それは、師走も大詰めを迎える十二月の下旬。少し暖かい、言わば小春日和な日の事だった。
自宅の縁側に寝転がり、八雲紫は暇を持て余していた。
年末は正直、やる事が無い。というか冬はやる事が無い。基本寝てるし。普段も何もしていないというのは禁句である。
「寝転がってるなら、大掃除でもして下さいよ」
重箱を抱えた式神の八雲藍がつま先でつんつんと紫の背をつつく。ぞんざいな扱いだが紫は意に介した様子が無い。
「私がやったって、結局藍が隅々までやっちゃうから意味ないじゃないのよぅ」
「やった事も無いのに憶測で物を語らないで下さい。紫様はやれば出来る子ですよ」
やれやれといった体で藍が息をつく。すると、紫は少しだけ身体を起こした。
「あら珍しい、藍が褒めてくれるなんて。でも棒読みっぽくなければもっとうれしかったのよ。あと少しで私をイグニッション出来るくらいのエネルギーになったのに」
「そ、そうですか?では……コホン」
藍は咳払い一つ、しゃがんで紫の肩を優しく揺さぶりながら言った。
「紫様のお力があれば、我が家に蔓延るチリやホコリも風前の灯です!みんなが紫様を待っています!
紫様の活躍を見なければ幻想郷の住民は年が越せません!
よっ、幻想郷最強の妖怪!子供達のヒーロー!奥様達の味方!サラリーマンの友!スーパースペクタクルジャスティスヒロイン!
大佐!総統!吉田君!みんなのアイドルY・U・K・A・R・I!キャーユカリサマー!」
有らん限りの語彙を駆使し、限界まで情感を込めて紫の点火作業を試みる藍。式神って大変。
超高性能な式神の能力をフルに使っての激励に、果たしてぐーたらスキマの心は動いたのか。
「……ん~、残念!あと十秒早ければ間に合ったのだけれど、今日はもう閉店時間になってしまったわ。また明日褒めて、おねが~い」
そう言って手を合わせると、ごろりと寝返り。こうしてまた今日も、超高性能アブラゲ神・八雲藍は無駄にエネルギーを消費したのであった。
今日日、百円ライターだってもっと着火しやすい。藍は頬を膨らませた。
「まったくもう!結局やらないんじゃないですか!もう褒めてあげませんからね!あとそんな所で寝転がって、風邪引いたって看病しませんよ!」
「え~ん、こわいキツネがいじめるよぅ。ちぇーん、助けてぇ」
縁側をクロールしながら橙に助けを求める紫。幻想郷のカタクチイワシとは彼女の事。チョー気持ち悪い、とは藍の談。
「橙はお使いに行ってていませんよ。ヒトの式に助けを求めないで下さい」
生簀の中のキハダマグロを見るような目で冷静に突っ込みを入れる藍に、紫はごろ~んと仰向けになってわたわたと背泳ぎしながら指摘する。幻想郷のかわゆいラッコちゃんとは彼女の自称。
「ヒトって、キツネじゃん。DNA解析したってあなたはホモサピエンスじゃないのよ。つまり、あなたは橋の下で拾ってきた子供……私の子じゃないの」
「そ、そんな……ってこんな母親いりませんよ。ヒューマンドラマにシフトしないで下さい」
「キツネが主演ならフォックスドラマなのかしら」
「知るかッ!」
呆れた藍は重箱を抱えなおし、家の奥へ行ってしまった。
一人残された紫は暫しぼけっとしていたが、靴を履いて外へ。
「なんか面白い事無いかしら……」
家を出、彼女は散歩する事にした。暫く歩き、いつの間にか湖の近くまで。
その時、のんびり歩いていた紫の視界に早足で歩く人影が映った。
スキマを利用して距離を詰めると、それは割と見知った少女の姿。
「まったくもう、小町ったら忙しい年の瀬だというのにまたサボって!今日と言う今日こそはもう許しませんよ!!」
(……閻魔も大変ねぇ)
彼女は相当憤慨している様子で、ぶつぶつ言いながら大股で歩いている。
スキマで背後から歩く彼女の様子を見ていた紫だったが、ふと、ポンと手を打った。
(……そうだ。何だか面白くなりそうだし、これはいい暇つぶしになるわ。あたいったら天才ねん)
紫は面白いイタズラを思いついた子供のようにニヤリと笑う。それから、スッと伸ばした指を離れ行く少女の背中へ向けた。
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―――そよぐ風が頬を優しく撫でる。
薄目を開けて見やれば、遠くの空に綿雲が一つ、二つ。
降り注ぐ陽光を遮ってくれる木陰。そこに寝そべる一人の可憐な少女。
丈の長い独特の衣装に身を包み、赤い髪を左右に括ったその少女の表情は、どこか物憂げだ。
緑の野に青空、そして木陰の少女。まるで絵画のようなその美しい光景。
不意に、少女が口を開く。次いで出てくるのは、憂鬱そうな小さき溜息か。
「……ふあああぁぁ……あ~よく寝た~」
―――欠伸であった。物憂げな薄幸の美少女の顔が、瞬時に間延びして歪む。色々台無しである。
小野塚小町。その風体からは思いも寄らないが、死神である。普段は鎌を手にリヴァーオブサァンズを渡すボゥトのキャプティンを務める。
オウ、センチョサンネ!―――と言えば聞こえはいいが、実際は普通に幽霊を運ぶだけ。
「あぁ~……こんな天気がいい日に昼寝の一つもしないなんて、人生の二割五部七厘を損してるって。ちょい寒いけど」
遠くをぼんやりと見つめ、小町は呟く。当然ここは彼女の仕事場たる彼岸では無く、湖の傍にある丘の上。
いつもの様に大胆に抜け出し、こうして昼寝に興じるのが彼女の日課である。時にはその辺の妖精をからかって遊ぶ事もある。
本人曰く『死神の仕事は大変だから、こうして僅かな時間を利用して英気を養っているのさ』との事。
しかし、死神の仕事は”幽霊を運ぶだけの簡単なお仕事です”と求人情報誌に書かれている。待遇も良いらしい。僅かな時間などというが、きちんと昼休みや休憩もあるし、大抵の場合定時には帰れる。
アルバイトで人員を賄う幻想郷の彼岸で、果たして死んだらあの世へ無事に行けるのかという不安は拭えないが、何にせよ彼女は別に忙しくない。
今は年の瀬で彼岸も色々忙しいようなので一概に彼女の発言を否定出来ないが、年中オールウェイズでサボっているのでやっぱり擁護不可。
共通しているのは、小町が少なくとも今はこれっぽっちも仕事を真面目にやっていないという点なのであって。世のフリーターを敵に回す大罪人であるとも言える。
アンビリーバブルなルーズね。
「ったく、毎日毎日幽霊を運ぶばっかりじゃ悪霊に取り付かれちゃうよ。こうして開放的な場所でひなたぼっこして、体内の悪霊を干さなきゃ」
まるで虫干しである。俺たちゃカビか何かか、と成仏せずそこらを彷徨っていた幽霊数体が突っ込みを入れるが、サボりモードの小町には届かない。それでいいのか死神。
スルーされた幽霊達は、そのままの流れで自分達の未来について熱く語り合う。
『生まれ変わったらカビより酵母になって、閻魔様の食べるパンを発酵させたいぜ。俺の吐いた息で出来たパンを閻魔様が……ハァハァ』
『じゃあ俺乳酸菌、ラクトバチルスな!閻魔様の口腔内常在菌になるんだ!常に全身を閻魔様の可愛い舌でなめなめ……んああッ!』
『ばっかおめえ、口ゆすがれたら終わりだろ。俺みたいな玄人はなぁ、酵素になるんだよ。
閻魔様のTCA回路で働くんだ……俺がいなきゃエネルギーが出来ずに閻魔様は動けない。まさに支配!閻魔様は俺のモンだぁ!』
『ウ、ウッヒョウ!お前天才wwwwwww』
青春ingである。本人の耳に入ったら断罪どころの騒ぎでは無い。強く生きろ。もう死んでるけど。
しかしその時、大盛り上がりだった彷徨える幽霊達は何かに気付き、慌ててどこかへ飛び去ってしまう。
その理由は、木に背を預けて寝転がる小町のすぐ背後に近付く、やや小柄な人影。
ざ、と草を踏みしめる足音に気付いた小町がだるそうに振り向く。瞬間、彼女はびくりと体を竦ませた。
「―――し、し、四季様ぁっ!?」
妄想の中で一酵素に身体を支配されたり変な幽霊の生まれ変わりをぺろぺろさせられる僕らの閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥここに光臨。いつもの笏を手に、特に表情を変える事無く小町を見下ろしている。
大慌てで身体を起こし、その拍子に木の幹に側頭部を強打して涙目になりつつも小町は立ち上がって四季映姫に向き直る。
これまでにも絶賛サボタージュ中の場面を見つかった事が何度もあり、その度に説教と罰を受けていた小町。
その時の記憶が蘇り、先程までの大胆不敵なダラけぶりはどこへやら、今や生まれたてのバンビもかくやという全身ヴァイブレーション。
この後も笏で全身をくなまく秒間十六連打された挙句耳によろしくない超サラウンド説教が待っているのかと小町が戦慄していた、その時であった。
ずっと押し黙っていた四季映姫は不意に背伸びすると、目の前で見えない恐怖に震えていた小町の頭をなでなで。
「良いのです、許します」
先程の幽霊が見たならば『ヒャアもう我慢できねぇ!閻魔様のミトコンドリアが俺を呼んでいるぅぅぅ!!』と言わしめそうな、国宝級の可愛らしい笑みで一言。
「……は?い、今何て?」
しかし、小町はそんな彼女とは対極的に愕然とした表情で聞き返すばかり。聞き間違いか、と思っていた。
四季映姫はアンコールに応えるかの如くに笑顔のまま、
「良いのです、許します」
ワンスアゲイン。
小町は驚くしか無かった。堂々と仕事を抜け出して昼寝という、説教大好きな四季映姫からすれば願ってもいないシチュエーション。
なのに彼女は小町を咎める素振りも見せず、笑顔で許すと言ってのけた。普段の彼女からはとても考えられない。
『……またしてもあなたですか!?まったく、あなたには死神としての自覚が無さ過ぎる!こっちへ来なさい、その根性を私が叩き直して差し上げます!!』
なんて言われた挙句に特別説教部屋へ引きずられていき、きゃんきゃん言わされるのが普通なのである。
「……お、怒ってないんですか?」
恐る恐る、といった体で小町が尋ねると、四季映姫はゆっくりと首を横に振る。
「私は、全てを許します」
小町はその笑顔の愛らしさに対抗するかのように、表情を驚愕一色に染める。
詰まる所、何をしても怒らないと言っているに等しい。輪廻転生した後にもう一度別の姿で相対したとしても、きっと聞く事の叶わないであろう台詞。
「し、四季様……」
何かの悪い冗談に違いない、と信じられない小町は、ふらふらと四季映姫に近寄る。
「何か悪いものでも食べ……きゃあ!?」
しかし、ふらついた足がもつれてバランスを崩し、その場で前方に自らの身体を投げ出してしまった。前に立っていた四季映姫を巻き込んで。
小町に組み付かれたまま丘をごろごろと転げ落ちる四季映姫。全身に身につけていた無駄に多い装飾品を撒き散らしつつ。
ようやく止まった時、四季映姫は転がって来た道筋に帽子も笏も服のボタンをも転々と残した挙句、小町の下敷きに。
「うぅ~……ッ!!し、四季様!!大丈夫ですか!?てかごめんなさい!!」
大慌てで小町はその場から退き、むくりと上半身を起こした擦り傷だらけの四季映姫に平謝り。
『まったくもう、一張羅がこんなにボロボロです!そう、あなたは少々落ち着きが無さ過ぎる!
今日は徹夜です!ジャズのリズムで16ビートを刻んで差し上げます!!』
そして説教部屋から夜通し聞こえるべしべしきゃんきゃん。こうなるに違いない。というかなってくれ。小町は半分祈るような思いだった。16ビートのジャズというものが可能なのかは知らない。プリズムリバーにでも訊いてくれ。
しかし四季映姫はふるふると首を振ってから手を伸ばし、小町の服をはたき始めた。
「こんなに汚れてしまって。怪我はありませんでしたか?」
先の四季映姫登場シーンよりも激しく、小町はその身を震わせた。世界一規模の小さいセカンドインパクトである。
「四季様!私は大丈夫です、けど……怒らないんですか?私のせいでこんな事に」
思わず立ち上がって小町は四季映姫に詰め寄る。
「良いのです、許します」
返ってきたのは、純度100%のこの上ないピュアな笑顔だった。
「あああぁぁぁぁぁああーーーーーッッ!!!!!」
緑の丘に、小町の絶叫が響き渡る。
―――説教が笏持って歩いてると名高い四季映姫が、全く怒らなくなった。
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ずるずると四季映姫を引きずるようにして、小町はある場所を目指していた。
「何かおかしいですよ……とにかく来て下さい!」
「許します」
許可を得、彼女が連れて行ったのは博麗神社。
「緊急事態だ、邪魔するよ!」
四季映姫を引きずったまま縁側からどかどかと乗り込む小町。
炬燵の置かれた座敷部屋。そこにはやはり博麗霊夢がいた。
「……なによぅ。あ、死神と閻魔だ。年の瀬に縁起が悪いわぁ」
「ゲンを担ぎたけりゃ、もう少し部屋片付けな。里に独田小羽とかいう有名な風水師もいるらしいし、一度見てもらったらいいさ。きっと卒倒する」
眠そうな声と共に炬燵から顔だけ出す霊夢。
炬燵の上には所狭しと洗っていない食器やお菓子の物らしき包装紙、酒瓶等が散らばり、いつ黒い奴らがジェットストリームなアタックを仕掛けに来てもおかしくない状況である。あまり踏み台にはしたくない。
何より霊夢が顔を出した所に敷かれた座布団、それを囲うように置かれた様々な日用品。そして間を縫うように散りばめられた蜜柑の皮。いくつかは干からびている。
世界一美しくない曲線を描くそのガラクタ・フォーメーション。殆ど結界である。流石は結界の申し子。あれを破った潔癖症は一人としていない。攻守において完璧だ。
日用品はどれもが彼女の手の届く範囲に置かれており、あの場所から殆ど動いていないのは一目瞭然。
「四季様、見てくださいあれを!あのドロッドロにだらけきった、最早ゲル状のワキミコ、略してゲルミコを!まるで巫女がゴミのようです!」
「来るなり失礼な死神だわね」
「あたいだってここまでだらけやしないよ!ミカンは皮まで食べるから残らないし、必要な物は全部炬燵の中だから見栄えも良いし」
「あんただって変わんないわよ。火事には気を付けなさい」
「ごほん……それより四季様!どうですか、あのゲル!善行からは遠く離れたあの怠惰の限りを尽くす姿!勤労精神など欠片も持ち合わせない大罪人ですよ!」
全部自分に返って来そうな台詞。四季映姫は霊夢の顔を暫し見つめ、にっこり笑って言った。
「良いのです、許します」
「し、四季様ぁ~……」
半ベソの小町。霊夢は訝しげな顔で尋ねる。
「閻魔はどうかしたの?」
「ああ、ちょいと聞いておくれよ……」
いくら小町曰くゲル状でも、目の前にいるのは異変解決のエキスパート。何か打開策が聞けるかも知れないと、小町は事の顛末を全て話して聞かせた。
「ふぅん、怒んなくなったねぇ。あ、ミカンとってミカン。おコタの上に多分あるから」
「多分って……はいよ。まあ、そうなんだ。だから、冬はどうせ冬眠とか何とか言ってだらけるお前さんの姿を見たら流石に怒るかなって」
「今日のあんた、失礼のカタマリだわねぇ……もぐもぐ」
「実際そうだったじゃないか。でさ、あたいももらっていい?おミカン」
「らめ」
「四季様ぁ、このゲルったら甘味に飢えた死神がいるのにおミカンくれませ~ん」
「良いのです、許します」
来客にも身体を起こさず、蜜柑を頬張りつつ話を聞く霊夢。その態度にはもう突っ込まない事にし、小町は何かしらの解決策を仰ごうとした。
「でさ、何とかならないかい?」
「なんで?あんたいっつも怒られてるし、いいじゃないの」
蜜柑を飲み込んでから霊夢はそう返したが、小町は首を振る。
「それはそうなんだけど……なんつーかさ、違和感バリバリなのさ。全然怒んない四季様なんてさぁ」
「やめて!」
「は?」
「ごめん、なんでもない」
慌てて首を振る霊夢。とりあえず小町は何も聞かなかった事にした。
「そうねぇ……じゃ、ちょっと試しに」
そう言うと霊夢はよっこいせ~と身体を起こし、のそのそと炬燵から這い出した。
それから彼女は大人しく正座している四季映姫に近付くと、その手の笏をさっと奪い取る。
「ちょっと、何してんだい」
「いいからいいから……そりゃっ!」
「あうっ!」
間髪入れず、霊夢はぺちーん!と四季映姫の額を笏でひっぱたいた。
痛そうに額を押さえて涙目の四季映姫を見て、小町は咎めるように言った。
「ちょ、何やってんだい!ひどいじゃないか!」
「いいから……ところで、許してくれる?」
小町を宥めつつ、霊夢は額を押さえている四季映姫に問うた。
すると彼女は顔を挙げ、未だ額に赤く後が残る顔に笑みを浮かべる。
「……良いのです、許します」
「えええぇぇぇっ!?どうして!?」
おろおろと霊夢と四季映姫の顔を交互に見る小町。一方で霊夢は首を傾げる。
「ん~、これはモノホンみたいね」
「どういう事だい?」
小町が説明を求めると、霊夢は笏で四季映姫を示しながら口を開いた。
「いくら慈悲深いったって、理由も無くひっぱたかれたりしたら怒るわよ、普通。でも怒んない。だから上辺だけじゃなさそうってコト」
「四季様に一体何があったんだ……?」
ふにゃりと笑っている四季映姫を見つめ、小町は言いようの無い不安を抱えずにはいられなかった。
しかし、霊夢が何やら挙動不審なのに気付き、問い質してみる。
「何してんだい。その笏、さっさと四季様に返しなよ」
「いやね……その、ひっぱたかれて、涙を浮かべて痛がる閻魔がなんか……その……」
「はぁ?」
「……もう我慢できなぁぁ~い!」
「きゃうっ!」
ぱちーん。
「こら、やめんかこのゲル!」
「やだやだ、もっと!可愛い泣き顔見せてぇ」
「ゆ……許します……ひっく……」
「ほら、許すって言ってるし!もう一回だけ!」
何かに目覚めた博麗の巫女。次に異変が起こった時が不安でしょうがない。弾幕では無く尻を蹴り飛ばす事で相手を黙らせそうだ。むしろ相手は黙らない。
しかし、顔を真っ赤にして痛みに耐える四季映姫を見ていた小町にも、妙な感情が芽生え始める。
「……霊夢、あたいにもそれ貸して」
「ほい」
笏を受け取り、振りかぶる。
「四季様、失礼します!」
「ふやぁっ!」
ぺちーん。
「……よ、良いのです……ゆ、ゆ……」
「し……四季様……」
ぶるぶると身体を震わせ、ぎゅっと閉じた目に涙を浮かべて額の痛みに耐える四季映姫。とても閻魔には見えないその弱々しい表情は、見るもののアレな感情を促進させるとか。でもぼくこどもだからよくわかんないや。てへ。
しかし小町にはしっかりと効果があったようで。どくんどくん、と小町は自らの心臓の鼓動が大きく聞こえた。
「……あ、おでこに蚊が止まってます!」
「いたぁっ!」
ぴしゃーん。
「あっ、今度はハエが!しかも三匹!!」
「いっ、あっ、うあっ!」
ぺちぺちぺち。
「大変です四季様、全然減りません!というか分裂して増えてます!もっと叩きますよ!」
「……うぅ~……よ、良いのです、ゆ……」
痛みが引かない四季映姫だが、やはり許すらしい。しかし、言い切る前に我慢出来なくなった小町が息も荒く襲い掛かる。
「メンッ!メンッ!メェェェェェェェンッ!!!」
「ゆ、許しますぅぅぅぅ!!」
愛と怒りと悲しみを込めたっぽい小町の打撃。頬を紅潮させ、興奮した様子でひたすらに四季映姫の額をぺちぺち。
爽快な打撃音が、冬の博麗神社に響き渡る―――。
・
・
・
・
「……で、何とかしたいんだけど」
「なんとか、って」
小町と霊夢はその後、博麗神社に多くの知り合いを招き、対策会議を開く事に。
主要な知り合いの殆どが集合し、相変らず笑顔の四季映姫を囲む。
「ところで、どうして映姫のおでこが赤いんだ?」
とりあえず、と言った体で話を切り出そうとする小町を遮り、霧雨魔理沙が手を上げる。途端に青くなる顔、流れる冷や汗。
『泣き顔が可愛かったからです!』等と言おうものならドン引きは確実、ボス会話中の信仰点の如く急速な勢いで冷め行く友情。
何としても本来の理由を隠す必要があった霊夢は咄嗟に思いついた理由を口走る。
「あ、えーと……ほら、赤いほうが三倍凄いとかいうでしょ。だからじゃない?」
「それ理由かぁ?」
訝しげな魔理沙に、詮索されたくない霊夢は物量で畳み掛ける作戦に入った。
「だってさ、閻魔っていえば彼岸のリーダーでしょ?リーダーといえば赤だし。それに彼岸花だって赤。
トナカイの鼻も赤なら朱肉も赤、小町も赤ならリリカも赤、もうあかんって事でしょ」
「……う~ん、そこまで言われたら赤でもいい気がしてきたぜ」
「そうそう。俺のこの手が?」
「真っ赤に燃える」
「よし」
洗脳完了。胸を撫で下ろし、小町は口を開いた。
「まあ今話した通りさね。四季様が何故か……」
そこで一旦切り、彼女は横で突っ立っている四季映姫のおでこをぺちん!と平手で叩く。
大きく仰け反り、体勢を立て直した四季映姫は微妙に涙目だが、気丈にも笑顔を取り戻してみせた。
「良いのです、許します」
「……と、こんな感じなんだ。四季様ハァハァ」
「ハァハァ?」
「顔赤いよ、大丈夫?風邪?」
ギャラリーから疑問の声が上がり、小町は慌てて声の主たるチルノとルーミアに詰め寄る。
「ま、まあ待ちな。あたいの顔が赤いのは問題じゃないんだ」
「そうなの?」
「ああそうとも。霊夢も赤いしお前さんのリボンだって赤い。数牌5のドラだって赤いしエヘン虫だって赤っぽい。何もおかしくない」
「そーなのかー」
「そーなのさー。博麗神社は?」
「赤字」
「よし」
洗脳完了。同時に閃光。響き渡る被弾音、飛び散るP。これも赤い。
図星とかけまして、マラソン時の脇腹ととく。そのこころは、つかれると痛い。座布団持ってけ。
暫くして、服の所々を破きつつも立ち上がる小町。問題は無さそうだ。無駄にタフネスなのは四季映姫の説教の賜物か。
「くう、効いたねぇ今のは。まあいいや、そんな感じで四季様を何とかしたいのさ」
「そんな感じって、実力行使?」
呟く伊吹萃香をスルーしつつ、何か案は無いかと一同に問い掛ける小町だったが、ここで再び手を上げたのは魔理沙。
「そうは言うが、本当にそこの閻魔は怒らないのか?私にはどうにも信じられん」
するとギャラリーからも確かにそうだと賛同の声。実際何度もぺちぺちして怒らなかった姿を見たのは小町と霊夢だけなのだ。
ある意味説教する事を生業としている四季映姫が一切怒らないなど、エイプイルフールで無くとも簡単には信じられないのが普通であろう。
「じゃあ、試す?」
その時、別方向から手が上がる。挙手の主はオーヴァーザプライス、河城にとり。
「試すってどうやってさ」
小町が問うと、にとりはチチチと指を振った。その顔にはニヤリと笑み。
「こんな事もあろうかと用意してたのさ。こんな事もあろうかとね」
大事な事なので二度言いました。彼女が引きずってきた箱、その中には大量のプラスチック製の玩具槌、つまりはピコハン。
「あんたは、どんな展開を想像してここへ来たのよ」
霊夢が呆れ顔で訊くが、にとりは得意気に笑っているだけ。エンジニアの洞察力恐るべし。
エンジニア関係無いとか言う奴にはきゅうりを五、六本丸呑みさせます。
「じゃ、みんな一本ずつ手にとって~」
にとりの声と同時に、一同が一斉に箱へと群がる。全員が装備したのを確認し、小町が四季映姫に声を掛ける。
「四季様、ちょいと我慢して下さいね」
「許します」
相変らず許容の心で対応する四季映姫。閻魔がこんだけ優しいのも問題と言えば問題だ。
四季映姫を椅子に座らせ、その後ろにピコハン装備の一同が並ぶ。
「それじゃ、開始!」
「ヤッチマイナー!」
小町が四季映姫の帽子を取り、号令と共に一人ずつ彼女の頭をピコリとやっていく。ぴこ、ぴこ、ぴこ、がつん、ぴこ、ぴこ、ごちん、ぴこ、ぴよひこ、ぴこ。
「何やら鈍い音がしたんだけど」
「ああ、たまにトランペットで殴ったり『閻魔様に指導出来る日が来ようとは!』って言いながら頭突きしたりほっぺたうにーんって伸ばしたりしてるのが混じってるから」
「あと何やら縦笛吹いてるやつもいるんだけど」
「あんま気にしない方がいいんじゃない?」
言いつつ最後に並んだ霊夢は、ピコハンを一旦は振り被ってから御札を取り出して夢想封印で〆。
閃光と被弾音が炸裂し、土煙が晴れるとそこには地面に倒れ伏す四季映姫。
「四季様、大丈夫ですか……?」
服をボロボロにしたままヤムチャ状態の四季映姫に恐る恐る声を掛ける小町。
すると突然四季映姫が立ち上がり、一同はおおっ、と驚きの声。彼女の次の発言を待った。
「良いのです、許します」
瞬間、ざざざっと二メートル後退して包囲網を広げる一同。
「これはもう、完璧と言って良さそうだな……」
「博愛精神溢れる閻魔誕生、ね。確かに面白いけど……ハァハァ」
「ハァハァ?」
ははは、と乾いた笑いと共に魔理沙。その横で霊夢も頷く。その顔は赤く、口元に若干ヨダレが。はよ拭け。
やいのやいの、と騒ぎ出した一同をよそに、小町は一人思考を巡らせる。
(……絶対におかしい。人……じゃないけど、四季様がそう簡単にころりとかわるはずがない。何かが一枚噛んでるな)
その時、彼女は集まったメンバーの中に紫の姿が無い事に気付く。
きょろきょろと見渡して見ると、少し離れた木の影からこちらをじっと見ている紫の姿を発見。
彼女は何やらくすくすと笑ってから、スキマを開いてどこかへ行ってしまった。
(……あれか……)
はぁ、とため息一つ、小町はそっとその場を離れた。
一方で、何かに目覚めている霊夢を見たにとりは彼女へ質問をぶつける。
「どうしたの?息荒いけど……顔も赤いし」
「やや、別に何でもないのよ……それにしても閻魔ハァハァ」
「そうは言うけどねぇ」
首を傾げ、どこか腑に落ちない様子のにとり。霊夢は焦りながら続ける。
「だって、私の服だって赤いんだから顔も赤くたっていいじゃないの。あんたもしつこいわね」
「服は関係無くないかい?さっきからボロボロの閻魔様をちらちら見て……」
核心を突かれかけた霊夢は、咄嗟ににとりの手首を掴んだ。
「ああもう、さっきからうるさいわねこのカッパーロード!赤の何が悪い!」
「いやいやいや、赤が悪いなんて一言も言ってないし、第一カッパーロードて」
「問答無用!こうなったらこの私が、いかに赤が普遍的な色なのかを教えてやるわ!こっち来なさい!!」
「ちょ、やめ……助けてぇ!あぁーっ!」
そのままずるずるとにとりを引きずり、霊夢は神社の中へ消えていった。
呆然と立ち尽くす一同の耳に、霊夢による”指導”の声が届く。
「あーか!あーか!さっさとあーか!早いトコ赤派になりなさ~い!そのうちきゅうりの色も赤になるわよ!」
「なるわけないじゃないか……あうっ!」
「口答えは許さないわ、それそれあーか!あーか!」
「あおぉーっ!」
「何が青よ、赤だって言ってるでしょ!……河童も結構いいわねハァハァ」
風に乗って届いてくる不思議なリズム。地球の鼓動だ。
魔理沙は横でぽややんとしている四季映姫を向く。
「……なぁ、一人のいたいけな河童がカルトっぽい巫女に色々されてるみたいなんだが」
「良いのです、許します」
四季映姫の笑顔は、どこまでも優しく、まるで菩薩のようであったそうな。
・
・
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八雲家は、幻想郷のはずれにある。だが、小町は自身の能力を駆使し距離を操る事で素早くそこへ辿り着いた。
玄関をノックするまでも無く、縁側でごろごろしている紫を発見した小町は声を掛ける。
「よっ、スキマさん」
「あらあら、もしかして私にもお迎え?なかなかいい人生だったわねぇ」
「八雲紫を渡せるたぁ死神冥利に尽きるけど、生憎まだだね。お前さん、殺しても死ななそうだし」
「褒め言葉として受け取るわ。でもご褒美ならお菓子の方が嬉しいんだけど。おミカンならモアベター」
「あたいだってケチなゲルのせいで食べれてないんだ、我慢しな」
軽妙な会話の後、小町は本題を切り出した。
「ところでお前さん、四季様に何かした?」
包み隠す気など一切無いストレートな質問に、紫は変わらず不敵な笑みを浮かべつつ口を開いた。
「したわよ」
がくっ、と小町は身体を傾けた。あまりにあっさりとした黒幕発覚に拍子抜けしたようだ。
「隠す気ないのかい」
「だって、ただの暇つぶしだったし」
「暇つぶしでヒトの上司を変な風に変えないでおくれよ」
「あなただってヒトじゃないじゃない。そう、あなたもまた橋の下で拾ってきた子供……」
「なぜにヒューマンドラマ路線?」
「死神が主演なら何ドラマなのかしら」
「さあねぇ」
どんどんズレていく二人の会話。小町は慌てて軌道修正を試みた。
「で、だ。四季様に何したのさ」
すると紫は、思案するかのように唇に人差し指を当てつつそれに答える。
「ん~、簡単に言えば感情の境界を動かしたの」
「お前さんの能力でか。具体的に教えとくれ」
小町の要求にこくりと頷いて、紫は説明を始めた。
「誰しも、感情の境界というものが存在するの。これくらいなら怒らないけど、ここまでされたら怒る、みたいな。
で、私はあの閻魔ちゃんの怒りの境界を動かして、怒りに抵触する範囲を思いっきり狭めちゃったのね。で、ちょっとやそっとじゃ怒らないっと」
「……お前さん、ほんっとーに何でもアリだねぇ」
「うふふ、褒めてもお茶くらいしか出ないわよん。
そうそう、ついでに許容の範囲も限界まで広げといたわ。だから、今の彼女は何されても許すんじゃないかしら」
その言葉に、ぴくり、と小町の耳が反応した。
「……つまり、今の四季様は何をされても絶対怒らないと?」
「もちろん」
ニコニコ笑って頷く紫。それを聞いた小町の顔に、にや~、と明らかに企みを孕んだ笑み。
「本当に怒んな~い?」
「それはもう。でもねぇ……」
「いいコト聞いちゃったっ!ありがとねスキマおねえさまん!!」
「いくら私でも、ヒトの心の中の境界を動かすなんてのはかなりの労力なの。だから、そろそろ限界かな~って……あら?」
紫が気付いた時、小町の姿は既に無かった。またしても距離を操ってさっさと帰ったようだ。
「んもう、慌てんぼさんね」
残された紫は唇を尖らせてぶつくさ。しかし、やがてその身体を再び横たえた。
「ま、いっか……これはこれで面白そうだし」
「紫様ぁ~!?ごろごろしてるならおせち料理の材料の買出し行って下さいよ~!!」
台所の方から藍の大声。紫は慌てて、縁側を平泳ぎで逃走し始めた。
・
・
・
・
その一方。
どうしてよいか分からず棒立ちだった一同の元へ、にとりを連れた霊夢が戻って来た。
にとりの目は何だか妙な光が篭ってギラギラしている。
「お前、何したんだ?」
魔理沙の質問に、
「赤がいかに普遍的な色かを教えてあげただけよ」
霊夢は事も無げにそう言い、にとりを向いた。
「それじゃ、最後にテストするわよ」
こくり、とにとりが頷いたのを見て霊夢は”テスト”を始めた。
「きゅうりの色は?」
「赤」
「フランドール・スカーレット最強のスペルカードは?」
「フォーオブアカインド」
「紅美鈴 ←なんて読む?」
「あかめいりん」
「鴉天狗のブン屋といえば?」
「射命丸赤」
「熱風で疾風なロボットの必殺技は?」
「アカシックバスター」
「見よ、東方は!」
「赤く燃えているぅぅぅっっ!!」
「完璧よ!もうあんたに教える事は何もないわ!!」
「ししょぉぉぉぉぉおおお!!」
ひし、と固く抱き合う霊夢とにとり。その様子を何故か涙を浮かべて見守る一同。
その時、小町が帰って来た。
「どこ行ってたんだ?」
「ちょいとね。それより、四季様借りるよ!」
魔理沙の言葉に短く返したかと思うと、彼女は四季映姫の腕を掴んで再び何処かへ駆け出した。
「良いのです、許しますぅぅぅ……」
ドップラー効果で遠ざかる四季映姫の声。残された霊夢達は暫し呆然。
しかし、魔理沙の『追ってみるか?』の一言ではたと気付いたように顔を上げ、ばたばたと小町が消えた方向へ駆け出した。
「どこ行ったんだろうな?」
てけてけと走りながら、魔理沙が横の霊夢に問い掛ける。
「どうせ彼岸のどっかでしょ」
肩を竦めながら霊夢はそう返した。
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小町は四季映姫を引きずり、彼岸、それも四季映姫の自宅へ押しかけた。
鍵を開けさせ、彼女が向かったのは四季映姫の自室。
「さあさあ、早く鍵を開けて下さいハリーハリーハリィィ!!」
「許します」
興奮しっぱなしの小町に急かされ、四季映姫は言われるまま自室を開錠。
鍵が開いたのを確認した小町は疾風の如き速さ、それでいて春風を思わせるような爽やかな身のこなしで室内へ突入。
中はこざっぱりとした、いかにも几帳面な人物が使用していると分かる部屋。内装も落ち着いている。
「四季様はそこで待ってて下さいね!」
「許します」
彼女が笑顔で頷くのを尻目に、小町は早速と言わんばかりに四季映姫のベッドへダイヴィング。幻想郷のフトンダイバーとは彼女の事。
そのままベッドの上で荒れ狂う竜巻のように全身をくねらせての大暴れ。本人はシンクロナイズドスイミングのつもり。
「ああ……四季様が普段寝ているベッドに、今あたいが……ハァハァハァ」
こっそり掛け布団でヨダレを拭う小町。幸い四季映姫には見えなかったようであるが、恐らく見てても許したであろうから怖い。
暫し布団の上で転げた小町はベッドから飛び降り、部屋の片隅に置かれた箪笥へ向かう。
一番下の引き出しを開け、彼女は目を見開いた。
「あ……あった……今こそ、あたいの野望が……」
小町は引き出しに入っていた布製の”それ”を一枚取り出し、躊躇う事無く頭に被る。
「あたいったら最強ねッ!」
そのまま天高く拳を突き上げてのガッツポーズ。尚、著作権は氷精チルノにあります。
次々と引き出しの中にある物を顔に被っていく小町。四季映姫は、それをただ笑顔で見つめているだけであった。
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「ねぇ、ここいらをややコンパクトサイズの閻魔引きずった、背の高い死神が通らなかった?」
「ああ、小町ちゃんの事?さっき凄い勢いで閻魔様のご自宅の方へ向かってったけど……」
小町の同僚らしき死神に尋ね、ターゲットの所在を割り出した一同。
通りすがりの死神への礼もそこそこに、教えて貰った方向へ。彼岸に突如押し寄せた軍団に、死神は戸惑いの色を顔に浮かべてそれを見送る。
「あれかな?」
前方に見えてきた四季映姫の自宅。だが、その前に二つの人影。
小町と四季映姫その人だった。
「ちょっと、いきなりどっか行くからびっくりしたじゃないの」
「何やってんだ?」
霊夢と魔理沙がそれぞれ言うと、小町はやや俯き加減だったその顔を徐々に上げていく。
「くっくっく……」
喉で笑う彼女の顔には、ニヤリと笑み。
「四季様は、もう何をしても怒らない。つまり、あたいが四季様の全てを握ったも同然ッ!!」
びしっ、と空を指差し、小町は息を大きく吸って、叫んだ。
「四季様は……あたいのモンじゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
そのまま彼女は四季映姫の笏を再び奪い取り、額をぺちぺちし始める。
「い……痛い……けど、許します」
「そら聞いたか~!これからはこの儚げな泣き顔も見放題ッ!」
もう一発ぺちん。四季映姫はもう涙目だが、それでもふるふると首を振って、一言。
「ゆ、許しますぅ……」
「ウオオォォォッ!!」
「ウオオォォォッ!!」
異様に興奮した様子で叫ぶ小町。何故か霊夢もリピート。
あまりに急な展開と小町のアレな部分を見てしまった事、そして一部の者は四季映姫の泣き顔を見た事で一同の間にざわめきが起こる。
そんな中、小町は何かを企むような顔つきになって呟いた。
「……待てよ。あたいは今まで四季様に散々説教とぺちぺちの嵐を食らってきたんだ。今こそ、仕返しの時……!」
手にした笏を構え、小町は赤くなった四季映姫のおでこに狙いを定める。
「四季様、そこ動かないで下さいね……」
「良いのです、許します」
確認し、小町はニヤリと本日何度目か分からない悪巧みの笑顔。
少し後ろに下がってから軽く助走をつけ、思いっきり足を踏み込む。
「倍返しだぁぁぁぁぁぁぁああッ!!!」
小町のフルスイング一閃、ばっちぃぃぃぃぃんっ!!と何とも痛そうな効果音が彼岸に響き渡った。
「……うはー、痛そう……」
魔理沙の呟き。四季映姫は喰らった勢いで軽く吹っ飛び、うつ伏せになって地面に倒れ込む。
と、その時であった。
「ありゃー、派手にやったわねぇ。あれはちょっと可哀想だわ」
霊夢のすぐ横から声がした。驚いて彼女が見やると、空間に裂け目。中から紫がひょっこり姿を現した。
「どういうことだ?」
「かくかくしかじか、という訳でね」
魔理沙が尋ねると、紫は簡単にいきさつを説明した。自分が四季映姫にした事、小町が説明途中で帰った事も含めて。小説は便利だ。
「なるほど、全部あんたのせいだったのね。人騒がせだこと」
「そんなの、今に始まった事じゃないでしょうに。でも、私が来たのは単なる説明の為じゃないのよ」
「へ?」
小町も紫の姿に気付き、視線を投げかける。
一同の視線を集めた紫は、どこか得意気に説明を続けた。四季映姫はまだ起き上がらない。
「あの子はさっさと帰っちゃって聞かなかったみたいだけど、ヒトの心の中の境界を動かすなんて、かなりの重労働なのよ。
でね、もうしんどくて限界だったから……さっき、戻しちゃった」
てへ、と紫はぺろりと舌を出す。こつん、と頭を軽く叩いてみせるオプション付き。
しかし、のん気な様子の紫と対照的に、小町の顔はすっと青ざめる。
「も、戻したって……具体的には、いつ?」
ぴくり、と四季映姫の肩が動いた。
「そうねぇ……私がここに出てくる直前くらいだから……」
思案しながら喋る紫。その視界の片隅で、四季映姫の身体が少しずつ持ち上がっていく。
「多分……あなたが閻魔ちゃんを思いっきりひっぱたいた、ほんの少しだけ前ね」
「ひっ!?」
びくり、と肩を竦ませた小町は、ついさっき大阪の漫才師もビビるほどの勢いで張り倒した自らの上司を見やる。
四季映姫は、既に起き上がっていた。小町に背を向けて立つその姿は、小さく、静かながらも凄まじい威圧感を感じさせる。
彼女はすっ、と腰を落とし、膝を曲げ、上半身を反らした。手は腰の辺りで、手の平を上に向ける。
大きく大きく息を吸い―――
『KOMACHYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYッッッ!!!!!』
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「きゃああああああああああッ!!?」
ついさっきまで強気だった小町の悲鳴が、四季映姫の絶叫に張り合うかのように響き渡った。そのままぺたんと尻餅。
「あ~あ」
ぺちん、と紫は顔に手を当てた。霊夢、魔理沙もそれに倣う。
「まったく……あなたはいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもこんな事ばかりしてぇぇぇっ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!!ちょっとした出来心だったんですってばぁ!」
猛虎の狩りにも匹敵するような気迫で迫る四季映姫に、小町は尻餅体勢のまま後ずさり、平謝りするしか出来なかった。
「出来心で人のおでこをひっぱたくのですか、あなたは!?こんなに赤くなって……あなたにも同じ目に遭って貰いましょうか!?」
「いやぁぁぁ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁい!!」
未曾有のブチ切れ四季映姫に、半泣きでただただごめんなさいの小町。と、ここで小町は帰ろうとしていた紫に縋るような視線を向けた。
「ちょ、ちょっと!!もしかして、感情の境界をいじくってた時の記憶は四季様にあるのかい!?」
「さあ?もしかしたらあるかも……ね」
そう呟くと、うふふ、と心の底から楽しそうな含み笑いを残して、Ms.トラブルメーカーはスキマに入って帰って行った。
残された小町は、愕然とした表情になる。
「そ、そんな!じゃあまさか、四季様のお部屋に入ってお布団でごろごろしたり、あんなものやこんなものを残らず被った事も!?」
はい、お約束のボケありがとーございます。
「なっ……小町!!あなた、そんな事までしていたのですか!?」
「きゃん!」
これでは記憶があろうと無かろうと関係無い。四季映姫はその顔に悲壮感を漂わせながら言った。
「被ったって……まさか、箪笥に入れてある私の……」
「ちょ、ちょっとぉ!?幻想郷は良い子の幻想だからそれ以上は……」
「覆面レスラーコレクションを!?」
「―――(゚Д゚)ハァ?」
一同ポカーン顔。よろよろと小町が霊夢に近付き、説明。
「あ~……実は、四季様は大のプロレス好きなんだ。
特に、『正体と優しい心を隠して孤独に戦う……なんて素敵なんでしょう!』とか言って、覆面レスラーがお気に入りなんだ。
で、色んなレスラーの覆面をコレクションして、大事に箪笥にしまってるのさ……一度、被ってみたかったんだよねぇ。浪漫があるよ」
説明を終えた小町の肩を、がしっと四季映姫の小さな手が掴んだ。小町の顔は再び真っ青に。
「一度着用したら、その価値はぐーんと落ちてしまうのですよ!?そう、あなたはコレクター魂というものを理解していなさ過ぎる!」
「きゃん!!痛い、痛いですよ四季様ぁ!!」
「ええい、まだまだです!思い知りなさい!!」
落ちていた自らの笏を拾い上げ、四季映姫は猛然と小町を追い回す。隙あらば小町の身体、特に頭をぺちんぺちん。大体秒間三発ペース。
ぺちぺちきゃんきゃんどたばたどたばた。騒がしくなった彼岸でただ事の成り行きを見守る一同。
そんな中、魔理沙は横で同じく棒立ちの霊夢に声を掛ける。
「……なぁ、お前の顔が時々赤かったのってもしかして、あいつと同じ……」
「あ~う~!」
「土着神気取りか?」
「そうじゃなくって。何度も言ってるけど、私の顔が赤いのは問題じゃないのよ。世の中は赤で満ち溢れているの。
紅魔館が赤けりゃ赤紙も赤、あからさまって言葉も赤が語源って永遠亭んとこのウサギが言ってたし、狂気の瞳だって赤。
ウチの萃香は『赤いは酒の咎』とか言ってるし、守矢神社の神奈子の本名は『赤奈子』だってもっぱらの噂。
マグロの赤身が赤いのは当然だし、だからって他の部位が赤くないかって言ったら同然赤。一人で見た真っ赤な空は、君もどこかで見てるのが通説なのよ」
「あ~う~……何だか目がくるくるしてきたけど、よーするに赤はふつーなんだな、よく分かったぜ」
「そうそう、それでいいの。今度のマリオは?」
「赤ちゃんだ!」
「よし」
洗脳完了。その時、二人の前にどさりと小町が倒れ込んできた。
全身くまなく笏で打たれたのかあちこち赤く、特に顔は軽く腫れている部分が目立つ。
しかし、そんな痛々しい状態にも関わらず、小町は笑っていた。
「え、えへへ……いつもの、四季様だぁ……」
痛みで涙を浮かべながらも満足げな小町に、笏を一旦しまった四季映姫が優しく声を掛けた。
「まったく、これだけ叩かれても笑っているなんて……あなたは本当に面白い人ですね。一緒にいて飽きません。
どうしようもなくサボり魔でも、たまには真面目に仕事してくれますし……やっぱり小町はこうでなくちゃいけない気がします」
四季映姫も笑っていた。
小町がいくらサボって怒られてそれを繰り返そうと、四季映姫が匙を投げずにそれを説教するのは、ここに理由があるのかも知れない。
「四季様……あたい、明日はちゃんと仕事しますね」
「ええ、期待してますよ」
小町の言葉を聞き、四季映姫は彼女の頭を優しく撫でる。
しかし次の瞬間、優しく頭を撫でていた筈の手に力が篭り、小町の頭部をぐわしと掴んだ。
「し・か・し!今日の事を許した訳ではありませんよ!?そう、あなたは例え反省しても忘れるのが早すぎる!
今日と言う今日こそは、あなたのその頭にしっっっっかりと叩き込んで差し上げますからねっ!!」
「痛いですよ四季様ぁ!!もっと乙女は優しく扱ってくれなきゃ……」
「貴女は私なんかよりずっとずっと丈夫だから大丈夫ですっ!さあこっちへいらっしゃい、今日は徹夜でお説教です!!
ジャズ、ボサノバ、ケルト、ロック……お好きなジャンルを選ばせてあげますよ!?何分の何拍子の何ビートがいいですか小町!!」
「きゃん!きゃん!」
四季映姫はその細腕でずるるるる~と小町を引きずり、残された一同からどんどん離れていく。
小町はわたわたと必死に逃れようとするがまるで叶わず、二人の姿と声はあっと言う間に小さくなった。
霊夢を筆頭とする一同は、消え行く小町の姿を何故か敬礼で見送った。今夜はおたのしみですね。
「ねえ魔理沙、いっこなぞかけを思いついたわ」
「へえ、聞かせてくれよ」
「小野塚小町とかけまして、上手な数学の先生ととく」
「その心は?」
「しきを飽きさせない」
お後が宜しいようで。
自宅の縁側に寝転がり、八雲紫は暇を持て余していた。
年末は正直、やる事が無い。というか冬はやる事が無い。基本寝てるし。普段も何もしていないというのは禁句である。
「寝転がってるなら、大掃除でもして下さいよ」
重箱を抱えた式神の八雲藍がつま先でつんつんと紫の背をつつく。ぞんざいな扱いだが紫は意に介した様子が無い。
「私がやったって、結局藍が隅々までやっちゃうから意味ないじゃないのよぅ」
「やった事も無いのに憶測で物を語らないで下さい。紫様はやれば出来る子ですよ」
やれやれといった体で藍が息をつく。すると、紫は少しだけ身体を起こした。
「あら珍しい、藍が褒めてくれるなんて。でも棒読みっぽくなければもっとうれしかったのよ。あと少しで私をイグニッション出来るくらいのエネルギーになったのに」
「そ、そうですか?では……コホン」
藍は咳払い一つ、しゃがんで紫の肩を優しく揺さぶりながら言った。
「紫様のお力があれば、我が家に蔓延るチリやホコリも風前の灯です!みんなが紫様を待っています!
紫様の活躍を見なければ幻想郷の住民は年が越せません!
よっ、幻想郷最強の妖怪!子供達のヒーロー!奥様達の味方!サラリーマンの友!スーパースペクタクルジャスティスヒロイン!
大佐!総統!吉田君!みんなのアイドルY・U・K・A・R・I!キャーユカリサマー!」
有らん限りの語彙を駆使し、限界まで情感を込めて紫の点火作業を試みる藍。式神って大変。
超高性能な式神の能力をフルに使っての激励に、果たしてぐーたらスキマの心は動いたのか。
「……ん~、残念!あと十秒早ければ間に合ったのだけれど、今日はもう閉店時間になってしまったわ。また明日褒めて、おねが~い」
そう言って手を合わせると、ごろりと寝返り。こうしてまた今日も、超高性能アブラゲ神・八雲藍は無駄にエネルギーを消費したのであった。
今日日、百円ライターだってもっと着火しやすい。藍は頬を膨らませた。
「まったくもう!結局やらないんじゃないですか!もう褒めてあげませんからね!あとそんな所で寝転がって、風邪引いたって看病しませんよ!」
「え~ん、こわいキツネがいじめるよぅ。ちぇーん、助けてぇ」
縁側をクロールしながら橙に助けを求める紫。幻想郷のカタクチイワシとは彼女の事。チョー気持ち悪い、とは藍の談。
「橙はお使いに行ってていませんよ。ヒトの式に助けを求めないで下さい」
生簀の中のキハダマグロを見るような目で冷静に突っ込みを入れる藍に、紫はごろ~んと仰向けになってわたわたと背泳ぎしながら指摘する。幻想郷のかわゆいラッコちゃんとは彼女の自称。
「ヒトって、キツネじゃん。DNA解析したってあなたはホモサピエンスじゃないのよ。つまり、あなたは橋の下で拾ってきた子供……私の子じゃないの」
「そ、そんな……ってこんな母親いりませんよ。ヒューマンドラマにシフトしないで下さい」
「キツネが主演ならフォックスドラマなのかしら」
「知るかッ!」
呆れた藍は重箱を抱えなおし、家の奥へ行ってしまった。
一人残された紫は暫しぼけっとしていたが、靴を履いて外へ。
「なんか面白い事無いかしら……」
家を出、彼女は散歩する事にした。暫く歩き、いつの間にか湖の近くまで。
その時、のんびり歩いていた紫の視界に早足で歩く人影が映った。
スキマを利用して距離を詰めると、それは割と見知った少女の姿。
「まったくもう、小町ったら忙しい年の瀬だというのにまたサボって!今日と言う今日こそはもう許しませんよ!!」
(……閻魔も大変ねぇ)
彼女は相当憤慨している様子で、ぶつぶつ言いながら大股で歩いている。
スキマで背後から歩く彼女の様子を見ていた紫だったが、ふと、ポンと手を打った。
(……そうだ。何だか面白くなりそうだし、これはいい暇つぶしになるわ。あたいったら天才ねん)
紫は面白いイタズラを思いついた子供のようにニヤリと笑う。それから、スッと伸ばした指を離れ行く少女の背中へ向けた。
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―――そよぐ風が頬を優しく撫でる。
薄目を開けて見やれば、遠くの空に綿雲が一つ、二つ。
降り注ぐ陽光を遮ってくれる木陰。そこに寝そべる一人の可憐な少女。
丈の長い独特の衣装に身を包み、赤い髪を左右に括ったその少女の表情は、どこか物憂げだ。
緑の野に青空、そして木陰の少女。まるで絵画のようなその美しい光景。
不意に、少女が口を開く。次いで出てくるのは、憂鬱そうな小さき溜息か。
「……ふあああぁぁ……あ~よく寝た~」
―――欠伸であった。物憂げな薄幸の美少女の顔が、瞬時に間延びして歪む。色々台無しである。
小野塚小町。その風体からは思いも寄らないが、死神である。普段は鎌を手にリヴァーオブサァンズを渡すボゥトのキャプティンを務める。
オウ、センチョサンネ!―――と言えば聞こえはいいが、実際は普通に幽霊を運ぶだけ。
「あぁ~……こんな天気がいい日に昼寝の一つもしないなんて、人生の二割五部七厘を損してるって。ちょい寒いけど」
遠くをぼんやりと見つめ、小町は呟く。当然ここは彼女の仕事場たる彼岸では無く、湖の傍にある丘の上。
いつもの様に大胆に抜け出し、こうして昼寝に興じるのが彼女の日課である。時にはその辺の妖精をからかって遊ぶ事もある。
本人曰く『死神の仕事は大変だから、こうして僅かな時間を利用して英気を養っているのさ』との事。
しかし、死神の仕事は”幽霊を運ぶだけの簡単なお仕事です”と求人情報誌に書かれている。待遇も良いらしい。僅かな時間などというが、きちんと昼休みや休憩もあるし、大抵の場合定時には帰れる。
アルバイトで人員を賄う幻想郷の彼岸で、果たして死んだらあの世へ無事に行けるのかという不安は拭えないが、何にせよ彼女は別に忙しくない。
今は年の瀬で彼岸も色々忙しいようなので一概に彼女の発言を否定出来ないが、年中オールウェイズでサボっているのでやっぱり擁護不可。
共通しているのは、小町が少なくとも今はこれっぽっちも仕事を真面目にやっていないという点なのであって。世のフリーターを敵に回す大罪人であるとも言える。
アンビリーバブルなルーズね。
「ったく、毎日毎日幽霊を運ぶばっかりじゃ悪霊に取り付かれちゃうよ。こうして開放的な場所でひなたぼっこして、体内の悪霊を干さなきゃ」
まるで虫干しである。俺たちゃカビか何かか、と成仏せずそこらを彷徨っていた幽霊数体が突っ込みを入れるが、サボりモードの小町には届かない。それでいいのか死神。
スルーされた幽霊達は、そのままの流れで自分達の未来について熱く語り合う。
『生まれ変わったらカビより酵母になって、閻魔様の食べるパンを発酵させたいぜ。俺の吐いた息で出来たパンを閻魔様が……ハァハァ』
『じゃあ俺乳酸菌、ラクトバチルスな!閻魔様の口腔内常在菌になるんだ!常に全身を閻魔様の可愛い舌でなめなめ……んああッ!』
『ばっかおめえ、口ゆすがれたら終わりだろ。俺みたいな玄人はなぁ、酵素になるんだよ。
閻魔様のTCA回路で働くんだ……俺がいなきゃエネルギーが出来ずに閻魔様は動けない。まさに支配!閻魔様は俺のモンだぁ!』
『ウ、ウッヒョウ!お前天才wwwwwww』
青春ingである。本人の耳に入ったら断罪どころの騒ぎでは無い。強く生きろ。もう死んでるけど。
しかしその時、大盛り上がりだった彷徨える幽霊達は何かに気付き、慌ててどこかへ飛び去ってしまう。
その理由は、木に背を預けて寝転がる小町のすぐ背後に近付く、やや小柄な人影。
ざ、と草を踏みしめる足音に気付いた小町がだるそうに振り向く。瞬間、彼女はびくりと体を竦ませた。
「―――し、し、四季様ぁっ!?」
妄想の中で一酵素に身体を支配されたり変な幽霊の生まれ変わりをぺろぺろさせられる僕らの閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥここに光臨。いつもの笏を手に、特に表情を変える事無く小町を見下ろしている。
大慌てで身体を起こし、その拍子に木の幹に側頭部を強打して涙目になりつつも小町は立ち上がって四季映姫に向き直る。
これまでにも絶賛サボタージュ中の場面を見つかった事が何度もあり、その度に説教と罰を受けていた小町。
その時の記憶が蘇り、先程までの大胆不敵なダラけぶりはどこへやら、今や生まれたてのバンビもかくやという全身ヴァイブレーション。
この後も笏で全身をくなまく秒間十六連打された挙句耳によろしくない超サラウンド説教が待っているのかと小町が戦慄していた、その時であった。
ずっと押し黙っていた四季映姫は不意に背伸びすると、目の前で見えない恐怖に震えていた小町の頭をなでなで。
「良いのです、許します」
先程の幽霊が見たならば『ヒャアもう我慢できねぇ!閻魔様のミトコンドリアが俺を呼んでいるぅぅぅ!!』と言わしめそうな、国宝級の可愛らしい笑みで一言。
「……は?い、今何て?」
しかし、小町はそんな彼女とは対極的に愕然とした表情で聞き返すばかり。聞き間違いか、と思っていた。
四季映姫はアンコールに応えるかの如くに笑顔のまま、
「良いのです、許します」
ワンスアゲイン。
小町は驚くしか無かった。堂々と仕事を抜け出して昼寝という、説教大好きな四季映姫からすれば願ってもいないシチュエーション。
なのに彼女は小町を咎める素振りも見せず、笑顔で許すと言ってのけた。普段の彼女からはとても考えられない。
『……またしてもあなたですか!?まったく、あなたには死神としての自覚が無さ過ぎる!こっちへ来なさい、その根性を私が叩き直して差し上げます!!』
なんて言われた挙句に特別説教部屋へ引きずられていき、きゃんきゃん言わされるのが普通なのである。
「……お、怒ってないんですか?」
恐る恐る、といった体で小町が尋ねると、四季映姫はゆっくりと首を横に振る。
「私は、全てを許します」
小町はその笑顔の愛らしさに対抗するかのように、表情を驚愕一色に染める。
詰まる所、何をしても怒らないと言っているに等しい。輪廻転生した後にもう一度別の姿で相対したとしても、きっと聞く事の叶わないであろう台詞。
「し、四季様……」
何かの悪い冗談に違いない、と信じられない小町は、ふらふらと四季映姫に近寄る。
「何か悪いものでも食べ……きゃあ!?」
しかし、ふらついた足がもつれてバランスを崩し、その場で前方に自らの身体を投げ出してしまった。前に立っていた四季映姫を巻き込んで。
小町に組み付かれたまま丘をごろごろと転げ落ちる四季映姫。全身に身につけていた無駄に多い装飾品を撒き散らしつつ。
ようやく止まった時、四季映姫は転がって来た道筋に帽子も笏も服のボタンをも転々と残した挙句、小町の下敷きに。
「うぅ~……ッ!!し、四季様!!大丈夫ですか!?てかごめんなさい!!」
大慌てで小町はその場から退き、むくりと上半身を起こした擦り傷だらけの四季映姫に平謝り。
『まったくもう、一張羅がこんなにボロボロです!そう、あなたは少々落ち着きが無さ過ぎる!
今日は徹夜です!ジャズのリズムで16ビートを刻んで差し上げます!!』
そして説教部屋から夜通し聞こえるべしべしきゃんきゃん。こうなるに違いない。というかなってくれ。小町は半分祈るような思いだった。16ビートのジャズというものが可能なのかは知らない。プリズムリバーにでも訊いてくれ。
しかし四季映姫はふるふると首を振ってから手を伸ばし、小町の服をはたき始めた。
「こんなに汚れてしまって。怪我はありませんでしたか?」
先の四季映姫登場シーンよりも激しく、小町はその身を震わせた。世界一規模の小さいセカンドインパクトである。
「四季様!私は大丈夫です、けど……怒らないんですか?私のせいでこんな事に」
思わず立ち上がって小町は四季映姫に詰め寄る。
「良いのです、許します」
返ってきたのは、純度100%のこの上ないピュアな笑顔だった。
「あああぁぁぁぁぁああーーーーーッッ!!!!!」
緑の丘に、小町の絶叫が響き渡る。
―――説教が笏持って歩いてると名高い四季映姫が、全く怒らなくなった。
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ずるずると四季映姫を引きずるようにして、小町はある場所を目指していた。
「何かおかしいですよ……とにかく来て下さい!」
「許します」
許可を得、彼女が連れて行ったのは博麗神社。
「緊急事態だ、邪魔するよ!」
四季映姫を引きずったまま縁側からどかどかと乗り込む小町。
炬燵の置かれた座敷部屋。そこにはやはり博麗霊夢がいた。
「……なによぅ。あ、死神と閻魔だ。年の瀬に縁起が悪いわぁ」
「ゲンを担ぎたけりゃ、もう少し部屋片付けな。里に独田小羽とかいう有名な風水師もいるらしいし、一度見てもらったらいいさ。きっと卒倒する」
眠そうな声と共に炬燵から顔だけ出す霊夢。
炬燵の上には所狭しと洗っていない食器やお菓子の物らしき包装紙、酒瓶等が散らばり、いつ黒い奴らがジェットストリームなアタックを仕掛けに来てもおかしくない状況である。あまり踏み台にはしたくない。
何より霊夢が顔を出した所に敷かれた座布団、それを囲うように置かれた様々な日用品。そして間を縫うように散りばめられた蜜柑の皮。いくつかは干からびている。
世界一美しくない曲線を描くそのガラクタ・フォーメーション。殆ど結界である。流石は結界の申し子。あれを破った潔癖症は一人としていない。攻守において完璧だ。
日用品はどれもが彼女の手の届く範囲に置かれており、あの場所から殆ど動いていないのは一目瞭然。
「四季様、見てくださいあれを!あのドロッドロにだらけきった、最早ゲル状のワキミコ、略してゲルミコを!まるで巫女がゴミのようです!」
「来るなり失礼な死神だわね」
「あたいだってここまでだらけやしないよ!ミカンは皮まで食べるから残らないし、必要な物は全部炬燵の中だから見栄えも良いし」
「あんただって変わんないわよ。火事には気を付けなさい」
「ごほん……それより四季様!どうですか、あのゲル!善行からは遠く離れたあの怠惰の限りを尽くす姿!勤労精神など欠片も持ち合わせない大罪人ですよ!」
全部自分に返って来そうな台詞。四季映姫は霊夢の顔を暫し見つめ、にっこり笑って言った。
「良いのです、許します」
「し、四季様ぁ~……」
半ベソの小町。霊夢は訝しげな顔で尋ねる。
「閻魔はどうかしたの?」
「ああ、ちょいと聞いておくれよ……」
いくら小町曰くゲル状でも、目の前にいるのは異変解決のエキスパート。何か打開策が聞けるかも知れないと、小町は事の顛末を全て話して聞かせた。
「ふぅん、怒んなくなったねぇ。あ、ミカンとってミカン。おコタの上に多分あるから」
「多分って……はいよ。まあ、そうなんだ。だから、冬はどうせ冬眠とか何とか言ってだらけるお前さんの姿を見たら流石に怒るかなって」
「今日のあんた、失礼のカタマリだわねぇ……もぐもぐ」
「実際そうだったじゃないか。でさ、あたいももらっていい?おミカン」
「らめ」
「四季様ぁ、このゲルったら甘味に飢えた死神がいるのにおミカンくれませ~ん」
「良いのです、許します」
来客にも身体を起こさず、蜜柑を頬張りつつ話を聞く霊夢。その態度にはもう突っ込まない事にし、小町は何かしらの解決策を仰ごうとした。
「でさ、何とかならないかい?」
「なんで?あんたいっつも怒られてるし、いいじゃないの」
蜜柑を飲み込んでから霊夢はそう返したが、小町は首を振る。
「それはそうなんだけど……なんつーかさ、違和感バリバリなのさ。全然怒んない四季様なんてさぁ」
「やめて!」
「は?」
「ごめん、なんでもない」
慌てて首を振る霊夢。とりあえず小町は何も聞かなかった事にした。
「そうねぇ……じゃ、ちょっと試しに」
そう言うと霊夢はよっこいせ~と身体を起こし、のそのそと炬燵から這い出した。
それから彼女は大人しく正座している四季映姫に近付くと、その手の笏をさっと奪い取る。
「ちょっと、何してんだい」
「いいからいいから……そりゃっ!」
「あうっ!」
間髪入れず、霊夢はぺちーん!と四季映姫の額を笏でひっぱたいた。
痛そうに額を押さえて涙目の四季映姫を見て、小町は咎めるように言った。
「ちょ、何やってんだい!ひどいじゃないか!」
「いいから……ところで、許してくれる?」
小町を宥めつつ、霊夢は額を押さえている四季映姫に問うた。
すると彼女は顔を挙げ、未だ額に赤く後が残る顔に笑みを浮かべる。
「……良いのです、許します」
「えええぇぇぇっ!?どうして!?」
おろおろと霊夢と四季映姫の顔を交互に見る小町。一方で霊夢は首を傾げる。
「ん~、これはモノホンみたいね」
「どういう事だい?」
小町が説明を求めると、霊夢は笏で四季映姫を示しながら口を開いた。
「いくら慈悲深いったって、理由も無くひっぱたかれたりしたら怒るわよ、普通。でも怒んない。だから上辺だけじゃなさそうってコト」
「四季様に一体何があったんだ……?」
ふにゃりと笑っている四季映姫を見つめ、小町は言いようの無い不安を抱えずにはいられなかった。
しかし、霊夢が何やら挙動不審なのに気付き、問い質してみる。
「何してんだい。その笏、さっさと四季様に返しなよ」
「いやね……その、ひっぱたかれて、涙を浮かべて痛がる閻魔がなんか……その……」
「はぁ?」
「……もう我慢できなぁぁ~い!」
「きゃうっ!」
ぱちーん。
「こら、やめんかこのゲル!」
「やだやだ、もっと!可愛い泣き顔見せてぇ」
「ゆ……許します……ひっく……」
「ほら、許すって言ってるし!もう一回だけ!」
何かに目覚めた博麗の巫女。次に異変が起こった時が不安でしょうがない。弾幕では無く尻を蹴り飛ばす事で相手を黙らせそうだ。むしろ相手は黙らない。
しかし、顔を真っ赤にして痛みに耐える四季映姫を見ていた小町にも、妙な感情が芽生え始める。
「……霊夢、あたいにもそれ貸して」
「ほい」
笏を受け取り、振りかぶる。
「四季様、失礼します!」
「ふやぁっ!」
ぺちーん。
「……よ、良いのです……ゆ、ゆ……」
「し……四季様……」
ぶるぶると身体を震わせ、ぎゅっと閉じた目に涙を浮かべて額の痛みに耐える四季映姫。とても閻魔には見えないその弱々しい表情は、見るもののアレな感情を促進させるとか。でもぼくこどもだからよくわかんないや。てへ。
しかし小町にはしっかりと効果があったようで。どくんどくん、と小町は自らの心臓の鼓動が大きく聞こえた。
「……あ、おでこに蚊が止まってます!」
「いたぁっ!」
ぴしゃーん。
「あっ、今度はハエが!しかも三匹!!」
「いっ、あっ、うあっ!」
ぺちぺちぺち。
「大変です四季様、全然減りません!というか分裂して増えてます!もっと叩きますよ!」
「……うぅ~……よ、良いのです、ゆ……」
痛みが引かない四季映姫だが、やはり許すらしい。しかし、言い切る前に我慢出来なくなった小町が息も荒く襲い掛かる。
「メンッ!メンッ!メェェェェェェェンッ!!!」
「ゆ、許しますぅぅぅぅ!!」
愛と怒りと悲しみを込めたっぽい小町の打撃。頬を紅潮させ、興奮した様子でひたすらに四季映姫の額をぺちぺち。
爽快な打撃音が、冬の博麗神社に響き渡る―――。
・
・
・
・
「……で、何とかしたいんだけど」
「なんとか、って」
小町と霊夢はその後、博麗神社に多くの知り合いを招き、対策会議を開く事に。
主要な知り合いの殆どが集合し、相変らず笑顔の四季映姫を囲む。
「ところで、どうして映姫のおでこが赤いんだ?」
とりあえず、と言った体で話を切り出そうとする小町を遮り、霧雨魔理沙が手を上げる。途端に青くなる顔、流れる冷や汗。
『泣き顔が可愛かったからです!』等と言おうものならドン引きは確実、ボス会話中の信仰点の如く急速な勢いで冷め行く友情。
何としても本来の理由を隠す必要があった霊夢は咄嗟に思いついた理由を口走る。
「あ、えーと……ほら、赤いほうが三倍凄いとかいうでしょ。だからじゃない?」
「それ理由かぁ?」
訝しげな魔理沙に、詮索されたくない霊夢は物量で畳み掛ける作戦に入った。
「だってさ、閻魔っていえば彼岸のリーダーでしょ?リーダーといえば赤だし。それに彼岸花だって赤。
トナカイの鼻も赤なら朱肉も赤、小町も赤ならリリカも赤、もうあかんって事でしょ」
「……う~ん、そこまで言われたら赤でもいい気がしてきたぜ」
「そうそう。俺のこの手が?」
「真っ赤に燃える」
「よし」
洗脳完了。胸を撫で下ろし、小町は口を開いた。
「まあ今話した通りさね。四季様が何故か……」
そこで一旦切り、彼女は横で突っ立っている四季映姫のおでこをぺちん!と平手で叩く。
大きく仰け反り、体勢を立て直した四季映姫は微妙に涙目だが、気丈にも笑顔を取り戻してみせた。
「良いのです、許します」
「……と、こんな感じなんだ。四季様ハァハァ」
「ハァハァ?」
「顔赤いよ、大丈夫?風邪?」
ギャラリーから疑問の声が上がり、小町は慌てて声の主たるチルノとルーミアに詰め寄る。
「ま、まあ待ちな。あたいの顔が赤いのは問題じゃないんだ」
「そうなの?」
「ああそうとも。霊夢も赤いしお前さんのリボンだって赤い。数牌5のドラだって赤いしエヘン虫だって赤っぽい。何もおかしくない」
「そーなのかー」
「そーなのさー。博麗神社は?」
「赤字」
「よし」
洗脳完了。同時に閃光。響き渡る被弾音、飛び散るP。これも赤い。
図星とかけまして、マラソン時の脇腹ととく。そのこころは、つかれると痛い。座布団持ってけ。
暫くして、服の所々を破きつつも立ち上がる小町。問題は無さそうだ。無駄にタフネスなのは四季映姫の説教の賜物か。
「くう、効いたねぇ今のは。まあいいや、そんな感じで四季様を何とかしたいのさ」
「そんな感じって、実力行使?」
呟く伊吹萃香をスルーしつつ、何か案は無いかと一同に問い掛ける小町だったが、ここで再び手を上げたのは魔理沙。
「そうは言うが、本当にそこの閻魔は怒らないのか?私にはどうにも信じられん」
するとギャラリーからも確かにそうだと賛同の声。実際何度もぺちぺちして怒らなかった姿を見たのは小町と霊夢だけなのだ。
ある意味説教する事を生業としている四季映姫が一切怒らないなど、エイプイルフールで無くとも簡単には信じられないのが普通であろう。
「じゃあ、試す?」
その時、別方向から手が上がる。挙手の主はオーヴァーザプライス、河城にとり。
「試すってどうやってさ」
小町が問うと、にとりはチチチと指を振った。その顔にはニヤリと笑み。
「こんな事もあろうかと用意してたのさ。こんな事もあろうかとね」
大事な事なので二度言いました。彼女が引きずってきた箱、その中には大量のプラスチック製の玩具槌、つまりはピコハン。
「あんたは、どんな展開を想像してここへ来たのよ」
霊夢が呆れ顔で訊くが、にとりは得意気に笑っているだけ。エンジニアの洞察力恐るべし。
エンジニア関係無いとか言う奴にはきゅうりを五、六本丸呑みさせます。
「じゃ、みんな一本ずつ手にとって~」
にとりの声と同時に、一同が一斉に箱へと群がる。全員が装備したのを確認し、小町が四季映姫に声を掛ける。
「四季様、ちょいと我慢して下さいね」
「許します」
相変らず許容の心で対応する四季映姫。閻魔がこんだけ優しいのも問題と言えば問題だ。
四季映姫を椅子に座らせ、その後ろにピコハン装備の一同が並ぶ。
「それじゃ、開始!」
「ヤッチマイナー!」
小町が四季映姫の帽子を取り、号令と共に一人ずつ彼女の頭をピコリとやっていく。ぴこ、ぴこ、ぴこ、がつん、ぴこ、ぴこ、ごちん、ぴこ、ぴよひこ、ぴこ。
「何やら鈍い音がしたんだけど」
「ああ、たまにトランペットで殴ったり『閻魔様に指導出来る日が来ようとは!』って言いながら頭突きしたりほっぺたうにーんって伸ばしたりしてるのが混じってるから」
「あと何やら縦笛吹いてるやつもいるんだけど」
「あんま気にしない方がいいんじゃない?」
言いつつ最後に並んだ霊夢は、ピコハンを一旦は振り被ってから御札を取り出して夢想封印で〆。
閃光と被弾音が炸裂し、土煙が晴れるとそこには地面に倒れ伏す四季映姫。
「四季様、大丈夫ですか……?」
服をボロボロにしたままヤムチャ状態の四季映姫に恐る恐る声を掛ける小町。
すると突然四季映姫が立ち上がり、一同はおおっ、と驚きの声。彼女の次の発言を待った。
「良いのです、許します」
瞬間、ざざざっと二メートル後退して包囲網を広げる一同。
「これはもう、完璧と言って良さそうだな……」
「博愛精神溢れる閻魔誕生、ね。確かに面白いけど……ハァハァ」
「ハァハァ?」
ははは、と乾いた笑いと共に魔理沙。その横で霊夢も頷く。その顔は赤く、口元に若干ヨダレが。はよ拭け。
やいのやいの、と騒ぎ出した一同をよそに、小町は一人思考を巡らせる。
(……絶対におかしい。人……じゃないけど、四季様がそう簡単にころりとかわるはずがない。何かが一枚噛んでるな)
その時、彼女は集まったメンバーの中に紫の姿が無い事に気付く。
きょろきょろと見渡して見ると、少し離れた木の影からこちらをじっと見ている紫の姿を発見。
彼女は何やらくすくすと笑ってから、スキマを開いてどこかへ行ってしまった。
(……あれか……)
はぁ、とため息一つ、小町はそっとその場を離れた。
一方で、何かに目覚めている霊夢を見たにとりは彼女へ質問をぶつける。
「どうしたの?息荒いけど……顔も赤いし」
「やや、別に何でもないのよ……それにしても閻魔ハァハァ」
「そうは言うけどねぇ」
首を傾げ、どこか腑に落ちない様子のにとり。霊夢は焦りながら続ける。
「だって、私の服だって赤いんだから顔も赤くたっていいじゃないの。あんたもしつこいわね」
「服は関係無くないかい?さっきからボロボロの閻魔様をちらちら見て……」
核心を突かれかけた霊夢は、咄嗟ににとりの手首を掴んだ。
「ああもう、さっきからうるさいわねこのカッパーロード!赤の何が悪い!」
「いやいやいや、赤が悪いなんて一言も言ってないし、第一カッパーロードて」
「問答無用!こうなったらこの私が、いかに赤が普遍的な色なのかを教えてやるわ!こっち来なさい!!」
「ちょ、やめ……助けてぇ!あぁーっ!」
そのままずるずるとにとりを引きずり、霊夢は神社の中へ消えていった。
呆然と立ち尽くす一同の耳に、霊夢による”指導”の声が届く。
「あーか!あーか!さっさとあーか!早いトコ赤派になりなさ~い!そのうちきゅうりの色も赤になるわよ!」
「なるわけないじゃないか……あうっ!」
「口答えは許さないわ、それそれあーか!あーか!」
「あおぉーっ!」
「何が青よ、赤だって言ってるでしょ!……河童も結構いいわねハァハァ」
風に乗って届いてくる不思議なリズム。地球の鼓動だ。
魔理沙は横でぽややんとしている四季映姫を向く。
「……なぁ、一人のいたいけな河童がカルトっぽい巫女に色々されてるみたいなんだが」
「良いのです、許します」
四季映姫の笑顔は、どこまでも優しく、まるで菩薩のようであったそうな。
・
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八雲家は、幻想郷のはずれにある。だが、小町は自身の能力を駆使し距離を操る事で素早くそこへ辿り着いた。
玄関をノックするまでも無く、縁側でごろごろしている紫を発見した小町は声を掛ける。
「よっ、スキマさん」
「あらあら、もしかして私にもお迎え?なかなかいい人生だったわねぇ」
「八雲紫を渡せるたぁ死神冥利に尽きるけど、生憎まだだね。お前さん、殺しても死ななそうだし」
「褒め言葉として受け取るわ。でもご褒美ならお菓子の方が嬉しいんだけど。おミカンならモアベター」
「あたいだってケチなゲルのせいで食べれてないんだ、我慢しな」
軽妙な会話の後、小町は本題を切り出した。
「ところでお前さん、四季様に何かした?」
包み隠す気など一切無いストレートな質問に、紫は変わらず不敵な笑みを浮かべつつ口を開いた。
「したわよ」
がくっ、と小町は身体を傾けた。あまりにあっさりとした黒幕発覚に拍子抜けしたようだ。
「隠す気ないのかい」
「だって、ただの暇つぶしだったし」
「暇つぶしでヒトの上司を変な風に変えないでおくれよ」
「あなただってヒトじゃないじゃない。そう、あなたもまた橋の下で拾ってきた子供……」
「なぜにヒューマンドラマ路線?」
「死神が主演なら何ドラマなのかしら」
「さあねぇ」
どんどんズレていく二人の会話。小町は慌てて軌道修正を試みた。
「で、だ。四季様に何したのさ」
すると紫は、思案するかのように唇に人差し指を当てつつそれに答える。
「ん~、簡単に言えば感情の境界を動かしたの」
「お前さんの能力でか。具体的に教えとくれ」
小町の要求にこくりと頷いて、紫は説明を始めた。
「誰しも、感情の境界というものが存在するの。これくらいなら怒らないけど、ここまでされたら怒る、みたいな。
で、私はあの閻魔ちゃんの怒りの境界を動かして、怒りに抵触する範囲を思いっきり狭めちゃったのね。で、ちょっとやそっとじゃ怒らないっと」
「……お前さん、ほんっとーに何でもアリだねぇ」
「うふふ、褒めてもお茶くらいしか出ないわよん。
そうそう、ついでに許容の範囲も限界まで広げといたわ。だから、今の彼女は何されても許すんじゃないかしら」
その言葉に、ぴくり、と小町の耳が反応した。
「……つまり、今の四季様は何をされても絶対怒らないと?」
「もちろん」
ニコニコ笑って頷く紫。それを聞いた小町の顔に、にや~、と明らかに企みを孕んだ笑み。
「本当に怒んな~い?」
「それはもう。でもねぇ……」
「いいコト聞いちゃったっ!ありがとねスキマおねえさまん!!」
「いくら私でも、ヒトの心の中の境界を動かすなんてのはかなりの労力なの。だから、そろそろ限界かな~って……あら?」
紫が気付いた時、小町の姿は既に無かった。またしても距離を操ってさっさと帰ったようだ。
「んもう、慌てんぼさんね」
残された紫は唇を尖らせてぶつくさ。しかし、やがてその身体を再び横たえた。
「ま、いっか……これはこれで面白そうだし」
「紫様ぁ~!?ごろごろしてるならおせち料理の材料の買出し行って下さいよ~!!」
台所の方から藍の大声。紫は慌てて、縁側を平泳ぎで逃走し始めた。
・
・
・
・
その一方。
どうしてよいか分からず棒立ちだった一同の元へ、にとりを連れた霊夢が戻って来た。
にとりの目は何だか妙な光が篭ってギラギラしている。
「お前、何したんだ?」
魔理沙の質問に、
「赤がいかに普遍的な色かを教えてあげただけよ」
霊夢は事も無げにそう言い、にとりを向いた。
「それじゃ、最後にテストするわよ」
こくり、とにとりが頷いたのを見て霊夢は”テスト”を始めた。
「きゅうりの色は?」
「赤」
「フランドール・スカーレット最強のスペルカードは?」
「フォーオブアカインド」
「紅美鈴 ←なんて読む?」
「あかめいりん」
「鴉天狗のブン屋といえば?」
「射命丸赤」
「熱風で疾風なロボットの必殺技は?」
「アカシックバスター」
「見よ、東方は!」
「赤く燃えているぅぅぅっっ!!」
「完璧よ!もうあんたに教える事は何もないわ!!」
「ししょぉぉぉぉぉおおお!!」
ひし、と固く抱き合う霊夢とにとり。その様子を何故か涙を浮かべて見守る一同。
その時、小町が帰って来た。
「どこ行ってたんだ?」
「ちょいとね。それより、四季様借りるよ!」
魔理沙の言葉に短く返したかと思うと、彼女は四季映姫の腕を掴んで再び何処かへ駆け出した。
「良いのです、許しますぅぅぅ……」
ドップラー効果で遠ざかる四季映姫の声。残された霊夢達は暫し呆然。
しかし、魔理沙の『追ってみるか?』の一言ではたと気付いたように顔を上げ、ばたばたと小町が消えた方向へ駆け出した。
「どこ行ったんだろうな?」
てけてけと走りながら、魔理沙が横の霊夢に問い掛ける。
「どうせ彼岸のどっかでしょ」
肩を竦めながら霊夢はそう返した。
・
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小町は四季映姫を引きずり、彼岸、それも四季映姫の自宅へ押しかけた。
鍵を開けさせ、彼女が向かったのは四季映姫の自室。
「さあさあ、早く鍵を開けて下さいハリーハリーハリィィ!!」
「許します」
興奮しっぱなしの小町に急かされ、四季映姫は言われるまま自室を開錠。
鍵が開いたのを確認した小町は疾風の如き速さ、それでいて春風を思わせるような爽やかな身のこなしで室内へ突入。
中はこざっぱりとした、いかにも几帳面な人物が使用していると分かる部屋。内装も落ち着いている。
「四季様はそこで待ってて下さいね!」
「許します」
彼女が笑顔で頷くのを尻目に、小町は早速と言わんばかりに四季映姫のベッドへダイヴィング。幻想郷のフトンダイバーとは彼女の事。
そのままベッドの上で荒れ狂う竜巻のように全身をくねらせての大暴れ。本人はシンクロナイズドスイミングのつもり。
「ああ……四季様が普段寝ているベッドに、今あたいが……ハァハァハァ」
こっそり掛け布団でヨダレを拭う小町。幸い四季映姫には見えなかったようであるが、恐らく見てても許したであろうから怖い。
暫し布団の上で転げた小町はベッドから飛び降り、部屋の片隅に置かれた箪笥へ向かう。
一番下の引き出しを開け、彼女は目を見開いた。
「あ……あった……今こそ、あたいの野望が……」
小町は引き出しに入っていた布製の”それ”を一枚取り出し、躊躇う事無く頭に被る。
「あたいったら最強ねッ!」
そのまま天高く拳を突き上げてのガッツポーズ。尚、著作権は氷精チルノにあります。
次々と引き出しの中にある物を顔に被っていく小町。四季映姫は、それをただ笑顔で見つめているだけであった。
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「ねぇ、ここいらをややコンパクトサイズの閻魔引きずった、背の高い死神が通らなかった?」
「ああ、小町ちゃんの事?さっき凄い勢いで閻魔様のご自宅の方へ向かってったけど……」
小町の同僚らしき死神に尋ね、ターゲットの所在を割り出した一同。
通りすがりの死神への礼もそこそこに、教えて貰った方向へ。彼岸に突如押し寄せた軍団に、死神は戸惑いの色を顔に浮かべてそれを見送る。
「あれかな?」
前方に見えてきた四季映姫の自宅。だが、その前に二つの人影。
小町と四季映姫その人だった。
「ちょっと、いきなりどっか行くからびっくりしたじゃないの」
「何やってんだ?」
霊夢と魔理沙がそれぞれ言うと、小町はやや俯き加減だったその顔を徐々に上げていく。
「くっくっく……」
喉で笑う彼女の顔には、ニヤリと笑み。
「四季様は、もう何をしても怒らない。つまり、あたいが四季様の全てを握ったも同然ッ!!」
びしっ、と空を指差し、小町は息を大きく吸って、叫んだ。
「四季様は……あたいのモンじゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
そのまま彼女は四季映姫の笏を再び奪い取り、額をぺちぺちし始める。
「い……痛い……けど、許します」
「そら聞いたか~!これからはこの儚げな泣き顔も見放題ッ!」
もう一発ぺちん。四季映姫はもう涙目だが、それでもふるふると首を振って、一言。
「ゆ、許しますぅ……」
「ウオオォォォッ!!」
「ウオオォォォッ!!」
異様に興奮した様子で叫ぶ小町。何故か霊夢もリピート。
あまりに急な展開と小町のアレな部分を見てしまった事、そして一部の者は四季映姫の泣き顔を見た事で一同の間にざわめきが起こる。
そんな中、小町は何かを企むような顔つきになって呟いた。
「……待てよ。あたいは今まで四季様に散々説教とぺちぺちの嵐を食らってきたんだ。今こそ、仕返しの時……!」
手にした笏を構え、小町は赤くなった四季映姫のおでこに狙いを定める。
「四季様、そこ動かないで下さいね……」
「良いのです、許します」
確認し、小町はニヤリと本日何度目か分からない悪巧みの笑顔。
少し後ろに下がってから軽く助走をつけ、思いっきり足を踏み込む。
「倍返しだぁぁぁぁぁぁぁああッ!!!」
小町のフルスイング一閃、ばっちぃぃぃぃぃんっ!!と何とも痛そうな効果音が彼岸に響き渡った。
「……うはー、痛そう……」
魔理沙の呟き。四季映姫は喰らった勢いで軽く吹っ飛び、うつ伏せになって地面に倒れ込む。
と、その時であった。
「ありゃー、派手にやったわねぇ。あれはちょっと可哀想だわ」
霊夢のすぐ横から声がした。驚いて彼女が見やると、空間に裂け目。中から紫がひょっこり姿を現した。
「どういうことだ?」
「かくかくしかじか、という訳でね」
魔理沙が尋ねると、紫は簡単にいきさつを説明した。自分が四季映姫にした事、小町が説明途中で帰った事も含めて。小説は便利だ。
「なるほど、全部あんたのせいだったのね。人騒がせだこと」
「そんなの、今に始まった事じゃないでしょうに。でも、私が来たのは単なる説明の為じゃないのよ」
「へ?」
小町も紫の姿に気付き、視線を投げかける。
一同の視線を集めた紫は、どこか得意気に説明を続けた。四季映姫はまだ起き上がらない。
「あの子はさっさと帰っちゃって聞かなかったみたいだけど、ヒトの心の中の境界を動かすなんて、かなりの重労働なのよ。
でね、もうしんどくて限界だったから……さっき、戻しちゃった」
てへ、と紫はぺろりと舌を出す。こつん、と頭を軽く叩いてみせるオプション付き。
しかし、のん気な様子の紫と対照的に、小町の顔はすっと青ざめる。
「も、戻したって……具体的には、いつ?」
ぴくり、と四季映姫の肩が動いた。
「そうねぇ……私がここに出てくる直前くらいだから……」
思案しながら喋る紫。その視界の片隅で、四季映姫の身体が少しずつ持ち上がっていく。
「多分……あなたが閻魔ちゃんを思いっきりひっぱたいた、ほんの少しだけ前ね」
「ひっ!?」
びくり、と肩を竦ませた小町は、ついさっき大阪の漫才師もビビるほどの勢いで張り倒した自らの上司を見やる。
四季映姫は、既に起き上がっていた。小町に背を向けて立つその姿は、小さく、静かながらも凄まじい威圧感を感じさせる。
彼女はすっ、と腰を落とし、膝を曲げ、上半身を反らした。手は腰の辺りで、手の平を上に向ける。
大きく大きく息を吸い―――
『KOMACHYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYッッッ!!!!!』
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・
「きゃああああああああああッ!!?」
ついさっきまで強気だった小町の悲鳴が、四季映姫の絶叫に張り合うかのように響き渡った。そのままぺたんと尻餅。
「あ~あ」
ぺちん、と紫は顔に手を当てた。霊夢、魔理沙もそれに倣う。
「まったく……あなたはいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもこんな事ばかりしてぇぇぇっ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!!ちょっとした出来心だったんですってばぁ!」
猛虎の狩りにも匹敵するような気迫で迫る四季映姫に、小町は尻餅体勢のまま後ずさり、平謝りするしか出来なかった。
「出来心で人のおでこをひっぱたくのですか、あなたは!?こんなに赤くなって……あなたにも同じ目に遭って貰いましょうか!?」
「いやぁぁぁ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁい!!」
未曾有のブチ切れ四季映姫に、半泣きでただただごめんなさいの小町。と、ここで小町は帰ろうとしていた紫に縋るような視線を向けた。
「ちょ、ちょっと!!もしかして、感情の境界をいじくってた時の記憶は四季様にあるのかい!?」
「さあ?もしかしたらあるかも……ね」
そう呟くと、うふふ、と心の底から楽しそうな含み笑いを残して、Ms.トラブルメーカーはスキマに入って帰って行った。
残された小町は、愕然とした表情になる。
「そ、そんな!じゃあまさか、四季様のお部屋に入ってお布団でごろごろしたり、あんなものやこんなものを残らず被った事も!?」
はい、お約束のボケありがとーございます。
「なっ……小町!!あなた、そんな事までしていたのですか!?」
「きゃん!」
これでは記憶があろうと無かろうと関係無い。四季映姫はその顔に悲壮感を漂わせながら言った。
「被ったって……まさか、箪笥に入れてある私の……」
「ちょ、ちょっとぉ!?幻想郷は良い子の幻想だからそれ以上は……」
「覆面レスラーコレクションを!?」
「―――(゚Д゚)ハァ?」
一同ポカーン顔。よろよろと小町が霊夢に近付き、説明。
「あ~……実は、四季様は大のプロレス好きなんだ。
特に、『正体と優しい心を隠して孤独に戦う……なんて素敵なんでしょう!』とか言って、覆面レスラーがお気に入りなんだ。
で、色んなレスラーの覆面をコレクションして、大事に箪笥にしまってるのさ……一度、被ってみたかったんだよねぇ。浪漫があるよ」
説明を終えた小町の肩を、がしっと四季映姫の小さな手が掴んだ。小町の顔は再び真っ青に。
「一度着用したら、その価値はぐーんと落ちてしまうのですよ!?そう、あなたはコレクター魂というものを理解していなさ過ぎる!」
「きゃん!!痛い、痛いですよ四季様ぁ!!」
「ええい、まだまだです!思い知りなさい!!」
落ちていた自らの笏を拾い上げ、四季映姫は猛然と小町を追い回す。隙あらば小町の身体、特に頭をぺちんぺちん。大体秒間三発ペース。
ぺちぺちきゃんきゃんどたばたどたばた。騒がしくなった彼岸でただ事の成り行きを見守る一同。
そんな中、魔理沙は横で同じく棒立ちの霊夢に声を掛ける。
「……なぁ、お前の顔が時々赤かったのってもしかして、あいつと同じ……」
「あ~う~!」
「土着神気取りか?」
「そうじゃなくって。何度も言ってるけど、私の顔が赤いのは問題じゃないのよ。世の中は赤で満ち溢れているの。
紅魔館が赤けりゃ赤紙も赤、あからさまって言葉も赤が語源って永遠亭んとこのウサギが言ってたし、狂気の瞳だって赤。
ウチの萃香は『赤いは酒の咎』とか言ってるし、守矢神社の神奈子の本名は『赤奈子』だってもっぱらの噂。
マグロの赤身が赤いのは当然だし、だからって他の部位が赤くないかって言ったら同然赤。一人で見た真っ赤な空は、君もどこかで見てるのが通説なのよ」
「あ~う~……何だか目がくるくるしてきたけど、よーするに赤はふつーなんだな、よく分かったぜ」
「そうそう、それでいいの。今度のマリオは?」
「赤ちゃんだ!」
「よし」
洗脳完了。その時、二人の前にどさりと小町が倒れ込んできた。
全身くまなく笏で打たれたのかあちこち赤く、特に顔は軽く腫れている部分が目立つ。
しかし、そんな痛々しい状態にも関わらず、小町は笑っていた。
「え、えへへ……いつもの、四季様だぁ……」
痛みで涙を浮かべながらも満足げな小町に、笏を一旦しまった四季映姫が優しく声を掛けた。
「まったく、これだけ叩かれても笑っているなんて……あなたは本当に面白い人ですね。一緒にいて飽きません。
どうしようもなくサボり魔でも、たまには真面目に仕事してくれますし……やっぱり小町はこうでなくちゃいけない気がします」
四季映姫も笑っていた。
小町がいくらサボって怒られてそれを繰り返そうと、四季映姫が匙を投げずにそれを説教するのは、ここに理由があるのかも知れない。
「四季様……あたい、明日はちゃんと仕事しますね」
「ええ、期待してますよ」
小町の言葉を聞き、四季映姫は彼女の頭を優しく撫でる。
しかし次の瞬間、優しく頭を撫でていた筈の手に力が篭り、小町の頭部をぐわしと掴んだ。
「し・か・し!今日の事を許した訳ではありませんよ!?そう、あなたは例え反省しても忘れるのが早すぎる!
今日と言う今日こそは、あなたのその頭にしっっっっかりと叩き込んで差し上げますからねっ!!」
「痛いですよ四季様ぁ!!もっと乙女は優しく扱ってくれなきゃ……」
「貴女は私なんかよりずっとずっと丈夫だから大丈夫ですっ!さあこっちへいらっしゃい、今日は徹夜でお説教です!!
ジャズ、ボサノバ、ケルト、ロック……お好きなジャンルを選ばせてあげますよ!?何分の何拍子の何ビートがいいですか小町!!」
「きゃん!きゃん!」
四季映姫はその細腕でずるるるる~と小町を引きずり、残された一同からどんどん離れていく。
小町はわたわたと必死に逃れようとするがまるで叶わず、二人の姿と声はあっと言う間に小さくなった。
霊夢を筆頭とする一同は、消え行く小町の姿を何故か敬礼で見送った。今夜はおたのしみですね。
「ねえ魔理沙、いっこなぞかけを思いついたわ」
「へえ、聞かせてくれよ」
「小野塚小町とかけまして、上手な数学の先生ととく」
「その心は?」
「しきを飽きさせない」
お後が宜しいようで。
という後味の悪さしか残らなかった。
パロディの元ネタが分かれば、楽しく読むことが出来たのだろうか?
2割5分7厘(数値どうだったかなぁ)だと思いますよん。
今回の作品ですが1コメの方と同じで映姫様の扱いが、ちょっとヒドイかも?と思ったのでこんな感じの評価で…
幽霊達のやりとりは盛大に吹きましたがwww
駄目巫女に駄目死神www
笑わせていただきましたww
遅くなって大変申し訳ありません。と同時に、どうも有難う御座います。
>>1様
この作品を書こうと思い立った時点で、そのようなお叱りは覚悟の上でした。
正直元ネタを意識しすぎた感は否めず、知らない方にとってはかなり意味不明になってしまった事は大きな反省点です。
貴重なご意見、どうも有難う御座いました。精進致します。
>>2様
ジャガーさんネタは他の作品でも使ってたりします。気付いて頂けて嬉しい限り。
BUMPの方も知っておられましたか。あれは名曲だと思うのですが、結構マイナーな感じが否めず……。
>>6様
ぬぐ、誤字orz
ご指摘有難う御座います。漢字変換にオンブにダッコじゃいかんね。
>>7様
あんな幽霊ばかりだったら、冥界はさぞ楽しかろうて。
映姫様の身が心配ではありますが……。
>>アクセス様
いつもいつもいつもいつもいつも本当に有難う御座います。
元ネタがあんな感じだったのでああなってしまいました。もっと捻るべきだった、と目下反省。
>>16様
叩く駄目に見る駄目、同じ駄目なら叩かにゃソンソン。映姫様のとばっちりがヒデェ。
>>17様
おお、とうとう元ネタを解するお方が!
しかし、この関係性だと映姫様と小町はお風呂で互いの背中を流し合った仲という事に……ハァハァハァh(ry
>>ワレモノ中尉様
わお、コメント欄にまでわざわざ有難う御座います。
自分でも割と気に入っている洗脳ネタですが、いつ、どこで一連のネタを思いついたのかが思い出せないという。
えぇ、わかっていましたよ、えぇ、もちろんですとも、他に何があるというのか……
良いのです、許します
でも死ね(嘘;
>>ずわいがに様
分かってるなら良いのです、と映姫様。
心配しなくとも自分は死にます。数十年後くらいには……その時はこまっちゃんに運んでもらって、映姫様に裁いてもらうんだい。
やっぱり合うな~、ピンクの悪魔と東方。