「こたつは良いわねぇ。人類が生み出した文化の極みだわ」
「いや、まったく」
博麗神社の一室で、スキマと小鬼が炬燵で暖まっている。
その表情は弛緩したもので、そのだらしのない有様はとてもじゃないが、幻想郷でも有数の実力者とは思えない姿だった。
ゲーテも『こたつは人類を堕落させる悪魔の発明である……でもだめ! 感じちゃうビクンビクン』と言っている。
かのヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテすら堕落せしめたこたつ、ならば大妖怪達が堕落するのもいたしかたないだろう。
「とりあえず、ゲーテはそんな事言っていないと思うわよ」
地の文に突っ込みを入れつつ、博麗の巫女が、熱燗を片手にふすまを開けて入ってきた。
「あら、ゲーテはすべてを語っているという格言もあるのよ。ならば、こたつに対して言及をしていても不思議は無いでしょう?」
幻想郷を代表するインテリらしく、紫が反論をする。
しかし、インテリとは得てして反感を買い易いもの、霊夢はそんな紫に対し「はいはい、分かったから」と、冷たい反応をして熱燗を天板に置いた。
「おお、悪いね」
萃香が熱燗に手を伸ばすと、巫女がピシャリと手を叩く。
どうやら、この熱燗は自分用らしい。
「吝嗇」
「台所を貸すから、欲しければ自分でやりなさい」
やり込められて、萃香は頬を膨らませる。
寒い中、こたつから出たくないからこそ、人の作った熱燗を貰うのではないか。
自分で馬鹿正直に熱燗を作れば、せっかく暖まった身体が冷えてしまう。
「霊夢は私に死ねって言うのか!」
「うん」
いともたやすく博麗霊夢は首肯する。
それを聞いて萃香は目を見開き「オニ! アクマ!」と罵った。
「鬼はあんたでしょ……だいたい、しぶとさに定評のある鬼が、寒いからって、死ぬわけないじゃない」
「そんな事ないぞ。地獄でバイトした鬼に聞いた話じゃ、焦熱地獄から氷結地獄に移転した時に、寒過ぎて死ぬかと思ったって奴も多いらしいからな!」
「死んでないじゃないの。というか、そもそもあんたらって死ぬようなデリカシーってあるの?」
「酷い事言われた!」
萃香がやり込められて、涙目で叫ぶ。
そこで、ずっと蜜柑のスジを丁寧に剥がしていた紫が口を挟んだ。
「確かに軟弱な人間に比べれば、私達妖怪は、それこそ不死と勘違いする程に死ににくい生き物だわ。でも、妖怪だって死ぬ事はあるのよ」
「マジで!?」
紫の妖怪だって死ぬんだよ発言に、萃香が驚きの声を上げる。
彼女は、幻想郷でも最強の一角を埋める程の大妖怪、どうやら自分が死ぬとは考えてもみなかったらしい。
「そう言ってもねぇ。あんたらって本当に死なないじゃないの。伝説の妖狐は、大軍を総動員して殺しても石になって祟りを為したし、鬼なんて大抵が首を切っても、首だけで生きているし、レミリア辺りの吸血鬼なんて、正しい手順を踏まないとまずは死なないわけじゃない?」
そういうと霊夢は「やれやれだわ」と、肩をすくめた。
妖怪退治を行う巫女にとって、妖怪のしぶとさは悩みの種だ。
別に、どこかの神父のように絶滅主義者という訳ではないが、ここまで妖怪達の元気が良いと愚痴の一つも言いたくなる。
「といってもねぇ。どこかの正真正銘の不死人ならともかく、そうでない以上は、きっちりと死ぬわよ。極めて原始的な単細胞生物は事実上の不死に近いけど、我々妖怪は、極めて高度な生命体。故に死ぬ事もある」
プラナリアなどの、原始的生命体は構造が単純過ぎる為に、滅多なことでは死なない。例えば、八つ裂きにしたとしても、その断片からプラナリアは、それぞれ再生する。
「……でも、萃香なら、八つ裂きにしても、それぞれチビ萃香が生まれて、再生しそうね」
「プラナリアと同列視された!」
再び、萃香は涙目で叫ぶ。
「でも、細胞を完全に破壊すれば、プラナリアも死ぬのよ」
「んじゃ、ぺちゃんこにするの?」
「いや、それだと無事な部分があるかもしれないから、焼くとか」
「でも、根本的に頑丈なのよねぇ」
まるで、象が踏んでも壊れない筆箱を見るような目で、霊夢は萃香を見た。
そろそろマジ泣きしかねないかな、という感じだったので、熱燗を与えて機嫌を取る。
「……あー、こたつは温いし、熱燗は美味いし、ここは天国だよねぇ」
萃香は簡単に機嫌を直し、お猪口を片手に顔を緩めた。
単純過ぎる。
「で、紫はどうなの?」
「それは、私も死ぬのかという質問かしら」
丁寧に剥かれた蜜柑を食べながら、紫が聞き返す。
そんな紫を見て、霊夢はスジだらけの蜜柑を口に放り込んだ。
「前にあんたは、生と死の境界ってスペルカードを使っていた。となれば、あんたは生と死の境界すら操るという事。そんな存在が、死ぬのかって聞いているのよ」
「……それは、逆に言えば私がプラナリア以下かと聞いているのかしら?」
「さあ?」
質問に質問で返した紫に、はぐらかすように答える。
その表情から、紫は霊夢の意図を読み取るべく、探った。
現在の会話の状況では、死に易さが生命としての高等下等ランク付けに関わっている。
そうなれば、この問いは八雲紫の尊厳に関わるという事。
簡単には、答えられなかった。
「そうねぇ。確かに私は生と死の領域にすら、足を踏み込んだ存在です。容易く死ぬという事はありません」
「つまり、あんたはプラナリアい……」
「しかし! ある特定の状況となった場合、能力云々をすっ飛ばして死ぬ事はあるわ!」
霊夢のプラナリア以下という断定を遮って、紫は叫んだ。
「……へぇ」
霊夢が興味深げに声を上げる。
その目には不穏当な光が宿っているが、八雲紫はあえて無視した。
「真の名を呼ばれる、隠していた心臓を潰される、日の光を浴びるなど、無敵と言われた妖怪魔物も意外とデリケートな弱点を持っているモノよ! もちろん、この私もね!」
自分はプラナリアではないという思いを込めて、紫は叫ぶ。
それを眺めながら、霊夢は熱燗をキュッと一杯やると、大妖怪に尋ねた。
「で、それってどんなの?」
その口調は、好奇心からのモノと見えるが、どこか剣呑。
思わず、弱点を口走りそうになった紫は、背筋に冷たいものを感じて、思いとどまった。
博麗霊夢は妖怪退治の申し子である。
ここで口を滑らせれば、いつの日か後悔する時が、きっと来るに違いない。
共に博麗大結界を守るものとしては信じたいが、異変の時の容赦のなさを見ていると、どうにも不安になる。
一時の感情から寝首をかかれるなど、ぞっとしない。
「わ、私の弱点はとても優雅なものなのよ」
「優雅ねぇ、弱点に優雅とかあるの?」
なので、紫は弱点を適当にでっちあげることにした。
「ええ、私の弱点は、とても優雅なモノ。とても美しい満月の夜に、カフェテラスでカモミールティーと水ようかんを同時に食べると、私は眠るように息を引き取るわ」
随分と滅茶苦茶な組み合わせだと、紫は心の中で自嘲する。
しかし、伝説の妖怪には、あり得ないような組み合わせでなければ死なないモノは多い。
昼でもなく夜でもない時に建物の中でも外でもない場所で、乾いてもなければ湿ってもないもので斬られなければ死なないなど、あり得ざる状況でなければ死なないようにするのだ。
それを考えれば、こんなありえない組み合わせであれば、弱点として成立する気もした。
「なるほど、それで紫は死ぬのね」
「ええ、とても優雅この上ないでしょ?」
二人は、ころころと鈴が鳴るように優雅に笑い合う。
それは、こたつに熱燗さえなければ、実に耽美な光景といっても良いのかもしれない。
「……なるほど、覚えておくわ」
真顔で霊夢は頷くと、燗にした酒を一気に飲んだ。
※
それからしばらくして、八雲紫は紅魔館の月見の席に居た。
「ご機嫌はいかがかしら、当主殿」
二十八日ごとに行われる紅魔館の月見、永遠に幼く紅い月という二つ名を持つレミリア・スカーレットの催す恒例の祭であり、祀りだった。
「おーら、酒が足りないぜー」
そして、祭とは多くの場合、単なる飲み会となるのは何処の世界でも同じ事。紫が訪れた時には、紅魔館には大小様々なトラが出来上がり、酒瓶を掲げている。
「ああ、紫か」
グラスに入った赤い液体を傾けながら、レミリアは挨拶をする。
その液体は、どこかドロっとしていて、僅かに黒い。
「木苺のジュースは、そろそろ卒業したら」
「赤ワインよりも、よっぽどそれっぽいだろう?」
呆れた顔の紫に、吸血鬼は悪戯っぽく笑う。
客が沢山来たので機嫌が宜しいようだ。
「あ、そうだ。ちょっと一席設けるから、紫も来てくれない?」
そういうとレミリアは紫の手をひいて、逃がさないようにするとメイド長に指示を出す。
そんな吸血鬼に紫は、こっそりと苦笑いをした。
「さ、こっちこっち」
子供に手をひかれる母親のように、紫はカフェテラスに連れ出された。
満月の良く見えるカフェテラス。
「どうぞ、紫様」
その一席に、妖精メイドに椅子を引かれ、座らされる。
「ええと、これは何の席なのかしら?」
「えーと、まあ、単なる月見よ。たまには良いでしょ?」
「そう、ね。たまには良いかもね」
どうにも不自然な空気を感じ取りながらも、紫はレミリアの提案を受ける。
「失礼します」
そこにメイド長が、ポットを持って現れた。
それは、とても良い香りのカモミールティー。
「変なのは入れていないわよね?」
「ええ、本当は西洋ワサビでもブレンドしようかと思いましたが、我慢しましたわ」
にっこりと花が咲くように笑う咲夜にレミリアは、それは結構と尊大に頷く。
ちなみに西洋ワサビことホースラディッシュはローストビーフには欠かせない素敵な植物である。
そんな楽しげな主従二人と違い、紫の顔には僅かに汗が浮かんでいた。
とても美しい満月の夜。
カフェテラス。
カモミールティー。
それは紫が霊夢に語った『八雲紫の殺し方』そのものだ。
しかし、アレはあの場でしか語っていない事。まったく実行力を持たない戯言の殺し方。単なるでたらめだ。
それを霊夢か、あるいはあの場で呑んだくれていた萃香が、レミリアに教えたのだろうか。
そして、その殺し方をレミリアが実践をしたのか?
何のために、いかなる理由で、殺そうと考えたのか。
殺し方を実践されるほど、自分は恨まれていたのか。
あるいは、単に試してみよう程度のモノなのか。
だとしたら、八雲紫はレミリアにとって、その程度の存在なのか。
「で、どうかしら。そのカモミールティー」
レミリアの言葉で、紫は現実に引きもどされる。
そして、吸血鬼の笑顔を見て、気が付く。
単にカモミールを出された程度なのだ。
「ええ、良い香りよ」
カモミールティーなど、紅魔館では紅茶が切れた時に飲まれる程度のモノだ。
まったくもって、紫が想像する事態を確定させるほど決定的なものではない。
「そういや、さくやー。お茶受けは―?」
「ええ、ちゃんと用意していますよ」
そうして出されたのは、黒くて四角い憎い奴。
水ようかんだった。
※
「ゆかりさまー。ご飯出来ましたよ―」
幻想郷の砂の嵐の中に立っているかどうかは定かではない八雲紫の屋敷に、スキマ妖怪の式である藍の声がこだまする。
返事は、ない。
藍は溜息を一つ吐くと、エプロンで手を拭きながら、紫の寝室へ向かう。
「では、失礼します」
中には、布団で出来たまんじゅうががプルプル震えていた。
「紫様。ご飯ですよ」
「私の事はほっといて!」
紅魔館の宴から帰ってきて以来、紫はずっとこの調子だった。
どうやら、割と気に入っていた吸血鬼から殺し方の実践をされたのが、よほど堪えたのだろう。
しかし、無理もなかった。
紫に対する殺し方の実践、それは学生で例えると、
K君が一人トイレに行きました。
その帰りに、教室から聞こえてくる会話で友人がぼそりと「Kって、早く死なないかな」と呟くのが聞こえて、K君は少し死にたくなりましいた。
というのに匹敵するに違いない。
「私は、自分の事を幻想郷のアイドルって思っていたのに! まさか、こんなに嫌われていたなんて……絶望したわ! 自己と他者の認識の相違に本気で絶望したのよ!」
まんじゅうこと、紫がプルプルと震えていた。
「えーと、とりあえずご飯が冷めるので、起きてもらいますね?」
しかし、藍は構わずに布団をはがしにかかり、寝まきの紫を担いで食堂に向かう。
それはとても手慣れたモノだった。
憤りを共有してくれなかった事から、紫は頬を膨らましながらご飯を食べる。
しかし藍は構わずに、ご飯をよそったり、飲み物を持ってきたりと事務的に給仕をし、それが更に紫の怒りに燃料を注いだ。
「なんで私が、嫌われているのかしら……私ほど、幻想郷の事を考えている者はいないというのに」
「正しい者や上に立つ者は得てして嫌われるものですよ」
「正論ね」
「はい」
真っ直ぐな藍を見て、紫は不満そうに鼻を鳴らす。
そして、食事を終えると天井を見上げた。
「少し、気晴らしに散歩でも行ってみたらどうです?」
「そして、色んな人からカモミールティーと水ようかんを御馳走になるわけね」
紫の様子に藍は溜息を付く。
元々、寝てばかりで引きこもり傾向にあった紫だが、このところは少し酷い。
世話をしなければならない藍の立場からすれば、前のように、たまには外に散歩に出て欲しい所だ。
そうすれば、藍も休めるし紫も気晴らしができて、一石二鳥だというのに。
そうして、藍が片づけをしながら溜息を吐いていると、紫は押し黙り、何かを考え込んでいた。
「あの、紫様?」
とうとう壊れたかと心配になって、藍は紫に声をかける。
しかし、紫は答えずに考え込むと、唐突にテーブルの上にあがって立ち上がった。
「ゆ、ゆかりさま!」
「藍。これから貴方には一働きして貰います」
冷静にして英知に溢れた大妖怪らしく、紫は藍に命令を下す。
その命令とは、
「これより幻想郷に赴いて、”八雲紫はブルーベリータルトを食べるともがき苦しんで死ぬ”という情報を流しなさい。特に”アップルティーと合わせると効果的”ともね」
「あ、あの、紫様それは?」
「いーのよ! どーせ私は嫌われ者なんでしょ!? だったら、存分に嫌われ者としての力を活用してあげるわ! こうすれば、私が出向いた時に、ブルーベリータルトとアップルティーを出した奴がいれば、私を殺したい奴って分かるわけだし、私も美味しい思いが出来て嬉しい! まさに一石二鳥じゃないの! これぞ八雲式虚報の策よッ! あははははははははは……」
「ゆ、ゆかりさま」
狂ったように笑う八雲紫、その目には確かな狂気が宿っていた。
こうして、新たな八雲紫の殺し方は幻想郷全土に広められたのであった。
※
「……意外と、嫌われてないのかしら」
幻想郷各地を行脚しながら、紫はボソリと呟いた。
出向いてみても、ブルーベリーやアップルパイで出迎えるものは一人として居なく、一番相性が悪いと思われていた比那名居天子の所でも、普通の出がらしのお茶と煎餅が出ただけだ。
そうなると、逆にレミリア・スカーレットに特に嫌われていたという事だろうか。
それは紫にとって少なからずショックな事。
彼女は、あの小さな吸血鬼が嫌いではない。
だからこそ、殺される程憎まれている理由が分からないのが、どうにも腑に落ちない。
そうして考えている内に、紅魔館に近づいてくる。
少し考えて、紫は正面玄関からではなく、スキマからお邪魔する事にした。
「本日は、フルーツタルトですわ」
「やったぁ! 咲夜のフルーツタルトは最高だもんね」
「フラン。行儀が悪いわよ」
「ぶー、テーブルに肘を付いているお姉様に言われたくないもん」
紅魔館の今日のおやつはフルーツタルトだった。
色とりどりの果物が乗せられていて、目にも楽しく味も素晴らしい十六夜咲夜自慢の逸品だ。
「お茶の方はどうします?」
「んー、何でもいいけど、そうね。私はアップルティーで良いな!」
「それじゃ、私もそれでいいわ」
「私は宇治茶がいいわね」
「あ、私はダージリンで頼むぜ」
「……なんで、あんたらが平然と居るのよ」
いきなりカフェテラスに現れた紅白な巫女と白黒な魔法使いを、メイド長がジト目で見る。
「いや、普通に玄関から勝手に入ったわよ」
「門番は?」
「とても良い鼻ちょうちんを膨らませていたからな。割らないように気を使うのは大変だったぜ」
咲夜の問いに霊夢と魔理沙が口々に答えた。
「まあ、良いじゃないの。こういった時の為にフルーツタルトは大きく作っているわけでしょ」
「客の言う台詞じゃないな。まあいいわ、二人の皿も用意しなさい」
呆れながらもレミリアが許したので、咲夜は溜息を一つ吐いて、フルーツタルトを切り分けた。
「イヤッホゥ! 咲夜のタルトは美味いな!」
「ほら、魔理沙。シロップが垂れてるじゃないの」
「魔理沙ー、あーんしてー」
「おう、幾らでも来い!」
「……あんたら、楽しそうね」
などと、吸血鬼と人間が舌鼓を打っていると、
「美味しそうじゃない」
スキマも唐突に現れた。
「本当に、あんたは何処にでも現れるわね」
呆れたように霊夢が文句を言いながら、タルトを口に運ぶ。
「脈絡もなく紅魔館でおやつを食べている人に言われたくないわね。ところで、当主殿。私もご相伴にあずかってよろしいかしら?」
「え? えっと、それは?」
レミリアが戸惑いの声を上げながら、紫とフルーツタルトを見比べる。
フルーツタルトに乗っている果物は、苺、キウイ、パパイヤ、そしてブルーベリーだ。
甘い匂いと微かなラム酒の香りが紫の鼻腔をくすぐる。
八雲紫は、今日の食事は抜いていた。
きっと、自分は嫌われ者だから、ブルーベリータルトをたくさん出されるのだろうと覚悟をし、腹を空かせていたのだ。
しかし、結局ブルーベリータルトが出る事は無く、そもそもお茶以外で出た食べ物は煎餅くらい。
だから、目の前のブルーベリーも乗ったフルーツタルトを見た瞬間、空腹から紫は手を伸ばしてしまった。
「頂くわね?」
切り分けられた一つを手に取ると、紫はそれを持ち上げる。
次の瞬間、
「早まるなッ!!」
切羽詰まった掛け声とともに紫のテンプルに、小さな足が直撃する。
あまりに正確な吸血鬼のニールキックで、紫は呆気なく吹き飛ばされた。
「あんたはなにをしているのよ! 自殺する気!?」
転がった紫を引きずり起こして、彼女を蹴っ飛ばしたレミリアがガクガクと揺さぶる。
「あうあうあう」
吸血鬼の力で揺さぶられては、何も喋る事ができない。
紫は、舌を噛まないように気を付けながら、言葉にならない弁解を呻くのみだ。
「お、落ち着いてくださいお嬢様!」
「ええい。離せ! この死にたがりに一発喰らわせないと私の気が済まない!」
「止めて下さい! それこそ死んでしまいます!」
従者に連れられて、レミリアは紫から離れた。
ようやく解放された紫が、目を白黒させながら座りこんで、
「しかし、紫ってブルーベリータルトを食べると死ぬんだろ? このフルーツタルトにもブルーベリーが入っているんだから、気をつけなくちゃ駄目だぜ」
といって、魔理沙が床に落ちたフルーツタルトを拾い上げて「あー、もったいねー」と呟く。
「えっと、あの……レミリア?」
紫は、座ったままレミリアに声をかける。
「なに!」
「私の事は、嫌いだったり、するの?」
「そんな訳ないでしょ! 自殺しようとしたのを防いだ時点で分かれ!」
その言葉に、紫は少しだけ俯いた。
どうにも嬉しかったからだ。
どれほど長く生きようとも、真っ直ぐな行為ほど嬉しいものはない。
ただ、歳を取るとそれが少し恥ずかしいので、だから紫は俯くのだ。
そして、ふと気が付く。
すべての発端となった、満月の晩の事を。
「だったら、カモミールティーと水ようかんは?」
「え? あれって紫のお気に入りの組み合わせじゃないの?」
不思議そうにレミリアは霊夢の方を見る。
すると霊夢は「饅頭」と答えた。
「え?」
「あれって、いわゆる饅頭なんでしょ?」
その一言で八雲紫はすべてを理解する。
霊夢は、あの時点でカモミールティー云々を虚偽であると見抜いたのだ。
そして、紫の言う殺し方を、落語の饅頭怖いと同じだと見なし、満月を見ながらカフェテラスでカモミールティーを水ようかんと一緒に食べる事を八雲紫が望んでいると解釈した。
己の好きなモノを怖いものとして、自分を怖がらせたい他人にそれを持ってこさせるのが落語『まんじゅうこわい』の骨子、つまり八雲紫を殺す方法とは、紫の好きなモノという事になる。
そして、恐らく霊夢は、カモミールティーに水ようかんという組み合わせの面白さから、話のネタとして何かの機会にレミリアに『そう言えば、紫はカモミールティーに水ようかんで食べるのが好きみたいよ?』などと話したのであろう。
そして、たまたま月見に紫が来たので、レミリアはちょっとした心遣いとして、紫の為にあの席を設けたのだ。
「そういう事だったのね……分かったわレミリア! 貴方の愛を私はしっかりと受け取った! 私達結婚しましょ!」
「な、なんでいきなりそうなるのよ!」
突然、全力で抱きついてきた紫を、レミリアはどうにか受け止める。
それを呆然と見ていたフランの目を咲夜が「妹様にはまだ早いです」と隠し、白黒は「まだ日が高いぞー」と面白げに囃したてる。
そんな中で、霊夢は一人のんびりとお茶を飲み、
「平和ねぇ」
と、嬌声を上げる二人を見て、しみじみと呟いたのであった。
了
「いや、まったく」
博麗神社の一室で、スキマと小鬼が炬燵で暖まっている。
その表情は弛緩したもので、そのだらしのない有様はとてもじゃないが、幻想郷でも有数の実力者とは思えない姿だった。
ゲーテも『こたつは人類を堕落させる悪魔の発明である……でもだめ! 感じちゃうビクンビクン』と言っている。
かのヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテすら堕落せしめたこたつ、ならば大妖怪達が堕落するのもいたしかたないだろう。
「とりあえず、ゲーテはそんな事言っていないと思うわよ」
地の文に突っ込みを入れつつ、博麗の巫女が、熱燗を片手にふすまを開けて入ってきた。
「あら、ゲーテはすべてを語っているという格言もあるのよ。ならば、こたつに対して言及をしていても不思議は無いでしょう?」
幻想郷を代表するインテリらしく、紫が反論をする。
しかし、インテリとは得てして反感を買い易いもの、霊夢はそんな紫に対し「はいはい、分かったから」と、冷たい反応をして熱燗を天板に置いた。
「おお、悪いね」
萃香が熱燗に手を伸ばすと、巫女がピシャリと手を叩く。
どうやら、この熱燗は自分用らしい。
「吝嗇」
「台所を貸すから、欲しければ自分でやりなさい」
やり込められて、萃香は頬を膨らませる。
寒い中、こたつから出たくないからこそ、人の作った熱燗を貰うのではないか。
自分で馬鹿正直に熱燗を作れば、せっかく暖まった身体が冷えてしまう。
「霊夢は私に死ねって言うのか!」
「うん」
いともたやすく博麗霊夢は首肯する。
それを聞いて萃香は目を見開き「オニ! アクマ!」と罵った。
「鬼はあんたでしょ……だいたい、しぶとさに定評のある鬼が、寒いからって、死ぬわけないじゃない」
「そんな事ないぞ。地獄でバイトした鬼に聞いた話じゃ、焦熱地獄から氷結地獄に移転した時に、寒過ぎて死ぬかと思ったって奴も多いらしいからな!」
「死んでないじゃないの。というか、そもそもあんたらって死ぬようなデリカシーってあるの?」
「酷い事言われた!」
萃香がやり込められて、涙目で叫ぶ。
そこで、ずっと蜜柑のスジを丁寧に剥がしていた紫が口を挟んだ。
「確かに軟弱な人間に比べれば、私達妖怪は、それこそ不死と勘違いする程に死ににくい生き物だわ。でも、妖怪だって死ぬ事はあるのよ」
「マジで!?」
紫の妖怪だって死ぬんだよ発言に、萃香が驚きの声を上げる。
彼女は、幻想郷でも最強の一角を埋める程の大妖怪、どうやら自分が死ぬとは考えてもみなかったらしい。
「そう言ってもねぇ。あんたらって本当に死なないじゃないの。伝説の妖狐は、大軍を総動員して殺しても石になって祟りを為したし、鬼なんて大抵が首を切っても、首だけで生きているし、レミリア辺りの吸血鬼なんて、正しい手順を踏まないとまずは死なないわけじゃない?」
そういうと霊夢は「やれやれだわ」と、肩をすくめた。
妖怪退治を行う巫女にとって、妖怪のしぶとさは悩みの種だ。
別に、どこかの神父のように絶滅主義者という訳ではないが、ここまで妖怪達の元気が良いと愚痴の一つも言いたくなる。
「といってもねぇ。どこかの正真正銘の不死人ならともかく、そうでない以上は、きっちりと死ぬわよ。極めて原始的な単細胞生物は事実上の不死に近いけど、我々妖怪は、極めて高度な生命体。故に死ぬ事もある」
プラナリアなどの、原始的生命体は構造が単純過ぎる為に、滅多なことでは死なない。例えば、八つ裂きにしたとしても、その断片からプラナリアは、それぞれ再生する。
「……でも、萃香なら、八つ裂きにしても、それぞれチビ萃香が生まれて、再生しそうね」
「プラナリアと同列視された!」
再び、萃香は涙目で叫ぶ。
「でも、細胞を完全に破壊すれば、プラナリアも死ぬのよ」
「んじゃ、ぺちゃんこにするの?」
「いや、それだと無事な部分があるかもしれないから、焼くとか」
「でも、根本的に頑丈なのよねぇ」
まるで、象が踏んでも壊れない筆箱を見るような目で、霊夢は萃香を見た。
そろそろマジ泣きしかねないかな、という感じだったので、熱燗を与えて機嫌を取る。
「……あー、こたつは温いし、熱燗は美味いし、ここは天国だよねぇ」
萃香は簡単に機嫌を直し、お猪口を片手に顔を緩めた。
単純過ぎる。
「で、紫はどうなの?」
「それは、私も死ぬのかという質問かしら」
丁寧に剥かれた蜜柑を食べながら、紫が聞き返す。
そんな紫を見て、霊夢はスジだらけの蜜柑を口に放り込んだ。
「前にあんたは、生と死の境界ってスペルカードを使っていた。となれば、あんたは生と死の境界すら操るという事。そんな存在が、死ぬのかって聞いているのよ」
「……それは、逆に言えば私がプラナリア以下かと聞いているのかしら?」
「さあ?」
質問に質問で返した紫に、はぐらかすように答える。
その表情から、紫は霊夢の意図を読み取るべく、探った。
現在の会話の状況では、死に易さが生命としての高等下等ランク付けに関わっている。
そうなれば、この問いは八雲紫の尊厳に関わるという事。
簡単には、答えられなかった。
「そうねぇ。確かに私は生と死の領域にすら、足を踏み込んだ存在です。容易く死ぬという事はありません」
「つまり、あんたはプラナリアい……」
「しかし! ある特定の状況となった場合、能力云々をすっ飛ばして死ぬ事はあるわ!」
霊夢のプラナリア以下という断定を遮って、紫は叫んだ。
「……へぇ」
霊夢が興味深げに声を上げる。
その目には不穏当な光が宿っているが、八雲紫はあえて無視した。
「真の名を呼ばれる、隠していた心臓を潰される、日の光を浴びるなど、無敵と言われた妖怪魔物も意外とデリケートな弱点を持っているモノよ! もちろん、この私もね!」
自分はプラナリアではないという思いを込めて、紫は叫ぶ。
それを眺めながら、霊夢は熱燗をキュッと一杯やると、大妖怪に尋ねた。
「で、それってどんなの?」
その口調は、好奇心からのモノと見えるが、どこか剣呑。
思わず、弱点を口走りそうになった紫は、背筋に冷たいものを感じて、思いとどまった。
博麗霊夢は妖怪退治の申し子である。
ここで口を滑らせれば、いつの日か後悔する時が、きっと来るに違いない。
共に博麗大結界を守るものとしては信じたいが、異変の時の容赦のなさを見ていると、どうにも不安になる。
一時の感情から寝首をかかれるなど、ぞっとしない。
「わ、私の弱点はとても優雅なものなのよ」
「優雅ねぇ、弱点に優雅とかあるの?」
なので、紫は弱点を適当にでっちあげることにした。
「ええ、私の弱点は、とても優雅なモノ。とても美しい満月の夜に、カフェテラスでカモミールティーと水ようかんを同時に食べると、私は眠るように息を引き取るわ」
随分と滅茶苦茶な組み合わせだと、紫は心の中で自嘲する。
しかし、伝説の妖怪には、あり得ないような組み合わせでなければ死なないモノは多い。
昼でもなく夜でもない時に建物の中でも外でもない場所で、乾いてもなければ湿ってもないもので斬られなければ死なないなど、あり得ざる状況でなければ死なないようにするのだ。
それを考えれば、こんなありえない組み合わせであれば、弱点として成立する気もした。
「なるほど、それで紫は死ぬのね」
「ええ、とても優雅この上ないでしょ?」
二人は、ころころと鈴が鳴るように優雅に笑い合う。
それは、こたつに熱燗さえなければ、実に耽美な光景といっても良いのかもしれない。
「……なるほど、覚えておくわ」
真顔で霊夢は頷くと、燗にした酒を一気に飲んだ。
※
それからしばらくして、八雲紫は紅魔館の月見の席に居た。
「ご機嫌はいかがかしら、当主殿」
二十八日ごとに行われる紅魔館の月見、永遠に幼く紅い月という二つ名を持つレミリア・スカーレットの催す恒例の祭であり、祀りだった。
「おーら、酒が足りないぜー」
そして、祭とは多くの場合、単なる飲み会となるのは何処の世界でも同じ事。紫が訪れた時には、紅魔館には大小様々なトラが出来上がり、酒瓶を掲げている。
「ああ、紫か」
グラスに入った赤い液体を傾けながら、レミリアは挨拶をする。
その液体は、どこかドロっとしていて、僅かに黒い。
「木苺のジュースは、そろそろ卒業したら」
「赤ワインよりも、よっぽどそれっぽいだろう?」
呆れた顔の紫に、吸血鬼は悪戯っぽく笑う。
客が沢山来たので機嫌が宜しいようだ。
「あ、そうだ。ちょっと一席設けるから、紫も来てくれない?」
そういうとレミリアは紫の手をひいて、逃がさないようにするとメイド長に指示を出す。
そんな吸血鬼に紫は、こっそりと苦笑いをした。
「さ、こっちこっち」
子供に手をひかれる母親のように、紫はカフェテラスに連れ出された。
満月の良く見えるカフェテラス。
「どうぞ、紫様」
その一席に、妖精メイドに椅子を引かれ、座らされる。
「ええと、これは何の席なのかしら?」
「えーと、まあ、単なる月見よ。たまには良いでしょ?」
「そう、ね。たまには良いかもね」
どうにも不自然な空気を感じ取りながらも、紫はレミリアの提案を受ける。
「失礼します」
そこにメイド長が、ポットを持って現れた。
それは、とても良い香りのカモミールティー。
「変なのは入れていないわよね?」
「ええ、本当は西洋ワサビでもブレンドしようかと思いましたが、我慢しましたわ」
にっこりと花が咲くように笑う咲夜にレミリアは、それは結構と尊大に頷く。
ちなみに西洋ワサビことホースラディッシュはローストビーフには欠かせない素敵な植物である。
そんな楽しげな主従二人と違い、紫の顔には僅かに汗が浮かんでいた。
とても美しい満月の夜。
カフェテラス。
カモミールティー。
それは紫が霊夢に語った『八雲紫の殺し方』そのものだ。
しかし、アレはあの場でしか語っていない事。まったく実行力を持たない戯言の殺し方。単なるでたらめだ。
それを霊夢か、あるいはあの場で呑んだくれていた萃香が、レミリアに教えたのだろうか。
そして、その殺し方をレミリアが実践をしたのか?
何のために、いかなる理由で、殺そうと考えたのか。
殺し方を実践されるほど、自分は恨まれていたのか。
あるいは、単に試してみよう程度のモノなのか。
だとしたら、八雲紫はレミリアにとって、その程度の存在なのか。
「で、どうかしら。そのカモミールティー」
レミリアの言葉で、紫は現実に引きもどされる。
そして、吸血鬼の笑顔を見て、気が付く。
単にカモミールを出された程度なのだ。
「ええ、良い香りよ」
カモミールティーなど、紅魔館では紅茶が切れた時に飲まれる程度のモノだ。
まったくもって、紫が想像する事態を確定させるほど決定的なものではない。
「そういや、さくやー。お茶受けは―?」
「ええ、ちゃんと用意していますよ」
そうして出されたのは、黒くて四角い憎い奴。
水ようかんだった。
※
「ゆかりさまー。ご飯出来ましたよ―」
幻想郷の砂の嵐の中に立っているかどうかは定かではない八雲紫の屋敷に、スキマ妖怪の式である藍の声がこだまする。
返事は、ない。
藍は溜息を一つ吐くと、エプロンで手を拭きながら、紫の寝室へ向かう。
「では、失礼します」
中には、布団で出来たまんじゅうががプルプル震えていた。
「紫様。ご飯ですよ」
「私の事はほっといて!」
紅魔館の宴から帰ってきて以来、紫はずっとこの調子だった。
どうやら、割と気に入っていた吸血鬼から殺し方の実践をされたのが、よほど堪えたのだろう。
しかし、無理もなかった。
紫に対する殺し方の実践、それは学生で例えると、
K君が一人トイレに行きました。
その帰りに、教室から聞こえてくる会話で友人がぼそりと「Kって、早く死なないかな」と呟くのが聞こえて、K君は少し死にたくなりましいた。
というのに匹敵するに違いない。
「私は、自分の事を幻想郷のアイドルって思っていたのに! まさか、こんなに嫌われていたなんて……絶望したわ! 自己と他者の認識の相違に本気で絶望したのよ!」
まんじゅうこと、紫がプルプルと震えていた。
「えーと、とりあえずご飯が冷めるので、起きてもらいますね?」
しかし、藍は構わずに布団をはがしにかかり、寝まきの紫を担いで食堂に向かう。
それはとても手慣れたモノだった。
憤りを共有してくれなかった事から、紫は頬を膨らましながらご飯を食べる。
しかし藍は構わずに、ご飯をよそったり、飲み物を持ってきたりと事務的に給仕をし、それが更に紫の怒りに燃料を注いだ。
「なんで私が、嫌われているのかしら……私ほど、幻想郷の事を考えている者はいないというのに」
「正しい者や上に立つ者は得てして嫌われるものですよ」
「正論ね」
「はい」
真っ直ぐな藍を見て、紫は不満そうに鼻を鳴らす。
そして、食事を終えると天井を見上げた。
「少し、気晴らしに散歩でも行ってみたらどうです?」
「そして、色んな人からカモミールティーと水ようかんを御馳走になるわけね」
紫の様子に藍は溜息を付く。
元々、寝てばかりで引きこもり傾向にあった紫だが、このところは少し酷い。
世話をしなければならない藍の立場からすれば、前のように、たまには外に散歩に出て欲しい所だ。
そうすれば、藍も休めるし紫も気晴らしができて、一石二鳥だというのに。
そうして、藍が片づけをしながら溜息を吐いていると、紫は押し黙り、何かを考え込んでいた。
「あの、紫様?」
とうとう壊れたかと心配になって、藍は紫に声をかける。
しかし、紫は答えずに考え込むと、唐突にテーブルの上にあがって立ち上がった。
「ゆ、ゆかりさま!」
「藍。これから貴方には一働きして貰います」
冷静にして英知に溢れた大妖怪らしく、紫は藍に命令を下す。
その命令とは、
「これより幻想郷に赴いて、”八雲紫はブルーベリータルトを食べるともがき苦しんで死ぬ”という情報を流しなさい。特に”アップルティーと合わせると効果的”ともね」
「あ、あの、紫様それは?」
「いーのよ! どーせ私は嫌われ者なんでしょ!? だったら、存分に嫌われ者としての力を活用してあげるわ! こうすれば、私が出向いた時に、ブルーベリータルトとアップルティーを出した奴がいれば、私を殺したい奴って分かるわけだし、私も美味しい思いが出来て嬉しい! まさに一石二鳥じゃないの! これぞ八雲式虚報の策よッ! あははははははははは……」
「ゆ、ゆかりさま」
狂ったように笑う八雲紫、その目には確かな狂気が宿っていた。
こうして、新たな八雲紫の殺し方は幻想郷全土に広められたのであった。
※
「……意外と、嫌われてないのかしら」
幻想郷各地を行脚しながら、紫はボソリと呟いた。
出向いてみても、ブルーベリーやアップルパイで出迎えるものは一人として居なく、一番相性が悪いと思われていた比那名居天子の所でも、普通の出がらしのお茶と煎餅が出ただけだ。
そうなると、逆にレミリア・スカーレットに特に嫌われていたという事だろうか。
それは紫にとって少なからずショックな事。
彼女は、あの小さな吸血鬼が嫌いではない。
だからこそ、殺される程憎まれている理由が分からないのが、どうにも腑に落ちない。
そうして考えている内に、紅魔館に近づいてくる。
少し考えて、紫は正面玄関からではなく、スキマからお邪魔する事にした。
「本日は、フルーツタルトですわ」
「やったぁ! 咲夜のフルーツタルトは最高だもんね」
「フラン。行儀が悪いわよ」
「ぶー、テーブルに肘を付いているお姉様に言われたくないもん」
紅魔館の今日のおやつはフルーツタルトだった。
色とりどりの果物が乗せられていて、目にも楽しく味も素晴らしい十六夜咲夜自慢の逸品だ。
「お茶の方はどうします?」
「んー、何でもいいけど、そうね。私はアップルティーで良いな!」
「それじゃ、私もそれでいいわ」
「私は宇治茶がいいわね」
「あ、私はダージリンで頼むぜ」
「……なんで、あんたらが平然と居るのよ」
いきなりカフェテラスに現れた紅白な巫女と白黒な魔法使いを、メイド長がジト目で見る。
「いや、普通に玄関から勝手に入ったわよ」
「門番は?」
「とても良い鼻ちょうちんを膨らませていたからな。割らないように気を使うのは大変だったぜ」
咲夜の問いに霊夢と魔理沙が口々に答えた。
「まあ、良いじゃないの。こういった時の為にフルーツタルトは大きく作っているわけでしょ」
「客の言う台詞じゃないな。まあいいわ、二人の皿も用意しなさい」
呆れながらもレミリアが許したので、咲夜は溜息を一つ吐いて、フルーツタルトを切り分けた。
「イヤッホゥ! 咲夜のタルトは美味いな!」
「ほら、魔理沙。シロップが垂れてるじゃないの」
「魔理沙ー、あーんしてー」
「おう、幾らでも来い!」
「……あんたら、楽しそうね」
などと、吸血鬼と人間が舌鼓を打っていると、
「美味しそうじゃない」
スキマも唐突に現れた。
「本当に、あんたは何処にでも現れるわね」
呆れたように霊夢が文句を言いながら、タルトを口に運ぶ。
「脈絡もなく紅魔館でおやつを食べている人に言われたくないわね。ところで、当主殿。私もご相伴にあずかってよろしいかしら?」
「え? えっと、それは?」
レミリアが戸惑いの声を上げながら、紫とフルーツタルトを見比べる。
フルーツタルトに乗っている果物は、苺、キウイ、パパイヤ、そしてブルーベリーだ。
甘い匂いと微かなラム酒の香りが紫の鼻腔をくすぐる。
八雲紫は、今日の食事は抜いていた。
きっと、自分は嫌われ者だから、ブルーベリータルトをたくさん出されるのだろうと覚悟をし、腹を空かせていたのだ。
しかし、結局ブルーベリータルトが出る事は無く、そもそもお茶以外で出た食べ物は煎餅くらい。
だから、目の前のブルーベリーも乗ったフルーツタルトを見た瞬間、空腹から紫は手を伸ばしてしまった。
「頂くわね?」
切り分けられた一つを手に取ると、紫はそれを持ち上げる。
次の瞬間、
「早まるなッ!!」
切羽詰まった掛け声とともに紫のテンプルに、小さな足が直撃する。
あまりに正確な吸血鬼のニールキックで、紫は呆気なく吹き飛ばされた。
「あんたはなにをしているのよ! 自殺する気!?」
転がった紫を引きずり起こして、彼女を蹴っ飛ばしたレミリアがガクガクと揺さぶる。
「あうあうあう」
吸血鬼の力で揺さぶられては、何も喋る事ができない。
紫は、舌を噛まないように気を付けながら、言葉にならない弁解を呻くのみだ。
「お、落ち着いてくださいお嬢様!」
「ええい。離せ! この死にたがりに一発喰らわせないと私の気が済まない!」
「止めて下さい! それこそ死んでしまいます!」
従者に連れられて、レミリアは紫から離れた。
ようやく解放された紫が、目を白黒させながら座りこんで、
「しかし、紫ってブルーベリータルトを食べると死ぬんだろ? このフルーツタルトにもブルーベリーが入っているんだから、気をつけなくちゃ駄目だぜ」
といって、魔理沙が床に落ちたフルーツタルトを拾い上げて「あー、もったいねー」と呟く。
「えっと、あの……レミリア?」
紫は、座ったままレミリアに声をかける。
「なに!」
「私の事は、嫌いだったり、するの?」
「そんな訳ないでしょ! 自殺しようとしたのを防いだ時点で分かれ!」
その言葉に、紫は少しだけ俯いた。
どうにも嬉しかったからだ。
どれほど長く生きようとも、真っ直ぐな行為ほど嬉しいものはない。
ただ、歳を取るとそれが少し恥ずかしいので、だから紫は俯くのだ。
そして、ふと気が付く。
すべての発端となった、満月の晩の事を。
「だったら、カモミールティーと水ようかんは?」
「え? あれって紫のお気に入りの組み合わせじゃないの?」
不思議そうにレミリアは霊夢の方を見る。
すると霊夢は「饅頭」と答えた。
「え?」
「あれって、いわゆる饅頭なんでしょ?」
その一言で八雲紫はすべてを理解する。
霊夢は、あの時点でカモミールティー云々を虚偽であると見抜いたのだ。
そして、紫の言う殺し方を、落語の饅頭怖いと同じだと見なし、満月を見ながらカフェテラスでカモミールティーを水ようかんと一緒に食べる事を八雲紫が望んでいると解釈した。
己の好きなモノを怖いものとして、自分を怖がらせたい他人にそれを持ってこさせるのが落語『まんじゅうこわい』の骨子、つまり八雲紫を殺す方法とは、紫の好きなモノという事になる。
そして、恐らく霊夢は、カモミールティーに水ようかんという組み合わせの面白さから、話のネタとして何かの機会にレミリアに『そう言えば、紫はカモミールティーに水ようかんで食べるのが好きみたいよ?』などと話したのであろう。
そして、たまたま月見に紫が来たので、レミリアはちょっとした心遣いとして、紫の為にあの席を設けたのだ。
「そういう事だったのね……分かったわレミリア! 貴方の愛を私はしっかりと受け取った! 私達結婚しましょ!」
「な、なんでいきなりそうなるのよ!」
突然、全力で抱きついてきた紫を、レミリアはどうにか受け止める。
それを呆然と見ていたフランの目を咲夜が「妹様にはまだ早いです」と隠し、白黒は「まだ日が高いぞー」と面白げに囃したてる。
そんな中で、霊夢は一人のんびりとお茶を飲み、
「平和ねぇ」
と、嬌声を上げる二人を見て、しみじみと呟いたのであった。
了
ゆかりんマジ可愛い!
俺もゲーテだ!
レミリア×紫…アリだ!!
ちなみにプラナリアは頑丈どころか物凄く脆弱な生き物で、ちょっとした刺激や環境の変化で簡単に死にますよー
たまらんよ、いやマジで。この組み合わせは実に素晴らしくて新しいw
レミゆかいいよー
レミゆかはありだな
しかし萃香の扱いが何気にヒドいなww
いや、俺はなぜこんな素晴らしい組み合わせに今まで気が付かなかったのだろう。
わざわざ紫のためにカモミールティーと水羊羹を用意したレミリアの今までの思いを考えたら俺がもがき苦しんで死にそうだ。
ここにいる皆ゲーテだわ
ありがとう!
ゆかりんかわいいよ
話の展開が上手いのと、紫が可愛いのとで楽しめました。
霊夢とレミリアもいい味だしてたし、面白かったです。
ゲーテ恐ろしい子!!
私もゲーテだったのか…
ゲーテさんマジぱねぇっす
にしてもスイカがチョイ役だなwww
「手は手でなければ洗えない 得ようと思ったらまず与えよ」と
つまりおぜうさまはおぜうさまでゆかりんの事をだな…
俺がゲーテ? あなたがゲーテ? ここにいる、みんなゲーテか、いや偽物か。
……まあとりあえず、ゆかりんはマジ可愛い。
レミゆかいいなレミゆか
また、文字通り八つ裂きにされると相当恵まれた環境でないと全ての断片からの再生は難しかったような
実験室ならともかく、自然界では死んでしまうのではないでしょうか
ふふん、知ってましたよ? ふふん。
藍様の、不貞腐れたゆかりんの扱い方がまたいい!
しかし最後のには同意しておこう。
ゲーテすべてを語りすぎwww
大正解だよww
ゆかりん可愛い
最高に面白かったです。
わかってる