あおひそら。
しろひくも。
さしこむあさひ。
こごえるきおん。
「……え?」
ささやきあうとりのこへ。
かがやくはくぎんのせかひ。
いつもとちがうふうけひ。
そのあまりのあっとうてきなそんざひかんに。
無言で玄関を閉める。
「……なにこれ?」
落ち着こう、まず落ち着こう。
寝起きで呆けていたことは認める。
二日酔いで思考があまり働いていないという可能性も認めよう。だから、きっと、さっきのは光の反射とかで一瞬そう見えただけ。
蜃気楼とか、妖精のいたずらとかそういった類のものに違いない。
深呼吸を何度か繰り返し、よしっと気合を入れた彼女が神社の入り口をもう一度開くと。
ほら、やっぱり。
「うわぁ……」
霊夢の目線の高さに、冷たい白銀の壁が積みあがっていた。
青空はその上の隙間からしか見えず、半分以上雪に姿を奪われた朝日は、まるで申し訳なさそうに隠れているようにすら見えた。
「雪と見せかけて、それっぽい何かってオチは、ないわよねぇ……」
その可能性を考えて場違いな存在感を発し続ける巨壁を指先で削ってみると。軽く触っているだけで指先が痺れるほど。今日はやけに肌寒いと思ったら、こういうことだったわけだ。雪の壁に神社が覆われてしまっているのだから、自然の保冷庫状態か。玄関でこれなら他の場所も大差ないに違いない。しかしいつまでもこうしているわけにはいかないだろう。
霊夢は再度玄関を閉めると、おもむろに踵を返し。
「まず、こたつの準備ね」
軽い現実逃避を開始したのだった。
◇ ◇ ◇
そんな異常な積雪を記録したのは、幻想郷始まって以来だった。
人里でも民家が傾いたり、納屋が倒壊したりと家屋の損害だけでも膨大な量となっている。慧音なら歴史を食べきることで被害を減らせるはず。そう思い彼女を頼る人は多くいたが、彼女曰く。
『自然現象にまで干渉するのは、褒められた行動ではない』
と、頑固に首を横に振ったそうだ。
それでも納屋が倒壊したのに、なぜ民家が雪の重さで倒壊しないのか。その辺に不自然さを覚える人であれば、彼女がこっそり手を加えているのは気付いたかもしれない。人的被害もほとんどなく、滑って転んだ人がいただけなのだから。
けれど、被害が少ないからといって胸をなでおろしている場合ではない。必ず雪かきという重労働が待ち構えているからだ。これ以上道に雪を捨てるわけにはいかないので、バケツリレーの要領で人里から雪を処分する。そんな作業に明け暮れる人々。
人だけでなく、一部の妖怪たちも雪に対する行動を実施していた。
その代表的な場所の一つが、永遠亭。
山のような雪のせいで開店休業状態だろう。と思われていたそこは、早朝だというのに綺麗に雪がどかされていた。診療所へ向かう竹林の道も同様で人が余裕で歩ける幅の雪道が作られている。さすが急病に対処するための医療施設と言ったところか。
その努力のおかげで、一人目の患者が永琳の診療を受けることができた。
「痛いです、全身が痛いです師匠……」
おもいっきり身内だけど。
ベッドの上にうつ伏せに寝かされた鈴仙は、弱音を吐きながら目に涙を浮かべていた。普段その身を覆うはずの衣服は永琳の手によってたくし上げられ、美しい背中の曲線が露になっている。同性でも一瞬どきりとしそうな美しい肌、しかしそれに見惚れることもなく永琳は腰に手を当て愛弟子を見下ろした。片目を閉じ、小さく息を吐きながら。
「情けない、すっかり体が鈍っちゃったみたいね。昔のあなたならここまでならなかったはずよ?」
「うう、それはそうかもしれませんけど。訓練なんてする必要もないですし」
「あら、地上に危険がないなんて保証どこにあるというの? それに、医療だって体力勝負なんだから、あって損することはないのよ? はい、おわり!」
「――!」
鈴仙の背中、そこに向かって勢い良く白い四角形を貼り付ける。すると彼女は一瞬だけ全身を強張らせ声にならない悲鳴を零す。背を反り返らせ、目を見開き、何もない場所へ舌を突き出す。そのまま小刻みに全身を震わせること数秒。
「はぁぅ……」
やっとその激感から開放されたのか、全身を弛緩させながら呻き声を洩らす。
「まったく大袈裟なんだから」
「いやいや、そんなことないですって。この湿布が冷たすぎるというかなんというか。それに匂いも酷いですし」
「良薬口に苦し、そして良薬鼻に臭し」
「聞いたことありませんけど」
「当たり前よ、冗談だもの」
最後に貼り付けられた湿布以外にも、鈴仙の両腕から背中、背中から腰、足元まで。服に隠れている部分も含めると顔以外ほとんど全身にそれが貼り付けられていた。これが何を意味するかといえば、もちろん早朝の重労働、雪かきが関係していたわけだ。
「はあ、動いているときはそうでもなかったんですけどね」
「そういうものよ、集中しているときは体の限界を超えても気がつかないのは良くある事だわ。だから鈴仙がそうやって愚痴を零しながらも一生懸命やってくれたのはわかっているつもりよ」
昨夜、というか、日付が変わった直後。
鈴仙は師匠の命を受け、雪かき作業を命じられた。最初はてゐや妖怪兎たちと一緒に作業していたのだが。人型になって間もない兎の一人が、仲間と雪遊びを始めてしまったのである。山にした雪の上から滑り落ちてみたり、せっかく集めた雪をばら撒いてみたり。
それを注意しながらの作業だったので、途中から『一人のほうが楽だったんじゃない?』とか思い始めたがそれは後の祭り。最後の竹林の道を作る頃には、てゐがこっそり作成していた落とし穴を埋める作業の方が多くなるくらい。
いくら妖獣の身体能力が優れているといっても、過剰労働この上なし、である。
「でも、それ以上は誉めてくださらないのですね」
「ええ、こんな湿布お化けみたいな状態じゃ。誉めようにも気が削がれるというものよ。しっかり立ち上がって敬礼でもしてくれれば頼もしいんだけど」
「失礼な、いくらなんでもそれくらいなら……」
「それくらいなら?」
ベッドに手をつき体を起こそうとするが、その途中でなぜか石像のように動きを止めてしまう。そして瞳の幅の涙を流しながら、ゆっくりとベッドに上体を預けた。
「……痛くて無理です」
「でしょうね。しばらく休んでなさい、ベッドならもう一つあるから」
「ああ、師匠、なんてお優しい」
寝るなら、すぐ退いて部屋で寝なさい。
そう言われると思っていた。仕事に関して厳しい師匠だから、診療の邪魔になることは許さない。あくまでもベッドは患者のもので、関係者である鈴仙が簡単に寝ていい場所ではない。そんな言葉がぶつけられると思っていたのに。
「少し動けるようになったらすぐ人里へ薬を届けてもらうから、そこで待機してもらえればいいわ」
「……ですよねぇ」
痛い、ちょっとでも期待した心が痛い。
しかも『今日は休んでいい』とかそういう言葉すらない。
鈴仙は悶々と不満を心の中でつぶやきながら、硬い枕に突っ伏し、体力の回復を待つ。
そうしている間にも、診療所の入り口が開く音が長い耳に入ってくる。
続いて中に人がいるか確認する声が響いてきた。
「こーんにちは、清く正しい射命丸 文です。少しばかり雪の被害について取材させていただきたいのですが」
あまり聞きたくないタイプの声ではあるが。
しかもこういう診療所の業務時間内の場合、永琳がどんな指示を出すかくらい簡単に想像できる。
「うどんげ、お客様の相手をお願いね」
「あの、まだ痛くてあまり動ける状態では……」
「お願いね♪」
笑顔、輝かんばかりの笑顔。
しかしそれは心から笑っているようには見えず、鈴仙は一度大きく体を震わせた。この表情を向けられたらもう、彼女が返せる反応は一つだけ。
「……はい、わかりました」
しくしくと悲しみに打ち震えながら、ゆっくり客間へと移動していくのだった。
「ああ、やっぱりコタツはいいですよねぇ、この段々と温まる感覚が特に」
「でも、話聞いたらすぐ帰るんでしょ?」
「まあまあ、そうつれないことをおっしゃらず」
「まったく、こっちはこっちで大変だっていうのに」
畳の敷かれた客間へ亀のような速度で移動し、部屋の中央のコタツに火を入れた。その直後、素早く文がコタツ布団を開けて潜り込み幸せそうな頬を緩める。
鈴仙はというと、コタツを暖めてからすぐそこに入ろうとせず、再び廊下に出ていった。そしてしばらくして急須や湯飲みが乗った黒いお盆を持って戻ってきた。
「いやぁ、申し訳ありませんね。お忙しいところ。そういえばこの時期の暖かいお茶って美味しいですよね」
「まだ、煎れてすらないんだけど?」
「いやぁ、こう寒いと暖かいお茶がとても良く感じますね、ということですよ」
「あからさまに要求するなんて、なんていやらしい鴉かしら。煎れてあげるから、大人しくしててよ」
体を酷使し過ぎたせいだろう。立ったり座ったりという単純な動作をするだけでわずかな痛みが走る。それでもさっきまでベッドで身動き取れなかったことから考えれば大分増しになったと言えるだろう。妖獣の回復能力だけではここまで早くないので、さすが永琳手作りの湿布効果。
「えーっと、そういえば鈴仙さん。香水でも変えましたかな? 少々独特な香りですが」
「顔をしかめながら誉めなくていいから。臭いって素直に言いなさいよ」
ただし、匂いだけは不評のようである。
かくいう鈴仙も、湿布のにおいのせいで嗅覚が麻痺しつつあるのだから。全身に張り付いた湿布が迷惑な匂いの元であるというのは全面的に同意だ。
「正確には鼻を突くような刺激臭といったところですかね。いやはや、鼻の利く妖怪には拷問のような香りかもしれませんな」
「悪かったわね」
「いえいえ、椛からも似たような匂いがしましたので、お気になさらず」
あの白狼天狗も、上司の優しさという点では恵まれていないらしい。
しかもあの広い山の除雪をすると想像しただけで、朝同じ苦労を味わったものとしてぞっとする。
「少しは手伝ってあげなさいよ」
「ええ、風で雪を吹き飛ばそうとはしたんですが、小動物や木の実まで吹き飛ばしてしまうので無理なんですよ」
「スコップとか、そういう雪かき用の器具使えばいいじゃない」
「嫌ですよ、疲れますし。ですからここは椛の出番というわけです」
お疲れ、椛。
鈴仙は心の中で椛に合唱しつつ、湯飲みにお茶を煎れ文に差し出した。
それを待ってましたと言わんばかりに素早く受け取ると、急ぎ口元へと持っていく。
「はぁ、暖まりますねぇ」
「え~っと、なんだっけ? ここにいる理由は確か、雪の被害状況確認?」
「そうですね、でもまあそうそう焦らなくてもよろしいかと」
「積雪は私の肩くらい、永遠亭に建物、設備共に被害なし。死者、負傷者もなし。除雪作業は完了済み。医療施設として十分な機能を期待できる。以上。はい、お茶のみ終わったらさっさと帰ってね!」
このまま放っておいたら長く居座ると判断した鈴仙は、言葉を挟む隙を与えずに言い切り、威圧的な態度で赤い瞳を向ける。拒否すれば狂気の瞳を使ってでも追い払う。そう思わせるために。
「そんな早口で話されては困ります。危うく聞き逃すところだったじゃないですか」
どの口がそう言うのか。
その言葉とは裏腹に目を疑うような速さで筆を取り、鈴仙の言葉を一文字残さず書き記していく。しかもその間にカメラで写真を撮るという余裕を見せながら。こういうことを日常生活の中で見せ付けられると、天狗最速と言われているのがはったりではないと理解できる。
「はい、出口はあっち。廊下をまっすぐね」
「あら、お見送りもしていただけない?」
「私はこれから師匠の手伝いがあるから、あなたと違って暇じゃないの」
「おやおや、もう少し余裕を持った生活をしていただきたいものですな」
書き終わった手帳で自分を仰ぐ仕草を見ていると、早々に退散する気はなさそうに見える。お茶を飲む速度も最初の一口以外は俊敏さの欠片もない。ということは、簡単な結論が導き出される。
文の目的はこの取材だけではない。
むしろこの取材は、別件のための口実にしか過ぎないのかもしれない。
「こほん、私がこれだけわざとらしく居座っていることから、もうおわかりかとは思うのですが」
「いや、絶対嫌!」
「あやや、まだ何も口にしていないというのに」
「あなたからの提案でいままで得したことなんてないもの。この前なんて私の耳は脱着可能とか妙な記事立てようとしたくせに」
「それは未遂じゃないですか、そんな昔のこと水に流して、ね? お願いしますよ。絶対損はしませんから」
内容もまだわかっていないときの、絶対損はさせないという殺し文句は怪しい。そう相場が決まっている。しかもその情報源が他の妖怪ならまだしも、天狗が元となると、自信を持って言えるのはただ一つ。妖怪の山に不利になる情報だけはないこと。それ以外はすべて疑ってもいいだろう。
「じゃあ、いきなり聞くけど、私の利は何?」
「自由に休暇を取れる権利、それでどうでしょうか? この件についてはあなたの上司も了承済みですよ?」
「はは、もうボロが出たわね、嘘つき。あの仕事の鬼の師匠が私に休暇を? ありえないわね。そんな餌で私を釣ろうなんて正気を疑うわ」
今だって、体中が痛いのに少し治まったら仕事をしろと言われたばかり。その直後に永琳が休みをくれるかもしれないと他人の口から伝えられて信じられるわけがない。
疑惑の色をどんどん濃くなるにつれて、細めらた鈴仙の瞳の色が真紅に染まっていく。
もう話をする必要はないと判断し、狂気の瞳を使って強制的に追い払おうと思ったのだ。けれどそれを向けられた文は余裕を崩さず、一枚の紙をコタツの上に置いた。
「この印に見覚えはありませんかな?」
「え? こ、これは」
置かれた紙の一点、それを見つけた鈴仙は驚きの声をあげて能力を解除する。
その紙に押印されていたのは、永遠亭の印に間違いない。
薬の飲み方などが記載された文書にいつも押してあるものなので、鈴仙はそれが何か一瞬で判別できた。上体を前に傾け、猫背になりながら食い入るように何度も何度もその文面を読み返す。その鈴仙の表情が少しだけ明るくなり。
しかし、すぐ疑惑の視線を文に向ける。
差し出された書類をしっかりと押さえ上目遣いになりながら。
「……偽造、じゃあないわよね?」
「ふふ、嘘だと思うのであれば、そちらの師匠に確認していただいても構いませんよ? 雪が積り始めた一昨日から案として伝えてあることですし。そもそも、私があの賢者様の印を偽造するという危険を冒すとお思いですか?」
「……私なら絶対しないけど」
「そうでしょう? 私だって嫌ですよ」
さきほど文が言ったとおり。
その文面を読んでいくと、条件次第では休日を与えてもいいということが記載されていた。ほぼ年中無休で仕事をして神社の宴会にも数回しか顔を出せていなかった彼女としては、実に有意義な権利だ。
そう、喜ぶべきことに違いないはずなのだが。
「大事な条件、書いてないんだけど?」
「何を言ってるんです? 書いてあるじゃないですか。真ん中に」
文が指差したところには、確かにこうか書かれている。
『鈴仙がある勝負で勝利を収めたとき』
すると今度は、ある勝負というのが疑問になるわけだ。その答えもその書類の中に用意されてはいる。されてはいるのだが。
一風変わった、『安全な』弾幕勝負で決めるよ
~発案者『伊吹 萃香』~
「ねえ、鬼の言う安全って、本当に安全なのよね?」
「生き残れれば安全、という意味だと実に鬼らしいですよね」
「参加するかもしれない私を目の前にして、怖いこと言わないでよ」
「まあ、正直申し上げますと、伊吹様が宴会する前の余興として何か盛り上がることをやってみようと言い出しまして。それで新しい弾幕勝負の案とかいろいろ出たんですよ。そのうちの一つを試すに当たり、その安全性やルール等の案を作りまして。それを持ってあなたの師匠に相談したところ。模擬戦をやって試してみてはどうか、とおっしゃっていたのです」
「それで、私なわけね」
「ええ、その組み合わせもそちらのお師匠様がお考えになられましたし」
「えーっと、師匠が私を名指しで指定してるんなら、最初から拒否権ない気もするんだけど……」
「ふむ、そのためのご褒美。なのかもしれませんな」
「ああ、そういうことね。飴と鞭、お師匠様がやりそうなことだわ」
結局のところ、参加するしかない。
それしか道が用意されていなかったというべきか。
まあ、それでも師匠がそう言うなら勝負内容がわからなくても問題ないだろう。可愛い弟子に無茶なことをさせるなんて、ないはずだし。たぶん。
鈴仙はコタツの上に置かれた書類をもう一度眺め、すっかり冷めてしまった自分のお茶を手にとった。永琳の名前が出たことで張り詰めさせていた空気を少し薄め、瞳も元の色に戻す。
鈴仙に文の接客を頼んだのはこういう裏事情もあったのかもしれない。
そう考えると、文の言葉がどんどんと真実味を帯びてくるようだった。
「負けても何もないわけですから、普段の気晴らしにどうです? それにこういう口実なら宴会にも参加しやすいと思いますが」
「あ、なるほど。それもそうね。師匠も珍しく乗り気みたいだし」
気兼ねなく宴会に参加するため、そのための勝負。
そう受け取ってしまえば、負けたところでたいした問題ではない。永琳の太鼓判もあるのならそうそう危険な事にはならないはず。そう判断した鈴仙は歯切れの悪い言葉ではあったがその勝負に参加することにした。
「というわけで、勝負は明日。場所はいつもの神社ということで」
「わたったけど、ずいぶん急な話よね?」
「時期が大切な勝負らしいので、今が一番適しているのですよ」
「ふ~ん、まあ、いいけどね。そんなことより!」
鈴仙は文をじっと見据えた。
そして、これだけは譲れないというように声を高くする。
だってそれは彼女が参加する場合絶対許せないものだから。
「兎鍋は駄目! 鳥なら許す!」
その言葉に『鴉』天狗の文は、複雑な心境のまま「考慮します」とだけ返したのだった。
◇ ◇ ◇
「さあ、さあ! 老若男女、古今東西からお集まりの皆様! 雲一つない晴天の下、とうとう始まりました。季節限定の新弾幕勝負! 放送席の方にいらっしゃった解説の方も勝負が待ちきれないといったところでしょうか! 私はもう我慢の限界といったところです! この目に、このカメラに、新しい歴史が刻まれる瞬間を収めたいと本能が疼いてしまうほど!」
「おーい」
突き抜けるような青空の下、文が高らかに宣言すると、観客の大勢が歓声を上げる。とは言っても、その観客はいつも博麗神社の宴会に参加するような妖怪や人間たちばかりなので、人だかりができるほどでもない。それでも新しい弾幕勝負、そしてその後の宴会のことを思い、テンションは最高潮と言った所だろうか。
その勢いに乗せられ文はさらに一回り大きな風の結界で放送席を取り囲む。
この結界のおかげで、特殊な機材がなくても声が境内中に響くというわけだ。
「あ、すみません、一人興奮して解説の方々の紹介を忘れてしまいました。まず、永遠亭の頭脳と言えばこの方、八意 永琳さん! よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。今回は解説兼『救護班』として尽力したいと思っておりますので、皆さん怪我を気にせず力一杯頑張って下さい」
「おーい、てんぐー」
「はい、ありがとうございました。永琳さんの言うとおり参加者の皆さんは実力の限りぶつかりあってくださいね! きっと命さえ残っていれば助かりますから!
では、続きまして、あの子発案なら私も手伝うのが筋ってもの! と、二つ返事で快諾していただいた星熊 勇儀様!」
「勝負とあっては鬼が燃えないわけにはいかないね。でもあまり熱くなりすぎて血で血を洗うような争いになったら私が力づくで止めてあげるから、おもいっきりやりな」
「こらー、無視するなー」
「はい、力強いコメントありがとうございます。これで乱闘騒ぎになっても安心ですね、参加者以外は!
続きまして、いや~私は別に見てるだけでよかったんだけど、なんか四季様にこういう場に参加するのであれば少しでも手伝いをしろと言われて、『じゃあ解説でもやろうかなぁ』と冗談で言ったら本気で解説役になった小野塚 小町さん!」
「はい、よろしく~。もしものことがあっても、すぐ向こう側へ渡してあげるから安心するといいさ。
あ、ねえねえ、このお茶ってもう飲んでいいの? このお菓子は?」
「はい、実に強い意気込みが篭もっておりますね。あまり緊張しすぎて喉が渇いてしまったようで、どうぞどうぞご遠慮なくお召し上がりください。ちなみに今話に上がりました四季映姫様には審判をお願いしております。
さて、以上三名の解説の方と、射命丸 文でお送りしたいと思いま――」
「だから、まちなさいってのおおおお!」
風で増幅された文の声、それを遮るような大声が会場に響く。
その音を辿ればその声は解説席のちょうど真ん前、広く雪が均された競技場の中から聞こえていた。その発信源と思われる少女は兎耳を大きく揺らして、なにやら不満そうに解説席のほうを指差している。その横には頬を指で掻きながら困った顔をするてゐと、放心状態で立ち尽くす椛がいた。
「おかしいよね! 安全って言ったよね!」
「ええ、安全ですよ?」
「じゃあ、何よその解説員の構成は! 不吉以外の何者でもないじゃない!」
「永琳さん。何かあなたの弟子が、師匠のことを不吉呼ばわりしてますが?」
「……後で言い聞かせておきます」
「そ、そういうことじゃありません! なんで怪我したり、乱闘したり、三途の川を渡るのが前提で集められてる気がするってこと!」
永琳が微笑みながら黒い気配を漂わせ始めるのを感じ取り、鈴仙慌てて身を引く。それでも相当納得がいかないようで、少し声のトーンを下げながらも反論する。しかし放送席の文は余裕綽々のまま肩を竦めるだけ。まったく悪びれた様子もない。
「何を言ってるんですか鈴仙さん、安全を期す上で、最悪の事態を想定するのは当然じゃないですか」
「解説役という見える立場に置かなくてもいいんじゃないかってことよ!」
「その辺は人員不足のせいですね、ええ。でもそれくらい気にしなくてもいいじゃないですか。何も起きなければ解説役で終わるのですから」
その文の言葉に一瞬口を紡ぐ鈴仙だったが、放送席と反対側。大きな対戦表が貼り付けられている看板を見て、また不満を爆発させた。
その表に不正があるとかそういうのではない。
三対三の勝負という単純にどのチームとどのチームが戦うかというものが示されているだけ。模擬戦用の簡易な、わかりやすい看板であること意外何も変わったことはないように見えるのだが。
「対戦相手を見る限り、十分万が一が起こりそうなんだけど!」
まず鈴仙のチームとしてリスト書かれているのが
①鈴仙・優曇華院・イナバ
②因幡 てゐ
③犬走 椛
そこそこバランスの取れたチームと言える。
放送席の従者というか弟子で構成されているだけ、と言ってしまえばそれまでだが。
そして問題なのが対戦相手。
そのリストに書かれているのが。
①伊吹 萃香
②レミリア・スカーレット
③博麗 霊夢
どう見ても、幻想郷でまともに戦いたくない相手のオンパレード。
椛なんて相手に萃香がいると知った時点で、高い声でくぅ~んとか鳴き出す始末。
しかもその萃香本人が発案者であることを考えると、何の勝負かまだ知らされていない鈴仙側が不利なのは明らか。もしこれでスペルカードなしの力勝負とか言われたらもう、逃げるしか生き残る術はない。霧のように姿を変えられる萃香から逃げきれる気はしないけれど。
「しょうがないですね、人選について担当していただいた永琳さん、お願いします」
すると、放送席という垂れ幕のかかった横長のテーブルにつく永琳が咳払いを一つ。一度ゆっくり瞬きをしてから観客全員というより、鈴仙に言い聞かせるように告げる。
「まず、鈴仙側のチーム。失礼ですが敬称等を略させて紹介させていただきますと、うどんげ、てゐ、椛という、元から身体能力の高いうどんげと天狗の椛。それに知略の点では妖獣の二人がいいものを持っていますね。後でルールの説明がありますが、基本的に能力は使用禁止。ただし今回、てゐの能力については自分でも抑えようがないため例外的に認められております。
つまり、このチームは常に幸運の女神に微笑まれている。そう言っても過言ではありません」
予想以上にまともなチーム解説に会場から感嘆の声が漏れる。いくら師匠であっても滅茶苦茶なことを言ったら反論してやろう。そう身構えていた鈴仙が肩透かしを食らう形となってしまった。
「続いて、萃香、霊夢、レミリアの三人ですが。鬼である萃香のすば抜けた身体能力が売りのチームですね。それ以外は特に目立たないようにも見えますが、地力が平均的に高いので圧倒的な展開に持っていくことも可能かもしれません。と紹介したかったのですが……」
何故かそこで永琳の表情が曇り、躊躇いがちに文の方を見る。
「私は確か、レミリアさんではなく紅美鈴さんをお願いしたはずじゃなかったかしら?」
「それは私も疑問なのですが、今日最終的な打ち合わせに紅魔館まで伺ったところ、原因不良の体調不良のため参加できない。と棒読みで言われまして、配下の不肖で迷惑をかけてはいけないから私が出るわ。と同じく棒読み口調で宣言する館の主の参戦が決定したというわけです。
準備があるから、と、まだ会場にはいらしていないようですが。巫女と萃香様も昨日はそちらに宿泊されたそうで、同様のようですね。自分の神社なのに留守とは無用心極まりない」
「ということだから、がんばってね」
「えーっと、素直にやめたい気分なんですけど……」
「まあまあ、そう言わず。ちゃんと鈴仙さんのチームが勝ったときは、賞品の酒とは別に休暇を取る権利十日間分も貰えるのですから、ね?」
どうやら予想外の事態が発生し、鈴仙側の難易度が急上昇したようである。
その話を聞いただけでも、レミリアが無理やり美鈴に代わるよう要求したのは明らか。鬼クラスの身体能力とまでは行かないが、化け物じみた相手が一人増えると考えただけで逃げ出したい気分でいっぱいである。
隣でじっとしているてゐも口元に手を当てて、不安そうにぶつぶつつぶやいて。
「自分の欲望のために部下を切り捨てる、なかなかできる相手。
これはこちらも同じ手段で対抗するしか」
聞かなかったことにしよう。
本気で実行されると怖いけど。
鈴仙はてゐの独り言を聞き流すことにして、競技場との形を再度確認する。まず神社の柱に巻かれている赤い布と鳥居の足に青い布、これはおそらく二つのチームのスタート位置を示すものだろう。チーム名が書かれた看板にも赤い欄に萃香たちの名前、青い欄に鈴仙たちの名前があるので間違いないはず。その二つの間にはいくつか身を隠すような雪のバリケード、白い壁がジグザグ状に6つ。鈴仙の胸より少し下の高さくらいまで積み上げられていた。
となると、いつもの弾幕勝負と違い避けることよりもこの雪壁を利用する戦いになるはず。
そうやって、鈴仙が腕を組んでいると。
「ふふ、考えても無駄よ! 悪あがきはやめなさい!」
「!?」
空から、聞き覚えのある声が降りてくる。
会場の全員が上を見上げると、そこには太陽を背する三つの影。
空気を切り裂き。
笑い声を響かせ。
会場の視線を独り占めして一番早く急降下してきたその影こそっ、
影こそ――
『なんだろう、コレ?』
それが会場全体の感想だった。
◇ ◇ ◇
「こほん、では、協議に参加するものは向かい合って一列に。今から新弾幕勝負『季節限定雪合戦』を開催したいと思います。礼」
つぶらな瞳、愛らしい顔。
「協議を始める前に、初めての試みなので簡単なルール説明を。神社から鳥居まで、長方形型に囲まれた範囲が競技範囲。チームの色の布が巻かれているスタート地点から行動となります。合図はこの笛が鳴ってから」
肌から伸びる桃色の短い毛はとても触り心地がよさそうで。
「勝負方法は、直径二寸程度かそれ以上大きな雪の玉を相手にぶつけるだけ。雪玉に当たったものは一度スタート地点に戻って再開すること。その際、スタート地点に戻るまで、そしてスタート地点から再スタートして五秒間は玉が当たっても無効となります。ただし復帰側はスタート地点に戻る間と、再スタートしてからの五秒間は移動と雪玉を持つことしかできませんので注意してください。また、何度でも復帰できるわけではなく、競技に戻れるのは一回のみ。つまり二回雪玉が当たった時点で失格となります」
ずんぐりとした体からのちょこんっと伸びる手足も、見ているだけで心が和んでしまうほど。
「次に勝敗の決定方法ですが、三人全てが失格となるか競技時間を過ぎるまでに多く失格していた方の負けとなります。今回は模擬戦ということで制限時間は設けませんので、積極的に行動することを望みます。また能力等の取扱についてですが、常時開放型以外の能力の使用を行ったり、相手に直接攻撃、または雪玉以外の弾幕を使用した時点で反則負けとなります。今回常時開放型に該当するのは霊夢の直感と、てゐの幸運を与える能力の二つだけ。レミリアの運命は強すぎるので事前に封じさせてもらいます」
にょきっと伸びた尻尾も本人が動くにしたがってわずかに揺れ動き。
それに連動するかのように、ピンク色の羽が小さく上下する。
「なお、雪に石を詰めるなど異物を意図的に混入するのもいけません。以上が簡単な説明となりますが、まだ完全にルールが決まりきっていない部分もあるため、今回の結果次第では修正箇所もあるでしょう。その不備によって敗北を喫したとしても、勝負は勝負。真摯に結果を受け止めるよう切望しま――」
小さく足踏みするだけで、ぴこっぴこっと鳴る足の裏の肉球。
それは荒んだ精神を癒す清らかなメロディ。
「……ちょっといいですか。
さすがに我慢の限界なので」
顔をすっぽり覆っているので視界が悪そうに見えるけれど、パチュリーの魔法のおかげで全方位の情報を知ることが可能という。可愛さと機能性に溢れたソレ。
「レミリア・スカーレット。そのふざけた着ぐるみを脱ぎなさい」
「な、なんですって! このモケーレムベンベ二号のどこがふざけているというの!」
ずんぐりむっくりとした。
子供用の、桃色の怪獣の着ぐるみ。
それ以外の何者でもない物体。
そう、その物体こそ。
なんと、レミリア張本人。
空から降りてきた直後は一体何者かと目を疑ったものだが。その後、頭を押さえながら降りてきた霊夢が『一応、レミリアだから』と説明するまで対処に困ったのは言うまでもない。
「えーっと、閻魔様? 一応この子本気みたいなんで、今日だけ許してやってくれない?
私だってこんなのとチーム組んでるわけだし」
「あれ? 霊夢、なんかいきなり冷たいね」
想像して欲しい。
今から勝負するぞ!
そうやって気合を入れているときに、視界の隅でチームメイトが可愛らしい着ぐるみに着替えている映像を。昨日紅魔館に泊まり、朝の準備のときにリアルタイムで目撃した霊夢にとって、『これ』はレミリアでなく。ただ側にいるだけの脱力系マスコットでしかない。
「あんたが気に入ってるんならいいんだけどさ。でも自覚のない病って、一番厄介よね」
「まーまー、霊夢、私がいるから大丈夫だって。頼りにならない鬼もどきなんてほっといてさ」
「へぇ、言ってくれるじゃないの、人に追いやられた弱虫風情が」
「ほほぅ、そっちこそ言うねぇ。それがないとまともに雪の上を歩くこともできない腰抜けが」
「ふふふふふ……」
「ははははは……」
桃色の怪獣と萃香が顔を近づけ、火花を散らす。
その中間当たりに立っている霊夢は、頭を押さえながらため息をつき。
その光景を静かに見守る鈴仙は、口には出せない言葉を必死で喉で止めていた。
萃香とレミリア(怪獣)の様子を見て生まれた率直な感想が何かと言えば。
『お遊戯会の練習にしかみえない』ということ。
その途中で台詞を間違って喧嘩した二人をなだめる母親役が霊夢。
ただし、そんな正直な感想を言葉を口にしたらどうなるか。最悪一日起き上がれない状況に追い込まれる危険性があった。
と、選手の間で別の盛り上がりを見せる中、映姫が大きく咳払い。その目はやはりまだレミリアの方へ向けられている。
「それを身に着けたまま参加すると言うのなら、その着ぐるみが何故必要か。その納得いく説明を要求します」
「おや、閻魔様ともあろうお方が、私のこの姿の意味がわからないと?」
「はい見当も付きません」
不機嫌そうに腕を組み、指でリズミカルに肘を打つ。
もうすぐ試合開始だと言うのに、審判を置いてけぼりにしたことがご不満のようである。
「さっきこの鬼も言っていたでしょう? 吸血鬼と言うのは高い身体能力を持つ代償に数多くの束縛を受けるもの。日中の日差しも大きな問題だし。その他にもう一つ、流水を渡れないというものもあるの。まあ触れたら痛いって感覚なんだけど。雪って解けたら水になるじゃない」
「それで、全身を覆うためのソレですか」
「ええ、だから機能性に優れているの」
「一応、競技範囲内であれば、吸血鬼に有害な成分が遮断できるので。日光は問題ない。そう聞いていますが」
どんな種族でも気軽に参加できるよう。長方形の形の特殊な結界を利用している。だから致命的な問題が起こることはない。
その特別製の結界を作るため。
『雪かき手伝ってあげるから結界作り協力して♪』
と霊夢に萃香が頼んだのだから。
しかも八雲紫にも同じ手段で協力体制を作り、本人もびっくりするほど本格的なものが完成したというわけだ。霊夢も境内に山盛り状態だった雪が綺麗になって満足。
「日の光を恐れなくて良いのは、確かに大きいわね。それでも、濡れたら痛いんだから仕方ないじゃない」
動く大きなぬいぐるみ状態で胸を張られても。
表情も何もわからないので、反り返っていることくらいしか見えない。しかも自慢をするべき場所でもないような気がするし。
「なら、参加しなければよかったのでは?」
「仲間はずれにされるのはもっと嫌なのよ」
「はぁ、あなたは少々我侭すぎる。もう少し自分の欲を抑える努力をした方がいい」
「閻魔様、それで聞く相手だったら、私利私欲のために紅い霧とか出さないから。はいはい萃香も、喧嘩しないで。私たちの陣地の方に移動するわよ」
結局のところ、お祭騒ぎに参加したいだけ。
美鈴に無茶を言って無理やり交代させたのも、たったそれだけの単純な理由。
萃香だって、建前上『結界の効果を確認するために参加している』とは言っているが。おそらく本音はレミリアと対して変わらないはず。
『おもしろそうだから』
たったそれだけの単純な理屈でこの場にいる。
霊夢だって、雪合戦を童心に帰って楽しみたいだけ。そんな気持ちを表に出さず、萃香とレミリアの首根っこ辺りを掴み、ずるずると神社のほうへ引き摺っていく。萃香はその力に引かれるまま何の抵抗もしていなかったが、レミリアは背中の羽を動かしたり短い手足をバタバタ動かして小さな抵抗を見せていた。
その様子を見ていると、やはり素早く動くことは難しいように見える。
「あ、申し訳ない。ルールを一つ言い忘れていました」
そのレミリアの姿を見て何かを思い出した審判の映姫は、指を一本立て改めて宣言する。
「純粋な戦術を楽しむため、空を飛ぶのは原則禁止です」
「……ぇ?」
その発言に、ジタバタ動いていたレミリアの動きが停止する。
そしてゆっくりと、霊夢の方へ怪獣の顔を向けた。
表情がないはずなのに、何故か妙に不安そうに見える怪獣の顔。
そこで霊夢はある仮説を思いつく。
「そういえば、レミリア。あなたその着ぐるみになってからほとんど飛んで移動していたわよね? まさかとは思うんだけど、それ着てたらまともに歩けないとか?」
霊夢の言葉を受けてから、レミリアは身動き一つとらず。
ただ一言、こう返した。
「ぎゃ、ぎゃおー☆」
「……よし、萃香。二人で頑張ろう」
「にゃはは、楽勝。楽勝!」
「ちょ、ちょっと待って! 待ってよーーー!」
ぴこぴこ、という足音を響かせのそのそと二人の後ろを付いていく姿を見て。
その場に整列したまま残された鈴仙チームの兎コンビが目を合わせる。
そしてぐっと握手を交わし。
『イケル!』
そう声を合わせたのだった。
◇ ◇ ◇
遊びの延長上の、新弾幕勝負『雪合戦』。
名前だけ聞けば子供たちがワイワイと気軽に楽しむだけのもののはず。しかしこの場にいる者たちの中では、遊びでありながら真剣勝負。
少なくとも油断なく相手を睨む鈴仙は、明らかに勝負を意識していた。
「さあ、審判のルール説明が終わり、とうとう開幕となりました! と、その前に。あまりにレミリア嬢が可哀想という意見が一部のメイド長から出たため、急遽簡単なルール変更があります。一チームにの中で一人だけ、しかも一回だけ空を飛ぶ権限が与えられます。時間は二分間、空を飛んで移動している状態では雪を投げることはできませんが、二秒間空中で停止した後になら攻撃が認められます。尚戦術の関係で誰かが飛んだ瞬間は審判の合図は何もありません。二分経過したとき初めて審判が笛を吹きますので、その際はすぐ着地するようお願いします」
「いいねぇ、そういうの。おもしろいよ。たった一回の機会をどう生かすか。それを楽しみに酒を見ながら観戦。んー、悪くない」
「勇儀様、率直なコメントありがとうございます。赤の『鬼?チーム』はレミリア嬢、青の『従者チーム』はてゐさんがその権利を得ているそうなので、彼らが一体どんな動きをするか。見逃してはいけません。では! 審判の四季映姫様、合図を!」
声高らかに、会場全体に響く声で文が叫ぶと。
競技場の真ん中に直立していた映姫の手がすっと持ち上がる。
するとさっきまでざわついていた会場が静寂に包まれ、視線が彼女の指先に集中される。
「始め!!」
裂帛の気合と共に、横に払われる腕。
波打つような歓声と共に両チームが動く。
まず第一に必要なことは陣地となりうる雪壁を確保すること。一定の間隔で並ぶジグザグの6つの雪の小山は、競技場の真ん中の線を対象として三つずつ。そのどれを陣地として利用するかで戦略の幅が広がる。お互い自分の陣地から最も近い雪壁を無視して、鈴仙と霊夢は両軍の動きを牽制するように雪玉を投げ、味方の移動を助ける。
「おおっと。さすが小柄な萃香選手、霊夢選手の援護もあっていきなり陣地から三つ目の雪壁に辿り着きましたね。そしてー、てゐ選手は霊夢選手の雪玉に押されたか、二つ目の雪壁止まり。しかしその横を駆け抜けるように椛選手が三つ目の雪壁に辿り着く!」
「なるほど、どうやら青チームは二箇所の雪壁を陣として活用するつもりのようね。前衛が今身を隠した椛と鈴仙、後衛にてゐ」
その二人の性格をよく知る解説役の永琳は、『基本どおりね』と続けて、鈴仙へと視線を送る。
「では、てゐ選手はわざと一つ手前の雪壁に入った、というわけですかな?」
「ええ、そして私の想像が正しければ、また動く」
赤チームの霊夢、萃香は相手に一番近い雪壁で固まり、相手が顔を出した瞬間を狙って攻撃を続けている。そんな中、再び青チームに動きがある。攻撃の合間を狙い椛が動いたのである。それを援護するように鈴仙が狙いをつけずに雪玉を連投。
そんなメチャクチャな玉など恐れることはない。
霊夢が気にせずに攻撃しようとすると、ちょうど顔を出そうとしたところに雪玉が飛んでくる。狙っているようにも見えないのに、行動を上手く封じられてしまっていた。
「おっとー、これはどうしたことか。鈴仙選手の雪玉に霊夢選手、萃香選手完全に押さえ込まれている! これはどう見ますかね! 小町さん」
「……ほへ?」
「すみません、食事中でしたか。勇儀さんはどう見ます?」
「そうだねぇ、偶然といえば出来すぎ、でもさっき審判も言っていたあの幸運という能力が関係しているなら、納得できる」
そう、狙ってもいないのに絶妙な場所に飛ぶ。
綺麗に霊夢や萃香の動きを押さえ込んでいるのは、偶然。
しかしその偶然を力付くで引き寄せているのは、因幡てゐの幸運を与える能力のおかげ。
彼女を比較的安全な後衛に配置したのはこのためだった。
そして鈴仙が上手く相手を押さえ込んでいるのを確認してから、椛が動く。
前方に進軍するのではなく、てゐのいるはずの後ろの陣に向かって。
鈴仙前衛を預け、てゐの防衛に当たるためか。それとも別の作戦があるのか。
何故このチャンスに攻撃を仕掛けてこないのかはわからない。
けれど、それを簡単に許す霊夢ではなかった。
妨害しようと両手に雪玉を握り締め、雪壁から顔を出す。
その瞬間、それを待ち構えていたかのように目の前に向かってくる雪玉。
しかし――
霊夢はニヤリと微笑む。
「はじめから飛んでくるとわかってるなら! こうするのよ!」
予想通り、自分の顔めがけて飛んできた雪玉。
それに向かって左手に持った雪玉をぶつけたのだ。
ぶつかり合う玉は形を失い、粉々になって霊夢にぶつかるが、小さすぎて当たりの判定にはならない。それを見て慌てて鈴仙が次の玉を放とうとするが。霊夢に気を取られたせいで、もう一人への妨害が疎かになってしまっていた。
「私を無視する子は、こうだよ!」
両手をぶんぶん回して、まるで子供のようにメチャクチャに玉を投げつける萃香。
妨害のための弾幕なのだろうが、その速度は子供の投げるものの比ではない。慌てて耳を押さえてしゃがみ込む鈴仙の頭の上、そこをもの凄い速度ですっ飛んでいく。
その相棒の支援を受け、霊夢は残る右手の雪玉を椛の背中へ向けて投げつけた。
「椛!」
鈴仙が慌てて声を掛けるが椛は気付いていない。
てゐのいる雪壁の側まで辿り着いたせいで、気を抜いてしまったか。
そんな彼女の背中にまっすぐ雪玉が向かってきて。
「ヒット!」
映姫が手を挙げ、雪玉が当たったことを宣言しながら、素早く選手を指差す。
「スタート位置へ戻ってください」
チームメイトが唖然とする中。
審判が指したその先に。
雪の塊を後頭部に乗せた桃色怪獣が、一つ目の雪壁の横で倒れんでいた。
「え、えーっと! レ、レミリア選手一度目の被弾! 私としては何が起きたのか正直わからなかったのですが」
それは一瞬のことだった。
被弾すると思った椛が、不自然な転び方をして、雪玉を回避。
それに注目した瞬間。
まったくの反対側。
一生懸命霊夢たちのところに向かって進んでいたレミリアに雪玉が着弾、そのまま転んでしまったというわけである。
「実にあの子らしい手段ね。味方にも容赦ないなんて」
「永琳さん? 今のわかったのですか?」
「ええ、この位置からだとちょうど雪壁が邪魔になって見えないけれど。おそらく、近くまで来た椛の足をてゐが払ったのよ。強引にね」
確かに放送席からは、てゐが椛に近づいていくのは見えた。
けれどまさか味方に足払いを仕掛けているなんて、彼女の性格をよく知っているものでなければわからなかったかもしれない。
「なるほど、味方を攻撃してはいけないというルール説明はなかったですからね。そこに付け込んだわけですか。さすがイタズラ兎と名高いてゐ選手。それでレミリア選手が被弾したのは?」
「ノーマークだったてゐが、レミリアの動きをずっと観察していたから。そして確実に当てられる射程に来たときに、山なりに雪玉を放り投げた。あの着ぐるみの視界が上にもあるかという確認の意味でね。それが偶然、椛を助ける動作の直前だったため不自然に映ったのでしょう」
完全に相手の隙を付いた、てゐのトリックプレイ。
霊夢と萃香に集中していると見せかけ、狙っていたのはレミリア。
汚いかもしれないが、相手の穴を狙うのは勝負の常套手段。
「そして、これは一度の被弾という事実より大きなものを相手に与える。これからが見物よ」
くすくすと楽しそうに笑う永琳の視線の先には、じっと相手の動きを伺う鈴仙の姿があった。
◇ ◇ ◇
椛をてゐと同じ位置に引かせることに成功した鈴仙は、雪玉で散発的な攻撃を繰り返していた。
その合間、てゐに見えるように指を二本立てる。
すると、それを見たてゐの右耳が小さく合図を返した。
作戦、第二段階。
そう、レミリアが自由に動けないと判断した後。
鈴仙とてゐは自分たちの陣営に向かうわずかな間で作戦を組み上げた。それは作戦というより行動の確認程度だったが、二人にはそれで十分。
永遠亭で暮らす家族に、多くの言葉など必要ないのだから。
作戦の第一段階、萃香と霊夢が定位置についたときに、レミリアに雪玉を当てる。椛を危険に晒すこととなったが何とか成功した。
後は……
相手がどんな行動を取るか。
鈴仙のその瞳は、もう薬を人里に持っていく妖怪兎ではなく。
月にいた頃。
演習場で見せた、特殊戦闘員のような瞳だった。
◇ ◇ ◇
レミリアが最初にやられる。
それは霊夢も理解していた。
あの動き、そして歩く度に音を発生させる足の裏の肉球。
もう、狙ってくれといわんばかり。動きの遅さも相まって足を引っ張る要素満載なのだから。
でも。
それでも。
「萃香、援護よろしく」
「ふふん、任せといてよ」
とぼとぼと悔しそうに歩くレミリアの後ろ姿を黙ってみていられるほど戦闘に徹しきれない。残念ながら、それほど冷たい人間ではなかったらしい。
霊夢が雪壁から出ようとするのを見て萃香は一際大きな、両手で抱えられるほどの雪玉を作り上げた。
「どうせ五秒平気って言ってもここまでこれないだろうし、引っ張ってくる」
そう言って霊夢がスタート地点に走り出すと同時に、萃香が大きな玉を鈴仙が隠れていると思われる場所へとおもいっきりぶん投げようとするが。
ぼふっ
「おおっ!?」
力を入れ過ぎたせいで巨大な雪玉が空中分解。
細かな雪の霧となったものが、両チームの視界を奪う。
意図的なものではなかったが、結果的に相手の攻撃の手を緩めることには成功した。
霊夢は今のうちにレミリアのところへ行こうと地を駆けるが。
近くに、妙な音を聞く。
何か重いものが近くに落ちてきたような音。
その方向へ顔を向けるより早く。
霊夢のわき腹に何か、柔らかい塊がぶつかった。
慌ててそれを確認すれば、冷たい雪の塊。
驚き、声を発しようとする彼女の横を、身軽な小さな影が通り抜け。
「え? 霊夢どうした――」
急に足を止めた霊夢の様子を不用意に探ろうとする萃香。
その無防備な鬼に二つの弾幕が襲い掛かった。
避けようがないと判断しいつもの戦闘の癖で、両腕でそれを弾くが。
「うわ、これはやられたね」
「ヒット! 両名ともスタート位置へ!」
やはり弾いたのは雪玉。
体のどこかに当たった時点で負け。
そういうルールなのだから。
腕で防御したところで何の意味もない。
そして悠々と踵を返し、スタートへ戻ろうとする萃香の横。そこを小さな影が通り過ぎていく。楽しそうに、見せ付けるように、スキップをしながら。
「いいのかい? こんな序盤でたった一回の飛ぶ権利を使っちゃって」
「いいのいいの。どうせ後は自爆覚悟で突っ込んでもお釣りが来るし」
雪の煙幕。
それは、二つの陣営の視界を隠すと同時に。
『視界を奪ったのだから下手な攻撃はないだろう』
そんな錯覚を霊夢と萃香に抱かせてしまっていた。
その小さな隙を見逃さず、煙幕に隠れて飛び上がったてゐは、着地と同時に霊夢に雪玉をお見舞い。続いて状況を理解する間を与えることなく萃香にも雪玉を当てた。
ここまでアドバンテージを得てしまえば、囮作戦や力押し。一度誰かが雪玉を被弾しても良い作戦を余裕を持って組立てられる。
「相手の穴を利用し、その穴を庇おうとする者に追い討ちをかける。それは確かに有効な手段さ。人間が良く使う姑息な手だ」
「んふふ~、どうせなら工夫っていってくれない? 作戦とか」
「そうだね。いい作戦だ。そう褒めていたと、そっちの大将にも伝えておいて」
勝負事で相手にコケにされる。
遊びであっても、鬼にとって見ればこれほどの屈辱はない。
萃香はてゐに背を向けながら、いつも持ち歩いている伊吹瓢の蓋を開け荒々しくその中身を呷った。
「それと、私たちを本気にさせた代償はしっかり払って貰う。そのことも一緒にね」
それだけ言い残し、萃香はゆったりと霊夢とレミリアがいる地点へと向かっていった。
背中から特大の威圧感を振りまきながら。
復帰直後の五秒は玉が当たっても無効。
しかし、玉を持って移動することしか許されない。
そのルールをしっかり理解していた鈴仙は一気に前進して追い詰めることなく、その場で待機した。もし下手に前進すると敗北の可能性があったからである。
もし調子に乗って相手の陣の近くまで移動した場合。
スタート後の五秒のうちに相手の誰かが猛ダッシュ。
その後、鈴仙たちを挟み撃ちするような陣形を取られてしまえば形勢逆転もありえる。
だから鈴仙は冷静に、様子を伺い続けていた。
「あーもぅ、闇雲に突っ込んでくれればやりやすかったんだけどね」
「その辺はあっちもわかってると思うよ。まあ、後はここからどうするかだねぇ」
そんな相手の行動を毒付く霊夢たちは陣地から二つ目の雪壁で待機していた。さっきから一つ下がった場所、そこで相手の動きを観察しながら雪玉を作る。霊夢は標準サイズのものを、萃香はさっき煙幕で使ったような人の顔より大きいものを。そんな単純作業を繰り返しながら、今の形勢をひっくり返すような作戦がないか。それを話し合っているというわけだ。
そんな中、一人雪玉も作らず偉そうに座っているのが一人。
羽を小さく動かしながら、自慢気に鼻を鳴らした。
「ふふふ、私が合流できたからには。相手に勝利はないわ。一回のペナルティなんてハンデでしかない。大船に乗ったつもりでっっはぅ!?」
そのしゃべる桃色の着ぐるみの顔面に、霊夢の容赦ない掌底が突き刺さった。
そのまま後ろに倒れこんだ怪獣は、手足をばたつかせながら何とか起き上がろうとするが。雪に尻尾が埋まってしまったせいで上手くいかないらしい。
「どうしてこういう状況になったか、わかって言ってるんでしょうね?」
「そ、そんな怖い顔しなくていいじゃない。わかってるって」
「だったら雪玉作りぐらい付き合いなさいよ」
「ふ、愚問ね」
レミリアは仰向けに倒れた状態のまま腕を組む。
「作ろうとしても、短い手のせいで上手く丸まらないのよ」
そんな不遜な態度のレミリアに、霊夢は微笑を浮かべた。
「萃香、囮作戦で行こうか」
「うん、わかった」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! だから作戦考えることくらい手伝うって言ってるじゃない! いきなり何で私を切り捨てようとしてるわけ!」
笑顔の奥に恐怖を感じたのか、慌ててレミリアがそれを止める。
しかし霊夢の言うとおりレミリアの活用手段としては、今のところ囮しか思いつかない。ただしそれを実行できたとしても、相手に一発ずつ雪玉を当てられるくらいだろう。
彼女たちが勝利するには二回当てないといけないのだから、何かもう一つ。別の手段が必要になるわけだ。しかし今のような状況でそんな旨い作戦などあるはずが。
「ねえねえ、霊夢」
そろそろ雪玉の補充も終わる。
そんなとき、萃香が霊夢の袖を引っ張り前方を指差した。
「あの妖怪兎、どこにいると思う?」
「はぁ? そんなのあの雪壁のどこかに身を隠してるに決まってるじゃない。あっちの陣地から二つ前のヤツ」
萃香に攻撃を加えた後、てゐは元の位置に戻ったはず。
それに復帰する際、レミリアを抱えながら動いていたとき。その雪壁から兎の耳が微かに見えた気がしたから、そこにいると思って間違いない。
「いやいや、その雪壁の影のどのあたりかなーってね」
「放物線を描く攻撃ってことね、わかったわ。私がもし狙うとするなら、真ん中よりも少し左かな。椛はその反対側にいる感じ」
「あー、なるほど。あのあたりね」
萃香はそう言うと、自分で作った雪玉を手に握り締めた。
そうやってから大きく振りかぶり。
待て、何かがおかしい。
霊夢は、その光景に違和感を覚えた。
さっき萃香は間違いなく、大きな雪玉を作っていた。それは決して片手で持てるサイズではなかったはず。なら自分が作ったものを投げようとしているのかと思い、霊夢は周囲に転がるものへと瞳を落とすが、減っているようには見えなかった。
そうなると、萃香が握っている物体は何なのか。
そして、おもいっきり直線的な弾を投げる構えを見せているのは何故なのか。
そんな霊夢の疑問を置いてけぼりにして。
「どりゃああああ!」
萃香は、ある程度力を入れて投げた。
鬼の腕力、しかも力を込めて投球された雪玉がどうなるか。
小さかろうが大きかろうが、球体のまま形を保つことなど不可能。
しかもそれが目の前の雪壁に唸りを上げて直進しているのだから。
形を保っていたとしても、壁に当たって弾けて終わり。
となるはずだった。
だが、萃香の投げた雪玉は粉々になどならなかった。
むしろ砕けたのは、雪壁の一部。
「え?」
雪玉が貫通した勢いで抉り取られた空洞の部分、それが崩れたのである。
普通の雪玉では絶対にありえない。
そんな異常な光景を残しながら、なおも唸りを上げて直進する雪の弾丸。
それは霊夢が予想したある場所。
てゐがいると思われる雪壁の一点へと突き刺さり。
すこぉぉぉぉん
小気味良い音を響かせた。
それに続いて、どさり、と何かが雪の上に転がる音が重なり。
何か気まずい空気が周囲に充満し始める。
「て、てぇぇぇぇぇゐ!!」
悲痛な椛の叫び声が、その空気をさらに重くする。
そんな光景を顔を半分出して覗き見た霊夢は、頭を押さえつつチームメイトに問いかけた。
「ねえ、萃香? あの雪玉どうしたの?」
「ちょっと力入れて固めただけ、それだけなんだけど?」
理解した。
その一言ですべて把握した。
顔よりも大きな雪玉を力を込めて圧縮し、手乗りサイズまで固めてから投げつける。
おそれくそれはもう、雪玉とかいう生易しいものではなく。
限りなく、氷の塊に近い凶器。
「雪で作った玉を当てたから、ルール上は問題ないと思うけど?」
「ちょっと目が据わってると思ったら、とんでもないことを……」
てゐに挑発されたこと。
それがかなり気に障ったようで、それをおもいっきり力技で返した。といったところだろうか。
「大丈夫だよ、一応二つ雪壁貫通したら勢い弱まるように調整して投げたし」
「そもそも、これを貫通する威力のものを調整とは言わないのよ、人間は」
「そうかな、まあ、とりあえず行って来る」
「はいはい、いってらっしゃい」
その予想外の一撃。
それを受けた鈴仙陣営の残る二人が棒立ち状態になってしまっているのを見逃さず、萃香は二つの雪玉を持って前進。
そのまま二人に雪玉を当てて、満足そうに霊夢の側に帰ってきたのだった。
◇ ◇ ◇
「……え~~、ただいまのプレイについて。どうやら青チーム側から審判に抗議が出ているそうです。というわけで審議結果がまとまるまでしばらくお待ちください」
鈴仙と椛の猛抗議、それは文もよくわかる。
どうやらちゃんと手加減はされていたようで、萃香の投げた雪玉、というか氷玉はてゐの頭に小さなコブを作った程度だったが。あんな雪壁をまるっきり無視するような攻撃を警戒しないといけないとなると、考えるだけで恐ろしい。しかもその攻撃力に霊夢の直感が加われば、命中精度が飛躍的に向上してしまうのだから。
「どうかね、私たち鬼の腕力ならあれくらい朝飯前だし、ルール上できることを前提にしてもおかしくはない。それに、他のやつもやろうと思えばできるんじゃないか?」
「種族によってはやろうと思えばできるかもしれませんが。貫通させるだけの威力を維持しつつコントロールできるか、と言われれば鬼に近いものくらいしか。むしろ貫通させる雪玉を投げる、という発想が出てこないかもしれません」
「そうだよね~、あんまり力入れすぎたら疲れるしねぇ」
「小町さんはもう少し力を入れて解説していただいても罰は当たらないと思いますよ?」
萃香と同じ鬼という種族である勇儀は彼女を擁護するようなコメントを残した。実に鬼らしい理論ではあるものの、その言には一理ある。この弾幕勝負に萃香が出るのなら、力技で攻めてくる可能性があった。むしろ必ずどこかで仕掛けてくると思っていいくらい。
それをあの、てゐの挑発直後に行うのは実に自然な流れ。
青チームも相手が何か勝負を仕掛けてくるとわかっていて、待機を決め込んだのだから。
「私が審判なら、今の攻撃は認めざるを得ないわね。だってまだルール上で禁止されていないのだから。もし規制するとしても次のプレイからになるはず。どちらにしても、それを想定していなかった鈴仙たちが悪い。それだけのことじゃないかしら」
永琳の言うとおり。
審判の映姫が下した判断は、今の攻撃は有効であること。ただし、この試合中は先ほどのような雪玉を硬く圧縮するのは禁止する。一応両者の言い分を取り込んだ形となった。
「なら、これで五分五分ですね。いや、レミリア選手が戦力外であるのなら、攻撃手段を一つ封じられた赤チームが不利、というところでしょうか」
「普通ならそうでしょうけれど、この幻想郷ではどんな非常識が起きるかもわからない。死神として世界を見続けたあなたも、そう思わないかしら?」
「そんな難しく考えなくてもいいと思うけどねぇ」
永琳に話を振られた小町は、やはりやる気なさそうに答え。新しく支給された煎餅の欠片を一つ口の中に放り込む。
頬杖をつき、今にも寝そうなくらい細められた瞳を前方を向け。
それでも笑いながら。
「まあ、蓬莱人のあんたでもそう思うんなら。この会場はすでにペテンにかけられるってことだろうね。私は間違いなくその策を使うよ」
「おおっと! 気になるフレーズが出ましたね! その策というのは?」
珍しく解説者らしいことを言った。
期待に胸を膨らませる文は、続くコメントを貰おうと目を輝かせる。
「雪玉を三回投げて、全員に当てられたら凄くラクチンってことさ」
冗談なのか本気なのか。
理解できない答えを残し、小町はまた煎餅を食べ始める。
そんな微妙な空気になった場を取り繕いながら、文は一つの結論を導き出す。
この人、解説に向いてない、と。
ただ、そんな文もあることを忘れていた。
主催者の萃香ですらそのことをすっかり失念していた。
この弾幕勝負の大前提。
『安全な弾幕勝負』
そんなキーワードを。
◇ ◇ ◇
懐かしい。
鈴仙は、遊びでありながらそんな感覚を味わっていた。
昔、月の軍人だったときの、すでに色あせてしまった日々。
銃弾が交差する演習場で、塹壕の底の泥の臭いにむせ返りながら震えていた自分。
それでも部隊の小隊長を経験し、何度か勝利も収めてきた。
師匠である永琳が模擬戦を提案したのは、きっと。気持ちの弱い鈴仙に、自信を付けさせるためかもしれない。
条件次第で鬼にすら勝てる、と。
「鈴仙、どうする? 一応被弾数は同じになっちゃったけど」
「いいえ、違う。レミリアがまだ飛べる権利を有しているのだから、状況は不利と言ってもいいわ」
鈴仙たちは再スタートを完了させ、元の陣形に隊列を戻していた。
前衛として、鈴仙が一人。後衛に椛とてゐ。
通常これだけ距離が離れていると小さな声で作戦を組み立てるのは難しいのだが。そこは聴覚に優れた妖獣、白狼天狗の特徴を生かし、簡単に会話を成立させていた。このチームの隠れた強みと言ってもいい。
「しかし、レミリアという吸血鬼の動きを見ていると、あまり脅威には感じないのですが」
「椛、油断は禁物。萃香が力技で私たちの後ろにレミリアを放り投げる可能性もあるでしょう?」
「……なるほど、油断させておいて奇策ですか」
「ええ、レミリアのあのふざけた外見は相手を騙す手段としても使えるということ」
「それが相手の切り札になるかもしれないしね。鈴仙の割には考えてるじゃない」
「割には、は余計よ」
相手は萃香の力技以降、まるで動きを見せていない。
あの着ぐるみ状態で雪玉が投げられるのかは疑問でしかないが、もし攻撃に参加できると仮定するなら過小評価するべきではない。
「どっちが先に仕掛けるか、ね。てゐ、そっちの準備は?」
「ばっちりばっちり、先に仕掛けても後でもいいよ」
ただし、こちらの切り札はもういつでも切れる状態だ。
使ったところでリスクも何もない、最悪のジョーカーが。
それを使わせるために目のいい椛をわざわざ後ろに下げ、てゐと同じ場所に移動させたのだから。その上で椛には一度たりとも攻撃させていない。
これが何を意味するか。
感のいい霊夢ならもう気づいているかもしれない。
「了解、じゃあこちらから仕掛けるわよ」
けれど、気づいたところでもう遅い。
「防ぎようのない一撃というものを見せてあげる」
そう言いながら、鈴仙は牽制のための攻撃を再開した。
「ねえ、ホントにやるの?」
「ええ、私の感がそう言ってるの。それしか勝ち目がないってね」
「そうそう、今まで役に立ってなかったんだから。最後くらい根性見せろってね」
鈴仙陣営が最終的な準備を終える中。
萃香陣営はまだ、作戦の打ち合わせが続いていた。とは言っても、作戦の内容はすでに決まっていた。
『囮作戦』
萃香の機転(?)によりせっかく追いついたのだから、後は思い切った作戦に出て勝負する。そのためには一人を犠牲にして二人以上を撃破するような作戦が必要。
「むぅ、だからそんな妙な策使わなくても。私たちなら力押しで」
「そういうわけにはいかないのよ、レミリア。てゐの幸運と、鈴仙の空間把握能力は侮れない。空を飛べない状況で全部避けろと言われたら、正直難しいわね。それと気になってるんだけど、椛が一度も攻撃に参加してないような気がするの」
「だからそんな何の根拠もない理屈でっ」
「感だけが鋭い霊夢がそう言うなら、それは信じるべきだね。その直感で随分痛い思いをしたんじゃないかな? 吸血鬼のお嬢様は」
「ふん、それはお互い様」
「ああもう、この小鬼どもは……」
仲が良くなったと思ったらまたすぐ、視線で火花を散らす。
そんな二人を交互に眺めながら、霊夢は本日数回目となる溜息を吐いた。
「とにかく、行くわよ。ほら、あんたが作戦の要なんだから早く準備する!」
「わ、わかったから。もうちょっと待ってっ」
そうやって準備しようとするレミリアだったが。
着ぐるみの足がちょうど足元の雪に引っかかった。
『あっ』
三つの驚きの声が重なる中。
ピンク色の怪獣は前のめりに倒れていき。
どさりっ
無防備に、雪の上で横たわってしまう。
しかも頭だけ雪壁から綺麗にはみ出した状態で。
作戦とは違うタイミングで倒れたその後頭部に。
ぽふっ
鈴仙が牽制のつもりで投げた雪玉が、間抜けな音を立てて乗っかったのだった。
「ああもう、何やってるのレミリアの馬鹿!」
「な、なにさ! 霊夢が慌てさせるのが悪いのよ!」
敵陣営から聞こえるそんな罵り合い。
それを聞いた鈴仙は雪壁から一気に飛び出し。残り二人になった相手に向かって突撃を開始する。それに気づいた霊夢が着ぐるみをどかしてから反撃。それに続いて萃香がまた煙幕を作り出す。さきほどのように飛んで無視することができない状況なので、仕方なく鈴仙は後ろへと下がる。その途中に目を凝らして前方を見れば、白い世界の中で二つの影が一つ前の雪壁に移動したのが見えた。
そうやって視界を犠牲にすることで、審判にも判断しにくい状況を作り間合いを詰める。
急作りのルールの穴を付いた作戦。
単純だが、繰り返されれば危険だ。
「椛、狙いなさい!」
だから鈴仙は切り札を使う。
雪の霧が晴れていく中で、椛へと初めて攻撃命令を送った。
すると椛は霊夢と萃香がいると思われる場所に向かって、弧を描くように雪玉を投げる。けれどそんなゆっくりとした玉を二人が避けられないはずがない。
二人はそれを避けようと雪の地面を踏みしめて。
「え?」
瞬間、霊夢の足が大きく横へ動く。
意図した行動ではない。
踏み固められた雪のせいで、足が滑ったのである。予想だにしていなかった重心の移動。それに耐えられず霊夢はその場で前のめりに倒れてしまい。
「ヒット!」
同時に背中に冷たい感触。
それを払いのけながら、霊夢は肩を竦めて立ち上がる。
まさかあんなところで滑るなんて、誰も思わない。
「あ~あ、やっぱりこうなったか」
だから今回雪玉に当たったのはしょうがないこと。
偶然、そうなってしまっただけ。
運が悪かっただけ。
理屈ではそう考えられるかもしれないが。
「てゐの他人を幸せにする力を使って、椛に集中的に幸運を集めたのね。その運を無駄に使わないよう、椛には何の行動も取らせなかった、違う?」
競技場から退場しながら問い掛ける霊夢の声に、鈴仙は答えない。
まだ萃香が残っているから、種明かしになる発言はしたくなかったのだろう。それでも事実は霊夢が言ったとおり。椛へと運気を集中させたのは、たった一回のチャンスを作り出すため。
すべては勝負を決める一投のため。
この瞬間のために、あった。
「んー、ちょ~っとだけ分が悪いかな、こりゃ」
残るは萃香ただ一人。
鈴仙がてゐを振り返ると、お手上げというジェスチャーのまま左右に首を振っていた。つまり椛の幸運の一撃はもう玉切れということ。それでもここまで追い込めば、後は三人に一人が萃香に雪玉を当てればいいだけ。散らばって包囲してしまえば、決着は付く。
鈴仙たちは、勝利を。
喜ぶべき結果を確信し。
油断した――
ある音が。
ある声が。
必要な場面で聞こえなかったこと。
霊夢のときにはあったのに。
その一つ前では、何もなかった。
椛の一球に執着するあまり、大事なことを見落としてしまっていた。
それは勝負を決めるほどの誤算。
けれど、その実物がまだ雪の上で横たわっているから、彼女たちは思い込んでしまっていた。
一対三だと。
「ねえ、審判。確認するのだけれど」
声は上から降ってきた。
幼い少女の声質なのに、何故か威厳を感じさせる。そんな声。
直後、三人の頭に冷たい塊が降り注いだ。
完全に不意を付かれた攻撃に、動くことすら許されず。鈴仙チームの三人すべてがその雪玉を受ける。
「空中での停止は、二秒でよろしかったのかしら? ふふふ、あまりに滑稽な獣の姿を見ていたら時が経つのを忘れてしまったわ」
唖然とする三人の中間に降りてきたのは、小さな吸血鬼。
最初の攻撃で雪玉を当てたはずのレミリア・スカーレット。
彼女は退屈な戦いだったと言わんばかりに口に手を当て、欠伸する姿を三人に見せつけてから萃香の方へと歩いていく。
そうやってレミリアが背を向けるのを待っていたかのように。
「ゲームセット!」
試合終了の合図が、審判である映姫から発せられた。
それを聞き、ますます偉そうに歩みを進めるレミリアは、笑いあいながら勝利を喜ぶチームメイトと合流する。
「よくやったわ二人とも。ふふ、あくまで私の引き立て役として、だけれど」
『……ぁあん?』
いつもと同じ姿の、偉そうなレミリア。
二人は同時に不機嫌そうな声を返し、目を細めて睨み付ける。けれど調子に乗った彼女は止まることなく、威張りながら萃香の肩に手を置いた。
「特にあなたのようなちび鬼は、相手をイライラさせる的にはちょうどよかった。礼を言うわね。
ふふふ、あはははははっ!」
「アハハハハハっ!」
「フフ、フフフフフっ!」
肩に置かれたレミリアの手。
それを軽く退かしながら、萃香の姿が霧となって消え。
再びレミリアの後ろで人型を再構築。そのまま羽交い絞めにする。
「え? 何? 何よ、なんでいきなり!? 離しなさいよ! れ、霊夢、何をしてるの助けなさ、って、何で雪持ってるのよ!」
「うふふ、我侭なお嬢様に~、お・し・お・き♪」
「え、あの。そうやって雪を手の中で溶かしたら水になるから、私の頭の上に持ってこられると凄く困るっていうか。い、痛っ! 今掠った! 掠ったわよ!」
「いっそのこと、このまま結界の外に持ってっちゃおうか」
「そうね、私たち引き立て役がそんなことをしてもぉ~? お強いレミリアお嬢様は簡単に抜け出すでしょうしね。太陽の光にあたっても、もしかしたら平気かもしれないし♪」
「あ、うん。待って! ちょっと待って! ごめん、謝るから! 偉そうな事言ってごめんなさいっ! だから離して~~~!」
「……こらこら、そこの三人、遊びなら後でするように。とにかく整列してください。そちらのチームも中央の線のところまでお願いします」
あれだけ着ぐるみで迷惑かけられたのだから、二人が怒るのはもっともな話。
けれど審判という立場である映姫は、ひとまずは試合を終わらせるため両チームを中央まで呼び寄せる。その声に救われたレミリアは二人から逃げるように素早く移動した。それに続くように、萃香と霊夢、さらに椛とてゐが加わり。
「鈴仙、聞こえないのですか? 整列です」
レミリアにぶつけられた雪を肩にのせたまま、鈴仙は立ち尽くしていた。
両腕を体の横につけたまま、ぐっと両手を握り締めて。
「納得できません!」
吐き捨てるように叫んだ。
「私は着ぐるみに確かに雪を当てました。だからあのとき、レミリアは失格だったはず!」
「いいえ、違います」
そんな訴えを映姫はあっさり否定し、静かに鈴仙に向き直る。
「あのとき、レミリアはもうあの中にいませんでした。
中に何もない着ぐるみ相手に雪玉をぶつけても、認められません」
あのとき、何が起こっていたか。
それを簡単に説明するならこうだ。
まず霊夢がレミリアを説得し、着ぐるみから出させ。雪玉を複数持たせる。その後、わざと着ぐるみを倒してレミリアが失格になったと思わせ、直後に雪の煙幕をばら撒く。視界が雪で遮断されている間にレミリアは空に飛び上がって待機。そして霊夢か萃香のどちらかがやられた後。油断した相手に向かって雪玉をぶつける。鈴仙たちの敗因は映姫の「ヒット!」という声が聞こえなかったのに、レミリアに当てたと思い込んでしまったこと。
霊夢たちにしてみれば、一人の損害と、解けた雪でレミリアの手がヒリヒリするくらいで三人を倒せるかもしれないのだから。十分試す価値のある作戦というわけだ。
「し、しかし、着ぐるみを試合中に脱ぐなんて、そんなこと!」
「ユニフォームが決まっていないこの戦いでは、服を脱いではいけないというようなルールもありません。それにあなたたちはあの格好に抗議することはなかったでしょう? 自分たちが有利になると思って」
「……」
そのとおりだった。
映姫の言うとおり、鈴仙はそれを認めた。
認めた上で、それを利用され、負けたのだ。
「わかったのであれば整列を」
「……はい」
鈴仙は耳の先を力なく下げ、ゆっくりとした足取りで列についたのだった。
◇ ◇ ◇
「いやー、最後まで手に汗握る好勝負でしたが。萃香チームの逆転勝利!
最後はお荷物かと思われていたレミリア選手の一撃で決まりました。萃香チームには商品としてお酒が贈られます。おめでとうございます!」
文が声を響かせると、周囲からは健闘を称える拍手が響いた。
その拍手の中、文は解説役三人の顔を覗く。
「いやぁ、奇策の応酬という形になりましたが、小町さん。どうでしたか?」
「そうだねぇ、あたいの予想通りってところかな」
「その予想をもう少し明確に示して欲しかったのですけれど。終わってしまったものはしょうがありません! 引き続き神社で宴会もありますので、どうぞお楽しみください」
文がそう言うと、その横にいた勇儀が腕を組み。満足そうに頷く。
「うん、宴会はいいねぇ。久しぶりに語り明かすよ!」
「え、っと。できれば最後の感想を言ってからにして欲しいのですが、って、あぁ~。まあいいですけどね」
そうやって文がお願いするも、宴会で頭が一杯なのか。隣にいた小町を捕まえて神社の方へ移動していってしまう。自由な人というか、なんというか。
「ははは、えーっと永琳さんは何かありますか?」
「そうですね。人間でも気軽に参加できる季節限定の弾幕勝負として広めても面白いかもしれませんが。能力をまったく使えないとなると文句を言い出す妖怪が出てくるかもしれないということ。また、必ずルールを知っている審判が必要になること。続けていくとなると、この二点が大きな問題でしょうか」
「なるほどなるほど、まだまだ調整が必要というわけですね。わかりました。ちなみに永琳さんはこの後の宴会も参加される予定なんですよね? 鈴仙さんやてゐさんとご一緒に」
「いえ、今日は戻ります。鈴仙と一緒に」
はて、と。そこで文が疑問そうな顔をする。
確か鈴仙がこの模擬戦に参加する際、宴会も当然参加するようなことを言っていたというのに。現に競技会場に鈴仙の姿がないのだから。
「あれ? 彼女でしたらもう宴会の会場へ行ったんじゃないのですか? 結構楽しみにしてたみたいですし」
「いいえ、違いますよ。そういう子じゃありませんので。たぶん、てゐにだけ理由を言って帰っていると思いますから、後でそちらから確認してみてください。では、失礼を」
「ええ、あ、はい。解説どうもありがとうございました」
静かに席を立ち、神社の向こう側へと飛んでいく。
そんな永琳の背中を、文は納得のいかない顔のまま見送った。
◇ ◇ ◇
日が傾き、紅に染まりつつある空。
夕日は白銀の画用紙の上を鮮やかに彩り、幻想郷をより幻想に近い色へと染め上げる。しかし永琳はそんな美しい風景など目にも止めず、帰路を急いだ。
すると視界のちょうど真ん前、そこに夕日に照らされる小さな点があった。
情けなく背を曲げ、歩くような速度で飛ぶ良く知った影。
永琳はその背中へ気付かれないように迫る。
そしてあと数メートルと迫ったところで大きく息を吸い込み。
「何をしている! やる気があるのか鈴仙!」
月にいるある人物の物真似をしながら、大声を上げた。
すると鈴仙は空中で面白いくらい手足をバタバタさせ、慌てて振り返る。
「え、ええ!? す、すみませっ! って、え? し、師匠!」
「あら、私の声真似もなかなかのものね。どう? 月の教官とどっちが怖い?」
「うう、私で遊ばないでくださいよ」
そう言って、またゆっくりと前進を始める。
遅すぎず、速すぎず。隣にいる師匠を意識するかのように。
「宴会にはいかないの? 久しぶりに楽しんできてもいいのよ?」
「そうですよね、きっと楽しいですよね。でもいいんです。大勢で騒ぐ気分じゃなくなっちゃいましたから」
それでも永琳の速度に合わせて飛んでいるところを見ると、一人でいたい気分でもないのだろう。
そんな素直じゃない弟子の態度を見ているとどうしても意地悪したくなるのが悪い癖。鈴仙の横顔を眺めながら、彼女はゆっくり唇を動かした。
「そうね、やっぱり悔しかった?」
鈴仙の長い耳の先があからさまに跳ね上がる。
けれど、本人はそれに気がついていないようで。
「あんな遊びで負けたところで、別に問題ないですよ。まったくあの鬼たちが熱くなりすぎなんです」
平静を装いながら、普段と変わらない声音で返してきた。
でも何も思わないものが、あんな態度を取るはずがない。試合終了後に、あそこまで勝負に拘る発言をするはずがない。
「そう、やっぱり本気になっていたようね。やっぱり月の演習と状況が似ていたから。だからあの戦いに慣れているはずの自分が、負けるはずがない。途中からそう思った」
「だから別に本気じゃないですって、私の態度を見ていればわかるでしょう?」
「けれど、相手の作戦を読みきって立てたはずの作戦。絶対勝てると思った戦いをひっくり返されたんだもの。そう思っても仕方ないわ」
「あはは、どうしたんです師匠。そんな的外れなことを言うなんて珍しい」
横を飛ぶ鈴仙の表情は、確かに薄い笑みが浮かべられている。
困ったような、それでいて、おどけるような。
けれど、永琳の言葉の度に小刻みに震える長い耳だけが、彼女の真意を表していた。
「あなたの作戦どおり、てゐも椛も動いてくれた。だから負けたのは自分のせい。作戦を立てた自分が間違っていたから、悔やんでも悔やみきれない」
「は、はははっ、い、嫌だなぁ、もう、あんまりしつこいと、嫌われますよ?」
「勝てる勝負だった。萃香の怪力も、着ぐるみも。想定しておくべきことだった。けれど、自分に都合の悪い可能性を破棄して導き出した穴だらけの作戦のせいで、敗北した」
「っはは、ははは……」
そしてとうとう、鈴仙は言い返せなくなる。
本当の気持ちが永琳の言葉で抉られて、隠そうとするのにどんどん丸裸にされていく。
「だから、悔しいのよね? 悔しくてたまらないから。笑顔で宴会なんてできなかったのよね?」
そう、永琳が口にした瞬間。
鈴仙がいきなり背中のほうに回りこみ、頭を肩甲骨あたりに押し付けてきた。そして両手で腰あたりの衣服をぎゅっと掴む。
「そのメンタル部分の弱さがあなたの悪いところよ。よく覚えておきなさい」
「はぃ、しひょぉう」
上手く動かない唇を必死で動かし、返事を返そうにも上手くいかない。
しばらくするとその頭をつけた部分から微かな、暖かい湿り気が伝わってきた。
汗か、それとも別の何かか。
温もりが大きくなるにつれて、それを必死で隠そうと服を掴む力も強くなっていく。それでも声だけは出すまいとしているのか、荒い息遣いだけが永琳の背中に響いてくる。
どうしてこんなことに意地を張るのだろうか。
もう、涙を流していることなんて理解されていると知りながら。
その姿だけは見られまいと、必至に隠そうとする。
本当に鈴仙らしい。
「この馬鹿弟子。泣きたいときぐらい師匠を頼りなさい」
だから永琳は、鈴仙の手を振り解き。
体の向きを変え、正面から愛弟子を抱きしめてやる。
「あっ……」
そんな優しい温もりに抱かれた鈴仙は、一瞬だけ身を硬くするが。
親を頼る子供のように抱きつき。
肩に顔を埋めた。
そうやって人目を憚らず、大泣きする鈴仙の頭を撫でながら。
夕日の中を永琳は飛ぶ。
その姿を見たものはきっと誰が見ても――
「いやぁ、本当の親子のようでしたねぇ? ほらほら、鈴仙さん。この写真いくらで買います?」
「ま、まま、待ちなさいよっ! この大馬鹿天狗ぅぅ~~~~~っ!!」
「おお、こわいこわい♪」
永琳の後をつけていた文から見ても。
中睦まじい、血のつながった家族のようだったという。
しかしモケーレムベンベwww
純粋に楽しめました。
なるほど、もう少しすっきりするような話にして、いらないところを削る。今後そういう技術を磨いていかないと駄目そうですね。
思いついたものを何でも取り入れるという癖も少しは自重せねば。
その2、レミリアがぬいぐるみを衣服としてではなく「道具」として使った時点で反則とすべきである。隠し武器を持ち込んでいるのと同じだからだ。これについて山田は鈴仙チームが認めたからと言い訳しているが、そういった隠し道具の持ち込みを阻止するのは相手チームではなく審判の仕事である。アホか。
これがギャグやラブコメならともかく、話の軸に勝負事を持ってきておいてこの体たらくでは少々脇が甘すぎると言わざるを得ない。思い描いた話の流れを押し通す為に整合性が犠牲になってしまったのが敗因だろう。ルール的な物以外にも、公式に「身体能力は普通の人間(格闘技術等については不明だが)」とされている霊夢がこの競技に混ざっている点など、あちこちに怪しい部分が散見される。典型的な、詰めの甘さが失敗に繋がる例と言えるだろう。
冒頭部分などもあって、読者は鈴仙チームに感情移入すると思います
俺の読解力が無いのか、少々場面が解りにくいのと、試合会場の形が不鮮明でした。
このどうにもならないスペック差とかが逆にいい味になってると思います。
悲しいけどこれ雪合戦なのよね
あと萃香はその勝ち方でいいのかと小一時間(ry
しかしまさかそれを利用するとは……予想外でした。