく。重さまでもが共に消えた。
幾つか収穫はあった。
自分の周囲において現れ、自分にしか見れず触れない。
死ぬと共に消えてしまう。
個体としては普通の蟲より遙かに強靱。
それから、無機物には干渉し得ると言うこと。
傘に刺さった点からもこれは確実だろう。
ただ美鈴を服ごと透過していった事と、マヨヒガでは二人に対して群がるように存在していた件に矛盾が発生する為、また別の条件もあるのだろうが。
出現の脈絡の無さから幻術の類でもないだろう。
となると動植物または知性の低い妖怪の毒から来る意図のないリアルな幻覚か、精神的な病か、或いは普段見えていないものが何かの拍子に見える様になったか。
或いは、いくつかの要因が重なっている事も考えられる。
全てを受け入れる世界である以上原因も様々だろう。
ただどうであるにせよ、自身に危険が及ぶものでもない様だ。
違和感の正体もその妙な体色に過ぎず、幽香の命を脅かす様な危険な個体と言う訳でもないし、幽香限定で襲う訳でもない。
マヨヒガのあれも、量が少々多かっただけ。
喉に刺さった小骨はその内取れる。幽香の足取りは幾分軽やかになった。
ぶぶぶ
「んん?」
幽香が行った直後、さて門に向かおうとした美鈴が、割と良く聞く羽音を耳にする。
蠅だ。
「食用以外はお断りなんだけどなぁ……」
屋外勤務の為、普段は気にも止めないが、幽香の話を聞いた後なので蟲に関しては多少意識が行く様になっていた。
他にも何匹かがすっと続く。
何か動物の死体でもあったのかとその先を見ると、丁度先程自分が立っていた辺りだ。
特に何があるでもない。
何だろうと注目している内に蠅が地面に降りようとする。
そしてまるで地面に吸い込まれる様に、消えた。
「……?」
続く何匹かの蠅もそれに続き、一匹また一匹と消えていく。
美鈴は慌ててその場所を確かめる。
ただの地面があるだけだ。
「???」
疑問符を浮かべつつも注意深く周囲を観察する。
念のため能力を使って周辺を探ってみたが、不審な物は何もない。
それ以上事は進展せず、美鈴はもやもやとした気分のまま門番の仕事に戻る。
彼女の性格から、シェスタの後には忘れているだろう。
不可解とは言え些細な事なのだから。
だが、仮にまだ幽香がいたならば……
吹き抜けた風に、僅かな臭いを感じたかもしれない。
幻覚と言うには余りにも生々しい、死臭を孕んだ風を。
じゃり
じゃり
じゃり
じゃり
蟲や蟲妖に関する諸々の文献。
なるべく希少な例を扱った物が良く、絵図があると尚良い。
図書館の入り口に立つ赤髪の小悪魔への注文は、拍子抜けする程あっさりと解決した。
迷いもなく通された一角には、天井まで届かんばかりの本棚。びっしりと詰め込まれている本の総数は百や二百を軽く越えている。
しかもどれも抱える程の大きさと厚さであり、大抵が丁重な装飾を施されていた。
幸いグリモワールを始めとする、魔法使いにしか紐解けない魔導書は含まれない様で、背表紙を見ればどれも読解可能な言語である様だ。
長く生きてきた経験はこう言った時に役立つ。
斜め読みしながらも30冊程ピックアップすると、幽香は何処か腰を落ち着ける場所は無いかと歩き出した。
少し行くと薄暗い図書館の中では一際明るい、天井に窓のある半地下階と思しき場所に出た。
静かな図書館にふさわしくない喧噪も同時に聞こえてくる。
「ああん美味しいわぁこのクッキーもぐもぐ。今じゃ魔法使いもお茶会をする時代なのねーもぐもぐ」
「おい白蓮、ペースが速すぎるぞむぐむぐ。私の分が無くなるんがぐぐ!?」
「これだから田舎魔法使いはぱくぱく。自分が詰まらせては世話ないわねもごもご」
「ちょっと、人の蔵書に食べカス落とさないで頂戴もきゅもきゅ。頬がリスみたいになってるわよむきゅむきゅ」
「……随分と賑やかなだこと」
幽香を出迎えたのは、テーブルの中心に山と積まれたクッキーをひたすら頬張る魔法使い四人だった。
霧雨魔理沙、パチュリー・ノーレッジ、アリス・マーガトロイド、それに……
「……?」
目新しい顔が一人いたが、何処かで見た覚えがある。
はて、なんだったかと逡巡すると、少し前に見た新聞を思い出した。
最近復活したと言う魔法使いだろう。それにしては寺やら魔界巡航船やらを営業しているらしいが。
となれば今此処には幻想郷の魔法使いが揃い踏みと言う事になる。
「ええと……?ちょっと調べ物があるから読ませて貰うわよ館長さん」
「むきゅむきゅ……ごくん。帰りは小悪魔に渡してね。本棚のリストと照らし併せて確認するから」
陰気の魔女はそれだけ言うと、再びむっきゅむっきゅとクッキーに向きゅ直った。
「あら。ふぁじめまひて。ほひはははま?」
「ふぁんふぁ?ふぇふふぁふぃぃはほははは」
「ふぁふぁひみふぁふなひはほへもふぁふはへ」
「むっきゅむっきゅ」
「口の中の物飲み込んでから喋りなさい。館長を見習って」
幽香は持った本を落とさんばかりに脱力した。
どうにも、妙な物に気を割いているのが馬鹿らしくなってくる。
「あら、ごめんなさい。あんまり美味しいから夢中になってしまって」
「聖……白蓮、で良かったかしら」
「あら、ご存じなのですね。嬉しいです。貴女は?」
「風見幽香。まあ、何とでも呼んで頂戴」
確か一勢力の長と言う話だったが、表裏を感じさせない柔和さには少し驚いた。
他のトップと言えば、大抵性格の何処かが捻れているのだが。
これが演技だとすればそれこそ相当な狸なのだが、恐らくそのまま本性だろう。
珍しく人格に欠損の無さそうなタイプだ。
「一応最年長だからな。呼んでみたんだぜ」
「私やパチュリーも文献でしか知らない様な世代の魔法使い。貴重だわ」
「……魔法の研究に関しては当時の方が盛んだったの。ブッディストとは言え興味は尽きない」
なるほど、他の実力者は「畏怖」を想起させる者が多いが、こちらは包容力や人間力と言った部分が傑出しているのだろう。
慕って集う周囲の力や結束を強めるタイプと伺える。
もっとも、幽香が反応したのは別の部分だったが。
「……
幽香はほんの少しだけ白蓮に殺気をぶつけてみる。それだけで館周辺の鳥がざわめいて飛び立った。
「あら、あら」
一方の白蓮は、涼風を見送る様にそれを笑顔で受け流した。
(……相当なものね)
現在は既に人の身では無い様だが、この度胸と言うか度量は相応の修羅場を経験した故のものだろう。
世の清濁を理解したその上で、他者との和を信じる生き方を選ぶと言うのは易しい事ではない。
戦い甲斐のある相手を前にして、幽香の口元が、傍目に解らぬ程度に吊り上がる。
そんなぴりぴりとした緊張を演出する様に周囲は
「もごもご」
「むぐむぐ」
「むっきゅむきゅ」
我関せず、また菓子を貪りはじめた。
「……」
「ええと?」
「興が削がれたわ」
「ふふ、では日を改めてと言う事で……貴女も調べ物を片づけてからの方が宜しいでしょうし」
「全くね。あぁ、ちょっと貰うわよ」
言うが速いが三人が口に放り込もうとしたクッキーを奪い取る。
「むがっ!?」
「ふもっ!?」
「むきゅっ!?」
「あら、本当美味しいわねこれ」
意趣返しと言うより単に幽香の性格だろう。
喧々顎々とした三人の魔女を後目に、幽香は近くの席に腰を降ろす。
丁度日の光が差し込む位置で、読書をするにはもってこいだ。
その原因が些か不快かつ不可解なものであるのは兎も角。
本をめくり始めた頃には、白蓮の執り成しもあってか三人も落ち着き、茶会も再開されていた。
図書館は再び、時折談笑が飛び交うだけの静かな空間となる。
(あら?)
茶会の最中、白蓮はふと、妙な異物感を覚えた。
目の前にいる若い魔法使い達は気付いていない。
ならば気のせいだろうか。
一瞬、この図書館が、畜生道めいた空気で満たされた等、どう考えてもおかしい。
それも、あくまで「めいた」であって、そのものではない。
何か、ずれた様な……
一瞬そんな事を考えたものの、直ぐに頭を振った。
やはり長く封印され過ぎた為だろう。そう結論をつけた。
ただ、仮にそれが気のせいでなければ、あの辺り。
丁度、熱心に本をめくる幽香のいる辺りから。
躙り寄る様な、異質が――――――――――――――――――
ざりざり
じじじじ
ず ずず ず
きちちちち
これと言って有益な情報が見つからないまま、幽香は五冊程読み終える。
斜め読みの様に見えるが、全て頭に入れている辺りは流石に妖怪と言えるが。
(なるほど、こちらのお嬢様の誕生日が近いと)
(ここのメイドの試供品だそうよ。量がちょっと病的だけれど)
(愛情が籠もっているのが判ります)
(……まぁ、あの二人は特別だから。重力みたいなものを感じる時がある)
そんな中でもしっかりと周囲の音は届く。
聞き耳を立てている訳ではないし、なによりこんな場所だ。向こうも聞かれて困る話はしないだろう。
そもそも聞こえているとは言え、半分以上は右から左である。
(……重力か……話は変わるが……香霖の……)
(……また……外界の……)
(……まぁ聞けよ……それによると……)
(元素?……月火水木金土日……地水火風)
(向こう……小さな……一つ……クォーク……)
(重力……強い……弱い力……電磁気……統一……)
10冊目を読み終わる頃だろうか、何やら聞き慣れない言葉に幽香は少しだけ意識を向けた。
どうやら外界における科学論も引き合いに出しているらしい。
途端に興味は失せたが、その後も話は続いていた様だ。
(……つまりだな。重力ってのは他の力に比べてやけに弱いんだとさ。これはよく考えると確かにそうだ。こんだけ巨大な大地に対して立ててる訳だしな。しかしそれにしても弱すぎるらしい。で、実は力の一部が全く別の場所に逃げてるんじゃないかと言う話なんだ。こいつを利用できれば……)
(逃げてるって……何処……)
(……魔界とか……天界……)
(……聞く……?……母……)
(……そもそも……外界……幻想郷……)
(……法則……定義……根本……)
(……)
少し場所が良すぎたのだろう。
声が遠くに聞こえてきて、目の前に暗幕が降りていく。
心地よい微睡みに落ちてゆく。
その心地よさ故か。
(ぎちり)
瞬き程の、しかし確かなその音。
幽香は何処かに見送ってしまった。
ぞ……ぞ…………ぞぞぞ
ぞぞぞ…………ぞぞそぞぞぞぞそぞ…………
ざざざざざざざざさざざぞぞぞぞそぞぞそぞぞざざさざさざ
果てしなく地平線まで、それは続いていた。
蠢きのたうつ大地は全てが蟲であった。
小さな蟲もいるものの、それ以上に巨大なものが多すぎる。
犬程の大きさのあるヤゴの様な蟲、牛程の甲蟲などはまだマシである。
時折地面から顔を出すあの蚯蚓はどうだ。太さなど家程もある。
轟音を出して高空を飛翔するあの蝶はどうだ。羽ばたくだけで邸が跡形もなく吹き飛ぶのではないか。
天を貫き聳え立つ、あの蟻塚はどうだ。あれに比べれば聖典に記載された塔など、粗雑な櫓にも及ぶまい。
そして幽香にはその全てが、やはり白黒の彩度の無い世界として映る。
不意に……足下が盛り上がり、周辺の蟲を巻き込みながら隆起する。
一際巨大な蚯蚓が上空へと幽香を打ち上げた。
上昇する最中、蝶の翼が幽香の直ぐ脇を掠めていく。その突風によって更に煽られ、更なる高空へ。
聳え立つ蟻塚の登頂付近に達した時、幽香は見た。
遙かな……恐らく何百里も果ての地平が不意に丘陵を描く。
その近くにあった一際巨大な蟻塚が、まるで砂の城の様に崩れさり、何かが現れる。
巨大な。
それは余りにも巨大な――――――――――――――――――
ぞぞぞぞそぞぞそぞぞざざさざさざざざざざざざざざさざざ
ぞぞそぞぞぞぞそぞ…………ぞぞぞ…………
ぞ……ぞ…………ぞぞぞ
ぞ………………ぞ……
「……っ」
跳び起き様、背中がじとりと濡れているのに気づく。。
最後の一冊は丁度真ん中あたりで開かれ、手の平に滲んだ汗が小さな皺を作っていた。
場所は未だに図書館の中。
四人はまだいるし、窓の外はまだ明るい。
違う点と言えば、昨日から時折感じる頭痛以外に無い。
(早く原因を調べた方が良いか)
常ならば珍しい夢とでも一笑に伏すところだが、今に限ってはそんな気分になれなかった。
モノクロの世界である事を除けば、どれもこれも、細部を思い出せる程に鮮明だった。
巨大な蟲だけではない。
足下に無数に蠢いていた小さな蟲の一匹一匹までも。
(……本当に病気かもね)
認めるのは流石に抵抗があったが、分水嶺は見極めなければならない。
仮にそうだった場合、自覚も無いままの進行が最も厄介だ。
妖怪の病には精神的な物の方が多いし、可能性としては十分に考慮出来る。
(……これと言った記述は、無し)
選んだ最後の本を閉じたのは、それから間もなくの事だった。
似た記述はそれなりにあったが、幽香にとって既知のものばかり。
決定的な物は皆無だった。
目星を付けた物以外にも本はまだまだあるが、先に別途の可能性を潰しておくのも方法の一つ。
(永遠亭……)
医者の頭は兎も角として、腕は信用出来ないこともない。
病気ならそれはそれで良し。
一番不味いのは、得体が知れないまま状況が進行する事だ。
そこまで思い至った時……ある考えが幽香の脳裏を掠める。
体にも精神にも異常は無く、
この図書館で残りの文献を漁り、
それでも原因が解らなければ?
一体自分は、「何」を見ていると言うのだろうか? と。
「……」
一瞬だけ感じたその感情を、しかし認める訳にもいかず。
時折感じていた頭痛が、僅かに増した気がした。
そして。
耳元には未だに。
あの夢に響いていた、蠢きのたうつ音が。
途切れ、途切に――――――――――――――――――
……ぶぶ……
……ぞ…… ……ぞ…… ……ぞ……
……ぞ ……ぞ…… ……きちっ…… ……ぞ……
……ぞ…… ……ざざ…… ……ぞ……
ぞ…… ……ぶぶぶ……
ぎぢ……
……ぞ…… ……ぞ……
……ぞぞ……
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
「……」
月兎が涙を流し、幽香の足に縋り付く。
「ほんっとうに悪気は無かったんですっ!!!!私とてもとても臆病なタチでして!うっかりだったんですついうっかりうっかりうっかか!?」
「黙ってなさいウドンゲ」
「はい……」
丸めたカルテがすぱーんと言う心地良い音を発すると共に、永琳は涼やかに一喝した。
途端に部屋の隅で耳を伏す優曇華院。
「ごめんなさいね。もしやと思ってさっき遣いを出そうとしたのだけれど」
「……まあ、こちらの不注意もあったからね」
解決は随分と早かった。
何のことはない。原因は優曇華院の狂気の瞳だった。
市でぶつかった時に弾みで能力が発動し、幻覚等の諸症状が幽香に起こったらしい。
成る程、あの瞳の力はその類の中でも上位に位置する厄介な代物である。人里での油断もあったかも知れない。
幾つか物理的に干渉があったが、あれは恐らくイメージに自分自身の力が付与されてしまったのだろう。
精神の具現化自体、幻想郷においては珍しいことではない。
「もう術は解けているから心配ないわよ」
「正直、少々焦ったわ」
診察室の椅子に座る幽香は、むすっとした表情で答えた。
原因が解ったら解ったで腹立たしい。枯尾花とは往々にしてそんなものではあるのだが。
「診察費は優曇華院のお小遣いからさっ引いておくから気にしなくて良いわ」
「妥当な所ね」
「ええっ!?」
「何?」
「な、何でもないです……」
永琳の一言に今まで以上に小さくなる。
強い鼻っ柱をへし折るなら兎も角、脆い上に最初から粉々なのだ。敵意の無いミスを逐一責め立てる程陰湿な性格はしていない。
「もう無いとは思うけど、気をつけなさい」
「は、はひっ」
背筋を延ばし敬礼のポーズ。こう言った部分だけは流石に軍隊出身と言うのが解る。
永琳はそれに苦笑しながら、部屋を出ようとする幽香を呼び止めた。
「……ああ、そうそう。別件なのだけど、貴方リグルとは親しかったかしら?」
「あの娘がどうかしたの?」
「蟲にも薬の原料になるのが相当数いるのよ。協力して貰おうにも、中々居所が解らないじゃない、あの娘」
「残念だけど私も知らないわ。ああ見えて結構忙しいのよ」
「あら、随分親しそうだったのに。行き先とか知らないの?」
「必要ない事は詮索しない事にしているの」
元より幽香の踏み込む問題ではない。リグルには蟲の王としての役割があり、それを全うしているだけなのだから。
「それじゃ失礼」
「はい、お大事に」
終わってみれば実にあっけない幕切れだった。
刺激の少ない生活のスパイスにはなったが。
しかしそうなるともう予定が無い。
どうしたものかと考えていると小雨がちらつき始める。
空は明るく、狐の嫁入りの様だ。
畳んでいた傘を構えると、優雅に広げる。
ぼとっ
「……?」
傘の上から何かが転げ落ちた。
開けた場所だし、木の実が落ちた訳でもないだろう。
そもそも木の実程度の大きさではない。
そしてふと、手に違和感を感じる。
粘性のある物体がこびりついていた。
逡巡の後に、思い至る。
これは、
言い知れぬ感情に追い立てられ、周囲を見回すとそれはすぐに見つかった。
腹部を貫かれた巨大な蟋蟀の躯。
そして何時の間にか、重量の増えている傘。
傘布が陽光に透け―――――――
蟋蟀のシルエットが嘲笑う様に、ぶら、ぶら、と―――――――
ぎち、ぎち、ざざざ、ぶぶぶ、ざざざ、ぎちっ
はっきりと聞き取れるその音を認めた瞬間。
幽香の世界に、無彩色の群れが押し寄せた。
がさささ
ぞぞぞ ぞぞぞぞぞ ぞぞ
ぎちぎちぎ ぶぶぶ ぶぅん
がさがさがさが ざざざざざさざ
ぢぎぢぎぢき ぞそぞぞそぞそぞ
ぶぅんぶぅん きちちちちちちちち
ざざざざざざぁっ ずぞぞぞぞぞっ ぶぶぶぶぶ
ぞそぞぞそぞそぞっっ
ぢぎぢぎぢ ざっざっざっざっ
じぃじぃじぃじじじじ
ぎじぃっぎじじじじしぎじゅっ
きちちちちち
ぢぎぢぎぢき
色彩に溢れた草花はどこへ行ったと言うのか。
蠢きのたうつ無彩の蟲溜まりばかりが、幽香の眼前に広がる世界だった。
相も変わらず突飛なディティールばかりが際だつ白黒の蟲は、最早幽香に遠慮する事無く闊歩を始めている。
羽音が五月蠅い。
キチン質を擦り合わせる音が耳に触る。
互いに貪る咀嚼の顎音に悍ましさを覚える。
街道の半分以上は蟲によって覆い尽くされた。
歩けば蟲を踏みつける程に踏み場は無い。
「っ痛ゥ」
その上で何匹も、何匹も、幽香の皮膚を噛み千切ろうと這い上ってくる。
流石にこれを我慢する程幽香も甘くない。
弾幕の応用でまとわりついた蟲を吹き飛ばすと、ふわりと舞い上がる様に空を飛ぶ。
少し上空から見ただけでも異様さが解る。
そこかしこに群がる蟲、蟲、蟲――――――――
それでいて幽香の慣れ親しんだ幻想郷にはまるで干渉していない。
まるで二重に露光させた写真の様に、別の景色を無理矢理重ね合わせたかの様な違和感。
ぶぶぶぶぶ
鳶程もある蜂の様な蟲が幽香に向けて飛来する。
子供の腕ぐらい引き千切りそうな顎を、躊躇無く幽香に突き立てて来る。
「……大概にしておきなさいっ!」
そうなる寸前、蜂の頭部が幽香の蹴りで吹っ飛んだ。
腹部の突端の針を機械的に出し入れしながら、頭を失った蜂は切りもみになって地面に激突する。
それを目がけてまた群がる蟲。
悪夢以外の何物でも無かった。
いや、目が覚めるだけ悪夢の方が遥かに救いがある。
今までは見える期間も量も多くは無かった。
しかし既にこの状況が一時間以上も続いている。
見える蟲の量も時間が経つにつれ増えている様だ。
何か理解出来ない状況が、確実に進行し、侵攻していた。
そして解決法も見当たらない。
何より厄介なのは、先程から「本来の幻想郷」の認識が困難になってきていた事だ。
迷いの竹林に引き返そうにも、竹林である筈の場所は溢れんばかりの蟲だまり。蟲だけ器用に焼き払う様な力も持っていない。
この状況で異変を起こすなど、愚の骨頂だ。
かと言って紅魔館で文献をあたろうにもその場所の特定は更に困難を極める。
方向の区別も最早難しいのだ。
東西南北は太陽の位置で判別がつくが、知らない土地でそれが解っても意味がない。
まだ見知った景色の面影が重なっている為判断出来るが、それがこの蟲に埋め尽くされるのは時間の問題だ。
何よりも、今図書館に行ったとして、そこに蟲が溢れていないという保証は無い。
そう。
幽香の講じた対策は意味を成さず、確実に悪化していた。
それが彼女を更に苛立たせる。
ずきり。
頭の奥にまた痛みが走る。
何もかも吹き飛ばしてしまいたい衝動に駆られる。
(何を、考えているのよ!)
陰に傾いた思考を是正する。
闇雲に暴れた所でどうにかなる状況ではない。
幽香は一度深く呼吸し、周囲を見回した。
そして気づく。干渉していない筈の無彩の蟲と幻想郷の筈なのに、何故か蟲の密度に斑が出来ている事に。
街道よりも草原や森に位置する部分に大量に群がっているのだ。何故こんなバラつきが起こるのだろう。
考える幽香を余所にまた蟲が迫ってくる。
いや、今度の蟲には色がある。赤トンボだ。
久しぶりに「色」を意識した程に、無彩が景色を覆っていた。
10匹程纏まって通り過ぎる。
ぶぶぶぶぶぶ
先程と同種の蜂が、その一群を目がけて襲いかかる。
初めから相手になる様な体格差ではない。トンボは瞬く間に捕食された。
(……捕食?)
赤トンボは紛れもなく幻想郷の風景であった筈。幽香を除けば不可侵の筈の二つの風景が干渉した。
(何故蟲が……蟲?)
かちりと何かの歯車が噛み合った。
思えば無彩の蟲の群がる場所は、幻想郷にも数多いる有彩の蟲が多くいる場所ではないか。
(つまり……この蟲は幻覚ではなく……紛れもなく存在している!)
馬鹿馬鹿しい考えだとも思い否定していた。
これ程の量の蟲が、どのような手段で百鬼夜行の目を盗んで存在出来ると言うのか?
際だった文献にも触れられていない以上、幻想郷の実力者……恐らく八雲紫にすら発見されていないのだろう。
そんな高度な結界を個々が持っている?馬鹿馬鹿しいにも程がある。
生存本能しか持たない末端の蟲に、結界術が使えるものか。
然れど。
ではこれは何だ。
これは何だと言うのだ。
外界における自分達妖怪と同じく、見えず、触れず、感じられない。しかし確実に存在する蟲達。
名称し難い感情が、奥底から少しずつ、少しずつこぼれ出す。
ジジジジ
ケロイドの様な瘤が頭部に散見する蝉の様な蟲が、口吻を幽香に突き刺そうと飛来する。
幽香は動けなかった。
気付いていなかった訳ではない。
何時以来かの純然とした「恐怖」にあてられていたのだ。
どすりと鋭い音。
右肩から脇にかけて。口吻が深々と貫いていた。
幽香は一言も発さず、ぽかんとした顔をしてそれを見る。
「……え?」
感じたのは痛みよりも驚き。
たかが蟲にここまで接近を許し、あまつさえ手傷を許す。
あるまじき、失態だ。
「あぁ」
溜息ともつかぬその声と共に、張り付いた蟲が跡形もなく弾け飛ぶ。
そして、深々と刺さった口吻をずる、と引き抜いた。
「ふ……ふふふ……」
『恐怖』等と。
それは人が妖怪を恐れるのと同じ事。
妖怪が恐怖するなぞ、
「日和過ぎたわね
体液が吹き出す間もなく傷は癒え、幽香はゆっくりと地面に降りた。
「敵ね、貴方達。単純な事だったのよねぇ」
張り付いた笑みから滲み出るのは、怒気か殺気か、或いは。
「駆除、しないとね」
歪な笑みを湛えた幽香を中心に、地面がぞぞ、と盛り上がる。
溢れ満ちる、華。
現れたのは膨大極まる花の群れ。
蟲は身動きもとれずに飲み込まれる。
花弁は刀剣の如くに蟲を切り裂いていく。
切られ、斬られ、一様に断面を晒して。
茎は鞭の様に蟲を嬲ってく。
砕かれ、撒かれ、一様に飛沫と化して。
根が次々に蟲を浸食していく。
貫かれ、穿たれ、一様に養分を吸い上げられ。
幽香を中心として、放射状に花が広がってく。
既にそれは花畑と言える代物ではない。
蟲の躯を喰い潰しながら侵攻してゆくその様は、最早明確な侵略行為であり――――――
万では遥かに及ばぬ躯の上に広がるそれは、花の帝国と呼ぶに相応しい。
一方的な蹂躙が続く。
地平の果てまでが花で覆われると、幽香は満足した様にその手を止めた。
花に満たされた世界の色は、正常で清浄だ。
安堵と共に幽香はその頂きに腰を降ろす。流石に少々力を使い過ぎたが、ここ最近の悩みのタネを一方的に駆逐したのだ。
初めからこうしていれば良かったとも思えてくる。
流石にこんな広範囲に能力を使っては霊夢や魔理沙も駆け付けるだろうし、幻想郷の実力者も黙ってはいまい。
しかし今はとにかく心地が良かった。
「はっ……はははははは」
喉の奥から自然と笑いが込み上げる。
どうと言う事は無いのだ。自分が本気を出せば取るに足らない相手であり、何も焦る必要は無い。
自分は強い。今の行為で実証された。
「あははははははははははっ」
だから直ぐに、この頭痛も収まる。目の奥に広がる熱さだって消える。
私は正常だ。正常なんだ。
心に言い聞かせる様な強い思い……いや、願いは、しかし虚空に散っていく。
目の奥からじわりと広がる痛痒を、幽香は認めようとしなかった。
それは即ち―――――
幽香がこの一連の現象の中で初めて明確に行った「逃避」だったのだろう。
世界を見渡せば、最早彼女の知る幻想郷は、既に何処にも無い事に気づいた筈なのだから。
じゃじゃじゃ
ざざざざざざざ
がざざ
じじじしじじじし
ざざざざざ ぞぞそぞそ
どどどどどどどどどどど
がざざ がざざ
ずぞぞぞぞ
ぶぶぶぶぶぶぶ
幻聴とも付かない羽音や蠢動―――――
地平の果てから迫る海嘯の如き畝り―――――
最後の変化が訪れたのは、それらを認めた直後だった―――――
景色が歪む。
全てが捻くれていく。
赤も、青も、黄色も、緑も、紫も、オレンジも。
全てがないまぜとなったペンキをブチ撒けた様な景色が押し寄せ続けた。
数秒か、数分か。或いは数時間だったかもしれない。
時間の感覚も忘れる程に暴力的なその光景に耐えられたのは、一重に幽香が妖怪だったからに他ならない。
だが。
「……」
それが止んだとき。
「……あ……」
幽香の目前に広がっていたのは
「ひ……あああ……あ゛あ゛あ゛!!!!」
それは赤ではない。
それは青ではない。
それは黄ではない。
緑でも、紫でも、橙色でもない。
そして白でもなく、黒でもない。
幽香の知らない、未知の極彩色が視界を覆っていた。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー、う゛あああ゛!!」
まるで、気狂いの様に、のた打ち回る。
どの様な凄惨と悲惨を前にしても、決して出すことのなかった悲鳴を、呻きを上げながら。
こんな色は知らない。
知らない!
自然界に存在するあらゆる色も、元を辿れば三原色と明暗の白黒から派生している。
その他に色がある訳がなく、あって良い筈が無い。
「ひいっ、がっあああ゛゛あ゛」
では今目の前にしている、この色彩は、何だ。
プリズムの七色から遠くかけ離れた、説明すら儘ならない此の色は!
見ているだけ。
ただ見ているだけだと言うのに。
存在する筈の無い色は強烈な違和を伴ない、幽香の思考を摩耗させていく。
逃避すら覚束ず、対処も出来ない。
瞼を閉じようと、視界は闇に閉ざされない。
色に、殺される。
ぞ、ぞぞぞそぞぞぞっ
その、色が突然蠢く。
細かい判別がつかない。
遠くなのか、近くなのか。
焦点と明暗で判断するしか術が無い。
混乱と不快さに避ける事すら忘却し、幽香はその色に飲み込まれた。
途端、全身に鋭い痛み。
細かい粒の様な何かが、幽香の全身に食らいつき、皮膚に潜り込もうとしている。
「あ゛、あ゛、あ゛ぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
恥も外聞も無かった。
絞り出す様な悲鳴と共に、幽香は方向すら定まらぬまま駆け出していた。
ざざっ……ざざざ……
背後から、蠢く何かが追ってくる。
からだのあちこちを何かが苛む。
「ひぃっ、ひぃぃ、いいぃぃ」
……ざざ……ざ………………
後ろから追いすがる音が消えても、まだ幽香は走り続けた
認めたくもない、狂った原色の世界を。
自らが咲かせた花は、既に何処にも見えない。
あるのかも知れないが、全てがこのどうしようも無い『色』で覆われ、探す事すら儘ならない。
走れば走る程に違和感はいや増し、頭の奥に蓄積していく。
「ぜっ……はっ……はっ……」
過呼吸気味に足を止めると、皮膚が灼熱感と共に波打った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」
襲ったそれは焼け付く様な痒み。
もどかしさを通り越した痛痒。
皮膚が引き千切れる程に掻き毟ると、皮一枚下から粒状の何かがこぼれ落ちる。
際限無く溢れるそれが、細かく蠢き、再びその身を震わせながら、もぞりもぞりと足元を登ってくる。
そして、注意して明暗を見分ければ、それはあの。
幽香の前に現れ続けた、無彩色の蟲達に似て……いや――――――――
色さえ除けば
明確に。今度こそ明確に
全身に襲う、痛みすら伴う壮烈な痒みすらかき消す程に。
恐怖が、幽香を、塗り潰す。
「嫌ァァァァァアァァッッッ」
がりがりと。
肉が削げ落ちる程に。
毟る。
散らばった肉片に混じった蛆状の蟲がもそもそと這いまわり、その中に潜り込もうとしている。
それを乗り越えて押し寄せる線虫は、靴の隙間に入り込み、爪と皮膚の間に、自らを潜り込ませる様に、生きた体にする。
痒みと共に這い登り来るその感触。
怖気と寒気のプールに浸かりながらも、痒みが益々増して行く。
皮膚を毟れば、こぼれ落ちる蟲、蟲、蟲。
ふふぶ
がさがさ
ざざざ
ぶぅんぶぅん
半分も掻き出さぬ内に。
ぎぢきぢ
ざわさわ
わさっわさっ
ぎぎぎぎ
周囲を囲んだのは、また蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
僅かにある、「既知の色」で判断した距離感。
遙か向こう、大きく種類の異なる色で区分けられた稜線が地平であるならば、その向こうまで続く蟲の群れ。
その下に僅かに見える、幽香の知る懐かしい色は、さしたる労苦も無く踏み砕かれた自らの帝国に他ならない。
そして、常軌を逸した色彩の蟲は、何れも、あの無彩の蟲達と一致していた。
それだけではない。
時折稜線を乱し、大地を揺らすあの不愉快なマーブルの蚯蚓。
真紅よりも鮮烈なあの色の蝶。
黒より暗いあの色の塔
全て夢で見た物ではないのか。
或いは、夢ではなかったのか?
そんな事を考える余裕は、最早幽香には無かった。
「……寄るな!近寄るなぁっ!!」
髪を振り乱し、優雅さの欠片も無い弾幕を展開する。
岩盤ごと蒸発した蟲は、補色の境界のギラつきの様な、やはり未知の色の蒸気と共に消滅していく。
「個」としては圧倒的に幽香の方が優勢ではあった。しかし。
凶悪なまでの攻撃に反して、その顔はどこまでも怯え、竦んでいた。
そして……如何に幽香が妖怪と言えど、その様な無茶な攻撃が何時までも続く筈が無い。
「はぁっ、ぜっ……はっ」
疲労と、それ以上に溢れる恐怖を顔から溢れさせ、幽香はがく、と膝をつく。
ざざ……ざざざ……
消し飛ばされた蟲を踏み越え、それ以上の蟲が迫る。
何よりも不愉快な、理解出来ない「色」を伴って。
「やめて……来ないで……」
消耗し過ぎたのだろう。傷の再生すら満足に行えていない。
哀願にも似た呟きを漏らし、幽香はただ震える。
そして。
地平の向こうから、ゆっくりと盛り上がる影。
蟻塚が、まるで出来の悪い積木細工の様な巨体。
四脚の末端に雲が霞む異様。
巨大と言う言葉すら霞む、その蟲。
体表に揺らめくその色は最早、幽香の強靭な精神をもってしても正視に耐えうる物ではなかった。
その存在は、まるで異物を見つけたかの様に幽香を見据える。
光沢がありながら全く艶の無い、矛盾した色の複眼を直視した時。
狂気に沈む寸前、幽香の最後の理性が、迫り来る蟲の腕に一筋の閃光を放った後。
「あ……はは……はははははは……」
その白磁の様な指を。
自らの双眸に――――――――――――
視界が正常な赤に染まり、安堵と共に幽香は意識を手放した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……っぐゥあっ」
全身に集られた感触が、皮膚の上を下を這い廻る感触が、凄惨なまでの痒みが。
残酷なまでにリアリティを伴って目の前に襲い掛かった。
「っぐぅぅぅぅぅぅっ!!」
こみ上げる吐き気、焦燥、名称し難い恐怖。
濁流の様に押し寄せるそれを、しかし幽香は堪えた。
「はっ……はァ……ア……」
大妖怪としての意地か、矜持か。
目を限界まで見開き、滴る程に脂汗を滲ませながらも、何とか息を整える。
永遠亭の一室。
そう、もうあれは過ぎた過去の事。
だと言うのに現実以上の臨場感を持ったフラッシュバックは、余りにも強烈だった。
「成る程、ね」
聴き終えた永琳の頬を一筋、たらりと汗が流れていた。
「原因でも、解った、の……?」
「仮説になるけれどね。その前に質問させて。踏み入れた場所で見た「埒外の色彩」はまだ認識出来ている?記憶として思い出せる?」
「どういう事……」
そう言われて、今一度思い起こす。
愕然となった。
体の至る所を蝕まれ、無様に逃げ、ついには自らの目を抉り出した場面まで今や鮮明に思い出せる。
しかし、あれ程違和感を覚えた「色」は、記憶から完全に抜け落ちていた。
思い起こされるの唯々味気の無い無彩色であり、あの異常な色の情報だけがぽっかりと抜け落ちている。
あれはどんな色だったか?
何故ああまで恐怖に苛まれたのか?
全く思い起こす事が出来ず、ただただ強烈な異物感と、「ありえぬ色彩」と言う記号的側面しか思い出せない。
「な、ぜ……?」
「恐らくは、もう認識が出来なくなったと言う事」
呆然とする幽香に対し、永琳は居住まいを正す。
「どう説明したものかしら……さて――――――――」
さて、困ったわね。
「雲を掴む様な話」なんて言うけれど、貴方の身に起こった事に比べれば随分と容易く解せそう。
体験した貴方自身に説明する事すら難しいのよ。多分に仮定、仮説も含んでしまう。
それでも良い?まぁ、そうでしょうね。
回りくどい話になるけれど、そうしないと説明が難しいから、我慢して頂戴。
……ええと、貴方は普段周辺……『世界』を認識する際に使っているのは何?視覚?いいえ、貴方は『人間の花に対する想念』から派生した妖怪。
視覚そのものに関しては人間とほとんど同じか、せいぜい視力が優れている程度。夜目が効くとかね。あくまでも三原色の中で生きている。
他にも聴覚、嗅覚。色々あるけれど妖怪である貴方は違うのじゃなくて?
五感はさして重要ではない筈。もっと全体的で精神的な感覚。
第六感。理に束縛されない、超感覚の類。
まあ、「妖怪」と言う怪異の塊である以上、当たり前の事よね。
でも……ね。
その第六感と言うものが、今回枷になったのだと思うわ
本来、受容する感覚に上も下も無く、その優劣はあくまで主観に寄るもの。
第六感を否定している外界の人間を愚かと嘲るのは簡単だけれど、これは幻想郷にいる者にも言える事だったようね
ああ、馬鹿にしている訳じゃないわ。
むしろ、自戒しているのよ。
視覚は基より、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に到るまで、私たちが感じているのはほんの僅かな範囲。
そしてそれは第六感にも言える事。
針を通す様な穴から覗いた風景を見て、『これが世界の全てだ』と言っている様なものなのよ。
結論を言うと、貴方が体験したのは恐らく、幻想郷でも外界でもない。「視覚」を発展させた存在のみが住む事を許される……そんな場所よ。
要領を得ない?
ふむ、例を上げないと判り難いかしら。
……また少し回り道になってしまうわね。
ナミアゲハと言う蝶がいるのだけれど、彼らの原色は『紫外線、紫、青、緑、赤、暗赤』の六種類。
海に住む蝦蛄と言う生物に至っては、十六種類もの色覚を持っている。
そして彼等がその色をどう受容して、どんな世界を見ているのかは、三原色に生きる私達には見えないし、感じられない。
『見たことの無い物を想像しろ』と言ってる様な物ね。知覚するのに必要な前提が抜けているのだから当然の事。
貴方はそう言う、重なる事の無い……『前提が無い為に見ることが出来ない世界』と干渉してしまった。
踏み入れてはならない、私達幻想に生きる者達から見て尚『異界』と呼べる領域に。
同一軸にいるけど互いに干渉する事が出来ない、幽霊の様な世界……と言うのは何とも安っぽいけれど。
ああ、焦らないで。
その『知覚の為に必要な前提』は、何処から生まれたか、と言う事でしょう?
恐らく、優曇華院の瞳の影響。
幻覚ではなく、波長を操る力の根本的な部分が作用して、別の者の受ける波長……つまり『別の存在の感覚を受容する』と言う状態を引き起こしたのでしょうね。
要するに、貴方は近くにいた『何か』の感覚を、本来の感覚情報とは別に受け取る状態になってしまったの。
この『何か』に関してはとりあえず置いておいておきましょう。
……ウドンゲの事は許してあげて?
悪気があった訳じゃないと言うのは、貴方にとって理由にはならないかもしれないけれど、毒の塊の様な状態になってた貴方の処置をしたのは彼女なのよ。
彼女自身も毒気に当てられて寝込んでいる。
今更どうする気も無いって? ああ、それを聞いて安心したわ。
それじゃあ続けましょうか。
重複が起こって暫くは、元の感覚器官からの情報の方が大きかった様ね。
従来の感覚の隙間を縫うように断続的な認識の上、明暗しか知覚出来なかった様だし。
何故それが、時間を追うごとに進行していったのか。これも、対象が貴方だった事に寄る不運と言うべきかしら。
仮にこの状況が只の人間に起こっても、貴方程の変化は無かったと思うわ。
視界の上下が反転する眼鏡をかけて生活する、と言う実験があるのだけれど、普通の人間でも数週間でその環境に適応してしまうの。
仮定に仮定を重ねる様だけど、その重複した感覚に、貴方自身が適応してしまったと考えるのが妥当でしょうね。
肉体にかなりの自由が効く貴方達妖怪だもの、体が適応する事もあり得る事だわ。
ウドンゲが術を解いた後も症状が進行していたのは、その時点で既に『見るための基礎』が出来てしまっていたと言う事でしょうね。
恐らく、肉体に何か別の器官が出来ていたと見るわ。
精神要素の強い妖怪の貴方が、肉体側に影響された原因は実際にどう言った器官が出来ていたか詳しく調べてみないと解らないけど。
それから、私達が普段見えている蟲―――紛らわしいわね。「こちら側の蟲」とでもしておきましょうか―――に「あちら側の蟲」が干渉していた件も疑問が残るわね。
これに関しては、ある程度の仮定はできるわ。
「こちら側の蟲」と「あちら側の蟲」は普段干渉していないか、していても非常に限定的なんでしょう。
但し、私達「人間か、それに近い思考を持つ存在」よりも遥かに干渉し易い状態にある。
もしかすると、漠然と靄のように互い認識出来ているかも知れない。
その狭間でどちらにも干渉し得る蟲もいるかもしれないから、明確な線引きは出来ないでしょうけど。
そこに「貴方」と言う、明確にあちら側を認識出来る者が介在した事によって、他の蟲の感覚も引っ張られた。
貴方が「認識」した事によって、貴方の周囲において、こちらとあちらの蟲が干渉しあえる様になってしまったのね。
スプーンや傘、地面なんかの「物」への干渉に関しても、貴方の認識が続いている範囲では、両方の界に干渉していた様ね。
初期段階では、絶命した蟲が消えてしまった様に、不可解な波があった様だし……生死の状態で、認識に何らかの差があったのか、或いは貴方の常識が投影されていたのか。
調べれば、貴方の周辺で他の変化もあったかも知れないわ。
まあ、とにかくそれらの要因が重なり合い、感覚はどんどん「あちら側」に引っ張られて行った。感覚器官もあちら側に適応していく。
そしてついには完全に「あちら側」と同期して、見えぬ筈の色彩を理解出来るに至ったと言う訳。
……目を抉った事は、正解よ。
それによって、体に発生した器官も諸共に壊れ、視覚は正常に再生された。
貴方はこちらに戻ってこられた。
……辛くも、偶然によって、ね。
「偶然……」
説明の最後に加えた言葉を咀嚼し、理解した瞬間、ぞわりと、幽香の背に生寒いモノが走る。
狂気によって永らえた様な物ではないか。
そしてそれすらも、薄氷を踏む様な、酷く危うい偶然によって成り立ったもの。
常ならば屈辱を受けたと憤るべき所。
だと言うのに、幽香の心に占めていたのは、安堵と、そして得体の知れないあの世界に対する不安だけだった。
それを証明するかの様に、永琳の表情が優れない。時折浮かべる笑みも普段の底の知れない笑みではなく……酷く乾いた作り笑顔だった。
多弁になる事により、湧いた不安を押し殺そうとしている様な、そんな顔だ。
「でも、でも……待って。一つ重要な説明が抜けているわ」
思い出した様に、幽香が言う。心に満ちた恐怖を少しでも払拭したい。そんな思いからか、彼女の声は何時になく憔悴したものだった。
「近くにいた『何か』の感覚を、本来の感覚情報とは別に受け取る状態になった……と言ったわよね。あんな感覚を持った者が、何処にいると言うのよ?」
懇願する様な視線の先、永琳はその視線を、部屋の一角にゆらりと向ける。
「……いるじゃない、貴方の、直ぐ横に」
永琳の視線の先。
そこには、未だにくうくうと寝息を立てるリグルがいるだけだ。
「……巫山戯てるの?」
「冗談を言ったつもりは無いわ。彼女の性質と、今までの説明。併せれば答えは出て来る筈よ。 ……さて」
永琳がゆっくりと腰を上げる。
既に先程までの様な、翳りのある表情は消えている様だが、あくまでも表面上の印象でしかない。
「食事を用意させるわ。曲がりなりにも貴方は入院患者だもの。他にも細々やる事があるし……戻るまで考えてみると良いわ」
そう言って、反論も許さずに部屋の外へ消えた。
幽香にしても、漸く体のあちらこちらから響く訴えを思い出し、無理に起こした体を横たえる。
ずきりずきりと体のあちこちが痛む。
しかし、むしろこの痛みが、あの異常な光景を、少しとは言え打ち消してくれる。
ともすればじわりと想起されるあの違和。
記憶からは抜け落ちているものの、あの色に相対した時感じた忘れ難い、圧迫する様な違和感は未だに幽香の奥底に根付き、蝕み続けていた。
「んん……むにゃ」
傍らで、そんな事はまるで我関せずと眠るリグル。そろそろ眠りも浅くなりつつある様だ。
この顔を見ていると、あの異常な世界が、性質の悪い夢の様に思えてくる。
(全く……)
笑ってしまうほどに、この娘は弱く小さい。
そしてその癖、お人好しだ。永琳の言葉が正しかったとすれば、妖怪でも目を背ける様な状態の自分を、ここまで運んで来た事になる。
「何が蟲の王だか」
頬を、つねらない程度に摘む。少しくすぐったそうにしたが、起きる気配はなかった。
蛍の妖怪。蟲の王とは名ばかりで、地位向上に必死な小さな妖怪。自分の感覚で見たリグルはそんな存在だ。
どう考えても、あんな異常な世界と関わりがあるとは思えない。
時折、用事を思い出すかの様に何処かへ向かう時の、彼女の顔を思い出す。
小さな体いっぱいに使命感を満たし、遠慮がちに断ってその場を去る。
その顔に浮かんでいたのは強い意志と……
ぎちっ
(……!?)
思い出されたその顔。
仮にあの世界に巻き込まれなければ、気づく事の無かった微かな『ずれ』の様なもの。
知っているリグルの表情の影に、僅かに……
その側面に、理解し難い何かを内包していなかったか?
月兎は自分を治療し、残留した毒に当てられ寝込んだらしいのに。
何故自分を運んで来たリグルは、さしたる影響も無く眠っているのか?
そして、永琳の言葉を思い出す内に……思い出すべきではない記憶が、じわりと鎌首を擡げる。
―――ナミアゲハと言う蝶がいるのだけれど、彼らの原色は『紫外線、紫、青、緑、赤、暗赤』の六種類―――
一つの蟲にしても、人の倍の色覚を有する蟲がいると言う。
―――蝦蛄と言う生物に至っては、十六種類もの色覚を持っている―――
ならば。
無数に、数え切れない程生息する。
未だ全容明らかにならぬ、蟲の。
その王が見ている世界とは、一体―――――――――――
途端、あのざらりとした感覚が押し寄せる。
臓腑の奥から込み上げる、解消することの出来ない圧迫感が。
「まさ、か」
否定の言葉を続けようとして、しかし幽香は口を閉じる。
考えてみれば、リグルの蟲妖としての活動を、詳しく知っている訳ではないではないか。
蟲妖と花妖。接点があるとは言え、互いの領分に踏み込み過ぎるべきではないと言う、不文律。
その実、律によって、救われていたのは。
(私の方、だったと言うの――――――?)
そして記憶は更に遡る。
―――重力ってのは他の力に比べてやけに弱いんだとさ―――
蟲は、この幻想郷において、取るに足らない存在と蔑まれている。
しかし、それはあくまでも「観測出来ている」範囲での話だ。
―――力の一部が全く別の場所に逃げてるんじゃないかと言う話なんだ―――
もしかすると、蟲の支配する領域は、自分達が定義している『蟲』の範囲よりも遥かに広いのではないか。
私達が普段見ている領域は氷山の一角で、蟲の感覚の先にこそ、彼等の真の王国があるのではないか。
そうして、人も、妖怪すらも取るに足らぬと、嘲笑しながら、蠢き、繁栄している。
自分の見た、あの常軌を逸した色彩の世界こそが正に――――――
ふと。
眠るリグルの指の先に、絆創膏が貼られている事に気づく。
常ならば気にもならないその小さな傷。
しかし、幽香は何故か結びつけてしまう。
あの、天を衝く巨蟲に、放った一閃。
狂気に逃避するそのほんの少し前に穿った一閃。
仮に、当たっていれば、丁度あの辺り。
(馬鹿馬鹿しい)
あれと、この娘を同一視するなんて。
(馬鹿馬鹿しい)
何故こんな、気分の悪い汗が流れるのか。
(馬鹿馬鹿しい!)
思い込もうとしているのは明らかだった。
早鐘の様に鳴る鼓動が、制御出来ない。
体をうぞうぞと這い回る蟲の記憶が蘇る。
そして何よりも尚、自らの双眸を抉り出すに至った、あの蟲の色。
思い出せないとは言え、その強烈な違和感だけが、体を押し潰す様に―――――――――
「ひええっ!?」
間の抜けた声に、幽香は現実に引き戻される。
手元を見ると、涙目になったリグルが飛び起きていた。
「うー、いたたた……」
摘んだ頬をいつの間にか酷く捻りあげていたらしい。
「……あ、幽香っ!体もう大丈夫なの!?どこも痛くない!?」
「え?あ……こ、こら、やめなさいって!」
「良かったぁ……良かったよぅ……」
そう言って百面相を披露した後、泣き笑いになりながら幽香に抱きついてきたものだ。
まだあちこち痛む体に、お構い無しに。
「……もう」
必死に、己が身を心配してくるリグルは、やはり妖怪らしからぬお人好しだ。
その必死とも見える顔を見てとれば、あれ程に幽香を苛んだあの違和感も、何処かへと霧散して行く気がした。
そうして幽香はリグルを胸に抱える様に、優しく抱き返す。
「わ、わ!?」
「動かないで、傷に響くんだから」
「あ、ごめん、なさい?」
疑問形で返すリグルに苦笑しながらも、幽香は今一度あの『場所』を思い起こす。
恐怖や焦燥が綯い交ぜになった感情の激流。
ぐらぐらと、天地が逆になる程の不快感。異物感。
穿たれた傷は深い。
しかし。
幽香は漸く、それを逃避せずに、真正面から見据えた。
仮に目の前にいる者が、その内に如何なる物を抱えていようとも。
例え、自らの目が、耳が、ほとんど盲であり、その本質に届いていないとしても。
今、この胸に抱いた温かさは決して、偽りなどではないのだ。
「ありがとうね、リグル。これからも、その、適当に宜しく頼むわ」
流石に、殊勝が過ぎただろうか。
リグルが目をぱちくりとさせている。
気まずい。
そう思った瞬間、リグルはふわりと、顔を綻ばせた。
「勿論!」
そして、幽香も呆れるくらい、力強く返した。
俄然やる気を溢れさせ、リグルは「換えの包帯貰ってくるね」と部屋を飛び出して行く。
一人部屋に残った幽香は、再びベットに体を横たえる。
もう一眠りすれば、体も全快するだろう。
そしたら、明日にでもリグルを連れて、もう一度あの店に行こう。
あの娘がミルフィーユを上手く食べられるのか、実に見物だ。
困った顔か、悲しそうな顔か。それとも挑む様な顔か。
そんな事を考えただけで、自然に幽香の顔は綻んだ。
微睡みの中に、耳障りな蟲の音はもはや聴こえない。
―――――――――ただ遠く、少し早い鈴の音が、りぃんと―――――――――
二人ともとっても可愛いからな。
一年ちょっとぶりになります。
一昨年の秋辺りに思いついて煮詰めていたら、煮詰まり過ぎて煮凝りになった様な……
精進が必要ですね。
今回は和風ホラーと言うよりサイエンスホラーになりましたね。
幽香の怖がる物を考えてて、まさかシャコがヒントになるとは思いませんでした。
あれは本当に地球の生き物なんでしょうか。体重100㎏のシャコがいたら間違いなく鯱を捕食すると思います。
それでは楽しんで頂ければ幸いです。
次は以前書いた秋刀魚のノリでホラーではないのを。
一年後くらいに。
カゴメカゴメはすとんと読めたのですが、今回のはなんだか、
独自理論に突っ走り過ぎで取っ掛かりが取れないというか。虫を贔屓し過ぎなような?
感覚器が違うというなら違う世界を見てそうな妖怪はいっぱいいそうですがね。
ホラーとしての演出でしょうけど、その点、見た目重視で説得力に欠け、
怖さと演出が不快感にしかならず、残念。
生半可な作品ではない分、感想が逆ベクトルに行くと、半端な点数が付けがたく、10点とさせてください。
異次元の一つに、花の妖怪が誤って入り込んでしまった、といった所でしょう。
今回は言うなれば虫の位相でしたが、ひょっとするとあらゆる……やめましょう
たとえば、ですが
夢の位相に人間が干渉する器官を有してると考えられるのでしょうか
たとえば、ですが。
魔法使いとは魔法の位相に干渉できる器官を持ったものと考えられるのでしょうか
たとえば、ですが
とある時間の位相に干渉できる器官を有する人間がいるならば
その人は、その器官を持たないものにとって、あたかも時間を操っているように見えるのでしょうか。
恐怖なんて生温い未知が、すぐそこにあります。
その存在を知る。それはすなわち、「あちら側」に僅かに干渉する。
最高の悪夢をありがとう。
ずれた位相の世界ですか、面白かったです
本当に面白いSSでした、
クセになりそうです。
流石の最強も物量には敵わないか。
あと所々誤字が気になったのが残念。百連→白蓮。
…あ、幽リグには私も賛同です。
誤字を考えると五十点を
誤字を直せる媒体なので百点を
感じれぬ虫がいるならば、感じれぬ花々も御座いましょうか
ご馳走さまでした
以前、紫が軸の違う世界の境界を渡り、認知不能な隣の世界を体験する話がありましたが、紫の知覚する世界はかなりおどろおどろしてそう
授業中に見たのは失敗だったようで、かなり見入っちゃいました
虫とホラーが大好きな自分にとっては一度で二度美味しい話でした
ただのフィクションと笑い飛ばせない恐ろしさが感じられます
たかが蟲と甘く見てはいけませんね
いや、でも本当に怖かったです。
虫、虫、蟲と、おぞけの走るお話でした。
そういえば次世代DVDプレイヤーの開発にシャコの目を応用する研究がすすめられているというニュースを見たことがあります。
モンシロチョウの雌雄も人間の目ではあまり区別ができませんが、紫外線を知覚出来る蝶ははっきりと区別できるようです。
昆虫たちは、人間も妖怪ですら届かない世界を見ることができる。そう考えると、現実も幻想も「本当に」席巻しているのは虫たちなのでしょうね……。
面白いお話をありがとうございました。
とかゆかりん辺りなら言いそうだなぁ。うー怖い怖い。
でも永琳の気持ちはよく分かる。視れるもんなら視てみたい。しかし……
ふと『存在しない蟲が視える』精神病患者の話を思い出しました。
我々は彼等を狂人と表しますが、実は彼等の方こそ世界の真の姿を視ている『健常者』なのかもしれませんよね。
ま、疑い出したらキリが無いから適当なところで思考停止するのが吉ですけど。
幻想郷の住人は例えどれだけ弱小といわれていてもみんなこれくらいの底知れなさは内包してていいと思う
この話はリグルが、というより絶対に感じ得ない別の次元の話なので、やっぱり違う種族の妖怪ならその妖怪(種族)独自の世界があったりするのか、だとしたらどんな、とか色々膨らんでオラわくわくしてきたぞ!
なぜか知らんけどリグルは賢ささえどうにかなればすごく強いんじゃないかと信じずにはいられない
ホラー系を読んだのは久しぶり
面白かったです
人間には聞こえない周波数帯域があるように、
人間には見えない色もある、か
解らない何かがあったらとにかく追求し、真理を追い求めるのが知識を持つ人間なわけですが、それは常に危険と隣り合わせであるという事を忘れてはならない。
ましてやそれがまったく無防備な精神に対して起きたとなれば……おお、こわいこわい。
ともかく、花と蟲という切っても切れない存在を扱ったサイエンスホラー、しっかりと堪能しましたです。
勿論幽リグもジャスティス
なんとなく「天使の囁き」を髣髴とさせる恐ろしさですね・・・。
ホラー自体を読むのが久しぶりだったのでとても楽しめました。
そして幽リグはいいものだ。異論など認めない。
身体中が痒くなる感覚に陥ってしまった。
ですが、導入部分といい、幽香が狂気に近い感覚に陥っていく進め方は、
虫に対する嫌悪感を上回るほどでした。
久々にホラーといえる物語を読ませてもらいました。ありがとう。
じゃあ人間が見ている蝶の姿ってなんなの? という疑問。
彼らが自分たちの感覚器官で捉えた世界でコミュニケーションをしている、というのは分かる。
その世界がヒトの視覚では捉えられない、というのも理解はできる。
だとしたらなぜヒトの目で見た彼らの、その羽根に浮かぶ紋様があんなにも美しい必要があるのだろうか?
実は彼らの姿は美しくなんかなくて、それどころか醜くさえなくて、
ハナから人間に見られることなんぞ歯牙にもかけていないその存在に怖れを感じないように、
彼らを「美しい」という無害な領域に押し込めようとヒトが自らの感覚を発達させただけなんじゃないかなー。
とか考えてしまうようなお話でした。ホラーというよりSFとして評価したい。
しかも幽リグか。ごちそうさまだぜ。
いい感じにゾクリときました。うの人の絵柄で脳内再生されたのは自分だけじゃないはず。
見えているレイヤーがちがう、というのもしっくりきますね。
読み物としてとても面白かったです。
凄いとだけ。
リグルおっかねぇ・・・。
最後の「・・・駄目、だよ?」になんか既視感ががが。
何だったんだろう。
うどんげ、やっぱお前の能力強すぎるわ。
そしてこんな人知の及ばぬ次元を旅して回ったゆかりんの強さも異常。
それでも読むのをやめることができない。
正常人とは別の感覚世界を見る何がしかなのだろう。
・意外(複数)・自信(複数)・不審な物はは・再会・程度大きさでは・地面にに・「物」のへの・幻想郷おいて・消こえない
幽香と白蓮の会話も良いなぁ。新作キャラとの絡みが見れたのは嬉しい。
誤字が多いのが勿体無い。
怖い怖いと思いつつ、途中でやめたほうが後味悪い気もして、最後まで一気に読んでしまいました。
「第七の感覚」の描写は、いい意味で心地よくありませんでしたが(笑
なまじ力があって、本能的恐怖と向き合うすべも心得ている幽香だからこそここまで苦しむことになったのかと思うと、かわいそうにも思えますね。
含みはありますけれど、事態を収束させてくださって、ホッとする読後感です。
その最たる理由は、嫌悪や畏怖からくる忌避の願望なのだろう。
花は虫を怖れつつも、結実のためには虫の力を借りなければならない存在……
とするなら、幽香もまたリグルに対して淡い敵視を抱いていたのかもしれないね。本人が自覚してたともかく。
今回は彼女の内に形成されていた情愛というフィルターが、鈴仙の能力で狂ってしまった結果なのかも。
まあ、傷は再生されるとき元の状態よりも強くなるものだから、幽香とリグルの結び付きも今まで以上に強固になりそうで良かった。
それにしても、げに怖ろしき物語よな。
寝惚け紫様に悶絶して残機全てを刈られるとは思わなんだ……。
タイトルが読めません……(´;ω;`)
なんというか感情的な「怖さ」ではなく、
自分の根源をガリガリと削られるような「恐怖」を感じます。
地球上で最も繁栄しているのは昆虫・虫だなんて話も聞くことがありますし。
自分以外のモノが見ている世界を見たいか、
と言われると見たいのですが、これは絶対に御免被りたい。
あと、余計かもしれないですが、
タグに
「グロ注意」「お食事中無理」「心臓の弱い方は退避」
など如何でしょうか。
ふう。
もしかしたら、今現在私たちが見ている70万種もの虫たちは位相のズレを突破(あるいは逃げてきた)虫なのかも知れませんね
クトゥルー神話のオマージュぽく感じた部分がありますが
実際原作よりこちらのが好きですねい。
感性の差なんでしょうか。海外ホラー小説は怖くないの法則。
どんな色だったんだろう。
理解できないものこそ恐ろしいとは言うが
むしろ理解してはいけないものなんだなー
正常に戻った後も、あの世界はどっかにあるってのが凄く好きです。
人間も、本来の姿は狂気を催すほどに恐ろしい
ってのは『ヴェールを剥ぎ取る者』ダオロス様だっけ。
が、いつもより長くなった分、冗長になってしまい、
氏の作品特有の緩急の付いた恐怖の描写が薄くなってしまったように思えます。
厳しい評価ですが、これまでの氏の作品と相対的に評価して、この点とさせてください。
ただタイトルを「むしむしごーごー」と読んでしまったのがなんともいえません
魔法使い4人組の会話は何かの伏線だろうなーと思いながら読みましたが、
先が読めずに読み終えました。
あれも、興味本位で薬を使った別の科学者は恐竜に喰われて終わったわけですが……こわいこわい。
シャコはマジで宇宙生物過ぎるwww
あとグロくて怖くて後味悪いのに健気で可愛いリグルが可愛すぎて生きてるのが辛い。
獄上(誤字に非ず)のサイエンスホラー、ごちそうさまでした
活きの良い蟲を詰め込んだ包みを忍ばせました
ナイフを入れて躍り食いをお楽しみ下さいみたいな
上手く言えませんがおしいと思いました。
独自設定と要所要所の演出が面白かったです!
蟲の世界の可能性を見た・・・あちら側と干渉するのは絶対お断りですねw
坂、崎、境、岬。それら異界との境界も、身近である不可怪の線引きとして纏わる畏怖だったようです。
幻想が幻想としてたどり着く郷ですら忘れられ、意識に浮上することすら忌避されるモノたち。
とても怖い話です。
過去作『後ろの正面』に並び文句無く満点です(次作もホラー題材だといいなあ、……とか密かに希望)
それまでは蟲嫌いの目でしたが、そんな嫌悪、このホラーの前提でしかなかったようで…
「底が知れない」、それだけがこんなにも恐ろしいとは、久しく忘れていました。
魔女四人が最高のタイミングの清涼剤だよ…
いや、それにしても、幽リグおいしいです幽リグ。
その映画の霊を見るための条件の一つに、『霊能者の角膜を移植する』というのがありました。
この映画、結構怖かったですよ。お勧めします。(誰に?そして宣伝乙)
え、この話の評価?
150点くらいあげたいです。
ただ、リグルに関しては「人間の感覚」と「蟲の感覚」の両方に足を掛けさせているわりに、
幽香や永琳に関してはほとんど「人間同様」と扱ってしまっていることに、無理を感じました。
リグルがそうであるなら幽香だって「植物」の世界に足を踏み入れいてもおかしくないですし、永琳にいたっては思兼神だかなんだか知りませんが、少なくとも人間の誕生以前から存在する別次元の「何か」なんですから、それこそ幻想郷の人妖には想像も付かない感覚の中を生きているかもしれません。
そういった当然の疑問を投げ打って、この話を書くためにあえて『蟲』の感覚に焦点を絞ったのでしょうが、それがどうにもご都合主義のように思えてしまったことが残念です。
魔界とかあの世とか、空間的に断絶しているのではなく、
認識的にずれているだけっていうのが「どうしようもない」感を引き立たせているのかな。
「何かこんなことありそうだよな」って思っちまうんだな。
空間の位相のズレとか感覚のズレ、認識の可不可で世界が変わる。
自分としては怖さよりもこの発想に感銘を受けてしまいましたが、何にせよ面白い話でした。
ところで幽リグが最高なのはもはや周知の事実とお見受けしまうま
理解できないモノを理解してしまう恐怖
見えてはいけないモノを見てしまう恐怖
自らが信じていた常識が崩れていく恐怖
干渉できるということは干渉されるということ
地球上で最も繁栄している種はヒトではなく蟲達
集団という生物を殺しきるのは困難
個々は弱い蟲も集団であればそれはもう災害
そんな蟲達の王たるリグルの強さも集団としての強さなのか…
…怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…
…恐怖で錯乱中…
でも、そんな世界をのぞいてみたいなと・・・
あれ、なんかずれたような・・・
もしくは想像できない物を本能的に恐れる、と書いてあったのを思い出しました。
それによると蛇や蜘蛛、幽霊などもそのたぐいだとか、
ということは、 幽香さんはまさにそれを直に味わったわけでありまして。
未知なる事を知るってことは必ずしもよいことばかりじゃないってことを改めて知りました。
想像もできないことを想像させていただきありがとうございます。
ところどころのブレイクがなかったらいろいろとやばかっですわー。
・・・ところで、シャコの話って本当なのでしょうか?
もし出来ても僕は試しませんがwww
宇宙的な恐怖ってのはこういうのを言うんでしょうかね。
クトゥルフなんかは宇宙的な恐怖っていうけど、なかなかそれを実感できなかったんですが、
この話ではそんな感覚を感じることができました。
「色に殺される」という表現も面白かったです。
ドグラ・マグラを思い出しました。
蝶でさえ人間に見えないものを見ることができる。なら、人間に感知できる存在なんてたかが知れているのかもしれません。
俗に言う幽霊も、霊感という五感に含まれない特殊な感覚持つ人だけが見られるものと考えることができます。
聴覚の無い人間は音を感知できない。霊感の無い人間は霊を感知できない。つまりそれは同じ事。
UFOが突如として消えたという映像がありますが、宇宙には人間には感知できない世界の物質に変化させることが出来るのかもしれません。まるでラジオの周波数を変えるかの様に。
もし、これが科学的に解明され、またそれを利用するまでにこぎつけることができたら……
あわよくば、"人間には感知できない世界"を人工的に作り出す事が出来たら、最強のステルスの完成ですねww
関係ない話してすいませんでした。いやぁ面白かった。
すげぇ適切な表現。
つまり、その聞こえない音が聞こえ、それを視覚化した世界のような物を幽香は見た、と。
上手く表現出来ないが、これはいい。凄くいい。
それも、読んでしまったのが勿体無い、と感じる程。
観測できたから触られるようになった、と考えても見る=触れるの方程式が成り立つの?という疑問。
そこら辺の説明が無かったら理不尽系ホラーでむしろそっちの方が意味解らなくて怖いんだけど、終わり際に説明が入って喉に骨が刺さった感じ。
魚の美味しさより骨の違和感が気になるっていう。
よくわからない恐怖っていうかトンネルを抜けたらそこは異界でしたみたいな不気味さがあって途中はすごい面白かったんだけど、
読了して残ったものはぼくのかんがえたさいきょうのりぐる。
面白かっただけに残念でござる。
誰でもそうですね。自分の尺度で測れないものがあることが、怖い。
ああくそ読まなきゃ良かったこええよ畜生……!
我々には捉えられない世界がある、というのはロマン溢れていて、よくそういった空想に浸っているほどです。
しかし、視覚について納得できませんでした。
この世に可視光線が降り注いでいる以上、人間の目は透明でないものなら何らかの色で見えるはずと思ってしまうのです。
だからこそ途中まであっちの蟲がモノクロだったのでしょうが、これなら他の人も見えてもおかしくないなーと。
SFで突っ込むのは無粋ですが、気になった以上は気になってしまうのが人間なのでした。
何がいいたいかというと、うーんうーんと色々考えてうならされたということですよ。
悔しい!
強烈で、鳥肌がたちました。
個人的に虫が好きなので尚更楽しめました。
色々言いたいことはありますがこの辺で。
本当に面白かった!
ちびるかと思った。
人間の目には「青」く見える空。
しかし、他の生物には「緑」やら「白」に染まって見えるかもしれない。…極端な話ね。
でも、「本当の空の色」を誰が知っているのでしょう。
なんだろ、例えるなら鏡を見つめたときと同じような不気味さかなあ
こっちが見てる筈なのに、向こうから見られてるように感じるあの感覚?
若しくはネガポジ反転の世界?
とにかく目に映ってるモノに違和感があるんだよな…
視界のノイズみたいなモンだろうか
関係ないけどカリスマリグルいいね。
※216と若干被るけど、虹や星なんかの色も人種や年齢…もっと言うと持ってる眼球と脳ミソ次第で見え方や色が変わるんだと
日本じゃあ虹は七色だけど、五色とか、少ないと二色なんてのも有るらしい
音も可聴域に個人差があることが証明されてる
アンタが感じ取ってるてる世界と隣のヤツが感じ取ってる世界は違うかもしれないんだぜ?
ちょっとグロ要素が鼻に付く感じでしたので、読む方にはそれとなく注意した方が良い。。。かな?タグなどで。
ほら、メシ食いながらこれ読めないですよ。いやまあ私はメシ食いながら読みましたがw
蟲と人との感覚の違いについて 言葉では説明できないくらい圧倒されてしまいました
そして、自らの感性が捉えられる世界の隅点より滲みだす超常なるモノに対して己の世界の矮小さを知ってしまう事、それは正に生命の抱く原初の恐怖である。
ああ、背筋が寒い。
幽リグよ永遠なれ!
どこぞのエセ脳科学者も言ってましたが、感覚をある程度共有しているからこそ認識が成り立っている訳なので、百次元から来た百次元人の姿は百次元人にとってしか正常でなく、百次元の宇宙に住む人間と我々の知覚する世界はまるで別のものなのでしょうね。
いやはや大変怖かった。
面白かったです。興奮した。
出だしの部分から読まずにいられないようなシチュエーションでした。
弱小妖怪のリグルが別の世界では超強いという設定はかっこいいですね。超燃えます。
ああ。久々にホラー小説を買ってみようかなあ……!
冗長でさめてしまったからかな。
うん。
怖いでござる。
けど面白い
どちらかというとSFの要素が混じったホラーというのは実際にありそうで怖い。
イナゴの群の写真とか見ながら読むと尚怖い・・・
また、「生産者」である植物は、「消費者」である昆虫に対して一般に思われているような受身の姿勢はとっていない。例えば、彼らは自分たちを食べる昆虫が不都合なほど増えすぎると化学物質を使ってそれらを盛大に間引く。消費者の数がある程度一定になるよう管理しているのだ。植物は根や地下茎、茎の断片などから再生できるし、大抵寿命の長い種を大量にばら撒いているために、昆虫に食い尽くされても種として滅びる事はまず無いが、植物を食べ過ぎて食料がなくなったとき昆虫は滅びるより道が無いのであるから、不文律で守られているのは昆虫の側なのである。そんな植物の世界に片足を突っ込んでいる花妖が、昆虫の見ている世界に対して全くの無知であるはずがあろうか?
話の運びは面白かったのだが、いわゆるサイエンスホラーを書くためには虫や植物に対する知見が足りていなかったように思える。花妖を対象とした事に題材からいって違和感を感じざるを得ない。
「認識」を題にとった悪夢的展開はF.K.ディック風味。
ホラーというよりもSFですね。それも良質の。
読みながら覚える落ち着かない皮膚感覚は、作者さんの筆力によるものです。
果たして三色の世界しか知らない人間が突然16色の世界を見るようになったら、
もしくは一色だけの世界を見るようになったら、…どうなってしまうのでしょうかね。
視覚にとどまらず、われわれ人間が持つ感覚のほとんどがほかの生物には当てはまらないものです。
草食動物の目が顔の真横についているように、フクロウの耳が右上と左下にあるように。
知らないものの怖さって、すごいですよね。
しかしなんだ、まったく恐怖を感じずに読み切ってしまった俺はいったい…w
異界に触れることは相応の報いを以て我が身に禍を為す、か。 本来混じり逢う前提の無い世界同士が交差することは、あらゆるものにとっての不幸な事態なんでしょうね。たとえ数億の年月を生きる賢者でも、ニンゲンの枠を超越していない限り、ムシの世界には到達できない。してはいけない。人と虫、王だけが二つの世界を行き来できるのでしょうか。世界におけるリグルの役目がここにありそうだ。
背筋がぞくっとしました・・・
でも、強い妖怪が恐怖を感じるというのは何だか納得がいかない。
ひょっとしたら幻想郷そのものも…
ひょっとしたら幻想郷そのものも…
ひょっとしたら幻想郷そのものも…
リグルだけじゃなくてそれこそいろんな妖怪変化は理解し難い不気味な部分を持つんじゃないの? とか。
そういう部分にちょっと納得がいかなかったですね。
その一方で視覚を失った人の舌にカメラに連動した電極を付けて刺激を与え、“視る”ことができる機器があります。成人した人間でも新たな感覚器(舌+電気刺激)により失った感覚器を代替できるのですね。
感覚器は哺乳類では大体同じだし、それは脊椎動物まで範囲を広げたところでたかが知れていますが、片や蟲の中でも昆虫に限ってもその感覚器は千差万別。彼らはどんな刺激を受容しているんでしょうね。
でも認知できないのと干渉できないのは別でしょうから、そこは幻想郷らしく読む必要がありますが。
という好奇心が先に立ってあまり怖くはなかったですが、とても楽しく読めました。
4色型以上の色覚についてはわずかに聞き知った程度の胡乱な知識しかなかったのですが、これを妖怪の世界として捉える発想は全くありませんでした。
世界を認識するところから始まり、じわじわと侵食されていく様子、目に見えるものを蝕んでいき、成長を遂げて牙を剥き襲い掛かってきて、やはて逃げ場を失う……素晴らしい恐怖。そして、科学的な解説を聞いて目から鱗。唸らされました。
地続きの世界、もしかしたら、案外簡単に覗き見ることができるのかも知れません……恐ろしく、だからこそとても魅力的に思えてしまいました。おお怖い怖い。