「パティスリーロータス。それは幻想郷の女の子みんなの憧れの場所。店員さんは可愛いネズミさんにトラさん。制服だってとってもキュート。スイーツ達は至福の味わい! 例えばこのザッハトルテ。カカオが入ったふわふわのスポンジは少し大人の味。その間に挟まれたアプリコットジャムは甘酸っぱくて初恋の味みたい。それを包むのがガナッシュクリーム。とろけそうなほどにまろやかなのに、ちっともしつこくない。まさに職人技♪
おまけにそれを作るパティシエさんは……びっくりするくらいのイケメン! 無口で色白な彼。とってもクール。そして彼の腕には魔法がかかってるんだ。正直彼を見るために通っちゃってるの、かもね。なんて言ってるけどもちろん男の子のお客さんだっていっぱい♪ 予期せぬ出会いが待ってたりするかも♪ デートスポットにもオススメ!」
――とある雑誌の記事である。それを見た無口で色白でクールなイケメンパティシエこと雲山は溜息を漏らし、忌々しい顔で雑誌をテーブルに戻す。雲山の趣味は元よりお菓子作りである。少々違和感があるかもしれない。だが、菓子作りに必要なのは一に体力、二に体力と言っても過言ではない。スポンジをかき混ぜる作業。クリームをかき混ぜる作業。その他の諸々の行程においても多大な力が必要であり、そしてそれを酷使することを厭わぬ者にのみ菓子の神は微笑む。美味な菓子を提供する。その点において、体力自慢の入道である雲山には天職であった。
無論、体力だけで勤まるほど楽な仕事でもない。僅かな湿度や気温の変化を把握することで、物言わぬ彼らとの繊細な対話を経ることで始めてふわふわなスポンジや、とろけるクリームが完成するのである。その点でも、雲でできた妖怪である雲山は生まれつきの才能を持っていた。
それだけでもない。お菓子は口のみならず目でも味わい、食すものであり、高度な美的感覚も要求される、これについても雲山は比類無き物を持っている。
「雲山。そろそろ休憩を代わってもらってもいいかな?」
可愛いネズミさんことナズーリンが雲山に呼びかけてきた。ここは命蓮寺がサイドビジネスで始めたパティスリーロータスの事務所。雲山は無言でナズーリンに頷くと鏡の前へと向かう。すると頑固親父の姿は霧となり……そして再び形を取った。そこにはあの頑固親父の姿はどこにもない。スラリとした体格。百人の少女が見れば九十九人は振り向くであろう美しい顔立ち。そこに憂いを帯びた表情が加わり、得も言われぬ至上の美を作り出す。百人の少女が見れば百人が振り向くと言っていいだろう。見事なまでの色白でクールなイケメンパティシエの姿がそこにあった。
雲山の見事なまでの美的感覚が、そして「形や大きさを自在に変える事が出来る程度」である彼の能力が如何無く発揮されていた。姿を変えた彼は重苦しい足取りで店内へと戻る。
「おかえりなさい、雲山」
その星の声をきっかけに、店内には嬌声が響き渡った。何処かに沈んだ表情を浮かべる雲山。そんな雲山を引き留める声が止まない。
「わっちはモンブラン!」
「妬ましい妬ましい……こんな美味しいケーキを作れるのに顔もいいなんて妬ましい……」
「兄さん! あたいにはイチゴタルトを頼むよ! お空にも何か買っていってあげようかね……」
「私はガトーショコラをいただくぜ」
――そのような声が止まない。雲山は心中で溜息をつきつつも、己の能力をフル活用し見事な営業スマイルを作り出す。先ほどまでの影を孕んだ顔との落差に少女達は再び胸を高鳴らせ、もはやスイーツを目に止める様子もない。雲山の一挙一動にひたすら目を配っていた。
そして、パティスリーロータスはその日も大盛況の内に閉店を迎えた。雲山はようやくの事で頑固親父の姿に戻り、皆も締めの作業を終え、一路命蓮寺への家路に付こうとする。
「……」
だが、雲山は重苦しい顔をしつつ、一人店内に残る様子を示していた、それを見た一輪が「雲山は残るって」と通訳をする。そしてただ一人残った雲山の目の前にはシフォンケーキが有った。残り物ではない。パティスリーロータスは今日も売れ残りが出ないほどの盛況であったから。雲山は商品のいくつかを自ら買い取り、残しておいたのだ。雲山はシフォンケーキにフォークを走らせ口に運ぶ。次の瞬間、雲山には苦い顔が浮かんだ。
「……」
不味い。端的な表現だが、それが感想の全てだった。それでも洋菓子の文化と伝統が薄い幻想郷ではかなりのレベルにあるのかもしれない。洋菓子を食べ慣れない少女にはこれでも十分に美味であるかもしれない。だが、自分は職人だ。その自負がある。そして、職人たる身としてこのような物を人様に食べさせるなど自分のプライドが許さない。いや、洋菓子の魅力がこの程度と思わせてしまっている自分に罪悪感すら覚えていた。
理由はわかっている。店員としての仕事が忙しく、職人としての作業に時間を割けないからだ。元よりパティスリーロータスは命蓮寺の面々による家族経営。人手不足は当然であり、時には店員としての職務も果たさねばならないのはやむを得まい。だが、今の自分はそのバランスを完全に崩している。
雲山は一人鏡に向かうと再びその能力を行使する。再び美男子の姿が鏡に映る。……自分でも鏡に映る彼が相当な美男子であるとはわかる。古今東西の写真、絵画、彫刻などの長所を取り入れて作り上げた顔だ。悪いわけがない。ならばこの顔を捨てれば……
だが、少なくともそう思い切れない程度には雲山は大人であった。擦れていた。命蓮寺の財政状況はお世辞にも余裕のある状況だとは言えない。命蓮寺建築の費用。自分達の生活費。のみならず救いを求める人々に施しまでも行っている。それに必要な資金を調達するために作られたパティスリーロータス。
雲山はそれを作る前の事を思い出していた。それは遊覧船を解体し命蓮寺とすることを決めた時、新たな収入源を模索しているときの話だった。元は冗談半分で言った計画だったが、案外ノリが良いことに定評がある白蓮はあっさりと同意し、開店準備がスタートした。
自分の菓子で人々を喜ばせることができ、正当な対価として金銭も手に入る。当初は理想的な計画に思えた。否。理想的な計画だった。少なくとも「美味しいお菓子を提供する」という点においては。当初は知る人ぞ知る名店だった。だが、あの新聞が全てを変えてしまった。
「すいません! 取材をさせていただいてもよろしいでしょうか!」
とある天狗が取材に来たときの話だ。あの頃のパティスリーロータスの売り上げは芳しいものでは無かった。武士の商売ならぬ坊主の商売と言ったところか。宣伝もせずに妖怪が店を構えたところで訪れる客など多くはない。あの頃の雲山達はそれすら知らなかった。それどころか宣伝にも些かの嫌悪感を覚えていた。宣伝などせずとも良質な菓子を作り続ければ客は来る。そう思っていたから。 それは半分は正しく、半分は間違っていた、一度食べてもらえればきっと常連になってもらえると思っており、それだけの質の菓子を作っていたという自信もある。実際にそうであった。リピーター率は幻想郷の飲食店でもトップであったはずだ。
だが、店の存在すら知らない者は、知る機会も無い者は決して食べることも、常連になることもない。それもまた真実。始めは取材を渋っていた雲山達に対して、天狗もそれを蕩々と説いていた。
結局は天狗の言葉に理を感じ、雲山達は取材を受け入れた。少ししてから新聞に小さな紹介記事が載った。同時に来店客は少し、だが確実に増えた。雲山達は宣伝の効果を知った。とはいえそこまでならよかったのかもしれない。
「すいません! 貴店の特集記事を組みたいのですが!」
しばらく後のこと。その言葉と共に別の天狗がやってきた。鞍馬諧報という新聞の記者だという。鞍馬諧報といえば新聞大会で優勝したほどの新聞。我々もその名は知っているほどだ。さらなる宣伝が出来る、そう思い雲山達は二つ返事で承諾した。そして、いくつかの取材の後に「写真を撮らせて欲しい」と頼まれた。
菓子は口だけで味わうものではない。五感で味わうものである。故に雰囲気を作るため店内の調度等にも一切の妥協はしなかった。写真を撮られることに不都合の欠片も無い。そう思い承諾した。天狗は写真を撮る。店内には何の不都合もなかった。だが、
「う~ん」
それは最後の写真を――白蓮。星。村紗。一輪。ナズーリン。ぬえ。そして雲山という命蓮寺の、パティスリーロータスの皆の集合写真を撮ろうとしていた時の事だ。天狗が何やら考え込む様子を見せた。
「申し訳ありません。雲山さん。写真から離れていただいてもよろしいでしょうか?」
言葉は丁寧だが、なんとも失礼な言葉だ。だが雲山は苦笑いを浮かべると、素早くカメラの前から姿を消そうとする。自分が女子に好かれる顔で無いことは己が一番知っている。宣伝に逆効果であろうことも。そしてもはや仏法に帰依した身。今更女子の歓心を買おうとも思わない。無論この身をなんと言われようが気に病むことなど無い。己が身を引くことが命蓮寺のためになるのなら喜んで身を引こう。そう思った時だ。
「申し訳ございません。我々皆が揃わぬ命蓮寺など考えられません。もし雲山の写真を撮りたくないと仰るのなら、我々は取材の方を辞退させて戴きます」
白蓮が毅然と言い放った。そしてその返事を聞くよりも早く、皆はカメラの前から離れる。……その白蓮の言葉が、皆の行動が嬉しくなかったわけがない。だが心苦しい。自分など気にせず、命蓮寺のために広い視野で行動して欲しい。同時にそうも思った。
雲山は白蓮を説得しようとする。無口な、口下手な身で言葉を尽くし。だが、白蓮は当然のように耳を貸さない。その時だ。ぬえが何か雲山に耳打ちをした。雲山は思わず拒絶しようとする。だが、ぬえの説得には理があったように思えた。
少々気恥ずかしく――慣れぬ行為だが、パティスリーロータスの、命蓮寺の、白蓮の、引いては仏の教えのためになることだ。そう考え、雲山は承諾した。
それが今鏡に映る雲山。美男子となった雲山が生まれたきっかけである。雲山はぬえの発想に従い、己の能力を行使した。見事な美男子となった。天狗から写真攻めにあう程度の美男子に。
流石は新聞大会でトップをとった大新聞。鞍馬諧報の宣伝効果は見事であり、パティスリーロータスには人間、妖怪を問わずに多くの人々が訪れるようになった。しかし……人々の目当ては菓子ではなかった。皆、雲山を求めやってきたのである。鞍馬諧報の記事は雲山の写真で埋め尽くされていた。大げさな、そして菓子の欠片も無い記事と共に。
とはいえ、雲山も始めは自分の菓子を、洋菓子の魅力を人妖を問わぬ人々に伝えることが出来ることに喜んでいた。そして命蓮寺の財政に貢献できていることにも。その売り上げは、雲山に偽物の姿を取らしていることを命蓮寺の面々に肯定させるにも十分であった。
いや、それだけではない。雲山も仏門の身とはいえ男子の身。嬌声に若干の快感を覚えていたことも否定できない。その快感は自分が偽物の姿で人々を騙しているという所から生まれる罪悪感を隠すには十分であった。
だが、それもつかの間だった。客は増え続け、マスコミに紹介されることも――もはや無許可で平然と載せ始めるようになったマスコミに紹介されることも増え続け、いつしか雲山の手には負えなくなっていた。菓子職人として腕を振るう時間すら奪われていた。
その結果がこれだ。このシフォンケーキだ。人に食べさせるのも恥ずかしいシフォンケーキ。やはり元の姿となろうか……口にこそ出さないが、店の現状に白蓮様が疑問を感じている気もする。もとの姿に戻ればそれも消えよう。客も減り、真に洋菓子を愛する客が残るだろう。そして自分も十分な時間の中で、存分に腕を振るえるだろう。
しかし雲山は思い直す。駄目だ。世知辛いことだが、妖怪はともかく人間は。少なくとも人里で何かをするには無一文ではやっていけない。白蓮様の目指す妖怪と人間が共に暮らせる平等な世界。それを作るためには金が必要だ。
……まだ自分には出来ることはある。そうだ、もう少し睡眠時間を削ってもどうということは無いだろう。今から仕込みをすれば明日接客に時間を取られても何とかなるのではないのだろうか?
雲山はそう思い直すとテキパキとボールや材料を机に載せる。そして美男子から再び姿を変え、作業に最適な腕だけの姿となる。よし、頑張ろう。美味しいお菓子をお客様に食べて貰うために。ああ、光熱費も馬鹿にならない。灯りも消そう。目の無いこの身に灯りなど不要だ。自分には雲の身故に培われた心眼がある。
暗闇に包まれた部屋の中で、雲山は黙々と仕込みを進めていた。そこにはイケメンパティシエの姿などはない。菓子に厳しい職人の、頑固親父の姿があった。その中で何やらガサゴソと言う音が聞こえてきた。何事か? 雲山は形を変え、目だけの姿となり周囲を伺う。
「キャアアアアアアアアアア!」
雲山の背で明かりが灯る。その瞬間だ。悲鳴が、少女の悲鳴が聞こえてきた。雲山に緊張が走る! 雲山は大急ぎで振り向いた。そしてそこには、泡を吹いて倒れるぬえの姿があった。
少し後。どうにか意識を取り戻したぬえの姿があった。ぬえは雲山のいれた紅茶に口を付けるとようやく人心地が付いた様子となる。
「びっくりしたわ……ドアを開けたら急に目玉が浮いてるんだから……残ってたのは知ってたけど、あんな真っ暗な中じゃもう帰ってると思うじゃない?」
雲山は頑固親父の姿に戻り、申し訳なさそうに頭を垂れていた。
「いや、でも本当に何にでもなれるのね。まったく。雲山の方がよっぽど正体不明よ。あ! ケーキもらいっと。とりあえずお詫びがわりにね」
ぬえは先ほどのシフォンケーキを美味しそうに頬張る。その姿は本当に美味しそうで、嬉しそうで。それだけに雲山の心は傷む。それは出来損ないだとわかっているから。そして、ぬえはケーキを食べ終えると本題を思い出したようだった。
「そうそう、私リボンを探しに来たのよ、いつもの赤いあれ。多分ここのどこかに忘れたんだと思うけど……」
なるほど、だからガサゴソという音がしたのか、そしてリボンなら昼に見つけて棚に置いておいたはずだ、雲山は無言でその棚を指さした。
「あったあった、ありがとう雲山。やっぱり私はリボンとニーソックスがないとね」
その言葉を聞いて雲山は思わず小さな、だが確かな笑みを見せた。
「何よ雲山? 私の顔に食べかすでも付いてる?」
いや、正体不明がウリだったはずのぬえが己の個性を主張してることに雲山は笑っていたのだった。
「まったく、何がおかしいのよ。ちぇ。雲山ってこういう時も無口だから困るのよね」
今となっては誰もが正体を知ることとなったが、ぬえもかつては正体不明で京を恐怖に包み込んだほどの妖怪。そんなぬえが個性を気にしているのが面白い。と雲山は感じた。
「なんか他にお菓子でも無い? びっくりしたら小腹が空いたわ」
雲山は静かにプリンを持ってきた。その欠片がワンピースに少し落ちてしまい、ぬえは少しだけ機嫌を損ねる。それも面白かった。
「ああ、これよそ行きなのに!」
雲山は雲。好きな形を取れる入道。服すら不定形の身。ぬえは正体不明がウリだった妖怪。だが服に、自分の個性を作る物には気を遣っている……全く、自分の方が正体不明だ。と先ほどのぬえの言葉に改めて同意し、雲山の笑いは苦笑いに変わった。同時に再び気が滅入ってきた。
「もう。笑ったり落ち込んだり忙しいわね、どうしたのよ?」
そう言いながらぬえが雲山の頬をつまむ。
「どうせ口を開かないならこうしてやるわ! 今の顔じゃあんまり面白くないけどね~」
ぷにぷに、ぷにぷにと捕まれ、雲山は慌てて霧となる。そして何か思いついたかのように新しい形をとった。そこには雲で出来たぬえの姿があり、
「×××××××」
と妖怪にしかわからない言葉で話す雲山の姿が合った。
「いやはや、見事な正体不明ね。今度入れ替わってみない? でも色塗らなきゃ駄目か。それもそれで面倒ね、面白そうだけど」
己と同じ姿を取った雲山を見て、ぬえは軽口を返す。だが、同時に顔には少し真剣な表情を浮かべていた。軽口を叩きつつも先ほどの雲山の言葉を考えていた。
雲山の言葉を要約すれば、正体を晒さず、偽物の姿をとって客を騙していることが、そして偽物の姿の人気のせいで菓子作りに専念出来ず、出来損ないの菓子を出さざるを得ないことが辛い。とのことであった。
「正体不明は私にはご馳走だけどね、早苗に正体不明を傷だらけにされた私には雲山が羨ましいわ。わかんないかな? 正体不明が作る恐怖の味って。飛びっきりのケーキみたいに美味しいのに」
雲山も妖怪。人の心の味はわかる。だから半分だけは同意した。
「なるほどね。私は恐怖が。雲山は喜ぶ心が美味しいってわけか」
雲山にとっては笑顔こそ最高のご馳走。そもそも雲山がお菓子作りを始めたきっかけは人々の笑顔が見たい。それに尽きた。雲山は人語を喋ることが出来ない。ましてや正体はお世辞にも美しいとは言えない。対面した人間を喜ばすことなど出来るはずもなかろう。そう思っていた。
だがある日。それは白蓮が封印される少し前の事。雲山は菓子を作った。それは単なる退屈しのぎでしかなかった。白蓮は来客に何の気なしにそれを出した。すると、来客はその菓子を絶賛し、これまでに無い笑みを見せたという。
白蓮が封印される前のことだ。人々が妖怪を、入道を真に恐れていた時代の事。もし来客がそれは妖怪の作ったものだと知っていれば……捨てたか吐き出したか。そして即座に雲山に怯え、退治しようとすることだろう。
しかし、何も知らぬ来客は妖怪の作った菓子を食べ、笑顔を見せた。美味しい菓子の前には本来人も妖もあるはずはないのだから。雲山は知った。入道の身で、妖怪の身で人を笑顔にする方法を。人間と妖怪が平等に笑顔になれる方法を。
「でもさ、それなら今は満足じゃないの? 女の子達はみんな笑顔で雲山に見とれてるんだから。まあ、本当の顔を知ったらどんな顔するかわかんないけどね」
そのはずだ。なのに今の自分には笑顔が少しも美味しくはない。何故だろう? 雲山は考える。わからない。ぬえにも問いかける。ぬえもしばらく考え込んでいたが、ふむ。という言葉と共にポン、と手を叩く。
「雲山の心が笑ってないからでしょ? 自分の心が駄目じゃ何も美味しくはないんじゃない?」
妖怪は心を糧に、そして心を依り代に生きる生き物である。どれだけ強靱な体を持つ妖怪も心を病めばあっさりと死ぬ。
「私は恐怖が美味しいわけよ。正体不明が生む恐怖なんて絶品ね。でもね、さっき見たことも無い目玉、というか雲山だけど。とにかくあれに怯えたときは美味しくなんてないわけ。私の心は恐怖に震えてたのに。そりゃそうよね。自分が恐ろしいときにご飯なんて食べてられないわ」
恐怖。不安。その理由はなんであっても、心に負担がかかれば妖怪は病む。そして、病人が菓子を食べて、健康な時と同じように美味しいと思うだろうか?
「そうね、でも細かいことはどうでもいいわ。雲山が本気で作ったらもっともっと美味しいんでしょ?」
雲山は頷く。
「じゃあ私はそれを食べるまで笑わない。だから雲山はとっとと作ってよ。その美味しいお菓子って奴を!」
それでも雲山は天秤にかけていた、客の笑顔と、ぬえの笑顔を。きっとどちらも笑顔にするのが仏の道だろう。それが出来ぬ、力の足りぬ己の身が少し憎かった。
「何迷ってるのよ、確かにね、あの小娘達は雲山をみて笑ってるわよ。でもね、どうせあんなのは綺麗な雲山が消えたらどっかの役者にでも笑いかけてるわ」
綺麗な雲山。他人から聞くとどうにもおかしな言葉で、改めて分不相応だな、と雲山は思った。
「それ以前にね、自分すら笑顔にできない妖怪が人を心から笑せられるわけ無いでしょ? 例えば毎日毎日疲れた……とか助けて……なんて言ってるような仏様がいたら、そんなのに救ってもらえると思う? まずは自分をなんとかしろ! って思うでしょ。普通」
ぬえは私今いいこと言った! という自信満々の顔となり、そのまま自信満々に続ける。
「それに、この封獣ぬえをなめて貰っちゃ困るわ、京の数十万人を恐怖で振るわせ、帝を病に落とし、幻想郷を正体不明で包み込んだ大妖怪なんだから。笑顔一つとっても、木っ端妖怪や人間の小娘とは味が違うわよ!」
「××××××××」
雲山は思わず突っ込みをいれた。「人間の少女に負けた妖怪じゃがな」というような言葉だった。
「あれは違うの! 寝起きだったからよ! 本気出したら早苗みたいな小娘の一人どころか大量虐殺だって余裕なんだから。大体雲山だって!」
そういいつつ、ぬえが頬を膨らませるのを見て、雲山は思わず声を出して笑った。久しぶりに心から笑えたなと思った。だから雲山は決めた。自分の夢は人間と妖怪が、その全員が共に笑える世界を作ることだと思う。ならば今の客の笑顔を捨てることは遠回りかも知れない。だが、目の前の少女一人。いや、自分すら笑わせない人間に笑顔を作り続けられるわけがない。だから遠回りをしたけどやり直そう。イケメンパティシエ雲山ではなく、頑固職人雲山として。雲山はそう決心した。
「そうそう、その意気よ! 私はお菓子を食べてとっとと勝つから雲山も元気出してリベンジしなきゃ!」
ぬえの笑顔をすぐに見られるように、そして早苗に勝てるように最高のお菓子を作ろうと雲山は決心し、ぬえにそれを伝える。だが、その願いの片方はすぐに叶った。
「いいわね、期待してるから」
と次に話した瞬間。ぬえは思わず笑みを溢していた。それを指摘されると赤い顔で何やら言い訳を始め……雲山は笑顔で聞き流していた。もう雲山の頭は次の、最高のお菓子のことで一杯だったから。
「東風谷早苗! 妖怪の恐怖を忘れた人間よ! 本当の私の力に! そして真の正体不明の飛行物体に怯えて死ね!」
空の彼方では今日も賑やかな弾幕ごっこが行われている頃。パティスリーロータスもまた盛り上がりを見せていた。
「わっちはネビュルーズ!」
「姐さん。お土産のケーキは誕生日用だから名前を入れてくれるかい? "Satori Komeiji"ってね。あと蝋燭もね、ええと、何百本だったっけな……」
「妬ましい妬ましい。私が作ったケーキはいつもぐちゃぐちゃなのに。あいつが作ったケーキはふわふわ。ああ妬ましい」
「私はフロマージュをいただくぜ」
雲山が頑固親父に戻ると、少なくない客が減った。だが、どうせ頼むなら格好いい人に……程度の客も山の様にいた。そして前よりも遙かに美味しいケーキがここにはある。当然のように皆は二度三度と訪れ、常連となる。おかげで今日もパティスリーロータスは忙しい。
「……」
時には雲山が手伝うときもある。だけど、人間のアルバイトも雇って、随分と雲山の負担は減った。ぬえが気づいたことだ。当然のように他のみんなにも人手不足であることや、雲山の負担はわかっていた。いくら利益が出ようとも、虚構の姿で欺くのはよくないとも感じていた。
雲山は無口が過ぎてそれを伝えなかったこと、無言で助けなどいらない、という様子で働いていたことを反省した。他のみんなもそれを切り出さなかったとに反省した。客は減ったし、アルバイトも雇ったから利益は減った。でも、それでいいんだろうなと皆は思った。利益は少しは減ってしまって。布教のペースは少し落ちた。だけどそれでも十分に思えるくらいの利益がある。そして、ここには人間と妖怪が共に働ける店がある。
ゆくゆくは私たちの。命蓮寺の手から離れて、それでも人間と妖怪が平等に働ける、利用できる店になればいいな。と皆は思った。私たちの本業はお菓子屋ではないし、何よりもそれが実現した時は、きっと店の皆に。人里に。幻想郷に姐さんの教えが今よりも広がっているだろうから。
ただ、そのためにはもう少しの時間がかかりそうだ。雲山は店を任せられる職人を育てようとしているけど、雲山のレベルに追いつくにはまだ時間がかかりそうだから。私たちももう少しここにいてもいいだろう。何も姐さんの教えを広めるのは寺でなくたって構わない。ここパティスリーロータスだって構わない。人間だって妖怪だって美味しいお菓子を食べれば笑う。平等に。それは当たり前のことだけど、きっと姐さんの教えの通りだろうから。
だから私は尼の仕事を縫いつつウエイターに勤しんでいた。何時間も働いていたけど、その間客はひっきりなしに訪れていた。
チリンチリン
と、またドアベルが鳴った。今日何度目かはもう数えられるわけもない。私はいつものように「いらっしゃいませ」という。ドアの前には緑髪の少女がいて、彼女は青と赤の羽の少女を引きずってきていた。早苗とぬえだ。
「お久しぶりです。一輪さん」
その快活な声が店に響き、それに気づいた雲山が厨房から顔を出すと静かに挨拶をする。それに見送られ、私は早苗達を席へと案内する。たった一つだけ開いていたテーブル。どうにかそこに座れたのは運が良かったからなのだろうか?
「じゃあぬえさん。勝負が終わればまた友達です。一緒に食べましょう。約束どおり敗者の全奢りで!」
「いや……奢りはまあいいとしても、体の節々が痛くて今食べるのは……」
「大丈夫ですよ、ケーキを食べればどんな辛いことも消えますから」
「限度があるでしょ……」
それとも、早苗が持つという奇跡を起こす程度の能力のせいだろうか?
……でも、そんなのはどうでもいいことだって思い、私は考えを止めた。こうやって人間と妖怪が一緒にお菓子を食べるなんて、姐さんが封印された時代には夢でしかなかった。でも今はその光景が、夢だった光景が目の前にあって、それは間違いなく奇跡だと思えたから。
――ああ、今日もパティスリーロータスに光が満ちる……
彼とぬえとの会話や話の内容、雲山の心情とか面白かったです。
……気のせいかもしれないが、これ、話ループしてないかな?
間違えて、二回コピー貼っちゃったとか?
すいません、コピペミスってました。
何故こんなミスを……今後は投稿画面でしっかり確認します。ご指摘ありがとうございます。
そして滅茶苦茶な形で投稿していたにも関わらず読んでいただいた皆様にお礼とお詫びを。
ぬえも女の子っぽくて可愛かったです。
でも、投稿ミスしてますよー。修正をおねがいします。
きっと修正はしてくれると思うので点数もつけちゃいます。
まずはお詫びを。そしてそれにも関わらず読んでいただいたことに感謝します。
二回言うのは大事なことだと相場が決まっておりますので
なにかしらの意図があるのかと思ってしまいました。
仕事にしてしまうと、それ成り立たせるために、
本来犠牲にしてはならない物を犠牲にせざるを得ないことも多々ありますよね。
いわゆる芸術家の苦悩ってやつです。
でも、きっと商売を捨て、本来の姿勢を貫く者でも
きっと、幻想郷は受け入れてくれます。
そういえば、女性だとパティシエではなくパティシエールになりますが、
ウェイターはどちらでも良かったんでしたね
一応コメント付け直し。でもパティスリーロータスでネズミ少女さんに会いたい。ってのは変わんないので、注意してくださいねとは思いつつ点はそのままで。
いい話ですな。ぬえはいい子。
私は紳士ですから気にしていませんが。
パティスリーロリータと読んだのは私の脳がどうかしていたせいですか。そうですか。
どうやったらこんな話を思いつくんだw
雲山のケーキ是非食べてみたいな……
まあ、私は紳士だから行っても平気でしょうな。
後書きのネズミ少女さんには何としても会わなければ!無論、紳士として!
それはともかくタイトルからネタかと思ったら、意外と良い話で面白かったです
いやあ、いい話だ。面白かったです。
「頑固職人」いい響きだ
毘沙門天と比べて、雲山は行動が格好良い設定が多くて良いな。
こういう渋いのが堪らない。
すてきなおはなしです。
最終的に自分の道を貫いてくれてよかったです。
ギャグかと思っていたらいいお話でした。
あとがき笑った。天然ナズかわいいよ
雲山の能力の拡大解釈もなかなか面白い。
洋菓子店の経営という共通の目的を通して命蓮寺の絆が描かれた良いお話でした。
ただし後書き、テメーはダ……メ……だ、いや、そうだね、オチは必要だよね、うん。
雲山さん格好いい!!
いや、まぁ、ぬえも良い子で良かった筈なんだけど、あとがきww
紳士はどの世界での紳士だな。
いやはや、これはいい正体不明。ぬえと雲山のハートフルな関係が、いいですね。
最高ですwwww