「咲夜。チャオ会を始めるわよ」
「かしこまりましたわ、お嬢様。それでは早速チャオ会の準備を……はいっ?」
◇ ◇ ◇
「チャオッ」
聞き間違いだと願っていた。咲夜の儚くも脆い僅かな希望はレミリアに会釈したとき、粉々に崩れ去った。咲夜の愛して止まない紅魔館の主、レミリア・スカーレットは片手を上げ、手のひらを咲夜に向けながら人差し指をリズミカルに動かしてチャオしている。にぱーと顔を綻ばせ、意気揚々。実に楽しそうだ。
「ちゃ……ちゃお」
危うく思考停止しかけた咲夜はなんとかチャオを切り返す。理不尽なんていつものことだ。不条理こそが日常だった。何よりも主を不機嫌にさせてしまうことは従者にとって致命的だ。その責任感からか、咲夜は程なくしてレミリア流チャオを体得した。レミリアの指示通り、テーブルに紅茶を並べる。
「ふむ。お前もだいぶ慣れてきたようね」
「恐縮ですわ」
「ピッツァが食べたいな、咲夜」
「ヴァ、ベーネ」(畏まりましたわ、お嬢様)
「チャオ!」(ベネ!)
いつの間にか本格石焼窯が厨房に備え付けられていた。見紛う事なき赤レンガ。材料は間違いなく紅魔館の外壁である。中で眠っていた美鈴を引きずり出し、生地をこねる。本来ならば血液を練りこむところだが、レミリアのことだ、トマトペーストでも分からないだろう。サンマルツァーノ種のトマトをつぶしてペースト状にする。慣れてくるとレミリアのわがままも可愛いものだ。鼻歌交じりにレミリア好みのピッツァを作っていると、厨房を覗き込む影が一つ。
「あ、パチュリー様。チャオッ! ですわ」
「貴女……あぁ。レミィのチャオ会ね……。ちゃぉーぉー」
両手をぐわっと上げて空中でぐーぱー、パチュリー式チャオである。
「それより、さっきからどの扉を開けてもレミィの部屋に出るんだけど、貴女空間操作してる?」
「全ての道はローマに通ず、ですわ」
紅魔館においては全ての道はレミリア・スカーレットに通じるのだ。パチュリーは咲夜の言葉に思いっきり咳き込むと、息を潜めて忠告した。
「ケホ……咲夜。適当にあしらいなさい。レミィの言うとおりに本格的を追求してはダメよ。あくまでイタリア風で良いの。それであの子は満足するのだから」
「はぁ……本格的、と言いますと、日常会話がイタリー語になる程度ですか」
「いえ、もっと恐ろしいわ」
パチュリーは聞いている者が居ないか周りの様子を窺うと咲夜の耳元にそっと囁く。
「会話が全てチャオになるわ」
「チャオに!?」
「チャッチャオー、チャーオッチャ。……これでパチュリー・ノーレッジよ。信じられる? 言語は死ぬ。バベルの塔の再来よ。レミィったら運命を操って図書館の本の文字を全てチャオに変えようとしていたんだから……」
「それで……お嬢様のチャオはどのようにして鎮まったので?」
「半日で飽きるわ。だから咲夜、ほどほどにあの子のわがままに付き合ってあげてね。くれぐれも……調子に乗らせないで」
「わ、わかりました。気をつけますわ」
石焼窯にピッツァを並べつつ、咲夜はパチュリーの忠告を胸に刻むのだった。
◇ ◇ ◇
「チャオチャー。チャッチャオチャ」
「マンナッジャ!!」(畜生!)
遅かった。
この瞬間、咲夜は生まれて初めて時間の前に敗北したのだ。ピッツァを焼き上げている僅かの間にレミリアのチャオは加速し、とうとう言語機能にまで侵食し始めていた。
「チャオ……ですわ、お嬢様」
咲夜は消沈し、レミリアの前にピッツァと紅茶を並べる。
「チャオ?」
「ええ、もちろん原産地から拘りました。地中海はコルフ島のオリーブオイルを贅沢に使い、一見トマトに見えるそのペーストには極上の血液を混ぜております。真のナポリピッツァ協会も黙らせますわ」
レミリアはチャオチャオいいながら嬉しそうにピッツァを頬張るのだった。そうだ、チャオチャオも赤ちゃん言葉と思えばなんてことはない。母性本能を刺激するだけのシチュエーションにしかすぎないのだ。そう思えばチャオレミリアのなんと可愛らしいこと。チャオ・ザ・グングニルや不夜城チャオを発動したって笑って許せる心の余裕が咲夜には生まれていた。
「チャオ……」
気がつけば、顔を真っ赤にしてブルブルと震えているレミリア。当たり前だ、紅茶には利尿作用があるのだから。
「全ての扉はお嬢様の部屋へ通じているんですものね。困りましたわ」
「咲夜! 早くこの茶番を止めなさ、アッ――」
こうして今宵のチャオ会は幕を閉じたのである。
「かしこまりましたわ、お嬢様。それでは早速チャオ会の準備を……はいっ?」
◇ ◇ ◇
「チャオッ」
聞き間違いだと願っていた。咲夜の儚くも脆い僅かな希望はレミリアに会釈したとき、粉々に崩れ去った。咲夜の愛して止まない紅魔館の主、レミリア・スカーレットは片手を上げ、手のひらを咲夜に向けながら人差し指をリズミカルに動かしてチャオしている。にぱーと顔を綻ばせ、意気揚々。実に楽しそうだ。
「ちゃ……ちゃお」
危うく思考停止しかけた咲夜はなんとかチャオを切り返す。理不尽なんていつものことだ。不条理こそが日常だった。何よりも主を不機嫌にさせてしまうことは従者にとって致命的だ。その責任感からか、咲夜は程なくしてレミリア流チャオを体得した。レミリアの指示通り、テーブルに紅茶を並べる。
「ふむ。お前もだいぶ慣れてきたようね」
「恐縮ですわ」
「ピッツァが食べたいな、咲夜」
「ヴァ、ベーネ」(畏まりましたわ、お嬢様)
「チャオ!」(ベネ!)
いつの間にか本格石焼窯が厨房に備え付けられていた。見紛う事なき赤レンガ。材料は間違いなく紅魔館の外壁である。中で眠っていた美鈴を引きずり出し、生地をこねる。本来ならば血液を練りこむところだが、レミリアのことだ、トマトペーストでも分からないだろう。サンマルツァーノ種のトマトをつぶしてペースト状にする。慣れてくるとレミリアのわがままも可愛いものだ。鼻歌交じりにレミリア好みのピッツァを作っていると、厨房を覗き込む影が一つ。
「あ、パチュリー様。チャオッ! ですわ」
「貴女……あぁ。レミィのチャオ会ね……。ちゃぉーぉー」
両手をぐわっと上げて空中でぐーぱー、パチュリー式チャオである。
「それより、さっきからどの扉を開けてもレミィの部屋に出るんだけど、貴女空間操作してる?」
「全ての道はローマに通ず、ですわ」
紅魔館においては全ての道はレミリア・スカーレットに通じるのだ。パチュリーは咲夜の言葉に思いっきり咳き込むと、息を潜めて忠告した。
「ケホ……咲夜。適当にあしらいなさい。レミィの言うとおりに本格的を追求してはダメよ。あくまでイタリア風で良いの。それであの子は満足するのだから」
「はぁ……本格的、と言いますと、日常会話がイタリー語になる程度ですか」
「いえ、もっと恐ろしいわ」
パチュリーは聞いている者が居ないか周りの様子を窺うと咲夜の耳元にそっと囁く。
「会話が全てチャオになるわ」
「チャオに!?」
「チャッチャオー、チャーオッチャ。……これでパチュリー・ノーレッジよ。信じられる? 言語は死ぬ。バベルの塔の再来よ。レミィったら運命を操って図書館の本の文字を全てチャオに変えようとしていたんだから……」
「それで……お嬢様のチャオはどのようにして鎮まったので?」
「半日で飽きるわ。だから咲夜、ほどほどにあの子のわがままに付き合ってあげてね。くれぐれも……調子に乗らせないで」
「わ、わかりました。気をつけますわ」
石焼窯にピッツァを並べつつ、咲夜はパチュリーの忠告を胸に刻むのだった。
◇ ◇ ◇
「チャオチャー。チャッチャオチャ」
「マンナッジャ!!」(畜生!)
遅かった。
この瞬間、咲夜は生まれて初めて時間の前に敗北したのだ。ピッツァを焼き上げている僅かの間にレミリアのチャオは加速し、とうとう言語機能にまで侵食し始めていた。
「チャオ……ですわ、お嬢様」
咲夜は消沈し、レミリアの前にピッツァと紅茶を並べる。
「チャオ?」
「ええ、もちろん原産地から拘りました。地中海はコルフ島のオリーブオイルを贅沢に使い、一見トマトに見えるそのペーストには極上の血液を混ぜております。真のナポリピッツァ協会も黙らせますわ」
レミリアはチャオチャオいいながら嬉しそうにピッツァを頬張るのだった。そうだ、チャオチャオも赤ちゃん言葉と思えばなんてことはない。母性本能を刺激するだけのシチュエーションにしかすぎないのだ。そう思えばチャオレミリアのなんと可愛らしいこと。チャオ・ザ・グングニルや不夜城チャオを発動したって笑って許せる心の余裕が咲夜には生まれていた。
「チャオ……」
気がつけば、顔を真っ赤にしてブルブルと震えているレミリア。当たり前だ、紅茶には利尿作用があるのだから。
「全ての扉はお嬢様の部屋へ通じているんですものね。困りましたわ」
「咲夜! 早くこの茶番を止めなさ、アッ――」
こうして今宵のチャオ会は幕を閉じたのである。