刃が振るわれる。
輝線としか見えぬ速度。
達人の技量で振るわれた長刀を、避ける術は無い。
受けようにも、重さ、硬さを具えた長刀を阻むには、少女が手にした利器は頼りなかった。
元来、投擲の為に携帯している短剣。
剣戟を演じる為の利器では無い。
時を従え、意のままに止めおく能力さえ、発動を許されない。
少女は首筋に、長刀が巻き込んだ風の流れを感じる。
刹那遅れ、鋼の冷気が肌に触れた。
薄皮一枚を隔て、刃は“ぴたり”と制止する。
後僅かにでも力を込められれば、それで、少女の首と胴は別たれるだろう。
直感で理解する。
「まだ続けますか?」
傍らに半霊を従えた白髪の少女が、相対する銀髪の少女の首筋に、長刀を触れさせたままに、問いかけて来た。
銀髪の少女は、“ふぅ”と、溜息を一つつく。
手にした銀の短剣を、地に落とした。
“からん”と、澄んだ音が響く。
「降参。私の負けよ」
銀髪の少女、十六夜咲夜は両手を挙げ、己の敗北を認めた。
半霊の少女、魂魄妖夢は頷き、手にした長刀、楼観剣を鞘に納める。
「有難うございました」
妖夢は、咲夜へと対し、丁寧に礼をした。
「いい修行になりましたよ」
咲夜は、地に落ちた銀の短剣を拾い上げ、笑顔で返す。
「いいえ、こちらこそ。良い運動になったわ」
咲夜は姿勢を正し、二人の戦いを玉座に腰掛け、観劇していた館の主へと向かい礼をする。
「負けてしまいましたわ、お嬢様」
悪魔の館、紅魔館の当主、レミリア・スカーレットは優雅に紅茶を啜り、ティーカップをソーサーへと置いた。
“かちゃ”と、品の良い音が静かに響く。
レミリアは、“ふっ”と口元に微笑を称え、咲夜へと労いの言葉をかける。
「惜しかったわね。ま、いい余興だったわ」
レミリアは、妖夢を興味深げに見た。
「腕を上げたようじゃないか。咲夜から一本とるなんてね」
「どうも。でも、まだまだです。まだ、時間は斬れませんし」
「時間ね。時間が斬れるなら、運命も斬れるのかな?」
「さぁ、どうでしょう? そもそも、私には時間も運命も、見えたことがありませんから。見えるようになったら、斬れるんじゃないですかね?」
「じゃあ、私なら運命が斬れるのかしら?」
「分かりませんよ。私には見えたことが無いんですもの」
「なんだ、つまらない」
レミリアは、咲夜に問い掛ける。
「どうだった。戦ってみての感想は? 忌憚ない意見を聞かせて頂戴」
「そうですね。やはり接近戦に持ち込まれては、勝ち目は無いですね。剣の腕では、向こうに一日の長がありますし。美鈴なら判りませんけど」
「ふむ」
レミリアは何事か考え込んだ後、妖夢へと問い掛ける。
「貴女、剣の修行、結構大変なんじゃない? 幻想郷には、武器を持って貴女と渡り合える相手は少なそうだし」
「そうなんですよね。弾幕抜きで、武器を持って私と渡り合える人と言えば、三途の川の死神ですけど、あの人は余り戦いたがらないし。獲物も大鎌で、剣とは程遠いですしね。かと言って、天人は強すぎますし。基本、皆さん無手ですから。どうしても剣を持った相手との修行には、不自由してしまいます」
レミリアは、“ふむ”と顎に手を添えて考え込む。
「古道具屋の店主は? あいつ、確か草薙の剣を持っていた筈だろう?」
「収集家なだけです。確かに戦った事は無いですけど、余り強そうに思えません」
「そうか」
レミリアは、妖夢の答えを聞き、“くすり”と面白そうに微笑んだ。
咲夜が、主の悪戯な笑みを見て取って、レミリアへと問い掛ける。
「お嬢様? どうかされましたか?」
「いや、二人の勝負を見ていたら、久しぶりに身体を動かしたくなってね。妖夢。剣の相手に不自由しているんだろう? どうだい。私と、交えてみないかい?」
咲夜が、主の言葉を聞き、“はぁ”と溜息を一つつく。
――また、お嬢様の悪い癖が始まったわね。
咲夜は、そう思った。
「貴女と? でも、貴女も無手ではないですか」
妖夢の問いに、レミリアは、“ふふん”と笑って見せる。
「私は武器を使えないんじゃない。使わないだけだ。館の中で武器を携行する必要は無いし、かと言って外に出かけるときは傘を持っている事が多いから、武器は手が塞がって邪魔なだけだしね」
レミリアは玉座から立ち上がり、“ばさり”と、力強く翼を羽ばたかせた。
「何、安心しろ。本来の私の得意とする獲物は槍だが、この国の通説では、剣で槍を相手取るには三倍の段数が必要なんだろう? 年下相手に獲物で差をつけてしまっては、弱い者虐めになってしまうしね。私も、お前に合わせ剣で相手をしてやろう。ああ、勿論、吸血鬼と半人半霊の身体能力の差も、考慮に入れてあげるわ。弾幕も無しだ。純粋に、剣と剣の勝負。どう? ここまでハンデを上げれば――まかり間違えば、貴女如きの剣でも、この身に届くかも知れない」
レミリアの挑発めいた言葉に、妖夢が、“むっ”としたように顔色を変える。
「妖夢。余り、お嬢様の挑発に乗らないほうがいいわよ」
咲夜が、妖夢の身を案じるかのように忠告した。
「咲夜。いいから、黙っていなさい」
咲夜は、にこやかに微笑むレミリアを見て、諦めたような表情を見せる。
「申し訳ございません」
咲夜は、主へと恭しく礼をした。
「よろしい。で、どうする?」
レミリアの問いに、妖夢は、考えるまでも無いと頷く。
「願ってもない誘いですね。受けましょう」
「よし」
レミリアは楽しげに頷くと、手近な壁に装飾品として飾り付けてあった、細剣を手に取った。
真直ぐな三角形の刀身と、柄を覆い隠すような、椀のような形状の鍔を持っている。
「エペ――フェンシングですか」
「お、さすがは剣士の端くれ。知っているか」
レミリアが、嬉しそうに笑う。
「勿論です。ですが、いいのですか? 刺突、斬撃を共にこなせる刀と違い、エペは刺突のみにしか使えませんよ?」
妖夢が、“すらり”と、桜の装飾が施された鞘より、楼観剣を抜き放つ。
妖怪が鍛えた、幽霊十匹分の殺傷力を誇る長刀。
刀身の長さが、常道とされる長さを遥かに超えている特異な造りをしている為、妖夢以外にはまともに扱うことの出来ぬ剣だ。
レミリアは、エペを右手に携え、刀身を下に向ける。
「そちらこそ。貴女の本来の流儀は、二刀流でしょう? いいのかしら? 一刀のままで」
レミリアの嘲るような笑みを、妖夢は涼しげな顔で受け流す。
「不得意な獲物で向ってくる相手に、本気を出すまでも無いでしょう?」
「あ、そう。ま、いいけどね」
――構え(アン・ガルド)。
レミリアは下げたエペの刀身を持ち上げ、柄を己の顔の前へと持ち上げる。
畢竟、エペの刀身が天を指した。
「剣に口づけですか。確かに、作法は納めているようですね」
妖夢が、楼観剣を正眼に構える。
「作法だけでは無いけどね」
レミリアは身体を真横に開き、刀身を妖夢へと向け、構えて見せた。
妖夢を正面に見据え問い掛ける。
「用意はいいかしら(エト・ブ・プレ)?」
妖夢は、レミリアの問いに答えること無く、地を蹴った。
「おやおや。まだ、始め(アレ)の合図も出ていないのにね」
妖夢が、“だん”と地を踏み締め、楼観剣を振り翳し、レミリアへと向かい突進する。
レミリアは、それを“にぃ”という、亀裂のような笑みで迎え撃つ。
歪められた、鮮やかな紅い唇は、血色の傷口か、さもなくば紅い三日月を連想させた。
妖夢の背に、“ぞくり”とした悪寒が走る。
剣士としての直感が、警鐘を鳴らしていた。
咄嗟に最後の踏み込みを押し止め、そのまま、楼観剣を振り下ろす。
次の瞬間、信じられぬ音を、その耳で聞いた。
“しゃらぁんっ”と、刃の表面を、違う刃が撫でる音が響き渡る。
間断なく、信じられぬ光景を、その目で見た。
レミリアの操るエペの切っ先が、妖夢の楼観剣の刀身を生きている蛇の如くに巻き取り、絡め取り、そのまま、妖夢の腕ごと真横に弾く。
「なっ……!?」
驚愕の声を上げる間もあればこそ。
“とん”と、妖夢の踏み込みとは比べるべくも無い、軽やかな踏み込みの音を捉えた時。
妖夢の身体は、己の意思が命じるよりも早く、反射的に背後へと飛び退いていた。
「――ちっ」
レミリアの、つまらなそうな舌打ちが響く。
剣を突き出した姿勢のまま、妖夢を称賛するように見つめる。
「後一歩踏み込んでくれてたら、胸を刺し貫いてやったんだけどねぇ。残念。なかなか、やるじゃないか」
妖夢は、レミリアの言葉に答えることも忘れ、冷たい汗を流す。
「アタック・オ・フェール。それに、剣捕え――プリーズ・ド・フェールですか。相も変わらず、見事なお手前ですね。お嬢様」
咲夜の称賛の言葉に、レミリアは、楽しそうに微笑んで見せる。
「いや、相手もさるもの。咄嗟に踏み込みを殺して、こちらの空振りを誘って見せた。それも、あの一瞬で。いや、面白いよ。存外、楽しめそうだ」
妖夢はゆっくりと立ち上がり、レミリアへと問い掛ける。
「何故……?」
「何故、か。やっぱり、私が剣を扱える筈が無いと、侮ってかかっていたね?」
「それは……」
妖夢は、レミリアに図星を指され、言葉を失った。
レミリアは、妖夢の反応を見て取って、“ころころ”と笑う。
「ふふ、そうだと思ったわ。ま、だからこそ、さっきの一撃は手を抜いたわけだが。さて、これで目は覚めたかい? それじゃあ、もう一度さっきと同じ質問をしようか。貴女の本来の流儀でやらなくていいの? 次は、容赦しないよ?」
「確かに、目は覚めました」
妖夢は、レミリアを見据え、言う。
「ですが、まだ答えを聞いていません」
「やれやれ。面倒臭いねぇ。これでも五百年生きているんだ。一通りの武芸は、暇つぶしに修めてあるよ。貴女は、私の妹にあった事はあるのかしら? 私の妹は、レーヴァテインと言う、炎を纏う大剣を獲物として愛用しているんだが――妹、フランドールに剣を教えたのは、この私だ。最も、気の触れたあいつが、今でもその事を覚えているかどうかは分らないけどね」
レミリアは、剣を“くるくる”と弄んで見せた。
「実戦における有用性を求めるなら、槍なんだがね。でも、私が好むのはフェンシングだ。戦うチェスとまで称される、洗練された騎士の剣術。相手の二手、三手先を読み切り、牙の如くに敵を貫く。運命を操る吸血鬼に、これ程相応しい剣術はないだろうよ。さて、これで満足か?」
レミリアは、紅い瞳で、妖夢を見据える。
「さぁ、本気をだすといい。白楼剣を抜き、得意の二刀を私の前で演じて見せよ。さもなくば――私の突き(ファント)は防げない」
妖夢は、そう断じるレミリアを、遂に己に引けを取らない剣士――フェンサーであると認識する。
「確かに、私の目が曇っていました」
妖夢は、非礼を詫び、魂魄家の宝刀、白楼剣を抜き放つ。
刃にかけた者の迷いを断つと言う、常道よりも短い刀身を持つ短刀。
常道より外れた長刀と、常道より外れた短刀の、二刀が手の内に納まる。
「全霊で、お相手しましょう」
「全力で、稽古をつけてやろう」
妖夢は、二刀を構える。
長刀を下段に構え、短刀は、構えると言うよりは、故意に意識から外している――無視しているようにも見える。
「へぇ」
レミリアが、妖夢の構えに目を見張り、口元に称賛の笑みを浮かべた。
力を抜いた構え。
鉄壁の防御をしく懸待の二刀。
なるほど、未だ悟りの境地に到らぬとはいえ、確かに妖夢の剣術の腕は、達人のそれと見て取った。
元来、二刀流とは、剣を同時に二本扱う為の流儀では無い。
また、刀をそれぞれ一本の腕で振るう流儀でも無い。
腕の力を全く用いないかと問われれば否であるが、そも腕で振るうという動作を極限まで省略するのが、二刀における基本理念。
二刀の生み出す質量を、しかるべき技量、体捌きで持って、肉体の運動へと連動させる、一連の流れをこそ極意とする。
そうして繰り出される斬撃は即ち、片手であって両手で用いた斬撃の威力、速さを凌駕するという、信じられぬ逆転現象を起こすのだ。
その点を踏まえるならば二刀流の原理は、寧ろ、剣を持たない片手を、攻撃を繰り出した体勢を素早く立て直す為のカウンター・ウェイトとして用いる、フェンシングにも似ていると言えるだろう。
また、二刀であるが故に、片方の剣で相手の攻撃をいなし、そこから間を置かず、もう片方の剣で反撃に転じる、攻防一体、懸待表裏の剣としての側面もある。
回避行動と反撃行動の完全なる両立。
それこそが、達人の操る二刀において、最も厄介な特性と言える。
「さて、攻めれば地獄。かといって待ち受けるも上策では無いな。どうしてくれようか。ふふ。久しぶりに、血が滾る」
レミリアの心の底からの笑みに、妖夢は、怜悧な眼差しで持って答えを返す。
「私の剣を、果たして、そのエペで破れますか?」
「さて、どうだろうな。なかなかに難しそうだ。だが――」
「だが?」
妖夢の問いに、レミリアは“くっ”と唇を歪め、答えた。
「運命の女(ファム・ファタール)に魅入られた者は、須らく破滅の道を辿るそうだぞ?」
「私は、女です」
「私は、そちらもいける口だが。血を吸うのも、褥で弄ぶも、穢れを知らぬ処女の方が美味い」
「謹んで、お断りいたします。それで、どうしますか? 攻めあぐねているようでしたら――こちらから征きますが?」
「では、お言葉に甘えようか。格上は、やはり格下に挑まれてこそだろう」
「その傲慢、きっと後悔しますよ」
妖夢が、“すっ”と目を細める。
「――参ります」
「――参れ」
レミリアの返礼と同時、妖夢が、“だんっ”と地を蹴った。
刹那、レミリアの前に佇む妖夢の姿が霞む。
妖夢の二刀は、次の瞬間にはもう、レミリアの矮躯をその刃圏に捉えていた。
妖夢が、レミリアの顔を目掛け、白楼剣を突き出す。
防御を誘う、囮の一撃。
本命は、逆の手に携えた楼観剣による袈裟懸けだ。
果たして、レミリアは、先の一刀での突進の焼き直しの如くに、エペの刀身で白楼剣を絡め取る。
――もらったッ!
妖夢は勝利を確信し、楼観剣を振り下ろす。
しかし、次の瞬間。
“きゃりぃん”と、白楼剣を絡め取ったレミリアが、妖夢が楼観剣を振り下ろすよりも早く、半身を踏み込み、妖夢の懐へと飛び込む。
入身。
「くッ……!?」
驚愕に固まる妖夢の頬に、“ふっ”とレミリアの吐息がかかる。
レミリアは、妖夢の剣の勢いを殺したまま、軽やかな足取りで、妖夢と己の立ち位置を入れ替えた。
奥手なパートナーをリードする、ソシアルダンスの名手の如くに、咬み合ったままの剣を起点に、“くるり”と、優雅そのものの所作で互いの立ち位置が入れ替わる。
“ふわり”と、スカートが風に靡いた。
レミリアの剣が引かれ、妖夢の白楼剣を自由とする。
レミリアは、不意に咬み合った剣の重さを失い、身体の重心を乱す妖夢を、そのまま、空いている手で“とん”と突き飛ばす。
「うわ……!?」
妖夢は、“よろよろ”と無様に蹈鞴を踏み、“どさり”と地面に転がった。
レミリアは、その様を眺め、薄く笑う。
「おや、どうしたかな? 足が縺れでもしたかい?」
「くっ……!」
妖夢は慌てて体勢を立て直し、二刀を構えると、レミリアを見据えた。
――強い。
レミリアは勝負の開始前の取り決めどおり、吸血鬼としての身体能力を使っていない。
だと言うのに、攻めきれない。
妖夢にとっては、純粋な剣技のみを競う勝負において、よもや、己をこうも容易くあしらう相手が幻想郷に存在しようとは、夢にも思わぬ事だった。
まして、その相手がレミリア・スカーレットであると言う事実が、二重の意味での驚愕をもたらす。
「全く。貴女には、普段、出鱈目に力を振り翳している印象しか持っていなかったのですけれど」
「ふん。何時もなら、技を用いて戦うような相手がいないからね。そこは、貴女の悩みと似ているわ。吸血鬼の力は強い。なら、下手に小細工を弄するより、単純な力任せの方が、効率的に相手を倒せる。でも、今回はあくまでも剣の勝負だ。力の入り込む余地は無い。なら、普段使わぬ技も駆使するさ。大分使っていなかったので、随分と腕は錆び付いているけどね」
「これで錆び付いているですって? 冗談。私の剣を容易くいなしておいて、良く言いますね。随分と、プライドが傷付きましたよ?」
「何、悲観することは無い。私が強すぎるだけだ。お前の剣は、確かに達人の域だよ。最も――所詮、そこまでだが。ここだけの話し。私はね。武器を使った戦いで、負けた事が無いんだよ」
レミリアの自信に満ちた尊大な言葉を、妖夢は、誇張でなく真実だと理解する。
認めざるを得ない。
レミリア・スカーレット。
彼女は、最も得意とする獲物にあらざる利器を用いてさえ、自分の腕を遥かに凌駕する達人であると。
妖夢の心中に恐れと、それすらも凌駕する、強敵と出会えた歓喜の感情が湧きあがる。
脳が蕩け、血が滾る。
半霊であるが故に、温もりとは程遠い己の身が、時と共に灼熱と化していくような錯覚に襲われた。
「不謹慎かも知れませんが――楽しいです。とても。貴女のような相手と、剣を交えることが出来て」
「うん、そう言われて、悪い気はしないね」
「ご指南、よろしくお願い致します」
「心得た」
再び、妖夢が地を蹴る。
咲夜の目の前で、二人の少女の、一進一退の攻防は続く。
レミリアは、妖夢のニ刀を、後退(ルトレット)により避け、時に受け払い(ラ・パラッド)、剣を交差し(アンガジェ)、誘い(フェイント)、二連撃(ユヌードゥ)を持って、妖夢を苛烈に攻め立てる。
対する妖夢は、二刀をそれぞれ、別の生き物が如く操り、レミリアの攻撃をいなし続ける。
レミリアの剣は、例えるならば雲上を走る雷の閃き。
妖夢の剣は、例えるならば全てを拒む刃の竜巻。
“ごう”と、風を巻く二刀の音が響けば、“しゃりぃん”と硝子のように澄んだ音がそれに答え。
“ひゅん”と、風をすり抜ける細剣の音が響けば、“ぎぃん”と重い刃鋼の嘶きがそれに答える。
「さて。技量では、お嬢様に分があるけれど――精神にかかる負担は、妖夢の方に分があるしね」
仮借なく全力を出せる妖夢と違い、レミリアには、決して吸血鬼の身体能力を使ってはいけないと言う制約がある。
悪魔が自ら口にした約束は絶対だ。
つまりレミリアは、妖夢と渡り合いながらも、決して妖夢には対処できない力を振るってしまわぬよう、最大限の自制を、常に払わねばならない。
これは、口で言うよりもずっと重い枷となり、レミリアを縛り上げる。
長引けば長引くほどに、レミリアは不利となるだろう。
「最も、二刀を操る妖夢は、体力的な面では不安を抱えている。お嬢様も、その辺りは忘れず、ハンデの考慮にはいれてはいらっしゃるでしょうけれど。今の所は、五分五分と言った所かしら」
冷静に状況を分析しながら、それでも、咲夜には主が負ける姿を想像できなかった。
「近接戦闘を不得手とする私だけれど……それでも、例えば美鈴の体術に、まるで敵わないとは思わない。たとえ接近戦に持ち込まれても、抗し方次第で、対処は出来る。美鈴に限らず、妖夢も同じ。まぁ、先ほどは敗れたけれど。それでも――」
咲夜は勝負の趨勢を見逃さぬよう、目を細め、剣戟に興じる二人を見た。
「――お嬢様の剣技を見るのは、何年ぶりかしら。相変わらず――お嬢様の剣には、夢にも敵えると思わないわね」
――たとえ、吸血鬼としての力を封じていても。
心中で密やかに呟き、“ふっ”と笑みを浮かべる。
咲夜の目の前で、二人の勝負は、今まさに決しようとしていた。
レミリアのエペが、“きゃりりっ”と、妖夢の楼観剣を絡め取る。
妖夢は流れに逆らわず、楼観剣を真横へと捨てる。
“からん”と、地を転がる楼観剣。
構わず、白楼剣をレミリアへと突き出す。
それさえも絡め取られ、受け流される。
“くっ”とレミリアの笑みが深まった。
恐らくは勝利を確信しての笑みだろう。
だが、それは妖夢とて望む所。
妖夢は白楼剣――短く、取り回しが効き、扱い易さでは楼観剣の上を行く短刀で――逆にレミリアの剣を絡み取り返し、今度は、流れに逆らい、無理矢理にレミリアのエペと共に、白楼剣を跳ね上げる。
「――ッ!?」
レミリアの息を飲む音。
そして、宙を舞う白楼剣とエペの二振り。
互い、無手となり残される妖夢とレミリア。
妖夢が、この瞬間を待っていたと、動く。
宙を舞う白楼剣へと向かい、己の分身たる半霊を伸ばし、その柄を取る。
まさか、そう来るとは、夢にも思ってもいなかったのだろう。
驚愕に固まるレミリアへと向かい、妖夢が告げる。
「もら――」
白楼剣を握り締めた半霊が、死角となる頭上から、レミリアへと強襲をかけた。
「――たぁッ!!」
妖夢の、必勝を確信した、裂帛の咆哮に答えたもの。
それは。
「――私がね」
レミリアの、酷薄な笑みと共に放たれた、必勝を確信した、絶対零度の宣言だった。
妖夢が半霊を操り強襲を試みたのと同様。
レミリアは、背の翼を広げ、白楼剣の刃を防御する。
「なっ――!?」
――見抜かれていた!?
驚愕に固まった妖夢の耳に、
「運命の美(ボウト・ファタール)」
夜に堕ちるような、紅い月の声が降って来た。
妖夢が弾いたはずのレミリアのエペは、狙い済ましたの如く、その切っ先を地に向け、重力に従い真下へと落ちる。
まるでそうなる事が定められた運命であるかの如く、切っ先が指し示す、妖夢の矮躯を目掛け――。
“きぃん”、と。
エペの刀身が、地に突き立った。
斬られた妖夢の白髪の先が、“はらり”と、地に落ちる。
“つぅ”と、妖夢の頬から、紅い血が滴り落ちた。
「読み違えたかしら。あと一歩踏み込んでいてくれたら、百舌の早贄となっていたのに。仕切りなおす?」
妖夢は、“くすり”と笑みを浮かべるレミリアを黙って見つめ、静かに首を振った。
「いいえ。私の――負けです」
「そう」
レミリアは、それで話しは終ったと言う風に、妖夢から背を向ける。
「ま、待ってください!」
妖夢が、レミリアの背へと声を掛けた。
「何?」
「いつから……いつからです? いつから、私の企みを見抜いていました?」
「さぁ?」
レミリアは薄く笑みを浮かべ、振り返り、肩越しに妖夢を見た。
「最初に言ったよ。フェンシングは、戦うチェスとも称される、相手の二手、三手先を読む剣術だと。チェスでもそうだが、真の強者は、自分の思惑を最後まで悟らせないものさ。最も――私は一歩先、相手の思考を読むのではなく、相手の思考を縛る戦略を好むがね」
「そうですか。最初から罠……最後に、私がそう動くよう、誘導されたと言うわけですか。剣を弾いたのでは無く、計算どおりに、あえて弾かせて――完敗です」
妖夢が、恭しく礼をした。
「あの、また、お相手してもらってよろしいでしょうか?」
「ああ。別にいいさ。丁度良い暇つぶしになる」
「有難うございます」
妖夢は白楼剣と楼観剣を鞘に納めると、その場を辞した。
「お疲れ様でした、お嬢様。お見事でしたわ」
咲夜が、拍手でもってレミリアを労う。
「うん。久しぶりに身体を動かすと、喉が渇くね。咲夜。丁度良い時間だし、お茶を入れて頂戴」
「かしこまりました」
お茶の準備をしようと、退席しようとした咲夜は、ふと思い出したように歩みを止めて、レミリアを見た。
「そういえば、お嬢様? 何故、妖夢の相手をしようと思ったのですか。それも、自分にあんな不利な状況で」
咲夜の問いに、レミリアは、当たり前のように答える。
「フェンシングはね、咲夜。騎士が嗜む武術でもあるのさ。それは、己が誇りを賭けた戦いであり、敵を倒すという確固たる信念の証であり、そしてまた――己の大切な者を護りきるとの誓いでもある」
「はぁ」
咲夜は、いまいち要領を得ないレミリアの言葉に、首をかしげる。
レミリアは、“つい”と、自分の首筋を指差して見せた。
咲夜は、懐から、鏡の如く磨きぬかれたナイフを取り出し、己の姿を、その刀身に映し出す。
妖夢との戦い。
最後の、首筋の寸前で止められた一撃に拠るものだろう。
妖夢が、僅かに力加減を間違えたのか、咲夜の首筋には、うっすらと血が滲む、朱色の線が走っていた。
レミリアが、微笑みながら咲夜を見つめ、告げる。
「目の前で従者の肌に傷をつけられたんだ。主として、最低限のお返しはしないといけないだろう?」
咲夜は、無言で、主の含みを持たせた笑みを見た。
「それで、お茶はまだかしら?」
「ただ今、お持ちいたします」
咲夜は優雅に一礼し、その場を辞した。
今日の紅茶は、主の為に、とびっきり甘く、美味しいものを、腕によりをかけて入れよう。
そんな事を考えながら。
普段はグングニルぐらいしか使わないレミリアばかり見ていたので新鮮でした
戯れになら、レイピアとマンゴーシュ持ったスタイルも
マスターしていそうですね、お嬢様は。
大いにアリだなそれも。
妖夢もよく頑張った、感動した!
500年は伊達じゃないですね。
レミリアの強さがスマートに表現されていてとてもかっこよかったです。
じつにわかりやすくカッコイイ話でした。
留まるところを知らないとは
でもって咲夜への従者愛もイイ!
このレミリアはかなりアリだな!
だが翼を使うのは吸血鬼の身体能力じゃないのかwww
細剣を使うレミリアの話を読みたいな、と思っていたらこんな所で出会えるとは。
レミリアがとっても格好よかったです!
それはともかく良いカリスマお嬢様でした!
でも負けたことない人っていうのは相手の攻めてからの詰み手が解らないのでレミリアのような攻め方は無理です、負けることにより相手の技の詰め方を知って初めて罠やペテンを仕掛けることができるのです。
なのになぜレミリアは妖夢相手にペテンを掛けることができたのか、そりゃもう運命の能力を使うことができるからでしょう。
相手の先を読むことができれば何をどうすれば相手がどう動くかなどが手に取るようにわかる。
故に、レミリアの剣の強さの理由は自身の能力によって相手の手を読み技を仕掛けることができるから。
と、思う。ネタにマジレス格好悪い?
まぁぶっちゃけ吸血鬼の動態視力と反射能力があればどうやっても技の掛け合いで負けるわけがないと思いますよ。
あと羽はどう考えても反則でしょうに…妖夢が霊体の半身を使うのに等しい反則です…
あのカリスマの前では口が裂けても言えることではないですがね!
でも、そもそもお嬢の身長と体力で得物を持たれたら、
常時下段攻めになってまったく手が出せない気がする。
妖夢の刀の長さも大概だけど。
剣道三倍段とは申せ、剣と槍はそもそも用途の違う武器なので、
真っ向勝負で槍が強いからといって剣が実戦向きでないとは言えません。
乱戦での組み打ち、平時携帯する護身用、主武器を失った時の予備などが剣の用途なわけで。
妖夢の野太刀は集団戦では使えなくとも個人戦なら十分槍や薙刀と互角の長さなので、
三倍段の適用外な気がしますが、まあ言葉遊びか。
それにしても貴方すごいっすなぁ。書きたいと思っても、なかなかかけるもんじゃないよ。
レミリアのセリフがことごとく格好いいっ。
妖夢も達人の域と称されているので、もう少し二刀の特性を活かし、レミリアに迫る描写があるといいかもしれません。
お嬢様ならそれすらいなしてしまいそうですけどねっ。
という突っ込みはだめなんでしょうかねw
勝負としては、おお、こういう書き方もあるんだと勉強になりました。
ただ、ちょっと技の名前が頻繁にありすぎて、余計に緊張感に欠けてしまう部分があったかなと。遊んでるという描写を含めたかったのなら許容範囲内なのですが。
まあ、それとエペは時代背景上どうしても。
二刀流と戦うには想定されていない武器なんですよね。
なので一度突きを放った後、武器を引き戻す作業が必要になる性質上。その隙を生めることが出来なければ、戦いにならない。その引き戻しの描写があまりなかったのがちょっと不満なところでしたね。
レーヴァテインは杖もしくは枝ですよ
要所要所気になる点はありましたが話自体は面白かったです
同じ条件だと天子なら古代中国剣術、椛なら義経流などの鞍馬剣術でしょうか?
レミリアが最後に羽を使ったのは、単に妖夢が半霊を使った事に対する意趣返しだと思うのですが、
>>「古道具屋の店主は? あいつ、確か草薙の剣を持っていた筈だろう?」
>>「収集家なだけです。確かに戦った事は無いですけど、余り強そうに思えません」
霖之助にとって草薙の剣は、「道具の名前と用途が判る程度の能力」を持つ彼がわざわざ「霧雨の剣」という仮の名前を付けてまで隠し持っている秘蔵品の最たるものです。レミリアと妖夢がその存在を知っているのは疑問に感じました。
この後、幽々子様と戦うんですよねわかりま(ry
ジャンプ漫画を読んでいる時のようなゾクゾク感が止まりませんでした。
次へ次へ読みたくなる、素晴らしい作品でした。
いやはやさすがレミリアさんです。