※はじめに。
1話完結ですが、前作の「valentine~story1 From marisa~」と繋がっている部分があるので、そちらを先に読んで頂いてからの方が判り易いと思います。
それは、数年前の話。
木々が赤く色付いた秋のある日、いつもの様に霊夢は縁側でお茶を飲んでいた。
「風も冷たくなってきたわ、もうすぐ冬が来るのね」
寂しそうに言うのは、隣に腰掛けていた紫である。暖かい湯のみを手の平で覆う様に持ち、視線を落としている。
「そんな言い方したら何だか切ないじゃない」
確かに紫は冬眠をする、長い冬の間はしばしのお別れとなる。だが、常に寝なければいけない訳ではないし、その気になれば冬だって活動出来るのを霊夢は知っている。
「会いたくなったら、起きればいいじゃない」
もう二度と会えない訳ではないのに…霊夢の心はきつく締め付けられていた。
「そういえば、外の世界ではバレンタインという風習があるのよ」
外の世界をよく知る紫は話上手で、長時間聞いていても飽きない。むしろその時間が霊夢にとっては楽しい一時である。
「2月14日にチョコレートを渡すの。好きな人には本命、友達とかには義理といって分けるらしいわ」
紫がスキマから取り出した一冊の本には、バレンタインデーについて詳しく書かれている。
バレンタインデーが近づくと店にはチョコレートや派手な柄の紙やリボン等が並び、自分で作ったり既製品を購入して好きな人に渡す。中にはチョコレートの代わりにワインや衣類を渡す人も居る、形は何であれ好きな人や日頃世話になっている人への感謝の気持ちとして渡す儀式の様なものらしい。
品定めしている女性の様子が映し出されたページもある。
「ふーん」
気の無い返事をしながら霊夢は本のページをめくる。
「素敵な風習だと思わない?好きな人に想いを伝える為にチョコレートを渡すなんて」
「あんたって、意外とロマンチストなのね。それにしても外の世界では面白い事やってるのね、でもこの時期はあんたは寝てるじゃない」
「ふふ、まぁね…」
まだ、その時は何も気づかなかった。
なぜわざわざ紫が外の世界の風習を教えてきたのか、何を言いたかったのかを。
あれはもしかしたら、自分も欲しいという事だったのだろうか…。
誰でも、プレゼントは貰えると嬉しいもの。紫もチョコレートが欲しかったのか。
居間の炬燵の中でボーっとしながら、霊夢は考えていた。
昨日、魔理沙が真剣な表情でバレンタインについて聞いてきた。
偶然一緒に居た萃香と3人で、何故か香霖堂に売られていたチョコレートや道具一式を魔理沙に買わせ、あの本の内容を思い出しながら作り、喜んで帰っていった魔理沙を見送り、萃香と一緒に出来たばかりのチョコレートを食べた。
全てのつじつまが合ったが、霊夢は後悔していた。空腹だったとはいえ食べてしまった。折角作ったのに、何故あの時紫の顔を思い出さなかったのか…。
今日はバレンタインデー。
「…よしっ」
霊夢は決心を固め、外へ飛び出した。
「やぁ、今日は一人かい?」
今日も霖之助はストーブの前で暖を取りながら本を読んでいる。
霊夢は店内を見渡した。相変わらず用途の判らない物が雑然と並ぶ棚と、チョコレート等が整然と並べられた棚、どうやら自分以外の客は居ないようだ。
「霖之助さん、文は来てない?」
「あぁ、新聞屋さんかい?今日は来てないよ」
今日は…?という事はやはり文はここを訪れていたか。当然だ、チョコレートがどういうルートで香霖堂に入荷したのか、そして商売をする気が無い霖之助が真面目になっているのだから、文が目をつけない訳が無い。カウンターに置かれた数日前に発行された新聞には案の定「香霖堂にチョコレート入荷」と大きな見出しで書かれている。
「霖之助さん、私がここでチョコレートを買っていった事は文には絶対内緒にしてよね」
「という事は霊夢も誰かに渡すのかい?」
「質問に質問で返さないの!いい?絶対内緒にしてよ、記事にされたら魔理沙にからかわれるんだから!」
幻想郷で誰が誰にチョコレートを渡した、というのは霊夢にとってはどうでもいい事だったが、いずれ新聞で明らかになる。自分が新聞に載ってしまったら恥ずかしいだけでは済まされない。
魔理沙がからかう様なら、倍にして返せばいいのだが…やはり新聞には載りたくないという意地がある。
顔を赤らめ、物凄い剣幕で言う霊夢を見て霖之助は苦笑する。
霊夢が本気になると恐ろしいのは知っているので、それ以上追求せずに承諾した。
文に見つからない様にそそくさと神社へ戻った霊夢は、香霖堂で揃えた道具一式を台所に並べた。
業務用と書かれた大きな板チョコレート、ラッピング用の包装紙と小さな袋とリボン、昨日は気づかなかったが、一口大に作れる型が幾つか入った袋もある。
あの屋敷には藍や橙も居るから皆で食べられる様にと、霊夢なりの配慮を施す事にした。
プレゼントを作るのが初めての霊夢は、チョコレートを手で割りながらまた考え事をしていた。
紫は基本的に冬眠しているのだから、何かのきっかけでも無い限りすぐには食べないだろう。チョコレートの賞味期限というのはよく判らないが、万が一春まで持たないようなら藍と橙に食べて貰うしかない。
紫には、直接渡せないかもしれない…
「どうして、バレンタインデーというのは冬にあるの。春でもいいじゃない、そうしたら紫に直接渡せるのに…」
冬眠する前には必ず会って「またね」と言っている、その度にもう会えないのではないかと不安になる。しかし紫の後姿を追う事は無かった、スキマが閉まると霊夢は寂しさを感じるが同時に春を楽しみに待ちながら我慢しようと自分に言い聞かせていた。
涙が一滴零れた、慌てて目頭を袖で拭い作業を続ける。
丸い一口大に出来上がったチョコレートを、切り取った包装紙に一つずつ丁寧に包む。
紫の笑顔を思い浮かべても、現実の紫は今頃眠りの中と考えると寂しくなる。
自分のしている事は無意味なのではないだろうか?でも、後で紫が自分の気持ちに気づいてくれればそれでいい。直接渡せなくても、紫の式であり家族である藍や橙も喜んでくれるかもしれない。
「それでいいんだ」とまた自分に言い聞かせた。
出来上がった頃には日が暮れていた。
珍しく今日は神社に誰も来ない、逆にそのお陰で誰にも知られずに完成させる事が出来た。
達成感と切なさが胸の中で交差する。
重苦しい気持ちを吹き飛ばすかの様に、霊夢は勢いよく足を蹴りだした。薄暗い空の中、やはり周りを気にしながら屋敷へと向かった。
玄関を開け声を掛けると、藍が台所から出てきた。
「これは霊夢殿ではないですか、お久しぶりです」
式神だからなのか知らないが、藍の言葉遣いはとても丁寧だ。
「こんな時間にごめんなさいね」
「とんでもない、さあお入り下さい」
藍はいつも快く受け入れてくれる。時々食事をご馳走になる事もある位、藍や橙とも親交は深い。
しかし霊夢は用件だけ済ませて早く帰ろうと思っていた、この長い廊下の奥の部屋で紫が眠っていると思うと、傍に行きたい衝動にかられるからだ。
「ごめん、今日はこれを渡しに来ただけなの」
差し出した小さな袋が3つ、藍は不思議そうにそれを見つめる。
「今日はバレンタインでしょう、私が作ったから味には自信無いけどよかったら皆で食べて」
「これは…とりあえずお入り下さい!」
焦った様子で藍が奥の部屋に向かう、霊夢は困ったが藍を引き止められなかった為仕方なく入る事にした。
居間に入ると、和風の家具やちゃぶ台が目に入る。いつも一人で食事をしている霊夢にとって、大勢で食事をするのも贅沢で幸せな一時だ。
この部屋に入るのも久しぶりだ、懐かしい雰囲気が再び紫の笑顔を思い出させる。
確かに冬は長い、それでも春になればまた会えるのにどうしてこんなに紫の事を想うのだろう。
居間は静まり返っている。思い浮かぶのはここで過ごした楽しい時間、必ず隣に居た紫の存在が今頃になって自分の心を大きく占めていたのに気付く。
霊夢は後悔した、つくづく後悔した。もっと早く気づいていればよかったと。
確信が自分を責める、込み上げる涙を必死に堪えながら霊夢は一人待った。
「…ん?なんだか奥の部屋が騒がしいわね、藍どうしたのかしら」
ドタドタと足音が近づいてくる、それが藍のものなのか察する暇もなく居間の襖は開けられた。
霊夢は我が目を疑った。
そこには、冬眠している筈の紫が立っていたのだ。
慌てていたのか、服や髪が少し乱れている。
しかし間違いなく紫だ、自分は夢を見ているのではない。あれほど会いたかった紫が目の前に居る。
「…どうして、あんた冬眠は?」
息を整えるのに必死な紫は、しばらく言葉を発する事が出来なかった。
とりあえず落ち着こうとして、紫は霊夢の隣に腰を下ろし深く息を吐いた。
隣に紫が居る、それだけで霊夢の胸に熱いものがこみ上げてくる。
それを悟られない様に、霊夢は手に持っていた袋を差し出した。
「ほら、今日はバレンタインでしょう。作ってきたわよ」
紫はそれを受け取ると、満面の笑みを浮かべた。
「あなたが来たら起こすように、藍にお願いしていたの…ありがとう」
紫はずっと待っていた。あの時バレンタインの話をしたのも、冬眠に入る前に必ず霊夢と会って合言葉のように「またね」と言ったのも、このバレンタインデーという素敵な日を一緒に過ごしたかったから。
それを知った霊夢の頬に、堪え切れなくなった感情が涙となり伝う。
「ずっと気付かなくて、ごめん」
「いいのよ、私は待った分だけ喜びが膨らむのを楽しみにしていたのだから」
きっと紫は判っていたのだ、自分の気持ちにも、そしてこの日がいつか必ず来る事も。
「愛してるわ、霊夢…」
紫はそっと霊夢を抱きしめた。
暖かいぬくもりの中で、霊夢は思った。
これからは、自分に素直になってもいいんだ、と。
1話完結ですが、前作の「valentine~story1 From marisa~」と繋がっている部分があるので、そちらを先に読んで頂いてからの方が判り易いと思います。
それは、数年前の話。
木々が赤く色付いた秋のある日、いつもの様に霊夢は縁側でお茶を飲んでいた。
「風も冷たくなってきたわ、もうすぐ冬が来るのね」
寂しそうに言うのは、隣に腰掛けていた紫である。暖かい湯のみを手の平で覆う様に持ち、視線を落としている。
「そんな言い方したら何だか切ないじゃない」
確かに紫は冬眠をする、長い冬の間はしばしのお別れとなる。だが、常に寝なければいけない訳ではないし、その気になれば冬だって活動出来るのを霊夢は知っている。
「会いたくなったら、起きればいいじゃない」
もう二度と会えない訳ではないのに…霊夢の心はきつく締め付けられていた。
「そういえば、外の世界ではバレンタインという風習があるのよ」
外の世界をよく知る紫は話上手で、長時間聞いていても飽きない。むしろその時間が霊夢にとっては楽しい一時である。
「2月14日にチョコレートを渡すの。好きな人には本命、友達とかには義理といって分けるらしいわ」
紫がスキマから取り出した一冊の本には、バレンタインデーについて詳しく書かれている。
バレンタインデーが近づくと店にはチョコレートや派手な柄の紙やリボン等が並び、自分で作ったり既製品を購入して好きな人に渡す。中にはチョコレートの代わりにワインや衣類を渡す人も居る、形は何であれ好きな人や日頃世話になっている人への感謝の気持ちとして渡す儀式の様なものらしい。
品定めしている女性の様子が映し出されたページもある。
「ふーん」
気の無い返事をしながら霊夢は本のページをめくる。
「素敵な風習だと思わない?好きな人に想いを伝える為にチョコレートを渡すなんて」
「あんたって、意外とロマンチストなのね。それにしても外の世界では面白い事やってるのね、でもこの時期はあんたは寝てるじゃない」
「ふふ、まぁね…」
まだ、その時は何も気づかなかった。
なぜわざわざ紫が外の世界の風習を教えてきたのか、何を言いたかったのかを。
あれはもしかしたら、自分も欲しいという事だったのだろうか…。
誰でも、プレゼントは貰えると嬉しいもの。紫もチョコレートが欲しかったのか。
居間の炬燵の中でボーっとしながら、霊夢は考えていた。
昨日、魔理沙が真剣な表情でバレンタインについて聞いてきた。
偶然一緒に居た萃香と3人で、何故か香霖堂に売られていたチョコレートや道具一式を魔理沙に買わせ、あの本の内容を思い出しながら作り、喜んで帰っていった魔理沙を見送り、萃香と一緒に出来たばかりのチョコレートを食べた。
全てのつじつまが合ったが、霊夢は後悔していた。空腹だったとはいえ食べてしまった。折角作ったのに、何故あの時紫の顔を思い出さなかったのか…。
今日はバレンタインデー。
「…よしっ」
霊夢は決心を固め、外へ飛び出した。
「やぁ、今日は一人かい?」
今日も霖之助はストーブの前で暖を取りながら本を読んでいる。
霊夢は店内を見渡した。相変わらず用途の判らない物が雑然と並ぶ棚と、チョコレート等が整然と並べられた棚、どうやら自分以外の客は居ないようだ。
「霖之助さん、文は来てない?」
「あぁ、新聞屋さんかい?今日は来てないよ」
今日は…?という事はやはり文はここを訪れていたか。当然だ、チョコレートがどういうルートで香霖堂に入荷したのか、そして商売をする気が無い霖之助が真面目になっているのだから、文が目をつけない訳が無い。カウンターに置かれた数日前に発行された新聞には案の定「香霖堂にチョコレート入荷」と大きな見出しで書かれている。
「霖之助さん、私がここでチョコレートを買っていった事は文には絶対内緒にしてよね」
「という事は霊夢も誰かに渡すのかい?」
「質問に質問で返さないの!いい?絶対内緒にしてよ、記事にされたら魔理沙にからかわれるんだから!」
幻想郷で誰が誰にチョコレートを渡した、というのは霊夢にとってはどうでもいい事だったが、いずれ新聞で明らかになる。自分が新聞に載ってしまったら恥ずかしいだけでは済まされない。
魔理沙がからかう様なら、倍にして返せばいいのだが…やはり新聞には載りたくないという意地がある。
顔を赤らめ、物凄い剣幕で言う霊夢を見て霖之助は苦笑する。
霊夢が本気になると恐ろしいのは知っているので、それ以上追求せずに承諾した。
文に見つからない様にそそくさと神社へ戻った霊夢は、香霖堂で揃えた道具一式を台所に並べた。
業務用と書かれた大きな板チョコレート、ラッピング用の包装紙と小さな袋とリボン、昨日は気づかなかったが、一口大に作れる型が幾つか入った袋もある。
あの屋敷には藍や橙も居るから皆で食べられる様にと、霊夢なりの配慮を施す事にした。
プレゼントを作るのが初めての霊夢は、チョコレートを手で割りながらまた考え事をしていた。
紫は基本的に冬眠しているのだから、何かのきっかけでも無い限りすぐには食べないだろう。チョコレートの賞味期限というのはよく判らないが、万が一春まで持たないようなら藍と橙に食べて貰うしかない。
紫には、直接渡せないかもしれない…
「どうして、バレンタインデーというのは冬にあるの。春でもいいじゃない、そうしたら紫に直接渡せるのに…」
冬眠する前には必ず会って「またね」と言っている、その度にもう会えないのではないかと不安になる。しかし紫の後姿を追う事は無かった、スキマが閉まると霊夢は寂しさを感じるが同時に春を楽しみに待ちながら我慢しようと自分に言い聞かせていた。
涙が一滴零れた、慌てて目頭を袖で拭い作業を続ける。
丸い一口大に出来上がったチョコレートを、切り取った包装紙に一つずつ丁寧に包む。
紫の笑顔を思い浮かべても、現実の紫は今頃眠りの中と考えると寂しくなる。
自分のしている事は無意味なのではないだろうか?でも、後で紫が自分の気持ちに気づいてくれればそれでいい。直接渡せなくても、紫の式であり家族である藍や橙も喜んでくれるかもしれない。
「それでいいんだ」とまた自分に言い聞かせた。
出来上がった頃には日が暮れていた。
珍しく今日は神社に誰も来ない、逆にそのお陰で誰にも知られずに完成させる事が出来た。
達成感と切なさが胸の中で交差する。
重苦しい気持ちを吹き飛ばすかの様に、霊夢は勢いよく足を蹴りだした。薄暗い空の中、やはり周りを気にしながら屋敷へと向かった。
玄関を開け声を掛けると、藍が台所から出てきた。
「これは霊夢殿ではないですか、お久しぶりです」
式神だからなのか知らないが、藍の言葉遣いはとても丁寧だ。
「こんな時間にごめんなさいね」
「とんでもない、さあお入り下さい」
藍はいつも快く受け入れてくれる。時々食事をご馳走になる事もある位、藍や橙とも親交は深い。
しかし霊夢は用件だけ済ませて早く帰ろうと思っていた、この長い廊下の奥の部屋で紫が眠っていると思うと、傍に行きたい衝動にかられるからだ。
「ごめん、今日はこれを渡しに来ただけなの」
差し出した小さな袋が3つ、藍は不思議そうにそれを見つめる。
「今日はバレンタインでしょう、私が作ったから味には自信無いけどよかったら皆で食べて」
「これは…とりあえずお入り下さい!」
焦った様子で藍が奥の部屋に向かう、霊夢は困ったが藍を引き止められなかった為仕方なく入る事にした。
居間に入ると、和風の家具やちゃぶ台が目に入る。いつも一人で食事をしている霊夢にとって、大勢で食事をするのも贅沢で幸せな一時だ。
この部屋に入るのも久しぶりだ、懐かしい雰囲気が再び紫の笑顔を思い出させる。
確かに冬は長い、それでも春になればまた会えるのにどうしてこんなに紫の事を想うのだろう。
居間は静まり返っている。思い浮かぶのはここで過ごした楽しい時間、必ず隣に居た紫の存在が今頃になって自分の心を大きく占めていたのに気付く。
霊夢は後悔した、つくづく後悔した。もっと早く気づいていればよかったと。
確信が自分を責める、込み上げる涙を必死に堪えながら霊夢は一人待った。
「…ん?なんだか奥の部屋が騒がしいわね、藍どうしたのかしら」
ドタドタと足音が近づいてくる、それが藍のものなのか察する暇もなく居間の襖は開けられた。
霊夢は我が目を疑った。
そこには、冬眠している筈の紫が立っていたのだ。
慌てていたのか、服や髪が少し乱れている。
しかし間違いなく紫だ、自分は夢を見ているのではない。あれほど会いたかった紫が目の前に居る。
「…どうして、あんた冬眠は?」
息を整えるのに必死な紫は、しばらく言葉を発する事が出来なかった。
とりあえず落ち着こうとして、紫は霊夢の隣に腰を下ろし深く息を吐いた。
隣に紫が居る、それだけで霊夢の胸に熱いものがこみ上げてくる。
それを悟られない様に、霊夢は手に持っていた袋を差し出した。
「ほら、今日はバレンタインでしょう。作ってきたわよ」
紫はそれを受け取ると、満面の笑みを浮かべた。
「あなたが来たら起こすように、藍にお願いしていたの…ありがとう」
紫はずっと待っていた。あの時バレンタインの話をしたのも、冬眠に入る前に必ず霊夢と会って合言葉のように「またね」と言ったのも、このバレンタインデーという素敵な日を一緒に過ごしたかったから。
それを知った霊夢の頬に、堪え切れなくなった感情が涙となり伝う。
「ずっと気付かなくて、ごめん」
「いいのよ、私は待った分だけ喜びが膨らむのを楽しみにしていたのだから」
きっと紫は判っていたのだ、自分の気持ちにも、そしてこの日がいつか必ず来る事も。
「愛してるわ、霊夢…」
紫はそっと霊夢を抱きしめた。
暖かいぬくもりの中で、霊夢は思った。
これからは、自分に素直になってもいいんだ、と。
やっぱり
さいきょーね
これぞゆかれいむの味!!
御馳走様でした。