ああ、まりさかわいい。
午後の麗らかなティータイムを、私はそんな思考に費やしながら過ごしていた。
魔理沙は今、いっしょうけんめい、魔法の学術書を読んでいる。
正直、魔理沙にはまだ早いんじゃないかなとも思ったが、本人が強く希望するので、とりあえず読ませてみることにしたのだ。
そして私は、魔理沙が向かっているテーブルのすぐ傍にあるソファーに腰掛け、そんな彼女の様子を温かく見守っているというわけだ。
魔理沙の表情は真剣そのもの。
一ページ一ページ、食い入るように読んでいる。
……だが。
目下、私の焦点は、それとは別の所に結ばれていたりする。
まず。
私の家のテーブルは、言うまでもなく、私の身体のサイズに合うものを選んで置いている。
そしてこれまた言うまでもなく、魔理沙の身体は私よりも一回りほど小さい。
つまり。
私にとってはちょうど良い高さのテーブルも、魔理沙にとってはやや高くなる。
そのため、魔理沙がここで本を読むときは、ちょうど胸のあたりにテーブルがくるため、両腕をやや斜め上に、がんばって伸ばす形になるのだ。
ああ、まりさかわいい。
次に。
私の家の椅子も、言うまでもなく、私の身体のサイズに合うものを選んで置いている。
そしてやはり言うまでもなく、魔理沙の身体は私よりも一回りほど小さい。
つまり。
私にとってはちょうど良い高さの椅子も、魔理沙にとってはやや高くなる。
そのため、魔理沙がここに座って本を読むときは、足が床に着かずに、少し浮く形になるのだ。
すなわち、あんよぶらぶら。
ああ、まりさかわいい。
とにかくそんな感じで、もうまりさがかわいすぎて私の上海が宇宙だ。
私は何を言っているんだろうね。
まりさちゃんウフフ。
……と、そのとき。
「なあ、アリス」
まりさちゃんウフフタイム真っ最中の私に、当の魔理沙が声を掛けてきた。
私は聖母のような笑顔で応対する。
「ん? どうしたの、まりさちゃん」
「……は?」
「ああ、ごめん。何でもないわ、魔理沙。で、何?」
危ない危ない。
魔理沙はちゃん付けで呼んだら機嫌を悪くするからね。
皆も妄想と現実の区別は付けようね。
魔理沙は、少し醒めたような目で私を見据えながら、ぼそっと呟いた。
「……そうやってじっと見られてると、気が散るんだけど」
「えっ」
ちっちゃなお口から紡ぎ出された思いも寄らぬ非難の言葉に、私は胸をグングニルで刺突されたような気分になった。
うー。
「……だから、できれば、あんまり見ないでくれ」
「あ、ああ、そうね。うん。ごめん」
それだけの言葉を交わすと、魔理沙は私から視線を外し、再び学術書に向き直った。
それと同時に、私の心にはある不安が募り始めていた。
こ、これは、まさか……。
一抹の不安が脳裏をよぎる。
いつか来るとは思っていたが、こんなに早く……。
いや、だがまだ……。
先ほどのウフフタイムからは一転、私の胸中に暗雲が渦巻く。
様々な葛藤に心が押し潰されるのを避けるため、私はとりあえず魔理沙のかわいさに安らぎを見出すことにした。
「……よし」
一呼吸してから、私は魔理沙を挟んだ向こう側、壁際の棚の上にある人形に魔力を送り込む。
そして私自身は、見ていませんよーというポーズのため、しっかと両の目を閉じる。
しかしすぐに、私の瞼の裏には、とある映像が映し出される。
それは―――魔理沙の横顔。
ただしこれは、私のいるソファーとは反対の側から見た映像。
すなわち、棚の上の人形の目を通じて、リアルタイムで私の脳内に送り込まれている映像である。
私ほどの魔法使いになれば、こういうことも朝飯前なのです。
アリスちゃん凄い。
こうして私は、あたかもうたた寝しているようなフリをしつつ、魔理沙のかわいい横顔を堪能し続けることができるというわけだ。
私のまりさちゃんウフフタイムはまだまだ続く。
……と、思っていたら。
「……アリス」
「えっ」
目を開けると、またもや魔理沙が私に視線を向けていた。
しかも心なしか、少し怒っているように見える。
「ど、どうしたの。魔理沙」
「……この人形、めっちゃ目光ってて気になるんだけど」
「えっ」
魔理沙が指差した先には、件の人形。
確かにそれは、眩いばかりの眼光を滾らせていた。
どうやら、魔理沙のかわいさを堪能したいがあまり、魔力を注入しすぎてしまったようだ。
私は慌てて人形から魔力を放出させたが、時既に遅し。
魔理沙はがたっと席を立つと、軽く溜め息を吐いて、言った。
「……この本、借りていいか?」
「えっ」
「自分の家で読みたい」
「―――!」
この瞬間、私は悟った。
いや、悟らざるをえなかった。
すなわち、遂に―――。
「―――魔理沙に反抗期が来たのよ!」
「…………」
ところ変わって、博麗神社。
私は先ほど発生したこの異変を解決してもらうべく、霊夢の元を訪れていた。
しかしこの巫女と来たら、心底どーでもよさそうな顔を浮かべるのみ。
「ちょっと霊夢。聞いてるの?」
「聞いてるけど」
「これは異変よ。異変。魔理沙反抗期到来異変」
「長いわ。ってか、あんたの頭の方がよっぽど異変だわ」
霊夢は鬱陶しそうに呟くと、ずず、とお茶を啜った。
緊迫感のかけらも感じられない。
「ねえ、何とかしてよ霊夢。異変解決は巫女の仕事でしょ?」
「……魔理沙の反抗期程度で異変になるなら、今頃私は過労死でこの世にいないっつーの」
「そんなつれないこと言わないで」
「……大体、それだけで反抗期ってのもどうなのよ」
はあ、と大袈裟に溜め息を吐く霊夢。
私はすかさず反論する。
「何言ってるのよ。魔理沙は少し前まで、事ある毎に『アリスー、アリスー』って私のスカートを引っ張ってたような子なのよ!?」
「いつの話よそれ」
「だから少し前だって」
「はー……」
気だるそうに息を漏らし、霊夢は言った。
「あのねえ。あんたはさ」
「うん?」
「過保護すぎ」
「なっ」
過保護……だと……!?
この、私が……!?
驚愕する私に構うことなく、霊夢は続ける。
「反抗期だか何だか知らないけど、あいつも普通の人間なんだし、歳相応に成長していくでしょうよ」
「じゃ、じゃあ何? 魔理沙はもう、私のことなんて必要としてないって言うの?」
「知らないわよ。そんなこと」
絶対零度のような冷たい言葉。
本当に人間なのだろうかこの巫女は。
「少なくともあんたよりは人間よ」
「じゃあ何とかして。人間の霊夢様」
「ええい、縋りつくな鬱陶しい」
「あん」
霊夢に足蹴にされた私は、泣く泣く博麗神社を後にした。
「……はあ」
ふよふよと魔法の森の上空を飛びながら、私は盛大に溜め息を吐いた。
……そうよね。
魔理沙は、人間だもんね。
見る見るうちに大きくなって、きっとそのうち、私の助けなんて必要としなくなっちゃうのよね。
いや、もう既にそうなってるのか。
あーあ。
こんなことなら、もっと思う存分かわいがっておくんだったな。
魔理沙が反抗期に入った以上、もうこれまでのようなスキンシップもできそうにないし。
下手に背後から抱きついたりしようものなら「うっぜんだよババァ!」とか言われちゃうかもだし。
今の私にできることは、せめて魔理沙がグレないようにと祈りつつ、陰からそっと見守ることくらいか。
……そんなことを徒然なるままに夢想しているうちに、私は自宅の上まで飛んで来ていた。
危ない危ない、ついうっかり通り過ぎてしまうところだった。
と、そのとき。
「ん?」
下を向くと、見慣れた黒帽子が見えた。
私の家の前で、あてどもなくうろうろしている。
「な、なんで……!?」
一瞬疑問が浮かんだものの、その二秒後には、私は地面に降り立っていた。
―――目の前には、魔理沙。
その手の中には、先ほど私が貸し与えた学術書が見える。
「あ……アリス」
「魔理沙……」
ついさっき別れたばかりなのに、なんだかとても久しぶりのような気がする。
思わず抱きしめたくなる衝動を抑え、私は尋ねた。
「な、なんで? それ、自分の家で読むんじゃ……?」
「う、うん。そうなんだけど」
魔理沙はもじもじとしながら、頬を赤く染めて、言った。
「ちょ、ちょっと、読んでてよくわかんないとこがあって……だから、アリスに教えてもらおうと思って……」
「――――」
神!
「まりさ……」
「うん?」
「かわいいっ!」
「うわ!?」
渾身の力でもって、私は魔理沙を抱きしめた。
魔理沙の小さな身体は、私の腕の中にすっぽり収まる。
ああ、このフィット感!
正直、たまりません。
「な、なにすんだ」
「まりさかわいいわまりさ」
「は、はあ!?」
魔理沙が何かもごもご言ってるけど、そんなの私は気にしない。
考えてもみて下さい。
ちょっと格好つけて「家で読んでくる」って出て行ったその小一時間後に、ひょっこり戻ってきちゃうこの愛らしさ。
この魔理沙を愛でずして、何を愛でろというのか。
「あ、アリス。何か分からんがとりあえず離してくれ。苦しい」
「ふふっ。よかった」
「? 何が?」
「魔理沙が、まだ反抗期に入ってなくて」
「はあ? 反抗期? 何だそれ」
「……つまり、魔理沙には、まだまだ私が必要なのね、ってこと」
そう言って笑顔を向けると、魔理沙は、かああっと顔を赤くした。
ありゃ、もしかして地雷だった?
「……や、やっぱり帰る!」
魔理沙はそう言ってそっぽを向くと、私をぐいと押しのけ、箒に跨ろうとした。
やばい!
ここで逃がしたら、今度こそ反抗期入りしてしまうかもしれない。
そうはさせるものか!
「待って!」
「むがっ」
半ば強引に、背後から魔理沙を抱きしめた。
魔理沙は、私の腕の中でじたばたともがいている。
「ちょ、なんだアリス、離せっ」
「だーめ。ちゃんと私が教えてあげるから」
「いいよもう、自分でやるからっ」
「何言ってるの。まだまだ背も胸もちっちゃいお子様のくせに」
「お、お子様って言うな! あと胸の事は余計だ!」
「もう、そんなにカッカしないの」
そう言って魔理沙を諫めながら、私は彼女の黒帽子を少し後ろにずらした。
「お、おい。何を……」
文句の声を上げかけた魔理沙を無視し、私はその小さな頭に手を伸ばす。
「―――ほら、いいこいいこ」
一度、二度、三度。
優しく、慈しむように撫でてやる。
「あ…………」
すると、先ほどまでの剣幕が嘘のように、魔理沙はみるみるうちに大人しくなっていった。
これが、私が独自の理論と経験によって導出した、魔理沙が癇癪を起こした時の対処法である。
どうやらまだまだ有効らしい。
「ふふ。なでなで」
「…………」
瞬く間に、魔理沙は完全に沈黙した。
そして私は、適当な頃合を見計らって魔理沙の頭から手を離すと、そのまま、それを彼女の眼前へと差し出した。
「ほら、魔理沙」
「…………なんだよ」
じとっとした上目遣いで私を睨みつけながら、ぶっきらぼうに言う魔理沙。
頬が少し膨れている。
そんな彼女に、私はとびっきりの笑顔で言う。
「おうち、入ろ?」
「…………」
そう簡単に応じたら負けとでも思っているのか、魔理沙は私を睨んだまま動かない。
だが、私には勝機しか見えなかった。
微塵の焦燥も抱かず、笑顔を浮かべたまま、魔理沙に手を差し向け続ける。
「…………わかったよ」
やがて魔理沙は、まだ納得のいっていないような顔をしつつも、本を持っていないほうの手を伸ばし、私の手を取った。
ちっちゃくて、温かい掌。
そのふにゃっとした感触を確かめるように、私もぎゅっと握り返す。
「何でも教えてあげるからね」
「…………」
私はその小さな手を引き、家の方へと歩を進める。
魔理沙も手を引かれるがままに、大人しくついてくる。
真っ赤に染まった顔を、俯かせながら。
私はそんな魔理沙を見ながら、改めて思うのだった。
ああ、まりさかわいい。
了
それにしてもまりさかわいい。
微笑ましいな。
マリアリのためなら幾千日も入院したるわ
ちょっとでも間が空くとマリアリ分がKOKATU寸前状態に陥ってしまう体質になったのは間違いなくきっとあなたのせいだ!
個人的な意見ですが、かわいいらしいマリアリを書かせたらあなたの右に出るものはいないと思ってます。
次回作も楽しみにしています。
あぁ魔理沙かわいいなぁ魔理沙。
「私のハーレム(うどんげ・姫様・てゐ)に入ってこないでくださる?」
ああ!医者が病気だ!!
しかたがない。病人らしい作品を書き続ける他に道はないようです。
でもありすもかわいいよね!
僕は今のままで幸せなんだ!!
ぜひ病気のままでいて下さい
よーし、入院届けを出してこようっと。
「お、今回はどんな感じで魔理沙を泣かせてくれんのかな」
と即座に期待してしまう自分もきっと重度のまりまりさ病。
つまり、まりさかわいいまりさ。
俺も病気になりそうだ
糖尿病にな!
いいマリアリだった!
氏のマリアリは大好物だw
と、たくましい方は仰っております。
またマリアリでこういう作品を書いてほしいです。
可愛い過ぎて文句が言えないじゃないですか。
魔理沙の可愛いさは反則だぜ。