「焼肉喰いたい」
「また唐突ですね」
パチュリーは週に一度の割合で、何の脈絡も無く刹那的な欲望を口走る。
その度に苦笑いを浮かべるのが小悪魔の役回りだ。
「喰いたいったら喰いたい。食いたいじゃなくて喰いたい。それはもう貪るようにガツガツと」
「はあ。まあ確かに久しく食べてませんでしたね、焼肉」
ちなみに先週は「レミィのドアノブボフボフしたい」だった。
小悪魔は必死に思い留まるよう宥めすかしたのだが、結局実行して怒られていた。
それに比べれば、今回の欲求はまだかなりマシに思えた。
……のだが。
「じゃあ早速行きましょう」
「行くって、どこへですか」
「決まってるでしょう。焼肉を喰いによ」
「えっ」
「えっ」
「此処で食べるんじゃないんですか」
「何言ってるの。焼肉は焼肉屋さんで喰ってこそ至上の幸福が得られるというものよ」
「でもこの辺りで焼肉屋さんなんて……人里にでも行かないとありませんよ」
「じゃあ人里へ行きましょう」
「マジすか」
「えらくマジよ」
こうしてパチュリーと小悪魔は夜の繁華街、もといHITOZATOに繰り出した。
「なんで横文字なんですか」
「この方がかっこいいじゃない。どことなくエロティックだし」
「はあ」
基本、テンションがハイになってるときのパチュリーの言動は意味不明なものが多いので、小悪魔はあまり深くツッコまないようにしている。
先週は「レミィのレはレモンのレ」とか言いながら例のドアノブをボフボフしていた。
怒りながらも何処か憐れみを含んだ眼差しを親友に向けていたレミリアの表情を、小悪魔は未だに忘れることができない。
かくして二人はHITOZATOの焼肉屋に着いた。
此処は人妖問わず人気のある、ちょっと高めのお店である。
中に入るや、店員が笑顔で声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「一人と一匹」
「ひど!?」
「冗談よ。二人です」
「二名様ですね。では奥の席にどうぞ」
二人はテーブル席に案内され、そこに向かい合って座った。
パチュリーはテーブル脇に置いてあったメニューを手に取ると、ぱらぱらとめくりながら得意気に語り出した。
「いい? 小悪魔。空腹に身を任せて九十分食べ放題コースとかを安易に選択するのは素人のすることよ。大抵元を取れずに損する羽目になる」
「はあ。まあ何でもいいですけど」
「ああ、それにしても早く肉が喰いたいわ。喰いたい喰いたい喰いたいうあああああっ」
「パ、パチュリー様落ち着いて下さい。もうすぐ店員さんが来ますから」
頭を両手で押さえながら呻くパチュリー。
そのテンションは既に有頂天である。
小悪魔は流石にちょっと恥ずかしくなってきた。
「お待たせしました」
程無くして店員が現れた。
その瞬間、がばっと頭を起こすパチュリー。
瞳孔が少し開いている。
「で……では、ご注文をどうぞ」
店員はそんなパチュリーの様子にちょっと引きながらもなお、接客スマイルを崩さなかった。
見上げたプロ根性である。多分バイトだけど。
そしてすかさずパチュリーは、呪文を詠唱するような口調で注文をし始めた。
「まずこの黒毛和牛の盛り合わせ。それから特上ロース、特上カルビ、バラ、切り落とし、ハラミ、牛タン塩、豚トロ、鶏もも、あとキムチと焼き野菜盛り合わせ」
「パ、パチュリー様。ちょっと頼みすぎじゃないですか? 二人なのに」
「いいのよ。こういうのは適当に頼んでも案外ちょうど良かったりするものよ」
「一体どこにそんな根拠が……」
「あ、それとご飯の大を一つ。あんたは?」
「……私は並で」
「かしこまりました。では、ご注文を繰り返させて頂きます。黒毛和牛の盛り合わせがお一つ、特上ロースがお一つ……」
注文の確認を終えた店員が去った後、パチュリーはウッキウッキしながら紙エプロンを首に掛けた。
既に準備万端である。
「ああ、肉! 肉! 肉! にくじゅうはち! ん? 肉汁・ハチ!? おお! 肉汁ハチ! 肉汁さんとハチさんがご結婚なさった! こりゃめでてぇや! イヤッフゥ!」
「…………」
ハチって誰やねん。
小悪魔はちょっと帰りたくなってきた。
間もなく、大皿を何枚か持った店員がやって来た。
「こちら、黒毛和牛の盛り合わせになります」
「うぉおおおっ!」
「パ、パチュリー様。お願いですから立ち上がらないで下さい」
「ああもう我慢できない! 今すぐに焼くわ! ねぇ焼くわよ!? いい!?」
「え、ええ。もうどうぞ好きなだけ焼いて下さい」
小悪魔は既に諦観の境地である。
周囲に知り合いがいなくてよかったと心から安堵し……
「……んん?」
瞬間、小悪魔は思わず目を見開いた。
その視線の先には――……。
(あ、あれは……!)
―――緑髪の、フラワーマスター。
最強にして最凶の妖怪―――風見幽香が、四人掛けの席で一人、じっと、肉が焼ける様子を眺めていた。
(ひ……一人焼肉……だと……!?)
予想だにしない人物の思いもがけない光景を目にし、小悪魔はごくりと唾を飲む。
―――幽香の表情は、無。
そこには、喜怒哀楽のいずれの表情も浮かんではいなかった。
ただただ無感動に無感情に、じっと肉が焼けるさまを見つめ続けていた。
(………見なかったことにしよう)
小悪魔は視線を正面に戻した。
これならまだ、嬉々として肉を焼いている主でも見ていた方が、精神衛生上マシだろう。
すると、パチュリーが満面の笑顔で、肉を小悪魔の取り皿に入れてきた。
「はい! 小悪魔の分焼けたよ!」
何このキャラ。
台詞だけを取り出せば、我らが妹様を髣髴とさせる程に人格を変容させた主がそこにいた。
「あ、ありがとうございます……」
「いいからどんどんじゃんじゃん食べなさい。冷めないうちにね」
「は、はい」
「さて、それじゃ早速私も、っと……」
口の端を引き攣らせる小悪魔を余所に、パチュリーは自分の分の肉を口に入れた。
その瞬間、パチュリーの顔が喜色に満ちた。
「! 美味しい! すっごく美味しいよ! 小悪魔!」
「そ、そうですか。それはよかったです。小悪魔は幸せです」
「もうね、なんかね、すんごい柔らかくて口の中で溶けていくような感じ!」
「で、では……私も」
パチュリーのハイテンションぶりに若干引きつつも、小悪魔はパチュリーが焼いてくれた肉を口に入れた。
すると。
「! 美味しい」
「でしょでしょ?」
「はい」
これは確かに良い値段をしているだけのことはあるな、と小悪魔は思った。
力を全く入れなくても、少し噛むだけでたちまち千切れるほどの柔らかさ。
肉本来の旨みが、しょうゆベースのタレと絶妙なハーモニーを奏でている。
ああ、白いご飯が欲しい。
(早くご飯来ないかな……)
小悪魔がそう思ったと同時、パチュリーが不満そうに声を上げた。
「……何でご飯はまだ来ないの?」
「え、ええ。何ででしょうね」
「これはあれかしら。先に肉を消費させてご飯を余らせ、やむなく肉を追加注文させ、そしたら今度はご飯がなくなって、っていう……無限ループって怖くね?」
「いや、まあそんなに深い意味はないと思いますけど」
「うー、あー、ご飯ご飯ご飯!」
小悪魔が乾いた笑いを浮かべていると、いよいよもってパチュリーが暴れ始めた。
具体的には、両手で印を結び始め、口を素早く動かして何かを召喚しようとしていた。
流石にそれはまずいので、小悪魔が詠唱をぶった切った。
具体的には、パチュリーの口の中に程よく焼けたシイタケを突っ込んだ。
「あ、これプリプリしてて美味しい」
「でしょ? シイタケこそ、焼肉界の名脇役ですよ」
しかし、それは一時の緩衝材にしかならなかった。
パチュリーはシイタケを食べ終えると、再び不満をぶち撒け始めた。
「ああ、もう! 折角こんなに美味しいお肉があるのに! 焼肉と言ったら白い飯だろうが! うおォン 私はまるで人間火力発電所だ」
「落ち着いて下さいパチュリー様。その台詞はまだ早過ぎます」
「お待たせいたしました。こちらご飯の大と並になります」
なんて訳の分からないやり取りをしている間に、普通にご飯が来た。
間髪入れずにがっつき始めるパチュリー。
「ハフ、ハフハフ、ハフッ!」
「パ、パチュリー様。そんなに一気に食べなくても。まだ頼んだ肉の半分も来てないですし」
「何言ってるの。焼肉と言ったら白い飯なのよ! ハフハフ、ハフッ!」
「……それ、さっきも聞きました」
もうこれ以上は言っても無駄だと悟り、小悪魔は溜め息を吐く。
(……でも)
思わず見入ってしまうほどの、主の健啖ぶり。
それは「日陰の少女」とか「知識の魔女」とか呼ばれている普段の姿からは程遠いものだったが、
(……こういうパチュリー様も……)
なぜだか、自然と頬が緩んでしまう小悪魔だった。
その後は、肉を喰っては米を喰い、米を喰っては肉を喰いの繰り返しであった。
案の定、パチュリーのした注文は二人で食べるには多すぎたのだが(実質四、五人前はあった)、そこはパチュリーが七曜の気合いでなんとかした。
具体的に言うと、途中でご飯の大を二回おかわりするほどの気合いっぷりであった。
―――かくして二人は、注文した全ての肉(及び野菜等)を喰い終えた。
さらには食後のデザートとして抹茶アイスまで平らげたのだから、もはや一片の悔いも無いであろう。
「あー、喰った喰った」
「いくらなんでも食べすぎですよ……まったく、もう」
そんなこんなで店を出て、二人は今、重いお腹をさすりながら家路に着いている途中。
今の状態で飛ぶと、モロに腹に重力がかかって吐きそうになること必至なので、ゆっくりとぼとぼと歩いている次第である。
「まあ何はともあれ、ご馳走様。小悪魔」
「いや奢りじゃないですよ!? あくまで立て替えただけですからね!?」
「わーってるって。冗談よ、冗談」
手をひらひらと振って言うパチュリー。
すこぶる機嫌が良さそうだ。
そんなパチュリーを見て、小悪魔は軽く嘆息する。
「もう、あんなに張り切って出てきたくせにお財布忘れてくるなんて……」
「仕方ないじゃない。外出したの久し振りだったんだし」
「はあ……」
相変わらずの主のマイペースぶりに、再度溜め息を吐く小悪魔。
でもそれは、決して不快感からのものではなかった。
「……パチュリー様」
「ん?」
「……なんか、意外でした」
「何が?」
「いや、あんなに美味しそうに食事をなさるパチュリー様って、今まで見たことがなかったものですから」
「あー……」
パチュリーは恥ずかしそうに頬をかいた。
いや、実際恥ずかしいのだろう。
頬を朱に染めて、呟くように言った。
「……あなただから、ね」
「え?」
不意の言葉に、目をパチクリとさせる小悪魔。
するとパチュリーはオホンと咳払いをして、続ける。
「……もし今日、レミィや妹様、さらに咲夜や美鈴まで一緒だったら……多分私は、『いつも通りの私』として、振る舞っていたと思う」
「…………」
「ご飯は小サイズで、お肉にはあまり手を付けずに、お野菜を中心に食べて。それで皆がワイワイやってるのを、少し遠巻きに眺めていたと思う」
「…………」
「あ、誤解しないでね? 別にそういうのが嫌ってわけじゃないから。むしろ、自分の性に合ってるのはそっちだと思うし」
「……パチュリー様」
「まあでも、それでも……たまにはこう、自分の思うがままに、やりたいことをやりたいだけ、やってみたくなったりもするのよ」
「…………」
「あなたと一緒なら、ね」
「……!」
普段滅多に見ることのできない、パチュリーの笑顔。
焼肉を食べている時にも見たが、それとはまた少し違う、照れを僅かに含んだ笑顔。
それを見た小悪魔もまた、自然と笑顔になっていた。
「……パチュリー様」
「ん?」
「……私でよければ、いくらでもお付き合いしますよ。……この命、尽きるまで」
「……小悪魔」
二人はそっと手を取り合った。
冷えた夜に心地良い温もり。
「ねえ、小悪魔」
「はい」
「今度は、しゃぶしゃぶ行きましょうよ。しゃぶしゃぶ」
「ああ、いいですね。是非行きましょう」
「小悪魔の奢りでね」
「はい……っていやいや! 奢りませんからね!?」
「ふふっ。あ、あと今日はどうもご馳走様」
「いえいえ……って、だから奢りませんって! 後でちゃんと払ってもらいますからね!?」
「え~っ。どうしようっかな~」
「もう……勘弁してくださいよ~」
がくりと肩を落とす小悪魔を見て、パチュリーはまた笑顔を浮かべた。
やっぱりこの人には敵わないなあと思いながら、小悪魔もまた笑顔を浮かべた。
冬の寒空の下、二人はずっとそうして笑いあっていた。
手と手がふれあう、確かな温もりを感じながら。
了
漫才のようなやりとりが面白かったです。
最後良い話にしても騙されないんだからね!w
朝!?朝だろうが関係ねぇ!今喰いたいんだ!ホルモンカルビタン塩上ロースゥゥう!!
許せる!
てかこんな時間にも少し前に書き込みがあるとか、正月ぱねぇw
焼き肉くいにいこうぜ!
だとしたらニヤニヤが1.5割増しだぜ。
それにしてもこの展開……全然アリだ!新しい王道の形を見つけてしまったよ。そしてゆうかりん…(´・ω・`)それにしてもあーやきにくくいてえ…
つかそれで怒られてる時点で普段らしさを取り繕う必要はあるのかwww
あ、違った。喰いてえええ!!!
そしてどうしたのゆうかりん・・・
肉ばかり食べてると胃もたれしますからね。キャベツ最高。カボチャおいしい。
気心の知れた相手と一緒に焼肉食えるのは、最高なんだろうなぁ……羨ましいぞパッチェさん!
開き直れないなら、余計辛くなるだけだよ…?
肉喰いたくなると確かに「貪るように」食べたくなりますね。
そんな金ないけどな!(泣)
ゆうかりんの周りに、オレンジとくるみ、エリーがいた!
そしてゆうかりん…
って和んでたらいきなりの幽香さまの一人焼肉でふいたww
幽香さまいったいそこで何を!?
切なかったです。
視線が痛い痛い。
・・・幽香さん一緒に行きましょう
面白かったです!
お肉食べたいぜちょくしょう。
とりあえず同席よろしいでしょうか、ゆうかりん?
>おぜう様の帽子を「ドアノブ」と形容しましたが
そっちの意味ですか!w